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2009年2月25日

週刊新潮は死んだ(爆)

(この話題、しつこくてすみません。でも、他人事でないもんで…)


1987年5月に起きた朝日新聞「阪神支局」襲撃事件の「実行犯」による、「実名告白手記」と称する「週刊新潮」の4回に渡る連載が先週終了しました。

事件の被害当事者である朝日新聞社は連載終了まで静観していましたが、2月23日付の朝刊紙面で、「週刊新潮『本社襲撃犯』手記 『真実性なし』と判断」という検証記事を掲載しました。

今週発売の「週刊朝日」も、「検証 週刊新潮『朝日新聞襲撃犯』手記これだけの矛盾」という特集記事を載せています。

結論からいうと、「週刊新潮」の記事はガセでした。

4回の連載で実行犯を名乗る島村征憲(まさのり)氏(65歳)が、真犯人だと断定できる根拠は結局、最後まで示されませんでした。

犯行に至る経緯や当日の模様は、まるで物語のように詳しいのですが、肝心な部分が書かれていない。
真犯人のみが知り得る“秘密の暴露”も期待された物証も出ませんでした。
それどころか、手記はつじつまの合わないことや矛盾だらけでした。

同24日付の朝日新聞には、島村氏に「襲撃を指示」したとされるアメリカ大使館の元職員が、新潮社を訪れ抗議したという記事が出ています。
この記事によると、元職員は島村に3万円貸したことはあるが、「週刊新潮」の記事はデタラメだと言っているそうです。
ああ、ついにこんなことまで……。

さらに驚いたのが同日付の読売新聞です。
島村氏が詐欺で警察に逮捕されたとき、「俺があの事件の犯人だ」と言って、95年に東京・八王子のスーパー「ナンペイ」で起きた、女子高校生ら3人が射殺された事件の「真犯人」を名乗ったそうです。

要は、島村氏は虚言癖のある詐欺師なのです。

朝日新聞の116号事件取材班は、「週刊新潮」の記事を「虚報」だと断じ、「『いい加減にしてほしい』と怒りがこみ上げてきた」と憤りを隠しませんでした。
仲間を殺されているのですから、当然です。

ぼくは正直いって、悲しみで一杯になりました。
なぜならこれは、「週刊新潮」のみならず、週刊誌ジャーナリズム全体の死を意味することに等しいからです。

「週刊新潮」といえば、創刊半世紀を越える老舗の名門週刊誌です。
古さでは「週刊朝日」も負けていませんが、その独特の筆致や物の見方は長く週刊誌記者のお手本とされてきました。

ぼくも駆け出しの頃から「週刊新潮」を読み、今日まで目標にしてきた週刊誌です。
過去、世の中を揺るがしたスクープは数知れません。

その「週刊新潮」がなぜ、あんな記事を載せてしまったのでしょうか。

週刊誌に限らず、マスコミの現場には毎日たくさんのタレコミが寄せられます。
その中には、未解決事件の犯人に関する情報や、「実は私が犯人だ」と名乗る者、あるいは、警察が捕まえた容疑者とは別の真犯人がいるといった類のものが少なくありません。

いずれも、「もし、それが本当ならば」大スクープにつながるような話です。

しかし、残念ながら、それらの九分九厘はウソなのです。

それでも週刊誌記者の悲しい性(さが)で放置はできない。
どんなウソくさい話でも、一度は会って話をして信ぴょう性があるかどうか、徒労とわかっていても裏取りをしようとするものです。

そんな無駄な作業はこの業界にいれば誰もが山のように経験しています。
ぼくもガセネタを追って北海道から九州まで奔走させられたことがあります。
あやうく騙されそうになったのも一度や二度ではありません。

ガセネタ告発者の目的はお金目当てだったり、単なる愉快犯だったり、心の病だったりいろいろです。

虚言癖のある人に限って、新聞や雑誌の記事をよく読み込んでいて、話にディテールがあり、自信満々に話すので、慣れるまではなかなか見抜けないという面もあります。

しかし、島村氏のウソはいずれも簡単に見抜けるものばかりでした。
現に、島村氏は小学館の「SAPIO」編集部にも同じような手紙が送りつけているそうですが、「SAPIO」編集部はまったく相手にしなかったようです。
今回も「週刊朝日」の記者がたった数日、北海道に出張しただけで、いくつも矛盾が明らかになりました。それどころか、編集部から何人かに電話するだけで、島村氏の証言への疑問が沸いてくるのです。

週刊新潮は1年間も彼のウソが見抜けなかったのか?

