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豊後の小兵衛:ことばを失った日本人

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■高野孟:議論が輿論を創る!《よろんず》が始まります

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 先に、「ことばを失った日本人」という拙文を投稿したが、下記の文書は文化審議会・漢字分科会委員であった某氏が、私が編集・発行する月刊誌に連載を寄こしてくれた一部であるが、ここに転載して、もう一度読者のみなさんにお考え頂きたい。

 因みに、戦後の漢字制限にいちはやく飛びついたのが新聞各社であり、出版社は「文化的齟齬を来す」と反対であったと記録にあり、それは後段に譲りたい。新聞の劣化は、昨日、今日の課題に非ず、一線記者の熱意とは裏腹に、それは戦前から途切れることなく進んでいると私は思う。

<転載始め(平成12年5月号・書法掲載)>

 日本でも、戦後には一貫して漢字の使用制限が推進されてきました。これは日本に進駐してきた連合軍による戦後処理の一環で、連合軍の中で文化関係を担当したロバート・キング・ホールなる人物が中心となって運営されたといわれています。

 日本の漢字制限は、漢字の字形を簡単にすることと、使える漢字の種類を減らすこと、の二本立てで進められました。

 戦後の国語改革で最初に設けられた漢字の制限枠は、1946(昭和21)年に制定された「当用漢字表」であり、これには合計1850字が収められました。

 そしてほどなく各字に対する音読みと訓読みを定めた一覧表「当用漢字音訓表」が制定され、難しい読み方や恣意的な訓の氾濫を防止する工夫がおこなわれました。

 「当用漢字」の「当用」とは、「当面のあいだ」という意味でつけられた名称です。つまりそれはあくまで暫定的なものとして制定されたのですが、しかし内閣訓令として定められたものですから、社会に対して一定の制限的効果を発揮しました。

 政府が発布する法令や公文書、あるいは新聞・雑誌・放送などの公共出版物、それに学校の教科書では、この規格にしたがって漢字を使うようにと厳格に指導され、この表に入っていない漢字を使わねばならない語彙は、他の言葉に言い換えるか、あるいはひらがなで書くかのどちらかとされました(ルビは原則として使わない、と定められています)。

 こうして定められた「当用漢字」は、当初は漢字を全面的に廃止して、仮名書きまたはローマ字書きに移行するための過渡期的な処置としての位置づけを与えられていましたが、やがて世相が落ち着きだすにつれて、漢字制限の是非をめぐって、国語審議会を中心に、賛否両論の議論が激しく戦わされてきました。そしてその結果、当用漢字表の制定から35年も経過した1981年になって、ようやく「常用漢字表」が制定されました。

 この時に定められた「常用漢字表」は収録字数が当用漢字表より95字増えており、合計1945字が収められました。漢字の数がほんの100字足らずですが増加したことについても、漢字制限論者の中には「文字言語政策の反動化である」と激しい抗議をした人もいました。しかしそれよりもっと大きな波紋をよんだのは、「当用漢字」が日常的に漢字を使う際の制限としての役割を色濃くもつものであったのに対し、「常用漢字」が日常的な漢字使用の「目安」とされた点でした。このように制限的な性格が希薄になったことに対しても、やはり強い抵抗感と不満感を表明する人がいました。

 「來」に対する「来」、「數」に対する「数」など、本来の正しい字形を省略した形の漢字を、過去の日本では「略字」と呼んでいました。それが戦後は規範的な字形となったわけです。

 これによって漢字の画数は大幅にへり、特に子供たちにとって漢字学習の負担がぐっと軽くなりましたし、識字率も一層向上しました。漢字の簡略化が教育面で大きな成果をあげてきたことは、もちろん否定できない事実です。

 しかし戦後の学校教育では、簡略化を進めるばかりで、漢字の字形の面での過去からの継承をほとんど教えなかったようです。つまり戦後の子供たちは、「芸」や「図」は習っても、「藝」や圖」をほとんど教わらなかったのです。

