<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<feed xmlns="http://www.w3.org/2005/Atom">
    <title>若林秀樹の「アメリカ定点観測」</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.the-journal.jp/contents/wakabayashi/" />
    <link rel="self" type="application/atom+xml" href="http://www.the-journal.jp/contents/wakabayashi/atom.xml" />
    <id>tag:www.the-journal.jp,2009-08-19:/contents/wakabayashi//59</id>
    <updated>2010-03-10T06:03:47Z</updated>
    
    <generator uri="http://www.sixapart.com/movabletype/">Movable Type Pro 4.261</generator>

<entry>
    <title>「核密約」調査は大きな一歩前進だが</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.the-journal.jp/contents/wakabayashi/2010/03/post_45.html" />
    <id>tag:www.the-journal.jp,2010:/contents/wakabayashi//59.6761</id>

    <published>2010-03-10T06:01:20Z</published>
    <updated>2010-03-10T06:03:47Z</updated>

    <summary>この度の外務省による日米密約に関する調査報告は、遅かりしという印象は拭えないが、...</summary>
    <author>
        <name>若林秀樹</name>
        <uri>http://www.the-journal.jp/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=59&amp;id=52</uri>
    </author>
    
        <category term="日本政治" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.the-journal.jp/contents/wakabayashi/">
        <![CDATA[<p>この度の外務省による日米密約に関する調査報告は、遅かりしという印象は拭えないが、政権交代がなければ果たしえなかった。そして「公然の秘密」となっていた密約の実態を相当程度明らかにし、今後の外交文書の記録や公開のあり方等、いくつかの点で教訓を導き出したことは大いに評価できる。しかし一方で、日米安保の意義、非核三原則と核の傘との関係等、今後の我が国の安全保障を考える上で、自民党政権時とは違う健全な安保議論に結びつけようとする踏み込みは無く、引き続き根源的な課題を残すことになった。</p>

<p>今回の調査は、政権交代による効用の評価として、密約の検証自体を実施したことに加え、「いわゆる『密約』問題に関する有識者委員会報告書（以降、報告書）」の内容において、明白な公文書が無くても「広義の密約」という概念を持ち込み、暗黙の了解や合意があれば密約は存在すると規定したことである。これまでの政権であれば、有識者の第三者委員会とは言え、政治的圧力により日米で合意した公文書が日本で発見されない限り「密約」とは認定しなかったのではないかと思われる。「報告書」の冒頭で、座長である北岡伸一氏は、「決定的な証拠がなくても歴史研究者として確実に推定できることについては、踏み込んで判断を行うべきだと考えた」と記している。歴史を解釈する上で、このような考えに基づき、報告書を取りまとめた北岡氏のリーダーシップに心より敬意を表したい。ちなみにこの「報告書」そのものが戦後の日米外交史を知る上で貴重な資料と言えよう。</p>]]>
        <![CDATA[<p>その報告書の中で、１点だけ腑に落ちないのは、佐藤首相とニクソン大統領が署名した沖縄への核持ち込みに関する「合意議事録」の扱いである。「報告書」では、佐藤家で発見されたが、後継内閣には引き継がれておらず、効力はないので「密約」には当たらないとしている。しかし仮に外務省が関与せず、それを裏付ける資料がなくとも、その文書は両国首脳が署名した「国際法上での合意（栗山元外務次官）」であり、一時的にせよ両国を拘束する密約であったことは事実である。そして仮に引継がれなかったら、「合意事項」は失効するのであろうかという疑問がわいてくる。もしアメリカ側で引継がれていたら、効力は継続したのであろうか（現に米側は継続していると思っているかもしれない）。少なくとも「国際上の合意」が文書の保管場所や引継ぎの有無で反故にされていいとは思えない。</p>

<p>外交や安全保障の性格を考えれば、時の政権の責任において「密約」の存在は不可避である。しからば、いつ、どのような形で国民に密約の存在を明らかにすべきか課題となる。そしてその際に、本当にその密約の存在が日本の国益や安全保障にかなったのかどうか検証されねばならない。我々はその歴史的検証から教訓を引き出し、それを未来に生かしていくしかないのである。</p>

