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ロバート・ドラーチャ:モチベーションを失ってしまった日本

日本は現在、危急存亡の秋を迎えている。米コンサルティング大手タワーズペリンの調査によれば、日本の労働力人口の全体の72%の人が仕事に対して意欲的でないそうである。その上、97%の人が全力を尽くしていないそうであり、換言すれば、日本は、世界で最低のモチベーションレベルである。国際競争力だけではなく、モチベーションさえ失ってしまった日本の将来は、甚だ憂慮に堪えない。

日本は、第二次世界大戦で敗戦し、この国に将来が無いといわれたにも関わらず、それ以後たった40年間で名目GDP換算で米国に次いで2番目に大きい経済を達成した。日本人が真剣に、懸命に努力したからこそ、経済的に大成功したのである。従って、日本人という民族に非常に高いポテンシャルすなわち可能性がある事は、理解に難く無い。しかし、そのポテンシャルがありながらも、実際に活用しないと、自らの可能性を否定してしまう。日本人は、自らの非常に高いポテンシャルを完全に活かしていないのである。日本の無限のポテンシャルを完全に活用すべく、その為に最も必要なのは、チャレンジ精神すなわち挑戦精神である。

IMDの世界競争力年鑑によれば、日本は、起業家精神で60ヶ国中59位である。起業家精神と言いながらも、最も足りていないのは、起業家に欠くべからざる挑戦精神である。日本は、全体の84.8%の人が起業に必要なスキルに対する自信を持っていないそうであり、調査42ヶ国中41位すなわち下から2番目である。Global Entrepreneurship Monitorによる下記のデータを考慮すれば、日本のアントレプレナーシップ環境創造の必要性は、理解に難く無い。

「周囲に起業した人が居る」:日本17.6% G7平均38.9%
「起業家を尊敬する」:日本31.3% G7平均80.7%
「失敗に対する恐怖感により起業しない」:日本60.0% G7平均35.7%
「今後5ヶ月間に新たなビジネスチャンスを発見出来ると考えている」:日本4.6% G7平均39.0%

その上、METI(経済産業省)の調査によれば、日本のベンチャー企業の全体の66.5%の企業が海外進出をしないそうである。日本でいわゆるボーン・グローバル・ベンチャーが非常に少ない事は、挑戦精神及びモチベーションの不足が重要な原因となる。現在の日本にとって最も必要なのは、真剣な努力及びイノベーションの価値を感じる、Entrepreneur(アントレプレナーすなわち起業家)並びにIntrapreneur(イントラプレナーすなわち社内ベンチャーを興す優秀な人材)に欠くべからざる挑戦精神の発達である。

モチベーション不足は、起業及び経済だけではなく、日本のエデュケーションにおいても非常に深刻な問題となっている。現在の日本の多くの大学生は、勉強における努力の価値を感じていない。欧米では、大学での勉強と将来的目標の繋がりを感じる事は、当然な事である。しかし、日本では、自らの将来的目標さえ解らず迷ってしまう人は珍しく無い。その結果、明確な具体的な目標が無いと真剣に努力したいという気持ちにならない事は、理解に難く無い。懸命に努力せねば、自らのポテンシャルを完全に活用出来るはずは無い。従って、日本の優秀な学生のポテンシャルを完全に活かすべく、出来る限り早い段階から、将来的目標を明確にさせ、その目標を実際に達成する為に真剣に懸命に努力したいという挑戦精神を発達させる必要がある。日本の無限のポテンシャルを完全に活用すれば、国際競争力を取り戻し、再び大成功出来ると確信している。成功するかは日本人の努力次第である。

*   *   *   *   *

【プロフィール】Robert DRACEA(ロバート・ドラーチャ)
1986(昭和61)年生まれ。東欧のルーマニア出身、カナダ育ち。(ルーマニア革命の時にカナダに移住)カナダのヨーク大学のSchulich School of Businessにて国際経営学を専攻。現在、早稲田大学の国際教養学部に所属。

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ご理解・ご協力のほどよろしくお願いいたします。

何を言いたいのかよくわからん。97%がやる気ないってどんな調査結果よ。ちょっとあり得ない数値なんだが

先日はありがとうございました。日本では「失敗を恐れる」ためか、明確に目標を設定する文化がないですね。今後のご活躍を祈念しております。

調査数値にうなずける面もあるように感じます。

高度成長期を過ごした平均的な親が通ってきた道、すなわち受験競争、大学卒業、大手企業入社、定年退職といった安定志向パターンの影響が色濃く残っていて、まだ若者に影響を与えていることが考えられる。

