Calendar

2009年8月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          

Recent Comments

« 豊後の小兵衛:総選挙に向けて
メイン
自民党の真のマニフェストは民主党への誹謗中傷ビラだった! »

豊後の小兵衛:ことばを失った日本人(4)

 さても、時季外れではあるが、新聞・テレビで日食、日食と大騒ぎだった。しかし「日蝕」が正しい。それも、皆既日食ではなく、「皆既日蝕」である。この括弧括りをVistaで見ると私の意図通りに表記されるが、XPでも新フォントに置き換えられていないマシンは、略字体でしか表示されない。

 前回、「WindowsXPからVistaに変わるなかで、字体が変わるものが多くあることを確かめよう」と書き、それを検証すべきと思案したが、現在のネットとPCの環境では不可であり、恥ずかしながらの路線変更である。ただ、WEB上にはJIS2004として多様な情報があり、それを参照していただくことで代替したい。結論として、「日蝕」や「皆既」など、多くの正漢字が標準で表示・印刷できるようになった。
 一例として、再三登場した「阿辻哲次先生」の「辻」は、皆さんのディスプレイ上では一点之繞になっているはずだが、メモ帳などに貼り付けて見て頂く(Vistaは標準、XPは新フォントに置換えが済んだもの)と二点之繞になる。阿辻先生が文化審議会の委員だから「辻」だけを正漢字に戻したのではなく、「多くの漢字に書体変更がある」とだけここには記しておきたい。

 さて私の手元に、明治10年8月29日版権免許と奥付に記された「小學習字本」全8冊揃いがあるが、その題名どおり、当時の尋常小學生のための習字手本である。發兌所(発行所)には東京の回春堂を筆頭に京都・鳩居堂などの7社の老舗が並んでいるが、見開きには「文部省編纂拔萃」とあることから、本邦初の国定教科書と思われる。
 著者は「修史館一等編修官兼宮内省文學御用掛 従五位 長苂(草冠に火)公書」とあり、この人は大分県日田市天瀬町(旧日田郡天瀬町)出身の長三洲である。幼少期には咸宜園で学び、後に官軍の奇兵隊に入り、大学少丞、文部大丞、教部大丞、文部省学務局長、侍読、宮内省の文字御用掛などを歴任した人でもある。(詳細は(http://ja.wikipedia.org/wiki/長三洲)を参照)
 またも前置きが長くなったが、序文には「三洲長先生書名甲於天下為世・・・・・」と漢文が記されていて、この教科書を現在に置き換えるなら、小学1年生から中学3年生が使うことになるが、今では書の専門家でないとその読み下しすら難しい。題字は順を追って書くと、一・三條實美、二・岩倉具視、三・木戸孝允、四・大久保利通、五・伊藤博文、六・土方久元、七・野村素介と並び、いずれも明治の元勲である。
 でなにが言いたいか、もう諸兄には落が見えたと思うが、明治維新を成し遂げた先人たちは、くそ難しい「国語」を学んで欲しいと考えていたことの証ではないだろうか。
 ことばは時代とともに変化する、それはどんな公権力をもってしても止めることはできない。しかし、その公権力で国語力を貶めたのが明治中期以降の「国語教育」であり、昭和20年にはその命脈が断たれて今日がある。平均的な大学生ですら、森鷗外、夏目漱石の原文が読めないのを、はたして「普通の国」とか「先進国」といえるだろうか。
 読売新聞の正漢字書きは「讀賣新聞」だが、「読売」を流布したのは新聞社であり、それを後押しして、漢字学者から「誤字」と指摘される事態を招いたのは当時の通産省である。
 このJIS漢字コードも、規格が制定された年によって、漢字の形に大きなちがいがあるという点が問題もある。平成12年当時のWindowsで入力した「森鷗外」をそのまま印刷すると「森躾外」になる。ところが昭和53年のJISでは「鷗」となっていて、昭和58年のJIS改訂で「鴎」と改めた。
 「躾」と「鷗」が入れ替わるのは、その後割り振るJISコードを変更したからである。
 とここまでは国内問題で済んだが、初期のJIS規格には一部不備があり、マイクロソフトがShiftJISなる独自の規格を搭載したころから余計ややこしくなった。
 以下関連資料:漢字制限による「同音の漢字による書き換え例」の拔萃(昭和31年7月5日発表「国語審議会の建議と報告」より)

