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地域が「ぐずぐずと変わる」ための「地元学」 »

「ないものねだり」から「あるもの探し」へ

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 人間というものは身近にあるものよりは、遠くに隔ってあるものを価値の対象にしてしまう心性をもっているという。隣の芝生がいつも青く見えてしまったり、幸せは山のあなたの空遠くにあると思い込んでしまう不思議な心理。「近代化」とは、そうした人間心理の上に成り立ってきた。先進地は西欧で日本は遅れている。だから日本をよくするためには西欧化しなければならぬと、舶来品や外来思想をありがたがり、在来の文化を低くみた。とりわけ戦後はアメリカ一辺倒のモダニズムの嵐が吹き荒れ、気がつけば合衆国日本州になってしまっていた。

 人びとが生き暮らす地域のとらえ方も同じで、農山漁村は閉鎖的で非効率的で、もっと近代化し都市化しなければならぬと、村の暮らしと営みをゆさぶり続けた。その結果、村を離れて都市へと急ぐ 「向都離村」の時代が長期化し、過疎・限界集落といわれるまでになってしまった。

 思えば私たちの戦後教育もまた、自然とともに村を生きていくための学びを捨て去り、企業ひしめく都市社会の一員になるための学びばかりになってしまった。競争社会に打ち勝ち、優位のポジショ ンを得るための学び。頭を肥大させ知識を詰め込み、受験、進学、一流企業へ。それが豊かな生活と人生を保証してくれるはずだと、一本道を追いかけてきた。だが、盛者必衰、時代は行き詰まってしまった。気がつけば都市も農村も孤立してバラバラに暮らしていた。当然ながら人はひとりでは生きていけない。人びとは今、来し方をふり返り、失ったものの大きさにたじろぎながら、少しずつ新たなるもうひとつの道を模索し始めている。

 遠くで光り輝くものも悪くはあるまいが、今はむしろ、ここにあるものをあらためてていねいに見つめ直してみたい。この土地を生きてきた先人たちは、限られた自然立地条件の中で、どのようにし て己が生きる場と暮らしをよくしようと努力してきたのか?その知恵と工夫は?

 いたずらに格差を嘆き、都市とくらべて「ないものねだり」の愚痴をこぼすより、この土地を楽しく生きるための「あるもの探し」。それを私はひそかに「地元学」と呼んでいるのだが、要はこれからの家族の生き方、暮らし方、そして地域のありようを、この土地を生きてきた人びとから学びたいのである。性急に経済による解決を求める人間には、ここには何もないと見えてしまうだろうが、自然とともにわが地域を楽しく暮らそうとする地元の人びとの目には、資源は限りなく豊かに広がっているはずである。むろん「地元学」は都市やグローバリズムへの否定の学ではない。自然とともに生きるローカルな暮らしの肯定の学でありたい。

 もう一度この土地を生きてきた人びとの声に耳を傾け、その発見の中から自分もまた地域を再生するひとりの当事者として、力を合流させたいと思う。

 《THE JOURNAL》読者の皆さんには、村や地域の小さな活動から新しい視点を発見してもらえれば光栄です。どうぞよろしくお願いします。

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結城様の仰る通りですね。この国は反しきれないほど借金を抱えているのに、「ないものねだり」できる余裕なんて全くないですね。可能なことはすべて自分達や地域ボランティアでやるか、我慢するしかない状態に来ています。政府の経済対策で借金を減らせると格好いいことを言っている政治家が経済学者がいますが、そんな汗水流さないで上手くいく訳ないでしょう。これ以上、彼らから想定外のことで上手くいかなかったなどいう言い訳はもう聞きたくないですね。この国の予算は1980年頃に戻しても良いと思います。

地域振興(再興)と地域主権。その根本としての市民参加型社会。土地の自然や文化的伝統を最大限に活かした取組みに注目し、新しい価値を創出し、精神的豊かさを取り戻したい。「あるもの探し」の価値観に大いに賛同致します。

大都市的生活、享楽的刺激的生活、流行を追い求める生活は、それはそれで魅力がある。しかし、少し離れれば大都市には無い、個性豊かな生活圏が広がり、日本という世界の一「地域」を彩っている。多様であることの尊さが思われます。

今後の記事を楽しみにしております。

結城 様

 16,7年程昔であろうか、「地域化の時代」を週刊エコノミストに投稿した。東北の村に暮らし、兼業百姓でコメを作っていた。
 グローバリゼーションが金科玉条となって日本を覆い尽くし、高齢者の孤独死等の社会のほころびが散見される時代であった。
「僕の村には一人暮らしの爺さん婆さんがいるが、皆元気で、一人暮らしで痴呆の年寄りは誰もいない」と記した記憶がある。
 「復古主義ではない新たな村の復権」をと問ったつもりであったが、ひたすら激烈に批判された記憶がある。
 かくいう僕自身もひたすら干渉的であり、封建的でもある村から必死に逃げだそうとしていた一人でもあった。この思いをなんとか克服、消化しようと、農閑期は日本から逃げdだしたり、あるいは経済成長期の労働力吸引政策の一環でもあった、農業近代化の推進によって冬の俵作りがなくなったこともあり、出稼ぎにも出ていた。
 「地域化の時代」では、キーワードを弄ぶ農政を批判した記憶がある。“持続可能、自給率、環境配慮等々毎年コロコロ変節する。「生産現場はたまったものじゃない、こんなキーワード誰が作るんだと」とある学会で激烈な議論をした記憶がある。
 このころから僕自身も足元を掘り起こしてみようと考えることができるようになったと考えている。
 里山でもない、有機栽培でもない、産直をやっているわけでもない、村で合意形成を図りながらのコメ作り、自分だけ無農薬など許されない大多数の兼業農家にフォーカスしなければと気付かされた。
 
