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達増拓也:主権者の代表達は形式主義のワナを破れるか »

達増拓也:反小沢の背景にある冷戦思考の呪縛

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日本一新の会 達増拓也(岩手県知事)

 先に、「反小沢の背景にある冷戦思考の呪縛」という拙文で、異常な小沢バッシングが起きる政策論的背景を述べた。日本の政界、官界、マスコミ界のかなりの部分が冷戦時代の左右対立構造にとらわれており、左右の対立を超えた脱冷戦の改革を目指す小沢一郎氏を敵視する、という内容である。今回は、最近有名になっているサンデル教授(ハーバード大学)の正義論を参考に、反小沢の政治哲学的背景について述べたい。

 サンデル教授の正義論が、今、急速に広まっているのは、リーマンショックで欠陥が明らかになった米国流自由主義の修正を訴えているからではないか。サンデル教授は、米国流自由主義は功利主義(ユーティリタリアニズム)と自由至上主義(リバタリアニズム)を二本柱としているが、それだけではダメで、共同体主義(コミュニタリアニズム)が重要であると主張している。

 功利主義は「最大多数の最大幸福」がスローガンで、福利の向上とそのための経済的効率化が目標になる。損得の計算が重要である。

 自由至上主義は、個人の自由の貫徹を最重要視する。自己決定と自己責任。自己の意志以外には何者にも縛られる必要はないという考えである。

 この二つを合わせると市場原理主義になり、リーマンショックを引き起こしたアメリカ生まれのグローバル・スタンダードとなる。日本においては小泉--竹中路線になった。

 政治の場では、功利主義は損得勘定最優先につながる。原理原則にこだわらず、現実的に柔軟に対応する。また、自由至上主義は党派性の否定につながる。個々の政治家の言動を極力縛らないようにする。派閥的な活動は忌避され、グループ活動もサークル活動的なものに限定される。

 これらに対し、共同体主義は、共同体において個人が「役割を果たす」事を重視し、共通の価値である「徳」を大切にする。損得や個人の好みとは別に、「為すべきこと」があるのではないか、それを集団において共通のものにしていく必要があるのではないか、という考え方である。経済・社会に関しては、優勝劣敗だけでは良い社会にはならないのではないか、経済主体は損得や好み以外にも共同体に対して為すべきことがあるのではないか、という事になる。政治の場では、ある役に就いている者は、好き勝手に行動していいのではなく、局面ごとに当然為すべきことがあるのではないか、その為すべきことについて多数の合意を形成していかなければならない、という事になる。

 「メルマガ・日本一新」の読者お気付きの通り、小沢一郎氏は、筋金入りの共同体主義者だと言えよう。本人は私が教えるまで共同体主義なるものがあるという事をご存じなかったようだが(私もサンデル教授の本を読むまで知らなかった)、今までの言動からして天然の共同体主義者である。功利主義や自由至上主義のよさも認めているが、その二つを残して共同体主義を捨てることはない。小沢氏は時々「それは人の道に反する」と言うが、政治家人生において「道」というもの(サンデル教授の言う「徳」)を常に意識しているのだと思う。

 共同体主義は「古い政治」であり、グローバル・スタンダードに則って功利主義と自由至上主義の組み合わせで行けばよいと思い込んでいる政治家たちは、反小沢になるであろう。彼らは、政策的には、小泉--竹中路線の方に近い者が多い。政治手法は、政治家一人一人の価値観はそれぞれ違っていて当然と考え、なるべく相互干渉せず、波風立てないために場の空気を読む術が発達する。原理原則にこだわらず、内容よりも手続きにこだわる。小沢氏は、政策的にはセーフティネット重視であり、政治手法は、理念・政策を共有する政治家や支持者を結集して多数の形成を目指し、必要であれば波風立てても徹底的に議論をする。意志決定の手続きはもちろん尊重するが、こだわるのは内容である。

 来年度予算編成に向けて予定されている「政策コンテスト」なぞは、政治家が「為すべきこと」について多数意志を形成する責任を放棄している点で、典型的に反・共同体主義的である。反小沢的な手法と言えよう。

 実は、共同体主義を否定しては、およそ政治というものが不要になってしまう。経済・社会活動が全て個人の自己決定・自己責任の問題となれば、「公」は不要で「私」だけの世界となるはずだ。そこに残存する政治の存在意義は、消費の対象としてのパフォーマンスでしかなくなる(劇場化)。世論調査は(そして選挙も)視聴率同様の人気投票に過ぎなくなるが、それが政治家にとっての全てとなろう。マスコミは劇場政治のほうが本領を発揮しやすく、官僚は「公」を独占する自己満足にひたりつつ給料がもらえればよいのかもしれない。しかし普通の国民は困ることが多くなるだろう。

