Calendar

2009年9月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      

Recent Comments

官邸の記者会見もいずれ開放される!?
T.O 10/01
通りすがり 10/02
K.K 10/07
通りすがり 10/08
反・記者クラブ 10/10
匿名 10/20
K.K 10/26
。。。 11/01
通りすがり 11/10
K.K 11/12

« 新聞が書かない民主党の「公約破り」
メイン
連続不審死が放置される理由 »

官邸の記者会見もいずれ開放される!?

 民主党政権はやっぱりホンモノだった。

 先々週の土曜日、校了明け朝寝をしていたところをジャーナリストの上杉隆さんからの電話で起こされた。「岡田克也さん、やりましたねぇ」。「ん?」何のこっちゃ。例の密約問題でまた進展があったのかな? なんて寝ぼけていると、「外務省が記者会見をオープンにするって宣言したんですよ」(上杉)。おお、そりゃすごい。「ただ、例によって一般紙では毎日しか書いてませんね......」(上杉)いつものことだ。

 さっそく毎日新聞を広げてみると、〈「全メディアに開放」岡田外相〉という見出しの記事が出ていた。「全メディア」ということだが、とりあえず日本新聞協会、日本民間放送連盟、日本雑誌協会、日本インターネット報道協会、日本外国特派員協会の各会員と、外国記者登録証保持者、また、これらの媒体に定期的に記事を提供する人に限り、フリーランス記者も認める、という。これに対して、「フリーランスに対しては全面開放でないではないか」と批判する人もいるかもしれない。だが、これが国際標準なのだ、と上杉さんは言っていた。

 いずれにしても、試行錯誤の第一歩が踏み出されたことは間違いない。外務省が開けたのだから、と他省庁もドミノ倒しのように会見を開放し出したら、いくら平野官房長官らが抵抗しようと最終的に官邸も開けざるを得ない......、

と考えるのは楽観的すぎるだろうか?

 官邸の記者会見がオープンにならなかった内幕については先週発売の週刊文春の上杉さんのリポートに詳しい。その後の動きと今後について、その上杉さんと神保哲生さんの対談(わたしが司会してます)を今週発売の週刊朝日に載せました。TheJournalの読者のみなさんにとっては、いまさらの内容ですが、この問題があまりに一般活字メディアに露出しないことに対するささやかな抵抗の意味もあります。ご興味のある方はぜひ。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.the-journal.jp/mt/mt-tb.cgi/5983

コメント (38)

■コメント投稿について編集部からのお願い

《THE JOURNAL》では、今後もこのコミュニティーを維持・発展させていくため、コメント投稿にルールを設けています。はじめて投稿される方は、投稿の前に下記のリンクの内容を必ずご確認ください。

http://www.the-journal.jp/contents/info/2009/07/post_31.html

ご理解・ご協力のほどよろしくお願いいたします。

引用「平野官房長官ら」の「「ら」とは一体誰なのか、具体的な氏名が知りたい。
週刊文春に出ているのでしょうか?
それら全員に、キツイお仕置きが不可欠です。

「井の中の蛙」である労働組合の霞の掛かった思考で、大国日本の経営を遣ってもらっては、国が滅ぶ。

<山口様>
お疲れ様です。明日、週刊朝日を買いますよ。ま、いつも買ってますけど。
週刊文春の上杉さんの記事は読みました。鳩山さんと直接話した様ですね「必ず開放するから、もう少し待ってくれ」と言質を取ったとの事。良かったですね。
記者会見が官邸においてクローズドになった理由に関しては諸説あって、真実は判りません。
一、上杉さん神保さんの説は平野主犯論。
二、きっこのblogには、ナベツネが、平野氏や藤井氏に電話をかけまくり、ナベツネの圧力に負けた説。
三、民主党の内部事情に詳しい「気弱な地上げや」さんのblogによると警察サイドからのストップがかかったので平野氏が泥を被った説。
私は、全部当たっていると思います。
別の板にも書きましたが、先週号のアエラのナベツネへのインタビューでは、ナベツネが鳩山さんに対して記者クラブ以外に開くことに反対したとハッキリ語っている。
ナベツネさんを敵に回すと厄介だし、ダメ押しで電話をした事は考えられるし、ビビった平野さんがクローズドのいい訳を考えていたら、警察サイドからのストップがかかり、これ幸いと乗っかったのかもしれない。
上杉さんは、朝生でも官邸の崩壊が始まっていると暗に平野さんへの攻撃をスタートしています。
上杉さんは、鳩山さんと直で話しができるので、上杉さんの頑張りしだいかも知れません。
最近は、TBSのサンデーモーニングでも江川紹子さんが、取り上げています。あと一押しです。

em5467-2こと恵美さん | 2009年9月27日 23:37

関連情報、有り難うございます。
噂とは言いながら、引用【警察サイドからのストップがかかったので平野氏が泥を被った】

1.こういう行動パターンが、「密約」を匂わせて、前時代的ということになる。

2.仮に、警察の横暴な横槍を一旦は引き取っておいて、その確たる証拠を将来に備えた「伝家の宝刀」(一寸大袈裟か(笑))に使う実行可能な謀(はかりごと)があるなら、見直しますが・・。
しかし、そんな確たる証拠を警察が残す筈もなく、一人相撲では・・?
それはそれとしても、前時代的には違いない。

山口一臣様

 外務大臣の岡田克也さんが、2009年9月18日に、一定の場所に記者を集めて説明や質疑応答などにより情報を提供すること(以下「記者会見」と称す)で、外務省の記者会見についての方針を明らかにした事実について、産経新聞(2009/09/18 21:40配信)は「大臣会見に関する基本的な方針について、外務大臣の定例記者会見を、従来の日本新聞協会や日本民間放送連盟など外務省記者会所属記者以外の記者にも、原則として、すべてのメディアに開放する」という趣旨の記事を報道し、毎日新聞(2009年9月19日 東京朝刊)は「外務省での記者会見について、原則としてすべてのメディアに開放すると述べ、記者クラブに所属する報道機関以外にも参加を広げる方針を明らかにした」という趣旨の記事を報道し、スポニチ(2009年09月18日 20:03配信)は「記者会見を同省記者クラブ所属の報道機関に限らず、(原則として)全メディアに開放すると発表した。会見への参加は、危機管理上の配慮から、事前登録を前提とする。従来、閣僚会見は毎週2回、午前の閣議直後に行われていたが、岡田氏は時間の余裕がある午後に外務省内で記者会見する意向だ」という趣旨の記事を報道したようですね。

 産経新聞と毎日新聞およびスポニチの記事は類似しているが、原則としてすべての大衆通信媒体に開放する記者会見は、外務大臣の定例記者会見のみなのか又は外務省でのすべての記者会なのかについての「情報量」はまったく異なりますね。

 因みに、外務省における政治の動きに関係する情報を伝達する手段としては、記者会見のほかに「談話」・「コメント」などがあり、従来、その活動を主催して直接関与していたのは、「公的機関(外務省大臣官房報道課や外務省大臣官房国際報道官室等)」と、「霞クラブ(加入条件は日本新聞協会に加入している新聞社・通信社の外務省を担当する記者)」であり、また、いわゆる「オンレコ」と、「オフレコ」とがあり、何れが主催する場合でも、オンレコの記者会見には、外務省が発給する(発給窓口は財団法人フォーリン・プレスセンター)「外国記者登録証」を所持する外国の大衆通信媒体の記者も参加できという原則はあったようだが、、外務大臣の岡田克也さんが発表した方針について、産経新聞・毎日新聞スポニチともに、「従来の日本新聞協会や日本民間放送連盟など外務省記者クラブ所属記者以外の記者にも…」という趣旨の表現で報道をしているところを見ると、常習的にその原則を逸脱していたと、私は見做すが、真偽のほどは定かではありません。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/16/rls_0329f.html
http://www.pressnet.or.jp/info/seimei/iken20040330.htm

 また、「フリーランス(freelance)」という語で認識する概念は、“中世ヨーロッパで、主君を持たず自由契約によって諸侯に雇われた騎士・傭兵”を指し、ひいては、「自由契約の〇〇」または「臨時社員の〇〇」となり、それが「外人部隊の〇〇」となれば「派遣社員の〇〇」となるでしょうね。

 そこで質問ですが、「記者会見」での取材時には大衆通信媒体(新聞社、雑誌社など)との間で雇用契約が成立していない記者は「フリーランスの記者」に相当するのでしょうか?