もう一つの要素はこれまで日本の教育は画一化思想が基軸にあり、はみ出る人がなかなか受け入れられない傾向があった。だから社会も企業もこの傾向を受け継いでいる。

例えば学生が法律にふれるようなことでなく道を踏み外すと、例えば卒業後、就職氷河期で無職期間がありアルバイトなどをやっていた期間があっただけでも、なかなか正規雇用が難しくなる現実がある。

米国のように、用意周到にやっても起業に失敗し、また失敗しても、何度も挑戦させてくれる許容度、支援環境があると、またそのような実例が数多あると、若者の起業挑戦の考え方も確かに変わってくるだろう。

しかし、日本でも、すでに多くの大学の講座に起業家育成コースも設置され、昔に比べれば様変わり状況になりつつある。だから、大学在学中に核となる部分を創造出来れば起業も出来るし、また現実に起業している若者も増えているとも聞いている。まさにポジティブフィードバックで起業家精神旺盛な若者が増える事が期待され、今後の調査数値を注視したい。


ロバート・ドラーチャ 様
“米コンサルティング大手タワーズペリン”
“IMDの世界競争力年鑑”
“Global Entrepreneurship Monitor”
“アントレプレナーシップ環境創造”
“ボーン・グローバル・ベンチャー”
以上の五項目の内容、意味が分からないので、あなたが何を根拠として、日本人がモチベーションを失ってしまったとしているかを読み取れませんでした。
因みに、私は自分も含めて日本人のモチベーションが低下してきているとは感じてますが、失ってしまったとまでは思っていません。
モチベーションを高めるにはどうしたら良いかを考えている者です。

 日本人のモチベーション喪失は深刻な問題だと思いますし、とても重要な指摘だと思います。
 この指摘にピンとこない鈍感な人もいるようですが、日本の国際競争力がどれだけ危機にさらされているか知らない人なのでしょう。ベンチャービジネスの育成が低調なのはもとより、日本のサービス産業の生産性は先進国最低水準、製造業についても競争力低下は深刻で機械、電子部品、素材など最後の砦さえ急速にシェアが低下し始めています。

 危機感のある日本人もいるけど、危機感のないボケた日本人が実に多い。彼らが二極化の負け組になるのは当然ですし、低所得者の所得はもっと劇的に下がるでしょう。国際競争の現状から考えれば、それは当然の成り行きです。

数値に対して意見をしている方もいますが、傾向としては間違っていないと感じています。

努力しても報われない国になってしまったからこそ、モチベーションが低下しているのではないでしょうか。
私は国民が政治に興味を持てなくなっていた、または持たないようにさせられていたことも大きな要因のように感じています。
民主党には、まだまだ期待しています。

高等教育の分野で、自分の経験からの実感を少々述べたいと思います。

私が2000年前後に日本で大学生活を送っていた時、周りは勉学をしに来ているというより、サークルに入って「キャンパスライフ」をエンジョイするとか、バイトをして旅行や趣味に勤しむ、といった雰囲気が当然でした。講義に出るのはあたかも学籍維持の為の義務のようなのものでした。また教育に情熱をそそぐ講師に出会うのもまれで、多くの先生方は自らの研究第一で講義はそれに付随するものとして位置付けられたようでした。(そのような中でも素晴らしい先生方や仲間に出会うことができた私は幸福でした。)
 今北米の大学に在籍していて思うことは、日本ではあまり感じることの無かった緊張感がどの授業にも感じられることです。講義の面白さや講師の質、成績の付け方等は無論千差万別ですが、どの授業にも講師と学生の間に一定の緊張感が保たれていることは強く感じられます。また、よく指摘される様に講師と学生との「対話」のない授業は考えられません。授業を「受ける」というより授業に「参加する」という方が適格です。日本式の授業に馴染んだ私には、言語の壁があるとはいえ、なかなか積極的に議論に参加することは難しい。しかし、講師と学生が一体となって問題に向き合うことが、如何に実り多いものであるかを実感することは出来ます。
 この緊張感と活発さはどのようにして生まれるのか。学生が講師を評価したり、講師が成績の評価基準を明確にし、しっかり成績に反映させること等は常識的に行われております。何より、大学組織全体として学生を非常に大切に扱っていることも印象的です。日本ではどちらかというと、組織としての大学は学生を監視し、学生に対立しているような存在でした。大学の地域全体への人材的経済的貢献度もかなり高いであろうことも容易に伺えます。
 思いつくままにだらだらと、また極めて大雑把に述べましたが、偏見もあるやも知れません。文化的な側面もあるでしょう。また、私の経験のみで全体を語ることもできません。しかし、ドラーチャ氏の記事を読んで、残念ながら大いに納得せざるを得ないものを感じている次第です。このデータが暗示するものは、経済のみならず、日本社会全体の低迷に深く関わる問題だと思わざるを得ません。
 留学をされた、或はされている方、また、海外から日本を客観的に眺める機会をもたれた方、そして現在日本の教育現場にお詳しい方、学生の方の御意見も是非お聞きしたいところです。