 小沢氏と同じ岩手県出身の新渡戸稲造は、やはり岩手県出身の原敬首相が平民宰相と呼ばれた頃に、「デモクラシーは平民道と訳すのが良く、それは武士道の延長である」という趣旨を述べた。政治には「道」の感覚が必要なのではないか。それは決してアナクロニズム(懐古趣味)ではなく、あるべきグローバル・スタンダードを草の根から構築していくための極めて今日的な課題であり、日本を救う唯一の道なのではないか。「メルマガ・日本一新」読者諸兄のご意見を求めたい。

★   ★   ★

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<納得です>
達増知事はすごいですね。評論家、ジャーナリストを名乗りながら、テレビで臆面も無く、無知をさらけ出し、恥を晒している人達はこの現役知事の爪の垢でも煎じて飲んで欲しいと思いました。
こんな立派な東大法学部出身の元官僚の方がおられる一方で、日本の検察・司法に従事する同窓諸氏が懸命に民主主義を破壊しているというのはどうしたことなのでしょうか?
 宗男事件を始め、特捜は立身出世の為に積極的に時の権力に阿った政治捜査を行い、ボロを出した検察官をトカゲの尻尾きりで切捨てて組織を温存する、脅迫や捏造での起訴が不可とわかれば検察審査会をでっち上げて、政治弾圧を行う。保身に汲々とする裁判所もグルになり、時の権力に迎合する。公正な裁判は全く期待できないのが今日の日本の現実である。不労官僚に生き血を吸われて日本はとことん堕ちていくのであろうか。
 自分の身を護るぐらいの自信はあるが、子や孫の時代が思いやられる。

達増知事 様   初めまして。ご論説拝読させていただきました。小沢氏ご自身は「共同体主義」なる新造語をご承知ないまま、現実の政治手法には、既に日本人的道徳と正義の政治理念を持論の政策に組み込まれ、実践の方向へ展開しようとされる点を達増知事が高く評価なさっておられると納得いたしました。実は、昨夜ですが滅多にみないNHK教育テレビに、サンデル教授の『自然教室の衝撃と教授の魅力』が放映され、今や日本の学界でも評判となり、教職者、学生たちとの対話を通じて自然界の様々な事象に対応した理論を突き詰め、結論を創出するという哲学的手法など理解できました。この共同体主義こそ、独断・功利主義で世界中に嫌われる米国流新自由主義への、サンデル教授の警鐘でしょう。  私たち戦中派は、先の戦争での被害者で、忌まわしい敗戦の体験もあり、65年経った今もなお、"戦後は終わっていない"という感情を引きずっているのです。屈辱な、片務的日米同盟には常に疑問を持っており、11月のオバマ氏中間選挙の帰趨によって、世界はどう変わるのか、日米関係における金融・為替・経済や安保外交問題等。いまの菅政権の危なっかしい政治姿勢には不安が付きまとうのです。  小沢一郎抜きでは、「平成維新」の国づくりは成し得ません!!

達増拓也様へ
始めまして、お考え読ませていただき 小沢一郎氏の捉え方に90%程度賛同します。

> 共同体主義は「古い政治」であり、グローバル・スタンダードに則って功利主義と自由至上主義の組み合わせで行けばよいと思い込んでいる政治家たちは、反小沢になるであろう。

現在日本政治を読み解く視点として 分かりやすく存じます。。。

戦後の日本を今日にまで導いた石炭・鉄鋼・自動車産業、更に国鉄・農協・郵便局・道路公団・・・。
すべては歴史的に必然性を持って 政治に寄って生み出されたものといえます。。
十二分に この国に貢献しました。
農協・郵便局・道路公団・・・は 現在根本的な点で “害あって益なし”な象徴に見受けられます。。

小沢一郎氏は 日本改造計画に見られるように、更に 自民党を捨て去ることにより、 いったいに何を希求し続けるのか。
旧来の日本統治システムを 政治に寄って作り変えてしまうことでしょう。
一貫されてるように存じます。

官僚とは“行政の継続性を根本哲学とする存在です”。
戦後 自民党と共に築き上げてきた“日本統治システム”。
官僚自身が 自ら時代にそぐわず、不備が見受けられる部分については 暫時修正は加えられてゆきます。


これを 時代にそぐわなく成り果てたものを、作り直すのが政治家のお仕事です。


菅直人民主党政権は 依然として、従来の日本統治システムになに一つ変化をもたらさないばかりか、外交における瞬時に必要な情報も官僚から得られも出来ません。 更には財務省に絡め取られ“消費税増税”までのたまいます。。


