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赤虎頭巾:United States! Where are you going?

ブッシュとネオコンの支配が終わり、オバマの登場で漸くまともなアメリカが戻ってきたかと思っていたら、医療保険反対のデモ、ノーベル平和賞受賞への反対とのCNNの世論調査結果、アフガン対応をめぐってのごたごたと、大分様子がおかしくなってきました。

実際のところ、アメリカの人々が如何変化しているのか、マスコミ報道だけで判断するのは危険ですが、小生の好きな、SF作家オーソン・スコット・カード(出世作エンダーのゲーム)のブログを見てみますと、かなり過激なことになっていました。

彼はもともとは、民主党の支持者であったとのことですが、小生が彼のブログ(Hatrack River)を見始めた時点では、強烈なブッシュ=マケイン支持で、民主党ではイラン、イラク、アフガンでのテロリストの戦争に負けると、共和党応援の論陣を張っていました。

オバマ大統領の勝利以降、政治ブログの記載がぱったりと止まっていたのですが、9月20日に"I am back"の標題で再開しました。

「オバマは極左で"he's a radical leftist"約束破りで、嘘つきだ"Obama has now broken promise after promise and told lie after lie"」という、なかなか強烈な内容です。

やはり、医療保険の問題、アフガン戦争での政権内のごたごたあたりを問題にしていますが、どうも、東欧での、ミサイル迎撃システムの配備停止が一番逆鱗に触れたようです(多分ご先祖が、東欧出身?)。

アメリカのある層の、意識の変化を示すものかと思います。

私は、アメリカが好きでした。フィリップ・マーローとハインライン、ジョン・フォード。

『タフでなければ生きていけない。優しくなれなければ生きている資格がない。If I wasn't hard, I wouldn't be alive. If I couldn't ever be gentle, I wouldn't deserve to be alive.』

のアメリカは、ちょっと田舎くさいのですが、好きな国でした。 

ブッシュのアメリカの新自由主義も、「50年前にアメリカが日本を打ち負かして『民主化』したことが世界から評価されているように、今から50年後には、アメリカがイラクを皮切りに世界を民主化していくことが、素晴らしい業績として評価されるに違いない」との演説にあるように、アメリカ国民の内のカードのような人々にとっては、世界の人々を自由に導く戦いとして、受け止められていたのでしょう。

アメリカが今後如何変わっていくのか、オバマ大統領のチェンジは、果たして達成できるのか。

鉄鋼、電気はとっくに崩壊し、自動車産業も壊滅に近づき、ITも実質的に空洞化、頼みの金融ビジネスまでが大きな打撃を受けて、いまや国内には農業と軍需産業しか飯の種がなくなってきているアメリカのようですが、タフな戦争で飯を食うのではなく、優しい生きている資格のある活路を見出してもらいたいと思います。

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私はヨーロッパ派の人間なんでアメリカについてはここにコメント投稿している皆さんより超不案内なんですけど、一人のジャーナリストをとても尊敬しておりました。
それは、「ベスト・アンド・ブライテスト」を書いたデビッド・ハルバースタム氏です。彼は数年前に不慮の交通事故で亡くなりましたが、あのウォーターゲート事件で有名になったボブ・ウッドワード氏と違ってワシントン政治とは距離を置いていました。
そのハルバースタム氏が生きておられたら、オバマ大統領の事をどのように論評していたでしょうか?私の予想ではきっと好意的に論評していたでしょうし、大統領の良き理解者となっていたでしょう。
氏の早世が本当に悔やまれます。今の米民主党にとっては本当に打激だと思います。

ブログ、読まさせて頂きました。私の下世話なブログと違い、「良いブログだなぁ」と。
これからも楽しみにしています。

さて、三十年ぐらい前から、日本でも空洞化が叫ばれていたと思いますが、企業も益々海外へ進出していくだろうし、中国で人件費が高くなれば、東南アジアへと徐々に移って行くだろうと考えられるだろうし、しかし、私は企業の空洞化に伴い、もしくは、それよりも早く、個人の日本人自体が空洞化するのではと思っています。
若者は、仕事も無く、夢も無く、生活しずらい日本からバックパックを担いでアジアで生活をするようになり、私も行く行くはそうですが、少ない年金では生活できないので、第二の人生をアジアでと、考える様になっています。
そうなると、海外の日本企業で海外の日本人が働くようになり、なんだか訳の分からない状況になりますが、これに伴い現地の人達とトラブルが発生し国家間の問題にまで発展し、逆説的に日本でもビザ・渡航の制限や規制をするようになるのではないかと、二十年後は経済を含め新たな問題が発生する様な気がします。

個人的には、日本と絡めた現地情報を期待しています。

文闘春潮 編集長9/x 様

 過分なお言葉をいただきありがとうございます。
 
 企業の空洞化の問題ですが、これはかなりはやくから起こっていまして、本サイトの「羽田空港のハブ空港化を」にも投稿しましたが、タイのバンコク日本人商工会議所の会員数は、
 開設当初の1954年30社であったものが、プラザ合意の1985年には394社、冷戦終結の1989年に696社、2009年には1300社を突破しています。
 なお、わが社のような中小企業は、商工会議所には加盟していませんので、それらを含めると現在タイの日系企業数は7000社を超えるとのことです。