<p>密約を結んだ背景には、日本国民の強い反核感情があり、時の政権の苦悩があったことは事実である。アメリカ側の核政策、特に核兵器の配備を肯定も否定もしない「ＮＣＮＤ政策」と、日本側の「核の抑止」に対する期待や「非核三原則」とを両立させるには、ある意味で「曖昧さ」を保つことが必要であった。しかし冷戦が終結、９１年には米軍艦船から戦術核の撤去宣言があり、アメリカでその密約の存在を裏付ける公文書が公開された後も、政府は国民に嘘を言い続けた。しかしほとんどの国民は、政府の発言を信じなかった。むしろ国民の方が現実的な国際政治に敏感であり、日本に核は存在したとしてもおかしくないと思っていたのである。少なくとも政府は、アメリカで文書が公開された後、その核密約の存在を認め、何故、それが必要であったかを国民に説明するべきであった。そこから国民は学んでいくのである。野党の追及や国民の一時的な不支持を恐れた自民党政権や官僚の保身としか思えない。</p>

<p>今回の密約調査は大きな一歩である。しかし、この調査結果を将来の日本の安全保障にどう結びつけ、どのような日米同盟にしていくのか、全く議論がなかったのは残念である。鳩山首相や岡田大臣は、日米関係に影響を与えないように配慮し、国民に対しては「非核三原則」の堅持を述べるだけであった。これでは日本の安全保障に進歩はない。</p>

<p>「真の非核三原則」とは、核の傘には入らないことを意味するものである。しかし日本の安全保障の為には、当面の間にせよ「核の傘」が必要であると判断するのであれば、改めてそのことを明確にすべきであり、そのためにはどのような米国との取り決めが現実的なのか、健全な安全保障議論を行うべきではなかろうか。それによって、国民の合意の下で「非核三原則」も必要であれば変更すべきである。国内有権者向けには「非核三原則」でいい顔をしながら、一方で米国の「核の傘」を当てにする今の姿勢を続けるだけでは、米国の鳩山政権に対する不信感は増すだけである。岡田大臣も「アジア非核地帯」が理想ならば、オバマ大統領の「核兵器なき世界」のように、時間がかかっても、一歩でもそれに近づけるために、今回の調査報告をどう結びつけるのか、発言して欲しかった。<br />
</p>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>リコール問題で露呈したトヨタが失ったもの</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.the-journal.jp/contents/wakabayashi/2010/03/post_44.html" />
    <id>tag:www.the-journal.jp,2010:/contents/wakabayashi//59.6737</id>

    <published>2010-03-02T23:33:16Z</published>
    <updated>2010-03-02T23:36:51Z</updated>

    <summary>トヨタのリコール問題は、豊田章男社長が出席した下院での公聴会に続き、３月２日、上...</summary>
    <author>
        <name>若林秀樹</name>
        <uri>http://www.the-journal.jp/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=59&amp;id=52</uri>
    </author>
    
        <category term="米国政治" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.the-journal.jp/contents/wakabayashi/">
        <![CDATA[<p>トヨタのリコール問題は、豊田章男社長が出席した下院での公聴会に続き、３月２日、上院でも開催され、大きな峠を越したものと思われる。ここで峠という意味は、政治家やアメリカ・メディアによるトヨタたたきであり、国民の関心の高さである。しかし、これで問題がスムースに解決する方向に向かうとは限らない。全米各地では損害賠償を求める訴訟が数多く起きている。連邦大陪審はトヨタに資料提出を求めるなど、司法当局も動き出した。連邦捜査局（FBI）は、直接的な関係はないとしながらも、公聴会の開催とあわせて、トヨタとも関係の深い日系自動車部品メーカーを反トラスト法違反の疑いで捜査を開始した。今後も対処の仕方を間違えると、この問題は思わぬ方向に行きかねない。</p>

<p>振り返れば、過去にも品質問題では、食品偽装や三菱自動車のリコール隠し等、企業存続の危機に至った事例は数多くあった。さすがに品質重視のトヨタは、取引先が泣くほど品質管理の厳しさには定評があり、このような問題の対極に位置する企業だと思っていた。しかし期待は見事に裏切られた。ここには、他社事例はあくまで他社のことであって、その教訓を自らの企業経営に生かせないという、企業の本質的課題が浮き彫りになった。</p>]]>
        <![CDATA[<p>今回のリコール問題は、日本の経済発展を支えた製造業、しかもそのトップに君臨し続けた「超優良企業」トヨタに対する信頼低下のみならず、透明性の欠如等、もともと日本にあったマイナス面の印象を強めたことは否めない。このリコール問題を前後して、米国品質調査（０９年ＪＤパワー・アソシエイツ）の評価では、韓国の現代自動車がトヨタを上回り、確実にシェアを伸ばしている。電機産業でも、韓国のサムスン電子が日本の得意としていた半導体や薄型テレビ等の家電製品で日本企業を圧倒している状況だ。まさに日本の製造業の衰退を象徴するようなトヨタのリコール問題ではあったが、ピンチはチャンスであり、いずれトヨタが消費者の信頼を回復し、再度「世界の自動車レース」をリードすることを期待したい。</p>