ルールを守り勤勉に生きている者は報われず、ルールの隙間や裏で動いてうまくやった者が大きな成功を手にする。
そんな世の中になってしまっているような気がします。

モチベーションも下がるよなぁ

社会全体ではチャレンジ精神が溢れているとは言えませんが、最近は、起業を考える学生が増えているように感じています。中には将来的に職業とする事までは考えず、とにかくやってみよう、といったノリの方もいるようです。ビジネスを行う上での良し悪しはあるとは思いますが、チャレンジする事に対して必要以上にハードルを高く設定していない事は良い傾向だと思います。
モチベーションというものも大胆に考えて周到に準備する、という考え方や手法を知る事で、意外にあがっていくものなのかもしれませんね。

日本は変わってしまった。30年前には考えられなかった犯罪、人間が人を騙したり、殺したりする事に対する考えが、ネットを通じてプレイ又はビジネスとして行われる現代、自分の30年前には想像も出来なかった。これを考えると、政治家、教師という聖人君子に近い立場の人間、つまり人を教育したり、人の為に働く人達が犯罪にも関与したり、裁く立場の警察、検察、裁判官達の稚拙な行為。自分を守るのは自分しか無いと言う自己責任に疎い日本人がこれから生きて行く術として考え直さなければならないテーマでは無いのか。真実とか正義と言う物は自分の解釈でしか得られない世の中にこそモチベーションの確立が必要でなければ犯罪に対しても疎い感覚に毒されてしまうのではないだろうか。

日本人のモーティベーションが劇的に低下したのは、1989年の「東欧崩壊」を茫然自失で眺めてからですよ。ここ20年の話です。
あのゴルバチョフが、まさかペレストロイカの延長で、東欧の民主化を容認するとは思っていなかった識者、つまり政治家・官僚・学者・ジャーナリスト達が大多数でした。当時の報道のありようで考えてみると。あのヨーロッパで起こった動きに決定的についていけなかった事が最大の要因だと思う。あれから、日本の支配層は迷走し始めたのだ、と確信している。1989年から10年くらい経っても、政治家・官僚・学者・ジャーナリスト達は昔の方がやりやすかった、と事が起こる度に繰り返して言ってきた。その事は今でも続いている。
兎に角、1989年の衝撃から未だに考え方の革命的な変革ができていないから、新しい考え方が出てきても対応出来ず、立ち往生しモーティベーションを生み出せないのだと思う。

他のコメントにもありますが、資料の信頼性が気になりました。
この文章の論拠とするなら、少なくとも、同じ質問を用いて日本とそれ以外の数カ国で、ある程度の規模で調査されたものを使わないと説得力がないですね。
ただ、私自身も、日本人学生には起業を目指す人が少ないとは感じています。特に、近隣東アジア各国との差を感じることが多いです。
大学生のモチベーションについては、高校までの最大の目標が「目標の大学に合格すること」である場合、それが達成された時点で次の目標が見つけられず、やる気をなくしてしまうケースが多いのも当然でしょう。学生個人というより、このような目標設定をさせてしまうこと自体に問題があるのでしょうね。