 因みに、「フリーランス」の語義からすると、取材時には大衆通信媒体(新聞社、雑誌社など)との間で雇用契約が成立していない記者は、「売文記者」に過ぎないと、私は思量します。

 尚、情報は、①何事が(What)、②如何に(How)、③何者が(Who)、④何処で(Where)、 ⑤何時(When)、⑥何故に(Why)で示される「六何(5W・1H)の要素」で構成され、其々の要素についての情報量が満たされていることが正確性を保証するための原則であるが、情報活動は、巧遅は拙速に如かず又は拙速を聞くとも巧遅に賭さずであり、何事が生起した/生起するかについての情報量は最優先されるが、何故に生起したかに至っては永遠に謎な場合もあり得るので、情報の確実性・適切性を高めるために、各要素は前記①、②、…、⑥の順に優先されるべきでしょうが、件の「記者会見」の内容について報道された情報は、不確実・不適切で、「情報量」が不十分だといわざるを得ないですね。

 因みに、「情報量」とは、或る出来事(事象)に関係して入力された情報が、当該出来事(事象)の実相を確定するのに必要な情報の量に対して内在する確率的な満足量を表現するのに用いる指標であり「インフォーメーションエンタルピー(information enthalpy)」とも称し、「情報量=1-情報変化用量」として計算でき、その値が大きければ情報の明瞭さ・確かさを増すことになります。

 ここで、「情報変化容量」とは、或る出来事(事象)に関係して入力された情報が、当該出来事(事象)の実相を確定するのに必要な情報の量に対して内在する確率的な不足量を表現するのに用いる指標であり「インフォーメーションエントロピー(information entropy)とも称し、情報変化容量が大きければ情報の乱雑さ・不確かさを増します。

 尚、情報量/情報変化容量を判断するときの「情報」とは、あくまで当該の出来事(事象)が生起し易い/生起し難い確率だけによって決まる純粋に数学的な量のことであり、それが個人・社会にとってどれだけ意義のあるものかとは無関係であり、例えば、「外務大臣の定例記者会見のみを原則としてすべての大衆通信媒体に開放する」という事象と「外務省でのすべての記者会を原則としてすべての大衆通信媒体に開放する」という事象では、後者の方が有意義な情報に見えるが、夫々の出来事(事象)の実相を確定するのに必要な情報の量に対して内在する確率的な満足量/不足量を表現するのに用いる指標は同じであり、例えば、件の出来事(事象)に関係して、産経新聞の記事の場合は、外務大臣の定例記者会見以外についての情報量は0であるが、岡田克也さんの発言の趣旨についての情報量は満足している可能性があり、また、毎日新聞の記事の場合は、岡田克也さんの発言の実相についての情報量が不足しており誤報の可能性もある、さらに、スポニチの記事の場合は、閣議後の閣僚による記者会見が主題であることが明瞭に表現されており、岡田克也さんの発言の趣旨についての情報量が三者のうち最も満足している可能性が高いですね。

 然し、報道の目的の遂行に必要な情報についての疑問点は質問して明確にするのが取材記者の仕事であると思われるが、外務省(究極は鳩山内閣)の動きに関係する情報を伝達する手段の開放性についての情報量は、三者ともに不十分であり、政治の動きに関する情報を劣化させる「マスゴミ」に過ぎないと、私は判断します。

民主党に対して冷めてきた。
期待はずれであった。

①まず明治以来という官僚主導のウソ。

戦前、政党政治が盛んな時は政権交代の都度、政府高官を思い切り交代させていた。当時休職制度があり、政党と意見の違う官僚を休職させていた。
官僚が極端に強くなったのは戦時体制からであり、戦後である。明治以来という嘘を言うな。
民主党政権は人事権を行使せず、勇ましさだけで、官僚システムを温存している。馬鹿馬鹿しい。
よっぽど戦前の方が政党が官僚より強かったのである。
戦前を見習ってほしい。

②記者会見しかり、既存体制に対して弱すぎる。自民党と変わらない。
それとなぜ総理がオリンピックを支持するのか。
あれこそ、無駄な公共事業の塊である。都民も反対が多い。
国民は無関心であり、財政を心配している。
スポーツに関してもトップアスリートより底辺を大事にするのが政策ではなかったのか。
しかも、国内は政権交代後、問題山積の折、石原都知事という既存体制の頼みを聞くとは情けない。あまりにも総理は無責任すぎる。
こんなことでは全てに期待できない。
記者会見の公約実現は参院選後、小沢が指導力を発揮する以外実現は難しいだろう。
③大臣に対しての統制力がない。
亀井大臣など言いたい放題である。無責任すぎる。
市場と対話できない政府・政党など今の世界ではいらない。景気に無関心というのもおかしい。
中国でも市場と対話している。
こんな政党には期待できない。

 週刊誌も「利権」を求めているようにしか見えません。新聞やテレビばかりずるい、と。
 だがあなた方の信用はどうなのですか?政府要人が会見を誰にでもオープンにする。聞こえはいいが、リスクもあります。見ず知らずの人間が「私ジャーナリストです」と言って参加して、テロでも起こされたらたまりません。
 あなた方はそこまでの信頼を勝ち得ているのでしょうか?はなはだ疑問です。
 山口氏の前スレで、週刊朝日に掲載したある記事に対する疑問の声、謝罪を求める声が寄せられましたが、どう対応するのかすべてオープンにしてください。週刊新潮の「大誤報」でも見られましたが、週刊誌に対する一般の評価は「卑怯で信用できない」です
 訴訟で勝った件数など自慢になりません。訴訟を起こされること自体問題なのです
 記者クラブ解放を叫ぶなど1000万年年早いというものです

<平野主犯論>
を支持します。顔つきがネズミ男そっくりだから。いかにもそういうことをやりそう。彼がカウルを被った様子を想像してみてください。

まっ、無知な大衆の判断はこういったところで。

山口さん、おはようございます(いま28日5:20頃です)

週刊朝日山口さん、ヴィデオジャーナル神保さん、フリーランサー上杉さんという記者クラブ以外の最強ともいえるジャーナリストがこぞって問題視していた民主党政権の記者会見開放問題。
僕もすごくいやな感じに思っていました。
なにしろ政権立ち上がりの時でしたから。
でも、冷静に考えれば、民主党主催と記者クラブの主催の違いがあったのでしょうね。
いままで、もっていたものをひっぺがえすというのは、やっぱり簡単なことではなかった。
僕たちとしてはいまがチャンスじゃないかと思っちゃうんですが・・・。

ただ、大きな流れはもう変わっていることは間違いないでしょう。
岡田さんの外務省会見の開放、鳩山さんの「もうちょっと待ってて」発言にしても、まず大丈夫だと思います。
ただ、チェックするってことを忘れてはいけないと思います。

僕は鳩山政権の立ち上がりに対して50点をつけていたんですが、70点に盛り返してきた。
マイナスは鳩山さんのオリンピック誘致演説のためにIOC総会へいくという点などですね。

