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2009年5月28日

看過できない党首討論での麻生発言

 昨日の党首討論における麻生太郎首相の発言について、おなじみ郷原信郎教授が鋭く問題点を指摘しています。ひとりでも多くの人にぜひ、読んでいただきたいと思います。

http://www.comp-c.co.jp/pdf/20090528_issue.pdf
「首相が『罪を犯す意思がない行為でも逮捕される』と公言する国」

 郷原さん、完全に呆れてます。簡単に言うと、まずは以下のやり取りを読んでください。

麻生:いろいろご意見があるようですけども、まず最初に、先ほどのお話をうかがって、一つだけどうしても気になったことがありますんで、ここだけ再確認させていただきたいのですが、正しいことをやったのに秘書が逮捕されたといわれたんですか。

鳩山:本人としては、政治資金規正法にのっとってすべて行ったにもかかわらずと。これは本人が昨日、保釈をされました。そのときの弁であります。

麻生:基本的にご本人の話であって、正しいと思ってやったけれども、法を違反していたという話はよくある話ですから。少なくとも、それをもって国策捜査のごとき話にすり替えられるのは、本人が正しいと思ったというお話ですけれども、本人が正しいと思ったことであっても、少なくとも間違った場合は逮捕されるということは、十分にある。それは国策捜査ということには当たらないのではないかと私どもは基本的にそう思っております。

 きのう、ぼくもTheJournal編集部の竹内君から電話で感想を問われて、「内閣総理大臣でありながら、『無罪推定』という日本の刑事司法の大原則を踏みにじるとんでもない発言だった」と指摘させていただきましたが、こうして文字に起こしたものを読むと、確かにこれはとんでもない発言ですね。

 要約すると、「罪を犯す意思がない行為でも結果的に間違ったら逮捕される」ってことですよね。これ、内閣総理大臣の発言ですよ。おそらく、いや間違いなくこの人は日本の法律を理解していないのだと思います。日本の刑法38条1項は「罪を犯す意思のない行為は、罰しない」とあり、これは憲法で「天皇は日本の象徴である」と規定されているのと同じくらい、刑法においては基本の「キ」といえるものです。郷原さんは、「検察を含む行政全体のトップである首相が、その基本原則に反する発言をするというのは、法治国家としてありえないこと」と断じています。確かに……。詳しくは、郷原さんの論考をぜひ、ご覧ください。

http://www.comp-c.co.jp/pdf/20090528_issue.pdf

 ちなみに、ぼくが驚いたのは次のくだり。

麻生:いろんな議論を積み重ねて、少なくとも、後援会には企業団体からの寄付は禁止になったわけですから、そういった意味では、それを犯された方が、そこにいらっしゃるわけです。

 これは鳩山さんが色をなして怒るのも無理もない。いったいだれが罪を認定したというのでしょうか。これは新聞・テレビがタレ流した「完落ち誤報」に直結する問題です。みなさんもご存じのとおり、各紙が「違法献金を認める供述をした」と報じた小沢一郎前代表の公設秘書は、保釈後、次のようなコメントを発表しています。

「問題とされている政治資金に関しては、私は政治資金規正法の定めに従って適切に処理し、かつ、そのとおり政治資金収支報告書に正しく記載したものであり、法を犯す意図など毛頭無く、やましいことをした覚えはありません。この点は、裁判の中できちんと争うべきことで、自分の主張は法廷で明らかにして参りたいと思います」

 つまり、明確に否認しているわけです。
 本人が認めていない明確な否認事件にもかかわらず「それを犯された方が、そこにいらっしゃる」とは、どんな神経をしているのかと思います。

 この人には、法治国家日本の大原則のいくつかがまったく認識されていないということです。これは漢字を読めない、舌禍が多いといった話とはまったく次元の異なる、もっともっと、それこそ「とてつもなく」ひどいことじゃないでしょうか?

 日本の刑事司法の原則は、「疑わしきは被告人の利益に」「百人の罪人を見逃しても一人の無辜を罰するなかれ」という法格言にあるとおり、「無罪推定」がはたらきます。公判前の被告人は「無罪」とみなすという考えです。その「無罪」の被告を、起訴した検察側が証拠によって有罪であると立証し、裁判所がそれを認めた時点ではじめて「有罪」となるのです(なんて、こんなところで説明するまでもないことですが……)。これは郷原さんの指摘する刑法38条と同じく刑事司法の基本中の基本の「キ」ですよね。

 ときあたかも裁判員制度が導入され、近く裁判員裁判が開始されようとしているこのときに、内閣総理大臣たるこの人が、こんな原則を無視した発言を国会でするというのは、いったいこの国はどうなってしまっているのでしょう。と、マジで思った。

 いずれこのコラムでも書こうと思っていたことですが、ぼくは裁判員制度が成功するかどうかは、この「疑わしきは被告人の利益に」の原則が津々浦々にきちんと理解されるかどうかにかかっていると思っています。

 は~。すみません、つい力が入ってしまいました。でも、あんまりですよね。

 そうしていつもいつものことながら、絶望的な気持ちになるのが、この「とてつもないこと」を問題視する論調が新聞・テレビにはまったく見られないこと。しかたないので、なんとか来週号の週刊朝日に無理やり突っ込めないか算段しているところですが、なんでこうなんでしょうかね。それとも、こんなことが気になるぼくのほうがヘンなのかな? 新聞記事は、西松建設問題で応酬があって、あとは二人のやり取りの一部を紹介する程度で、なんかピンずれなんですよね。なんでなんでしょう。

「鳩山VS.麻生 どっちに軍配」とか、点数つけてみたり。きのうはぼくも、「鳩山さんがちょっと有利」みたいなこと言ってしまいましたが、これは麻生さん失格負けでしょう。っていうか総理の資格ゼロです。法の原則を知らない、守らない。

 それはさておき、あまりにいろいろなことがあるので、ついうっかり忘れてしまっていましたが、そもそもこの麻生政権ってのは政権としての正統性があるんでしょうか?

 小泉政権は間違いなくみんなで選んだ、正統性のある政権だったと思います。それを引き継いだ安倍政権も500歩譲って「小泉改革を継承」とか言ってましたから……(でも、郵政造反組を戻したか)。それから、福田、麻生と解散もなくたらい回しでしょ。安倍も福田も麻生も、少なくともみんなが選んだ政権じゃないですよね。

 しかも、麻生はハッキリ「郵政民営化は私は反対だった」と言ってますから。そもそもこの人、選挙のために総理になったんじゃなかったでしたっけ? まあ、それは自民党の都合だから目をつぶってあげてもいいですが。すぐに解散して民意を問うていればね。でも、民意の評価にさらされることをずっと逃げ回っているのは、どうなんでしょう。

 みんなが選んだわけじゃない政権がみんなの税金を無駄に使おうとしている。素朴に考えて、ちょっとおかしいと思うのですが。「納税者を愚弄するにもほどがある!」って、今週号の広告につい書いちゃったけど……。思いませんか?

2009年5月26日

小沢戦略が功を奏した? さいたま市長選

 名古屋市長選に比べるといまいちマイナーかもしれませんが、24日に投開票が行われたさいたま市長選の結果には、正直言って驚きました。じつは私、さいたま市民なもんで……。

清水勇人(47)  15万5966票・・・民主党県連支持
相川宗一(66)  9万8816票・・・自民党県連・公明党県本部推薦
中森福代(59)  6万2991票・・・前自民党衆院議員

 と、ご覧のように民主党候補が自公候補に6万票近い大差をつけての当選で、新聞各紙も「鳩山民主、初陣飾る」「民主、衆院選へはずみ」といった表現で報じています。

 何が驚いたかって、この票差です。これには、自民党本部にも衝撃が走ったはず。自民党は県レベルで相川氏を推す一方、同党前衆院議員の中森氏が「政令指定都市で初の女性市長」を訴えて出馬し、事実上、保守分裂という事情があったものの、清水氏に15万票以上も集まるとはだれも予想していなかったと思われます。

 中森氏は今回6万票余で3位でしたが、05年の前回選挙では相川氏に1万3000票と肉薄した実績があります。ところが、清水氏についていえば、選挙最終日にJR大宮駅で応援演説に立った渡辺喜美衆院議員が「泡沫だったが、現職の背中が見えた……」と率直に述べていたように、事前の下馬評では今回も保守一騎打ちと見られていたのです。前日の新聞も「各陣営横並び」「情勢は混とん」との予測でした。

 さいたま市民の実感としても、相川氏は現職市長なのでもちろん知っているし、中森氏も国会議員なのでまぁ、知ってる人は知っているていど。2人の知名度と比べると、清水氏は一応、県議会議員でしたが、ほとんど無名といっていい存在でした。もともと自民党所属の議員だったようで、今年3月に離党したとか。彼が民主党の候補だと認識していた市民はあまりいなかったのではないかと思います(って、私だけかも?=ポスターをよく見ると「枝野幸男全面支援」というシールが貼ってあった)。

 しかし、ふたを開けてみれば泡沫からの逆転、大差での勝利。有権者の1票で世の中が変わることを見せつけた意義は大きかったと思います。敗れた相川氏が、「政策論争にならず、衆院選の前哨戦に位置付けられてしまった」と分析しているように、原因は国政の自公連立政権に対する閉塞感がそのまま反映されたと見るべきでしょう。前回の35・51%だった投票率も今回は42・78%と7・27ポイントも上昇しました。

