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島津道太:社説比較から見えるプルサーマル模様

「プルサーマル」に我々市民はどのように対峙していけばよいのか冷静に考えなければいけない。本来ならマスゴミといわれ、右に倣えの現代の新聞記事を比較するなんて時間の無駄だとなるのだが、内容はともかくとして、一応5紙すべてが本問題をそれぞれの立場で取り上げていることは評価してもよい。掲載日付順に朝日(11/06)、毎日(11/06)、読売(11/07)、日経(11/07)、東京(11/11)の五紙の「プルサーマル」に対する社説をあえて比べてみた。

独断で遠慮無く結論からいわせて貰えば、国民目線に最も近く、誰のための国策かと実に見識高く論じ、だんトツの優れものは「東京新聞」であった。利点と問題点を天秤にかけて圧倒的に問題点が多いと断じたのは毎日であり、正鵠を得ている。プルサーマル始動はプルトニウム利用の第一歩ではなく、核燃料政策の是非と切り離して考えるべきとするは朝日であるが、当然である。単なる経過説明に終始し、粛々と推進するだけだと唱えるのはいかにも読売らしい。逆に安全性などどこ吹く風で、とにかく節操なく、いけいけドンドンの酷いのは「日経新聞」であった。あえて総合ランクをつけるとすれば、1.東京、2.毎日、3.朝日、4.読売、5.日経というところであろうか。

原発政策をマラソンに譬えるなら、目標地点が崩落して見えなくなり、接近することさえ適わないのに、立ち止まりもせず、悪魔のささやきの走る口実を見つけて、惰性で目標地点めがけて危険な道を走っているようなもの、それがプルサーマルだ。

もはや多くを語るまい、論理破壊している国策プルサーマル、それは主権国民の声とはかけ離れたところで一人歩きしている。政府に任せておけばでは済まされるような問題ではなくなっている。あまりにも重大且つ多くの問題を内包している。特に将来の世代を背負う高校生、大学生には是非本問題を取り上げて論じてほしい。さらには現代文明の恩恵を享受する老若男女みんなで考えなければいけないテーマではないのだろうか。

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ご理解・ご協力のほどよろしくお願いいたします。

戦時中大本営作戦参謀として、また戦後は元伊藤忠会長をはじめ、政治経済界で活躍した瀬島龍三は今、フジテレビで放映されている「不毛地帯」の主人公の壱岐正のモデルともいわれている。彼の評価は二つに分かれ、否定的な見解も多い。
最期には敗戦の責任の一端を悔いていたが、大本営作戦参謀としての詳細を語ることなく、生き証人は一昨年、ついに墓場まで歴史の暗部を持ち去った。
過去の問題点を明かし、二度と繰り返さないためにも多くを語ってほしかった。
小生もいつの間にか歳を重ね十分な時間を持ち合わせていないが、国策プルサーマルとかプルトニウム政策とかはどうみても、国民合意もなく、見直しもなく、無理矢理の計画実施であり、亡霊にとりつかれたように太平洋戦争へ突き進んだ、大本営のやり方と同じと映る。
まだ、日本人の政官業の根底にある意識構造は戦争の反省もなく、戦時中と何も変わっていないようだ。

外圧や記者クラブ制度等により歪められ偏向した横一列の西松事件報道に比べれば、プルサーマルに関する社説が新聞社によりこれだけの違いが出ることはある意味でまともではなかろうか。逆に外部圧力さえなければ新聞社は自らの特徴を出した報道記事を掲載出来る証でもあるように見えるが、多分野で独自調査による固有の特徴ある記事を期待するのはまだまだ遠い先の話ですかな。

河野太郎さんが、日本のエネルギー政策に関する正論を述べておられますので以下に引用。プルサーマルについてもなるほどの指摘をされています。民主党にそっくりお返しします。引用元:http://www.asyura2.com/08/senkyo48/msg/1006.html