<p>今回のような大きなリコール問題に発展した背景には、「意図的な日本たたき」とまでは言わないまでも、「政治的」な要因があったことは間違いない。ここで言う「政治的」とは、社会は常に様々な利益、思惑、関心を持った人々の活動の集大成であり、物事は常に政治的なのであるという意味においてである。その中で、今回の問題は極めて「政治的」な度合いが高かったと言える。</p>

<p>リコール問題の根本的な背景には、やはり長期的なアメリカ企業（特に製造業）の衰退と共に、現在の深刻な雇用問題を含む経済情勢が大きく影響している。アメリカ国民は、日頃の生活を通じて強い苛立ちを感じており、それが強すぎた日本企業、トヨタに対して、激しい批判として吹き出た形となった。</p>

<p>特に今年は中間選挙の年である。特にオバマ政権の支持率は下がっており、ラフード運輸長官を先頭にここぞとばかり、厳しくトヨタを批判した。また経済危機等への対応で米国連邦議会に対する国民の支持は過去最低になっていたところ、この消費者の安全に関わるリコール問題は、政治家にとって与野党が対立せず、格好の攻撃材料となった。まさに公聴会は、政治家が有権者の信頼を少しでも獲得すべく「政治ショー化」し、メディアはさらにそれを囃したてるように「劇場型」にした。</p>

<p>ここ２０年の間に、ビッグスリーは凋落、トヨタは躍進する日系自動車企業の先頭を走り、更に世界のトップ自動車会社に踊りでた。しかし日系自動車企業の車がどんなに品質が良く、どんなに現地雇用を生み出しても、そのブランドはあくまで外国企業の域を出ていない。特に政治家にとっては、トヨタの生産拠点や関連部品メーカー等がないかぎり、トヨタは叩く対象にすぎない。裾野の広い自動車産業の中で、ビッグスリーに関わった人々の鬱積した反感は、アメリカの大地にマグマのごとく深く溜まっていたのである。また多くの国民の間には、認めざるを得ない品質の高い自動車であっても、日本企業への潜在的な不快感が潜んでいたとしても不思議ではない。</p>

<p>現にビッグスリーに携わった雇用者数は、１９７０年に３２７万人いたが、２００８年には２５５万人と、７２万人、２２％減り、この間にアメリカの人口は５２％、約１億人増えている。（Moody's Economy.com及びUS Census Bureau）。UAW（全米自動車労組）の組合員も、多い時には１５０万人いたが、現在は５０万人に減少した。この間、ビッグスリーの社会・経済に与えるインパクトは相対的に小さくなり、それを日本企業が埋め合わせ、そのことを快く思っていない人が増加したことも事実である。</p>

<p>今回の騒動でも、問題を大きく政治化させる原動力になったのは、メディアと共に労働組合の存在だと言われている。特に民主党政権において労働組合の影響力は絶大である。トヨタに限ったことではないが、歴史的に日系企業は「デトロイト」を避け、労組の弱い南部へ現地生産拠点を展開した。結果としてトヨタは、ＵＡＷによる生産拠点組織化の阻止に成功し、それが現地経営成功の一因だとされていた。そして昨年は、唯一組織化されていたＧＭとの合弁会社、ＮＵＭＭＩ（カリフォルニア州）の閉鎖を発表し、UAWの怒りを買った。</p>

<p>ＵＡＷは未だに５０万人の組合員を擁し、その上部団体であるＡＦＬ－ＣＩＯ（アメリカ労働総同盟・産業別労働組合会議）等と共に、現政権に対して極めて大きな影響力を持っている。今回もUAWは、トヨタ車の不買運動をNUMMIの閉鎖とからめて展開し、一方でUAWが全米３０州程度で応援している政治家にトヨタのリコール問題追求で圧力をかけたとも言われている。これまでトヨタの米国自動車産業や労組への対応は大きな問題にもならなかったが、日頃の反感がこのような時に吹き出たとも言える。</p>