今月発売の「新潮45」には、「週刊新潮」取材班の署名で、「白日の下に曝された朝日新聞襲撃事件 20余年の沈黙を破った実行犯の手紙と犯行ノート全公開!」という取材過程を書いた記事が掲載されていますが、それを読んでも、「そこまで取材をしたのなら島村氏の証言を真実だと信じても仕方がなかった」と思えるような説得力はなかった、というのが正直な感想です。

考えられることは、「週刊新潮」の取材力がそこまで落ちてしまったか、あるいは、島村氏の証言がウソだと知っていながら掲載したかのどちらかしかありません。

そんなことはあり得ないと信じたいところですが、もし、後者だとしたら、とても悲しい。
これは「週刊新潮」だけの問題ではありません。

「だから、週刊誌はダメなんだ……」まじめな話、ぼくは週刊誌の歴史は、この言葉に対する抗いの歴史だったと思っています。

「そんなことはない」

業界の先輩たちは、「週刊誌はだから、ダメなんだ……」という物言いと常に戦ってきました。
そうして、新聞やテレビでは入り込めない領域で数々のスクープをものにし、読者の信頼を勝ち得てきた。
それを引き継いで、たまたまいまの時代、週刊誌を担っているのが、ぼくたちだ、というに過ぎないのです。

新聞ジャーナリズムに対して、もっとも果敢に戦い、成果をあげてきたのが、週刊新潮ではなかったのか。
それまで新聞社にしか発行できなかった週刊誌市場に、出版社として初めて斬りこみ、
いつしか新聞社発行の週刊誌を抜きさったのが、週刊新潮ではなかったのか。
部数においても、内容においても。

でも、これじゃあまた、「だから、週刊誌はダメなんだ…」に逆戻りです。
ぼくは、それが悔しくて仕方ありません。

まあ、しかし出てしまったものはしょうがないですね。
同じ週刊誌で禄を食む者として、今は、なんとか週刊誌の信頼回復に努めるしかないと思うばかりです。

(追伸)しつこくてすみません。
今週発売の週刊新潮に朝日新聞の検証記事に対する「反駁」が出ています。
これがまた、ヒドイものです。
朝日の検証記事の問題点をあげつらい、「まず結論ありき」のヤツ当たりに近い、としています。
はっきり言って、朝日の検証記事なんてどうでもいいのです。
重要なのは、島村証言が真実かどうかです。
その「挙証責任」は週刊新潮側にあります。
万一、朝日の検証記事にミスや思いこみがあっても、それが島村証言が真実だということにはなりません。

島村氏が襲撃の指示を受けたという「佐山」の証言に対する見解はどうなのか。
週刊朝日が指摘した、時系列が会わない件についてはどうなのか。
八王子スーパーの事件の真犯人だという島村氏の証言を、どうして真実と信ずるに至ったのか。
来週号であらためて読ませてもらいたいものです。

2009年2月19日

編集長の仕事 ―― どうしても企画書が浮かばないときの切り札

 どうしても企画が思いつかない。これは編集者にとって最大の恐怖です。明日のメシが食えないことを意味しますから。どうやって解決・克服するかと言うと、ぼくの場合は散歩と風呂と床屋です。これに尽きます。

 とにかく歩き回って考える。編集部や会社の中でもいいのですが、近くに浜離宮があるので、重症のときは思い切って外に出ます。築地市場の場外や銀座の街を歩いたりもします。肝心なのは、考えを止めないこと。ずっと考え続けることが大切かも。そして、思い浮かんだことをすぐにメモすること。