 清水陣営によると、「小沢辞任」以降、急速に支持を拡大したといいます。GW明けの辞任→間髪を入れない代表選→速やかな新体制発足と、まさに小沢戦略が功を奏したかたちです。私は現場を見ていないのですが、とくに、21日に就任直後の鳩山由紀夫新代表が応援に入ったことで大きなはずみになったそうで、一般有権者には、マスコミの「小沢院政」「傀儡」批判はほとんど通じていないといっていいでしょう。選挙期間中はほかに菅直人代表代行、前原誠司副代表らも応援に駆け付けつけたそうです。

 民主党の代表選前には、「(国民的人気の)岡田なら任期満了、(小沢傀儡の)鳩山なら早期解散」なんて解説も見られましたが、こうなると自民党はどうなるのか。名古屋に続く2連敗、これで千葉で負けでもしたら大変でしょう。いまさら「麻生おろし」もできないだろうし。日曜日のNHKに出ていた石原伸晃幹事長代理が小沢一郎民主党代表代行の秘書の事件に触れ、「自民党なら議員辞職だ。小沢氏は議員を辞めずに代表代行になった」と批判していたそうですが、この人は世の中がすでに「次のステージ」に移っていることをまったく理解できていないようです。

 自民党、というより麻生太郎首相の最大の失策は、これまで何度か解散のチャンスがあったのに逃げ回ったこと。あの就任時、民主党へ挑戦状をたたきつけるかのような施政方針演説は何だったのか、「民意を問う」と宣言した月刊誌「文藝春秋」の手記は何だったのか、と思ってしまいます。「小沢秘書逮捕」の好機も生かせず、結果として小沢氏を野に放ってしまったことも失敗でした。結局、「サミットだけはどうしても出たい」といった個人的な欲望を優先したため、大勢を見誤ってしまったのでしょう。

 すみません、話がさいたまから逸れてしまいましたが、とにかくビックリしたので書きました。

2009年5月24日

“三日天下”だった麻生政権の支持率回復

 3月3日の「小沢秘書逮捕」以降、麻生政権は内閣支持率をじわじわと上げ、首相にふさわしい人でも民主党の小沢一郎前代表を抜き去り、つかの間の「わが世の春」を謳歌していた。だが、それもわずか2カ月半であっさり逆転された。先週末に実施された世論調査をみればわかるように、民主党の党勢回復は明らかだ。

 この間の麻生政権の支持率の上昇は、検察の不公正な捜査が国民世論を捻じ曲げた結果であり、政権の実力ではなかったことがこれではっきりした。新聞では定額給付金や高速道路の割引が評価されたという解説もあったが、それを本気で信じていたとしたらあまりにおめでたい話である。国民はもうとっくに麻生政権、というより自民党政治を見離している。理由は、この未曽有の経済危機に繰り出す政策があまりにデタラメだからだ。

 麻生太郎首相自身が「評判いいだろう」とご満悦の高速道路の週末ETC割引も、結局はCO2をまき散らし、大渋滞を引き起こしただけの天下の愚策だったことがバレた。トラックなど商業輸送が渋滞に巻き込まれ、コスト増になり、経済にとってはかえってマイナスだったこともわかった。結局、あの割引は景気対策などではなく、ETC関連の天下り団体が潤うための政策だったと批判されても仕方ない。

 現在、参議院で審議中の補正予算総額15兆円の「経済危機対策」はもっとひどい。

 TheJournalでもすでに蓮舫氏が指摘しているように、官僚の天下り先である独立行政法人や公益法人への2兆8000億円をはじめ、使い道のはっきりしない基金が4兆4000億円、地方公共団体に6兆円……と予算の実に95%以上が「官から官」へ流れることになっている。作家の堺屋太一氏は週刊朝日の取材に対して、「目玉もなければ鼻筋もない、むじなのような予算です。かねて役人がやりたいと思っていたこと、けれども国民のためにならないので抑えられてきたことが、洗いざらい出てきた」感じだと語っている。経産省の中堅官僚の一人も「机の奥で塩漬けになっていた紙をどんどん持っていった」と本音を吐露した(週刊朝日5月15日号既報)。

 無駄遣いの象徴として批判の対象になっている「アニメの殿堂・国営マンガ喫茶」こと国立メディア芸術総合センターについて、5月20日の参院予算委員会で民主党の大塚耕平議員が「『アニメの殿堂』、いろいろ含めると200億円くらいかかるんです。今年度から全廃された生活保護の母子加算手当も200億円くらい。母子加算を残し『アニメの殿堂』を来年まで待つという議論がなぜできなかったんですか」と問うと、舛添要一厚労相がこう激昂した。「1億2500万人が食っていくために経済成長戦略をやらなければいけないのです。政策の優先順位とバランスは、政治の決定です。決定が違うなら、キチンと選挙で戦いましょう」。舛添厚労相の言葉はある意味、正論だ。母子加算手当と「アニメの殿堂」のどちらを優先するかで、ぜひ選挙をやってほしい。有権者の多数が「国営まんが喫茶」を支持するならば、それはそれで仕方ない。

 ちなみにこの「アニメの殿堂」に関しては、与謝野馨財務相が明らかな虚偽答弁をしていた。前出の大塚議員の追及に「(センターは)長年の懸案。有識者の方々に会議を開いてもらって決めたこと」などと反論したが、有識者会議が開かれたのはたった半年の6回だけ。しかも、週刊朝日が入手した議事録によると、4月21日の会議で突如「メディア芸術の国際的な拠点の整備について」と題する「案」が配られ、ある委員がこんな感想を述べている。「われわれの検討の結果でこれが決まったのではないと思うのですけれども、すばらしい速度で進んで……」。さらにこの日の会議の最後に青木保文化庁長官がこう締めくくった。「予算が急につくのもアレですけれど、こういう機会は、まず今後50年は来ないでしょうね。100年は来ないかもしれませんね」。

 とまあ、こんなんは氷山のほんの一角なのだ。予算説明書や各省の明細書を見ても、わざと検証しづらいようにできている。週刊朝日では川村昌代記者が専属で精力的にリポートしているが、「税の無駄遣い」は今後も監視を続けるつもりだ。

2009年5月16日

「小沢院政」で何が悪い?

 やっぱり気になるのでちょっとだけ書かせてもらう。

 メディアには「小沢院政」「小沢傀儡」という文字がたくさん躍っているが、ちょっと冷静に考えて欲しい。そんなことがありうるだろうか。「院政」って、具体的にどういうことなんだろう。ちょっとアバウト過ぎないか? それは、ぼく自身もこれまで相当アバウトに言葉を使ってきたと正直、思う。ただ、いったん気になり出すと、このメディアのいい加減な言葉使いが自分自身に対する反省も込めて気になってくる。

 たとえば、鳩山さんが代表選に勝つとメディアはまた「小沢傀儡」とか「院政」とか書くのだろうか。具体的にどういうことなんだろう。もちろん比喩だってことは百も承知だけれど、言葉の印象から想起されるイメージは、鳩山さんが小沢さんの言いなりになったり、重要なことは小沢さんの意向で決まり、それを鳩山さんに命じてやらせるってことだろう。常識で考えて、そんなことがありうるのか?

 小沢さんは別に鳩山さんの雇用主でもなんでもないし、わからんけど、たぶんカネ(個人的資産)だって鳩山さんのほうがありそうにみえる。鳩山さんが小沢さんに従わなければならない理由があるのだろうか。何かごっついスキャンダルでも握られているのだろうか。そんなことでもなければ60を過ぎた大の大人が、他人の「言いなり」になるはずがないと思うが、違うかな? それとも、政界にはぼくの知らない特殊なルールがあるのだろうか。

 たとえば、鳩山代表のもと、小沢さんが選挙対策本部長にでもなったら、それこそ鬼の首を取られたかのように「傀儡」「院政」と書かれるのだろう。でも、ふつうに考えたら代表が上司で、本部長が部下だ。鳩山代表が小沢さんの選挙仕切り能力を「使える」と判断して、鳩山さんが小沢さんを使っているという関係じゃないのか。

 もちろん、親しい関係にあれば判断に迷ったり悩んだりしたとき、相談したりすることはあるだろう。その頻度が多いかもしれない。でも、それは何か問題なのか? もし、岡田さんが選挙に勝って代表になった後に、岡田さんを支えてくれた前原さんや野田さんを党の要職に就け、ことあるごとに相談したら、メディアは「前原院政」「野田傀儡」と書くのだろうか? それのどこが悪いのか理解できない。

 何が言いたいのかというと、メディアはこの民主党の代表選について本質的なことを伝えているのだろうか、ということだ。西松事件報道以来、この新聞のアバウトなワーディング(たとえば「巨額献金」という言葉が安易に使われている。「巨額」というのは具体的にいくら以上なのか。「自民党の派閥領袖クラスの3倍」とか、「○○億円にものぼると」か、具体的に書いてもらいたい)がとても気になるようになった。代表選もそれを引きずった報道ぶりだ。「傀儡」とは何なのか。「院政」とは、どういう状況を指して言うのか、明確でない。同様に「小沢路線の継承」という言葉も、イメージだけで中身がない。「小沢路線」とは、具体的に何を意味するのか。まさか、「古い自民党の体質を引きずる路線」という意味ではなかろうに。

 新聞を読んでいると、まるで民主党内が「小沢派」と「非小沢派」の分かれてしのぎを削っているかのように見える。ものごとを何でも○か×かの二分法に単純化して理解しようとすると、大事なことを見落とす可能性がある。なんて第三者的に偉そうなこと言える立場じゃないけれど(天ツバ?)。

