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2009年9月26日

文闘春潮 編集長9/x:民主党の真実

まず、私は官邸記者会見がオープンでない事にホッとした。もちろん、オープンにしても良かったと思うが、公約に入れなかったのは民主党にメディア戦略があると感じていたからだ。

国民の手によって政権が変わった、新しくなった、透明性がある、期待できる、安定しているなどの政府の良いイメージを伝えるのも、伝えないのもマスコミである。未だ国民の世論は、既存(記者クラブ所属)の新聞とテレビの影響を大きく受けて形成される。

発足したばかりの政権で混乱もあり、ネガティブな案件も抱えており、会見をオープンにする事としない事へのメリット、デメリットのリスクマネージメントが官房を中心に備わっている、つまり私は、民主党が理想主義的で現実離れした素人集団ではないかと言う一抹の不安が、このことによって解消された。

外務省会見をオープンにした事は、もちろん、岡田大臣の単独行動ではなく対外的な事でもあり、国内的にはFOX-TV(政府戦略)の影響を受けて以来、マスコミは同じ論調で基本的に政府よりの報道をするようになり、その動向と反応、時間稼ぎ、一部のガス抜き、また、会見をオープンにする姿勢をみせているものと思われる。

リベラル理念からも、日本(民主党)の未来の為にも、政府はいずれタイミング(声が大きくなる、段階的に)をみて記者会見はオープンにするだろうが、この政権につく短い期間で、情報を分析し戦略を練り、支障を来たさずに判断が下されていると云うことは、官邸、官房のガバナンス(統制)がとられていると考えられる。

民主党政権が日本のあり方を変える「東アジア共同体」という大構想を掲げているが、これは、今なを続く冷戦構造の脱却と考えられる。

冷戦構造とは共産圏からの日本の防衛であるが、ソ連が崩壊した後もアメリカの国防に組み込まれ、日本各地に米軍基地が存在しており、無駄に高額な武器を買い、毎年、総額五兆円とも云われている軍事関連費を捻出し、おもいやり予算だけでも二千億円以上にものぼる。

経済においても、米国市場が大きなウエイトを占めていた為、度重なる不利な条件にも克服をし、日本経済は右肩上がりの成長を遂げていったがそれも無くなり、また、債務国であるはずの現在に至るアメリカの繁栄は、有利な経済システムを作り、基軸通貨の利を活かし米ドルを刷り続け、借金をして物を買いまくり、その金の支払いは米国債という形で日本だけで三分の一をも負担し買い支え、総額六百兆円を超え、更に、経済の安定と称して帳消しにしようとしている。

どれだけ日本人が働いても年金すら出ない仕組みである。

東アジア共同体戦略とは、市場が移りつつあり成長を期待されるアジアが世界経済の牽引役になり、共通通貨を作ることにより活性化させイニシアティイブをとり、現在の経済システム・バランスを作り変えていく事である。

中国と深い関係を構築し軍事的緊張が緩和される事により、おのずと、北朝鮮・ロシアとの関係も改善される様になり、防衛費の削減に繋がり、更に、大市場であり経済成長が見込まれるロシア・中国に日本は接しており、その先にはインドがあるという、地政学上、経済においても非常に有利な立場にある。

しかし、これは目標であって目的ではない。

真の目的は、アジアの経済圏が世界の中心となり、米国債を握る日本と中国が手を結ぶ事により、アメリカに国の存亡に係わる程の切迫感を抱かせ、日本の存在無くしては成り立たないという、アメリカ政府の共通認識にさせる事で、日本はアメリカの政治的介入・圧力を抑え、外交交渉を有利に進めることが本当の狙いである。

これが「対等な日米関係」の構築である。

2009年9月25日

鉄馬:旧今市の小1女児殺害 DNAは元県警幹部

足利事件のニュースとして、驚くべき話ではないでしょうか。

この県警幹部は、取調べも何も行われていないのか?

警察官であるというだけで不問となったのか。

もっと記者に突っ込んでほしいところです。

皆さん、どう思いますか?

毎日新聞

http://mainichi.jp/select/jiken/news/20090920ddm041040110000c.html

栃木・旧今市の小1女児殺害:DNAは元県警幹部「有力証拠」一転対象外に
 
栃木県今市市(いまいちし、現日光市)で05年12月、小学1年の吉田有希ちゃん(当時7歳)が連れ去られ、遺体が茨城県常陸大宮市の山林で見つかった事件で、栃木・茨城県警の合同捜査本部が遺体周辺から採取し、犯人特定の手掛かりになるとみていた男のDNAが、栃木県警の元捜査幹部のものだったことが捜査関係者への取材で分かった。捜査活動中に付着したとみられ、事件現場におけるDNAの取り扱い方法が問われそうだ。

捜査関係者によると、遺体やその周辺からは有希ちゃんやその家族以外の複数のDNA型が検出された。合同捜査本部は犯人特定の手掛かりになるとみて関係者らから任意で粘膜を採取し、このDNA型と照合するなどして捜査を進めてきた。

ところが今年5月、足利事件の再審請求即時抗告審で行われたDNA型の再鑑定で、被害者の着衣に付着していた体液と、無期懲役が確定し服役していた菅家利和さん(62)のDNA型が一致しないとの結果が出た。栃木県警は体液は捜査員のものだった可能性もあるとみて、当時の捜査員のDNAを採取して調査。有希ちゃん殺害事件で現場から採取されたDNAについても同様に調べたところ、一部が元捜査幹部のDNA型と一致した。

犯人特定の手掛かりになるとみられた男のDNAが事件発生から3年以上もたって捜査の対象外となったことに、捜査関係者からは「現場に残されたDNAと捜査員のDNAを迅速に照合する仕組みが必要ではないか」との声が上がる。

◇情報提供チラシ、「男」と断定やめる
 
犯人特定の手掛かりになるとみられていたDNAが栃木県警の元捜査幹部のものだったことが判明後、合同捜査本部は事件の情報提供を呼びかけるチラシやポスターから、犯人を「男」と断定する文言を削除していた。

昨年ごろまで作製されたチラシやポスターは犯人像について「冷酷で残忍な男です」とうたっていた。しかし今夏に新しく作り直したチラシなどからこの文言は削られ、現場付近で目撃された白い不審車両の情報を掲載するようになった。

ある捜査関係者は「手掛かりになるはずのDNAが元捜査幹部のものと判明し、犯人が男か断言できなくなった」とみているが、毎日新聞の取材に応じた捜査幹部は「『冷酷で残忍な男』という表現が変なので削除しただけ」と説明している。

2009年9月24日

山中閉居:出たい人でなく出したい人を

 いささか古い情報となるが、長野県のローカル紙信濃毎日新聞の記事より。

「自薦16人、他薦は約50人 長野市長選候補者民主党の公募 9月19日(土)

 任期満了に伴う長野市長選(10月18日告示、25日投開票)で、民主党長野市支部は18日、5日から行っていた候補者の公募を締め切った。同支部によると自薦は16人、他薦は約50人という。25日をめどに1人に絞り込む方針。

 同支部は、現職の鷲沢正一氏に対抗する候補の擁立を目指し、推薦などの形で公募候補を支援する考え。個別の応募者の名前は明らかにしていない。

 国政で連立政権を組む社民、国民新両党関係者も交え、近く選考に入る。ただ、北沢俊美・民主党県連代表が防衛相に就任した影響などで、最終決定は25日を過ぎる可能性もあるとしている。」