 あとは風呂です。新聞社には夜勤明けの人や印刷工場の人のための大浴場があって、ぼくもよく利用します。煮詰まったときは床屋へ行って髪をバッサリ切ることも。

>>続きは「THE JOURNAL×Infoseekニュースで」

2009年2月13日

週刊新潮「朝日『阪神支局襲撃犯』手記」への疑問(2)

いやぁ、こういうのを「キターッ」っていうんですか。

先週発売の週刊新潮を読んだ瞬間の感想です。

他でもない、「朝日新聞『阪神支局』襲撃犯」の手記の件です。
襲撃を依頼した男は「在日アメリカ大使館の職員」だそうです。
ガックシ。
事前に業界に流れていた情報とピッタシカンカン(古い!)、どうやらトンデモ方面に流れていきそうな気配でした。

サンデー毎日も週刊文春もほとんど手記をガセと断定しています。
週刊文春には告白者の元妻が登場して、「また何を言い出したんだろう、という感じですよ」と言ってます。
阪神支局襲撃事件があった当時は、この元妻と北海道の登別で暮らしていたそうです。

朝日新聞社の広報部も、「連載が終了した段階で検証記事を掲載し、(中略)厳正に対処する」としています。
週刊朝日も時期がきたら記事を出します(予定だけど)。
詳しく書けないのが残念ですが、お楽しみいただけると思います。

実は、元妻だけでなく娘もいて……、おっと、ここから先ままだマル秘です。
少々お待ちください。

このまま行くと「CIAが出てくるはずだ」とある人から耳打ちされました。
まさかね。
恐る恐る第3弾が掲載された今週号の週刊新潮を開けてみると、またもや「キターッ」・・・・・・・・アボ~ン
どうやらCIAも関係しているようです。

手記第3弾では、告白者に「一部に私の『告白』を虚偽だとする声があるようです」
「私を『真犯人』と認めたくない〝誰か〟が虚偽情報を流しているんでしょうが」
などと言わせています。痛い……。

正直、すごいことになってきていると思います。業界的には。
2月13日付け「読売新聞」には、在日米大使館の、「バカげた記事であり、真剣にコメントするに値しない」(デービット・マークス報道官)とのコメントが紹介されています。

いまのところ、かなり分が悪そうです。週刊新潮。
どうしちゃったんだろう。心配だなぁ。
もはや業界の関心事は、「手記の信憑性」から、「編集部は知ってて載っけているのか」に移っています。
編集部が騙されているのか? それとも知っててやってるのか?
誌面を読む限り、あくまで「本気」のようです。
あの栄光の週刊新潮が。悲しいです。

しかし、こないだも裁判負けてたしな。
(ちなみにウチは訴訟13連勝中=自慢)

もちろん、まだ最終回まで読まないことには何ともいえませんが。
あの週刊新潮のこと、次号ではすごいワザを見せてくれるのかも??
わからんけど。
まさか「どっきりカメラ」(古い!)じゃないだろうな。
まさか。

せめて救いなのは、手記が掲載されても、爆発的に売り上げが伸びていないことです(爆)。

2009年2月 3日

週刊新潮「朝日『阪神支局襲撃犯』手記」への疑問

週刊新潮jの超特大スクープが話題になっている。
先週1月29日発売の週刊新潮2月5日号で、「【実名告白手記】島村征憲 私は朝日新聞『阪神支局』を襲撃した」とぶち上げた記事だ。

この見出しは社内吊広告の半分を占めるほどの気合の入れようだ。

いうまでもなく、1987年5月に起きたこの事件は、言論・報道に携わる者にとっては決して忘れてはいけない出来事だ。
とくに事件の当事者であり被害者でもある朝日新聞に勤める人間にとって、真相究明への願いは絶対に消えない。

それだけに、もし、週刊新潮の記事が真実なら、世紀の大スクープだ。

しかし、連載の第1回目が掲載された後の業界内の関心事は、もっぱら記事の信ぴょう性、
つまり、この人物が本当に犯人か、という点に集まっている。

はたして、犯人は本物なのか?

