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ロバート・ドラーチャ:希望を持たせる日本への懸け橋

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希望を持たず受動的かつ消極的に流されるままに生きる依存型人間を育成すべきか。危急存亡の秋を迎えている日本の非常に高いポテンシャルの活性化のためには、積極的にイノベーションを生み出すEntrepreneur(起業家)及びIntrapreneur(社内ベンチャーを興す優秀な人材)の輩出が不可欠である。しかし、近年の「ゆとり教育」で育てられたいわゆる「ゆとり世代」が、日本を復活させるという重い役割を果たすことができるのか。


教育は、ポテンシャルの活性化のための重要なカギになる。ただし、前回の小論文で述べたように、真剣に努力しながらも報われないと思われがちである環境でも積極的に道を切り拓く挑戦精神を発達しない日本の教育体制に深刻な問題がある。それは、批判的思考による判断力を育成せず、若者に明確な将来的目標を持たせないことだ。

「ゆとり世代」の最も深刻な問題点は、行動力の不足ではなかろうか。「ゆとり世代」に対応するソリューションに取り組んでいる株式会社ウィル・シードによれば、「ゆとり世代」の人間は、自ら考え行動することが苦手であり、言われたことしかやらない。しかし、現在の日本の社会問題の解決方法を簡単に与えられるわけは無い。つまり、日本を復活させるためのソリューションを創るべく、批判的思考によるイノベーションを生み出さねばならない。

自ら考え積極的に行動することなく他人の行動を期待する人間だらけの社会でありながらも、国際競争力を喪失した経済大国である日本が今より豊かでなくなる危険性に、多くの人が、積極的に対応せずとも、気付いてはいる。

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環境を変える力すなわち環境を良くする力は、積極的な行動にある。日本の社会が将来的にどうなるのか確実にわかるはずは無い。しかし、日本の社会が今より良くなるか確実にわからずとも、積極的に行動すれば、社会を良くするポテンシャルはある。行動しないと、社会問題が深刻化してゆくばかりであろう。努力かつ行動次第である。「未来教育プロジェクト」の開発者である鈴木敏恵教授によれば、社会的貢献の高いプロフェショナル育成が重要である。換言すれば、教育は社会的貢献に必要なスキルを身に付けるためのものだ。ところが、日本での教育は、社会的使命感を発達する制度ではない。つまり、将来的な目標の明確な設定に必要な判断力を育成せず、社会でどのように貢献すれば自らのポテンシャルを完全に活用することができるのか考えさせないのである。その上、行動にある、環境を変える力を理解させず、生徒を受動的にすることにより、希望を喪失させる。

日本のポテンシャルの活性化と言えば、日本人のポテンシャルの活性化である。日本は、戦争で痛い思いをし、焼け跡の中から立ち上がったのは、当時の日本人の行動力があったからこそできたものだ。「ゆとり世代」のポテンシャルを完全に活かすために、社会的使命感に基づく将来的な目標を明確に設定させ、その目標を必ず達成するために真剣かつ懸命に努力したいという気持ちにさせなければならない。つまり、挑戦精神を発達する必要がある。日本の積極性を取り戻す挑戦精神発達教育が、希望を持たせる日本への懸け橋になる。世界中から尊敬されていた日本人の勤勉さがよみがえり、積極的な取り組みを通じて、日本を再び大成功させる人間を育成しなければならないのである。

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ご理解・ご協力のほどよろしくお願いいたします。

私は、ゆとり教育の理念は、間違いだとは思っていません。
高度成長期以後、日本は物質・金銭的に豊かになった。
その見返りに、心の豊かさを失っていったと感じています。
その精神的豊かさを得ようとしたものであると思う。
けれど、この頃からの多くの政策に見受けられるように、現場(現実)と机(理想)の乖離が余りにも大きすぎ、現場を知らずに政策を打ち出した事が、余計に現場に混乱を招いたのでないかと推察します。
授業のカリキュラムや教育時間を短縮することで子供たちに余裕を与えれると机の上で考えた。
けれど、現実は、家庭にそのものに余裕など無く、逆に両親が、子供の将来への不安を増しただけでなかったろうか。
教師(学校)と両親(家庭)の距離を更に広げた。
それは、教育委員会にも言え、お互いがどう対応すればいいのか、無益に時間だけが過ぎた。
1番の被害者は子供たちで、どの方向(誰を)を見ればいいのか。
周りの戸惑いを一番感じていたのでないだろうか。

ようやく、教育現場で自分達が何をすべきなのか。
その運動が少しずつ広がってきていると思う。

私の農業の現場でも、ようやくその機運が上がってきている。
それぞれの地域特性があり、それを画一的に方向付けすることはできない。

人に任せるのでなく、自分で何ができるのか、それが問われているのであり、そのことに多くの人が気がつくか。
そこに未来の道があると思う。

 こんにちは。

★ ∀「社会的使命感」∈「社会帰属意識」? ★

 ロバート・ドラーチャさんの前回掲載論文には大方同意するものですが、結びの部分

~~引用~~~~~~~~~~~~~~~~
・・・
自らの可能性、自らのポテンシャルを活かすことは、努力の意義かつ挑戦精神の意義である。人生を決して諦めてはいけないのである。つまり、モチベーションを持たせない日本でも、自らのポテンシャルを無駄にしてはならない。努力の価値はまだある。人生に挑戦する意味はある。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

には、それまでの論理展開からすると尻すぼみで、本質から外れたもののような違和感を感じていました。そもそも、モチベーションを持たせない日本で、自らの可能性、自らのポテンシャルを活かすことは、努力の意義かつ挑戦精神の意義であると知っていても、それ自身、つまり見出された『意義』がモチベーションになってないのだから、結び部分の論は意味が無いと思えるのです。

 そこで私は、内発的動機付けに偏って、外発的動機付け、社会的動機付け(達成動機付け)が蔑ろにされている現在の初中等教育の現状について若干の経緯を書いて論じ、「ロー・コンテクスト・カルチャー」として「話し言葉」、「ハイ・コンテクスト・カルチャー」として「書き言葉」を準え、欧米言語環境と日本国言語環境の昨今を簡単に述べ、そのことによる思考処理経路の機能的差異が、特に日本人には外発的動機付け、社会的動機付け(達成動機付け)に基づく教育の必要性を意味していると論じました。

