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豊後の小兵衛 アーカイブ

2010年1月17日

大島楯臣:ことばを失った日本人(8)── 明治の教科書から消えた日本の古代史

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 通常国会を目前にして、そしてまた政権与党の党大会を控えて、当該政党の幹事長秘書・元秘書の3名を一斉に逮捕するなど、尋常ならざる事態である。

 これは明らかに、平成の2.26であり、5.15事件である。両事件とも当事者らは昭和天皇の逆鱗に触れ、一旦は収束・鎮圧されたかに見えたが、その後の歴史(無用、無謀な戦争)を見れば、その功罪は明白であろう。

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2009年12月28日

大島楯臣:ことばを失った日本人(7)

 今年も「リポート笠間」が届いた。同冊子は日本文学研究と、日本語学研究の専門出版社の一つである笠間書院の宣伝紙で、年一回発行され、無料で届けられる。

 その記事中に、「『国文学』が休刊し」とあり、時代の変化に寂しさを感じる。(記事には「国文学」とあるが、正式名称は「國文學」)

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2009年12月17日

豊後の小兵衛こと、大島楯臣:ことばを失った日本人(6)

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 私こと、恥ずかしながら、いい歳をして世川ブログから「放逐」されました。よって、向後はこの件に関してはコメントを控えます。また、「小沢試論」の上梓を心待ちにしている読者もおいでかと存じますが、この件については私の関与はなく、出版社は世川氏の交友にてご懸念はありません。
 序でながら、一部では私個人が特段の支援をしたと誤解されているようですが、私の購読料は皆さんと比し、同等かそれ以下でしかありませんことを申し添えます。

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2009年11月 9日

豊後の小兵衛:ことばを失った日本人── 異聞二

 「小沢一郎への想恋歌」には多くのコメントを頂戴したが、氏もこのコメントをしっかり読んでいることを報告しておく。
 ついては幾人かの方のご懸念に違わず、世川氏は紛れもなく「赤貧」であり、「小沢私論」脱稿までに木戸銭(ブログ購読料)を所望したい。
 経緯はいずれ詳述するが、当初は私たち仲間の「自費出版」の予定だったが、ある大手出版社の目に止まり、それは当然のこととして「より多く売りたい」とする出版社の意向も相まって、世川氏の論旨を変えずに、より分かりやすい表現、構成に腐心している。
 無論のこととして、これをどう読み取るかは個々人の自由ではあるが、「失われた10年」のみならず、今を生きる私たちが失ったもの、それが何であったのかを、それぞれの立場で思い起こそうと提案していることは疑いの余地がないと私は思う。「木戸銭所望」とは定石に合わないかも知れないが、底辺から見る「小沢論」は、「だからこそ書ける」一文ではないだろうか。

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2009年11月 6日

豊後の小兵衛:ことばを失った日本人 ── 異聞

 このブログで再々紹介した世川ブログの筆者・世川行介氏が、氏独特の切り口で論説を書いてくれる約束ができ、編集部の同意も得られたのだが、故あって「小沢私論」(仮題)の再構成に没頭していて、その隙間がなくなっている。

 そこでしばしの繋ぎとして、ブログの転載を思い立ち、同意が得られたことから、数回にわたり、その一部を私の手で紹介することとした。なお、改行は文体を損なわない範囲で私の手を加えた。

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2009年10月25日

豊後の小兵衛:ことばを失った日本人(5)