 それはさておき、あと数時間で民主党の代表が決まる。どっちがなっても重要なのは、きのうの記者会見で岡田さんが「全員野球でなければ政権交代できない」と強調していたように、新代表の下に党が一丸となってまとまれるかどうかだろう。

 今朝の新聞はどこも「鳩山有利」を伝えているが、最後までわからないのが民主党のいいところだ。自民党の過去3回の総裁選はすべて茶番で、最初から当選者がわかっていた。安倍さん、福田さん、麻生さん。事前の予想どおりの結果である。民主党はそうはいかない。前原さんが管さんに逆転した例もある。新聞の予想に反して岡田さんが代表に選ばれたら、また小沢さんの悪い癖が出て「プイ」とへそを曲げないか。辞任会見であれほどはっきり「挙党体制の一員として新代表を支える」と宣言していたにもかかわらず。あるいは、鳩山さんが勝つとまた、外ではなく内部から「院政」批判が飛び出さないか。

 以前、二木啓孝さんがTHE JOURNALで、民主党は結党以来、執行部に入れなかったグループは批判ばかりで「日本文句垂れ党」と呼んでいると書いていたが、今回、取材した感触でもそこが最大のネックだと思った。どっちが代表になっても、各グループが足を引っ張り合う体質が改まらなければ選挙には勝てない。ぼくが麻生さんだったら、どっちがなっても選挙をできるだけ先延ばしして民主党が「文句垂れ党」になるのを待つけどな。実際、西松事件で、まんまとそれが当たったわけだから。

 だから、まったく次元の低い話だが、所属議員が悪口のいい合いをやめて、党が結束できるかどうか。感情を排してロジカルにものを考えることができるかどうか。まさに、民主党の政党としての真価が問われる局面だろう。

 そんなわけで、来週(火曜日)発売の「週刊朝日」は実はきょうが締め切りで、降版時間を大幅に延長し、代表選の結果を踏まえた誌面を大展開する予定です。
 まず、新代表のもとで麻生自民と戦った場合の議席数を緊急予測をやります。
 代表選の舞台裏と、ぼくが気になっている「メディア伝え方の検証」はジャーナリストの上杉隆さんにお願いしました。その他、鴻池スキャンダルは政局にどう影響したか、あるいは小沢さんの処遇をめぐる暗闘など、きょうも朝早くから記者が駆けずりまわっているところ。新聞やテレビには出ていないディープな情報を盛りだくさんでお届けしたいと思っています。どうぞご期待ください。

 それと、宣伝ついでにもうひとつ。ぜひ読んでもらえたら嬉しいのが、大阪で起きた父親が息子を殺したバラバラ事件のリポートです。統合失調症の息子を抱え、自らの生活も苦しくなり追い詰められていくさまは、どこかでなんとかならなかったのか。自分があの父親の立場だったらどうしたか。何ができたか。こうした困難の多くを家庭が背負わなければいけない、いまの日本の現状など。短い記事ですが、いろいろ考えさせられる内容になっています。取材は週刊朝日のエース、藤田知也記者が担当しています。

http://asahi.way-nifty.com/

2009年5月15日

第3の候補 擁立工作失敗!

昨夜アップした民主党代表選の「第3の候補」擁立工作は、やはりうまくいかなかったようです。
きょう未明に情報源から連絡がありました。

しかし、事情を聴くと、なんだかなぁ……。
結局、日本の政治は、「あいつは好き・嫌い」といった、感情がかなり優先されるようですなぁ。

2009年5月14日

【特報】民主党代表選 第3の候補が急浮上!

いやぁ、しかし、どっちが勝つんでしょうねぇ。代表選は。
(しかし、弊誌親会社の社説にはぶったまげました……)

新聞等の解説にあるように、週刊朝日の取材でも、現状では鳩山さん有利で岡田さん猛追のようすです。
とくに参議院の人たちが鉄板のような鳩山支持で、岡田陣営がどこまで崩せるかといったところがひとつのポイントらしいです。

確かに参議院は選挙がないので世論に鈍感なところがあるのかも。
言われているように、前回の参院選の当選組も多く、いわゆる小沢シンパの牙城らしい。

ただ、岡田支持派の人たちの話を聞いてきた記者の報告では、陣営はけっこう強気で、残されたわずかな時間での逆転は、十分可能との感触をもっているとのことでした。

昨夜までの「鳩山有利」は、かなり混沌としてきたようです。

そんな折りも折り、世間では「鳩山vs.岡田」の一騎打ちと見られるなか、かねて囁かれていた「第3の候補」が急浮上している、との情報が入ってきました。
長妻さんじゃありませんよ。
でも、みなさんがよく知っている人です。
(鳩山さん、岡田さんより若いです)

おそらく今夜あたり(つまりいまごろ)、最終的な詰めに入っているとことのようです。
擁立工作が成就したら、けっこうダークホースになるかもです。

民主党の代表選の規定ってどうなってるんでしょうね?
もし、自民党みたいに最初の投票で過半数がとれなかったら……
みたいなことになっていれば、2位、3位連合とかの可能性も。

週刊誌屋としては、それはおもしろくなったほうがいいので、こうした動きは歓迎です。

それにしても、新聞やテレビをいくら見ていても、「小沢氏との距離」とか、「小沢院政」とか、あるいは「岡田氏は原理主義者」とか、「カタブツ」だとか、「無愛想」だとか。あるいは、どのグループとどのグループが支持に回ったとか、そんな話ばかりが解説されている印象です。

それはそれで確かに面白いんですが、政策的にどうなのか、てなところがほとんど伝えらていない。
それがこの国の政治風土といってしまえばそれまでですが、ちょっとさびしい気がします。

ふたりは、これまで民主党が掲げていた政策を変えるのか変えないのか、修正するとしたらどの点なのか。
ついさっきも、うちの部員が近所のラーメン屋のおやじから、「やっぱ、小沢さんが降りたら、高速道路タダはなくなるんだろうか」と聞かれたそうです。
そうした素朴な疑問から、基本的な政治理念はどこにあるのかといったようなことまで、たぶん知りたい人もたくさんいるでしょう。
伝えて欲しいと思うのです。

週刊朝日の締め切りが間に合えばやりたかったのですが、次回の発売は代表が決まった後になります。
代表選の舞台裏など現在、鋭意取材中です。
渾身の誌面をお届けするつもりですので、ぜひご期待ください。

2009年5月13日

医療従事者を「水際」から地域へ戻せ!

 先週末、新型の豚インフルエンザがついに日本に上陸した。といっても、これは時間の問題で、さして驚くようなことではない。5月9日早朝の記者会見で舛添要一厚労相は図表を指し示しながら、やや高揚した様子で自ら指揮した水際作戦の「成果」を語った。

 各国に感染が広がる中、ここまで防ぐことがきたのはまるで己の手柄だと言いたいようだった。しかし、この日見つかった感染者のうち、高校生ひとりは検疫で感染が発見されたわけではない。あのものものしい検疫を潜り抜け、飛行機を降りた後に自ら体調不良を訴えたのだ。機内でこの高校生の近くに座っていた乗客たちは、隔離されないまま入国してしまっている。それにもし、この高校生が申告しなかったら、おそらくそのまま帰宅して翌日から登校していた可能性すらあったのだ。舛添厚労相が自慢する「水際作戦」は、はたして効果があるのだろうか。

 この素朴な疑問を元に週刊朝日が複数の専門家に取材したところ、彼らが口をそろえて訴えたのが、「厚労省はいつまであの意味のない『水際作戦』を続けるのか」ということだった。あの水際作戦は要は、入国前に発熱者・発症者をつかまえて新型の豚インフルエンザに感染していないかどうかをチェックするというものだ。おかげでこの数日間は、簡易検査キットで「陽性」が出たといっては大騒ぎして、「シロ」だとわかってホッとするということの繰り返しだった。しかし、素人が考えても分かりそうな話で、そもそも10日前後の潜伏期間があるとされているので、ウイルスに感染しながらまだ発症(発熱)していない患者が入国する可能性は十分考えられる、というかすでに入国していると考えたほうが自然だと、多くの専門家が指摘している。

 そうなると、心配なのが国内の医療体制だが、これがまったくなおざりのようだ。

 舛添厚労相は先の記者会見で「水際作戦で時間稼ぎができたので、各自治体も発熱外来の準備が整いました」と胸を張ったが、医療従事者に言わせると、これがなんとも心もとないというのである。厚労省は自分たちの手柄となる「検疫」ばかりを優先させ、地域医療の整備については発熱外来を設置するよう通達を出しただけで、予算もつけなければ、何の援助もしないという。専門家の話によると、日本の病院の感染症の対する備えはかなり貧弱で、隔離のための陰圧室(空気圧を調節してウイルスの流出を防ぐ部屋)が整備されている病院も少ないらしい。今朝(11日)もテレビでやっていたが、病院の前にテントを張ったり、公民館のような施設を利用したにわかづくりの対応が精いっぱいのようだった。待合室の椅子と椅子の間を2メートル離すことで感染を防ごうとしている自治体もあって、素人ながら「大丈夫か?」と思ったものだ。

 おまけに、厚労省は空港検疫を強化するため、空港近くの医師や看護師はもとより大学の医学部関係者まで地域医療から引きはがさら、集められているという。まさに本末転倒なのである。