愛慾→愛欲、闇夜→暗夜、意嚮→意向、慰藉料→慰謝料、遺蹟→遺跡、叡智→英知、叡才→英才、恩誼→恩義、恢復→回復、火焔→火炎、劃期的→画期的、肝腎→肝心、徽章→記章、饗応→供応、魚撈→魚労、燻製→薫製、下尅上→下克上、元兇→元凶、交叉→交差、涸渇→枯渇、坐礁→座礁、撒布→散布、屍体→死体、七顛八倒→七転八倒、終熄→終息、蒸溜→蒸留、訊問→尋問、尖端→先端、戦歿→戦沒、象嵌→象眼、褪色→退色、颱風→台風、歎願→嘆願、智慧→知恵、長篇→長編、顛覆→転覆、倒潰→倒壊、曝露→暴露、叛逆→反逆、蕃殖→繁殖、叛乱→反乱、筆蹟→筆跡、辺疆→辺境、編輯→編集、繃帯→包帯、輔導→補導、摸索→模索、熔岩→溶岩、輿論→世論、諒解→了解、煉炭→練炭などなど。

 何とか意味が通じるものの見苦しい書替え例、語源から大きく離れその出自さへ不明となる書替え例など、およそ国語の専門家が例示したとは思えない書き換え例もあるが、「そんなこたぁ、どうでもいい」が世情の大勢なのだろうか。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.the-journal.jp/mt/mt-tb.cgi/5346

コメント (15)

■コメント投稿について編集部からのお願い

《THE JOURNAL》では、今後もこのコミュニティーを維持・発展させていくため、コメント投稿にルールを設けています。はじめて投稿される方は、投稿の前に下記のリンクの内容を必ずご確認ください。

http://www.the-journal.jp/contents/info/2009/07/post_31.html

ご理解・ご協力のほどよろしくお願いいたします。

言葉を丁寧に扱う方だと、敬服します。
指摘されている言語だけでなく地名も、だんだんと不思議な地名に変わってきているのではないでしょうか。

昔、大糸線に「信濃四谷」という駅がありましたが(記憶では「ッ」が入っていたかも知れません)スキー客の増大に合わせて国鉄が駅名を「しろうま」と言う漢字名の駅に変えました。
この「しろうま」は春先に残雪と岩との調和で出来た「雪型」を地元の人々が農事暦として使っていた「しろうま」から生れた呼び名でした。

先ほどから何故「しろうま」と書いているかは、豊後の小兵衛様ならお分かりでしょうが、これも大きな書き換えがあるのです。

本来、「しろうま」は残雪が白く輝く中で早くから雪が溶けた岩肌が「ウマ」のように見え、それの出現を持って水田の代掻きを始める合図としたことから、呼ばれた名前です。

つまり「しろうま」は「代馬」で、雪型も黒い岩肌により作られたウマの姿。

それが国鉄などの宣伝から「白馬」のイメージに変えられ、「白馬」に名称が変わる。

呼び方も「しろうま」から「はくば」へとかわる。
今では村名も「白馬村」(はくばむら)と変遷してしまいました。

この方が観光政策的にはイメージがよいのだろうが、その地名の本質をなくす行為であり、歴史的にも困った行為であると思っております。

地名は、その土地の人々の営為の歴史であり、信仰の残渣であり、先祖の血脈でもあると信じています。
地名が改変されると言うことはその土地の歴史が抹殺されることを意味します。

言語もまた、数千年まで行かなくとも数百年の人々の思想・営為の賜であり、それを便利さだけで改変するという行為は本来避けるべき事と思っております。

言語も地名もその歴史背景抜きには語られないものであり、いたずらに便利さ合理性だけで改変すると言うことは、先祖の歩んできた歴史の抹殺に繋がり、土地に対する誇りを失う行為と考えております。

豊後の小兵衛様のように体系立てて論じることは出来ませんが、以上のように私は考えます。

 丁寧に調べておられることには敬服いたします。ただ、カナモジカイに代表されるような、多数の漢字を使うことが不合理だとする考え方が一定の発言力をも持つ中でどのような変遷を辿ったかという点を考慮しないと、問題の全体が見えないと思います。
 さらに言えば日本ではワープロ・パソコンが「間に合った」おかげで、知的生産性を主張する人たちがカナモジカイに同調しなくなったことや、すでにワープロがあったにもかかわらず韓国が漢字を捨てたことも視野に入れて考えたい。
 韓国のことを考え始めると、漢字の問題は日本の国内問題ではなく、東アジアにおける漢字文化の流れについて、日本人が今後どのように関与するかという視点が必要になります。
 簡体字を導入した中国と、繁体字を使い続ける台湾。(台灣、でしたっけ?)さらに言えば、ベトナムが漢字からアルファベットに切り替えた経緯なども興味深いところです。