いまは批判を控えよう、まだはじまったばかりじゃないかという意見がありますが、これはよくない。
文句があったら、その都度いっていかないと、そのうち、いいたくてもいえなくなってしまうときがきたら、時すでに遅しですよ。政治を変えるのは、小さな積み重ねからはじめていかないと。
私にも文句があります。
情報公開は、自民党時代に比べ、大臣の明確な発言によって、国民に伝わりやすくなったとは思います。
でも、フリーランスの記者にもきちんと情報を公開してほしい。企業メディアや、そこに勤める記者たちが、いい加減な報道をしていることは、もうよく知られている事実ですから。質のいいジャーナリストと競合していけば、企業傘下の記者たちも、あぐらを書いてはいられなくなるし、小沢さん問題ももっと国民に伝わるはず。
第二に、鳩山さんはオリンピックをやる必要はないといってほしいです。いま政府がやるべきことは、この国を派手に飾り付けることではないはず。国民だって、オリンピックには冷めています。やりたがっているのは、都知事だけでしょう。そういうことはきちんとしてほしい。
第三に、亀井大臣はもっと、他の連立与党や大臣と連携してほしい。連立なんですから。
第四に、消費者庁の引継ぎがいまだに行われていないことを、週刊朝日で読み、仰天しました。野田聖子という人は、あくまで内田長官を守り抜きたいんですね。福島さん、もっと毅然としてください、消費社庁内の大臣室にいまだに入れてもらえないなんて、情けないとは思いませんか。

山口一臣様

 人間の本性は悪であり、たゆみない努力・修養によって善の状態に達することができるとする性悪説を唱えた荀子は「信を信ずるは信なり、疑を疑うもまた信なり」と説いているが、これは、信ずるべき内容の情報を信ずるのは信用・信義・信頼に値するが、疑うべき点を疑わなければ、信用・信義・信頼は成立しないという自然法に基づく因果の道理に従った情報活動の原理原則についての説教だと、私は理解します。

また、荀子は「知らざれば則ち問い、能わざれば則ち学び、能ありと雖も必ず譲り、然る後に徳ありとなす」と説いているが、これは、情報量が少なすぎる、即ち、情報変化容量が多すぎれば更なる情報収集(取材)をし、情報を読み・書き・算盤(勘定)する能力、即ち、「リテラシー((literacy))が不足しているときは学び、有能と雖も自説に固執せずに反対意見も十分に聞き、然る後に、情報活動の世界における有能な工作員・編集者・記者としの仕事ができるという自然法に基づく因果の道理に従った情報活動の原理原則についての説教だと、私は理解します。

さらに、荀子は「人は生まれて群なきこと能わず、群して分なければ即ち争う」と説いているが、これは、人間は本能的に、「共同体」を作り、集団的な行動をするが、利益の分け前が不十分ならば競争をすると自然法に基づく因果の道理に従った人間の習性の原理原則についての説教であり、国家・政党・閣僚・官僚なども記者クラブ・日本新聞協会・日本民間放送連盟・日本雑誌協会・日本インターネット報道協会・日本外国特派員協会なども、すべて、この原理原則の範囲内に存在しているに過ぎないと、私は理解します。

因みに、「共同体」とは、人間が共同生活を行っているところにできる特定の「社会」を指し、いわゆる「コミュニティ(community)」と同義語であるが、人間の本質的要素の中に、一般には本能と呼ばれているが、実は「DNA(デオキシリボ核酸:遺伝子の本体)によって決められている「集団欲」という欲求を満たすために、人間は生活や行動の諸様式、換言すると文化を入れる器としての「社会」や「集団」などの「共同体」をつくり、しかも、それは歴史的にさまざまな様態を示して、それぞれの実態に即しながら、人々は「共同体」についての、新奇な工夫・着想や観念・理念および意見などを持ち、また、変革することによってさらに新しい「共同体」の成立と発展をも促してきたのであるという考え方を「共同体思想」というらしいですね

 結論的に、従来「記者クラブ」に所属せずに、公的機関の記者会見に参加できなかったといわれる日本雑誌協会・日本インターネット報道協会・日本外国特派員協会の会員の方々も「共同体」を作って記者会見に参加できるように集団的活動をして、政治の動きに関しして国民に知らされる情報の、情報変化容量を削減して、情報量が増加するような情報活動を報道業界全体がするような果報を、私は期待します。

 因みに、週刊文春の10月日号(定価350円)を購読して、ジャーナリスト上杉隆さんの告発レポート《総力特集 書かれざる「民主スキャンダル」 「政治主導」に忍び寄る危機》という記事をざっと拝読しましたが、いわゆる「journalism/journalese」といわれる、新聞体(普通, 新聞・雑誌に用いられる、大げさな表現や、決まり文句の多い散漫な文体)の域を超越して、興味本位な記事を売り物にする報道の仕方に過ぎず、凡その事柄については情報源が曖昧で信頼性に乏しく、情報変化容量は、いわゆる「記者クラブに」所属する大衆通信媒体の垂れ流す「マスゴミ」を増幅するだけだったというのが、現実を見ない机上の理想主義の視点から、私の率直な感想です。

尚、前記記事を読んで、以前、上杉隆さんから取材手法への批判や、誤報であると批判された産経新聞記者の阿比留瑠比さんが、上杉隆さんは伝聞に基づいて記事を書いているというような反論をした記事を、阿比留記者ブログで読んだ記憶がよぎりましたが、関連する事柄についての事実関係の真相は定かではありませんが、上杉隆さんの記事と阿比留瑠比さの記事は、「どっこいどっこい」だと、私は推量します。

ということで、今週発売の週刊朝日に掲載された、山口一臣様が司会をし、上杉隆さんと神保哲生さんの対談による「その後の動きと今後について」の記事が、政治の動きに関しして国民に知らされる情報の、情報変化容量を削減して、情報量が増加するような内容であることを、私は期待します。

無国籍人 | 2009年9月28日 00:30 の続き・・

くどく執拗に、平野氏批判。
山口さんの【最終的に官邸も開けざるを得ない......、と考えるのは楽観的すぎるだろうか?】のご見解は「楽観的」ではなくて、「無邪気過ぎる」について:
併せて、ナベツネ氏ご本人が自認しているという「平野氏への圧力」の脈絡で・・

1. 仮に、鳩山首相の軌道修正によってオープンな会見が実現したとしても、淡白に無邪気に水に流すべきではない。「政府広報ほかの重責を担う官房長官」平野氏の今回の誤った判断事例には、最悪の場合「更迭」を排除しない「きついお仕置き」が不可欠である。「オープンな会見の不開催」は現象面に過ぎないのであって、対処されるべき問題の根っ子は、その不開催を決定した官房長官平野氏の「判断能力の欠如」であると考えています。

2. 今回の如き重大な判断ミスを犯した者に「根本的な処置」を施さず続投させれば、将来今回以上の甚大な判断ミスを予想せざるをえない。この鋭いリスク感覚の「かもしれない運転」が、鳩山政権が一億二千万人国民への責任を果たして行くことを可能にしてくれる道だと信じます。重要人事とはそういうものだと・・、それが重職に付く者に「日頃の深い覚悟」を要求しているのだと・・。

3. ナベツネ氏は日本のメディア界はもとより政界をも牛耳って来た(言葉は悪いが・・)重鎮であり、新政権への圧力が有効に働くと本人は自負していることは間違いなかろう。それ故にこそ、「平野氏への圧力」を自認し証言しているのでしょう。
ナベツネ氏についての以上の全ての側面が、「前時代的」であり、「鳩山政権に対する最悪最強の抵抗勢力」であることの証左であろう。新政権には、この種圧力を跳ね返すことが、今後政権が生き残り国民のための政策をQuickに実行するために、政権幹部が共有すべき重大な責務であった。平野氏はその絶好の機会をみすみす逃した・・、ばかりではなく、その圧力に屈し国民との重要な約束を反故にした。
軽々な処置で済ませる事案ではない。