 結城さんの仰る「価値の転換」ある種のパラダイムシフトを外圧ではなく自ら獲得しなければならないんだろうと思います。
 “美味しくて、安全で、安い農産物”が当たり前に言われてきた。「どこにあるんだそんな農産物、あるんだったら、僕は作るのをやめて買いに行く」と、憂鬱な時代が続いてきたような気がする。

 「高齢者農業で日本の食を支える」、「生産のみならず食の姿を変えることで自給率回復」が、キーワードが嫌いな僕のキーワードである。
 これで黙っていても後継者も生まれてくるし、日本はしばらくは食い物には困らんのでは。となれば僕にっては至福な時の到来である。

お詫び・・
 時代背景の時系列が少々混乱していますがお許しを。


 

これは、いい訳でないのですが、ないものを見つけるのは容易く、あるものを見つけるのは難しいと思っています。
長い間、その地区に住んでいると、あるものはあって当たり前になり、不思議に思わなくなるのです。
我が地区にも少ないながら、他の地区から移り住んでくる人がいます。
そうした人達が、会合の折にでもここはいいですねと話される。
何故って聞くと、ここには一杯いろんなものがあると話される。
そうした時に初めて気がつくのです。
そうか、その他の地区には、こうしたものがないのだと・・・。

我が家は、自慢ではないですが、ここに移り住んで今日まで水道料を払っていません。
豊富な地下水があり、20m掘ると今尚滾々と水が湧き出てきます。
井戸の水の量は、減りましたが、温度が一定で途切れることなく湧き出でます。
以前、水不足の折、他府県の方からもったいない流しっぱなしでと、言われたことを思い出しました。
又、共同の井戸では、沢山のペットボトルにつめて持ち帰る町の方が、ひっきりなしに訪れるようになりました。

<結城登美雄様へ>
久し振りに心の内奥を揺さぶる「言葉」を拝読し甚く感動いたしております。
特に「近代化」についての分析は、我が意を物の見事に言い表して下さっていますし、貴兄の思索と行動の「清明」に今更ながら感服いたします。不肖私にとっては正に「久方の光のどけき…」です。

で、私の「愚痴」も聴いてくださいまし。
大昔に「帰ろかな、帰るのよそうかな…」って歌が流行りましたが、生来帰る「場所」のない人間はどうすりゃいいのよ思案橋…都市住民の「浮遊化現象」は事ここに極まれり。経済薬物依存症状態なのです。今の都知事や府知事のヴィジョンもこの依存症候群の一つに過ぎません。「ポスト近代」を見据えた都市設計の発想に欠けているのです。
例えば「隅田川」を近代主義垂れ流しの臭いドブガワ状態から許容範囲のレベルに戻し、河口部での漁業・観光業を再生させたのは明らかに「美濃部都知事」です。環境アセスメントの端緒を開いたのも当時の東京都の官僚スタッフです。そうした現実処理と未来展望を提示してゆくだけの「思策と政策」を提示する勇気と説得力に致命的に欠けていたのが、今までの国政であり、それに従属する地方行政なのでは…って思うんですが?
不肖私が申し上げたいのは「地方は見捨てられた」というのは事実ですが、「都市も見捨てられている」のです…少なくとも「住民」というレベルでは。

ですから、貴兄にはとても及びもつきませんが、非力ながらナントカ住民・消費者・有権者として「都市の地元主義」のほんの一部でも加担いたしたいと決意を新たにしています。
貴兄に触発されたキーワードは「自然に寄り添う」です。

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Profile

結城登美雄(ゆうき・とみお)

-----<経歴>-----

1945年中国東北部(旧満州)生まれ。
民俗研究家。
仙台で広告会社経営に携わった後、東北各地を10年以上歩きながら、住民を主体にした地域づくりの手法「地元学」提唱する。
「食の文化祭」などの地域づくり活動で、1998年「NHK東北ふるさと賞」、2005年「芸術選奨芸術振興部門文部科学大臣賞」受賞。
「増刊現代農業」「グラフィケーション」など、雑誌や新聞を中心に農と地域づくりについて多数執筆中。
現在、宮城教育大学・東北大学大学院非常勤講師。

BookMarks

-----<著書>-----


『地元学からの出発―この土地を生きた人びとの声に耳を傾ける』
2009年11月、農山漁村文化協会


『東北を歩く―小さな村の希望を旅する』
2008年8月、新宿書房


『山に暮らす海に生きる―東北むら紀行』
1998年11月、無明舎出版

→ブック・こもんず←



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