 ユニコードを決める国際会議で、各国に割り当てるコードの数(各国の文字の数)を議論していたところ、台湾代表が康熙事典を論拠に10万字分をよこせと主張して紛糾したというエピソードも聞いたことがあります。
 台湾だけが原因ではありませんが、ユニコードは3バイト(単純計算で1677万文字)になりましたよね。

 とりとめもなく思いつくところを書きましたが、漢字文かを考える際には、日本ではなく東アジア漢字文化圏の視点に立脚すべきだと私は考えます。

はい。
「そんなこたぁ、どうでもいい」です。

はっきりいって,漢字をふやしたり,字体のこまかい差をみんなに おしつけられるほうが迷惑です。そういうのは趣味でやってください。

日本じゅうの ひらがなが,そば屋の のれんのようになったら,みんな反対するでしょう。変体がなが なくなって,おなじオトが おなじ字で かけるようになったということが,どれほど大事なことなのかをかんがえてください。漢字についても おなじです。そうでなくても,漢字の音訓は合理的でもなければ規則的でもないのに,字体の こまかい差まで うるさく いわれたら,ほとんどの ひとは ついていけなくなります。1677万文字も つかわなければ かきあらわすことのできない文化って,なんなのでしょうか。すくない文字と平易な ことばで あらわすことが できない文化が あるがごときに ありがたがっている ひとは,自分の表現力のなさをごまかしているだけではないでしょうか。

豊後の小兵衛さま

「同音の漢字による書き換え例」を見て懐かしい気持ちになりました。当用漢字の時代に育ったとはいえ私が子供時代にはまだまだいわゆる「書き換え前」の漢字を目にする機会が多かったような気がします。夏目漱石の原文といえば、たまたま漱石全集の初版本が実家にあったので中学生の頃何となく手にしていましたが、今にして思うとその年頃というのは不思議なもので読めない漢字があってもそれほどストレスにもならずに読み進むものなんですね。どこまで理解できていたのかは覚えていませんが・・確かに「書き換え」前の古い漢字の奥深さは一目瞭然で、日本語のそれと表裏一体であることは間違いありません。私の世代は読むことはできても書けない世代ですが、もっと若い世代の人達は「書き換え」後の漢字が自然なのでしょう。最初から馴染みがなければ古い漢字に対する感性は当然育ちません。そうなると戦前の文学作品は完全に古典と考えたほうがいいのでしょうか。漢字の簡略化に伴って齋藤→斉藤、渡邊→渡辺、濱田→浜田と名前まで書き換えるのはさすがに失礼かと思いますがどうでしょう。

タイトルに「ことばを失った日本人」とありますが、もともと何割の人が難しい漢字まで読み書きできたのでしょうか?
日本人の多くが、難しい漢字まで読み書きできていた時代はいつでしょう?明治?大正?昭和?
教育方針じゃなく、実際、読み書きできたんでしょうか?
私もテレビで「ねつ造」とか見ると全部漢字で書けと思いますけど、「日本人」をタイトルに掲げたこの連載には、ちょっと引っかかります。
よく、武士道が持ち出されるとき、まるで日本人のほとんどが昔は武士だったみたいな言い方されるのが気になるんですけど、そんな感じです。
それと、「・・・なのを、はたして「普通の国」とか「先進国」といえるだろうか。」という言い方も私にとってはNGワードです。これを言われると、反射的に疑っちゃいます。

山中さん

 「しろうま」のこと、始めて知りました。県名ですら常用漢字になかったのがあるくらいですから、ましてや地方の由緒ある、それも特種な読みを付する場合は切り捨てられたのでしょうね。ひとつの事例として、私は大分県に住んでいますが、分の字義は「刀で切り分ける」ですから、八の文字は左右を切り離すべきですが、高速道路上に表記してある大分の文字は繋がっています。それを当時の道路公団に抗議したら、「デザイン上の問題ですから、直せません」との回答でした。
 仰せのように、ことばとはその国の、その地域の、そしてそこに住んでいた先人たちの存在の証であり、ぞんざいにして良いはずはありません。平野氏が紹介している「ユニテリアン思想」の行き着くところもほぼそこにあると思います。
 中島さんのご指摘はもっともですが、10年ほど前に多種類発刊された阿辻哲次先生の著作でほぼ語り尽くされていると私は理解しています。ご指摘の韓国も、そして本家の中国も漢字問題に修正を始めたそうです。これは日中韓の三カ国を飛び回っている金文学先生から、この5月に聞いたばかりですから、旬な話です。1677万文字の善し悪しは、少数民族が持つ文字を切り捨てないためには、必要かなと私は考えています。
  ひろこさんの固有名詞論もまた山中さんのご意見と同じかと思います。例として、「高」と言う漢字は、もともと「地上に建てた楼閣」の象形字ですから「髙」(梯子)が本字です。