 今回のロバート・ドラーチャさんの論文では、社会的使命感をモチベーションにしなければならないという説を論じられていますが、第二次世界大戦を挿んで約1945年以前に教育を受けた者と、それ以後の者の社会への帰属意識に大きな変化があったことは容易に想像がつきます。また、約1945年以前に教育を受けた者達が中心となって戦後の荒廃の中から脅威の復興を成し遂げていった過程において、戦後の国家観と戦前の国家観残渣の狭間で社会帰属意識を見失い、結果として後の社会帰属意識融解を招いた所謂『団塊の世代』が、その約1945年以後約~25年の間、革新思想などを掲げて若者達を魅了しました。その前後の社会変化などについて、私が下記のテーマに投稿したものがありますので、再掲させていただきます。社会帰属意識を失い、絆を失い、寄る辺無く浮遊する精神の所以を書いたつもりです。私としてはそのことを論じることなく、社会的使命感を唐突に論じても、なかなか心に落ちる話にはなり難いと思います。

【NewsSpiral】(加藤登紀子:「68年」ていったいなんだったのか?
http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/2009/10/post_385.html
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

< 日本人の所謂『自己元型』喪失 >

  所謂団塊の世代の方々が、「1968年」代に挫折を経験された現リーダー層(政界、言論界、学界・・・etc.)の方々が、今、何故、センチメンタルに、ノスタルジーに浸りたがるのか?

 あの時代を境に、東西冷戦体制の強化が顕著になり、ベトナム戦争の泥沼化が進んで後の米国内退廃へ至り、ソ連・中国の一党独裁体制強化と同盟国・自治国の隷属化が進み、北朝鮮による日本人拉致が頻発し始めた。日本では、所謂反戦フォークソングなるものが巷に溢れ、上辺だけの革命思想・リベラル思想により時代の雰囲気は極めて反歴史的なものになり、アングラ芸術が巷に溢れ、中央メディアの反国家的報道・論説の氾濫や一部の反国家的教育運動の下にリベラルであること、「自分らしく生きる」ことが自我未成熟なうちから求められ、多くの人々がユング派のいう所謂『自己元型』を喪失したまま育ち、根無し草となって当て所無い浮遊を強いられる羽目になった、そういう時代だったと思う。さらに安保闘争後、暫くは、反米、ベトナム反戦、反国家収用、公害闘争・・・などに支えられて様々な反体制活動は続いたが、連合赤軍リンチ事件、浅間山荘事件、ダッカ事件等による活動本質の幼児的残虐性が露呈し、市民の共感が薄れ、高度成長に伴う豊かさの共有と相俟って、それら活動への蔑視が広がり、中心的活動家の殆どが転向を余儀なくされ、「三無主義(無気力・無関心・無責任)」なる浮遊感表出の一つと思われるものを齎した責任という足枷が課せられることになった様に思う。反体制活動の中には、当然、正当な主張もあったが、その多くは体制側の行動によって、或いは、反体制運動家の民主的手続きによる体制内進出によって是正実現してきたように思う。

 今、その世代が所謂リーダー層となって、そのリベラルを自称する方々が保守政党である筈の自民党の一党独裁的政治支配体制の終焉を宣告し、この状況へ導いた功を自負しているように見えるが、それは当に錯覚であり、それまで日本を覆い尽くした閉塞感や、保守の立脚点を見失って彷徨う自民党への失望感が時機を得て、所謂『自己元型』を喪失して浮遊する日本人を、ただ一旦、目先の浮島へ接岸させたに過ぎないと思う。所謂『自己元型』喪失が保守主義の核を提示させ得ないし(最近、幾度かの試みはあったが)、他方においても、所謂『自己元型』喪失が対保守主義、リベラリズムの論理的起点の曖昧さを露呈し(所謂外来思想を吟味不十分なままに振り翳す等)、このままではいずれ再び当て所無い浮遊へ離岸せざるを得なくなると思う。人知の及ぶ論理を超えて人間の行動原理を支配するものの原点を辿れば、その行き着く先はその国民、民族、宗教、言語が歴史的に抱え込んで沈降醸成してきた「神話」、つまり、所謂『自己元型』に辿り着き、あらゆる思想的葛藤は常にそこに起因し、その所謂『自己元型』という頚木からの解放を希求するリベラリズムと、その頚木を是とする保守主義の論争の原点はそこにこそあるのだと思う。ところで、こういった原点を蔑ろにした議論は日本だけでない。最近、キリスト教国家米国内でイスラム教徒やその他異教徒との共存故に政教分離論が語られ始めているが、行動原理を宗教に置く人々に政教分離した行動を期待するとは一体どういうことなのか? これは熱心なキリスト教徒に対しての自問でもあって滑稽なことではあるが、実に興味深い。イスラムとの付き合いが長い欧州でも、特に、教育の場において論争が絶えないのはご存知の通りだが、ニーチェが狂人に“神は死んだ”と言わしめて後、西欧合理主義を推し進めてきたルサンチマン懐古趣味忌避志向が、イスラム教徒やその他異教徒が死守するそれに通用するのか否か見物だ。

 「1968年」は、新谷 のり子さんが歌う『フランシーヌの場合』( いまいずみあきら 作詞. 郷 五郎 作曲 “フランシーヌの場合は あまりにもおばかさん・・・ ”)のモデルとなった 一人の女学生フランシーヌ・ルコントが、ベトナム戦争とビアフラの飢餓問題に抗議してパリで焼身自殺した 事件(1969年3月30日、日曜の朝)の前年であり、チェコ動乱勃発の年ですね。また、サウジアラビア、クウェート、リビアの3ヶ国がアラブ石油輸出国機構(OAPEC)を結成した年。当時自民党倉石忠雄農相が記者会見で「日本国憲法は他力本願」と発言して国会審議停止し、農相を辞任した年。国連総会で核拡散防止条約推奨された年。新宿騒乱(1968年10月21日に東京都新宿区で発生した左翼暴動事件)の年。川端康成氏が 「日本人の心情の本質を描いた、非常に繊細な表現による、彼の叙述の卓越さに対して ;"for his narrative mastery, which with great sensibility expresses the essence of the Japanese mind."」としてノーベル文学賞を受賞した年。アポロ8号が月を周回し、初めて月の地平線から昇る地球の写真が撮られた年でもあります。