 旧から新への字形の継承をないがしろにしたことの結果として、戦前に印刷された旧字体の書物や雑誌を、今では高校生はおろか、大学生ですら、ほとんどまともに読めないという現実を招来することとなりました。これがマスコミなどでほとんど議論にならないのが、私にはまったく不思議でならないのですが、まったく同一の言語が使われていながら、せいぜい五十年ほど前に印刷された物を、現役の大学生の多くが読めなくなっているという現実は、国の将来にとってまことに憂うべき事態であると思います。

<転載終わり>

 以上、私たちは思考の道具である「ことば」(漢字だけではないが、これも後段に譲りたい)の制限を受け60有余年が過ぎた。もうそろそろその恐ろしさに気づくべきではないか。

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※《よろんず》は、《THE JOURNAL》の読者が主体となってつくり出す“しがらみゼロ”の究極メディアです。コラムの投稿や企画案は下記URLで受け付けています!
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以上になりますが、ご理解・ご協力のほど、よろしくお願いいたします。

よろんずの記事って署名はHNでよかったのですか

記事の内容に対する責任はどうなるのですか?

いつの書かれている《THE JOURNAL》編集部 のコメントとの整合性は如何なのですか?

わかんないな

 漢字政策は大問題で、ひとつのエントリーで論じ尽くせない広がりがありますが、豊後の小兵衛さんの問題提起に関して、私は以下の2点を指摘したいと思います。

 (1)現代の社会生活に用いる漢字字体がどうであるかにかかわらず、過去の日本語文献を継承するためには、いずれにせよ、過去の文字言語を広範に学ぶ必要があること。

 「数・數」など、当用漢字制定で生まれた新旧字体を知っておくことは、古い書きことばの理解のためにはたしかに有用です。しかし、じつは、それだけでは昔の文字を読むことはできません。たくさんの問題をクリアする必要があります。たとえば、「愬へる」と書いて「うったえる」と読むような異体字の問題(愬=訴)。「白地」と書いて「あからさま」と読むような当て字の問題。「宛転」「権衡」「端粛」など、読めるけれども、では意味は、と聞かれると困るような語彙的な問題(むずかしくて読めない語彙はなおさら多い)。以上は明治以降の文献を読むときにも避けて通れませんが、それ以前の文献を読むには、加えて変体仮名や草書・行書の知識も必要になります。これらのことを考えると、古典の継承のための文字教育は、現代の社会生活の文字をどうするかということとは別個に、腰を据えて考える必要があります。

 (2)常用漢字は「目安」であるのに、なぜか教育現場ではバリエーションが許されないという矛盾があること。

 1946年の当用漢字は国民の文字生活を縛るものでしたが、1981年告示の常用漢字は「目安」と位置づけられています。あまり注目されないことですが、常用漢字の本表には、「数(數)」のように、なんと正字体も括弧に入れて掲出してあり、正字体を「使うな」とは一言も書いていません。そればかりか、「この表の運用に当たつては、個々の事情に応じて適切な考慮を加える余地のあるものである」と明記しています。

 ところが、この漢字表が教育現場に降りてくると、なぜか性格が変わり、「正字体は使ってはならない」と受け止められてしまいます。さらに、表では、活字体と筆写体は微妙な差があると断って例まで示してあるのに、教育現場では活字の通りに書かせようとする人がいます。折しも、現在、新常用漢字の制定の動きがあって、その中で「迷」「謎」のしんにゅうのように、字によって不統一な部分があることが問題になっています。文化審議会では「謎」のテンテンは手書きでは1つでもよいと言っていますが、これも教育現場では「テンテンは2つでなければバツ」と硬直的に指導されるおそれがあります。

 まとめますと、われわれは「お上のお墨付き」が好きであり、それを過大に評価する傾きがあります。常用漢字表も、それ自身が謳うように「目安」とらえるのが妥当です。ところが、縛られるのが好きなわれわれは、ときに、お上が決めたより以上に、ルールを厳密に硬直的に運用しようとします。われわれが最も注意すべきはこの点であると考えます。