<p>今回のリコール問題でトヨタは高い代償を払うこととなった。トヨタは、徹底的なコスト削減をはかり、生産では「カイゼン」、「ジュストインタイム」等、所謂トヨタ生産方式を生み出し、効率的な経営で「トヨタ銀行」と言われるほど財務体質の強い企業となった。しかしこの徹底したコスト削減、経営効率の優先により、欠陥情報を隠蔽しがちになり、品質管理が低下する等、失ったものも大きかった。そしてトヨタ躍進の影で、会社の閉鎖を余儀なくされ、仕事を失うなど、負の影響を受けた多くの人々の存在があり、今回の問題では、経済の悪化で苛立つアメリカ社会の気持ちの現われともなった。トヨタは、目先の効率だけでは推し測れない、人間の活動の集大成である社会を相手にしていることも忘れてはならない。今回のリコール問題を教訓に、消費者の信頼を取り戻し、「やはり、さすがにトヨタだ」と言われて欲しいものだ。再度、トヨタ経営の原点に立ち返って欲しい。<br />
</p>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>米中関係の深化に変化なし</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.the-journal.jp/contents/wakabayashi/2010/02/post_43.html" />
    <id>tag:www.the-journal.jp,2010:/contents/wakabayashi//59.6710</id>

    <published>2010-02-23T06:10:28Z</published>
    <updated>2010-02-23T06:18:00Z</updated>

    <summary>米中間の軋轢を懸念する声が高まっているが、心配は無用である。確かに、その関係の冷...</summary>
    <author>
        <name>若林秀樹</name>
        <uri>http://www.the-journal.jp/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=59&amp;id=52</uri>
    </author>
    
        <category term="国際政治" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.the-journal.jp/contents/wakabayashi/">
        <![CDATA[<p>米中間の軋轢を懸念する声が高まっているが、心配は無用である。確かに、その関係の冷え込みを感じさせる事象が続き、これまでにない変化が両国に見られるが、結論として米中関係の深化という大きな流れは一向に変わらないであろう。もちろん表面的には「亀裂」を感じさせるような言動は今後とも続くものと思われる。しかし両国共に引き際や越えてはならない一線はわかっており、「冷え込んだ関係」はやがて収束に向かうものと思われる。ただ一点だけ気になるとすれば、中国の国内世論、特に排他的になりがちなネット世論の動向である。経済発展で自信をつけつつある国民の民族意識に火がつき、胡錦濤政権がその勢いを収拾できず、その動向によって国内政治が影響されるかもしれない。歴史を遡れば、政権は偏狭な国家意識に火がついた国民に引きずられ、戦争を起こした例は少なくないのである。</p>]]>
        <![CDATA[<p>オバマ政権は政権発足以降、チベット等での人権抑圧に沈黙するなど、中国への配慮を最大限示し、「米中蜜月時代」をアピールしていた。しかしオバマ大統領自身の中国への姿勢が変わったのは、昨年１２月、コペンハーゲンで開催されたCOP１５（第１５回気候変動枠組条約締約国会議）であると言われている（米シンクタンク筋）。オバマ氏は、中国が米国等の提案した「国際機関による削減行動の検証」を拒否し、議定書策定に向けた中国の非協力的な態度に嫌気がさしたようだ。もちろん人権問題から目をそらすことは民主党にとって命取りになる。また支持率の低迷に悩むオバマ政権は、本年秋の中間選挙を控え、保守層に対しても中国への毅然とした態度を示す必要があり、クリントン国務長官等の発言にも変化が見られるようになった。</p>

<p>もちろん中国にとっては、チベットやウイグル地区等での少数民族問題、言論の自由等に関する人権問題、そして台湾への支援は、絶対に黙っていられない「国内問題」である。米国といえども、これらの問題に関するあからさまな行動をとれば、中国は少なくとも表面的には批判せざるをえない。しかし中国は、米国の台湾への武器売却問題で、関与する米企業に制裁を科すと言いながら、未だに企業名や制裁の内容を発表していない。またダライ・ラマ１４世との会談についても、中国は「強い不満と断固とした反対」を表明したにすぎない。ダライ・ラマ氏との会談は、米国だけではなく、ドイツやフラン等の主要国も行っており、中国はその都度、お決まりの批判をするが、その後、悪化した関係を引きずることはない。特に仏・中関係は一時的にかなり悪化したと言われたが、サルコジ大統領は今春、上海を訪問することを発表し、中国外相は、大統領との会談で、その訪問を喜ばしい(delighted)と発言した（ニューズ・ウィーク誌）。　</p>