Mochizuki様の「情報の授受」、「情報量の意味」、「フリーランスの所以」など、メディアに興味を抱く私としては、大変勉強になります、有難うございます。
ところで、山口編集長の《民主党政権の記者会見開放問題》についてですが、最近の《THE JOURNAL》情報を見る限り、歴代の民主党代表者が約束してきた「政府会見を記者クラブ以外のメディアにも開放する」という“公約”を果たすことなく、新内閣発足の記者会見も閣僚の会見も、従来通り官邸記者クラブである内閣記者会に対してのみ行なわれ、その後外務省だけが原則解放を打ち出した経緯と聞いています。
つまり、小沢氏の「…自民党の幹事長をしていたとき以来どなたとでもお話をしますよ…、この考えは変わりません」や、鳩山氏の「私としては、当然ここはどんな方にも入っていただく公平性を掲げて行く必要がある。そのように思っています」との言に沿っていないことを批判されているということなのでしょう。
神保氏や上杉氏が、朝まで生テレビ等の場でこの件を繰り返し指摘されておられることも、我が国にとって情報開示の重要性は急務で不可欠だということも承知の上で、言わせていただければ、それこそ明治以前の江戸時代から連綿と続いてきた政官財癒着構造にメスを入れ、日本的近代化にようやく手がつくかという今、拙速に見かけの開放を進めても禍根を残しかねない気がします。
象徴のような官邸記者クラブをはじめ、各省庁や地方行政機関、また各種民間団体に置かれた記者クラブの扱いの他、誤報道、悪意の報道ビジネスへの対処にも配慮しつつ、必要な情報の公開を実施すべきではないか、と考えます。
むしろ、この番組改変期になって特に頻繁に放映される、何とかならないものでしょうか。現役与党議員が多数出演し、国民の死活にかかわる問題を面白おかしく、しかも肝心な論議はいい加減で、単にお笑いネタとして扱う姿こそ、大衆迎合で衆愚政治の極み、と私には写ります。議員を辞職してから出演させるべきではありませんか。政治家としての矜持を疑います。

 記者クラブを廃止し、会見にフリーランス等自由に取材する機会を設けることについて、やらないよりはやったほうが良いという意味で賛成です。
 当初、事務次官(官僚)記者会見を禁止したことについて「なんて、バカで小心な対応か」と唖然としました。記者会見はこれまで通り行わせるべきです。
 会見で政治的意見を述べた場合その程度に応じ処分等対処すれば済む話ではないでしょうか。
 よっぽど自信がないのか何を恐れているのでしょうか不思議でした。
 記者クラブの廃止云々は制度上の問題です。
 自由な記者会見だけで情報開示がより進展するとは思いません。
 記者の資質、能力の問題です。
政府(大臣、官僚等)のレクチャーを聴きおくだけの記者だけでは意味がありません。
 取材を重ね本質を見極め、問題点、疑問点を指摘することができ、官僚等に緊張感を与えることができるかどうかが問われています。
 馴れ合い質問でなく、より情報公開や本質に結びつくような回答を得られるだけの質問ができるかどうかです。
 制度論を述べるのも大事ですが、記者の取材能力のほうがより大事ではないかと思います。
 
 記者会見の問題から離れた問題で此処で取り上げるかどうか迷いましたが平野氏の件が出ているので民主党の地方組織全般にもかかわる問題として取り上げたい件があります。
 堺市長選挙の問題です。今回は府知事が応援する新人が自公推薦で党本部の推薦はないが民主党の地域支部、連合(自治労)が支援する現職を大差で破りました。
 橋下知事の人気恐るべしというところですが、政権党としての民主党は何をしているのでしょうか
大阪府蓮会長の平野氏の責任は大きいと思います。地方選挙については地方に任せるのが現在の党本部の方針ですが地方組織は連合頼みの全く脆弱な組織で民意を全く汲み取ることができません。
 地方議会は首長に対しオール与党体制で改革の意思は見られません。この談合的で既得権益擁護を是とする体質が松下労組出身の労働貴族である平野氏にないのかどうか気になるところです。
 大阪府蓮会長として堺市長選に対する責任ある発言を聞きたいところです

山口一臣様

 上杉隆さんと産経新聞記者の阿比留瑠比さんの、靴の上から足を掻きあっているような批判合戦の一面を記した阿比留記者ブログの記事を見つけましたが、当該の案件については山口一臣様も関与しておられたようですが、事実関係が明らかになって解決したのでしょうか?
 「週刊朝日・上杉隆氏の記事に反論します」(2008/10/30 16:07)
  http://abirur.iza.ne.jp/blog/entry/775624/

 一つ疑問に思うことは、いわゆる「ジャーナリスト」と称する人々は、同じ土俵の中で論争することを避ける習性があるようですが、その理由は、情報の「読み・書き・算盤(勘定)の能力」について自信がないのでしょうか? それとも、互いに、いわゆる「journalism/journalese」といわれる、新聞体(普通, 新聞・雑誌に用いられる、大げさな表現や、決まり文句の多い散漫な文体)で討論すると収集がつかなくなり、不毛の論争に終わることが分かっているからでしょうか?

で、ブログでの申し開きはしないんですか?
せっかく直接意思表明できるツールとしてブログをやってるなら例の件についても改めて謝罪したほうがいいんじゃないですか?

っていうか、本当に民主党支持者なんですね・・・ダメだめ編集長さんは
現政権のグダグダな部分は一切ここには書かない
前政権のときとはえらい違いだ
一方に肩入れするのはあまりよろしくないのでは?

昔から週刊誌はそもそもいい加減な事しか書いてない物とのイメージがあります。(失礼ながら)

記者クラブの解放もフリーランスの記者を応援しているのが本筋ではなく、記者クラブの弊害の解消を希望しているのがその中心ではないですか。

官僚リーク、オフレコ、偏向報道に記者クラブは貢献してきました。それが「国民の知る権利」を阻害している。「情報は国民の大切な財産である」ということ。これを私物化し、情報操作に利用、悪用してきた事を国民は怒っているのです。

正しい情報を国民に知らせよ。当たり前の要求を政府、報道機関、報道関係者に求めているだけです。

また個人的に気にるのは、TVのニュース報道に関して、画面下にテロップ(文字)を流して声優が声を出してイメージを与えるような手法があります。情報の所在を曖昧にし、取材側の責任も曖昧で偏向報道の手口かもしれませんが不快感があり止めてほしいです。

取材能力、報道能力の向上のためにも記者クラブの問題を解決して上杉さんや神保さんが活躍できることを期待しています。

国会では民主党が多数議席を確保しましたが、全国津々浦々では、まだ自公官、利権政治が鋭意継続中です。市町村民を楯に彼らはその後に隠れて旗振りしています。これから改革を推進するためにも国から市町村まで情報公開(ディスクロージャー)を徹底成功させて、理解と協力を求める事必須です。

批判は早すぎる。攻守360°全く変わったわけで官邸各省庁の状況把握が最優先でしょう。
それに政権交代の成果はすでにかなりの部分で見え始めていると思う。
自民党政権下では決して見えなかった運輸行政やダム行政の内実が見えだしたし。メディア改革も出来る事から実行はしている。
各大臣動きも活発だし最初の3ヶ月間でどれ位の事をやってくれるかそしてどれ位の問題提起をしてくれるかが大事じゃないのかなぁ?
私は期待しています。

八ッ場ダムにしてもトーク番組で大臣が数百か所のダムの事業認可時の予算が最終では5倍~10倍に膨れ上がって来たことを表を支持しながら説明していた。マスコミが今、口を閉ざして決して報道しない数字を生放送で公開し指摘したた事も進歩だと思う。

溜まりに溜まった膿を出すために有権者として、しばらくの間は世論の力で政権を後押ししてあげる事が大切だと思う。そうする事で今までのタブーがタブーで亡くなるのだから。

山口さん

 有難う御座います。上杉さん、神保さん、山口さんが積極的に動かれて、情報発信頂き、また、民主党にも働きかけ頂き、事態の改善の希望が出て来ました。
 言論のの自由は、正しい情報が国民に伝わってこそ、また、国民の意思が政治に正しく反映されてこそ、保証されると思いますので、今後とも、記者クラブ解放への奮闘を期待します。また、私たちも、ネットであれば、民主党への働きかけも出来ますので、積極的にやって行きます。よろしくお願いします。