 なんと、自薦他薦合計66名が民主党の「長野市長選候補者公募」に応募したという。この数だけを見れば、なかなかめでたい話であるが、もし先の総選挙でこれほど長野県民主党が大勝利しての勢いがなければ、これだけの方々が応募したであろうか?むしろこれた応募された66名の方々に、応募の理由の中に民主党の勢いを考えていたのかを問いたいし、選考する立場の人にも同じ問いに答えてもらいたい。

 さて、この長野県民主党の動きとは別に、既に8月前から現長野市長に対する対立候補を擁立して、長野市政の今後を問いていこうという動きがあった。またこれは来年の長野県知事選挙とも深く連動する理由がある。田中康夫前知事の「県民目線の県政」から「利権型の従来の県政」へ戻した現村井県政をここで止めるためには、その県政の黒幕とも言える長野市長との対決は避けられないのである。

 前回投稿でも書いたが、長野県の民主党にはこの「田中康夫的」なものに対する敵対的な感情が存在しているようで、既に市民グループが長野市長選に対する対立候補擁立を考えている動きに対して「与しない」という姿勢があった。そして紆余曲折があり、今回の「公募」という手段を長野県民主党はとったわけだが、市民グループが擁立しようとしている人物は応募をしなかった。

 その理由は「決して民主と対決するのではなく、『市民の代表として出るから民主もいっしょにやりましょう」というスタンス』と言うことである。また、一党一派に偏すると言うことが長野市政を改革するとき、無用であるとも考えたのではないだろうか。
露骨に言い方になるが、長野県民主党の「公募」に「応募」して選挙をすれば、たとえ勝利しても長野県民主党の枠内でしか市政運営が出来ないと言うことになる。それにより、場合によっては市民グループが擁立をしようとしている人物は、現長野市長と対決ばかりでなく、長野県民主党が擁立した『公募』候補とも戦うという厳しい状態に陥ることとなる。

 特に、長野市を選挙区とする議員は、この人物が応募しなかったことで激怒しているようである。

 市民が擁立しようとしている人物に対して、普通に「いっしょにやろう」と言えば良いものを、わざわざ「公募」にして「応募」するのを待っているというのは、すごい上から目線であり、上にも書いたように民主党の枠内に押さえ込もうという考えが見え隠れしている。

 ここで私が敢えて『長野県民主党』と書いているのは、この長野市長選挙に関しては中央と長野県とでスタンスが異なっているようなので、このように書き分けをした。

 長野県民主党は25日までに『出たい人でなく出したい人』を選びきれるかどうかで、政党としての成熟度を問われる。

2009年9月18日

文闘春潮 編集長9/x:自民党の再生

国の権利が強まれば、個人の自由・権利が損なわれ、個人の権利が拡大すれば、国の権力・統治能力が弱まり、個人に責任も分配され、国の存在理由も薄らいでくる。

成熟した国になればなるほど、透明性が増し、自由や権利が個人に渡らざるをえなくなると同時に、国民一人一人のリテラシーが問われる様になる。

これは、経済も下へ流れ、文化も共有することになり、インターネット・携帯電話の普及と共に世界がフラット化する事を意味する。世界の国々は社会民主主義へと進んで行く。

では、世界経済不況の中、国民の生活は苦しくなり、また、世界的な方向性から左側に針が振れるのは当然だが、民主党も鳩派と鷹派の様に、かつての自民党と同様に日本の政治は一党で受け持っていく事になるのだろうか。日本人の国民性からその可能性も高いが、保守としての自民党の再生ははたして無いのだろうか?

基本的な対立軸を整理すると、人類の歴史は大なり小なり、いつも持っている者と持たざる者の戦いであった。単純に労働者と経営者に置き換えると、労働者は何時でも賃金を多く貰う為に権利を主張し、一方経営者は出来る限り賃金を安く抑え利益を追求し、会社の維持・拡大に努めたい、当然経団連・各団体は少しでも権利が拡大する事を望み、保守理念も個人に自由と権利が拡大すれば、国の権利が縮小し、国家国民という意識が希薄になり、纏まりを欠き、国の在り方が揺らいでいく事に懸念を感じる、国とは国民であり言語であり習慣であり郷土である。伝統、文化、日本国領土の防衛の軽視が行く行くは日本では当たり前に存在すると思われていた国の破壊へと齎される懸念である。

社会民主制という世界が向かう大きな流れの中で、保守政党が政権を担う事はもう無いのだろうか。

ほんの四、五年前はリベラルという言葉を発する事さえ恥ずかしく、時代遅れ、無知、青いというレッテルが貼られていた。保守政党の台頭は基本的に外圧を受ける場合であり、国外では対立する国、国内では移民(外国人)による諸々の社会不安であり、宗教・文化・経済・民族・領土、対立するあらゆるところに統一された国力を必要とし、国家主義的な保守性は国民一人一人に内在し自尊心に直結する。

だからと言って現在不況の中、主だった外圧も無いのに安倍政権から衆議院選挙に至り右傾向を前面に出しては、国家権力のアピールに繋がり、逆に国民は不安を感じただろう。

自民党の復活、それは民主党にヒントがある。まずは野党に転落したことを確認することだ。利権も無い、法律も通せない、議員の立場も弱い、危うい。民主党がどこまで各省庁の無駄を省けるか疑問だが、経理をみて末端まで金の流れを調べ上げ、そこで働いている人間と金の使われ方を把握するのは単純な作業だが面倒な作業でもあり、改革の為には少なからず民主党の中にも甘い汁を吸ってきた人間がいない事を願いつつ、もし、改革、無駄を省けと叫んでいた自公の政治家の秘書以下の関係する人間達まで合法的に幽霊会社の様な所で血税をむさぼっていた事があったとしたら自民党は今以上に厳しい状況になっていくが、少人数になったにせよ自民党の壮大なる歴史に時間をかけ総括をし、各対立したグループと失政(新自由主義経済による行き過ぎた金融資本主義・政官業の癒着により改革が進まなかった事)や権力闘争に終始時間を割いてしまった事を反省し、意見をすり合わせ、郵政民営化の狂権を謝罪して和解をし、既に一体となっている公明党が看板をおろす事によって合流をし(単独では力が発揮できず、リベラル陣には理念が遠く、拒否反応がある)、リベラル思考の政権では国が衰退する(対立軸が必要である)という基本的な議員一人一人の立ち位置を確認し、戦後の日本から脱却した新しい保守党としての理念の下、再結集することである。

先進国である以上、保守の政策といってもリベラル陣と大きくは変わらずグラデイションの差の様なものでしかないが、個人よりも国(組織・企業)の権利に重点をおく為、大胆な経済対策・規制緩和策が行え、現在の社会状況を踏まえれば最低限セーフティーネットを構築した上での農業を含めた強い日本経済の復活を旗印に、外国人(移民)の受け入れを大幅に緩和し(これは保守党にとって逆に有利な政策である)、逆三角形の人口比率ではどんなに経済対策を打った所で効果が持続しないどころか年金や保険も維持できず、人口減少は国の消滅を導く為、日本人倍増計画として民主党よりも強力な子宝政策を掲げ、またこれは保守党の理念にも合致し、なおかつ、リベラル陣よりも強力に推し進められる政策でもあり、大前提である日米安保の堅持を含めた三点・日本経済の復活(大胆な経済政策)・日本人倍増計画(子宝政策)・強力な安全保障(日米同盟)を政策の柱に、国民が最も怒りを覚える自民党が出来なかった血税の使われ方(医療・保険・年金・郵政を含む)の見直しには協力する姿勢を示し、個別に具体的な(まともな)政策を打ち出せば、自民党は、もともと団体・組織に重点をおいた組織選挙であった為、民主党よりも地方組織がしっかりしている上、組織に有利な政策上、反映しやすいはずであり、再度、地盤を固めていけば、次の衆議院選挙では互角に戦え、民主党が失策を犯すような事があれば選挙制度上、政権交代もありえるだろう。