 常用漢字に関しては、現場の教師がフレキシブルに対応する余裕をもつべきです。授業の中で、漢字字体を含む過去の文字言語への興味関心を誘うような話を織り込めば、子どもの古典への関心も深まるはずです。

向 徹さんへ

 「豊後の小兵衛」は、HNではなく、ペンネームです。その歴史は平成9年に遡り、ある印刷技術情報誌に連載コラムを書き始めたことにあります。

 最初の数回は本名でしたが、この月刊誌編集長の奥方(別の月刊誌の編集長)が拙文を読み、文体と本名に整合性がないと断じられ、ならばと奥方から頂戴したペンネームは「平成の秋山小兵衛」でした。そはこの奥方が池波正太郎のファンクラブの役員であった由、慌てて「剣客商売」一式を買い求めた次第ですが、その後「平成・・・」では荷が重く、万歩譲ってこの方「豊後の小兵衛」を名のっています。

 要するに「頭隠して尻隠さず」の体ではありますが、別項の二見氏のように「頭隠さず、尻も隠さず」まで到達しきっていないことでご寛恕願います。

 今ひとつの文責ですが、できるだけ引用文献は示しますが、紙幅の問題もありそのすべてを記載することは適いません。しかし、求められれば出典を証明することは容易いと申し上げ、お答えといたします。

飯間 浩明さん

 ご高説に関しては異論ありません。いずれ展開するなかで書きたいとは思いますが、古語を「やまとことば」とするのは間違いで、私は「縄文語」が正であると考えています。
 国語を語るにはそこまで遡らねば本質に到達しないからです。

 昨春から、国語国文に加え、一部書道界を交え、「草仮名」の見直しが始まりました。これは従来の定説を覆すものであり、その端緒は神田神保町に店を構える一骨董屋の論説でした。

 この解明が進めば、藪の中だった漢字→かなの実相が明らかになり、日本語創成の歴史が書き替えられます。

 この経緯を小冊子に纏めていますので、求められれば無償でお送りすることも可能です。

>現場の教師がフレキシブルに対応する余裕をもつべき

 その通りではありますが、教員養成課程のそれは述べてあることを厳しく禁じるよう組み立てられています。これもいずれ出典を明記して述べたいと思います。

 無論のこととして、The JOURNAL編集部が継続して許諾すればのことですが・・・・・。

豊後の小兵衛

豊後の小兵衛様
日本語の研究を志すものとして興味深く拝読しました。
 是非出典を明示して下さる事を希望します。この問題について読者が独自に掘り下げようとする場合に、その便宜を図る意味合いもあるかと存じます。

豊後の小兵衛さま

子供の頃、父の書棚にある本の漢字に比べて学校で習うものが遥かに易しいことの説明は「当用漢字」という合理性なのかと納得していました。漢字だけではなく旧仮名遣いも簡易に改めたことで確かに識字率の向上には一役買ったのかもしれません。でもそれがどれほど日本文化を損なうものであったのかということをこのごろ少し意識し始めていたところでご意見を拝読し、啓発された思いです。言語は思考の源ですが、日本語は「音」だけではなく「目」で見て理解を深める言語ではないかと思います。それに制限を加えるということがもたらすダメージに気付かないまま安易に合理化したことの罪は大きいような気がします。「ベストセラー作家」は出ても「文豪」と呼べる人が新たに出てこないのはそのこととも関係があるのでしょうか?豊後の小兵衛さまが
どこかで着物のことを書いていらっしゃったときもわが意を得たりという感じで嬉しかったのですが、そういったものも含めて先人が築いてきた文化や知恵の上に立った日本人としてのアイデンティティを確立しなければ今の大衆迎合的メディアを歓迎し、それに対する批判的な視点も生まれないというのは飛躍でしょうか?