今の日本の政治家の中で 日本の戦後“社会統治システム”を変えてしまえるのは 小沢一郎氏しか見受けられません。。。
何故 そー言い切れるのか!
彼が 自由民主党の次期リーダーを約束されながらも、自民党を見捨て、、、
自民党を飛び出した「政治行為」が すべてを言い尽くします。


“共同体主義”は 少し宮沢喜一氏のような学者政治家的な 解説に感じられますが・・・

 おはようございます。

 別記事への投稿で未承認不掲載であるものを、若干の訂正と、大幅な加筆、継ぎ接ぎ文章ですが、再投稿させていただきます。是非、ご承認ください。

▼ 小沢地動説のコペルニクス的転回 ▲

 最近、地球環境に酷似しているだろう太陽系外惑星が発見されたと、主に欧米で話題沸騰だと報じられた。その太陽系外地球型惑星は、太陽系からの距離約20光年と意外に近く、光速の10%の速度で移動するなら約200年の距離ということで、5世代ぐらいの移動時間を覚悟すれば移住できるかもしれない。多分(笑。そのためには、乗り越えなければならない科学技術以外の課題が(★ 貧富格差が招く「正しさ」基準の相対化 ★)沢山ある。

 我々は、等速度運動をしている限り、動いていることを認識するのは難しい。既成概念の中に漫然とせず、知る努力を怠らず、動性への感覚を磨き、動きを測る試みを諦めなければ、上述の太陽系外地球型惑星発見のように、様々ことが解ってくる。幾つか確認をしておく。

天動説:すべての天体が地球の周りを公転しているとする説で、コスモロジー(宇宙論)のひとつの類型のこと。

地動説:地球が動いている、という学説のこと。ニコラウス・コペルニクスが唱えた。天動説に対義する学説である。

コペルニクス的転回:古くアリストテレスの時代からコペルニクスの登場する16世紀まで、地球は宇宙の中心にあり、まわりの天体が動いているという天動説が信じられてきた。地動説は単なる惑星の軌道計算上の問題のみならず、世の哲学者、科学者らに大きな影響を与えた。地動説の生まれた時代を科学革命の時代とも言うのは、それほどまでに科学全体に与え、科学が人間の生活に影響を与え始めた時代であったからであり、コペルニクスが提示した発想の転回を今でも「コペルニクス的転回」などと呼ぶのは、その名残である。

■ 現代異端裁判としての検察審査会 ■

 今、小沢氏が唱えている変革は、当に 小沢地動説 と呼ぶに相応しい コペルニクス的転回 だが、これは単に発想の転回に新味があるのではなく、その転回を主権者自身の行動による能動的変革を意味するからで、譬えるなら、検察審査会議決に苛む小沢氏は異端裁判によって迫害されたとされるガリレオ・ガリレイ的存在である。現在も尚、脱冷戦、脱左右対立構造論に立つ地動説的な旧態利権構造脱却を主眼とした思想を唱えるものはすべて異端とされ、それによって日本国の発展が阻害されていると考えられる。しかし現在、ガリレオ・ガリレイが昇進などをめぐるトラブルから罠にはめられ、でっちあげの偽裁判(異端裁判)で有罪判決を受けたと同様の災禍が、検察審査会議決によって小沢氏の身に齎されている。

 小沢氏が訴えた過去の政策を捉えて、小沢氏を非難する向きが少なく無い。ガリレオ・ガリレイが観測技術や分析能力を持たなかった為に、地球など惑星の楕円軌道や、潮汐現象などの説明に失敗したことを思えば、小沢氏にもチコ・ブラーエ、ヨハネス・ケプラーのような観測家、分析家が必要である。別投稿で小沢氏は進化し続けている(◆ 「♡小沢さん大好き♥」派なわたし(笑 ◆)と書いた(現在の小沢氏の思想はコミュニタリアニズムとも指摘した)ように、小沢氏自身は常にダイナミック(動的)に変化し続けていて、そのことが コペルニクス的転回の小沢地動説 という比喩に何とも相応しいが、更なる進化の為には、観測・分析技術未達によって宇宙項を断念して没後、今になって宇宙項がダークエネルギーとして蘇ったアルベルト・アインシュタインの例を引くまでも無く、小沢氏には身近に優秀な観測者、分析家が必要なのである。