山中閉居:ダムと2つの首長選挙

 選挙も終わり、間もなく民主党による「政権交代内閣」が生れると言うとき、長野県では浅川ダムの調印が行われた。

 信濃毎日新聞に載った記事を敢えて全文載せる。この新聞の記事はすぐに消滅するので、証拠として。

「県は10日、長野市の浅川上流部に計画している穴あきダムの本体工事の入札を公告、入札手続きを開始した。年度内に契約、着工し、2016年度の完成を目指す。ダム建設に反対する市民団体などは、民主党が「公共事業見直し」を掲げていることも踏まえ、入札を見合わせるよう求めていたが、県は「粛々と進めていく」(村井知事)としている。

 入札参加の資格要件は3社による共同企業体(JV)とし、価格のほか、業者からの技術提案なども加味して落札業者を決める「総合評価落札方式」とする。JVを対象に技術提案のヒアリングなども行い、11月13日に入札価格を、同16日には価格にヒアリングの結果などを加えた開札状況を公表する。
 最終的な落札者は11~12月中をめどに決定。12月または2月県会に契約議案を提出する。工期は契約日から17年3月10日までとしている。
 ダムは高さ53メートル、上部の幅165メートル。ダム本体と周辺の地すべり対策などを含む事業費は、国の補助を含め約180億円を見込む。
 浅川ダムをめぐっては、田中康夫前知事が02年6月に建設工事中止を表明。その後、06年の知事選で当選した村井知事が07年2月、治水専用の穴あきダムとして建設する方針を表明した。」

以上

 さてこの記事には書かれていないが、村井知事は「民主党も浅川ダム建設に賛成したのだから」と自信を持っている。

 考えてみれば田中康夫氏が長野県知事の時、鋭く対立したのが、この浅川ダムである。それ故に村井知事としては何が何でも建設を進めると言うことだろう。長野県民主党は、これに対してどう国政での民主党中央の考えと整合性を作るのか?中央は中央、長野は長野で我が道を邁進するのか?はっきりと態度を明確にして欲しい。県議会で形だけ反対の言をろうしても、県民は見抜くと言うことを知るべきである。

  来年は長野県知事選挙の年、また来月はこの村井県政の陰の主人が居座る長野市長の選挙の時である。

 この2つの選挙に対し、長野県民主党はどう対峙するかで真価が問われる。

2009年9月17日

武藤功:連立政権が意味するものー民主党は少数党尊重の政治革新を

 民主党、社民党、国民新党は9月9日、三党連立政権合意によって、新しい連立政権樹立の方針を示した。鳩山次期政権によって実現した画期的な政治的な出来事といっていい。これは民主党に迎合して言うのではない。むしろ、民主党に厳しい自覚をしてもらいたいために言うことである。

 なぜなら、現在の党リーダーである小沢氏と鳩山氏には、過去の政界編成時に少数政党との対応で誤りを犯した経験があるからである。とくに深刻だったのは小沢氏の場合で、1994年の院内会派更新時に日本社会党を排除したことによって、同党を羽田政権連立から離脱させてしまった。このため、自民党はその排除された社会党を抱き込み、村山首班の連立政権を作り出した。小沢氏は羽田内閣をみすみす潰す結果に導いたのである。

 鳩山氏の場合は、1996年の民主党結党時の社民党との合流に際して、ある種の選別をして民主党に入れる議員と入れない議員とに分断したことである。このため、村山富市氏らは止むを得ず民社党として残留することになった。これは自民党による政権奪取に直結した小沢氏の時と比べると罪は軽いが、政党の再編にかかわる結集論理としては、小沢氏の原理と同じ性格の問題を含んでいた。政治的な結集論理においてイデオロギーを優先させるという性格である。

 もちろん、政党はイデオロギーを基軸に作られる政治集団である。その意味では再編や連立においても政治イデオロギーが重視されるのは当然のことである。しかし同時に、政党再編や政権連立においては、一つの党派イデオロギーでは律し切れない状況への対応という問題がある。この場合、イデオロギーは「小異」となり、新たな状況への対応が「大同」となる。小異を捨てて大同に就くということが求められるゆえんである。

 今度の9日の三党合意は、この「大同団結」を意味したといえる。このプロセスにおいて重要な点は二つある。一つは民主党が選挙戦のなかでも三党共同の路線を明快に打ち出し、それを「衆議院選挙にあたっての共通政策」(8月14日)として有権者に示して選挙戦をたたかったことである。これは政権連立に有権者の意思を反映させたということにおいて、新生党が軸となった細川政権の時とも、自民党が軸となった村山政権の時とも違う重要な点である。細川政権(八党会派連立)も村山政権(自社さ連立)も、政局波乱のなかの政党連立によって一種「瓢箪の駒」のようなかたちで生み出されたが、今度は明快な「政権交代」のスローガンをかかげる鳩山氏のもと、その三党の共同を念頭において有権者が選択できる「政府像」を示してきたからである。

 もう一つ重要な点は、この政権構想を鳩山氏も小沢氏も自覚的に推進したことである。すでに指摘したように政局的結集にしろ、政党的結集にしても、そのなかにあらわれる多数派と少数派との関係を民主的に解読して統合するという課題は両氏にとって鬼門ともいうべきものであったが、小沢氏にあっては1994年の羽田政権以来の、鳩山氏にあっては1996年の民主党結成以来のそれぞれの経験と学習によって、「ニュー小沢」「ニュー鳩山」として新しい立憲的結集論を提起できる地点にまで到達していたという問題である。民主党が衆院では単独過半数を制しながら、その三党連立構想を守って先の合意に達したのはかれらの立憲的モラルの順守のあらわれとみることができる。

 それゆえ、すべての問題が始まるのは、これからであるともいえる。何しろ、今度の三党連立合意は、日本の政治が明治憲法以前の政党草創期から今日までの百数十年間において経験したことのない新しいかたちの立憲的な成果だからである。これまでも連立政権はさまざまあったが(戦後では1947年の片山政権から、昨日の自公政権まで)、しかしそれらは選挙において公約された立憲的な連立というよりも、政局がらみの離合集散の産物であって、明快なかたちで国民的な合意を基礎にしたものではなかった。これまでの連立政権問題や政局再編に「読売新聞」グループの渡辺恒雄会長や労働界の山岸連合会長、あるいは池田創価学会名誉会長らが蔭に陽にさまざまかかわったというのも、そうした非立憲的な連衡合従劇の性質をよくあらわしていた。以前の小沢氏もまたその種の再編劇を演出したり、また自ら巻き込まれたりもしてきたのである。

 今度の三党連立合意が注目されるのは、そうした過去の政治との関係だけからではない。なによりも未来の政治にかかわっている。明治以来、日本の立憲政治は自由民権運動に対する抑圧とその後の明治憲法によって制限を受け、戦後憲法下においても、連合国の占領政策とその後の米国追随の「55年体制」といわれる自民党の一党独裁的な冷戦構造型の長期政権によって健全な発展を妨げられてきた。十年前に発足した自公政権もこの「55年体制」の延長線上にあった。今度の政権交代選挙は、明治以来の官僚政治とこの「55年体制」の閉塞状況を一挙に打破し、その桎梏から政治を解放したところに最大の意義がある。