豊後の小兵衛さま

「ことばを失った日本人」のリアップロードありがとうございます。
投稿諸子のコメントの深い識見と教養に学ぶことばかりです。私もいろいろ反芻して今後もこのコラムを追い続けていきたいと思います。

「本名」での投稿についてお尋ねします。
やはりどうしても高野さんの信念どおり「本名」にしなくてはならないのでしょうか。いざ投稿しようとするとき、編集部の注記が筆頭にあると、何か疚しいことをしている気持ちになります。

他の投稿諸子のコメントにもありますように、投稿自体の内容がポイントなのであって特に「アラシ」を目的としたものでなければ主張自体を「仮説」や「仮定」や「感想」と受け止めればよいだけの話ではないでしょうか。

もちろん高野さんと編集部の方針を忖度して規定なら従いたいとは思います。しかし「筆名」や「芸名」による投稿を認めるのであればハンドルネームでも五十歩百歩だと思うのですが・・・・・私にはどうしても「筆名」と「HN」を峻別する考え方の根拠がどこにあるかを理解できません。

まだ方向規定報道による偏見や村八分の精神が根強く息づいている閉鎖的な日本社会のなかで自分の思いの丈を実名で述べることは、支えてくれる友人や身内の協力が強固に存在しない限りかなり勇気のいることではないでしょうか。もちろん「日本に政権交代は必須だ!」ぐらいのもので、そんな大それた主張をしているつもりなどありません。

デカルトの時代でさえ「自分が信じていることをすっかり言おうと思うような人はほとんど見当たらない」状況であったことを、現代において可能にしたのは「HN」と言えるのではないでしょうか。もちろん負も正もあるのですが。

牽強付会は戒めますので高野さんと編集部の再度の方針をお示しいただけないでしょうか。

豊後の小兵衛さんへ

なるほどペンネームですか
ただ豊後の小兵衛さんにクレームを付けてるわけではないのですよ THE OURNAL編集部に対して意見を聞いているだけです

ペンネームとしてもこのTHE JOURNAL参加者の方がどれだけ豊後の小兵衛さんのことをご存知なのでしょうか?

THE OURNALのどこにも豊後の小兵衛さんのプロフィールは乗っていないしこれからの乗らないのではと思いますが

記事の内容に関しては不満は有りませんしむしろ賛同します

ただコメントに書かれている編集者それも奥さんとはいえ他の編集者の意見に影響されたとのお話はうむぅとは思ってしまいましたが

本多さん

> 編集部にお訊ねします。

 とのことでしたが、ご指摘の事項には、私が「転載」したことも含まれていると思いましたので、編集部の回答とは別にお答えしたく、認めました。

 転載元は冒頭にも書いていますように、私が編集・発行する月刊誌「書法」に長期連載された「文字と人々の暮らし」と題するもので、これは7年半(87回)続きました。筆者は漢字学者で京大教授の阿辻哲次氏です。
 この連載のベースは「図説 漢字の歴史」(阿辻哲次著・大修館書店)であり、それまでの「漢字は書体の歴史」とされた通説を、「漢字は書写用具の歴史である」とする新説を、一般にわかりやすいように書き直して連載したものです。

 この連載開始に当たっては特段の契約文書は交わさず、書法に掲載することと、時には一部を切り取ってほかで紹介すること、執筆料は一回○○円などを口頭合意し、但し、一冊の新刊書として出すことは無論のこととしてないが、百歩譲ってそんな機会があれば、その著作権を私が主張することはない、など笑い話のなかではありました。

 ということで、私の記述に関する部分についてはお答えになりましたでしょうか。

 また、飯間浩明さんのご指摘にあるように「ひとつのエントリーで論じ尽くせない」のも事実です。
 例へば、PCのOSがWindowsXPからVistaに変わりましたが、文字コードの変更で、XPで作成した文書をVista上で印刷すると一部の漢字が勝手に置き換えられ、誤字となることなど、ほとんど周知されているとはいえませんが、いまやPCが新時代の「筆記具」となった以上、無頓着では済まされない課題もあります。