 心ある専門家たちは、一刻も早く現状で検疫に費やしている予算、人、モノを地域医療の整備に振り向けるべきだと言っている。全国の医療機関に隔離室・陰圧室を整備し、専門知識の共有を急ぐべきだと。舛添厚労相にも、早く目覚めてほしいものだ。

 そんなわけで今週の週刊朝日もこの豚インフルエンザ日本上陸の情報を徹底取材、ホテルに隔離されている会社員を電話で直撃! タミフルより効く「漢方」の話など。ぜひ、ご覧ください。

小沢代表が辞任しても検察の「罪」は消えない

 民主党の小沢一郎代表の辞任は本当に驚いた。ぼくはこのコラムでも主張してきたように、「(まっとうな民主主義を守るために)辞めるべきでない」と考えていたので、残念だ。しかし、辞めてしまったものではしかたない。いろいろな人が解説しているように、政治的にはこのタイミングで「辞任カード」を切るのがもっとも有効であると、小沢氏自身が判断したということだろう。

 11日の辞任会見にも行ってきた。小沢氏は無念というより吹っ切れた様子で、政権交代に向けての新たな闘争宣言のような印象だった。辞任の理由は「政権交代に向けて、挙党一致体制をより強固にする」というものだ。やはり、世論調査の数字が改善されなかったことが大な原因だったのだろう。そもそも小沢氏の「続投」は条件付きで、自らの進退については最初から「政権交代、総選挙勝利を行動基準に判断する」と話していた。今回の件に関する小沢氏の言葉は、最初から最後まで一貫してブレがなかった。「政権交代へ向け、あえてこの身をなげうち、職を辞する」ということだった。

 しかしこの2日間の動きを見ると、それが民主党という党のせいなのか、小沢氏自身のせいなのかよくわからないが、せっかくの辞任を生かし切れていないような印象だ。代表選のやり方についてもめにもめた両院議員総会の様子がテレビを通じて全国に流れた。あんなことぐらい事前に根回しをしておけばよかったのに。自民党がやったように派手な代表選挙を展開すれば党のPRにもなるのに、と外野ながら考えてしまう。

民主党の小沢派も反小沢派も、ゴチャゴチャ言ってないで、政権交代に向けて何がいちばん大事かを真剣に考えたほうがいい。そのためにいま、何をやるべきか、やらないべきか。意見の違う人をどう説得すればいいのか。ふつうの会社でも日常的に行われている「コンセンサス」がまるでとられていない。といっても、これは民主党のお家の中の事情なので、勝手にやらせておくしかない。われわれはこの新代表選出騒動をしっかり見守り、次の政権選択の参考にするしかないだろう。

 それはさておき、この「小沢辞任」をもっとも喜んでいるのが、ほかならぬ検察首脳である。「小沢を辞任に追い込む」という、言ってみれば当初の捜査目的が達成できたのだから。しかし、ここではっきりさせておかなければならないのは、小沢氏が代表を辞めても検察の「罪」は消えないということだ。いや、むしろ大きくなったと言えるだろう。次期総理と目されていた野党第一党の党首が検察の恣意的な権力行使で職を辞することになったのだから、その責任は小さいとは言えないはずだ。

 しかし、(これはいつものことながら)この「検察の責任」に触れた新聞が、ぼくの見る限り一紙もなかった。辞任会見の翌12日付の朝刊各紙の社説と政治部長署名のコラムをチェックしたが、相変わらずのキーワード(政治資金規正法違反は形式犯でない、説明責任を果たしていない、ゼネコンからの巨額献金をもらい続けた、自民党の古い体質……)の順列組み合わせで、1カ月以上前(3月25日付)の社説とたいして変わらないという印象だ。

 しかも、起訴時の紙面と同じように、各社横並びの同じ論調なのも気になった。

この間、新聞やテレビを見ていてつくづく思ったのは、小沢一郎という政治家が、いかに嫌われている存在なのかということだ。記者歴20年、30年というベテランの人たちが口ぐちに言葉をかえて小沢氏を批判していた。剛腕と言われながら猜疑心が強い、自らの批判を極端に嫌うところがある、側近が次々と離れて行った、気に入らないことがあるとプイと背を向ける、メディア戦略がなってない、国会での議論が大嫌い、とにかく政局至上主義、他人を信用しない……。朝日新聞コラムニストの早野透さんが、「ボクはお愛想をいう性格ではない」という小沢氏の言葉を紹介していた。確かに、組織のリーダーなんだから、部下やスタッフにお愛想のひとつも言えないというのは致命的な欠陥かもしれない。やはり無理だったのかなぁ、なんて正直思ったりした。

 しかしである。そんな小沢氏のリーダーとしての欠陥や人間性の問題と、刑事罰を科す妥当性があるかどうかは(当たり前だが)まったく別次元の話なのだ。ここは冷静に感情を排しものごとを腑わけして、ロジカルに考えたいと思う。小沢氏の辞任でこのことに対する世間の関心は急速に薄れていくのだろうが、監視を怠ってはいけない。そこでまず、明らかになった検察の「疑惑」について簡単に整理しておく。

(1)検察は秘書逮捕のために勝手に法の解釈を変えた疑惑(法治国家の崩壊) 
 政治資金規正法では寄付の行為者を報告書に記載することが求められている。資金の供出者が西松建設であっても、政治団体からの寄付であれば政治団体の名前を記載するのが法に則った処理だといい、小沢氏もそう主張している。元検事の郷原信郎氏も政治資金の専門家である日本大学の岩井奉信教授も同じ考えで、おそらく日本の国会議員のほとんどすべてがこの考え方に沿って事務をこなしていると思われる。ところが今回、検察はこの解釈を自分たちの都合のいいように変え、小沢氏の秘書の身柄を拘束した。このように検察の勝手な法解釈によって人を次々と逮捕できる社会は法治国家とはいえない。社会が共有している法解釈より検察の独自の解釈が優先するようでは、人は安心して暮らせない。

(2)小沢氏の秘書だけ狙い撃ちした疑惑(法の下の平等の崩壊) 
 次に百歩譲って、検察の法解釈が採用される余地があるとして、だとしたらなぜ小沢氏の秘書だけが逮捕されたのかの説明がつかない。再三指摘されているように、同じ西松建設からの献金だけでも、同じ政治団体を通じて自民党側にも流れている。それ以外の企業についても調査すれば、類似のケースがごまんと出てくるはずだ。それらのすべを見逃して、なぜあの時期に小沢氏の秘書だけ逮捕したのか。小沢氏が主張しているいように、過去にこのケースで逮捕・起訴されたものはない。それはほかならぬ検察自身が処罰価値がないと判断していたからだろう。それがなぜ、今回なのか。検察は小沢氏を政治的に排除したかったのではと疑われても仕方ない。これはでは「法の下の平等」といえない。

(3)秘書を逮捕する必要はなかった疑惑(人権の崩壊) 
 人ひとりの自由を奪う逮捕権は数ある国家権力の中でももっとも強大なもののひとつといわれる。その行使については慎重がうえにも慎重でなければならない。刑事捜査はいうまでもなく任意が基本だ。強制捜査である逮捕権の行使は、証拠隠滅や逃亡の恐れなどがある場合に限られる。刑事訴訟法のイロハの「イ」だ。
 秘書の逮捕直後に言われていたのが、長野県知事の秘書の自殺を引き合いに出し、「任意調べで憔悴し、自殺の恐れがあったため、保護の意味も込めて身柄を確保した」というものだった。ところが、これは真っ赤なウソだった。検察は、任意調べの初日にいきなり秘書を逮捕してしまったのだ。これでは、検察の目的が西松建設からの献金の真相究明ではなく「秘書の逮捕」だったと疑われても仕方ない。

 ぼくも3月3日の逮捕直後は「こんな形式犯の微罪だけど、後からもっとすごいのが出てくるんだろうな」と思っていた。ところが「すごいの」はいまのところ出ずじまい。さらに専門家に取材したり自分なりに勉強したりすると、「形式犯の微罪」どころか、そもそも人を逮捕などしてはいけない事案だということがわかってきた。もちろん、今後の捜査や公判でぼくらの知らない「すごいの」が出てくる可能性がないわけではないが。その点も含めて、たとえ世間の関心が薄れてしまったとしても、週刊朝日はこの件をウォッチし続けていくつもりだ。

 ただ、1点、世論調査の数字や新聞を読むと、これはぼく(山口)の感覚がずれているのかもしれないと思うことがある。それは「ゼネコンからの献金」だ。

・小沢氏は自民党政治を打破するといいながら、なぜ、ゼネコンから巨額の献金を受け続けてきたのか。(毎日)
・建設会社から長年、巨額の政治献金を受け取る行為は、古い自民党的な金権体質そのものだ。(読売)
・小沢氏がなぜゼネコンから長年にわたって巨額の献金を受けていたのか。(朝日)

前回のコラムでも書いたように、政治家が政治活動をするための政治資金は、政治献金と政党助成金に頼らなければならないわけだから、献金それ自体は「悪」ではない。問題は、献金の見返りに政治家側が何か特別な(ずるい)便宜供与をした場合に限られるのではないだろうか。あえて言えば、たとえ献金する側に邪(よこしま)な下心があったとしても、問題はあくまでも政治家側が見返りを与えたどうかという点ではないかと思っている(違うかな?)。