 つまり、この今日において、国民は自らの手で国民のための国民の政治(リンカーン風にいうと「人民による人民のための人民の政治」)を創造できる地点に立ったのである。この政治の「チェンジ」はオバマ氏のチェンジ以上の意味を持つ。なぜなら、明治憲法からは120年、戦後憲法からは62年目にしてはじめて国民が達成した偉業といっていいほどの意味を持っているからである。単なる二大政党間の政権交代ではない。ましてや「風」の仕業でもない。国民は長い間、それと明確には認識しなかったかもしれないが、自前の民主政治を求めてきた。新聞の論調は、今度の政権交代には「国民はワクワクしていない」というのであるが、それは表面的なところだけしか見ていないからである。その点では自民党指導部が「国民の怒りをよく理解できなかった」といっている方が正しい。戦後政治が明快な希望のビジョンを示してくれなかったから、国民が自ら希望の枠組みを描き出したのが今回の政権交代選挙である。

 したがって、その国民が示した政治の枠組みに魂を入れることができるかどうかは、民主党以下の三党の政治そのものにかかっている。その際、肝腎なのは多数派を持つ民主党が立憲的な政治のモラル(少数派の尊重)を順守することである。三党にはそれぞれの党のマニフェストと連立政権合意のなかの「政策合意」があるが、これらの実行もそう簡単ではないし、その実行に至るプロセスにおいてはさまざま軋轢も生じよう。そうした時、多数派党である民主党の自己抑制的な指導力の発揮によって、三党のそれぞれに独自な政治イデオロギーを社会の多元的で多様な価値意識と整合させるかたちで調整、統合してもらいたいものである。

 もちろん、そのためには少数派党の社民党と国民新党が大政党となった民主党に埋没させられないための正当な自主性の発揮が極めて重要になる。いまのうちから、次回の参議院選挙までの多数派工作の駒に終わるのではないかなどという心配は無用である。なぜなら、社会の多様な政策要求に応えるための立憲的な連立体制の確立という本筋のもとでの三党合意なのであるから、それを正面から受け止めることが新しい共同と連帯を創造する道だからである。

 そうした共同の政治文化を創ることが日本の民主主義にとってきわめて重要なのだ。日本の政治の貧困の最大理由は、その共同性の欠如にあったからだ。保守の側でいえば、翼賛政治的な共同しかないし、革新の側でいえば原水爆禁止運動の分裂はその象徴であろう。それゆえにこそ、政治的な共同性を創り出し発展させることができれば、世界に誇れる日本的な立憲政治のモデルを創り出することも可能となろう。三党が合意した憲法事項、つまり「平和主義」「国民主権」「基本的人権」の三原則の順守によって国民の生活を再建するという政治が開かれるのも、そこにおいてである。

 政治権力は統合にも分断にも作用するが、究極にはそれが国民主権に根差すものであることを肝に銘じた三党合意であると理解したい。禁物なのは、リーマン・ショクから丁度一年目の現在の言葉でいえば、「強欲」である。金融の世界であれ、政治の世界であれ、強欲は墓穴のもとである。民主党にとっての強欲とは、党(パーティ)とはパート(部分)なのだという自覚を忘れて300議席を超える党勢力は国民全体を代表しているのだと錯覚することである。そうした数への錯覚を持たなければ、官僚政治の地獄めぐりを経験してきたリーダーを持つ民主党には、日本の人情と国情に合った共同の民主的「友愛」政治を開くことが可能であろうし、期待できる。(文学誌「葦牙」編集長)

2009年9月13日

鉄馬:不自然な証拠 高知白バイ事件

 みなさん、時速10kmで走るバスが急ブレーキをかけたら1.2mのブレーキ痕がつくと思いますか?

 高知で民間人のバスと白バイの衝突し、白バイ隊員が亡くなるという事故がありました。

 バス運転主は停止していたバスに白バイが突っ込んできたと主張しています。
 バスに乗車していた学生と引率の先生もバスが停止していたと言っています。
 バスの後ろに止まっていた車の運転手の校長先生もバスが止まっていたと言っています。

 また、窓の外を眺めていた生徒は「バスが止まっていたら白バイが突っ込んできた」と証言し、校長先生も「止まっていたバスに白バイが突っ込んで来た」と証言しています。

 常識的に考えれば突っ込んできた白バイ隊員が悪いと思うのですが。

 これらの証言に対し高知県警は、

 バスが道路を横切って走行し白バイを跳ね飛ばした。衝突に驚いた運転手は急ブレーキをかけた。と主張しています。
 その証拠に、1.2mのブレーキ痕の写真と、バスが時速10kmで進行していたのを見たというたった1名の同僚隊員の証言を出しました。

 止まっていたのに走っていたといわれ、ブレーキをかけてもいないのにブレーキ痕がある。

 バス運転手側はブレーキ痕の捏造を疑い、そのことを裁判で主張すると「罪を逃れるためのウソ。反省が見られない」。として一審は有罪。

 二審では、目撃者の生徒と事故鑑定士が証言する準備をしていたのですが何もできず、即日結審されてしまいます。

 そして、最高裁も控訴棄却。

 1年4か月の実刑となってしまいました。現在元バス運転手の片岡さんは刑務所にいます。

■一審後、明らかになったおかしな事実

・2メートルのブレーキ痕

 テレビで放映された映像や、高知県警の写真数枚を支援者が検証したところブレーキ痕は2メートル近い長さでした。
 なんと高知県警がちゃんとブレーキ痕をチョークでなぞったものが2メートル近くあったのです。一体時速10kmで急ブレーキで2メートルのブレーキ痕ができるものでしょうか?なぜ裁判では1.2メートルまで短くなったのでしょうか。

・調書の指紋捏造

 その意図を謀りかねるのですが、検察作成の目撃生徒の調書の指紋押印が、本人のものでない事が分っています。

 その他にもおかしな事が結構あります。それらは家族、ネット支援者のブログで紹介されています。

高知白バイ事件=片岡晴彦収監中
http://littlemonky737.blog90.fc2.com/

高知に未来はあるのか?
http://kochiudon2.blog105.fc2.com/

なぜ交通事故で冤罪や捏造が?-K察&司法監視委員会
http://r110.blog31.fc2.com/

Goodbye! よらしむべし、知らしむべからず
http://c3plamo.slyip.com/blog/

きっこのブログ
http://www3.diary.ne.jp/user/338790/

高知白バイ事故=冤罪事件確定中
http://blogs.yahoo.co.jp/littlemonky737

みなさん、どう思います?

2009年9月11日

K.o:焦土に立ちて4──お互い様、敵に塩を送る。

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 メディアは世の中がひっくり返ったと言って連日民主政権について強烈報道を繰り返しているが、今回の大勝には見逃せない制度の不備がある点には、いまだつっこんだ言及は見ない。

 私は今回、落選によって職を失う議員スタッフには、彼らの身分にセフティ・ネットを構築する余地があると、提言する。

 今回民意は、大きく民主を選んだ。衆議院では、今後も民意によって議席の勢力が激変する事態が、容易に想像できる。

 過去にも落選によってたくさんの悲劇が見過ごされてきた。しかし戦前からの日本の政治史では、これらは長きに渡り、敗北のリスクとして見過ごされてきた悪習がある。

 選挙は勝てば大きく表舞台に躍り出るが、敗けた時には力も立場も失う覚悟が求められる。だからこそ候補を名乗った者は死力を尽くして選挙に向き合い、表舞台への一枚の切符を欲っしてスタッフ一丸になって、闘い抜くという論理だが、4年前を思い出して欲しい。

 民主党は60議席を自公に奪われた。あるいはその時に気がつくべきだったのだが、今回の選挙ではそれを200議席近く奪い、大量の衆院選難民を生み出した。

 議員一人に3人スタッフがつけば、生活の糧を失う人は600人近くになり、その影響を受ける家族は倍々ゲ-ムになる。

 今回の様な、途方もない市民革命はそうは無いかもしれない。しかし小選挙区制度は、このダイナミズムをシステムの中に内包しており、これを補う何らかの安

 全網の構築は健全な制度運用に不可欠ではないだろうか。

 前回民主党から60議席奪取した責任者は、民主へのスタッフの移動を、機密の面から問題視していると聞いているし、民主の側にも同じ意見があると考える。

 では、新議員の所に転職してもらわなければ、彼らの優れた才能は発揮できないのだろうか?衆参両院600人を超える議員とそのスタッフ1800人+αは、自分達の報酬をシェアして、仲間を救う事はできないのだろうか?