 適うならばそんな話題も交えながら、皆さんと一緒に進化させたいと思うのですが、いかがなものでしょうか。


 豊後の小兵衛

ひろこさん、mehrlichtさん

 作家の井上ひさしさんは、旧仮名遣い論者で、漢字にはルビを振ればよいとの主張もあらゆる機会に述べておられます。

 ルビ付き国語教科書が、世田谷区で復活しました。国語教育特区の指定を受け「教科 日本語」として独自の教科書も編纂・発行し、この春先に「国語を考える国会議員懇談会」(通称・国語議連、与野党ほぼ半々の超党派で80名の議員が結集)の視察もあり、その効果は大きな評価を受けています。

 記述してある「漢和辞典」ですが、戦前に編まれた「諸橋大漢和字典」(大修館書店)が一時期は高く評価されましたが、甲骨文字の発見、解析の進捗で漢字の歴史が書きかえられて、往事のほどの評価を受けなくなりました。

 漢字教育については、02年に「墨」という書道関係の本に小論を書きましたので機会があれば紹介します。 その論旨は、mehrlichtさんが述べられていることとうり二つです。

ひろこさんの

> ベストセラー作家」は出ても「文豪」と呼べる人が新たに出てこない

 にも賛同します。私は今の直木賞、芥川賞などの受賞作品はほとんど読みません。ただ、文藝春秋は出版社直送の定期購読をしていますから、ついで読みはしますが、単体になって発売される本を手にしたことはここしばらくはありません。

 日本語は「膠着語」といって特殊な言語なんだそうです。この関係の著作はいろいろありますが、私がもっとも参照したのは「漢文を読む人のために」(松本洪著・明徳出版社・残部僅少)です。


布施直樹さん

 日本語の研究とのことですから、「草仮名」のことかと思いましたので参照書籍を記します。

 新聞記事で「草仮名」の従来節に疑問を呈したのは08年12月22日付の毎日新聞で「万葉歌木簡の相次ぐ発見」の見出しで記事があります。
 (記事転載、コピー配布の正式許諾を得ていますので、提供は可能です)
 富山県射水市で発見された「墨書土器」に書かれているのは草仮名で識者の意見は一致しました。(これも射水市教育委員会の正式許諾を得ていますから、関連資料の提供は可能です)
 関連して「良寬 文人の書」(萬羽啓吾著・新典社)が古筆の再分析で新説を展開しています。
 「日本語書記史原論」(小松英雄著・笠間書院)、「漢字を飼い慣らす」(犬飼隆著・人文書館)も同様です。そのほかに、「木簡から探る和歌の起源」(犬飼隆著・笠間書院)も切り口は違いますが、同じテーマを追っています。

 「墨・196号」(芸術新聞社)には、「(前段略) 草仮名と云うよりは古朴なかなと云う方が相応しく、かなへの発達過程を示す草仮名資料と見なすことは誤りである」と断じている、池田和臣氏の論説も関連しています。
 が、決定的なのは中央大学の池田和臣教授から提供を受けた「紀要抜刷」ですが、これは今のところ公開する許諾を得ていませんが、来春には新刊書として、朝日新聞から出るやに風の便りに聞いています。