平野の内閣発足からの行動を見てみると、こやつが主導したと見て間違いないだろう。

1.記者クラブ制度撤廃の阻止
2.官房機密費公開の阻止
3.自らが代表を務める大阪府内の堺市長選挙で党方針に逆らって、相乗り候補を支援。

週刊誌でも平野が官邸を壟断しつつある様子は描かれており、今すぐに斬るべきではなかろうか。

記者クラブ主催の会見だからクラブ会員以外には開かないのは当たり前といえば当たり前です。
鳩山政権は会見を全て政権主催にして、オープンにすれば良いだけの事です。
ただ、記者クラブ主催の会見も求められれば開かざるを得ないと思いますが、そこではあまり情報を発信しない(ショボイ会見にする)方針で臨みましょう。政府主催会見に行かないと良い情報は取れないという風に持っていけば自然とクラブ主催の会見は廃れていくと思うんだけどなぁ。
官僚(次官)会見は勝手にやらしておけば良いと思います。ただそこで現政権の方針に反する発言があれば更迭すれば良いのです。
職業選択の自由は全ての国民に与えられている権利です。嫌なら辞める、これも権利です。

週刊誌が「信頼できるメディア」でないとね
嘘八百、デマばかり書いてるくせに、記者クラブ解放とかなにを偉そうに
週刊誌に載った記事をストレートに信じている読者が一人でもいると思ってるんですか?記者クラブがあろうがなかろうが、あんたらのやってることは同じさ

山口一臣様

 「週刊朝日」10/9 2009(定価350円)を購読して、山口一臣様が司会をし、上杉隆さんと神保哲生さんの対談による《緊急対談「官僚に侵され始めた民主党」「官邸」はなぜ記者会見を開放できなかったのか》と題した記事を拝読しましたが、いわゆる「journalism/journalese」といわれる、新聞体(普通, 新聞・雑誌に用いられる、大げさな表現や、決まり文句の多い散漫な文体)と、興味本位な記事を売り物にする報道の仕方のどちらにも属する内容であり、凡その事柄については情報源が曖昧で信頼性に乏しく、情報変化容量は、残念ながら、いわゆる「記者クラブに」所属する大衆通信媒体の垂れ流す「マスゴミ」を増幅するだけだったというのが、現実を見ない机上の理想主義の視点から、私の率直な感想です。

 即ち、記事の内容は、①何事が(What)、②如何に(How)、③何者が(Who)、④何処で(Where)、⑤何時(When)、⑥何故に(Why)の六要素、即ち、「六何(5W・1H)の原則」で構成されるべき情報が不明瞭だから、情報変化容量が減少させる、即ち、情報量を増加させる効果は何もなく、情報よりも信頼性・確実性・適切性を高めることができる信号は見出せずに、従来よりも雑音が増加したて、信号対雑音比が小さくなったに過ぎないと、私は批評します、

 その原因は、山口一臣様および上杉隆さんと神保哲生さん又は私のうち、何れか一方または双方の、情報の「読み・書き・算盤(勘定)の能力」、即ち、「リテラシー(literacy)」が、不足していることにあると思いますので、次の事柄についての信頼性・確実性・適切性を高めて情報変化容量が減少するような記事を発表して情報補償をしていただきたいと、私は思量します。

 因みに、「読み・書き・算盤(勘定)の能力」または「リテラシー(literacy)」とは、情報に使われている文字・音声・電磁波などの国語的・文法的な意味を明らかにし、情報の論理的な配列を考慮して、情報活動の目的に従って拡大解釈や縮小解釈もしくは類推解釈または反対解釈などの解釈技法を駆使して合理的な解釈や工作をするために有効となる個人的・組織的な知能・知力・理知・理解力・聡明さ・利発さなどを指す「情報工作」または「インテリジェンス(Intelligence)」を以て所期の目的(意図・方針・目標)を成し遂げることのできる力であり、それが欠乏すると情報を劣化させて目的の遂行を疎外する苦素に堕す危険性が高いと、私は思量します。

 尚、私的な約束であろうと公的な約束であろうと、密約であろうと公約であろうと、些細な約束であとうと大きな約束であろうと、約束は遵守するのが当然であり、些細な約束を守れない人に大きな約束を守れる例はなく、小さな約束を守らない者は土壇場になると必ず裏切るから信用できないというのは世界の普遍的な常識だと、私は思量します。

 従って、或る特定の人物や団体の信用を失墜させる目的の情報戦は、俗受けするような大げさな表現や決まり文句の多い散漫な文体と興味本位な記事を売り物にするやり方を以て、公約違反・約束破りとか責任能力・道徳観・倫理観の欠如などという心像を大衆に刷り込む情報・風評を繰り返し垂れ流す情報活動の主効果および交互作用によって、容易に目標が達成できるが、山口一臣様または上杉隆さんもしくは神保哲生さんの内の何れかもしくはお三方は、故意にまたは未必の故意で鳩山内閣または民主党の信用を不法に毀損している危険性が高いと、私は思量しますので、次の疑問を提起しますので、お答え頂ければ幸甚です。

先ず、「民主党が早くも公約を破った。記者会見を記者クラブ以外のメディアにも開放するといいながら、できなかったのだ。官僚はこれまで記者クラブを利用してメディアを動かし、政治をも操縦してきた。記者会見の開放は『脱官僚』の戦いの第一歩。民主党は早々と敗北を喫したのだ。この問題に詳しい二人のジャーナリストが語る」という部分に関係して質問させていただきます。

 「公約」という語で認識する一般的な概念は、“公開の場または公衆に対して公に約束すること”を指す」はずですが、民主党が、「(官僚・閣僚の)記者会見を記者クラブ以外のメディアにも開放する」という趣旨の公約をしたという事実を、私は知りませんが、その事実が真実であるということを「六何(5W・1H)の原則」に沿って証明してください。

 また、鳩山由紀夫さんの内閣総理大臣の就任記者会見には、記者クラブの会員以外の記記者も参加していたようですが、“記者会見を記者クラブ以外のメディアにも開放する”という十分条件を満足しているとはいえないが、最低限の必要条件は満たしていると、私は判断しますが、私の判断は間違っていますか?

 更に、「官僚はこれまで記者クラブを利用してメディアを動かし、政治をも操縦してきた」というのは、事実だと、私も推察できますがが、然し、「記者会見の開放は『脱官僚』の戦いの第一歩」というのは、国語的・文法的に明らかな間違いであり、「脱官僚依存」または「脱官僚支配」と表現すべきだと、私は判断しますが、私の判断は間違っていますか?

 また、所期の目的を遂行する上では、「小異を捨てて大同につく」というか、「ミクロ・小局で失敗しても、マクロ・大局で成功すること」が肝心であるが、「民主党は早々と敗北を喫した」とか“民主党が官僚に侵され始め”という、山口一臣様の判断が妥当であるということを客観的に論証して下さい。

 結論的に、記事の件の部分は、「journalism/journalese」といわれる、新聞体(普通, 新聞・雑誌に用いられる、大げさな表現や、決まり文句の多い散漫な文体)と、興味本位な記事を売り物にする報道の仕方は、俗受けして売り上げの向上にはなるかも知れませんが、政治の動きを国民に知らせることの所期の目的を遂行する情報活動の情報変化容量を減少させて情報量を増加させるのに有効な信号は見当たらず、まともな情報活動を阻害する雑音を垂れ流して信号対雑音比を低減させて情報を劣化させる苦素に過ぎないと、私は思量しますが、異論・反論・抗議などがございましたらお知らせ下さい。

 次に、新保哲生さんの「もともと民主党は野党時代から記者会見を広く開放していたし、鳩山首相も『政権交代しても会見はオープンですからどうぞお入りください』と広言していたのです。これは明確な公約違反です」という発言に関連して質問します。

 この発言に含まれる情報の「六何(5W・1H)の原則」について明確にしてください。

 因みに、鳩山由紀夫さんの発言は民主党の代表または幹事長であった当時のものと推定されますが、それに対して、「鳩山首相も『…』と広言していた」という表現は妥当性を欠くと、私は判断しますが、私の判断は間違いでしょうか?