 確かに、疑われても仕方のない面があるのはわかる。かつては献金をもらった企業に便宜供与したりさまざまな口利きをしたりするのが政治家の仕事だったような時代もある。企業が何の下心もなくカネを出すはずがない、というのも説得力がある。ただこの件は、事実ならば即、贈収賄やあっせん利得などの罪に問われる。それだけに、単なるイメージや推測だけで語ってはいけないとぼくは思う。どれだけ確かな事実認定ができているのか、どれだけの証拠があって言っているのか。ゼネコンから献金を受け取っていたということだけで、「古い自民党的体質」と批判するのは違和感がある。

 世間では「ゼネコン」というだけで悪のイメージがあるようだ。しかし、ゼネコンは別に反社会的団体でもなんでもない(当たり前だ)。知り合いにゼネコン社員は何人もいる。そもそも、いまのゼネコンは表向き2006年に「脱談合宣言」をしている。建前としては、それ以後、談合は行われていない(旧秩序の解体過程にあるといわれる)。一方、小沢事務所は公共事業の発注者に対して何らかの影響力があったといえるだろうか。小沢氏は1993年に自民党を離党して以降、野党暮らしが長かった。しかも、いまでこそ小沢氏は政権を狙おうという野党第一党の幹部だが、検察が立件した西松建設からの献金を受け取っていた時期は弱小政党の自由党の党首に過ぎなかった。いずれにしても、東京地検特捜部が必死になって調べても立件できる事案は何も出てこなかったという事実は、かなり重いと思っている。

 だから、「ゼネコンからの献金」イコール「悪」だとはどうしても思えないのだ。ただ、世論調査の数字を見ると、ぼくの感覚のほうが間違っているのかもしれないと思ってしまう。ちなみに、2007年の自民党本部の企業・団体献金による収入は約35億円で、民主党の1億円の約35倍あったという(東京新聞090425)。このうちゼネコンからの献金がどれくらいあったか、いずれ調べてみたいと思っている。

 なぜ、検察の捜査にここまでこだわっているかというと、一連の騒動の発端であったことは間違いないからだ。今回の事態はいったい何だったのか。小沢氏はなぜ、辞めなければならなかったのか。それは政権交代の可能性にまで影響を及ぼした。その原点である捜査(政治資金規正法での逮捕・起訴)について適正だったのかどうかの検証は、今後、事態がどのような進展を見せても、きわめて重要なことだと思っている。

2009年5月11日

速報! 小沢辞任会見の全文

速報:小沢代表「辞任」会見

 きょう15:24に「小沢代表が辞任の意向を固めた」との時事電が入り、さっそく民主党本部へやってきました。17:00から会見とのこと。党内は、記者やカメラマンでごった返して、蒸し暑く息苦しい雰囲気です。以下、とりあえず小沢代表が読み上げたメモの全文をアップします。

■来る衆院選での必勝と、政権交代の実現に向け、挙党一致の態勢をより強固にするために、あえてこの身を擲ち、民主党代表の職を辞することを決意致しました。
 国民の皆様、支持者の皆様にご心配をおかけしたことをお詫び申し上げるとともに、特に、この3年間、至らぬ私を支えて下さいました同僚議員の方々、党員・サポーターの皆様に、心より御礼を申し上げます。
 もとより、今度の総選挙は、国民自身が政権を選択して、自らこの国と国民生活を救う、又とない機会であります。民主党にとっては、悲願の政権交代を実現する最大のチャンスであります。
 民主党を中心とする新しい政権をつくり、「国民の生活が第一。」の政治を実現して、経済、社会を根本から立て直すこと。そして、政権交代によって、日本に議会制民主主義を定着させること。その2つが、民主党に課せられた歴史的使命であり、私自身の政治家としての最終目標にほかなりません。
 日本のために、、また国民にとって、民主党にとって、そして私自身にとっても、何が何でも、ここで勝たなければならないのであります。
 それを達成するためには、党内の結束・団結が絶対不可欠の条件であります。党内が乱れていたのでは、総選挙に勝利することはできません。逆に、挙党一致で臨みさえすれば、必ず勝利することができると確信しております。
 私が代表の職にとどまることにより、挙党一致の態勢を強固にする上で少しでも差し障りがあるとするならば、それは決して私の本意ではありません。政権交代という大目標を達成するために、自ら身を引くことで、民主党の団結を強め、挙党一致をより強固なものにしたいと判断した次第であります。
 正に、身を捨て、必ず勝利する。私の覚悟、私の決断は、その一点にあります。
 連休中、熟慮を重ねて、その結論に達し、決断した以上、党内の混乱を回避するためにも、直ちに連休明けの本日、辞意を表明致しました。ただし、国民生活への影響を最小限に抑えるために、平成21年度補正予算案の衆議院での審議が終わるのを待ったうえで、速やかに代表選挙を実施していただきたいと思います。
 重ねて申し上げます。新代表の下で挙党態勢の一員として新代表を支え、総選挙必勝のために最前線で戦い続けます。
 国民の皆様、引き続き民主党をご支持下さいますよう、心よりお願い申し上げます。

以上

2009年5月10日

ぼくも、雑誌『選択』のコラムを読みました

 実は5月7日に投稿した文章は、高野さんの論文を批判した会員制月刊誌『選択』5月号のコラムを読んで憤慨して、急に書きだしたものでした。書いているうちにだんだん、なんで民主党議員はこの状況を放置しているんだろうと思い始め、民主党の議員に対する檄文のようなものになってしまいました。しかし、なんで彼らは立ち上がらないんだろう(ていうか、本来、立ち向かう相手は自民党であり、官僚機構であるのに、なんで自分たちの代表に立ち向かって、気勢をあげているんだろう……。理解できない)

 それはさておき。アップしてから高野さんの原稿を読んでハタと気づきました。そうだよなぁ、「小沢おろし」に奔走する民主党議員が民主主義を否定する勢力なら、新聞も反民主主義ってことになるよなぁ(当然、うちの親会社も含まれますな)。頭痛い!。

 とりあえず、高野さんが指摘した新聞の社説を改めて読み直してみました。どうして新聞は「小沢辞めろ」と主張するのか。その根拠はどうなっているのか。各紙の社説を読み比べて気づいたのは、要は、ものごとを大雑把に把握する人、アバウトな人ほど「小沢辞めろ」になるんだろうな、ということでした。逆に、ものごとを緻密にロジカルに捉えようとする人は「小沢辞めるな」になるんじゃないかと。

 それにしても驚いたのは、いつもは論調が真逆な新聞(朝日と産経とか)も、このときばかりは同一歩調で「辞めろ、辞めろ」の大合唱になっていることです。使われているボキャブラリーも論文構成も似ていて、数行を使って「検察も疑問に答えるべきだ」みたいな言い訳がとって付けたようにあるのもそっくりでした(産経は除く)。

 社説が書かれたのが1カ月以上前なので、いまの時点から批判するのはフェアじゃない気もしますが、全体にかなりアバウトな論理構成で飛躍もはなはだしい感じがします。論評の前提となる事実認定が正確でない、というかそれまで自分たち(新聞)が報じてきた「検察リーク」を前提としているところが少なくなくいため、導き出される結論が公平でないという印象を強く受けました。具体的に見てみましょう。

 社説は、公設秘書の起訴を受けた記者会見で小沢代表が「続投」を表明した翌日、掲載されたもの。各紙が書いた主張の趣旨を抜き出すと―――

・検察が秘書を起訴したにもかかわらず、小沢は続投を表明した(産経)
・記者会見の説明で有権者は納得するだろうか(読売、毎日)
・説明責任を果たしたとはとても思えない(朝日)
・なぜ、ゼネコンから巨額な献金を受け続けてきたのか(毎日)
・なぜ、素性の知らない団体からそんなに巨額の献金をもらい続けてきたのか(朝日)
・西松建設からの献金は受注を狙ったものだったようだ(毎日、読売、日経)
・虚偽記載はけっして軽い犯罪ではない(朝日、毎日、読売、日経、産経)
・政治資金規正法違反で議員本人が逮捕されたケースもある(産経)
・法の本来の趣旨を逸脱している(日経、産経)
・政治不信を増幅させた道義的責任がある(日経)
・小沢氏は「古い自民党」の体質を引きずっている(朝日、毎日、読売、産経)
・変革を訴える党の党首として、ふさわしくない(朝日)
・政権交代実現のため、早くけじめをつけたほうがいい(毎日)
・次期衆院選の陣頭指揮をとることのプラスとマイナスを議論したのか(読売)
・各種世論調査では小沢氏の責任を問う声が多い(日経)
・秘書だけに責任を押し付けて一件落着できない。政治責任を明確にすべき(産経)

 だから、代表を辞任しろというのです。

 TheJournalの読者ならおわかりだと思いますが、まず最大の飛躍は、単なる政治資金規正法違反違反が故意に「政治とカネ」の問題にすり替えられていることでしょう。しかも、その政治資金規正法違反自体が、実は検察の故意かミスかはわかりませんが、法解釈の間違いなので、各紙の社説はいずれも前提からして成り立たないというわけです。

 ひとことで言えば、政治資金規正法に関する勉強不足です。

 もっともぼく自身、いまは偉そうに言っていますが、最初はそんなこと露ほども知りませんでした。たまたま過去に政治資金規正法事件の摘発で多くの実績のある元検事の郷原信郎さんのレクチャーを受ける機会があり、その論考に触れることができたからわかるようになったまでです。ただ、逮捕から20日以上経っているわけですから、各紙の論説の人たちにも勉強する時間は十分にあったはずです。