 以上で答えになりましたでしょうか。

豊後の小兵衛

結論部分の,

 私たちは思考の道具である「ことば」(漢字だけではないが、これも後段に譲りたい)の制限を受け60有余年が過ぎた

というのは,おおウソです。だって,いまの常用漢字は実質的になにも「制限」などしていないからです。つかいたい ひとは,いくらでも かってに つかっている。

それに,にほんごというのは,かこうと おもえば,かなもじだけで かけるものです。いま,ここで わたしが かいているように,てきとうに わかちがきすれば かけるし,よめる。漢字の よみかきが できる ひとなら,多少の不便が あろうと,かながきは よめる。でも,なんらかの理由で漢字の よみを習得できなかった ひとは,日本語が できて,日本語の ことばをしっていても,漢字で かかれた日本語が よめなくなる。だから,みんなが簡単に よめるようになる表記システムからは漢字は はずすべきだというのが,当用漢字の理念だったんです。文学趣味の ひとや,漢字に日本の文化をもとめるというような中華趣味の ひとたちが すきな漢字をもてあそぶのは自由です。でも,そのせいで,こむつかしく複雑で よみかたの規則性がなくパズルをとくような漢字学習を何年も つづけさせられるのは ごめんです。せめて,ひとつの漢字には ひとつの よみということにして,つかう漢字も2000くらいに しておかないと,一生,勉強しても つねに よめないかもしれない漢字のせいで くるしめられることになる。これは公共性を確保するための最低限の めやすではありませんか。

漢字をすくなくすれば,日本語は きいて わかるような ことばに ちかづくはずです。同音異義語をかきわけるために漢字が必要だという ひとが いるけど,反対です。漢字のせいで いまの日本語が文字言語の部分が肥大化し,はなしことばとしては どんどん貧弱になっていることに気がつくべきです。うしなわれた文化うんぬんをいうときに まず認識しなければいけないのは,むしろ,このことなのではないでしょうか。

秋月康夫さま

失礼ですがとても同意しかねます。
>それに,にほんごというのは,かこうと おもえば,かなもじだけで かけるものです。いま,ここで わたしが かいているように,てきとうに わかちがきすれば かけるし,よめる。<

仰る通り確かに読めますが実に味気なく読みにくい文章ですね。

例えば「義(ぎ)」という言葉、ひらがな一音の「ぎ」では何の哲学もありません。「義理」の「義」であり、「義侠心」の「義」であり、「義務」の「義」であって、「疑問」の「疑」ではない「ぎ」です。

城山三郎の小説、「粗にして野だが卑ではない」が「そにしてやだがひではない」では意味を成しません。

>漢字をすくなくすれば,日本語は きいて わかるような ことばに ちかづくはずです。<

日本語を学習している外国人ならともかく、日本人が自国語として子供の頃から学校の勉強や読書を通して身に付けることがそんなに大変なこととは思えません。「漢字があることで話し言葉がどんどん貧弱になっていく」ということの例も根拠も示されていません。

ひろこさま

 ひろこさまが あげた,

城山三郎の小説、「粗にして野だが卑ではない」が「そにしてやだがひではない」では意味を成しません。

という発言じたい,オトにだして よんでは意味の通じない ことばが小説のタイトルに なってしまう おかしさを とうことなく,その意味が わからなくなるから漢字が必要だという,倒錯した論理であって,はなしことばが貧弱であることに対する無頓着をしめしています。

 「ギキョーシン」と「ギモン」が区別できれば,なにも漢字で「義」と「疑」が区別できる必要は ありません。「義」と「疑」を区別することが哲学なのではなく,漢字をしらなくても「ギキョーシン」と「ギモン」が区別できるから,それを漢字で区別して かくことが できるという事実をふまえるのが まっとうな言語哲学の初歩の初歩だと いうべきでしょう。ひろこさまの認識は,この根本のところが さかだちしているから,すべてにおいて論理が逆転してしまっているように おもいます。

 「子供の頃から学校の勉強や読書を通して身に付けることがそんなに大変なこととは思えない」とは おおウソで,常用漢字は おろか,旧当用漢字の範囲で よみ・かきが完璧に できる ひとが どれほど いるでしょうか。自分で かくどころか よめさえしない字を,変換器が変換してくれるので かいている ひとが どれだけ いるでしょうか。(はっきりいって,迷惑です。)ある意味,アソウ首相は,そのことをしめしてくれました。アソウ首相が もっと正直に漢字は むずかしいということをいって,カンリョーの ことばを きいて わかるような ことばに かえるように うったえてくれれば どんなに よかったかと おもいます。