<p>国際政治は、国内政治の延長線上にある。中国は今後も自己主張を益々強め、米中共に表面的には軋轢を感じさせるような言動を続けるであろう。しかし米中はどちらもお互いの協力なくしては経済も、外交もなりたたないことを知っている。どこで矛先を収めるのか、国内世論の動向を見ながら、その機会を見極めることになろう。米中間の大きな流れを見極めず、この機に乗じて、日本が中国に擦り寄るような態度を取れば、米国のみならず、中国にも馬鹿にされるだけである。ダライ・ラマ１４世は、この６月に来日するが、これまで会談した日本の首相は大平正芳氏のみである。中国との関係を重視する鳩山政権がダライ・ラマ１４世と会談するとは思えないが、少数民族にも「友愛精神」は発揮されるべきである。本来は日本の毅然とした外交姿勢と共に、ダライ・ラマ氏と会談しても悪化しないような日中関係の構築が望まれる。<br />
</p>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>ティーパーティ運動はアメリカ保守の逆襲か</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.the-journal.jp/contents/wakabayashi/2010/02/post_42.html" />
    <id>tag:www.the-journal.jp,2010:/contents/wakabayashi//59.6659</id>

    <published>2010-02-09T02:48:15Z</published>
    <updated>2010-02-09T21:59:13Z</updated>

    <summary>アメリカ人にとって、「ティーパーティ」とは、政治的抗議（political pr...</summary>
    <author>
        <name>若林秀樹</name>
        <uri>http://www.the-journal.jp/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=59&amp;id=52</uri>
    </author>
    
        <category term="米国政治" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.the-journal.jp/contents/wakabayashi/">
        <![CDATA[<p>アメリカ人にとって、「ティーパーティ」とは、政治的抗議（political protest）の象徴である。これは言うまでもなく、１７７３年１２月、イギリス政府が押し付けた茶税に反対し、植民地の住人がボストン湾に停泊中の東インド会社船の積荷である茶を海に投げ捨てた「ボストン・ティー・パーティ（ボストン茶会事件）」に由来するものであり、この事件が発端で後にアメリカ独立戦争が勃発した。</p>

<p>今回の「テイーパーティ」の舞台の中心はワシントンである。オバマ大統領の大規模な景気刺激策や医療保険改革に代表される「大きな政府」政策に反対する草の根運動が全国的な保守主義運動に発展した。その切っ掛けの一つは、昨年２月１９日、CNBCのコメンテーター、リック・サンテリ氏がシカゴの取引所において、住宅差し押さえ救済策に異議を唱え、それがYouTube <a href="http://www.youtube.com/watch?v=bEZB4taSEoA" target="_blank" >（http://www.youtube.com/watch?v=bEZB4taSEoA）</a>等を通じて広がったことであると言われている。</p>]]>
        <![CDATA[<p>その後、抗議デモや運動が全国に広がり、一躍脚光を浴びたのは、本年１月１９日、医療保険改革に熱心に取り組んでいたテッド・ケネディ上院議員の死去に伴う特別選挙だった。まさにマサチューセッツ州でケネディー家が約６０年間守ってきた民主党の議席が共和党候補者（スコット・ブラウン氏）によってボストン湾に投げ捨てられたのである。そしてこの勝利に「ティーパーティ運動」が大きな役割を果たしたと言われている。２月４日からはテネシー州ナッシュビルで、「ティーパーティ」初の全国大会が開催され、６日、ペイリン前共和党副大統領候補（前アラスカ州知事）が基調演説を行い、気勢をあげた。</p>

<p>このような政府に抗議する運動はこれまでもよくあったことである。特に現在は、深刻な経済情勢と高い失業率、過去最大の財政赤字、イラクやアフガンへの軍事的対応、テロの脅威等の問題を抱え、国民の怒りが爆発してもおかしくない。批判の矛先は、民主党のみならず、解決策を示せない共和党にも向いている。まさにワシントン（既存政治）への不信感である。しかし果たして、この「ティーパーティ」が更に大きなうねりとなり、本年１１月の中間選挙、そして２０１２年の大統領選挙に大きな影響を与える政治運動になりうるのか、米国専門家も見極めかねている。</p>

<p>理由はいくつか挙げられよう。まず「ティーパーティ」は現時点において政府やウォールストリートに対する不満や怒りによって運動が拡大してきた経緯があり、その路線は必ずしも明確になっていない。当初は過激な極右に近い運動家に引きずられがちであるが、運動の中心である無党派層は極端に偏った政策は好まない。果たしてこの運動が「第３の政党」を目指すのか、共和党への支持を拡大していくのか、不透明である。またテイーパーティは強力なリーダーを立てて活動していくのかどうか、この点も大会の中では意見が分かれていた。サラ・ペイリン氏の人気は確かに高いが、大統領としての資質については問題があると見られている。</p>