 さて、「1968年」的気分って何でしょうか?
 加藤登紀子氏は、あるインタビューで自身が当時味わったと同質の「無力感、孤独感」が現代の若者にも蔓延しているように仰っていましたが、そうでしょうか?それは日本人の所謂『自己元型』を、氏と同世代の方々が能動的に消失させたが為に、本来寄る辺となるものを見出せない後の世代が纏わされた浮遊感表出の一つではないのかと思います。氏と同世代の方々が、そのことに何ら総括することなく、今となって日本古来の精神や美意識や生活様式を誉めそやす言説を繰り返す有様には、反吐が出るほど嫌気が差します(例えば、「友愛精神」を自然界へ敷衍するに当たり、日本人が古来持つ自然に対する畏敬の念、アニミズム様の情念を、全く論理性を欠いて自説補完の為だけに何と無く持ち出す等)。まして、現代社会からの慟哭に対して、進んで教訓的な物言いをするなど厚顔無恥も甚だしいと憤りを感じてしまいます。
 「1968年」代を反体制側で闊歩され、大東亜戦争敗戦気分のをいいことに、自覚的にか否か日本人の所謂『自己元型』を消失させた方々の罪は、自ら総括することなく口を噤み、白々しいセンチメンタリズムとノスタルジーを語る度に深くなり、それに抗する様々な試みがあったにせよ、後世代の思想的浮遊感を募らせ、行動原理を他文明由来のモノへ吟味不十分なまま依存しようとする軽薄を省みる気力さえ失わせていると思います。そのことを知らずに現代を生きる若者は、それぞれに備わった能力に応じて、それぞれが身を浸してきた偏った情報渦に応じて、それぞれが受けた躾や教育に応じて精一杯、一生懸命生きていると思います。最近話題になってる「たすけて」と言えない30代などは、置かれた時代の困難性にも自らの責任を過剰に抱きつつ、必死に自我を発揮しようと生きている証だと思います。そこには、「1968年」世代の方々がセンチメンタルにノスタルジックに自らの青春期の挫折を重ね合わせて語る「無力感、孤独感」とは異質な謂わば「無気力的無力感、無関心的孤立感」の中に、リベラルであること、「自分らしく生きる」ことを至上命題の様に育ったが為にその中に否応なく落とし込まれ、多くの者が無責任を権利とすり替え、ある者はその反動としての(無責任とは対極にありそうな)過剰な責任感を抱いて、それでも精一杯、一生懸命生きようと浮遊している姿があるのだと思います。

 実を言うと、私は、今更、その世代の方々に日本の所謂『自己元型』喪失の総括を求る気はさらさらありませんし、“今、何故、センチメンタルに、ノスタルジーに浸りたがるのか?”の“答え”ついても興味はありません(既に斟酌し終えていると思っていますし、私が感じる理不尽をその都度指摘させていただきますから)。まぁそもそもそろそろ晩節に至ろうとする方々に、今まで出来なかったことを求めてもそれは無理難題、無いもの強請りというもので、日本人の所謂『自己元型』が必要なら、必要性を感じる方々が、歴史を省み、根差すべき大地を求めて針路を採り、観天望気しながら歴史観不連続部分の補完を試み、次世代への教育をし、幾世代か経てしか、それは得られないのだろうと思っています。

 他国ではあまり見られない、戦後、日本人(外国人風ペンネームを含む(笑))による日本人論、特に比較文化論や社会構造論が多数出版され多く読まれた現象は、「1968年」に象徴される時代に決定的となった< 日本人の所謂『自己元型』喪失 >による浮遊感の在り所を探る現象ではなかったのかと思っています。

・・・・

投稿者: ばろんでっせ | 2009年10月11日 14:12
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 日本国は、緩やかな衰退の一途にあると思いますが、それでも大多数の国民は、危険を犯してまで批判や挑戦をするほどの生活逼迫、精神的抑圧を受けてるとは感じていないのでしょう。これも「ゆとり教育」が生み出した悪弊の一つのように思います。批判的思考や挑戦的精神は、我が身を置く現状の認識が外界と対比的に考察される事が前提ですが、「ゆとり教育」に特徴的で「自分らしく生きる」ことに象徴的な、既に内在する興味や好奇心の生理的ともいえる情動を刺激するだけの内発的動機付け依存からは、そのような前提思考行為は習得できるはずも無いと思います。
 
 長くなりますので、社会帰属意識が前提となる「社会的使命感」、自分と外界を対比考察する事が前提となる「批判的思考」、「挑戦的精神」の詳細については、後に機会を得てしたいと思います。

p.s. 教育の場に「ゆとり」を持ち出すとき、それは成長限界を達観した大人達の勝手な言い分のような気がする。成長可能性が未知な、自制心未熟な者達、つまり、子供達にとってその「ゆとり」は、自制心からの開放を意味するのであって、決して大人達が目論んだ抑圧の無い自由な思考を促すだけではなく、余裕が無ければ自由な思考が出来ない子供を育てるだけではないのか?大人達が考える「ゆとり」などを遥かに越える能力を持った子供達にとっては成長阻害を齎すだけではないのか?・・・云々云々。また悪い長文癖に嵌っちゃいそうなので自制します(笑。

教育論という観点からは概ね共感できますが、少し違和感もあります。

「本当に人がいない事が問題なのか?」

私の周りの極小さな世界の話で、しかも「業界」と呼ばれる世界の中での話なので一般的ではないかもしれませんが、間違いなく人材はいます。

ただ「若い事、貧乏である事、無名である事は創造的な仕事をする3つの条件だ」
という毛沢東の言葉もありますが、チャレンジ精神旺盛で、話を聞いているだけで胸が躍るような、何かを持っていると思えるような若者は私の周りに限って言えば例外無くみんな貧乏です。

理想に燃え、新しいビジネスモデルをデザイン出来得るような力を持った人材がいたとして、では一体誰が彼らの話を聞き、投資をするのか、という事こそが最大の問題なのだと思います。

それくらい自分で走り回ってなんとかしろよという話もよくされるのですが、少なくとも新しい事にチャレンジするための最低限の基盤を築くのが以前に比べ格段に難しくなっている、という事はもっと理解されるべきだと強く思います。

確か本田宗一郎氏のインタビューだったと思うのですが、戦後の日本のエネルギーの源を問われ「邪魔をする大人がいなかった」という趣旨の事を答えておられたように記憶しています。(記憶があやふやなため間違っていたらすいません)

これは非常に今の日本が抱えた問題の本質を捉えているように思います。

戦後の日本がなぜあれほどの復興を成し得たのか。
若者の意欲を抑え付けるような「社会的地位を持った大人」が存在せず、また挑戦者を排除するような既得権益も存在しなかった。
その点は極めて大きいと思います。

もっと単純に言えば、若者が新しい事に挑戦するのに昔は若者2人で1人の老人を説得すればよかった。
今は若者1人で2人の老人を納得させなければいけない世の中になっています。
ものすごく大変です。その認識に基づかない「最近の若者は」的言説には同意出来ません。