 >IMDの世界競争力年鑑によれば、日本は、起業家精神で60ヶ国中59位である。起業家精神と言いながらも、最も足りていないのは、起業家に欠くべからざる挑戦精神である。日本は、全体の84.8%の人が起業に必要なスキルに対する自信を持っていないそうであり、調査42ヶ国中41位すなわち下から2番目である。<

日本で起業家が少ないのはそのリスクがあまりにも高いからです。 証券や銀行系のベンチャーキャピタルは短期の成長に対してしか投資を行なおうとしません。 通常健全な成長を行なっても上場までには10年以上かかりますが、日本のベンチャーキャピタルはそこまで待とうとしません。それも株式上場というあまりにも高いハードルを課せられます。
 では政府系金融機関からお金を借り入れようとすると無担保では1000万円まででそれ以上は「担保」が必用となります。 無担保と言いながらその3文の1の資金がないとお金を借りることが出来ません。しかも金利をしっかりととられます。
 起業家としてのやる気や企画をもっていても、資金と言うハードルがあるのです。 数千万円の資産がある人はなかなか資材をなげうって事業を始める必用はないのです。 株式投資やFXで資産運用したほうが苦労もなく利益もたかいのです。 
 中小企業に対しての助成金は拡充されましたが新規「起業」についてはほとんど拡充されておらず起業するためのリスクがあまりにも高い為、だれも起業しようとは思いません。今1000万円の無担保融資を受けてもうどん屋を経営する事も出来ないのです。


日本人の起業志向が低いことは分かっていましたが、正直ここまでとは驚きました。日本社会の活力が失われている最も大きな要因は公務員の給料が高すぎる点だと思います。大した才能がなくても一流企業並みの給料がもらえて、しかも失業リスクなしの公務員が存在するアンフェアな社会において、わざわざリスクを取って起業するのはちょっと変わった人でしょう。
現状の民主党は公務員や労働組合のみを優遇しているようですから、起業精神のある人はますますやりにくい世の中になりそうです。科学予算もおかしな文系のへ理屈でカットですから、研究者たちも怒っていることでしょう。そのうち、日本からは優秀な企業や研究者はみんな出て行ってしまうかもしれません。

トラジャさん、先日もお話したように、私は日本人のモチベーションが下がったのは、阪神大震災からではないかと思います。あのとき、神戸を本社とするダイエーの店舗では、不必要に低価格で低品質の商品が並びました。子どもたちは、一生懸命やっても、ある日突然、自分の力ではどうしようもないことで、命をなくすかもしれないし、財産をなくすかもしれないし、友達を亡くすかもしれないことを知り、無力感を抱いたように思います。教育の不自由さ、画一性も一因でしょう。団塊の世代から高度成長時代の面々が集まったときの話題は、昔は自由だった、ということです。鳩山、管さんに期待しているのですが。政権交代を機にマスコミ人も自由を取り戻して欲しいです。

面白い分析だと思います。これからも頑張って下さい。

起業よりも会社に入って会社人間になりきる,というのが日本の強さだったんだと思います。トップは得てしてとんちんかんだったりすることもありますが,中間層(あるいは現場)が非常に強く,窓際族は窓際族として解雇されずに給料をもらえる余裕を与える。そして,トップと中間層がうまく結びついたときにいい企業になるのだ思います。

モチベーションに関しては,大学生ではなく,一度,日本の工場の現場の人のモチベーションを調べて見て欲しいです。きっと日本は以前に比べれば落ちているかも知れませんが,欧米に比べればまだずっと高いと思いますがどうでしょうか?僕の思いこみでしょうか?アジア諸国と比べてどうかはちょっとわかりませんが。

僕も大学時代はいろんなアルバイトをしたりして社会の仕組みを知り,とても有意義な日々を過ごすことができたような気がしています。もう二度とできない経験だったと思います。大学時代のアルバイトは日本式インターンシップなんですよ,きっと。

難しいことは解らないけど、
面白いテーマだなぁと思いました。

私の働いているお店では、「スタッフのモチベーション」は経営的に重要な視点になっています。
スタッフのモチベーションが下がったら、接客販売業は成り立たないという主義。
自分が楽しいと思えない仕事はしたくないから、それは当たり前のことだと思っていたけど、その考えは「日本的」じゃないってことなのかな。