〈秘書は、西松建設からの計3500万円の献金を同社関連の政治団体からの寄付と偽って報告した〉(読売)、〈政治資金規正法に反する虚偽記載〉(日経)、〈規正法上の虚偽記載は「5年以下の禁固」の罰則が設けられた思い犯罪である〉(産経)

 と、いずれも秘書が「虚偽」の記載をしたことを前提に論を立てていますが、間違いです。郷原さんが指摘しているように、政治資金規正法では寄付の「行為者」を報告書に記載することになっているので、秘書は法に則り「正しい記載」をしたことになるのです。たとえ秘書が資金の拠出者が西松建設だと認識していても、法的にはむしろ政治団体の名前を書かなければいけないわけです。

 この点については小沢代表自身も各紙の社説が「納得できなかった」と書いた記者会見で、「きょうの秘書の起訴の理由を聞きますと、収支報告書の政治資金規正法違反、すなわち収支報告書の記載の仕方についての問題が起訴の根拠と、理由とされております。私どもとしては、献金を受けた事実はそのまま報告しておりますし、献金をいただいた相手方をそのまま記載するのが、規正法の法の趣旨であるというふうに理解しておりまして、その認識の差が今日の起訴という事実になったことと思います。過去の例を見ましても、この種の問題につきまして、逮捕、強制捜査、起訴という事例は記憶にありません。そういう点から、私としては合点がいかない」と、かなり正確に説明しています。

 また、小沢代表の言うように、過去に類似ケースで強制捜査された例はなく、政治資金規正法違反というくくりでは、「1億円以上」の「裏献金」に限ってあります。産経新聞の社説が指摘した例も、収支報告書に記載していない「裏献金」事件です。

 ただし、企業が政治団体を経由して政治家個人の資金管理団体に献金するのは、日経、産経の指摘のように、政治資金規正法の本来の趣旨から逸脱するのは確かです。しかし一方で、これまでずっと小沢代表が説明する解釈で運用されてきた事実もあります。少なくとも、小沢代表と郷原さんの法解釈はまったく一致しています。そして、小沢代表の解釈はほとんどすべての政治家の解釈と一致していると思われます。そうなると、検察だけがひとり(しかも、今回に限り)違った法解釈を持っているということになります。

 ちなみに、郷原さんも05年まではバリバリの現職検事でした。しかも、並みの検事ではなく、政治資金規正法違反事件で数々の輝かしい実績がある人です。その郷原さんといまの検察の法解釈が違うというのは、おかしい。ここから導き出される結論は、つまり今回の捜査で検察は、間違った法解釈をしているということです。その誤りを認めず、検察の解釈こそ正しいと言い張るなら、それこそ法治国家ではなくなります。

 また、「ゼネコン」から「献金」を受け取っていたこと自体が「悪」であるかのような主張については、なんとなく建設業に対する職業差別が感じられます。ゼネコンからの献金は悪なのでしょうか? ゼネコンが商社だったらいいのでしょうか、あるいは銀行だったら問題ないというのでしょうか?

 釈迦に説法ですが、献金が問題となるのは、、見返りに政治家側が何か特別な便宜供与をした場合です。「古い自民党体質」というのは、そうしたひも付き献金を受け取り、見返りを与える体質のことだと考えます。小沢代表は当初から、「もし、そうした事実があればいかなる処罰も受け入れる」としてきました。結局、検察が総力をあげて調べたにもかかわらず、出てこなかったということです。

 そんなわけで、今回の政治資金規正法違反「騒動」が「自民党の古い体質」につながるというのは、まったく証拠のない、いいがかりと言えるでしょう。

 ムチャクチャなのは毎日新聞のこのくだり。〈西松側は小沢氏の地元のダム工事などの受注に際し何らかの期待があって献金したと供述している。便宜供与の有無はともかく公共事業に絡んでカネが動いたのは確かだろう〉って、ちょっと乱暴過ぎないですか。しかも、これに続けて〈利権をめぐりカネと票が動く。これこそ政官業の癒着の本質であり、古い自民党の族政治そのものの構図ではないか〉って、「便宜供与の有無はともかく」という前提で、よくここまで飛躍できると正直言って感心します。週刊誌でもやらんぞ。

 ただ、検察は「絶対正義」だという前提に立って、小沢(角栄の弟子)、ゼネコン(談合体質)、巨額献金といったキーワードをきわめて大雑把にまとめると、このような論も立つのかなとは思いました。それにしても、アバウトだ。

 高野論文を批判した『選択』のコラム「政界スキャン」もほとんど同じ間違いを犯しています。
〈だが、検察が捜査している秘書の政治資金規正法違反事件と別に、いま問われているのは小沢による巨額の企業献金・蓄財に対する疑惑だ。それは、「何のために政治をやっているのか」という根源的な不信につながっている〉(コラムから引用=以下同)
 ね、ムチャクチャでしょ。
 いま問われているのは、検察の政治資金規正法違反捜査が適正だったかどうかであって、政治家が献金によって集めた資金で政治活動をするのは当たり前じゃないですか。政治家は自らの政策実現のために活動をする。必要な資金は献金で集める。ほかにどういうやり方があるのでしょう?

 そうしてコラムの最後に出てくるのが、
〈今回の衝撃は、小沢の(過去の体質の)引きづり方が並みでないのを初めて知ったことだった。高野はそこを軽視している〉
 というくだり。だ・か・ら、「引きづり方が並みでない」というのは何を指しているのでしょう。まったく根拠のない話です。「初めて知った」というのは、検察がリークした情報を初めて知っただけのことで、それは「事実」ではありません。

 繰り返しになりますが、検察が血眼になって捜しても、「過去の体質を引きづっている」ような事実はまったく出てこなかった。秘書の政治資金規正法違反での起訴とは、結局そいういことだったのです。コラムの筆者は、そこを軽視しているようです。

 ちなみに、私自身が直接確認したわけではありませんが、私が信頼するジャーナリストの上杉隆氏が過去に取材したところでは、現職の国会議員の中で小沢氏ほど政治資金の透明性の高い政治家はいなかったということで、上杉氏はそれをいろいろなところで指摘しています。そのことも、まったく軽視されています。

 ちなみに、5月15日号の週刊朝日に掲載した高野さんの原稿にはたくさんの読者から賛同の手紙が寄せられました。そのほんの一部を、来週火曜日発売の週刊朝日の「お便りクラブ」(投書欄)に載せました。興味のある方はぜひ、ご覧ください。

 また、魚住昭さんと郷原信郎さんの検察報道に関する対談(けっこう読み応えありますよ)は、当該号の販売終了後(たぶん来週の末くらい)に魚住さんのサイト『魚の目』にアップする予定です。未読の方はぜひ(できたら買ってほしいけど……)。

2009年5月 7日

民主党に民主主義を守る気はあるのか

 新聞の解説記事などによく出ている話ですが、ホンネを言えば、民主党の国会議員で小沢一郎代表の続投を支持しているのは2割ほどで、残り8割は辞任が妥当だと考えているそうです。腐った政党だと思いました。そんなに自らの保身が大切なのか。

「辞任すべき」の理由は、「小沢が代表のままでは選挙に勝てない」ということのようです。それはついこの間まで自民党議員が言っていた「麻生おろし」の論理とまったく同じではないでしょうか。自民党政治を否定して、政権交代を目指そうという政党の言うこととは思えません。

 もっと重要なのは、小沢代表の辞任は民主主義の否定につながりかねないということです。

 民主主義とは、私がこんなところで講釈するようなことではありませんが、人民主権による政治体制のことですよね。主権者たる有権者の自由意思による投票によってのみ、政権選択が行われる社会をいうのではないですか。しかるに今回の事態は、邪悪な動機に基づく恣意的な国家権力の行使によって有権者の意思がゆがめられ、それまでとは違った世論形成がなされるという、とんでもないことなのです。これを放置するということは、すなわち人民主権を否定して、検察主権、国家主権を容認するということにつながります。民主党は党として、これを是認するというのでしょうか。

 いやしくも党名に「民主」を掲げている政党の議員がこんな簡単なことがなぜ、わからないのか。いや、わかっていならがあえて目をつぶっているのかもしれません。

 民主党が選挙に勝つかどうかは、現職議員や候補者にとっての最大関心事かもしれませんが、それはあくまでも民主党の「私」のこと。これに対して民主主義が否定されるかどうかは「公」のこと。民主党議員が「公」である民主主義の危機よりも、「私」である自らの当落を優先しようとしているだけのことかもしれません。政権交代ができるかどうかは、「公」の問題かもしれませんが、こんな単純な民主主義の危機にさえ立ち向かおうとしない政党に政権交代してもらっても、まったく意味がないと思います。

 民主党は民主主義を守る気があるのかないのか、選挙までにはっきりさせてもらいたいと思います。

 また、民主党の党内には「検察批判=小沢擁護」との認識があるようですが、誤認です。そんな小さな話ではありません。私個人についていえば、インタビューなどで小沢代表に会ったことはありますが、取材対象として以上の好悪の感情はありません。小沢一郎という政治家個人の政治生命や権力のあり様などには、まったく興味がありません。それは小沢代表にとっての「私」のことだからです。それに対して、小沢秘書の不当逮捕に見られる捜査権の濫用は明らかに「公」ごとです。検察の不当捜査がなければ、小沢代表が続投しようが辞めようが、そんなことは知ったこっちゃぁありません。それは民主党の「私」ごとで、私にとってはどうでもいい話だからです。ただ、繰り返しになりますが、しつこくこの問題にこだわっているのは、これは民主党や小沢個人の問題ではなく民主主義に対する重大な脅威だと感じるからです。