今現実にいる10人の挑戦者が挑戦権を得られない、得にくい社会の問題を論じずに、10人を100人に増やす話をする事にどれほどの意味があるのでしょうか。
また同時にそのような社会の中にあって「挑戦意欲を育てる教育」がどれほどの説得力を持ちうるのか。

「教育」を論じる事自体は良いのですが、教育論になるとどうしても若者側に責任を負わせる話になってしまいがちです。
まず今の社会構造がいかに挑戦精神を持った者に多大な労苦を強いる構造になっているかを前提として考えるべきではないでしょうか。

真に「教育」が必要なのはむしろ大人の方ではないか。
そのようにも感じる今日この頃です。

子供の教育現場は、大人の社会に対応しています。大人の社会の改革無くして、教育の真の改革はありません。日本社会は変化の時を迎えています。それは、郵政民営化だの、脱官僚だのという矮小化された問題では無く、日本人全体が、有史以来続けて来た談合社会をやめられるのか、という問題です。江戸時代、明治維新、戦後体制と日本は様々な社会体制の変化を経験してきましたが、基本的に談合で物事が決まる仕組みでした。出る杭は打たれる、と言う言葉は、それを象徴しています。学校教育も談合社会に対応したもので、何十人もの生徒を一つの教室に一日中縛り付けておくことで、飛び抜けた個性をそぎ落とし、談合社会に適応する人間を育てる事を主眼としてきました。争いごとを避け、物事が型通りに決まる談合という仕組みは日本人が生み出した知恵だったのかもしれません。
しかし、今後日本が国際社会の中で生き残っていくためには、談合をやめなくてはなりません。それが実現できれば、日本人の真のポテンシャルが目覚め、教育現場も変化をせまられるでしょう。

ドラーチャさん、試験前なのに精力的ですね。日頃無気力な東京の大学生も今だけは猛烈な勢いで勉強してますから、「あなどることなかれ」です。

1日2時間の睡眠時間で頑張ってください。世界一の大頭脳になるんだという思いを今こそ試験にぶつけてくださいね。

さて、社会貢献の精神こそ日本の教育改革の鍵になるというご意見には100%賛同します。あなたのご意見に賛同する人が周りにいなくてもがっかりする必要はありません。このTHE JOURNALの投稿者のレベルは日本国内では相当高い方だと思いますが、それでも自分の頭でゼロから、1から考えて生きている人はそのうちのごく少数だと思います。

日本人は聞いたことのない新しい意見に出くわすと、まず賛成はしません。既存の議論の型、パターンの中から導かれる結論に持って行こうとします。

寄らば大樹の陰でありまして、自己流に徹しきれない馬民族です。旧日本軍には「ものを言う奴は殺してしまえ」という風潮があって、学徒兵は戦闘中に後ろから撃たれたそうです。

戦後教育もいつの間にか旧軍の流儀に戻ってしまいました。「右向け右」という奴隷の教育であり、人間を猿回しの猿にする教育です。

日本には経営学をやる人間がほとんどいませんので、ドラーチャさんの議論の前提となっているであろう基礎知識が読者の方々には行き渡っていないことも理解者が少ない一因かも知れません。

テーラーの科学的管理法、ホーソン工場の実験、マクレガーのX理論とY理論、マズローのZ論、こういったことを下敷きにすれば、ドラーチャ説はかなりのものだとわかるはずなのですが。私はドラーチャ説はマズローのZ理論を引き継ぐものだと思います。

日本でアブラハム・マズローといえば「欲求の階層段階説」の提唱者として心理学の教科書に出てくるだけですが、この説はマズローの研究初期のもので、彼のその後の研究とは180度異なるお粗末なものです。

彼はプラトンとルース・ベネディクト女史を理想の人間としてとらえ、人間にとって外界である社会システムの改革を一旦横に置いて、人間の内面を軸とすることで理想の社会を実現する方法を考えました。

マズローはユートピアならぬユーサイキア(優心社会:自己実現の社会)を提唱して研究に励んだのでしたが、62歳の若さで突如この世を去ってしまいました。

また、彼がユーサイキアモデルの候補として注目したシナノン(Synanon)という宗教団体は集団自殺事件を起こし、世界を震撼させたことにも触れておかねばなりません。マズローにも大きな誤りがあったのです。

話をドラーチャさんの議論に戻しますが、日本の教育を国際比較した場合に最も顕著な特徴点は、日本では子どもに社会貢献の大切さを教えないことです。何十年も前からこのことは調査でわかっていましたが、有識者という連中はことごとくスルーし続けてきました。文部省(現在は文部科学省)も全面スルー、自民党は愛国心教育は唱えても社会貢献教育には一切無視を決め込みました。

社会貢献とは「世の中の役に立つ人間になれ」という単純明快な理屈です。外国では割と普通の考えみたいですが、日本でこういうことを言うと「個人の尊厳を踏みにじる」とか言われそうです。

初回からドラーチャさんの論考に接して「この人は違うな」と注目させてもらいましたが、いよいよ本論に差し掛かってきたみたいで楽しみです。日本で社会貢献の大切さを教えてこなかったのは、多分考える人間を作りたくなかったからです。

人間は社会貢献しようとするとき、必ず社会の諸問題に着目し、困っている人々を手助けするにはどうすればいいかと思いを巡らせます。奉仕の心を持った人間は自分の頭で考え始めるのです。これは変革の哲学につながります。ものすごい有益なアイデアを生み出すでしょう。

統治者にとっては独立独歩の人間が現れては都合がよくありませんから、グローバルスタンダードは経済だけに限定してきました。しかし、ここらでまともな社会に戻さなければ、日本はまもなく滅びます。

天と地をひっくり返す変革をも我々は受け入れなければ、近い将来、恐らく20年後には若者は大半が正業に就かず、労働生産性は5分の1、10分の1に落ち込み、平均的日本人は3度の食事にも不自由することになるでしょう。いくら社会改革をやっても国民の痴呆化による社会崩壊は数倍の早さでこの国を蝕むでしょう。日本は国家崩壊スピードのギネス記録に挑戦中なのです。

日本の子どもほど甘やかされている子どもはいないと思います。周りを見渡せば、金持ちでもないのに皇族より甘やかされた子どもたちばかりです。2歳児と8歳児の会話能力が同じです。

民主党支持者も社民党支持者も政治のことになると立派なことを言いますが、親としては駄目人間ばかりです。子どもの自立など考えないでテストの点数を良くすることに血眼になっています。教育制度に問題が多いことは事実ですが、何より子どもを駄目にしているのは親です。

個人の尊重・個人の幸福のためという名目で、幼稚園の頃から文字を習わせ、塾にスイミングにピアノに通わせ、家庭では日常の生活用語すら教えないくせに勉強の尻を叩く親が教育熱心な親の姿として日本に定着しました。食事はみんなバラバラに好きなものを食べます。

