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2010年1月 9日

「ないものねだり」から「あるもの探し」へ

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 人間というものは身近にあるものよりは、遠くに隔ってあるものを価値の対象にしてしまう心性をもっているという。隣の芝生がいつも青く見えてしまったり、幸せは山のあなたの空遠くにあると思い込んでしまう不思議な心理。「近代化」とは、そうした人間心理の上に成り立ってきた。先進地は西欧で日本は遅れている。だから日本をよくするためには西欧化しなければならぬと、舶来品や外来思想をありがたがり、在来の文化を低くみた。とりわけ戦後はアメリカ一辺倒のモダニズムの嵐が吹き荒れ、気がつけば合衆国日本州になってしまっていた。

 人びとが生き暮らす地域のとらえ方も同じで、農山漁村は閉鎖的で非効率的で、もっと近代化し都市化しなければならぬと、村の暮らしと営みをゆさぶり続けた。その結果、村を離れて都市へと急ぐ 「向都離村」の時代が長期化し、過疎・限界集落といわれるまでになってしまった。

 思えば私たちの戦後教育もまた、自然とともに村を生きていくための学びを捨て去り、企業ひしめく都市社会の一員になるための学びばかりになってしまった。競争社会に打ち勝ち、優位のポジショ ンを得るための学び。頭を肥大させ知識を詰め込み、受験、進学、一流企業へ。それが豊かな生活と人生を保証してくれるはずだと、一本道を追いかけてきた。だが、盛者必衰、時代は行き詰まってしまった。気がつけば都市も農村も孤立してバラバラに暮らしていた。当然ながら人はひとりでは生きていけない。人びとは今、来し方をふり返り、失ったものの大きさにたじろぎながら、少しずつ新たなるもうひとつの道を模索し始めている。

 遠くで光り輝くものも悪くはあるまいが、今はむしろ、ここにあるものをあらためてていねいに見つめ直してみたい。この土地を生きてきた先人たちは、限られた自然立地条件の中で、どのようにし て己が生きる場と暮らしをよくしようと努力してきたのか?その知恵と工夫は?

 いたずらに格差を嘆き、都市とくらべて「ないものねだり」の愚痴をこぼすより、この土地を楽しく生きるための「あるもの探し」。それを私はひそかに「地元学」と呼んでいるのだが、要はこれからの家族の生き方、暮らし方、そして地域のありようを、この土地を生きてきた人びとから学びたいのである。性急に経済による解決を求める人間には、ここには何もないと見えてしまうだろうが、自然とともにわが地域を楽しく暮らそうとする地元の人びとの目には、資源は限りなく豊かに広がっているはずである。むろん「地元学」は都市やグローバリズムへの否定の学ではない。自然とともに生きるローカルな暮らしの肯定の学でありたい。

 もう一度この土地を生きてきた人びとの声に耳を傾け、その発見の中から自分もまた地域を再生するひとりの当事者として、力を合流させたいと思う。

 《THE JOURNAL》読者の皆さんには、村や地域の小さな活動から新しい視点を発見してもらえれば光栄です。どうぞよろしくお願いします。

Profile

結城登美雄(ゆうき・とみお)

-----<経歴>-----

1945年中国東北部(旧満州)生まれ。
民俗研究家。
仙台で広告会社経営に携わった後、東北各地を10年以上歩きながら、住民を主体にした地域づくりの手法「地元学」提唱する。
「食の文化祭」などの地域づくり活動で、1998年「NHK東北ふるさと賞」、2005年「芸術選奨芸術振興部門文部科学大臣賞」受賞。
「増刊現代農業」「グラフィケーション」など、雑誌や新聞を中心に農と地域づくりについて多数執筆中。
現在、宮城教育大学・東北大学大学院非常勤講師。

BookMarks

-----<著書>-----


『地元学からの出発―この土地を生きた人びとの声に耳を傾ける』
2009年11月、農山漁村文化協会


『東北を歩く―小さな村の希望を旅する』
2008年8月、新宿書房


『山に暮らす海に生きる―東北むら紀行』
1998年11月、無明舎出版

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