<p>オバマ大統領の誕生に象徴されるように、アメリカは自由でリベラルな国である印象が強いが、現実には保守主主義がアメリカ社会に深く根付いている。ギャラップ社の調査（２００９年）によれば、国民の４０％が自分を「保守」と見ており、３５％が「中道」で、「リベラル」は２１％に過ぎない。つまりこの「中道」がどこに動くかによって選挙の行方が決まる。８０年代は、レーガン大統領の登場により、民主党支持層や無党派層が保守に動いた（レーガン・デモクラット）時代であった。２月６日、ペイリン氏は、生きていればレーガン大統領の９９回目の誕生日であることを意識し、「我々は今、保守主義の価値と良い仕事の番人になった」と述べた。果たしてこのティーパーティ運動がどこまで支持を広げて拡大するのか、本年はアメリカ政治の動きから目が離せない。</p>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>苦悩が続く日米「民主」政権</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.the-journal.jp/contents/wakabayashi/2010/02/post_41.html" />
    <id>tag:www.the-journal.jp,2010:/contents/wakabayashi//59.6625</id>

    <published>2010-02-03T01:08:44Z</published>
    <updated>2010-02-03T01:11:55Z</updated>

    <summary>オバマ大統領、鳩山首相は、それぞれ就任後初となる「一般教書演説（１月２７日）」、...</summary>
    <author>
        <name>若林秀樹</name>
        <uri>http://www.the-journal.jp/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=59&amp;id=52</uri>
    </author>
    
        <category term="国際政治" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.the-journal.jp/contents/wakabayashi/">
        <![CDATA[<p>オバマ大統領、鳩山首相は、それぞれ就任後初となる「一般教書演説（１月２７日）」、「施政方針演説（２９日）」を行い、２０１０年の政策課題を国民に明らかにした。演説の中でオバマ氏は、「仕事」を２３回、鳩山氏は「いのち」を２４回連発、そこには両首脳が抱える共通した悩みがうかがえる。共に高い支持率の下で政権が船出したものの、内政、外政共に国民の期待に応えられず支持率が急降下。日米ともに財政赤字は過去最高を記録し、選挙公約の目玉政策の実現に暗雲が立ち込めている。本年は共に重要な「中間選挙」、「参議院議員選挙」を控え、民主党と、野党である共和党、自民党との対立が深まり、国民の目線とはかけ離れた次元での権力争いが続く。このままでは日米共に国際的地位の一層の低下は避けられない。</p>]]>
        <![CDATA[<p>両首脳の演説の発言には、政権運営が順調に進んでいない苛立ちが感じられた。積年の課題である米の医療保険改革では、共和党が上院を通過した法案に反対し、政策的に両党の案は大きな差がないにもかかわらず（オバマ大統領）、不毛とも思われる醜い対立が続いている。議論が白熱すればするほど政党間にも国民の間にも亀裂が生まれ、法案の行方は益々不透明になってきた。日本では、「政治とカネ」の問題が争点となっている。もちろん事の重大さは理解できるものの、自民党はかつての民主党と同じように、その問題の追及にやっきになり、国家運営にとってもっと大切な経済・財政政策、外交・安全保障等は二の次のように見えてしまう。メディアも一緒になって「政治とカネ」で国民を煽り、一方で普天間基地移設問題では、民主党の現行合意案の変更や決定の先延ばしに関する発言をさんざん批判しながら、民主党が現行案の実施を暗にほのめかすと、沖縄県の民意を逆なでするものだとして、手の平を返したように酷評する。結局、メディアは政治に対する不信感を自ら増殖させ、混乱させている自覚がないとしか思えない。</p>

<p>何のために政治はあるのか。幕末思想家の横井小楠氏は、「国家の目的は民を安ずるにある」と言った。政治はこの国家の目的を果たすために存在する。この点に関して、今の民主的な政治体制が本当に効率的で望ましいシステムなのかどうか。また政治家は、この言葉を肝に銘じて本当に活動しているのかどうか、自戒の念を込めてため息をつく時がある。</p>

<p>かつてウィンストン・チャーチル英首相は、「実際のところ、民主制は最悪の政治形態と言うことが出来る。これまでに試みられてきた、他のあらゆる政治形態を除けば、だが」と言った。つまり共産主義等の政治体制に民主主義が打ち勝ってきたことを逆説的に述べたものである。しかし２０１０年にチャーチルが生きていれば、違ったことを言ったかもしれない。今、一党独裁で言論の自由さえない中国は、世界経済を牽引し、国際政治にも大きな影響を与え始めている。共産主義ではないが、事実上の一党独裁国家であり、発展を続けるシンガポールも一例である。中国は、民主主義の手続きに時間がかかっている民主国家を横目に、必要な政策をスピーディ且つ強引に進め、金融危機をものともせず急成長を遂げている。このような中国やシンガポールは目指すべき国家のモデルになってはならないのだが、日米は、中国の政治・経済に依存した構造に陥っているのも現実である。</p>