 かながきで通じる日本語が公共のものになることによって,日本語を学習している外国人も もちろんのこと,めや みみが不自由な ひとたちも たすかります。こどもたちも たすかります。公共の ばでの ことばは そう あるべきです。すぐには無理でも,せめて一定量の漢字の字形と よみかきさえ しっていればアクセスできるように制限すべきで,そういう自制のないところで ただ自由にするのは 結局,漢字弱者を差別し,くるしめることにしか なりません。

 「味気ない」のが いやなら,趣味の世界で すきなだけ漢字をつかえばいいでしょう。しかし,政治をふくめた公共的な活動は,最低限の漢字力だけで参加できるようにするというのが,漢字制限の もとになっていた理念です。わたしは,当用漢字から常用漢字にいたる過程で,このような理念をもつ学者が審議会から排除され,文学趣味と民主主義の問題,無制限の漢字の自由による無自覚な知的抑圧と既得権者による障壁と,公共的ルールによる制限と参加権の平等化の問題が混同されてしまったことを,日本国憲法の ほねぬき化と おもてうらの関係で すすんできたことだと かんがえます。漢字政策に関するかぎり,もう,1950年代の おわりごろから日本は ずっと新自由主義が優位にたって,公共性が どんどん ほりくずされ,いまも その いきおいが とまっていないのです。

秋月康夫さま
そういうご意見もあるということはよくわかりました。色々な意見があってしかるべきだし、それも一つの見識だと受け止めます。

秋月康夫さん

 貴台の論旨は、古くは新井白石に始まり、前島密に引き継がれ、森有礼、西周などの手を経て「いろはくわい」、「かなのくわい」(ママ、明治初期)の成立にいたりました。
 同じく、表記にローマ字を採用すべしとして「羅馬字會」(ママ)も結成され、福沢諭吉の漢字制限論も交えて、様々に議論されてきました。
 その集大成が戦後の「当用漢字」と、仮名遣いの改訂であり、戦後の混乱期に、性急に、それも米占領軍の手を借りる(事実上の命令)ことで実現しました。
 以上の引用元は多種ありますが、もっとも整理されて、冷静に事実を列挙したのが「國語問題論争史」(土屋道雄著・玉川大学出版会)です。

 さらに、漢字廃止論で最後まで残ったのが梅棹忠夫(生態学、民族学者。国立民族学博物館元館長)ですが、この議論は日本語ワープロの出現とともにその論拠を失い、約20年前にほぼ終結していますので、当時の関連書籍を参照して下さい。(数が多すぎて、ここでは紹介しきれません。)

 当時の梅棹氏には、私の若気のいたりで「民俗学者ともあろう者が、枢要な文化継承の担い手である言語を粗略にするとは学者の風上にもおけぬ。しかも国立という税で賄う公的機関にあって、不見識も甚だしい」と個人書翰を送りましたが、回答はありませんでした。

 パソコン(ここでは日本語専用ワープロも包含する)という書写用具の出現はアカデミックの世界にも変化をもたらしました。
 一は、イギリスの物理学者・ホーキンス博士で、氏は身体に障害を持ち、わずかに動く指先から世界へ向けての大論文を発していますし、二は、アメリカの銀行副頭取で、彼は四肢に加えて言葉も使えず、自らの意志を発する機能は目にしか残っていず、その唯一残された目の動きをキーボードに置き換えて文書にし大銀行の重役を努めました。(00年当時)

 それらを受けて、漢字制限論者であった金田一春彦氏は、その晩年には『常用漢字だってもっと増やしていいのではないか。手で書く時は、一本ぐらい線がぬけていても読めるのが漢字の長所。正しい漢字はワープロに書かせて、どんどん読めるように教育すればいい』(朝日新聞・由里幸子記者の署名記事「電子時代の日本語」より)と変節し、関係者の耳目を集めました。

 漢字制限・廃止論者の共通点は挙げて「効率優先」であり、それは文明のみを重視し、文化の継承という人の営みを軽視することから始まった(20数年前に終結した論争の私なりの解釈)のであり、貴台の
>文学趣味と民主主義の問題,無制限の漢字の自由による無自覚な知的抑圧と既得権者による障壁

