Calendar

2009年6月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        

メイン | 2009年7月 »

2009年6月30日

目黒まりあ:日本でネット世論は現実の行動に転化できるのか

-------------------------------------------------------

《よろんず》って何?
■新コーナー《よろんず》に注目! ←コラムや企画の投稿はコチラへ
■高野孟:議論が輿論を創る!《よろんず》が始まります

-------------------------------------------------------


 小沢秘書逮捕のあった、この三月から四月にかけて、マス・メディアに現われない情報を求めて、さまざまなブログやこのThe Journalに出会い、また掲示板に書き込みをはじめ、ネット世論をなんとか外にあらわしたいと、小沢激励書簡集を編むといったささやかな行動を続けてきました。

 このような行動をしながら考えたこと、それはネット世論の限界です。沸騰するようだったネット世論であるにもかかわらず、あたかもネット内で自己完結しているかのように、わたしは痛感せざるを得なかった。一歩外に出ると、現実との乖離を思い知らされること、たびたびだったのです。また、ネット内においても、「受信するだけ」から「書き込みをする」のハードルを飛び越えた方々が、自分の意見を届けるべきところへ届けるためのささやかな行動、すなわち「実際に扉の外に出る」というハードルをなかなか越えようとしないというふうに見えました。ネット内での意見交換で腹を癒しているかのようにさえ見えました。

 ネットの世論を有効な世論たらしめるためには、ネットの特性を生かした世論形成はどのようにあればよいか、考える必要がある。わたしは、以下のように考えます。

▼ネット受信者(アクセス実数)の数と、デモなどでの現実行動者の数とは、比較できない。これは質の違う数字である。
▼質的違いの大きな原因は、ネットのアクセス実数は、現実には日本中(あるいは世界中)に砂粒をばらまいたように存在していることにある。
▼ネット内のある一定の場所に集まったときにだけ、そのアクセス実数はデモと同数の盛り上がりようを示すかも知れない。しかし、ネット内の盛り上がりはなお仮定形にすぎず、それぞれの個人が現実の場に戻るとき、砂粒一粒は一粒でしかない。その砂粒一粒が充分に起爆力をもったとき、そのときにこそネットは思いがけない爆発的な力を発揮していくだろう――。

 考えておくべきは、インターネットというものは、発信力と受信力の双方をもっているが、かならずしもバランスよく使われるものではあるまい、ということです。発信するより、受信するだけであるほうがエネルギーをつかわず、楽であることはわかりきった事実です。とくに、「長いものにまかれ」て「和を尊ぶ」といわれる、われわれの国民性にあっては、発信するより受信中心に傾きがちなのではないか。

 韓国やアメリカに起ったことが、はたして日本でも起きるかどうか――。

-------------------------------------------------------
※《よろんず》は、《THE JOURNAL》の読者が主体となってつくり出す“しがらみゼロ”の究極メディアです。コラムの投稿や企画案は下記URLで受け付けています!

http://www.the-journal.jp/contents/yoronz/2009/06/the_journal.html

2009年6月29日

vox populi :既存メディアとインターネットメディア

-------------------------------------------------------

《よろんず》って何?
■新コーナー《よろんず》に注目! ←コラムや企画の投稿はコチラへ
■高野孟:議論が輿論を創る!《よろんず》が始まります

-------------------------------------------------------

【テーマ】
既存メディアはインターネットとどう向き合うべきか。或いは、インターネットは既存メディアとどのような関係に立つべきか

 紙の新聞・雑誌離れはインターネットの普及より以前から起こっていたのではないかと思われますが、しかし、インターネットの普及がそれに拍車をかけたことは疑いないでしょう。そして、私の見るところでは、紙の新聞・雑誌も、或いはテレビ・ラジオも、インターネットにどう向き合うべきかについて、確たる方針を獲得しているとは未だに思えません。また逆に、インターネットの側は、言論発信の場として自らには相当の実力があると思っているが、しかしなお、紙媒体に対して自らが二次的・日陰的存在であると思っているのではないかと思われます。このような状況は今後変わるのかどうか、そして変わるのならどのように変わるのか、或いはどのように変わるべきなのか。

 私自身は、現在のところ低落傾向にある紙媒体のメディア或いはテレビ・ラジオは、インターネット上で起こっていることをもっと取材すべきではないかと思っています。ブログ時評を行なうのはその一例ですが、それに限らず、例えば今どういうメールマガジンが大勢の人に読まれているかとか、インターネット上のWebサイト(或いはブログ)の創設の傾向は全体としてどのようになっているかとか、オンラインでのショッピングにはどういう傾向が見られるかとか、要するに一言で言えば、インターネットはもっと取材されるべきだと思います。これが、紙媒体等とインターネットとの新たな関係の第一歩たりうるのではないかと思われます。