プルサーマルは必要か
 今、日本政府と電力会社は、このプルトニウムを何とかしなければいけないということで、ウランとプルトニウムを混ぜて「MOX燃料」という燃料を作り、高速増殖炉がありませんから、普通の原子力発電所でMOX燃料を燃やす「プルサーマル」と呼ばれることをやろうとしています。
 テレビのコマーシャルでは、「プルサーマルはウラン資源のリサイクルです」と流したりしています。MOX燃料は、ウラン9、プルトニウム1の割合で混ぜて作っています。つまり、MOX燃料は、ウランは1割しか節約することができないのです。
 このプルサーマルをやるために、新しくMOX燃料の工場を作ったり、いろいろなことに兆単位のお金を投入することになります。そんなことを本当にする必要があるのでしょうか。
 兆単位でお金をかけるのであれば、ウラン鉱山の権利を買ってくればよい。あるいは、日本が遅れている再生可能エネルギー、資源エネルギーの開発・研究にお金を投入すべきではないかと思っています。

われわれが見極めるべきこと
 今、われわれがやるべきなのは、使用済み核燃料の段階で瞬間貯蔵しておいて、本当に高速増殖炉ができるかどうか見極めることだと思います。使用済み核燃料の段階で再処理をせずに留めておけば、プルトニウムができることはありません。高速増殖炉に本当に目途が立ったら、再処理を始めて、プルトニウムを取り出して、高速増殖炉で燃やせばよいのです。
 もし、高速増殖炉ができなければ、使用済み核燃料の状態で「地層処分」と呼ばれる廃棄をしなければなりません。使用済み核燃料でもあっても、高レベル放射性廃棄物であっても、われわれは既に莫大な量の核のゴミを持っています。
 原子力発電所を使えば、燃やしたウランがゴミになる。その核物質のゴミをどこかで処分をしなければならないという状況には変わりはありません。使用済み核燃料で捨てるか、高レベル放射性廃棄物で捨てるか、その違いだけです。
 何兆円ものお金をかけて、できるかどうか分からない高速増殖炉で燃やすために、プルトニウムをどんどん増やしていく。プルトニウムを作ってしまったが故に、高速増殖炉ができないから、とりあえずMOX燃料でプルサーマルをやる。そんな必要性が本当にあるのでしょうか。今、私たちが考えなければいけないことは、そういうことです。

今こそ、政治家に求められる「決断」
 結局、これまでの日本のエネルギー政策、経済産業省や電力会社がやってきたこと、皆がおかしいと思っていながらも惰性で止められないというのが現状です。高速増殖炉がないのにプルトニウムを取り出してみても、何の役にも立ちません。
 今、このエネルギー政策がおかしいんじゃないかということを、きちんと国民の皆さまに説明するのが政治家の役割だと思っています。そして、政治家だけがこの政策を「今やる必要がない、おかしいよね!止めていこう!」と決断できるのだと思うのです。
 私は一人でも多く国民の皆さまに、今、何がエネルギー政策で間違っているのかご理解をいただいて、必要があればきちんと政策を変える、止める勇気を持たなければいけないとういうことをご理解いただきたいと思います。

旧自民党政権で核燃料サイクル、高速増殖炉、再処理工場、プルサーマルと強引に政策を進めてきた裏には、官僚、族議員、電力会社、三菱重工業、東芝、日立等の原発および関連企業、ゼネコン、独法等々の間の天下り、献金、利権が絡み、ズブズブの癒着腐敗構造に行き着く。
従来の政策の見直しも無く、国民の声と異なる方向に強引に政策が進められる場合ほど、この癒着腐敗構造が後戻りできないほど出来あがっている。
現在、米軍の普天間基地移設問題でも従前の日米合意通りにと叫ぶのは、裏に米国、日本の双方に利権構造が確定しているためであろう。
 民主党政権に変わっても、核燃料サイクル、高速増殖炉、再処理、プルサーマル等の政策は自民党と同じようだ。そして経産省下の原発推進組織の官僚にすべて牛耳られているようである。
 民主党も原発政策の見直しもなく、政治的高度な判断などと逃げるのでなく、旧自民党政権の癒着原発政治から、どう脱するのかが国民から求められている。

