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2010年11月 1日

達増拓也:主権者の代表達は形式主義のワナを破れるか

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日本一新の会 達増拓也(岩手県知事)


 東京地裁、東京高裁と、小沢一郎氏の強制起訴停止の求めを斥けている。裁判で争えるからよい、ということだが、それならば厚生労働省の村木局長についても、裁判で争えたのだから根拠なく起訴されたことに問題はなかった、という事になる。根拠なく起訴され、裁判を強いられることが村木局長の場合も小沢氏の場合も問題なのであって、「裁判で争えばよい」というのは形式主義のお役所仕事である。

 この形式主義が、日本では意外に支持される。村木事件も、フロッピディスクの改ざんというのは枝葉末節の話であり、政治家(石井一氏)がらみのストーリーを作り、証拠もないのに供述をでっち上げて、逮捕・起訴して裁判にかけたことが大問題なはずだ。重大な人権侵害であると同時に、政府の局長級に因縁をつけて仕事をさせないようにしたという、検察組織による厚生労働省に対する重大な業務妨害である。国家に対するテロのようなものである。そういう厳しい認識が、世論には、足りない。

 小沢氏の強制起訴も、実質的な根拠のない起訴によって、政権交代に託された民意を実現する司令塔になるべき政治家の動きを封じようとする、人権侵害であると同時に国家の根幹を揺るがす暴挙である。そもそも去年と今年の小沢氏秘書・元秘書の逮捕・起訴からして、根拠薄弱な「検察の暴走」であった。政権交代つぶし、小沢首相つぶしの、政治に対するテロのようなものである。しかし、そのような実質の問題よりも、逮捕だ、起訴だ、という手続き的な、形式の問題がクローズアップされ、「小沢けしからん」という論調になる。お上のお縄を頂戴するという形式を満たせば、「ケガレ(穢れ・汚れ)」たイメージで見られてしまうのだ。村木事件でも供述でっち上げよりフロッピ改ざんの方が邪悪なイメージで見られているが、供述でっち上げは手続き的には取り調べの形式を満たしているのに対し、フロッピ改ざんは文句なく(手続き的にも)違法であるところが理由だろう。フロッピ改ざんの方が愚かだが、供述でっち上げの方がよほど邪悪だと私は思う。

 さて、問題なのは、二つの仮定を持ち込むが、第一に結局小沢氏が強制起訴されることになってその手続きが開始され、第二に菅内閣が行き詰って菅氏の首相退陣=党代表辞任となった時に、民主党の議員たちは形式主義にとらわれず、実質で判断し、ちゃんと小沢氏を党代表=首相に選ぶことができるか、である。党代表が任期の途中で辞める場合、臨時の両院議員総会において、国会議員だけで新しい代表を選ぶのが民主党の基本ルールである。日本の命運がそこで決まる。

 先の、二年に一度の正規の代表選で、党員・サポーター及び地方議員の約4割と、国会議員の約5割が、小沢一郎氏が党代表=首相になるべきだと投票し、小沢氏が次点になった。菅代表=首相に何かあった場合に、小沢氏がそれに代わるのは理の当然であろう。検察審査会の議決に基づく強制起訴という、実質的な根拠のない起訴により、そのことが覆されるべきではない。

 しかし、民主党国会議員も形式主義に弱いところがある。そもそも、先の代表選でも、「首相がころころ変わるのは良くない」という究極とも言うべき形式主義が猛威を振るった。それが菅氏の勝因だったといっても良い。日本の総理大臣を、そのような形式的な理由で決めてよいのか。もっと、というか決定的に、実質が問われなければならないのではないか。

 国会議員は全国民の代表であり、主権者の代表である。主権者は、宰相を決める者である。戦前は天皇陛下が総理大臣を決めていた。今は、主権者の代表として、国会議員が総理大臣を決めるのである。

 誰に大命を下すべきか。今度こそ、形式主義のワナに陥らず、実質で決めなければこの国は亡ぶ、という覚悟を持ってもらわねばならない。

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