 では、連立与党と野党第一党、政権が交代するたびに国の方針が大きく変わる。その行動においてはある種の一貫性が重要だが、その認識を創り上げるための仕組は必要ないのか?そこに人財は必要ではないか?

 必近の例では例えば与党が、各中央官庁の各課会議に3人程度、政務方のオブザ-バ-を常時出席させ、会議の内容を傍聴するとする。

 そのオブザ-バ-は、政務官付きの政務秘書の監督下にあり、直接政権の機密に触れる事はなくても、官庁の活動を政務が傍聴できるだけで、政務側の人事考課には有益である。

 自民党のスタッフだった人でも、自分の分野の知識を有益に活用できるしこうして時間を得れば、次の仕事先も捜す幅を広げられる。

 これから政権交代が常態化してこそ、新しい民主主義のステ-ジに、私達は昇れる。

 今のままでは、「私の人生のツマズキは、衆議院議員の事務所に就職したことです。」と言われる様になり、いずれ、成り手がいなくなる。

2009年9月 8日

武藤功:静かな「市民革命」の日

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 二〇〇九年八月三十日は、夏が終わって秋の気配が漂う静かな一日であった。この日、日本は「五五年体制」といわれた事実上の自民党一党政治体制から、静かに離脱したのである。この離脱を日本的な「市民革命」と呼ぶなら、この革命はこれまでの世界のどこの国も体験したことがないような性格の革命である。一発の銃砲が響くのでもなし、断絶の壁にツルハシが打ち下ろされるのでもなかった。革命の歓呼の声一つ上がるのでもなかった。選挙の騒音は、何気ない日常的な清浄な雰囲気を残して消えた。候補者たちの当落の記憶の光景の外には涙もないし歓喜もないという雰囲気である。政治とは本来、理性的なもののはずだし、波瀾万丈ではなく日常生活をベースに営まれるものだから、この雰囲気にも納得がいくという風であった。

 翌三十一日は台風11号が接近して荒れ模様の朝となったから、昨日の平穏な印象はいっそう深まった。これが一日違いで、台風の日の総選挙となったなら、あるいは昨日の結果とは相当の開きがでたかもしれないとも思わせられた。前日の結果を「市民革命」と命名するとしても、印象としてはそのくらいの脆弱性が危惧される結果のようにも見えた。この意味では、たしかにこの政治変化を革命といってしまうことは、言葉の過剰といえる。しかし一方では、半世紀以上つづいてきた事実上の自民党の一党政治体制を瓦解させたという事実を軽視するのも正しくないという気もする。各紙は自民党の「歴史的敗北」と伝えているが、この重い歴史の事実を辿り直すと、そこに開けてくるのはまさに革命的な変革の光景である。「歴史的敗北」とは事実上の自民党政治の瓦解というにふさわしいものだからである。

 この変化を象徴するのは私の住んでいる「保守王国」とされてきた茨城の政治変化である。七つの選挙区で、民主党が五議席を占めたのである。あとの二議席のうちの一議席は無所属議員であるから、自民党は一議席ということになって、昨日までの民主党とそっくり入れ替わったのである。これはこれまでの茨城の政治事情に通じていた人には信じ難いことである。これまで、茨城の選挙状況は、民主党にとっては日立製作所の労働者が多く住む都市を中心とする選挙区で唯一の議席を守るのが精一杯であった。それが一気に五議席である。この選挙区合計の七人の得票は八一万余となり、政党別の得票の六八万余(四三パーセント)をはるかに上回る。この政党票も、自民党の四五万余(二八パーセント)を圧倒した。こうした民主党優位の事態は同じ「保守王国」とされてきた北関東ブロックの栃木、群馬にも当てはまる。これら「保守王国」が消滅したという事態は、全国的に雪崩を打つごとくに崩壊した自民党政治の基底の変化を象徴していた。

 八月二十九日までに友人たちから送られてきたファックスや電話によると、メディアが挙って予想を立てていた「民主党圧勝」は、もしその通りなら「ファッショナブル」な民意であり、小泉郵政改革選挙の裏返しであって、本質的な変革の要素は微塵もないというものであった。小泉自民党の掌に載って零れかけていた「ゼラチン市民」がそのまま民主党の掌に乗り移っただけだというわけである。

 私も半ばその説に賛成しながら、しかし同時に小泉郵政政権以来の七年間に国内外が経験した変化の波を無視することもできないという思いもあった。アメリカではブッシュ主導の共和党政権が倒れ、オバマ政権にとって代わられた。アフガン戦争とイラク戦争における錯誤の堆積、戦争死者の増大、そしてリーマン・ショックによる経済の暗転のなか、黒人大統領候補の叫ぶ「チェンジ」を受け入れざるを得なくなった。黒人大統領という前例のない事態もよしとしたのである。チェンジするしか、国を担って生きる道を見出すことができなくなったわけである。それはアメリカにとっても、肌の色という壁をこえる「もう一つの市民革命」を意味した。

 日本の戦争は、小泉の郵政改革という「政治戦争」となって行われた。自民党と公明党は大勝利のラッパを吹きならしたが、事態はラッパの方向とは逆な方へとつき進んだ。

 ブッシュが二つの戦争の初期に「勝利宣言」をした時と同様に、その後に惨憺たる状況が訪れたのである。それはブッシュにあっては「九・一一」の死者を上回る膨大な死者と巨額の財政負担をもたらし、自公政権にとっては「官から民へ」という景気のいい掛け声とは裏腹に露骨な格差社会を顕在化させたのである。膨大な労働者の切り捨てとリストラ、賃下げや労働強化、非正規雇用者の増大によるワーキング・プアの出現、そして中小零細企業の倒産や個人消費の落ち込みなどをもたらすことになった。そこに日米ともにリーマン・ショックによって追い打ちをかけられ、金融と生産の双方に瀕死の重傷を負うことになった。日本におけるその象徴が十年以上連続で三万人をこえる自殺者の出現であり、二〇〇八年末の非正規雇用解雇者たちの「年越し派遣村」の開設であった。

 小泉がブッシュ夫妻の前でいい気になってプレスリーの真似事を演じていたころには想像もできなかった事態が出現し、そのプレスリーを演じるという茶番劇がまるで惨憺たるブッシュ政治の模倣をあらわした醜態として思い返される日が来たのである。この結果、小泉自身もさっさと政界から引退してしまい、小泉戦争(郵政選挙)に出兵した市民たちもまたその自公陣営の塹壕から素早く撤兵することを決断した。

 この撤退光景のなかで無残だったのは、公明党だけが一人政権にしがみつくかたちで自公政権の塹壕に残留したことである。ブッシュでさえ、イラク戦争について「最大の後悔」を表明していたのに、自民党に追随して支持したイラク戦争について、ただ一言の反省もない「平和の党」の厚顔無恥が国民に受け入れられるはずもなかった。案の定、太田代表以下北側幹事長、冬柴前幹事長などの中心幹部が落選し、小選挙区の全八議席を消滅させて合計十議席も減らして惨敗した。これは自民党の敗北にも劣らない惨敗といえる。