 インターネットの側からは、アーカイブとしての紙媒体という側面がもっと注目されるべきではないかと思います。今英語その他の古書が例えば次のWebサイト
http://www.archive.org/advancedsearch.php
で大規模に公開されつつあることは、知る人ぞ知るところですが、それに限らず、新聞や雑誌の古い記事もインターネット上で閲覧可能とすることによって(有料とすべきか無料とするかという問題はありますが)、大げさに言えば人類の知的生活が大きく変わる可能性があります(フランスなどでは古い新聞・雑誌等もインターネットで閲覧できるようになってきていますので、事態は既に現に変わりつつあるのかもしれません)。

 アメリカでは、インターネットの普及に伴い、日本に先んじて既存メディアが存亡の危機に追い込まれつつあるとの報道もあります。インターネット上でまず考えるべき話題として好適なのではないかと思い、投稿する次第です。

-------------------------------------------------------

※《よろんず》は、《THE JOURNAL》の読者が主体となってつくり出す“しがらみゼロ”の究極メディアです。コラムの投稿や企画案は下記URLで受け付けています!
http://www.the-journal.jp/contents/yoronz/2009/06/the_journal.html

2009年6月27日

豊後の小兵衛:ことばを失った日本人

-------------------------------------------------------

《よろんず》って何?
■新コーナー《よろんず》に注目! ←コラムや企画の投稿はコチラへ
■高野孟:議論が輿論を創る!《よろんず》が始まります

-------------------------------------------------------

 先に、「ことばを失った日本人」という拙文を投稿したが、下記の文書は文化審議会・漢字分科会委員であった某氏が、私が編集・発行する月刊誌に連載を寄こしてくれた一部であるが、ここに転載して、もう一度読者のみなさんにお考え頂きたい。

 因みに、戦後の漢字制限にいちはやく飛びついたのが新聞各社であり、出版社は「文化的齟齬を来す」と反対であったと記録にあり、それは後段に譲りたい。新聞の劣化は、昨日、今日の課題に非ず、一線記者の熱意とは裏腹に、それは戦前から途切れることなく進んでいると私は思う。

<転載始め(平成12年5月号・書法掲載)>

 日本でも、戦後には一貫して漢字の使用制限が推進されてきました。これは日本に進駐してきた連合軍による戦後処理の一環で、連合軍の中で文化関係を担当したロバート・キング・ホールなる人物が中心となって運営されたといわれています。

 日本の漢字制限は、漢字の字形を簡単にすることと、使える漢字の種類を減らすこと、の二本立てで進められました。

 戦後の国語改革で最初に設けられた漢字の制限枠は、1946(昭和21)年に制定された「当用漢字表」であり、これには合計1850字が収められました。

 そしてほどなく各字に対する音読みと訓読みを定めた一覧表「当用漢字音訓表」が制定され、難しい読み方や恣意的な訓の氾濫を防止する工夫がおこなわれました。

 「当用漢字」の「当用」とは、「当面のあいだ」という意味でつけられた名称です。つまりそれはあくまで暫定的なものとして制定されたのですが、しかし内閣訓令として定められたものですから、社会に対して一定の制限的効果を発揮しました。

 政府が発布する法令や公文書、あるいは新聞・雑誌・放送などの公共出版物、それに学校の教科書では、この規格にしたがって漢字を使うようにと厳格に指導され、この表に入っていない漢字を使わねばならない語彙は、他の言葉に言い換えるか、あるいはひらがなで書くかのどちらかとされました(ルビは原則として使わない、と定められています)。

 こうして定められた「当用漢字」は、当初は漢字を全面的に廃止して、仮名書きまたはローマ字書きに移行するための過渡期的な処置としての位置づけを与えられていましたが、やがて世相が落ち着きだすにつれて、漢字制限の是非をめぐって、国語審議会を中心に、賛否両論の議論が激しく戦わされてきました。そしてその結果、当用漢字表の制定から35年も経過した1981年になって、ようやく「常用漢字表」が制定されました。

 この時に定められた「常用漢字表」は収録字数が当用漢字表より95字増えており、合計1945字が収められました。漢字の数がほんの100字足らずですが増加したことについても、漢字制限論者の中には「文字言語政策の反動化である」と激しい抗議をした人もいました。しかしそれよりもっと大きな波紋をよんだのは、「当用漢字」が日常的に漢字を使う際の制限としての役割を色濃くもつものであったのに対し、「常用漢字」が日常的な漢字使用の「目安」とされた点でした。このように制限的な性格が希薄になったことに対しても、やはり強い抵抗感と不満感を表明する人がいました。