 また、「政権交代しても会見はオープンです」という約束の趣旨は、“民主党が政権を獲得しても引き続き、民主党の記者会見を広く開放し続けます”と解釈するのが妥当であり、内閣総理大臣の就任記者会見などを記者クラブの会員以外の記記者にも開放するという約束ならば「政権交代したら会見をオープンにします」と表現にすべきだと、私は思量しますが、私の情報解釈は間違いでしょうか?

 さらに、「広言」という日本語で一般に認識する概念は“無責任に大きなことを言い散らすこと、また、その言葉”を指しますので、鳩山由紀夫さんの発言が広言であることを承知していながら「明確な公約違反です」と騒ぎ立てるのは論理矛盾があると、私は判断しますが、私の判断は間違いでしょうか?

 もし、鳩山由紀夫さんの「責任」を追及するのならば、当時の権限を斟酌した上で、どなたか特定のジャーナリストとの私的な約束を公言したというのが妥当だと、私は推定しますが、この推定は間違いでしょうか?

 因みに、鳩山由紀夫さんは5月の党代表の就任会見で、フリー・ジャーナリストの上杉隆さんが、首相就任後、記者クラブをオープンにするかどうかを聞いたところ、「私が政権を取って官邸に入った場合、上杉さんにもオープンでございますのでどうぞお入りをいただきたい」と発言したという未確認情報がありますが、実際には上杉隆さんは記者会見場に入ることを誰かに阻止されたのでしょうか、それとも別の事情により、ご自分の意思で入場しなかったのでしょうか?

 次に、新保哲生さんの「私の取材では、記者会見を主催する内閣記者会に『会見をオープンにしなくてよい』という意向を伝えたのは官邸の報道室という担当部署でした。そして「入れるのは雑誌と海外メディアだけでいい」と伝えたのは平野博文官房長官だった」という件に関して質問します。

 この発言に含まれる情報の「六何(5W・1H)の原則」について明確にすると共に、信頼性・正確性について明瞭にするために、官房長官の平野博文さん及び官邸の報道室の担当者の取材をしたか否か、また、取材をしたならばその結果を、取材をしなかったのならその理由を明確にご説明ください。

 2009年9月16日に開かれた内角総理大臣就任の会見は、会場となる首相官邸と記者クラブの共同主催で開催されたという未確認情報がありますが、これは誤報でしょうか?

 因みに、記者会見を主催したのが内閣記者会であるならば、参加者の資格要件を決定して、現実に申請者を調べて、不都合な者が入り込むのを阻止することの責任と権限は記者会にあると、私は思量しますが、記者会見への参加を拒絶された記者の方々はどのような申請をして、どのような理由で参加を認められなかったのか、明確にご説明ください。

 また、「会見をオープンにしなくてよい」という言葉の趣旨は、“誰にでも参加できるほど開放的にしなくてもよい”という意味であり、それは内閣総理大臣の就任記者会見ということを考えれば当然の処置だと、私は思量しますが、私の考えは間違っているでしょうか?

 さらに、「入れるのは雑誌と海外メディアだけでいい」というのは、記者会見場に入れるのは雑誌と外国の通信媒体だけでよいという意味であり、直訳するとへんてこりんな意味になるので、行間を読めば、内閣記者会主催の記者会見場に入れるのは、「日本放送協会」・「日本民間放送連盟」・「日本新聞協会」・に加盟する各社と雇用契約があり、且つ、官邸記者会の会員に加えて、前記各社と雇用契約をした記者および「日本雑誌協会」に加盟する各社と雇用契約がある記者ならびに、「日本外国特派員協会」の各会員と、「外国記者登録証保持者」が含まれていればそれで良いという事だと、解釈するのが合理的だと、私は思量します。

 ここで、「フリーランス記者」という表現も曖昧ですが、記者会見を行う時点で所定の大衆通信媒体に属する協会または会社と雇用契約があれば、それが自由契約による雇用であろうが臨時的な雇用であろうが、短時間労働の雇用であろうが、雇用形態に拘わらず原則として入場が認められるが、然し、雇用契約が存在しない「売文記者」は原則として記者会見の開放の対象外とするのは、「報道倫理」の面を考慮すれば、当然の措置であり、また、「日本インターネット報道協会」は、首相官邸での内閣総理大臣就任時の解放的な記者会見の対象外となりますが、これらが事象は「公約違反だ」と大騒ぎするほどの大問題ではないと、私は思量しますが、私の考えは間違っているのでしょうか?

 因みに、報道界の社会規範として、例えば、「日本新聞協会」には「新聞倫理綱領」があり、それに基づいて、産経新聞社には「産経新聞社記者指針」があるように新聞・通信の各社にも記者指針はあるだろうし、また、放送関係みは放送法に基づく行動倫理があり、各社には記者指針があり、記者会会見場に入場する記者の資格要件として、法令および記者会見の主催者が規定する規則や「報道倫理」の要求事項を遵守すること/コンプライアンス(compliance)を尊重するのは、興味本位な記事を売り物にする報道の仕方による政治の動きに関係する情報の劣化を予防するのは当然の措置だと、私は思量しますが、私の考えは間違っているでしょうか?

 尚、大げさな表現や、決まり文句の多い散漫な文体を以て表現する新聞記事が「新聞倫理綱領」や「産経新聞社記者指針」(他社の記者指針を私は知らないので代表例としただけですが…)の要求事項に対して不適合と思しき記事をしば見受け、産経新聞の読者サービス室やizaのブログなどで指摘したことがありますが、まともな回答を得たことはありません。

然し、それら新聞の記事よりも、週刊文春の10月日号(定価350円)を購読して、ジャーナリスト上杉隆さんの告発レポート《総力特集 書かれざる「民主スキャンダル」 「政治主導」に忍び寄る危機》という記事および「週刊朝日」10/9 2009(定価350円)を購読して、山口一臣様が司会をし、上杉隆さんと神保哲生さんの対談による《緊急対談「官僚に侵され始めた民主党」「官邸」はなぜ記者会見を開放できなかったのか》と題した記事は、政治の動きについての情報を酷く劣化させた「マスゴミ」だと、私は判断しますが、異論・反論・抗議がございましたらお知らせください。

mochizukiさんとやらさ、あなたの書いていることは全く的外れで、間違っているよ。読んでいるこっちの方が恥ずかしくなるような内容だから、こういうところにそんな文章を長々と書くのはやめてくださいよ。

書き込むのなら、せめてもう少し勉強してから書き込んではどうですか。

だいたい神保さんの名前すらちゃんと書けてないじゃないですか。

”新保”哲生さんの 「私の取材では、~」のくだりについては
http://www.jimbo.tv/commentary/000585.php
にありますよ。
ネット上でかなり広範に回し読みされた記事です。

そもそもこれは週刊誌の対談記事ですよ。何が5W1Hですか。

5W1Hがかっちりした記事ではあなたのような方が読めないだろうから、上杉さんや神保さんのソフトな語り口で語ってもらっているのが、わからないのですか。

mochizuki | 2009年9月29日 20:26の訂正とおわび:
誤「新保哲生さん」
正「神保哲夫さん」

 神保哲夫様はじめ、関係者の皆様方には、私の不注意による記入間違いでご迷惑をおかけしたことを陳謝いたします。申し訳ございません、お許し下さい。

田崎様(2009年9月30日 03:10)

ご意見ありがとうございました。
然し、貴方様がご指摘の内容は、的外れにも及びませんが、的の内外に拘わらず、週刊誌の記事が、政治の動きに関係する情報を劣化させているという事実を確認する有効な根拠にはなると、私は思量します。