 都議選では糊塗できた政治の無反省も、国政選挙では通用しなかったのである。創価学会の膨張も、公明党の誕生も、「五五年体制」の閉塞情況が生み出した宗教的、政治的異端といえたが、両者はそれを自民党的な政権の正統によって覆い隠そうとしてきたといえるが、それが通用しなくなったのである。その茶番が破綻したのである。

 ついでに、共産党と社民党についても一言するなら、かれらが「二大政党」の波間に埋没しないで、どうにか現状を維持することができたことは、日本の民主主義が最低のところで機能したことを意味する。両党は戦前からの長い歴史において日本の民主主義の苦闘のシンボルであったが、それを戦後社会において性格づけすることには失敗してきた。一時は両党とも、共産党にあっては宮本時代の「倍々ゲーム」によって、社民党にあっては日本社会党時代の「土井旋風」によって新たな再生を示したかに見えたが、国民的な基盤の形成には至らなかった。それが共産党にあっては小選挙区ゼロであり、社民党にあっては比例区四議席という結果が示していることである。それでも、この両党が確保した十六議席は日本の民主主義の底辺として民主党による「市民革命」の成就に「建設的」(この建設的ということが民主党の非民主的な行動にたいしては「破壊的」な役割を果たすということを認識しているという前提において)な影響を与える可能性は残されている。

 いずれにしろ、国民の方はこの出直し「政権選挙」によって、諸政党より一足先にかれらの「市民革命」へ選択の賽を投げた。ここに「ファッシナブル」で「ポピュリズム」的な選択の要素があるとしても、格好のいい「ファッション」とも確たる根拠のある「ポピュリズム」とも違う、苦みと生活の傷みのある政治反省をともなう選択であったことにおいて、鳩山由紀夫氏ふうにいうと生活者の実感にもとづく「革命的」といえる選択であったともいえる。国民的な熱狂の気配がなかった分、そしては鳩山代表という非カリスマ的で良識的な党首であることによって余計な心配(ファシズムへの民衆暴走)もしなくてすみそうである。それゆえ、「友愛」の政治をかかげる鳩山式のブルジョア民主主義の推進によって新しい「市民革命」の成就への可能性も見えてくる。

 しかし、その可能性のためには、市民と民主党の双方が以下の難解な四つの構造的な問いにこたえていかなければならない。

 一つは言うまでもなく、その「市民革命」的な大勝利をもたらした国民的な構造的要因としての政治的主体の強度の問題である。それが「自公が駄目だから民主にやらせてみたら」という程度であれば、それは泥壁のごとく崩壊する日の早いのは目に見えていよう。市民はその崩壊を防ぐために自らの政治主体にどのような鉄筋を通すことができるか。政治家たちが連発している「国民主権」という言葉に魂を入れるのはかれら政治家ではなく自分自身だということを国民がどれほど日々の生活のなかで自覚し実践できるか。

 二つは、まだ不安定な「ゼラチン」型の市民から強固な「ブロック」型の市民へと脱皮しえないでいる多くの支持者を前にして、民主党自身の政党の強度をどう高めていくことができるかということである。かつての「小泉チルドレン」と見合うかたちで「小沢チルドレン」といわれる数十人の玉石混淆の新人議員が参加してくるなかで、かれらを統一的で自覚的な政権政党に束ね、海千山千の官僚たちと闘う新しい立憲的な民主政治の体制をどう作り出すことができるか。政党による民主主義の体現なくして脱官僚の政治を実現することもできないし、自らの民主的な立憲的統治を実現することもできない。まして、小沢氏の言う明治以来の「官僚政治の打破」はさらにできない。

 三つは、ポスト東西冷戦の世界構造に見合った国内政治体制をつくることができずにきた「五五年体制」に代わって、その閉鎖的な政治から国民を解放する新しい政治をどう創るかという問題である。この課題こそ、「五五年体制」が生み出した巨大な「官僚党」というもう一つの与党を解体させる事業を含むものであり、小沢氏十七年の曲折と学習によってはじめて正面に見据えることができた問題である。この「政官財」癒着の政治を代行してきた官僚党を解体するためには、単なる政治主導をこえる政治力学が必要であり、それは主としてグローバル経済の元締めである「財」とグローバル軍事を主導している「米国」への対応が必要としている力学である。少なくとも、その対応を官僚任せにしてきた現状から脱却し、自らの政治主導で行うことから始めなければならない。この点では、オバマのチェンジが世界の各国に対して超越的に唱えられたのとは趣を異にし、鳩山のチェンジはオバマ政権にも及ぶことを自覚しておかなければならない。

 四つには、前項の「三」の内実となる「市民革命」の探究の問題であるが、国民的な戦後解放の政治ということからも、二つの戦後象徴としての「沖縄米軍基地」と「北方領土」への切り込みが不可避となる。これは「五五年体制」がほとんど手も足もでないかたちで積み残してきた課題であり、官僚政治の無能力と無責任を絵に描いてきた問題である。そしてこれこそ、冷戦構造が刻印された「違法な事態を合法として処理する」インプニティといわれる事態そのものであり、この因縁浅からぬ米ロ二大大国の欺瞞と不法からわが身を切り離すための不可避の課題である。ここにこそ、小沢氏の言う「普通の国」への脱皮がある。

 この意味での「普通の国」へ脱皮ができてはじめて日本の「市民革命」が達成できるといえる。それだけに容易なことではない。マッカーサーから「きみたちは十二歳の少年だ」として徹底して教えこまれてきた民主主義を、今度は成人し熟年期をこえた日本が当のアメリカにたいして教えなければならないからである。つまり、冷戦構造下同様に沖縄に膨大な軍事基地を押し付けている事態は日本にとってあまりに過度な負担を強いることになり、この軍事的な頸木から沖縄住民を解放することが日本の民主主義にとって不可欠だとといことを理解させなければならない。いわば、安保条約の抜本的見直しである。

 一方のロシアに対しても、不法な四島占拠はスターリン主義的な侵略行為の継続を意味するものであるとの国民的認識を提示し、国連や国際社会にも訴えて強力な交渉を展開しなければならない。ポーランドでは、ナチズムと結んだ独ソ不可侵条約をテコに、ポーランドに対する独ソの分割政策が実行された事態に対する検証を提起し、旧ソ連赤軍による「カチンの森」の虐殺事件やポーランド侵攻時の住民抑圧の惨劇を告発しているが、日本の「北方四島」についても、その種の歴史的不当性について世界に公開していくことが必要であろう。旧ソ連の戦後処理としての不法事態を解消するためには、ロシアの顔色を窺いながらの交渉のテクニックだけでは進展をはかることは不可能であろう。

 これらの戦後課題の解決の問題からいえば、今度の選挙による「市民革命」は序の口であるが、要は東西対立構造によって南北の両端から日本を締め上げることになった「冷戦の壁」(「ベルリンの壁」を上回る強固ものである)を打ち砕くところまで前進できるかどうかである。最近の鳩山論文の「ニューヨーク・タイムズ」(電子版)への要約転載論文への米政府高官や米国メディアの反応を見ると、その理解の幼稚さや独善性にあきれてしまうほどであるが、こうした事態を見ると、米国に対する民主主義の再教育はなかなか容易ではない。日本にとっては、このこと一つ取っても「朝日新聞」がいうような「脱米入亜」など望むべくもない事態であることを自覚しておかなければならない。沖縄問題など戦後処理の積み残しのままの「脱米」など幻想にすぎないであろう。