 「來」に対する「来」、「數」に対する「数」など、本来の正しい字形を省略した形の漢字を、過去の日本では「略字」と呼んでいました。それが戦後は規範的な字形となったわけです。

 これによって漢字の画数は大幅にへり、特に子供たちにとって漢字学習の負担がぐっと軽くなりましたし、識字率も一層向上しました。漢字の簡略化が教育面で大きな成果をあげてきたことは、もちろん否定できない事実です。

 しかし戦後の学校教育では、簡略化を進めるばかりで、漢字の字形の面での過去からの継承をほとんど教えなかったようです。つまり戦後の子供たちは、「芸」や「図」は習っても、「藝」や圖」をほとんど教わらなかったのです。

 旧から新への字形の継承をないがしろにしたことの結果として、戦前に印刷された旧字体の書物や雑誌を、今では高校生はおろか、大学生ですら、ほとんどまともに読めないという現実を招来することとなりました。これがマスコミなどでほとんど議論にならないのが、私にはまったく不思議でならないのですが、まったく同一の言語が使われていながら、せいぜい五十年ほど前に印刷された物を、現役の大学生の多くが読めなくなっているという現実は、国の将来にとってまことに憂うべき事態であると思います。

<転載終わり>

 以上、私たちは思考の道具である「ことば」(漢字だけではないが、これも後段に譲りたい)の制限を受け60有余年が過ぎた。もうそろそろその恐ろしさに気づくべきではないか。

-------------------------------------------------------

※《よろんず》は、《THE JOURNAL》の読者が主体となってつくり出す“しがらみゼロ”の究極メディアです。コラムの投稿や企画案は下記URLで受け付けています!
http://www.the-journal.jp/contents/yoronz/2009/06/the_journal.html

2009年6月25日

新コーナー《よろんず》に注目!

《THE JOURNAL》には、毎日数多くの読者コメントがアップされます。

その内容も非常にクオリティが高く、むしろこのサイトは、執筆陣をとりまく読者コメントで成り立っている...と言っても過言ではありません。

その一方、編集部には「もっと議論したい」「コラムを書きたい」といった意見も寄せられており、私たちとしましては、一度読者の方々から“何をやってみたいか”を思い切ってお聞きしようと思いました。

そこで編集部から1つ提案したいのは...

通常のコメントではなく、「メイン記事のつもりで」コメント欄に1000文字以内のコラムを書き込んでいただき、その投稿文の中で「これは面白い!」と思ったものは独立した記事として取り上げ、その記事を元に、編集部が識者や政治家に意見を求める・・・

というものです。

《THE JOURNAL》内に掲載されたニュースを別の視点から分析したり、まったく取り上げられていないニュースについての論評でも結構です。

上記のほかにも「こういう使い方があるのではないか」「こんな企画はどうか」等ありましたら、お気軽に何でも書き込んでみてください。

なお、投稿文に関しましては、文面自体に変更を加えることはありませんが、レイアウトの都合上、「改行」「句読点」「文字詰め」「リンク」等を入れる場合がありますので、あらかじめご了承ください。

《THE JOURNAL》としましては、共感・共有できるテーマでしたら、どんどんそのスペースを拡張していく心づもりでいます。

これはその試みの第一弾です。

みなさん、よろしくお願いいたします!!

関連記事
議論が輿論を創る!《よろんず》が始まります(高野 孟)
http://www.the-journal.jp/contents/takano/



yoronz_banner2.gif

Profile

日本語の「ヨロン」という言葉には「世論」と「輿論」という2種類の漢字があります。実は、この2つの言葉は大きく意味が異なっていて、「世論(セロンとも読みます)」とは「感情的な世間の空気」のことで、「輿論」とは「議論を積み重ねてできあがった公的意見」のことを指します。《よろんず》が目指すものは後者の「ヨロン=輿論」をつくることであり、そのために、《よろんず》では情報のプロ・アマに関係なく自由闊達に議論を交わすための場所を提供します。メディアの調査で発表される「ヨロン=世論」とは違う真の「ヨロン」をつくるため、執筆者・出演者・読者のみなさんに、この新しい“知の共有空間”に参加いただけるよう呼びかけます。

読者投稿募集中!
↓ ↓ ↓
《よろんず》への投稿はコチラから

必ずお読みください!
↓ ↓ ↓
コメント投稿についてのお願い

BookMarks

→ブック・こもんず←



当サイトに掲載されている写真・文章・画像の無断使用及び転載を禁じます。
Copyright (C) 2008 THE JOURNAL All Rights Reserved.