皇室にこんなひどい家庭はないと思います。庶民の方こそ堕落しちまったのです。教師の家でも弁護士の家でも同じです。学力もやる気もない若者をだれが作ったのか。親です。「あなたの幸福のためにテストでいい点を取るのよ」と言い続けた親なのです。

「点数なんかどうでもいい。でも、きちんとやらないと進学させないぞ」と言わなければ駄目なのです。そして健康な体に生まれたならば、世の中の役に立つ人間にならなければならないことを親は時として教えるべきです。たとえそれができなくとも思いだけは持たさなければならないのです。それが教育の原点です。

そして言葉を教え、身の回りのこと世の中のことは学校や業者に頼ってないで親自身が教えるのです。まともな価値観を子どもに持たさなければまともな社会ができるはずはない。自分の子だけ公務員にして楽な人生を送らせようとみんなが考えているから、役立たずばかり作ってきたことに気がつきませんか、皆さん。

私は元公務員で、今塾をやってますが、以上のような思いです。出来ればインドのような貧しい国で教えたいものですけど英語もヒンディー語もできないので、日本で何とかするしかありません。子どもたち、若者たちの頑張る気持ちを応援したいと思います。

人の親となった方たちよ。社会正義を主張するなら、自分の家庭の中でまず正義を叫んでください。あるべき人間の姿を親子で追求してください。この世の救世主はそこからしか生まれないのです。

まずは、地域主権の実現。
それが目標とやる気を回復する起爆剤になるかもしれない。

地方分権は万能薬ではないが、うまくいけば日本人の精神構造を変えるかもしれない。
地域の問題を解決するために 住民が主体的に取り組む。それによって、人々の気持ちが変わってくる。

いまでも、ある村や町の例として、ひも付きの補助金でなく、自分たちの自助によって道路を舗装したりとか、することで 住民たちがやる気を取り戻したことがマスコミで紹介されることもある。

国に依存する構造からは、目標もやる気も生まれない。
まずは、自分たちの地域のことは自分たちでやる、あるいはよくする、まずは目の前の現状を把握して、
それを問題と捉えて、その問題の解決に取り組む。
よそから与えられた問題意識ではなく、 あるいは 上から やれと言われたからではなく、
自分たちの目の前の現状を自分なりに把握し、その問題解決に自分たちで当たっていく。

もしも 日本人が本当にこういう心構えを獲得すれば、日本の国際競争力は一挙に高まると、
私は予想しています。
だから、地域主権を実現しないければならない。急がなくなければならない。

最近 問題解決型ビジネスという概念が脚光を浴びているそうです。
これまでのような単品の輸出ではなく、問題解決のためパッケージを海外に輸出するというものです。
よくいわれるのは、水道ビジネス。まあ、これはヨーロッパが先行しているわけですが。

要は、これからは、単に製品を輸出するのではなく、製品からサービス、管理、人材育成まで
一そろいをパッケージとして売りこむ時代に入ってきているという。
で、日本の場合は、高齢化が そのための有力分野として上げられるという。
というのは、高齢化は日本だけの現象ではない。 これから、他の国もどんどん高齢化してくる。
その場合に、日本がノーハウを蓄えておけば、それが売れるのだ。
これまでの 日本ならば、介護ロボットを売ろということになるでしょうが、そういう製品というか、単品ではなく、そういう製品も含めた 問題解決のパッケージを売るという考え方になるそうだ。

ということから、問題解決型の社会が、これからの国際競争力に関係してくるのだが、
そのような 問題解決型社会というのは、 実は 地方分権のほうが生み出されやすいのだ。

理想論というかもしれないですが、それでも、地域主権の実現は 今の日本において我々が抱きうる数少ない理想の一つだ。

 こんにちは。

 取り急ぎ、チョットだけ書かせていただきます。

◆ 「社会貢献」、「社会正義」の独善性 

 前投稿の最後に書いたが、「ゆとり」という概念は成長可能性限界を達観した大人達の言葉であって、決して子供の言葉ではない。同様に、「社会貢献」や「社会正義」も獲得した概念であって、生得的に具わったものではない。

 かつての日本国でもあったが、大人が持ち出す「正義」には、時として大きな独善が仕込まれ、子供を戦闘や自爆テロへ追いやるほど強力なものもある。

 ★★ 『聖戦』 は 『正しい戦争』 ★★
http://www.the-journal.jp/contents/ny_kanehira/2009/12/post_48.html#comment-34139

に書いたように、「正義」は所属する社会の持つ個別の価値観に依拠し、主にその社会の持つ価値観を存続させる規律判断基準として用いられる。その際、その「正義」を為す行為が「貢献」なのであって、その社会が持つ固有の価値観が明示されて始めて意味を成す。

 当然のことだが、異なる価値観をもつ社会間にはその「正義」や「貢献」の意味に差異がある。それを一方的に他社会に強いることになれば、その他社会は強いられた「正義」や「貢献」に仕組まれた独善を強く認識することになる。

 このことは親子間でも起こる。極論すれば、人と人の間では常に起こり得る。しかし、普通は、家族や地域、国、民族、宗教・・などといった社会共通の価値観を持つことで、個人個々の独善対立を乗り越え、その社会への親和性を高め、帰属意識を募らせることになる。

 一度は乗り越えた小さな個々の独善は、帰属意識を抱いた社会の属性としての価値観へ繰り込まれ、その社会を構成する人々の親和性強度に応じて強さを増した大きな独善(他社会から観て)になっていく。

 今、日本国では、日本語以外の日本国固有の価値観が喪失した(上記前投稿の中の<日本人の所謂『自己元型』喪失>) かに見え、日本国への帰属意識が希薄になり、その存続を掛けた規律判断基準としての「正義」や「貢献」への意識は衰弱している。

 所謂「一神教」(キリスト教、イスラム教、ユダヤ教・・など)を基にした国家基盤とは異なり、日本国には規律判断基準、つまり、道徳規範観念の基盤が希薄であるといわれ、明治維新後に西欧に渡った日本人がその事を問われて「武士道」を示した例もあった。今、再び、その事が問われているような気がする。

 新政権内でも賛否意見が分かれ、未だ法案として提示されてもいない「永住外国人への地方自治参政権付与法案」に対して、理解しているはずの無い国民が、60%を越える支持を示しているとした世論調査結果など、日本国国民の社会(日本国)帰属意識の希薄さを如実に表しているとしか思えない。つまりは、日本人は「社会貢献」や「社会正義」に対する根拠ある判断基準を持ってはいないと思う。