 以下は少し古い話だが今も似た状態だろう。ズブズブの自民党政権時代の実例は
http://members.at.infoseek.co.jp/saitatochi/61.htmlによると、
 97年3月11日に発生した東海村の再処理工場爆発事故と、8月26日に発覚した東海村の廃棄物ドラム缶大量腐食放置事件は、動力炉・核燃料開発事業団(動燃)と科学技術庁、自治体の茨城県の腐敗メカニズムを浮かびあがらせたが、ドラム缶以上に技術官僚と役人をここまで腐らせたのは、東京電力であった。
 東海村の事故では、動燃がマスメディアの批判にさらされたが、実際に、東海村再処理工場を運転してきた黒幕は、最大の電力会社・東京電力である。97年現在、日本のすべての電力会社の連合体である「電事連(電気事業連合会)」の会長は、「東京電力」社長の荒木浩であり、彼が、高レベル廃棄物処分懇談会のメンバーとして、組織全体を統括してきた。
 再処理工場は、高速増殖炉「もんじゅ」のためにプルトニウムを取り出すことを目的としている。その東海村の再処理工場と、高速増殖炉の運転責任者が、やはり「東京電力」の取締役・電事連副会長から「動燃(現在の独立行政法人日本原子力研究開発機構)」理事長となった近藤俊幸であった。
 さらに、3月の爆発事故の1週間後に、青森県・六ヶ所村にフランスから第2回目の高レベル廃棄物が強行搬入されたが、六ヶ所村に日本全土の放射性廃棄物を集積し、プルトニウムを取り出す巨大な再処理工場を建設してきた「日本原燃」の社長が、やはり「東京電力」副社長から転じた竹内哲夫であった。この会社は、電事連が出資して設立したものであり、電力会社の子会社である。
 すでに可能性ゼロと分っている高速増殖炉「もんじゅ」の開発に国税が大量浪費されることまで、この委員会によって改めて承認される、という手順が踏まれた。野村證券VIP口座に名前のあった科学技術庁長官・近岡理一郎が、それを受けて、公式にプルトニウム利用計画をぶちあげた。しかしこの委員会には、那須翔が最も大きな声の委員として参加していた。この時点で、経団連を動かす東京電力会長である。

プルサーマルは政治と直結しています。8年前の柏崎刈羽原発でのプルサーマルの住民投票ではNOの意思表示でした。地方主権による政治への市民参加は民主党の掲げる理念にもなっています。プルサーマルや核燃料サイクルに対する市民の切実な思いを綴られたものがありますので紹介したいと思います。8年前を感じさせないリアル感が未だ残っています。今の実態は昔と何も変わっていません。

プルサーマル拒否住民投票勝利が与えた 勇気……そして青森県の対応は県民不在
 2001年5月27日、刈羽村の住民投票で、柏崎刈羽原発でのプルサーマル実施に対して村民は“NO”の意思表示をした。原発立地点での様々な葛藤を乗り越えた心の声、篤い思いが伝わってきた。プルサーマルの道が閉ざされれば、すなわち再処理は完全に目的を失う。プルトニウム利用の輪を断ち切ることは、青森県民にとって使用済み核燃料を受け取る理由が(理屈では)無くなる。私たちは6月18日、全国の仲間たちと平沼経済産業大臣を訪ね、青森県六ヶ所村への使用済み核燃料の搬入を少なくとも今は停止するべきではないかと要請したが、大臣はあくまでプルサーマルにこだわり“刈羽村の結果は重く受け止めているが、残念である。今後も地元の理解を求めていく”と語った。

 行政は、国家であれ地方自治体であれ、人間社会の底流にある脈々たる民衆の意思に呼応できなければならない、そうでなければ、国民は夢やヴィジョンを描くことができない。反核燃の運動だからといって、自然原理主義的に生きようと言っているわけではない。無節操なエネルギー消費を節度あるものに変えていこう、再生可能エネルギーにシフトしていこう、持続可能な社会を実現させようとしているのだ。確かな反原発の潮流を感じ、旧い既得権益集団からの離脱を図らねば、政治も回復できまい。

 プルサーマルや核燃サイクル施設の建設が実は、核のゴミ対策、核のゴミ問題の先送りに他ならないということは、もう周知のことだ。国は破綻した原子力政策に真正面から取り組み、その上で六ヶ所村をはじめ各原発サイト、市民らと同じ目線で話し合うべきだろう。そうでなければ、また同じ過ちを繰り返し、禍根を残し、被害を拡大するばかりだ。社会に差別をつくってはならない。踏みにじられる者と利益を貪るもの、そして無関心というある種の暴力、それぞれの生きざまが六ヶ所核燃サイクルの中に見える。