 しかるに民主党内には、「小沢代表が検察と戦うのは勝手だが、党を巻き込まないでほしい」という声があります。まったく理解できません。民主党の国会議員(民主党に限らずですが……)は民主主義の危機に対してあまりにも鈍感です。外野から見る限り、民主主義の危機という「公」の論点よりも、小沢代表への好悪という「私」的感情を優先させているように感じます。

 はたして、そんな政党に政権をまかせてよいものでしょうか? もし民主党が感情を優先させ理を外すような人たちの集まりだとしたら、危険です。

 次いで、民主党の政権担当能力というか政党力について考察します。

 政党の存在意義は、単に政策を立案することだけでなく、その政策に民意を糾合させて実現していくことにあると私は考えます。自らが真に必要であると信ずる政策なら、たとえ選挙に不利でも訴え、納得してもらわなければならないこともあります。そのために必要なのが、説得力のある言葉です。この説得力のある言葉を紡ぎだす能力、説明能力の差が、結局は政党力の差、政権担当能力の差になるのではないかと思います。

 今回の一件で、民主党はその能力が著しく劣っていることが露呈しました。なぜなら、小沢代表の秘書逮捕からかれこれ2カ月以上経っているにもかかわらず、世論調査の「小沢辞任すべき」の数字が減らないからです。小沢代表がなぜ辞めてはいけないか、検察の捜査がいかに不当なのものかを説明するのは、極めて単純なロジックでできます。とくに検察の捜査の失敗は明白なので、まじめに支持者を説得しようと思ったらできないはずがないはずです(実際に政権を取ったら、もっと複雑で面倒くさいことを国民に説明し、納得してもらわなければなりません)。

 それができていないのは、能力がないか、やる気がないかのどちらかです。やる気がないならまだマシですが、能力がないのなら、政党としておしまいです。ジャーナリストの上杉隆氏が週刊朝日(5月8日号)で書いていますが、「ど~なる!?小沢民主党」をテーマにした「朝まで生テレビ」(テレビ朝日=3月27日)では、放送終了後、番組独自に行ったアンケートで(小沢代表は)「辞めるべき」が3割を切り、「辞めるべきではない」という意見が6割超と、番組冒頭で紹介された世論調査とまったく逆の結果が出る現象が起きました。原因は、出演した上杉氏と元検事の郷原信郎氏の「説得力のある言葉」でした。

 郷原氏は、今回の事件での政治資金規正法の適用は極めて恣意的で、そもそも政治団体からの寄付行為は違法には当たらないという見解を示し続けました。上杉氏は、かつての取材経験から、小沢事務所の政治資金はむしろ透明性が高く、政治団体を迂回先に使っている自民党議員の方が悪質である点や、新聞報道の不公平さなどを指摘しました。番組には与党である自公議員も出演していて、両氏の主張に疑問の声をはさんだりもしていましたが、結局、視聴者の軍配は両氏の側に上がりました。

 何が言いたいのかといえば、今回の一件は、多勢に無勢の中、わずか3時間の説明でいとも簡単に「世論」を逆転できるほどわかりやすい話だということです。ならば、200人以上の国会議員を擁する民主党が一丸となって説明すれば、簡単に理解されるはずなのです。最近は議員がメルマガやブログを使って情報発信する時代です。こんな簡単な説明をなぜやらない、できないのか。能力とやる気がないとしかいいようがありません。

 もうひとつ不思議なのは、党内に「代表の説明責任うんぬん」という話がいまだに存在していることです。これは、説明能力の前に、理解能力が欠如していることの証だと思います。ものごとを正しく理解できなければ、それを説得力のある言葉で説明することもできません。私は現場にいたわけではないので、あくまで新聞などで読む限りですが、小沢代表の説明は秘書の逮捕直後から一貫していてブレがなく、十分だとの印象があります。民主党が小沢代表の「説得力のある言葉」を理解できないほど、非論理的人間の集まりだとしたら、政権担当以前の問題ではないでしょうか。

 以下、週刊朝日(5月15日号)に掲載した「サルでもわかる『小沢が辞めてはいけない』理由」を引用します。

(1)検察の法解釈が間違っている:すでに多くの識者が指摘しているように、小沢代表の公設秘書は政治資金規正法の趣旨にのっとった形で政治資金の処理をしていたにもかかわらず、検察は突如、何の説明もなく法の解釈を変えて強制捜査に踏み切った。純粋な法律論で言えば秘書は無罪になる可能性が高い。
(2)小沢代表の主張の正しさが証明された:秘書の逮捕直後から、事件は小沢代表を容疑者とした贈収賄などの大疑獄事件に発展するかのような報道が続いた。小沢代表は当初から「そのような事実があれば、どのような処罰も受け入れる。しかし、私はない」と主張していた。日本最強の捜査機関が全国から応援検事を集めて徹底的に調べ上げたが、結局「そのような事実」は出てこなかった。
(3)民主主義の今回にかかわる問題だから:世間には「小沢vs.検察」の闘いに民主党を巻き込むべきでないとの意見があるが、これは「小沢vs.検察」ではなく、「民主主義を守る」か「検察の恣意的捜査を許す」かの闘いである。

 小沢氏が党内ですでに「説得力のある言葉」で説明し終えている以上、あとは所属議員が世論を説得に回るのが筋ではないでしょうか。

 あるいは、民主党議員の中には検察に睨まれたくない、何か特殊な事情があるのでしょうか。それとも、実はまだ表ざたになっていない、我々のまったく知らない小沢代表の大悪事があることを、民主党議員らだけが知っているのかもしれません(そんなことあるなら、早く表に出して辞めてもらった方がいいと思いますけど……)。

 もちろん、最終的な選挙戦術として、代表を代えるという選択がないわけではないと思います。ただ現段階で、民主主義を否定しかねない不当捜査を放置したまま「選挙に勝ちたい」一心での「小沢辞任論」が消えないようでは、政治改革などできないでしょう。

 考えてみれば、一昨年の参院選圧勝以降、民主党は浮かれ過ぎの政権亡者に陥っていたのかもしれません。目の前の「政権獲り」を優先するあまり、民主主義の根幹に関わる大事な問題をないがしろにしているとしたら最低ですね。まあしかし、民主党のそういう愚劣な一面が暴露されただけでも、今回の検察の恣意的捜査も少しは国民の役に立ったのかもしれません。まったく皮肉な話ですが……。

2009年5月 4日

過剰反応社会の危うさ

 やっぱり少し(いや、かなり)おかしい。
 新型インフルエンザが疑われた横浜の男子高校生の感染が否定されたとき、校長先生が思わず涙していた。それほどのことかいと思う一方、マスコミをはじめとする周りからのプレッシャーがよほどひどかったんだろうと想像した。その後、成田の女性、愛知のビジネスマン、横田基地の乳児……と簡易検査で陽性が出ただけで厚労相が真夜中の記者会見を開いたり。「疑い」だけで過剰に不安のタネをふりまいているとしか思えない。

 米オバマ大統領は新型インフルエンザは深刻な事態であると前置きしつつ、しかし「(状況は)通常のインフルエンザのコースをたどっているようだ」と語り、メキシコ政府も早い段階で「このインフルエンザは治療できる」との見解を国民に示していた。
 それが日本でテレビを見ていると、厚労相に限らず、主要閣僚が深刻な顔をして「なんとしても水際で抑えなければならない」などと言う姿が映し出される。5月2日には、厚労省が成田に到着したタイ・バンコク発の乗客・乗員が検疫を受けずに入国したと発表し、それが新聞で報道された(手元にある毎日新聞では3段見出し扱い)。

「新型インフル 160人が検疫漏れ タイから成田に到着便」

 ちよっと待ってほしい。検疫ミスで新型インフルエンザ発症者の入国をチェックできなかった、というなら話はわかる。しかし、そうではない。記事には、同省の「発症者が検疫をすり抜けた可能性は極めて低いが、不安を与えかねず申し訳ない」とのコメントが載っていたが、こういう発表や報道自体が不安を煽るのではないか。

 これはどういうことなんだろう。違和感は、最近起きたいくつかの出来事に共通しているような気がする。

・小沢一郎代表の公設秘書逮捕
・北朝鮮のテポドン発射
・草彅剛クンの「全裸逮捕」騒動
・そして、今回の新型インフルエンザ

 過剰反応社会とでもいうのだろうか。いずれも起きている出来事が誇大に宣伝され、正しい評価・判断ができなくなっている。おそらく責任の大半はメディアにある。

 こうした過剰反応社会には、どんな問題点があるのだろう。

 新型インフルエンザの過剰反応問題について、メールマガジンJMM(Japan Mail Media)で米ニュージャージー州在住の作家、冷泉彰彦氏が鋭い指摘をしている(NO.529)ので紹介したい。
 冷泉氏によると、アメリカでは、新型インフルエンザは深刻な問題であるとの共通認識を持ちながら社会は平静を保っているという。そして、その原因は報道体制にある、と指摘する。たとえば、新型インフルエンザは感染力が強いのは当然で、問題はどれほどの毒性があるか、すなわち生命にかかわるほど強いウィルスなのかである。その点についてアメリカでは、例えばCNNが、連日のように「どうしてメキシコだけ劇症の事例が出るのか」を現地から仮説と事実を交えて刻々とレポートしていたという。その結果、当初言われていた死者150人というのは、慢性疾患が主な死因であるものや、極端な栄養不足であったものなど、純粋に新ウィルスの毒性によって犠牲になったのではない数字だったことがしだいに明らかになってきて、それが平静さにつながっているのだそうだ。