<p>オバマは、演説の中で「国民は、選挙に明け暮れているような米政治にいらだっている」、「民主主義は時として、騒々しく、混乱し、複雑になる」と指摘し、一方で「（人気取りや選挙対策の為の政策を否定し）我々がここに存在する唯一の理由は、幾世代もの米国人がひるまず、成功が不確かであっても、必要であれば実行し、この国の夢の輝きを子供や孫たちのために保ち続けたおかげだ」と、「超党派での協力」と「変革の必要性」を訴えた。</p>

<p>日本もかつて自民党一党独裁政治と官僚システムによって高度成長を遂げ、その実態は今の中国と大差はなかった。しかし、その政治体制が行き詰ったからこそ政権交代が起きた事実を忘れてはならない。民主主義と定期的な政権交代こそが成熟した国家を発展させる基盤である。変革を進めようとすれば、出血を伴う痛みはつきものである。しかしそれが健康体になるための痛みがどうかを判断するのは、当事者である我々自身の責任である。</p>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>日米安保改定５０周年（３）－日米同盟の矛盾に挑戦</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.the-journal.jp/contents/wakabayashi/2010/01/post_40.html" />
    <id>tag:www.the-journal.jp,2010:/contents/wakabayashi//59.6596</id>

    <published>2010-01-27T06:46:46Z</published>
    <updated>2010-01-27T06:50:39Z</updated>

    <summary>1月１９日、安保改定の署名から５０年を迎え、日米両国は、外務・防衛担当の閣僚によ...</summary>
    <author>
        <name>若林秀樹</name>
        <uri>http://www.the-journal.jp/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=59&amp;id=52</uri>
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.the-journal.jp/contents/wakabayashi/">
        <![CDATA[<p>1月１９日、安保改定の署名から５０年を迎え、日米両国は、外務・防衛担当の閣僚による「共同声明」を発表した。その声明には日米同盟を礼賛する美辞麗句が並んでいるが、いくら読み返しても、両国政府のこの声明に込める熱意が一向に伝わってこない。それだけ日米同盟は成熟した関係にあるという見方が出来ないわけではないが、やはり現下のぎくしゃくした関係が反映しており、その証拠に署名は日米首脳ではなく、関係閣僚に格下げになったような印象は否めない。</p>

<p>そもそも長く続いた一党支配から政権交代が起きれば、鳩山政権にならずとも摩擦が起きるのは当然である。今起きている問題は、もともと日米同盟が抱えている矛盾や疑問点が露出したのであり、そのほとんどが想定された範囲である。むしろ、これらの問題を解決して逆に日米同盟を強化することは可能である。問題は、その前提条件として、政府が関係改善への強い意思と実行能力を持っているかどうかだ。</p>]]>
        <![CDATA[<p>日米同盟には、以下の３つの矛盾や問題点を抱えている。第一番目は、日米に限らず、同盟に対する依存度が高ければ高いほど、主権国家としての自主性を損ない、相手国に追随しがちになりやすいということである。日本の安全保障にとって日米同盟は、唯一と言ってもいい、最も重要なものであるが、アメリカにとってのそれは、自国の安全保障の一部にすぎない。ヨーロッパは、NATO（北大西洋条約機構）の印象が強いが、それに加え、欧州安全保障協力機構（OSCE）やEU内の欧州安全保障政策（ESDP）があり、それぞれの役割分担がある。その意味において、安全保障に関する対米依存度を下げようする鳩山政権の試みは意味がない訳ではない。問題は、しっかりとした時間軸に沿った青写真と実行力があるかどうかだ。仮にアジア諸国と良好な関係を築き、東アジア共同体構想を足掛かりにアジア版多国間安保機構を模索したい意向があるとしても、それは構想であって実現には２０年、３０年単位の時間がかかる。まずは政権党として現実の安全保障をいかに担保するかが求められている。沖縄の負担を軽減することは重要であるが、一方で現状の安全保障の要である日米同盟を危機にさらすようでは意味がない。</p>