 それゆえ、今回の総選挙の結果には、先に示したように内外にわたるさまざまな課題が集中して提起されているといえるのだ。国民自身の立場からいえば、民主党支持における政治的自立にかかわる課題、民主党の立場からは自身の政党的な結束と展望にかかわる課題、政治の課題としては官僚政治から立憲政治へという行政民主化の再構築という課題、冷戦構造の解消という国際的な政治にかかわる課題などである。いずれも難問ばかりであるが、まずは民主党のリーダーたちが四の難問に至る前段の三つの問題の相関関係をよく自覚してリーダーシップを発揮することが必要であろう。政党の能力とはこのリーダーのリーダーシップ能力と同義語であるといっていい。かれらが党(部分)の判断を国民(全体)の判断から遊離させないことはもちろんだが、さまざまなかたちで避け難い党(部分)の欠陥を国民(全体)に転嫁しないで常に自己の責任において解明することによって、国民へフィードバックしていくような政治スタイルのもとにリーダーシップを発揮してもらいたいものである。

 「党首力」などという言葉がはやっているが、それは「国民力」との紙一重のところにしかできないものであり作用もしないということを肝に銘じておかなければならない。小泉はもとよりブッシュも麻生もその紙一重の隔たりをよく理解しなかったために、その「党首力」の認識を誤って政治を国民から遊離させてしまった。この点、鳩山代表や小沢新幹事長には、党(部分)の利害を国民(全体)に優位させない感覚こそが必要であろう。

 しかし、この問題は簡単なようで簡単ではない。鳩山代表は、三十日の夜、民主党が大躍進するニュースを背景にメディア・インタビューに応じたが、そのなかで国民の生活の問題に触れ、何回も「お暮らし」という言葉を使った。育ちのいい同氏には「お」のつく言葉は自然なものなのであろうが、国民生活の暮らし、小沢氏のいう「国民の生活が第一」という政治課題からいえば、もはやその種の上品な生活としての「お暮らし」が破壊されてしまったところに現実的な問題があり、それゆえに民主党への変革も望んだのであるから、その生活の感覚こそ国民に近づけなければならない。ところが、実生活のなかでの苦労をあまりよく知らないらしい鳩山氏には、その生活の苦境にある国民に見合う言語感覚で政治を語ることができなかった。

 この鳩山インタビューを一緒にテレビで見ていた我が家の女房は、「お暮らしなんて、笑っちゃうね」と不満顔であった。「お暮らし」のために一票を投じたのではないよという顔である。これは総中流といわれてきた生活から脱落した国民の圧倒的多数が持った言語的な違和感であったろう。つまり、政治とは言葉なのだ。この点、「宇宙人」といわれた鳩山氏は早く地上人となって国民的な俗塵にまみれるなかから現実的な「友愛」の政治を拓いていかなければならない。「甘さ」は政治を壊わしたり軟弱にしたりするものとなることはっても、決して新しい政治を創造するものとはならない。

 この「甘さ」ということでは、民主党は比例区への候補者擁立で甘い対応をしたことによって、近畿比例区でみすみす三議席を失う羽目になった。しかもそれは当面の悪政の相手方である自民党に二議席、公明党に一議席というオウン・ゴールの「棚ぼた」を献上する結果となったのである。魯迅ふうにいえば、「ドブに落ちた犬」は打つべきなのに、テキに塩を送るどころか、議席までくれてやることになった。当の民主党にして、それほどの多くの有権者の期待が集まるとは思わなかったのであろうが、三議席といえば近畿比例区ではどんなに少なく見ても八十万票にはなる票数であることを考えると、みすみすそれだけの国民的な期待と意思を無にしてしまったことにおいて、大きな反省が必要である。

 国民新党など、あれだけ頑張っても三議席しか得ることができなかったのだ。この意味で、国民の一票は、「血税」という言葉にならっていえば、思い万感のこもる「血票」なのだ。単なる「マニフェスト」への一票ではない。つまり、それが「市民革命」を起こす原点なのである。この革命的な原点を忘れるなら、民主党が「市民革命」の党となることができないのは明らかである。

 この意味において、真の「市民革命」への道が民主党によって近くなるか、それとも遠いままであるかについては、いましばらく見極めが必要であろう。

(文学「葦牙」の会編集長)

2009年9月 4日

麻生首相が会見でイヤミ連発 そもそも「ぶら下がり」は必要なの?

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 衆院選で惨敗した麻生首相は2日夜、選挙後はじめて官邸の「ぶら下がり取材」に応じたが、記者の質問にイヤミを連発したことで話題となっている。

 会見では、政権移行に関する記者の質問に、「スムーズに移行できるように、なるべく協力するように。各省庁に連絡するように。話しましたよ。その通り官房長官、言わなかった?」と逆質問の回答。記者が「おっしゃってますけれども・・」と返答すると、「ああ、ウラ取ってるわけ。ああ、そうかね。ああ。記者としてまともですよ。ウラ取ろうという心掛けは。普段取らずに書いてるけど。ねえ。取ろうという心掛けが大切」と、首相就任時からマスコミに批判され続けた恨みをここぞとばかりに吐き出した。

 ただ、麻生首相の回答内容は別にして、実は現状の「ぶら下がり」は政界事情通の間では「廃止すべき」との意見も多い。

 そもそも、一国のリーダーであり、国家機密を握る首相に対して1日2回も「ぶら下がり取材」を行うこと自体が世界に類を見ない異様な取材形態であり、問題の対処が整理できていないうちに記者会見に応じることは、国民の不信を招くことにつながる。だが、そういった意見が多いにもかかわらずこの慣習が続いているのは、「ぶら下がり」が取材をしない記者にとって記事を書くための絶好のネタの拾い場(失言を誘うためのネタの作り場でもある)であるためで、記者クラブのみに許された特権だからだ。

 政権交代が実現したことで、民主党の鳩山代表もこういった取材に応じるよう記者クラブからの圧力が高まることは間違いない。だが、すでに党内からは「首相の公式会見を1週間に1回行うことにして、毎日のぶら下がりは廃止すべき」との意見も出ている。

 さて、ここで読者にみなさんにお尋ねしたい。1日2回の「首相ぶら下がり」は、今後も必要? それとも廃止すべき? ご意見をお寄せください。

【ぶら下がりテキスト全文】
「党のことを聞く相手は幹事長。総裁ではない」2日夜(産経)
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/090902/plc0909022100008-n1.htm

M. Kotani:柏崎刈羽原発再開の意義を改めて問う

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 2007年7月に発生した新潟県中越沖地震により世界最大出力を誇る柏崎刈羽原発が脆くもすべて停止状態に陥ったことは記憶に新しい。活断層に関する信頼できぬ評価解析のもとで稼動してきた原発がやはり地震災害にあった。今までの国の原子力安全委員会、原子力安全保安院の耐震基準、安全のお墨付きは何だったのか。みっともない責任逃れの常套言葉「想定外」が使われ、いつもの通り責任は有耶無耶である。安全性に問題ありと多くの識者、国民から指摘される中で、発電設備の更改、耐震補強工事等々を進め原発運転再開云々までに再び至っている。この間、バックアップの火力発電所を運転させ、燃料費高騰下での原油消費ならびに膨大な量の炭酸ガス排出をもたらすと同時に東京電力の経営にも甚大な影響を及ぼした。この状況を目の当たりにし、国民の一人として実に理解に苦しむことが多い。

 東京電力柏崎刈羽原発1号機から7号機までの総出力は約821万kWである。稼働率は約70%であるため、実際の稼動出力は約575万kWとなる。一方、東京電力管内の水力発電の総出力は約852万kWである。すなわち、柏崎刈羽原発1号機から7号機全てが停止したとき、東京電力管内の水力発電設備を約67%で稼動させれば代替できることがわかる。地震災害前の水力発電の稼動率が約20%であることを考慮すると、東京電力管内の水力発電設備の稼働率を約87%にすれば、柏崎刈羽原発および火力発電所を稼動させずとも、東京電力の需給はバランスし何ら支障は来さない。