達増さま
いつも明解なご意見に感心しているものです。下記は拙い考えかたですが、
文章にしてみました。
功利主義、自由主義で何が起きたかと言えば、自己の利益を追求するために、思考が偏り、物事を単に「好きか嫌い」で判断する現象が起きてしまったことです。
この弊害は、地域社会で対立があり、問題解決をするにも、ほとんど二分してしまうことです。そして内容や人間性よりも攻撃力が強い方に流れてしまいます。
冷戦時代の左右対立に似ている構造ですが、この好き、嫌いの二分は感情的なものです。都会の地域社会ではこの感情論が支配し、面倒だ、関りたくないという無関心派が多数を占めてしまったことで、成熟かつ自立した市民が形成する共同体が失われています。地域社会に関らなくとも個人での楽しみ方ができるのです。しかし、子どもを育てる時期や高齢者になれば、共同体の力が必要です。ましてや世界経済が混迷する時代に突入する今こそ、共同体主義を政治に反映する必要があります。
サンデル教授がいうように、現代に生きる人間は過去に対する道義的責任も負うべきであるということは、今の私たちが選んでいる道を、未来に道義的な責任を負わせることになります。
小沢氏が初当選した政治家に選挙区である地域を回り、地域を大切にするように指導しているようです。
身近な地域の生活者にとって必要な政策課題を取上げることにより、議論の内容も濃くなり、政治の存在意義になることを示したいのでしょう。
小沢氏こそ今日本で一番必要な政治家ですね。

 サンデル教授は、
> 米国流自由主義は 功利主義(ユーティリタリアニズム)と自由至上主義(リバタリアニズム)を二本柱としているが、それだけではダメで、共同体主義(コミュニタリアニズム)が重要であると主張している。
> 功利主義は「最大多数の最大幸福」がスローガンで、福利の向上とそのための経済的効率化が目標になる。損得の計算が重要である。
> 自由至上主義は、個人の自由の貫徹を最重要視する。自己決定と自己責任。自己の意志以外には何者にも縛られる必要はないという考えである。


社会に棲息する個人の活動を 社会発展の源泉とすべきであり、これを“基”とする社会に“合理性”を与えるのは、ありとあらゆる社会的行為における効率性。
による。
これを 基本として認めるが、“それだけではダメで・・・” コミュニタリアニズムが必要不可欠である。
とされている。。。


ただ、ここには大きな見落としが あります。
国には 国家が産み出され・成長し・充実し・衰えてゆく。。。。
歴史的な 現実があります。
アメリカは 一つの信条で建国以来 走ってきました。
アメリカにもアメリカ的な伝統ともいえる“やり方”が出来てしまいました。
やっと アメリカという国家の歴史・伝統が出来上がったのです。
固定化された上層階級が日本などと比べ物にならないレベルで固定化されました。
更には 「対極の」大量の移民の存在が 社会階層をフリーズさせる元凶です。
アメリカは すでに「基軸通貨国」ではありません。
アメリカは すでに「超大国」では亡くなっているのです。
もう これだけ歴史もありもしないのに、社会統治システムが固定化されれば・・・
後は 行き詰まり 没落する未来しか用意されておりません。
コミュニタリアニズムとは  国として、まだ日本のように地力の残された国でしか生かされることは 無いように存じます。

功利主義なら功利主義でとことん突き詰めて考えればよいのだが、それさえもやらない。
デフレが悪い?
円高が悪い?
日銀が悪い?
世のエコノミスト達は、どっちを向いて発言しているのか。

互助の精神がある共同体なら、どうすればよいか真剣に考える筈だ。

単純な計算をしてみます。
失業者320万人として、年間200万の給与を税金で補填、全員就労できるようにするには6千4百億あればよい。
生活保護3兆円を財源にすれば、お釣りがきそうな気がしませんか?
320万人の潜在イノベーション力!
功利主義者が、この損得勘定ができない筈がない。

岩手県だけでも、「完全雇用特区」実施してみましょう。
岩手の大躍進が目に浮かぶではあーりませんか。

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日本語の「ヨロン」という言葉には「世論」と「輿論」という2種類の漢字があります。実は、この2つの言葉は大きく意味が異なっていて、「世論(セロンとも読みます)」とは「感情的な世間の空気」のことで、「輿論」とは「議論を積み重ねてできあがった公的意見」のことを指します。《よろんず》が目指すものは後者の「ヨロン=輿論」をつくることであり、そのために、《よろんず》では情報のプロ・アマに関係なく自由闊達に議論を交わすための場所を提供します。メディアの調査で発表される「ヨロン=世論」とは違う真の「ヨロン」をつくるため、執筆者・出演者・読者のみなさんに、この新しい“知の共有空間”に参加いただけるよう呼びかけます。

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