朝の通勤ラッシュが、私は苦手なんだけど、
それは電車に乗ってる人が、みんな死人みたいな、抜け殻みたいな、人生に失望したっていう顔をしているからで、
仕事が楽しくて、さぁ今日も一日楽しく仕事しよう!って思ってたら、どんなに眠くてもそんな顔にはならないだろうから、「腐ってるなぁ、日本」って思って、
私は「さぁ今日も頑張るぞ!」って仕事行こうとしてるのに、すごく嫌な気分になる。

最近の小学生は、具体的に「夢」を抱いてる子が少ないって、前に誰か(母親だったかな)が言ってて、
例えば「野球選手になりたい」とか「学校の先生になりたい」とか、
将来の目標としての夢が、ないんだって。
でも、「仕事=人生の義務」としてだけで働いている親に育てられたら、子供も夢なんて、抱かなくなって当然だと思ったりしました。

疲れてるよね、日本人って。

 ”97%の人が全力を尽くしていない”これって、取りようによっては自分はまだやれる、まだ頑張れるってことの裏返しの面も多少は含んでいるのではと感じます。あくまで自己判断ですからね。10数年前までは欧米人は日本人を勤勉だと、やや軽蔑をこめて表現していませんでしたか?バカンスが少ないだのと。謙遜だとかそのようなニュアンスが統計に入り込んではいやしないでしょうか。

高度経済成長期等を知らない私からすると、どこから日本人の質が変わったなどということはわかりませんし、皆さんご指摘のように日本人のモチベーションそのものは低下しているのかもしれませんが、97%って数字がどういう意味をもつものかがちょっと分からないですね。

ただ、ちょっと古臭い表現を使うとハングリー精神のようなものは欠如しているでしょうね。だってハングリーじゃないですもん。経済大国だから。欠如ではなくて皆無に近いかもしれないですね。

産業の高度化に伴い、高収入を得ようと思えば、専門的な知識・技能の習得が求められ、それに伴って一定の高学歴が求められます。文科省だかの調査で、国公立大学の進学率と親の年収に一定の相関関係があるというようなデータがありました。

以前(いつごろまでかは定かではないが)であれば、親の収入の少ない人たちは本当にひもじい思いをしていたのかもしれない。兄弟も多く、全員が家の跡を継げるわけではないので、ハングリー精神・独立精神というのが養われ・育まれていたのかもしれませんね。

しかし今や一人っ子が主流(合計特殊出生率は1.3%前後だったでしょうか)で、仮に兄弟がいても分け隔てなく育てられ、諸制度の整備により、親はなくとも経済的にも子は育つ時代です。大学全入時代を迎え、競争意識も希薄となり、今後ますます経済的な格差同様学力格差も開いていくのだと思います。少なくともひもじい思いをするなんてことはないのですから(福祉政策によって)。ただ、彼らの次の世代はこのままいくと本当にひもじい思いをしなくてはならなくなるかもしれませんね。

未婚女性も多数いることを考えると、一人っ子が主流というのは間違いだと思います。詳しいデータありません、すいません。

日本人の起業志向が低いのは、年功序列・終身雇用制度によりサラリーマンとしての労働生活が安定していたからです。
会社が社員の生活保障をする代わりに社員は会社に尽くす。この仕組みこそが日本が世界と渡り合い、トップクラスにまで上り詰めた最大の武器だったのです。

しかし、日本の成長ぶりに危機感を抱いたアメリカの意向に従った自民党は、成果主義を万能であるかのように宣伝しました。
まんまと騙された企業は、成果主義を導入し、長年かけて築いてきた最大の武器を自ら破壊してしまいました。そうなったら、あとは転げ落ちるばかり。会社の弱体化に至りました。

「サラリーマンは安定している」とはいえなくなり、最近では公務員でさえも先行きが怪しくなっています。
サラリーマン生活が不安定になったところで、起業精神が低い性向はそのままなわけですから、正社員への道が険しい就職難の際にも、頭に浮かぶのはやはり「給料生活」なのです。
ここでタイミングよく派遣法の規制を緩和すれば、派遣社員やフリーターの道を選択する人が多くなるわけです。

ここ数年は給料が下がり続ける一方で、「働けど働けど我が暮らし楽にならざり」の状態になっています。こんな状況が続けば、「じっと手を見る」ばかりで、社員のモチベーションが低下するのも無理はないかと。