 従って、私にとっては、所属する社会に固有な価値観の吟味無しに、社会帰属意識の吟味無しに「社会貢献」や「社会正義」を語ることに、殆ど有意性を見出せない。もしそれでも「社会貢献」や「社会正義」を語ろうというなら、
 
 「社会貢献」、「社会正義」の独善性 
 
の罠に十分注意し、常に帰属意識先の社会に固有の価値観を吟味していなければならないと思う。

ばろんでっせ様

今の日本では、社会貢献だとか社会正義といったことを自分に求めるなら別に問題視されませんが、我が子にそれを説くとなると状況が一変するわけです。まあ大抵は「子どもの人権蹂躙だ」と非難されますし、正義の強制は「自爆テロ要員の育成だ」という非難だって出てくるでしょう。子どもに社会貢献の意義を教えることと戦前の愛国心教育との違いが説明しにくいのは事実です。だから誰もがこういう議論をスルーし続けてきたのでしょう。

余りにも一本気な子どもが出来たら親は責任が重くなりますね。学校ではいじめに遭いやすいし、ジャーナリストになったら消される危険もある。ドラーチャさんにもその気配、即ち革命家気質がありますから気をつけてほしいものです。しかし、奉仕の心や使命感といったものがないと学問も技術も身に付かないように私には思えるのです。理想を語らぬ青少年はつまらないものですが、その上に脳味噌空っぽになるから不思議です。弱き者、貧しき者への愛が心のどこかになければ、ありふれた仕事もこなせない馬鹿にしかなれない法則が人間にはあるようです。

なぜか社会貢献を重んずる子育ては良家の教育と通じるものがあります。鳩山家の友愛なんかは正にその代表です。週刊朝日の上杉隆さんの記事によると、鳩山ゴッドマザーは『鳩山の家は政治家ばかりで国民のみなさんに迷惑をかけているのだから、税金は多めに払ってください』と言うほど不正の嫌いな方だそうです。その息子は二人とも東大を出てます。私はこれは偶然ではないと思います。志を持った者は道を切り開くのではないでしょうか。もちろん親の援助が果たした役割も大きかったでしょうが。

鳩山安子さんたちの山の手母親グループは昭和30年代に初めて「教育ママ」と呼ばれた人たちでした。初めは効果的な学習法を研究している母親グループとして世間に紹介されたのですが、テレビ、週刊誌の論調はあっという間に変わりました。マスゴミはこの人たちを口を極めて誹謗中傷するようになりました。「近頃は女が教育に口出しするそうだぜ」と男尊女卑丸出しで賢明な母親たちを非難しまくったのです。覚えてませんか。当時私は小学生でしたがすごく腹が立ちました。

その後間違った意味で「教育ママ」という言葉が使われ、現在の馬鹿親を指すようになりました。マスゴミは小沢一郎を犯罪者に仕立て上げるのと酷似したやり口で賢母グループを社会から葬り去ったのです。愚民化政策がマスゴミに命ぜられたのでしょう。正力、電通あたりがシナリオを書いて、「受験戦争」とか「受験地獄」という新語を造るとともに、「日教組対文部省」という対立構図で教育界を説明しきることにまんまと成功しました。少子化でこんなに受験が楽になってもNHKは教育を論ずるとき必ず「受験戦争」という言葉を使います。闇の指令で、自分さえ良ければいいという風潮を変えてはならないからです。

吉田松陰は幼い門弟たちに「士(さむらい)とは」とか「志を持ちなさい」とかよく語りかけたそうです。松陰の松下村塾から物騒な若者が何人も輩出されましたから、危険思想の塾です。維新の志士には他人の意見を聞かない独善的な傾向が見受けられますから、ばろんでっせ様の社会貢献・社会正義を重視すれば独善に陥りやすいというご指摘はそのとおりです。しかし、十二使徒やパウロだって同じようなものでしょう。情熱がなければ学問も何も身に付かないのです。

勝間和代vs香山リカの議論をサイト上で少し読みましたが,面白い議論やってるんですね。要は努力したら幸せになれるかどうか,という話ですが,香山派の若者に言いたいのは,本格的にうつになるかどうかの分かれ目は「自分が変われるか否か」にかかっているということです。つまり,香山派に汲みする若者達への回答は,勝間派のように努力するということでなく,「変われ」ということなんですよ。うつにもいろいろありますが,社会的要因が大きい場合,彼らの話を聞いていると自分を取り巻く周囲が完璧に閉塞状態のまま完成している場合がほとんどで,こちらが話を聞いていても「そりゃ大変だな」と思うこともしばしばですが,結局,抜け出せるか否かは「だから,お前が変わるしかないんだ」ということを彼らが理解できるかどうかにかかっています。
モチベーションの低さがうつ的な社会の閉塞状況に起因しているのであれば,そんな人達には,考え方にしろ行動にしろ何にしろ「ちょっと変えてみろ」と言ってあげたいです。
これって,ドラーチャさんの言うところの「行動力」と似ているかな,と思って投稿してみました。

 こんにちは。

 莫郎(本名伊藤兼吾)さん、コメントをしていただき、ありがとうございます。仰ること、真にその通りであると思います。

 前回の投稿から考えたことを、現時点での散漫なまま(ゴメンナサイ)、書かせてください。

帰属意識究極の発露、戦争

 「志を持ちなさい」と説くとき、「志とは何ですか?」という疑問が返され、それに「志」のいくつかの要素、事例を示して答える時、答える者の歩んだ歴史(精神活動も)に基づく恣意性が付与される。教育はその「答える者」、教育する者の能力限界を乗り越える世界観を、その恣意性として教育される者達に提示し続けなければならない。その際、滲み出る教育する者の歩んだ歴史に、確固とした歴史原点が背景に見えていなければ、語る物語はただの個人的空想、幻想に過ぎず、教育される者の動機付けの支点とはなり得ない。

 その歴史の原点とは、教育される者と教育する者とが共有する所謂「自己原型」、或いは、帰属社会のアイデンティティ、共通の社会帰属意識の源泉であると思う。昨年の臨時国会予算委員会で質問に立った加藤紘一氏は、鳩山首相へ「日本人のアイデンティティとは一体何ですか?」と問うた。鳩山首相の答は憶えていない(笑。戦争モラトリアムを決め込んだ日本人にとって、この加藤紘一氏の問は、過酷なものの様である。戦争参加を肯定する心算はサラサラ無いが、生きる物に確実な将来としての「死」を、可能性の意味で能動選択(自殺という意味ではなく)する覚悟を持つ者と、持たぬ者の実在観差異は相当大きい。