 さても間延びした連載で、諸兄には忘れられているとは思うが、役目がら書いてみたい。
 「いま日本人はものごとをどう考えたらいいかわからなくなって、途方に暮れている。日本語のことがあれこれ取り沙汰されるのは、そのせいではないか」と書いているのは、作家の丸谷才一氏で、「考えるための道具としての日本語」と題する新聞記事の一節である。
 ここでは、初回から「漢字制限」の不都合について記してきたが、丸谷氏は「思考の道具としての日本語についてはちっとも配慮しないのが近代日本の言語政策であった」と断じている。
 ことばとは、事象の伝達の道具という役割とともに、「思考の道具」という性格がある。人はことばを使うからものごとが考えられる。その「ことば」に優劣があったらどうなるかは自明でもあろう。
 繰り返しになるが、漢字制限とは「思考の制限」そのものともいえるのではないか。以上について、日本語研究家の大野晋氏は、戦後の国語政策に関し、(引用始め・中公文庫、対談 日本語を考えるより)漢字の形はいじった、かな遣いはきちんとしていない。そういう状態で、しかも原稿書けば、この字はないからと削られて、「僻地」と書けば「辺地」に勝手になおすというわけでしょう。新聞社はそれをやってきた。そういう状態のもとでは、言語は体系としてぐずぐずになる。言語がぐずぐずになるということは、なぜそれを哲学者や評論家たちが問題にするかといえば、それは認識がぐずぐずになるということだからですよ。(引用終わり)
 と発言しているが、今の私たちは「ぐずぐずになった日本語」でものごとを考え、国家の行く末を論じているのだが、その認識をどれほどの人が有しているのだろうか。
 同じく、同著の中で江藤淳は、(引用始め)私が間違いなく日本人だと証拠立ててくれるものは一体何だろうかと思った。そのとき、自分の内的言語は日本語以外にはない、と思ったのですね。その日本語が空間を超えて日本にいる友人や同胞と自分とをつなげているものであり、また、時間を超えて記紀(日本書紀と古事記=筆者注)、『万葉』の時代と自分とをつなげ、おそらく未来の日本人にも自分を結びつけているものであるという感じがしたのです。(引用終わり)
 因みに、存命中の江藤淳は小沢一郎氏の良き理解者であったことが、世川ブログ
http://blog.goo.ne.jp/segawakousuke)に採録されているので、参照願いたい。

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2009年10月 6日

豊後の小兵衛:地図を逆さまに広げよう ── 政権交代とは発想の転換である

 おそらくはわが国の歴史に残るであろう衆議院選挙は、民主党の圧勝で終わり新政権が発足した。
 早速にも主要閣僚は国際会議に列席し、新政権は日本の「存在」を国際的に示しているのではと感じている。ここしばらく、日本という国は、外交上「お荷物」といえば語弊もあるだろうが、決して「品格ある国」との印象を持たれていなかったのでは、と感じることが多かった。
 しかし、新首相の顔は「国の代表」として引き締まり、就任間もなくでありながら、そしてまた圧勝という余波をも背景にし、国際的耳目を集めるに存分の働きだったと思う。
 これから年末に掛け、諸課題に取り組むための予算編成など胸突き八丁が続くが、しばらくは静かに見守ることが肝要ではないだろうか。
 その新政権で、諸手を挙げて歓びたい事象があり、皆さんも注目して頂きたい。それはいくつかの新組織がつくられ、そこここに「新看板」が掲示された。たとえば「国家戦略室」であるが、白木の板に墨痕鮮やかに、しかも力強い毛筆書であり、私はこの看板から新政権の意気込み、決意を感じとった。なぜか、それは政府関連のみならず、このごろ、この類の「看板」のほとんどが「ワープロ書き」と想定されるものであり、関係者の識見を疑っていた。その昔は「○○事件捜査本部」などの看板も、書家の手で書かれたであろうと推測することが多かったが、この頃は目にすることも少なかった。
 省庁の看板も然りである。例えば「文部科学省」、この原板は省庁再編の折、書家である今井凌雪先生の揮毫であると漏れ聞いているが、力強さの中にも風格がある。
 それに反して「国土交通省」の初期の看板はいただけなかった。これも風聞だが、時の大臣である、扇千景氏の揮毫であったというが、「恥」という思想の欠如を思わせた稚拙な書だった。
 その昔から「名詮自性」(名は体を表すと同義語)というが、(ただし私の場合、それは当たらない。)看板はその象徴であるからして、軽いもの、稚拙なものは、本体さえも私は疑うが、そんな時代背景にもとづく新政権の意気込みを、たった一枚の看板から読み取れると私は理解した。
 次は、前原国交省大臣である。「ダム建設中止」とする大方針をピクリとも動かさず地元民と向き合う。それも尊大でなく、真摯に耳を傾けるその姿には「心ある政治家」を感じた。無論のこととしてこれからが大事であることは謂うまでもない。