会社の弱体化は社員すなわち国民の弱体化を招き、国民の弱体化は国家の弱体化となりました。アメリカの思惑どおり、日本の弱体化は果たされたわけです。

しかし、アメリカにとっての誤算は、日本があまりにも弱体化し過ぎたことです。これにより、数々のネガティヴ・キャンペーンを駆使したのにも関わらず、政権交代という事態を招いてしまったのです。

はい。以上、私の妄想でした。

ロバート・ドラーチャさんの論考、興味深く読ませていただきました。大変参考になります。やっぱりThe Journalはすばらしい。小生、この何十年か考えてきたことは似たようなものです。論じたいことは一杯ありますが、有効な提言を見出せないままでいます。情けない。ドラーチャさんは今後も手を変え品を変え、こういった研究に励まれることを期待しています。日本は魅力ある病気の国です。

最後の当たり、「日本の無限のポテンシャルを完全に活用すれば、国際競争力を取り戻し、再び大成功出来ると確信している。成功するかは日本人の努力次第である。」という下りは私たち日本人に課せられた喫緊の命題です。早速レスポンスすべくつたない意見を書き始めたのですが、まとめきれずにいます。そのうち本欄に投稿させていただきます。大した意見ではないので、議論のたたき台にでもしてもらったら幸いです。

ところで、ドラーチャさんはチャウシェスクを銃殺したあの革命を経て、波乱の生涯を過ごしてこられた。これからはいいことがありますように。

次回予告
<①扶養する者と②扶養される者と③金儲けに励む者>
<自己主張する愚者たち>
<中味・実力よりも見せかけに流れる国民>
<利権へのアクセスがすべての時代>
<没落のギネス記録に挑戦中>
<解決策はいずこ・複眼思考から>
<伝統的価値観相互のせめぎ合い>

ドラーチェさんの記事を面白く拝見しました。果して「日本人は、世界的なレベルでも、特別にモチベーションが低く、そのポテンシャルを無駄にしているのか?」。ドラーチェさんの引用する数値だけでは、俄かに納得できません。確かに、首都圏の通勤電車に乗っていると、仕事と家庭で疲れきって、iPodを聞いているか?マンガを読んでいる、ほぼ痴呆状態に近いサラリーマンを、見ることができます。大手ITベンダーF社の社内で、就業風景を見ると、何かSF映画を見ているように、皆が機械的に動いているように感じていることが多いのも事実で、印象としては、ドラーチェさんの意見に同調するところも多くあります。
しかし、だからと言って、日本人が世界的に見て、色々な意味でモチベーションが低く、そのポテンシャルを十分に生かしていない、とは言い切れないと思います。イチロー選手や松井選手の例を引くまでもなく、日本人がベンチャー精神に優れていることの事例は多くありますし、iPhoneの基盤技術には、地軸方位技術などを始め、日本のベンチャーテクノロジーが多く採用されていることも、有名な話です。青色LEDの特許発明の中村教授など、企業からスピンアウトし、世界に衝撃を与える技術開発も日本初のものが、決して少ないわけではありません。例を上げればきりがないのですが、私は、これをもってドラーチェさんの意見を否定しようというのではありません。新たな疑問の提起をしたいのです。「日本には、モチベーションが高く、良いポテンシャリティーを持っている人が多くいるにも関わらず、そういう新しい風を、流れに変えていくことができないことには、何か構造的な原因があるのだろうか?」「ベンチャー精神ということは、ヒトとは違うことをするということだけれど、ヒトとは違うことをすることが、日本人の美徳に反すると感じるか?」
私の中には、近代から現代への日本人の美徳に、ちょっとした疑いのようなものがありまり、以下の仮説をもっています。「他人と違うことをするヒトは、よっぽど成功しない限り、世間からの排除される対象となること。」上記の仮説には、最も適切な人物がいます。政治家にして、近代最大のトリックスター”小泉 純一郎氏”。彼は、奇人・変人として、政治的な人気を獲得し、総理大臣に登りつめたのですが、もしも、彼がその道を進んでいなければ、間違いなく、彼は、日本社会において、世間から最も疎まれるタイプの人間である」と私は、考えています。
何か、とりとめがなくなりました。いずれにせよ、ルーマニア生まれの、ドラーチェさんが、「日本人のモチベーション」について、熱く語ってくれることは、日本人として、とても嬉しいことであり、感謝しています。拝