 「死」を可能性の意味で能動選択する覚悟の表現として、戦争行為主体としての軍隊への所属に対する距離感がある。その近い国、米国、中国のような強大軍事力を背景として活動する国、お隣大韓民国や朝鮮民主主義共和国のように徴兵制や人民軍制度がある国、などの国民の国家帰属意識やアイデンティティの有り様は、その実在観に、特に社会貢献意識に大きく寄与しているように見える。そこで、2009.11.7テキサス州フォートフッド陸軍基地で起きた陸軍少佐(精神科医)による銃乱射事件の深層を調べながら、セルフ・アイデンティティについて考えてみる。

セルフ・アイデンティティ3分裂、トリレンマ

 銃乱射事件容疑者(39)の抱え込んでいたセルフ・アイデンティティの問題は、米国に移住帰化した日本人が第二次世界大戦を迎えて感じたセルフ・アイデンティティのジレンマとは異なり、朝鮮半島出身の日本軍への能動的参加者が戦後感じたセルフ・アイデンティティのジレンマとも違う、国家・民族・宗教の三重層的セルフ・アイデンティティ間のトリレンマであったと思う。幼いときに聞かされたであろう親に連なる歴史的背景と原風景、つまり、民族観と宗教観が入り組んだ所謂『自己元型』の所以としての家族への帰属意識、実在感の根拠としての米国への帰属意識、その両者を結ぶ幼い頃に親しんだ地域コミニュテーへの帰属意識、これら3つの帰属意識間のトリレンマであったのかもしれない。

 先ず彼を取り巻く環境変化について。名門バージニア工科大学を1995年に卒業し、ウォルター・リード陸軍病院に8年間勤務している期間に、彼の心を大きく揺らす事件がいくつも起こった。まず、1998年に父親(52歳)が心臓発作でで死亡、母親も2001年に49歳の若さで腎臓病で他界、家族はその時点でバラバラになった。2001年9月11日には未曽有の同時多発テロが起き、これが米陸軍へ入隊のキッカケになったとも言われている。その2001年にアフガニスタンで「対テロ報復戦争」が起こり、2003年にはイラク戦争が起こった。また、2007年に彼の出身大学、バージニア工科大学で(社会帰属意識の相克から?)当時23歳の在米韓国籍男子学生が銃乱射事件を起こした。

 パレスチナ人を親に持ち、敬虔なイスラム教徒であったとはいえ、米国で生まれ、米国で育てられ、米国軍の少佐であった彼には、最高の国家帰属認識を持つ自覚があったはずである。士官としてより強く有るべき国家的アイデンティティ(国家主義では無く、国家帰属感)に従えば、アフガニスタンへの派遣は受け入れられただろうし、無自覚に具わっていたのかもしれない民族的アイデンティティ(単なる民族意識では無い民族帰属感)や宗教的アイデンティティ(単なる信仰心では無い宗教帰属感)に従えば、アフガニスタン派遣という軍務を忌避して軍事裁判に臨む選択も出来ただろうと思う。

 しかし、彼の中で起こったのは単なるセルフ・アイデンティティの分裂と、取捨選択の相克といったものではなく、3分裂したセルフ・アイデンティティ間のトリレンマの末に、国家帰属感、民族帰属感や宗教帰属感といった獲得的な感覚を超えて、更に深層にある所謂『自己元型』イメージ、想像するに、恐らく、謂れ無き迫害と無意味な殺傷に苛まれて乾いた土地を流浪する人々の瞳に映る絶望の風景(父親に至るまで抱え込んできた原風景であったのかも?)が彼の心を占有していき、それを破壊エネルギーの源泉として、表向きのセルフ・アイデンティティ分裂防御本能が働き、上記の所謂『自己元型』イメージと重複するアフガニスタンの現実風景が見せる絶望感に突き動かされ、国家的アイデンティティの直接的破壊と、家族や親族、所属する民族・宗教コミニュティへの非難・攻撃が起こるだろうことや、それらが抱え込むだろう深刻な苦悩をも省みない行動という意味で、民族的アイデンティティや宗教的アイデンティティの間接的破壊を実行したのではないかと思う。

柔らかい原風景の寛容

 彼は狂信的自爆テロリストと違い自殺を試みてはいないようだ。彼の中で3分裂したとはいえ、セルフ・アイデンティティ実体としての自分を殺すことをしなかったのは何故なのだろう?前々回投稿

・・・・人知の及ぶ論理を超えて人間の行動原理を支配するものの原点を辿れば、その行き着く先はその国民、民族、宗教、言語が歴史的に抱え込んで沈降醸成してきた「神話」、つまり、所謂『自己元型』に辿り着き、あらゆる思想的葛藤は常にそこに起因し、その所謂『自己元型』という頚木からの解放を希求するリベラリズムと、その頚木を是とする保守主義の論争の原点はそこにこそあるのだと思う。ところで、こういった原点を蔑ろにした議論は日本国だけでない。最近、キリスト教国家米国内でイスラム教徒やその他異教徒との共存故に政教分離論が語られ始めているが、行動原理を宗教に置く人々に政教分離した行動を期待するとは一体どういうことなのか? これは熱心なキリスト教徒に対しての自問でもあって滑稽なことではあるが、実に興味深い。イスラム世界との付き合いが長い欧州でも、特に、教育の場において論争が絶えないのはご存知の通りだが、ニーチェが狂人に“神は死んだ”と言わしめて後、西欧合理主義を推し進めてきたルサンチマン忌避志向が、イスラム教徒やその他異教徒が死守するそれに通用するのか否か見物だ。・・・・

で示した(一部訂正済)ように、地球上のそれぞれの地域で、それぞれに長い歴史を費やして醸成してきたこの所謂『自己元型』の「多様性」に、我々は良く注意を払う必要があると思う。それに無頓着なものが、知らぬ素振りで?その琴線に触れたとき、そこには思いもよらぬ悲劇が待ち受けていることは、史実に照らして容易に想像が付く。そしてそれは、上記特殊事情を抱えた容疑者ニダル・マリク・ハシン少佐だけでなく、イラク、アフガニスタンで従軍したキリスト教徒兵士にも、この言及にあるように、当然のこととして国家的アイデンティティと宗教的アイデンティティの分裂、ジレンマが生じ易くなり、果てには所謂『自己元型』すら見失い自らの存在を否定する、キリスト教的規律を破り、銃口を咥えて自殺を試みることになる。