 をかなで わかちがきに すると、
「ぶんがくしゅみと みんしゅしゅぎのもんだい むせいげんの かんじの じゆうによる むじかくな ちてきよくあつと きとくけんしゃによる しょうへき」となりますが、何処が効率的かは自明です。

 個人の趣味として「かながき」をされるのは自由ですが、社会の共通基盤としての言語問題を論じる時、貴台の論はその根拠を失っていると、もう一度申し上げます。

 豊後の小兵衛

豊後の小兵衛さま

懇切丁寧な解説に心から感謝します。ありがとうございます。
『墨』の論考も是非読みたいと思いますので機会を見つけてご紹介くださいますようにお願いします。

この欄で「ひろこ」さんと「秋月康夫」さんの深遠な議論が展開されています。
残念ながら,私の教養からではこの議論の内容にコメントなどできません。けれども、何人にもそなわっているボン・サンスから判断して「この人は嘘をついていない」という確信で、私は「ひろこ」さんの主張を支持します。

理由は単純です。秋月氏の主張するような書籍が出版されたら私は本など読まなくなるでしょうし、そのような読みにくい本を買いたいとすら望まないからです。読めない漢字が多発する高橋和己の書籍を全部「ひらがな」で書かれたならと想像するだけでもゾッとします。むしろ読めない漢字で書いてもらいたいとすら思います。

それにしても
現在のようにネット文化が日常生活に不可欠な道具になったことは何度反芻してみてもすばらしいことですね。大学の講堂で聴講するような内容を日常茶飯事に接することができるからです。
「ことば」という一つの概念をめぐって論争するとなると万巻の書籍に目を通さざるを得ないのに碩学の短評や指摘によって様々な角度から理解を深めることができる喜びはかけがえのない愉しみに満ちた遊びです。

このような優れたネット文化を政治的な思惑から規制するような動きに対してダンコたる反対の意思表示をします。

豊後の小兵衛さま

漢字制限、廃止論が歴史的に大きなテーマとして展開されていたいきさつは知りませんでした。とても興味深く読ませていただきました。単なるディベートであれば「効率優先」という立場をとって論戦すればいいのでしょうが、実際にどこまで効率的なのかは疑問です。2年ほど前に「江戸東京博物館」で「漱石―その心と眼差し」展が開かれていたので見に行ったのですが驚きの連続でした。日記やメモ、おびただしい数の本への書き込みなど50年にも満たない人生でこれほどの文字との係わり合いに驚嘆し「文豪」の内面のほんの一部を垣間見ることができたような気がしました。凡人の私たちとは比ぶべくもありませんが、言葉や文字に対する教養の深さの上に立ってあれだけの作品を残したのかと今さらながら納得し、それを可能にした時代背景なども興味深く思います。

mehrlichtさん

 リクエストにお応えして、まだ作業途上ではありますが、当方の http://www.syohokai.com/に、墨・149号と、同153号に掲載した拙文をアップロードしましたので、ご笑覧ください。
 「筆」の項の下に、PDFファイルを置いています。ダウンロード、印刷可能です。
 また、トップページには「草仮名」に関する資料も置きましたので、併せてご案内いたします。

豊後の小兵衛

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日本語の「ヨロン」という言葉には「世論」と「輿論」という2種類の漢字があります。実は、この2つの言葉は大きく意味が異なっていて、「世論(セロンとも読みます)」とは「感情的な世間の空気」のことで、「輿論」とは「議論を積み重ねてできあがった公的意見」のことを指します。《よろんず》が目指すものは後者の「ヨロン=輿論」をつくることであり、そのために、《よろんず》では情報のプロ・アマに関係なく自由闊達に議論を交わすための場所を提供します。メディアの調査で発表される「ヨロン=世論」とは違う真の「ヨロン」をつくるため、執筆者・出演者・読者のみなさんに、この新しい“知の共有空間”に参加いただけるよう呼びかけます。

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