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2009年8月20日

豊後の小兵衛:ことばを失った日本人(4)

 さても、時季外れではあるが、新聞・テレビで日食、日食と大騒ぎだった。しかし「日蝕」が正しい。それも、皆既日食ではなく、「皆既日蝕」である。この括弧括りをVistaで見ると私の意図通りに表記されるが、XPでも新フォントに置き換えられていないマシンは、略字体でしか表示されない。

 前回、「WindowsXPからVistaに変わるなかで、字体が変わるものが多くあることを確かめよう」と書き、それを検証すべきと思案したが、現在のネットとPCの環境では不可であり、恥ずかしながらの路線変更である。ただ、WEB上にはJIS2004として多様な情報があり、それを参照していただくことで代替したい。結論として、「日蝕」や「皆既」など、多くの正漢字が標準で表示・印刷できるようになった。
 一例として、再三登場した「阿辻哲次先生」の「辻」は、皆さんのディスプレイ上では一点之繞になっているはずだが、メモ帳などに貼り付けて見て頂く(Vistaは標準、XPは新フォントに置換えが済んだもの)と二点之繞になる。阿辻先生が文化審議会の委員だから「辻」だけを正漢字に戻したのではなく、「多くの漢字に書体変更がある」とだけここには記しておきたい。

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2009年7月10日

豊後の小兵衛:ことばを失った日本人(3) 

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 引き続き、漢字制限問題について書こう。そもそも何故に漢字をなくそう、制限しようなどの発想が起きたか、その動機は単純であって、江戸末期から明治の初めにかけて、先進国と称された国々の文字数の少なさに驚いたというのが主たる要因である。

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2009年7月 2日

豊後の小兵衛:ことばを失った日本人(2)

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 さて本論に入る前に、西松問題に隠れてしまったが、件の漢字検定協会理事長親子の逮捕・立件には胸のすく思いであった。それは、その稼ぎぶりは羨ましくもあり、かつ、にがにがしく思っていた。
 実用のモノから遙かに縁遠い出題が多く、クイズ感覚の漢字問題に文科省がお墨付きを与えたことがそもそもの間違いである。
 さても、Mehrlichtさんの「大学の講堂で聴講するような内容」には該当しないが、昔の銭湯あがりのよもやま話ほどに読み取っていただけば当方も気が軽い。

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2009年6月27日

豊後の小兵衛:ことばを失った日本人

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 先に、「ことばを失った日本人」という拙文を投稿したが、下記の文書は文化審議会・漢字分科会委員であった某氏が、私が編集・発行する月刊誌に連載を寄こしてくれた一部であるが、ここに転載して、もう一度読者のみなさんにお考え頂きたい。

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Profile

日本語の「ヨロン」という言葉には「世論」と「輿論」という2種類の漢字があります。実は、この2つの言葉は大きく意味が異なっていて、「世論(セロンとも読みます)」とは「感情的な世間の空気」のことで、「輿論」とは「議論を積み重ねてできあがった公的意見」のことを指します。《よろんず》が目指すものは後者の「ヨロン=輿論」をつくることであり、そのために、《よろんず》では情報のプロ・アマに関係なく自由闊達に議論を交わすための場所を提供します。メディアの調査で発表される「ヨロン=世論」とは違う真の「ヨロン」をつくるため、執筆者・出演者・読者のみなさんに、この新しい“知の共有空間”に参加いただけるよう呼びかけます。

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