たとえば、先週土曜日掲載の産経新聞「花田紀凱の週刊誌ウォッチング」では、「今号のみで島村が犯人か否か、軽々に判断できない」と書かれている。

私と親しい新潮社関係者の話では、「週刊新潮編集部は1年以上かけて裏取りをした。記事には自信がある」と言い、1回目は隔靴掻痒だが、2回目以降は核心に迫る予定だという。

手記は3回にわたって掲載される予定で、週刊新潮は、このスクープのために数万部の増刷をしたという。

先週掲載された1回目は、告白の動機などが書かれているが、手記の信ぴょう性がどう立証されたのかがあまり触れられていない。
2回目以降の展開については、脅迫文を大物右翼が書いたという以外は、前出の親しい関係者もさすがに教えてくれなかった。

業界関係者の間では、「犯人は『外国の諜報機関から依頼された』というトンデモ話になるらしい」とか、「『朝日新聞社ではなく記者個人が狙われた』と、これまでの捜査とは違った展開になるようだ」といった未確認情報が飛び交っている。

事件当事者の朝日新聞は、週刊新潮発売当日の夕刊に、「実行犯を名乗る男が週刊新潮に手記、事実と食い違い朝日新聞阪神支局事件」というタイトルの記事を掲載し、やんわりと週刊新潮の記事の信ぴょう性に疑問を投げかけた。

実は私のところにも、業界仲間から多数の問い合わせが殺到している。
だが、事件は私の入社2年前の出来事であり、正直にいえば、判断する材料を持ち合わせていない。

ただ、記事を読んで素朴に疑問に思ったことはある。
犯人と称する男は、刑務所の中から手紙で記者とやりとりを始めたという点だ。

手紙は当然、検閲を受けるから、この情報は捜査当局へも伝わっているはずである。
事件はすでに時効になっているが、捜査機関はたとえ時効になっても、容疑者が特定できれば事件処理しなければならない。
現段階で私の知る限り、当局がこの件で動いた形跡はない。

また、かつて週刊朝日にも時効になった殺人犯が告白を寄せたことがあった。
時効になっても事件が忘れられず、眠れない夜が続いたという。
告白を受けた記者は、犯人に自首を促し警察に出頭させた。
手記は、そうした手続きを経て掲載された。

捜査の結果、告白者が真犯人と断定され、新聞にも大きく取り上げられた。

週刊新潮の手記の人物がもし真犯人なら、こうした手続きを踏んでおけば、「真贋論争」など起きなかったのに、と思う。
みなさんは、どう思われるか。

Profile

山口一臣(やまぐち・かずおみ)

-----<経歴>-----

1961年東京生まれ。早稲田大学第一文学部卒。ゴルフダイジェスト社勤務を経て、89年朝日新聞社入社。高校時代から愛読していた『朝日ジャーナル』編集部に配属され、あこがれの「ファディッシュ考現学」(田中康夫)を担当するも3年で休刊の憂き目に。『週刊朝日』へ異動し、事件&事件の日々を送る。その後、何を血迷ったのか広島の公教育問題で日教組を徹底批判し、「朝日なのに産経と論調が同じ」と物議をかもす。9.11テロ直後のニューヨーク、パキスタンを取材。米軍によるアフガニスタン市民への誤爆を伝えまくる。デスク時代に北朝鮮拉致被害者関連の記事で下手を打ち、『週刊文春』に叩かれ、副編集長を解任、更迭される(停職10日の処分付き)。その後、広報部へ配属されるが約半年でお払い箱。百科編集部で子ども向け週刊科学誌『かがくる』の創刊などに携わり、05年5月から再び副編集長、同年11月から、『週刊朝日』第41代編集長に。85年にわたる『週刊朝日』の歴史で中途採用者が編集長になるのは、これが初めて。

-----<出演>-----

『スーパーモーニング』
(テレビ朝日系、8:00~)

『愛川欽也 パックインジャーナル』
(朝日ニュースター、毎月第1土曜)

『大竹まこと ゴールデンラジオ』
(文化放送、毎週火曜・5月8日から)

『週刊朝日編集長登場』
(asahi.ポッドキャスト)

BookMarks

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