 その冷泉氏が国際放送などを通じて接する日本の報道はやはり異常に見える。日本の反応は現時点でのインフルエンザの毒性の状況に照らして明らかに極端で、社会がすでにこの問題に「疲れ果てている」(情報と報道に振り回されている)ように見えるという。そうして、〈こんなことをやっていては、経済活動に支障が出ますし、それ以前の問題として今後「鳥インフルのヒトへの感染」といった強毒性の新型ウィルスが出現した際に「危機感がマヒする」危険、そしてそれ以上に「大変なことになるからと発表や受診をためらう」心理的なマイナス効果が出ないとも限りません〉と過剰反応の危うさを見事に言い当てている。

 確かに、過剰な反応に疲れ果て、肝心なときに判断を誤る危険があるというのはその通りだと思う。小沢秘書逮捕騒動も、正しくは単なる政治資金規正報告書の記載ミス(実は捜査そのもののミス)程度に過ぎない話が週刊誌も真っ青の針小棒大報道でいつの間にか大疑獄事件のような騒ぎになった。しかし、さしもの検察も自らのしでかした失敗に気づいたのか、リークがパタリと止んで、あれほど大騒ぎした報道もいつの間にかなり、後には民主党内に「小沢辞任論」の火種が残るというありさまだ。

 実際に起きたことに対する評価がデタラメだから、話がどんどんあさっての方に転がってしまい、その影響によって引き起こされる結果との乖離があまりに大きくなっている。冷泉氏の言うとおり、こんなことをしていては、本当に重大な問題(たとえば、巨額裏献金の発覚など)が起きたとき、感覚がマヒして社会がとんでもない判断をしたり、まったく対応できなかったりする危険すらある。

 新型インフルエンザについていえば、確かに水際で防ぐことも大事だが、いつのまにかそのこと自体が最重要課題のようになってしまい、問題の本質からどんどん離れているような気がする。これについても冷泉氏は、日本はむしろ積極的に衛生管理のノウハウや対策グッズなどをメキシコなどの感染国に提供すべきだと主張している。たとえば、日本の検査キットの精度は世界的にもかなり優秀で、簡易検査なら結果が出るまでわずか11分しかかからないという。
 こうしたノウハウを日本だけが独占せず、世界に提供することで結果として世界全体でのリスク低下にもつながるという。確かに素人の私が考えても、検疫ミスに一喜一憂するより、よほどマシな対応だ。

 そうしてつくづく残念に思うのが、こうしたまっとうな言説がネットの中にのみ(のみではないかもしれないが)存在しているということだ。オールドメディアを職業とする人間として、かなりの危機感がある。せめて週刊朝日だけでも……微力ながら……、う~んなかなか苦しいなぁ。なんとかしなきゃ。

2009年5月 3日

週刊朝日に高野さんの論考が載ってます!

20090515.jpg

そういえば、バタバタしていて、すっかりお知らせするの忘れてましたが、今週号の週刊朝日で、高野さんに寄稿していただきました。

タイトルは、

あえて言う「いま小沢が辞めたら民主主義の敗北だ!」

ぜひ、ご一読ください。(できれば買って)

確かに、名古屋で勝って、いまだに辞任論が消えないのは異常ですよね。

その他、魚住昭さんと郷原信郎さんの対談で、

西松報道を徹底検証

松田光世さんのリポート

リークから一転、貝になった検察

など、

好評だった、

「検察の劣化」

の第2弾です。

2009年5月 1日

テポドンと同じ匂いがする豚インフルエンザ騒動

ついいまさっき携帯に「厚生労働省は、横浜市の高校生について、新型インフルエンザへの感染は否定されるとの見解を発表した」と時事通信の速報が入った。やっぱりな。
昨夜から今朝にかけての「日本初」の「疑い」騒動はハッキリ言って異常だった。最終的に「クロ」の結論が出てから、正確な情報を伝えるのならまだしも、よくわからないまま「疑惑」の男子高校生の行動の詳細から通学中の学校の映像まで全国に流された。もし、高校生が新型インフルエンザでなかったら、どうするつもりなのかと思っていた。
 今回も(印象として)特出していたのはNHKだ。他局に先駆けて高校を映し、「メキシコの発生源といわれる場所にやってきました」なんて放送までやっていた。

 もちろん、今回の状況を甘く見てはいけないとは思う。だが、こうした事態においてもっとも大切なのは冷静さではないか。人の行き来をすべて止めるわけにはいかないのだから、水際をしっかり守る一方、いずれ入ってくることを前提に備えを万全にする必要があるだろう。パンデミックになる可能性も少なくない。あらかじめそうした覚悟を持って、あとは粛々と準備を進めるしかない。シロ・クロはっきりしない情報に右往左往することこそ危険なのだ。

 たとえ新型インフルエンザが入ってきたとしても、現段階では弱毒性である可能性が高いと専門家は指摘している(ただし、変異する可能性もあるらしい)。いくら感染力が強くても、死に至る率が少なければ大きな脅威にはなりえない。不安の元になっているメキシコでの死者の数だが、週刊朝日が複数の専門家に取材したところ、情報があまりに不足しているため、そのまま鵜呑みにできないという。いわれている数字は、感染者2500人に対して死者200人近いというもので、これだけみると確かに恐い。だが、そもそもの感染者数が本当に数千人程度なのかがわからないらしい。
もし、万単位の感染者がいれば、致死率はあっという間に1%以下に落ち、一般のインフルエンザと変わらなくなる。
 1970年代にアメリカで豚インフルエンザが流行したとき、米政府が大騒ぎをして4000万人もの国民にワクチンを予防接種したが、結局インフルエンザで死亡したのはたったの1人で、ワクチンの副作用で亡くなった人のほうが多かったという笑えない例もあるそうだ。週刊誌屋がこんなことを書くのは「天ツバ」ものだが、マスコミも不安を煽る方向ではなく、安心のための情報を伝えるようにしたいものだ。

 ところで、今回の事態に関して、国際ニュース解説で知られる田中宇氏がメールマガジンで極めて示唆に富む指摘をしている。
 田中氏によると、前回、アメリカで豚インフルエンザ流行った1976年当時、全米でのワクチン接種を主導したのが米国防総省だったという。そもそも豚インフルエンザが最初に発症したのも、米ニュージャージー州の米陸軍基地内だった。当時の国防長官は最年少で就任したドナルド・ラムズフェルト(後にブッシュ政権で再任される)で、ラムズフェルトが製薬会社との関係が深かったことから、豚インフルエンザの流行は製薬会社と軍産複合体がつるんだ自作自演ではないかと疑われたという。
 今回の騒動も、911テロ戦争と同様、米国防総省や軍産複合体による国際有事体制作りの戦略として、過剰な対策が採られている観が強いというのである。

 そういう疑いの目で見ると、今回にわかに起こった「豚インフル」騒動も裏に何かあるのではないか、という気がしてくる。すでにワクチンを製造する米製薬会社の株価が急騰していると伝えられる。マスク製造会社など、関連する会社の株も上がっている。確実に騒動で儲かる人たちがいる。そしてなにより不思議なのは、豚インフル発生直後のかなり早い段階で「タミフルは効く」との情報が広がったことだ。

 これは以前、週刊朝日でも指摘したことがあるが、タミフルの特許を持っている会社の大株主こそ、先のラムズフェルトその人なのだ。この豚インフル騒動で、各国は間違いなくタミフルの備蓄を増やそうとするだろう。
 さらに、国家の危機は政府与党に有利に働くことにもなる。先のテポドン騒動が政権浮揚に利用されたことでも、それは明らかだ。

 もちろん、備えは十分にしておかなければならないと思う。だが、騒ぎ過ぎは禁物だ。

Profile

山口一臣(やまぐち・かずおみ)

-----<経歴>-----

1961年東京生まれ。早稲田大学第一文学部卒。ゴルフダイジェスト社勤務を経て、89年朝日新聞社入社。高校時代から愛読していた『朝日ジャーナル』編集部に配属され、あこがれの「ファディッシュ考現学」(田中康夫)を担当するも3年で休刊の憂き目に。『週刊朝日』へ異動し、事件&事件の日々を送る。その後、何を血迷ったのか広島の公教育問題で日教組を徹底批判し、「朝日なのに産経と論調が同じ」と物議をかもす。9.11テロ直後のニューヨーク、パキスタンを取材。米軍によるアフガニスタン市民への誤爆を伝えまくる。デスク時代に北朝鮮拉致被害者関連の記事で下手を打ち、『週刊文春』に叩かれ、副編集長を解任、更迭される(停職10日の処分付き)。その後、広報部へ配属されるが約半年でお払い箱。百科編集部で子ども向け週刊科学誌『かがくる』の創刊などに携わり、05年5月から再び副編集長、同年11月から、『週刊朝日』第41代編集長に。85年にわたる『週刊朝日』の歴史で中途採用者が編集長になるのは、これが初めて。

-----<出演>-----

『スーパーモーニング』
(テレビ朝日系、8:00~)

『愛川欽也 パックインジャーナル』
(朝日ニュースター、毎月第1土曜)

『大竹まこと ゴールデンラジオ』
(文化放送、毎週火曜・5月8日から)

『週刊朝日編集長登場』
(asahi.ポッドキャスト)

BookMarks

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