 原発の代替と称してバックアップの火力発電所をわざわざ稼動させ、火力発電用の燃料消費ならびに不足する電力と称して外部から電力を購入するという硬直化した電力会社の発電事業経営の実態には只々呆れかえるばかりである。このような理不尽な経営が行えるのも国の護送船団による独占電力事業の所以である。独占弊害の影響を国民は直接、間接に受けているのである。なぜ、炭酸ガス排出量が最も少ない既存の水力発電設備稼働率を低く抑え続け、眠らせているのか。これは歴とした株主に対する背信行為でもあろう。ひとたび、水力発電の設備稼働率を増大させると、原発の存在意義そのものが脆くも崩れ去る重大事が白日の下にさらされることになり、これだけは避けたいという国と電力会社の本音が透けて見える。原発がいかに不要で、無駄で、危険性も明確となっている中で、国民合意形成等もあり得るはずもなく、責任所在も不明確のまま、とにかく原発による利益を得るため、組織エゴとして原子力発電を黙々と運転し続けるという誠に道にはずれた由々しきことが続けられている。まさに狂っているとしかいいようがない。原発事業は悪行三昧の無法地帯と化している。

 以上、半ば国策の原発事業はあまりにも道理に合わぬことが多過ぎる。このような事態に至った理由としては以下の事が考えられる。長く続き過ぎた自民党政権の中で、だらしなく、能力不十分の政治家を相手にする公僕官僚はいつしか政治家を裏でバカにし、本末転倒の省庁権益優先の政策形成に現を抜かすようになった。また明治以来、政治主導でなく公僕官僚主導のもとで官と業の癒着の政策形成が日常茶飯事となり、主権国民の意向を無視してきた。国民には電気供給というめくらましを使い、政官業癒着のもとで、原発を非核3原則の事実上のなし崩しの不可欠要具として偏重保護してきたことは紛れもない事実である。

 政策の見直しも無く、責任の所在も不明朗で、結論ありきの原発政策一つを取ってみても明らかなように、長きにわたる官僚主導で力量なき政治家集団による政権がいかなる事態を国民にもたらすかをここ50年近く、否という程、十分に学んだはずである。

 政権交代後の民主党連立政権は持続可能なエネルギー政策をはじめ山積する多くの諸問題に対し政治主導で主権国民の意向を、市民参加ならびに合意形成を含めて、是々非々で旧来からのしがらみなく、どのように反映させていく体制を新たに構築するのか、注意深く見守りたい。

2009年9月 3日

湯原幸彦:「天下りをなくせ!」だけでは問題は解決しない

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 「天下りをなくせ」だけでは問題は解決しません。

 各省庁の官僚の天下りは政官民癒着の腐敗要因一つとなっており、国税の無駄経費の温床であります。だから天下りは禁止せねばなりません。しかしながら、現在の諸官庁任用制度は入省年次が人事の優先事項となっていまして、ポストに限りがあるため、民間と比べ、かなり早い50歳代での転出が実態であります。

 天下りに代わる方法は、退職して自ら起業するか、自ら交渉して行き先を探すか、ハローワークに通って職を探すか、各省庁が特別職を用意して60歳位まで働いてもらう等の選択種が考えられます。最後の選択種は国が特別職を用意する方式で、税金で保証する仕組みとなるため、年収は現役時代から下がり、約半分程度が妥当なところでしょうか。

 すでに歪みが顕在化しています。独立行政法人(独法)への天下りを無くしたように見せるため、民間人を独法に送り込み、その代わり、官僚が民間に天下るいわゆるバーター取引が始まっています。これではまたもや民間とのズブズブの癒着が絶えなくなります。もっとも、現存独法の中にも明らかに天下り先のために設立されたものもあり、誠に不要なものと判断されるものも散見され、これはこれで廃止含めて別途検討が必要と思います。

 国が公務員制度改革の中で官僚の人事問題の決着をつけるべきですが、官僚の抵抗が強く、結局頓挫し、解決に至っておりませず、中途半端で、抜け穴だらけであります。政官ズブズブの旧自民党政権のもとでやろうとしましたが、できっこないことは始めからわかっていました。

 やはり政権交代した民主党政権なら官僚主導から政治家主導のもとで人事制度改革は実行出来るのではないでしょうか。鉄は熱いうちにと申します。次から次へと矢継ぎ早に実施していただきたいものです。第3者検討機関を設けられ、利用されるのも一方かもしれません。いずれにしましても、長年の懸案問題であり、毎年の膨大な無駄出費をなくす上からも早期に実施する必要に迫られているように思います。

2009年9月 2日

吉田巌:第3者による司法組織のチェック制度導入

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 民主党中心の連立政権に早々に導入検討をお願いしたいことが一つあります。それは、先刻ご承知の通り、警察、検察、裁判所等の司法組織が制度疲労を起こしており、明らかにおかしくなっていることである。どこの組織にも良識派はいるのものだが、「やましき沈黙」ではないがこれに近いことが起きていることは紛れもない事実である。すでに放置されてきたため、とんでも無いことが次から次へと起きている。上層部が腐敗していれば下部組織に属するものは鋭く感じるため、いくら良き訓示を垂れようが、綱紀粛清しようが所詮、馬の耳に念仏、士気が緩むのは当然である。昨今の次から次へと起こる警察、検察、裁判所不祥事がこれを端的に物語っている。

 自民党政権が半世紀以上続き、政官業が癒着により腐敗したように、同様に司法組織も好き勝手し放題で、司法にありながら、無法地帯化し、腐敗が現実のものとなっている。これは司法組織が聖域化し、実質上、だれも意味あるチェックをしてこなかったためである。これまで表沙汰になった裏金問題など氷山の一角である。あげくの果てには、国民から見ても明らかに不公正で、おかしいと思えることが起きる。それは、政権党の思惑と無法地帯化した司法組織保全のためには総理大臣などなられたら甚だ都合が悪いと判断した検察官僚の思惑が一致したことによる小沢秘書逮捕という言わばでっちあげである。

 本来、メディアのジャーナリズムが正しく機能していればかなり改善されるのだが、現在のメディアはもはや断末魔の様相を呈しており、悪しき検察記者クラブを介し、司法の手先と化している。これではもはやメディアの存在意義はすでに消失している。

 もう一度、原点の戻り、直接、「第3者による司法組織のチェック制度」の新設を提案したい。検察審査会はあくまで個別案件に対するものである。これまでの長きにわたる自民党政権下での霞ヶ関の各省庁による約数百兆円では済まされない莫大な無駄金の使い道と同様に、司法の悪行の実態を民主党中心の連立政権下で白日の下にさらさないと、霞ヶ関の組織の自己改革など期待できない。

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日本語の「ヨロン」という言葉には「世論」と「輿論」という2種類の漢字があります。実は、この2つの言葉は大きく意味が異なっていて、「世論(セロンとも読みます)」とは「感情的な世間の空気」のことで、「輿論」とは「議論を積み重ねてできあがった公的意見」のことを指します。《よろんず》が目指すものは後者の「ヨロン=輿論」をつくることであり、そのために、《よろんず》では情報のプロ・アマに関係なく自由闊達に議論を交わすための場所を提供します。メディアの調査で発表される「ヨロン=世論」とは違う真の「ヨロン」をつくるため、執筆者・出演者・読者のみなさんに、この新しい“知の共有空間”に参加いただけるよう呼びかけます。

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