 秋月さんの文章も、毎回ながら「嫌がらせ」の域を出ず、論になっていません。

豊後の小兵衛
 
 

豊後の小兵衛様の「日本語」「漢字」に対する学識の高さ、造詣の深さには常々敬服しております。世川行介放浪日記での世川さんとのやりとりも、いつも心を熱くして読ませて頂いています。
「ひろこ様8月20日22:39」の投稿に夏目漱石の初版本のことが書いてありました。そこでふと思い出し、昭和49年7月に日本近代文学館が刊行したすべて初版本の「新選・名著復刻全集」の中から漱石の「吾輩ハ猫デアル」3部作を取り出し、果たして読めるか、試してみました。その中編に漱石が書いた序文を見てびっくりしました。漱石がロンドンにいるときに正岡子規宛に出した手紙の返事を、子規が重病の床から書き送ったものですが、両者の文章のすばらしいこと、読めない漢字は多々あったのですが、何とか読めました。(因みに私は後期高齢者になったばかりの者です)
永い間積みっ放しだった昔の書籍に目を通すことができたのも、JOURNAL、そして豊後の小兵衛様読者ひろこ様のお陰と感謝しています。

石川さま
漱石全集の初版本が私の生家にあったのは、たまたま祖父が一高時代、漱石の教え子だった縁なのではないかと思います。石川さまに刺激を受けて今度実家に帰った折には私も改めて読み直してみようかと思います。若い頃のように細かいことを気にせず難しいところも意に介さず読める自信はありませんが・・・漱石は正岡子規と親交が深く俳句に熱中したり随分影響を受けたようですね。この二人が時代を共有したということが当時の文学的豊かさを象徴しているような気がしています。
私が学生時代は「エスペラント語」のサークルなども盛んで、万国共通語としての合理性に魅力を感じていた人達が少なからずいたようですがこの頃はあまり耳にしなくなりました。やはり言葉には背後にある文化が存在しなければ学習する興味は半減します。「合理性だけで割り切って古典的日本語文化を捨てるのは精神的貧困にも繋がる」などといったらまた反論されそうですが・・
情報量も多く何事にもスピードが要求される現代においては、時代に合わせた知識や教養が必要です。漢字に費やす時間を多くとることは不可能で、なるべく負担を少なくという意見が出てくる背景も理解できます。ただ学校教育がどうあるべきかということは別としても子供たちには幼い頃からゲームばかりではなく自然な読書を通じて豊かな日本語を身に付けてほしいと思っています。

石川さん

 お褒めのことばは痛み入りますが、私の場合、必要に迫られてのことであり、学問的体系になっていないことをお詫びします。それでも書かなければ、書いておくべきと、拙い文を綴っています。M. Suzukiが「何割?、何時の時代」と詰問していますが、これが「戦後教育」の結果であり、憂うべきことです。
 
 よりも、世川ブログのファンのお一人とは、年長の方にご無礼とは存じつつも、親近感を覚えてしまいました。というのも、私は所用があって年に数回上京し、都内をうろつきますが、遭遇するのは空港や駅のトイレでの諍いです。
 それも立派な身なりをした「紳士」とおぼしき方が、その順番を巡って罵りあっている様で、若い頃であれば「まぁまぁ」と割って入ることもありましたが、近年はそれすらもバカバカしく、「それじゃぁ、お先に・・・」と、卑怯を決めこみます。
 このブログ上にも、論にならない書き込みで、単なる嫌がらせの域を出ないのが散見されますが、私の勝手な推測では、トイレで争っている似非紳士たちと同じに見えてしまいますし、世川ブログはそんな雑事とは別世界にあります。

 「日本人」を関したことに違和感とのご意見もありますので、地上に棲息する人類の中で、日本人にしかない物理的特長を二点挙げておきます。これは展開することばの問題と密接不可分であり、記憶に留めいただけば幸甚です。