 因みに、拙文に記載してある通り、「週刊朝日」(10/9 2009)の《緊急対談「官僚に侵され始めた民主党」「官邸」はなぜ記者会見を開放できなかったのか》と題した記事について、その内容が、情報変化容量が減少させる、即ち、情報量を増加させる効果は何もなく、情報からは信頼性・確実性・適切性を高めることができる信号は見出せずに、従来よりも雑音が増加したて、信号対雑音比が小さくなった原因は、山口一臣さんおよび上杉隆さんと神保哲生さん又は私のうち、何れか一方または双方の「読み・書き・算盤(勘定)の能力」が不足していることにあると思量し、私は批判しているに過ぎませんので、記事の中に記述も参照もされていない他の資料を持ち出して、私の意見や私の人格を誹謗するのは的外れにも及ばないことを、先ず指摘させていただきます。

 次に、“新保哲生”さんの「私の取材では、~」の件に関係して、私の誤りについては、私の読み・書き・算盤(勘定)の能力が不足していたのは事実ですが、「神保哲生」さんと表記すべきところを、私が間違えたことを、、田崎様が指摘してくださったお陰で、事実を確認するのに必要な最小限の情報量は満たされていたことが証明できたと思量し、田崎様に感謝いたします。

これも、お読みいただいた田崎様の方が恥ずかしくなるような内容でも、こういうところに長々と書いた文章の冗長性の賜物だと、私は思量します。

 因みに、情報通信の文章に使われている文字を「信号」と「雑音」の区別したとき、冗長部分は「雑音」の範疇ですが、冗長部分には「信号」の記入間違いや誤解を補償する効果があり、日本語の文章の冗長度は、一般的に40%くらいだといわれているようですが、私の場合は、昔から誤字・脱字が多く、一般の方々よりも冗長度が高くなる習性がありお見苦しい文章を恥かしげもなく晒して、ご迷惑をおかけそますが、どうかご容赦下さい

 次に、神保哲生さんの「私の取材では、~」の件に関係して、私が引用した文章に誤りがないのに、神保哲生さんの真意が表現されていなかったとしたら、その原因は、山口一臣さんと神保哲生さんのうち、何れか御一方または御両方の読み・書き・算盤(勘定)の能力が不足していたことが原因だと、私は判断しました。

尚、紙面の制限の関係で、神保哲生さんの真意を記述仕入れない場合は、参考資料を参照できるようにするのが情報工作の基本的な作法であり、週刊誌といえども例外ではないと、私は理解しております。

因みに、田崎様からご紹介いただいた資料がネット上でかなり広範に回し読みされた記事だとしても、その資料の存在について週間朝日の件の記事の中では一切記述されていないので、その資料を根拠にして週刊誌の読者を誹謗するのは、的外れにも及ばない傲慢さだと、私は思量します。

 結論として「そもそもこれは週刊誌の対談記事ですよ。何が5W1Hですか。5W1Hがかっちりした記事ではあなたのような方が読めないだろうから、上杉さんや神保さんのソフトな語り口で語ってもらっているのが、わからないのですか。記者は「誰かがこう言った、ああ言った」と書き連ねるのが報道だと思っている。しかし世の中に本当の事を言う人間はいない。都合の悪い事は控えめに、都合の良い事は大声で言う。政治家ならなおさらだ。政治は毎日が戦いの連続である。地元にも党内にも国会にも敵がいる。それらの敵に勝たない限り、自らの理想は実現できない」という田崎様のご見解が、週刊誌の記事が政治の動きに関する情報を劣化させる正体の一部であることが証明されたと、私は思量します。

 因みに、報道の「不偏不党」た「中立」が机上の空論だと、私は思量しますが、利害が対立する事柄については、両側の当事者・関係者に対して公平に取材して記事にし、もし、片側の機関紙なら立場を明確に表明するのが、本来の報道倫理のあり方だと、私は思量します、いわゆる「イエロージャーナリズム」は対象外でしょうが…。

平野氏がネズミ男なら、藤井氏はヨーダになり、当然、鳩山氏は宇宙人である。
民主党は魑魅魍魎という事か?
「はやく人間になりたーい!」
「みんなでやろうぜ!」

田崎様(2009年9月30日 03:10)

 神保哲生さんの「私の取材では、記者会見を主催する内閣記者会に『会見をオープンにしなくてよい』という意向を伝えたのは官邸の報道室という担当部署でした。そして「入れるのは雑誌と海外メディアだけでいい」と伝えたのは平野博文官房長官だった」という件に関してしてご照会された次の資料を拝読しましたが、残念ながら、情報源は不明確な推測(憶測?)記事であり、私の疑問についての解答は何も得られず、却って、「マスゴミ」状態が深刻化して「信号対雑音比」が減少したという果報でしたが、悪しからずご了承下さい。
http://www.jimbo.tv/commentary/000585.php

 因みに、神保哲生さんは「今回は震源地の特定までは白黒はっきりつけることができましたが、そこから先の最後の本丸が特定できないのが、申し訳ありませんが今の私の限界です」という記述しているが、然し、「民主党が早くも公約を破った・民主党は早々と敗北を喫した・官僚に侵され始めた民主党」などという騒動の震源地は、上杉隆さんと神保哲生団であり、それを増幅したのは山口一臣さんであるという推定事実についての情報量が増加して、情報量変化容量は減少し、相手の本丸は永田町(首相官邸/民主党)と霞ヶ関(各省庁)であり、対象が政治家か官僚の内何れか一方または双方であることは明確になりましたが、騒動を起こして政治の動きに関係する情報を劣化させる御三方の目的の主体が世俗受けする雑文や雑誌の売り上げ向上は瀬あるのは当然なたら予想できるが、余震の期間と規模および主効果と交互作用については、私の読み・書き・算盤(勘定)の能力では正確には推定できません。

 また、神保哲生さんの「鳩山総理や平野官房長官に直接記者会見でこの問題を質せれば簡単に解決することですが、まだ会見には出られないので、今すぐにそれは叶いません。そもそもそんな質問ができる人が会見に入れていれば今回の問題もなかったわけで、例の『カギのかかった箱の中に入ったカギ』問題の解決は簡単ではないわけです」という記述つについては、理解できますが、官邸記者会が主催またはする統治する記者会見に参加して質問することはできなくても、「日本雑誌協会」や「日本インターネット報道協会」および「日本売文業協会?」などが共同で記者会見を主催することを首相官邸に請願するとか、内閣総理大臣の鳩山由紀夫さんと内閣官房長官の平野博文さんに個別の取材を申請するとか、質問状を送付するなど、「カギのかかった箱」の中身を確認する手段は、種々あると、私は思量します。

 また、神保哲生さんは「いずれ総理会見や官房長官の会見に出られるようになったら、それも聞いてみることにします」と、気の長い、楽天的な記述をしているが、自分の推測(憶測?)の裏付けも取らずに「これは明確な公約違反です」などという事実を公然と開示することは、「報道記者」としては自殺行為になる危険性が高いと、私は思量します、尤も、「イエロージャーナリズム」に転向すとという手もあるでしょうが…。

 因みに、イギリスのウエブスター英英辞書に「或る事実が起きていても、その事について情報を手に入れるまでは、そのことがなかったときと同じ状態にある――これを情報という」とおい解説があるらしいが、反対解釈をすれば「或る事実が起きていなくてもても、その事について情状の報せを受けてしまえば、その事があった場合と同じ状態にある――これも情報という」となり、情報の本質を捉えており、また、日本の「知らぬは亭主ばかりなり」とか「一犬が影に吠ゆれば、百犬が声に吠ゆ、一人が虚を伝えれば万人が実を伝える」という古語は、情報の働きの側面をよく捉えていると、私は思量します。