 私もロバートさんの様な方の提起に対し、一言ありがとうを込めて、以下自分のつたない体験を交えて意見を述べさせて頂きます。

 先ず調査機関のデータを使っての日本人のモチベーション、起業家精神のレベルがあまりにも低すぎる状態にあることを指摘されたことに対し私も同感です。

 私はかつて日本で起業(昔は脱サラと言いました)し、創業満20年を前に倒産した経験を持っています。日本の中小企業の殆どと同じく、私だけでなく家族、知人の保証を銀行、取引先にして事業を営んでいました。倒産により私、家族の財産はもちろん、好意で保証してくれた知人の財産も失うこととなりました。
 
 これが社会に対する責任とけじめ、倒産しないと分からなかったことを身をもって知る機会にもなった、新たに進む転機、と受け止める心鏡になるまでにはしばらく時間がかかりました。この間の経験で一番嬉しかったこと、大事だと感じたことは、身近な家族、友人、一緒に働いた仲間との絶えることのなかった心のきずなです。私はこれらのことを自分の財産だと思っており、何か新たなことをする時の私のモチベーションの大きな部分を占めています。
 
 その後10年ほどアジアで暮し、日本人を含む様々な国の職業、年代が異なる人たちと現地で出会いました。そんな折様々なプロフィット・ノンプロフィット事業、自分の夢、国などについて語り合ってきました。そんな経験からまだ20代前半のロバートさんの日本(人)への警鐘と提言が、ほぼ正しく日本の現状を捉えて発せられたものであると受け止めました。
 
 日本は次の社会、時代を創造していくために起業(家)が社会にとって不可欠なもの、寛容の精神を持って内包すべきものという歴史(風土かな?)を持たずにここまで生きてこれたのではないかと思います。これまではそのような意見や試みを、異端、少数意見、時期尚早として軽視、無視する風潮が強かったと思います。
 
 今日の世界では、1国だけ閉じ籠もって生きていける時代ではありません。危急存亡の秋、で始まるロバートさんの提言に加え、私は今の日本(人)には興国観を持つこと、確立して世に世界に出直す必要があるのではないかと思っています。
 激しい競争が大前提となった今日、どのように国を繁栄させ国家を支えていくるのか、どのような考えと精神で隣人、隣国と共存するのかなど、国家としての基本的考えと覚悟を日本(人)は問われているのだと思います。それがない国は、世界では一人前扱いされません。
 
 日本は生活レベルまでに及んだ異変に国民がようやく気づき、遅まきながら大きな政権交代で崖っぷちで踏み止まり元へ戻る道を選びました。
 私は日本は一度崖からすべり落ちた後の方が、本当の意味での再興のチャンス=ポテンシャルにつながるのではないかと、体験的に思います。
 国家規模で痛みと屈辱を味わいながら、しかし誇りを忘れずしばらく貧国の道をたどるのも日本の長い将来、世界に期待される日本(人)になり直すは必要なことなのかも知れません。

 ロバートさんの今後の活躍を楽しみにしております。

ドラーチャ様

申し訳ありません。何か論考を書くと言っておきながら年末となってしまいました。またの機会とさせてください。ただ、内発的動機を持った素晴らしい若者、子どもはいつの時代もいると思うのですが、彼らの夢を育てるシステムが日本にはなく、逆にずるい人間が得をし、その結果国が没落している現状を何とかしなければならないと考えています。このままでは死んでも死にきれないとだけ申し上げたいと思います。よいお年を。

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日本語の「ヨロン」という言葉には「世論」と「輿論」という2種類の漢字があります。実は、この2つの言葉は大きく意味が異なっていて、「世論(セロンとも読みます)」とは「感情的な世間の空気」のことで、「輿論」とは「議論を積み重ねてできあがった公的意見」のことを指します。《よろんず》が目指すものは後者の「ヨロン=輿論」をつくることであり、そのために、《よろんず》では情報のプロ・アマに関係なく自由闊達に議論を交わすための場所を提供します。メディアの調査で発表される「ヨロン=世論」とは違う真の「ヨロン」をつくるため、執筆者・出演者・読者のみなさんに、この新しい“知の共有空間”に参加いただけるよう呼びかけます。

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