1、小腸の長さは日本人が一番で突出している。
2、秋の夜長を愉しませてくれる虫の声をめでるのは、日本人だけ。韓国・中国を含む大陸はおろか、日本人以外は鈴虫もゴキブリも一緒くた。

豊後の小兵衛

豊後の小兵衛様
思いがけず直接のご丁寧なお答えを頂き恐縮しております。(この場が適当かどうか思案しましたが)世川さんの「小沢私論」上梓の際には、共同呼びかけ人の末席に入れてください。

石川さん

 様をいただいて、さんでお返しするのがご無礼との自覚はありますが、私はその称にふさわしい「先生」を別にして、さんで済ませていますのでお許し下さい。

 さて、世川氏がようやく、今日水沢に入りましたね。さつそく現地の方々のコメントも届いているようですから、見ず知らずの地でもないように思えます。
 
 「共同呼びかけ人」の件、子細な箇所まで読んで頂いているようで、心強いかぎりです。世川氏が書いているとおり、この16年をしっかり見直し、何が問題であったかを私たち自身が自覚しないかぎり、本当の政治改革、民主主義は根付かないと私は考えています。
 そんな思いを共有する少数の人たちがお盆前にMLを開設し、お仲間を募っています。
 オーナーは、老舗の小沢ファンの女性で、今のところ女性優位で推移していることから、男性あさりを推進しています。
 お差し支えなくば加わっていただいて、お力添えをと考えています。
 t_oshima@syohokai.comにご連絡願えれば、オーナーのアドレスをご紹介します。

豊後の小兵衛

おやおや、私は呼び捨てですか。
失礼な書き方ですね。
「論にならない書き込みで、単なる嫌がらせの域を出ないのが散見される」との書き込みにがっかりしております。
そもそも、ここはコメント欄なので、論を書く必要などないはずです。まとまらない感想でもOKのはずです。私は嫌がらせをするつもりはないし、他のコメントも私には嫌がらせには見えません。(1)-(3)のコメントは全部見てないですけど。
ネットに必要なのは、難しい漢字が使えるようになることではく礼節ではないかと豊後の小兵衛氏のコメントを見て強く思いました。

名前を入れ忘れたので再カキコ失礼します。

おやおや、私は呼び捨てですか。
失礼な書き方ですね。
「論にならない書き込みで、単なる嫌がらせの域を出ないのが散見される」との書き込みにがっかりしております。
そもそも、ここはコメント欄なので、論を書く必要などないはずです。まとまらない感想でもOKのはずです。私は嫌がらせをするつもりはないし、他のコメントも私には嫌がらせには見えません。(1)-(3)のコメントは全部見てないですけど。
ネットに必要なのは、難しい漢字が使えるようになることではく礼節ではないかと豊後の小兵衛氏のコメントを見て強く思いました。

M. Suzukiさん

 いやこれはまったくご指摘のとおり。さんを略したのは私の配慮不足、お詫びするに他すべなし。ひたすらご寛恕を・・・。
 同じことを世川ブログでも指摘されたが、タイプするのでなく、コピーで済ませた時の私の癖らしい、以後注意します。

豊後の小兵衛

 

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)

※[投稿]ボタンをクリックしてから投稿が完了するまで数十秒かかる場合がございますので、2度押しせずに画面が切り替わるまでお待ちください。

Profile

日本語の「ヨロン」という言葉には「世論」と「輿論」という2種類の漢字があります。実は、この2つの言葉は大きく意味が異なっていて、「世論(セロンとも読みます)」とは「感情的な世間の空気」のことで、「輿論」とは「議論を積み重ねてできあがった公的意見」のことを指します。《よろんず》が目指すものは後者の「ヨロン=輿論」をつくることであり、そのために、《よろんず》では情報のプロ・アマに関係なく自由闊達に議論を交わすための場所を提供します。メディアの調査で発表される「ヨロン=世論」とは違う真の「ヨロン」をつくるため、執筆者・出演者・読者のみなさんに、この新しい“知の共有空間”に参加いただけるよう呼びかけます。

読者投稿募集中!
↓ ↓ ↓
《よろんず》への投稿はコチラから

必ずお読みください!
↓ ↓ ↓
コメント投稿についてのお願い

BookMarks

→ブック・こもんず←



当サイトに掲載されている写真・文章・画像の無断使用及び転載を禁じます。
Copyright (C) 2008 THE JOURNAL All Rights Reserved.