 平沼大臣は青森県知事に同日(18日)の朝、国のプルサーマル計画はいささかも変わることがないと直接伝えていた。木村青森県知事も同日、文部科学省にITERの誘致を陳情した。ITER関連の核廃棄物を地元で引き受けるという条件にも関わらず、ITER施設の用地を無償で提供する用意があるなどと述べ、青森県民の意見も確かめず、県議会での可決を根拠に要請は行なわれた。その後県内各地で一方的なITER説明会が行なわれた。

 青森県が呼んだ講師の苫米地顕氏(元原研那珂研究所所長)は2001年8月9日の青森講演で「放射線は、自然にある放射線の100倍ぐらいまでは、どうってことはない。……100倍ぐらいの放射線を浴びて、病気になるんじゃないかと、心配するほうが病気の原因になることまちがいありません。……10,000倍というところには、絶対近寄らないで下さい。これが放射線に対するルールです。それを、ちゃんと守って、むやみと神経質になるのは、そっちの方が身体に悪いですよ」また「三重水素(トリチウム)は……配管から漏れてきても、それをフィルターで濾して、ほとんど回収して問題ない量だけ煙突から捨てる、という対策がとられています」などと話した。これでは全く青森県民を愚弄している。

 市民団体は10月7日、青森県と文部科学省に対して、討論の機会を得たいと「イーターについて考える・青森県民フォーラム―国際核融合実験炉を子供たちに残しますか?―」を開催した。しかし県も国も不参加だった。ここでも、県民は置き去りにされている。
http://www.cnic.jp/modules/smartsection/print.php?itemid=72

日本のプルトニウム政策に関わるプルサーマルは本来の核燃料サイクルが稼働するまでのまやかし技術である。MOX燃料の処分方法は未解決のままである。さらに肝心の核燃料サイクルに不可欠の高速増殖炉は見通しさえたっていない。

日本の高速増殖炉の開発計画は1967年以来すでに42年が経過している。これまでに約9000億円もの国家予算を投入してきた。本来の成果らしい成果も出ていない。高速増殖炉の計画は原型炉の「もんじゅ」のナトリウム漏洩事故以来14年間頓挫しているが、毎年人件費、維持費、開発費等々含め約400億円以上が投入され続けているようだ。今年の事業仕分けでも「もんじゅ」へのムダ予算がわけのわからぬ議論で認められた。民主党の事業仕分けも一体どうなっているのやら。文科省官僚の天下りと企業との癒着予算と思われても仕方ない。まともな議論もなく、毎年莫大な国税だけがドブに捨てるように使い続けられている現状に国民の皆さんはどう思われますか。

また高速増殖炉の肝心の増殖率は実践的には1以上にすることは良識の原子力専門家は難しいと述べている。米、英、フランス、ドイツの核先進諸国全てが高速増殖炉開発から撤退したのは技術的、経済的に無理と判断したためである。世界で続けているのは核兵器製造が最優先のインド、中国、ロシアだけである。

日本の2000年策定の原子力長計では高速増殖炉はそれまでの長計に記載されていた実用化目標時期は消え失せ、「将来のエネルギーの有力な選択肢の一つ」に変わった。実質的に、開発計画は絵に描いた餅であり実現は難しいと国は認めたことに等しい。しかしだらだらと続けている。来年3月には「もんじゅ」再運転開始と言っているが、本来の目的はすでにどこかへ消えているのではなかろうか。

長くなるので詳細は省略するが再処理工場の多くの潜在する問題と今進めている計画は不可解だらけである。

日本の国の原子力エネルギー長期計画は常人の及ぶところではなくなっている。結局、核燃料サイクルの開発計画そのものの破綻はすでに現実のものとなっている。国家の財政事情をよそに、どこへさ迷い続けるのか。

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日本語の「ヨロン」という言葉には「世論」と「輿論」という2種類の漢字があります。実は、この2つの言葉は大きく意味が異なっていて、「世論(セロンとも読みます)」とは「感情的な世間の空気」のことで、「輿論」とは「議論を積み重ねてできあがった公的意見」のことを指します。《よろんず》が目指すものは後者の「ヨロン=輿論」をつくることであり、そのために、《よろんず》では情報のプロ・アマに関係なく自由闊達に議論を交わすための場所を提供します。メディアの調査で発表される「ヨロン=世論」とは違う真の「ヨロン」をつくるため、執筆者・出演者・読者のみなさんに、この新しい“知の共有空間”に参加いただけるよう呼びかけます。

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