 ちなみに、タイは二次大戦当時、アジアでは、日本と並んで、終戦直前まで、独、伊枢軸側であり、対日感情が他のアジア諸国に比べると格段に良かったので、日本企業の進出は最も早かったようです。最も、外交に長けたタイは、終戦直前に連合国側に移り、バンコクには2次大戦の勝利記念塔も立っていますが。

 横道にそれましたが、企業にとって海外への進出というのは、生き残りのための方策なのです。
 出なかった企業、出れなかった企業は、一部の非常に特殊な技術或いは有利な条件を持っている企業を除いては、グローバル化の時代では否応なしに潰れて行きます。

 グローバル化に対する批判も多々あるようですが、小生は基本的には良いことだと思っています。

 戦後の日本は非常に貧しかったのですが、日本企業が進出した国々は、グローバル化以前は同じく貧しかったわけです。
 それらの国々の多くが、グローバル化後、外国資本の助けを借りて、程度の差はありますが経済成長を達成し人々の暮らしも楽になってきているのです。

 最も、多くの国々ではその成長の果実が上手く分配されておらず、支配層の取り分が多く、日本以上に格差が、拡大しつつあるのですが、それでも、貧しい人々も過去と比較すれば豊かになってきています。

 タイでは、小生が始めてきた15年前には、タイの田舎の人のメイドさん希望者が一杯いましたが、今では当時の5割り増しの給料を出してもなり手がおらず、今のメードさんは、ミャンマーからの出稼ぎです。

 グローバル化について言えば、その分け前に最も預かっていないのは、日本にいる日本人ではないでしょうか。

 高齢化による介護問題ひとつをとっても、厚生省の省益と医師会の既得権益の維持のために、医療、介護のサービスの国際化は全く進んでいません。
 海外から、医療、介護の人々を国内に入れる或いは海外に医療、介護のサービスを輸出すれば、日本の高齢者はもっと手厚い介護を受け、豊かな老後が過ごせます。

 低所得に苦しむ若年層、年金生活の方々も、海外に出れば良いと思います。現在の所得、年金の水準で遥かに豊かな暮らしが出来ます。

 問題となるのは、国境の壁です。
私の場合も、1年に1回は移民局でビザ(滞在許可証)の更新を受けなければなりません。このビザ取得のためには、最低でも月15万円程度の給与があり、税金を支払っていることが必要です。さらに、会社は、一枚のビザに付き最低4名のタイ人を雇用していなければなりません。

 他の国々については詳しくないのですが、恐らく同様の規制がかかっていることでしょう。

 この様な規制は、基本的には相互主義です。日本のビザ発給の規制は遥かに厳しく、タイの一般の人が日本に観光旅行に行く場合、ただの観光ビザを受けるために、60万円の預金が入っている本人の預金通帳の提示が求められます。

 日本の政府関係機関の、研修等を受ける以外、単純労働者に対する長期滞在の労働ビザは会社の保証があってもまず出ません。これは、労働省と日本の労働組合の既得権益保護が背景にあるのではないでしょうか。

 ご指摘の問題は、そういうわけで、現在の官僚と各国の既得権益層が排除されない限り起こりえないわけです。

 EUは、国境の撤廃に向けて動いています。
 グローバル化の果実を、全ての人々に享受してもらうためには国境を越えた、移動と居住の自由が必要です。
 世界人権宣言13条は、自国内の移動と居住の自由しか保障していませんが(2項では、国外への退出と自国への帰還の自由が謳われており、矛盾する内容となっていますが)、小生の考えでは、国が個人の上に来るというのは、どうも納得がいきません。

 東南アジア共同体を含め、経済のグローバル化により、時代遅れになりつつある国というシステムにはそろそろお引取り頂いては如何なものでしょうか。

 長々と失礼しました。タイ情報については、別途詳しく、投稿させていただきます。
 

 

 


 

今までの世界は良くも悪くも国という単位で切磋琢磨してきました。
益々世界は、経済も下へ流れ、情報も共有する事になり、フラット化して行く。
これからの対立軸は、世界の既得権益者対世界市民になりそうですね。

文闘春潮様

 鋭い!
 まさにそういう時代が始まった、ということではないでしょうか。

tired of comments like "Despite… " or buy antibiotics online. Then write to me at icq 75949683256...

Pizza was to Sid Caesar’s writing team what domestic tranquillity was to the creative staff over at "The Adventures of Ozzie and Harriet": a source of endless inspiration.
In 1960 Monaghan and his brother James bought an Ypsilanti, Michigan, pizza joint called Dominick’s (James traded his share to Tom one year later in exchange for a Volkswagen Beetle).

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