 「アイデンティティ」という概念を提唱したドイツの発達心理学者で精神分析家エリク・H・エリクソンは、「アイデンティティ」概念の複雑さ、多義性、捉え難さ(ダイナミックさ)をフロイトの逸話に喩えて「一種の感覚の世界」という微妙な言い回しをしている。両者は共にユダヤ人で、エリク・H・エリクソンはナチスドイツの迫害下、自分の存在意味を考え続け、後に(米国で)同一性者に出会い、この「アイデンティティ」概念に至ったとされている。

 現在の亡命・被迫害パレスチナ人とかつての所謂流浪民ユダヤ人は、その置かれた境遇、「アイデンティティ」への強烈な渇望を抱かざるを得ないという意味で良く似通った人々であるが、現在は互いにその他所にある「アイデンティティ」意識を掻き立てる存在であることは、「歴史は繰り返す」皮肉の極みでもあると思う。容疑者ニダル・マリク・ハシン少佐は精神科医師であったのだから、当然、心理学・精神医学の原点である、オーストリアの精神分析学者ジークムント・フロイトの「リピドー」、エリク・H・エリクソンの「アイデンティティ」、プロテスタント牧師の息子でスイスの精神科医・心理学者カール・グスタフ・ユングの「自己元型」等にも触れ、心理学や精神分析ついて多くを学び、幾度も思索を重ねただろうと想像する。

 その先で出した結論は、自身のアフガニスタン派遣が切迫していたとはいえ、米国軍士官として、精神科医師として、パレスチナ人を親に持つ者として、敬虔なイスラム教徒として、何れへの帰属をも否定して、尚、自分自身の存在には寛容であるかのような今回行動の動機を、ある種メタフィジカルな親から自分へと綿々と連なる所謂『自己元型』の存続、つまり、破壊ではなく「生きる糧」としての原風景への郷愁、回帰願望、即ち、現実逃避に由来するとする以外、本人をも含めて、果たして論理的に説明できるものなのかどうか、米国捜査当局の容疑者内面に立ち入っての動機解明努力を待つ意外に無いが、安直に「アフガニスタンにおける米国軍事活動の合理性有無」や、「民族間対立」、「宗教間対立」、・・などスタティックな表面的一断面に原因を求めるだけでは真相究明は果たせないと思う。

 生物の一種であるホモサピエンス、我々人間が人間として活力を持って存続するために必要不可欠だと思われる価値観「多様性」を保持することの、如何に困難なことか。文化の融合と、生活水準の平準化を目指すように思われる、現在様々に描かれる理想社会のスタティックな様相は、現実に突き付けられるその「多様性」のダイナミズムとは正反対のように見える。多種多様な民族・宗教を受け入れて成り立たせる道を選んだ米国は、異種民族や異種宗教、多種価値観接点の最先端にあり、異種共存・多様性維持なのか、異種同化・多様性平準化なのか、その時々に採用される価値観が変容するダイナミズムの中で、「アイデンティティ」そのものが持つ動的多義的排他性と、米国の所謂「自己元型」への統合の寛容と狭間で、これからも上記の様な相克の末の悲劇は、際限なく繰り返されていくのだろうと思う。

 米国のように多種多様な民族・宗教を受け入れて成り立たせる道を選んだ若い国は、その先駆性と統合性を両立させ、多様な価値観共存下のそれぞれの「アイデンティティ」や社会帰属意識の持つ不寛容を乗り越え、その価値観多様性のダイナミズムを包み込み、そこに住む人間の親和性を高めて存続の基盤とすべき観念はあるのだろうか?あるとすれば、米国建国時に見た、希望の糧となったであろう柔らかな原風景、つまり、所謂「自己元型」以外に無さそうである。しかし、それが移民を通して多様な価値観を受け容れ続けるこの国に、統合の柔らかな原風景として、必要な寛容を備えて定着するには、この後数百年、千年の時が必要なのかもしれない。

口語としての「日本語」が描く物語、原風景

 翻って、日本国にはあるのだろうか?私はあると思う。それは、他所で何度か触れている「日本語」、「日本語」しか有り得ないと考えている。「日本語」によって描かれ継がれて来た日本国の原風景、「日本語」によって語られ継がれて来た日本人祖先から口伝された物語(神話?童話?)。多くの日本人が、懐かしみを持って想起するそれら原風景や物語こそ、日本人が共通に持つ所謂「自己原型」、日本人としてのアイデンティティの源泉であると思う。先の大戦で受けたトラウマに拘泥し、未だそのような意味で語ることが憚れる物語、倭人の物語(神話など)ではなく、倭人と和人が共有することになった気候風土を描き語られ、口伝されてきた神話的物語とその原風景であろうと思う。

 今、前世紀ジャポニズムのジャポネズリーを越えて、日本文化が世界で興味を持たれている。あらゆる民族、宗教の壁を乗り越え家電、自動車、工作機械などのハードではなく、ゲーム、アニメ、ファッション、・・・などソフトに注目が集まり、更には、食べ物、弁当、寝具、トイレ、・・・など日常生活に根差した生活様式、つまりは日本の気候風土に独特の生活文化にまでその興味は広がっている。それらの源泉にあるのが、日本人が共有するだろう所謂「自己元型」であり、「日本語」に凝縮されているのではないかと思う。世界に「俳句」が持つ簡潔な風景・心情描写が、その源泉となる詩歌などに象徴的なモーラ(拍)の独自性を含めて認められ(発句の余韻?)、他言語での表現をも許容し、その「日本語」独特の表現法に見える言語記号への恣意性が日本人の中に無自覚に存在するはずだと思う。

異文化可塑的寛容な日本文化

 上述した恣意性、教育者が言葉に託すべき始に書いた恣意性について、その源泉を確固と意識し、教えることによって、日本人の被教育者への説得性増し、内発的動機付けの源泉が得られ、外発的動機付けや社会的動機付け(達成動機付け)の正当性が得られるのではないかと思う。そこにこそ日本人の社会帰属意識を求めない限り、日本人に遍く社会貢献意識や社会正義意識を認識させ、そこに自律的な動機付けを期待することは出来ないと思う。

 この「日本語」の恣意性に象徴される、日本人に共通な所謂「自己元型」と言うべきものは、日本の文化の根本が、渡来人などにより齎された外来文化、稲作、漢字、仏教、・・・などを受け容れ、咀嚼、進化して成立していることを良く認識しているが故に非排他的であり、非常に寛容であると言えそうだ。その寛容と、異文化可塑性と言える特性を有した文化の中で歴史を重ねてきた日本人が、共有する所謂「自己元型」もいうべきこの「アイデンティティ」こそ、日本人が頼るべき社会帰属意識の原点ではないのかと、私は考えている。

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