 尚、神保哲生さんは「それにしても、昨日までは鳩山さんに記者会見やぶらさがりで何でも聞けたのに、権力の中に入ったとたんに、何一つ問いただすことができない雲の上の人になってしまったなんて、やっぱり権力っていうのは怖いし、厳しい監視が必要ですね。リバイアサンの本領発揮というところでしょうか」と述べていますが、権力・権利を以て支配する側に保障・防衛の本能が働くのは当然での現象だと、私は思量します。

因みに、「政治を軽蔑する人間は、結局は軽蔑に値する政治をしか持つことが出来ない」というトーマス・マンの言葉を類推解釈すると、「政治権力を怖れる人間には、怖れに値する情報しか取材することができない」また、「政治の動きについて劣化した情報が蔓延する社会には、劣化に値する政治しか存在し得ない」ことになるから、国民は情報の読み・書き・算盤(勘定)の能力を修練し、「心して情報を監視せよ!」ということになると、私は思量します。

 さらに、神保哲生さんは「本当は、メディアが力を合わせて、リバイアサンと戦っていなければならないはずなのに、記者クラブメディアと非記者クラブメディアにまんまと分断されてしまってね。この分断統治こそが、リバイアサンのもっとも得意とする戦術であることを、ぼくたちは今あらためて肝に銘じる必要がありますね」と述べています。

ここで、「リバイアサン」という語で神保哲生さんが表現する怪物の概念が定かではないが、
英国のトマス・ホッブズとい政治哲学者が1651年刊行した『Leviathan」という著書のなかで「旧約聖書の怪物リバイアサンに譬えて、国家は社会契約によって成立したものとして、国家主権への絶対的服従」を説いたらしく、大衆通信媒体は、如何なる方針と戦略目標の下に、力を合わせて「リバイアサン(民主制の国家・国民が持つ主権?)と戦っていなければならないと主張するのか、私は理解できません。

因みに、国家・国家主権(即ち国民の総意)という捩じれ渦を巻いた怪物が織り成す政治の動きに不正がないかを監視するために必要な情報の情報変化容量を減少させ、情報量が増加するような記事を国民に提供するために、それぞ大衆通信媒体が読み・書き・算盤(勘定)の能力を切磋琢磨する競争を以て情報活動を展開することを、私は要請します。

今日発売の文春によると、記者会見開放は岡田大臣だけでなく、同日に亀井大臣も行っていたのですね。
会見を開いた時間は亀井氏の方が早かったため、記者会見開放一番乗りは亀井氏の方でしたが、事前の通告はなく殆ど突然だったため、会見に臨めたフリージャーナリストは上杉氏だけだったようです……。
何はともあれ、これで岡田氏の外務省と、亀井氏の金融庁が一歩を踏み出しました。
この調子で、他の大臣も続いて欲しいです。次はどこの記者会見が開放されるのか、楽しみになってきました。

政権交代の経済効果は2兆円超で日経平均株価1万3千円突破・・・

週刊朝日でこのように謳っていたのですが、反省の弁はまだ?

なぜかここのブログの更新が最近遅くなってきてますね。選挙前には頻繁に更新されていたように思われますが。
そこではやれ鳩山の献金は問題ないだとか小沢の献金は国策調査だとか大変熱心にやられていたようですが現在の政治状況については何もないのでしょうか?
赤字国債発行や子供手当の審議先送りなどホットなニュースが出てきたので国士であられる山口様なら歯に衣着せぬブログを書いていただけると信じています。
まさか政権交代がおあったので仕事終了という訳じゃないですよね。

自分の資産を他人名義で自分に寄付w

どうみてもマネロンだろ?

以前スーパーモーニングで
一人だけ
記者クラブ問題を
言ってましたね!
周りは完全にスルーでしたが。
すごい勇気だと思いました。
これからもがんばってください☆

埋蔵金ってどうなったんでしょうか?
まさかテレビ番組の「徳川埋蔵金」のようなオチじゃないですよね?民主党とその支持者の皆さん!?

過去最大の赤字国債なんていう話まで飛び出しましたが、こんな時こそジャーナリズムが疼かないのですか、編集長?

本当に更新しないのですね。
いつも楽しみにしていたのに残念です。
でも、これから国会も始まるし山口氏の仕事も増えるでしょう。論戦になって民主が窮地に追い込まれれば更新の回数も多くなるでしょう。なかなか突っ込みどころの多い民主党ですから。鳩山首相の献金問題、赤字国債の増発、東アジア共同体、環境問題。選挙前にマニュフェストで言っていたこととずいぶんぶれてきてますからね、色々楽しい言い訳が聞けるでしょう。山口氏にはそれらを補強する素敵なブログを期待しています。
これから忙しくなるでしょうからどうぞ体には御自愛下さい。

あまりに発言がブレるので、うかつに記事にしたくても出来ないんだろう
前原のJALタスクフォースは成果を上げることなく解散。ただ金を無駄遣いしただけ。
長妻は記者会見から逃亡。逃亡したのを事務方に責任転嫁。後期高齢者医療制度即時廃止できず公約違反。
岡田は禁断の天皇政治利用しようとして集中砲火。給油、普天間問題でも迷走。
そして鳩山は故人献金などの問題がさらに発覚してもはや止められない。発言は毎日ブレ続け擁護は不可能。小沢に院政を敷かれて指導力皆無。国会答弁でも未だに前政権の批判で乗り越えようとして、まともに質問に答えられず。


はたして週刊朝日はこんなネタ要素満載の政権をいつまで擁護し続けるのだろうか。
自民政権がいかにまともだったかよくわかる。

本当に更新しないんですね。

暫らくは政治についてのブログの更新はないのでしょう。新政権は明確な方針を出せてないですからね。何かを書けば擁護のつもりが揚げ足取りの材料になりかねないですからね。
ということで、最近話題の市橋容疑者を巡るマスコミの動きか、オバマ大統領来日にかこつけたアメリカの対応についてのブログが出てくるんじゃないですか。

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)

※[投稿]ボタンをクリックしてから投稿が完了するまで数十秒かかる場合がございますので、2度押しせずに画面が切り替わるまでお待ちください。

Profile

山口一臣(やまぐち・かずおみ)

-----<経歴>-----

1961年東京生まれ。早稲田大学第一文学部卒。ゴルフダイジェスト社勤務を経て、89年朝日新聞社入社。高校時代から愛読していた『朝日ジャーナル』編集部に配属され、あこがれの「ファディッシュ考現学」(田中康夫)を担当するも3年で休刊の憂き目に。『週刊朝日』へ異動し、事件&事件の日々を送る。その後、何を血迷ったのか広島の公教育問題で日教組を徹底批判し、「朝日なのに産経と論調が同じ」と物議をかもす。9.11テロ直後のニューヨーク、パキスタンを取材。米軍によるアフガニスタン市民への誤爆を伝えまくる。デスク時代に北朝鮮拉致被害者関連の記事で下手を打ち、『週刊文春』に叩かれ、副編集長を解任、更迭される(停職10日の処分付き)。その後、広報部へ配属されるが約半年でお払い箱。百科編集部で子ども向け週刊科学誌『かがくる』の創刊などに携わり、05年5月から再び副編集長、同年11月から、『週刊朝日』第41代編集長に。85年にわたる『週刊朝日』の歴史で中途採用者が編集長になるのは、これが初めて。

-----<出演>-----

『スーパーモーニング』
(テレビ朝日系、8:00~)

『愛川欽也 パックインジャーナル』
(朝日ニュースター、毎月第1土曜)

『大竹まこと ゴールデンラジオ』
(文化放送、毎週火曜・5月8日から)

『週刊朝日編集長登場』
(asahi.ポッドキャスト)

BookMarks

週刊朝日 談[DAN]
http://www.wa-dan.com/

好評発売中!
↓ ↓ ↓

詳細はコチラ

只今発売中!
↓ ↓ ↓

詳細はコチラ

→ブック・こもんず←



当サイトに掲載されている写真・文章・画像の無断使用及び転載を禁じます。
Copyright (C) 2008 THE JOURNAL All Rights Reserved.