<p>二番目は「核密約」等に関わる長年の矛盾点である。日本は、日米同盟によって、米国の世界戦略に巻き込まれる可能性を排除する仕組みは必要であるが、「核密約」の存在等により、鳩山政権は苦しい対応を迫られている。日本の意志に反したアメリカの行動を支援するか否かは、主権国家である日本の判断である。その点において、条約上は、「自国の憲法上の手続きにしたがって共通の危険に対処するように行動する」とあり、アメリカにとっても、自動的にアジアの戦争に巻き込まれないようにするための仕掛けがある。さらに「事前協議制度」により、米国は日本と協議しなければ、在日米軍を域外の戦闘作戦行動に参加させることはできない等の取り決めをしている（有名無実化しているが）。また問題になっている「非核三原則」も巻き込まれる不安を和らげるための措置であったが、「核密約」の存在がほぼ露呈し、過去の矛盾した対応が明らかになった。日本は「米国の核の傘」による抑止力で日本を守って欲しいという意志を持ちながら、非核三原則を掲げる安保政策の矛盾にどう折り合いをつけるのか。いつまでも、二つの顔を使い分けるには限界がある。</p>

<p>最後は、同盟を強化すればするほど、同盟が想定している敵国を刺激する側面である。当面想定される国は、中国と北朝鮮であるが、この点について日米同盟は、日本の軍事的台頭を抑えると共に、アジア・太平洋地域の平和維持にも寄与している役割がある。中国や韓国からも、日米同盟の亀裂を危惧する声すら聞こえてくる。鳩山政権は、日米同盟を強化しすぎて中国等を刺激したくない配慮があるのかもしれないが、日米関係が良くなければ、日中関係も良くならない。日本が中国に擦り寄れば、日本の安全保障が保たれると思うほど、国際関係は甘くないのである。</p>

<p>日米同盟は、もともと対等な関係にあり、法的にも主従関係ではない。しかし日本は自国の安全保障を主体的に考えず、実態として主従関係にならざるを得ない状況を放置してきたのである。日本が日米安保条約の廃棄を望むのであれば、米軍はすぐにでも撤退するであろう。問題はそのことを日本が望むかである。この安保改定５０周年を契機に、日本の長期的な利益に照らし合わせ、どのような安保体制や国際関係の下で日本の国益や安全保障が保たれるのか、その原点に立ち返って考える機会にすべきである。鳩山首相の強いリーダーシップを求めたい。<br />
</p>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>ハイチ大地震に見る日米中の対応の違い</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.the-journal.jp/contents/wakabayashi/2010/01/post_39.html" />
    <id>tag:www.the-journal.jp,2010:/contents/wakabayashi//59.6553</id>

    <published>2010-01-18T00:34:10Z</published>
    <updated>2010-01-18T00:44:23Z</updated>

    <summary>６千人以上が犠牲になった阪神大震災から１月１７日で丸１５年を迎えた。あの時の教訓...</summary>
    <author>
        <name>若林秀樹</name>
        <uri>http://www.the-journal.jp/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=59&amp;id=52</uri>
    </author>
    
        <category term="国際政治" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.the-journal.jp/contents/wakabayashi/">
        <![CDATA[<p>６千人以上が犠牲になった阪神大震災から１月１７日で丸１５年を迎えた。あの時の教訓はどこに生かされているのであろう。その４日前の１３日の早朝、中央アメリカの島国、ハイチ共和国は大地震に見舞われ、現時点で死者は５万人から１０万人に達すると言われている。常に繰り返される自然災害は、非力な人間に対して容赦なく襲いかかる。被害が甚大になるのは、いつもインフラ等が脆弱な途上国であり、その中でもより貧困な層が一番の犠牲者になる。西半球で最も貧しいと言われているハイチは、その典型的な例であると言えよう。亡くなられた人々のご冥福と共に、被災者、ご家族等に対して、心からのお見舞を申し上げたい。</p>

<p>アメリカにとってハイチは裏庭であり、今日までの歴史的な関わりや、国内にハイチ出身の移民を抱えていることから、オバマ政権は物心共に迅速且つ大規模な支援活動を行っている。２００５年、ハリケーン・カトリーナがルイジアナ州を中心に襲い、当時のブッシュ政権はその対応の悪さで世論の批判を浴びた。それが今回の迅速な対応につながったとも報じられている。すでに、米軍だけで１万人規模の兵士が救援活動を行っており、それ以外の政府機関、ＮＧＯ、民間企業、有名人等を含め、相当な規模の支援になろう。またクリントン、ブッシュ元両大統領も支援の前線に立ち活動している。そこには与党も野党もない。あるのは、アメリカ国民全体が立ち上がり、応援している姿である。</p>

<p></p>

<p></p>

<p></p>

<p><br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p>国連はもちろんであるが、各国も迅速に支援活動を開始した。地震国の日本としては、逸早く支援に乗り出すべきであったが、反応は極めて鈍く、初動も遅れた。国際緊急援助隊の出動が命じられたのは、丸１日半が経った１４日午後、そして日本を出発したのは、地震発生後丸３日が経った１６日の夜である。地震の被災者の救出には、発生後２日、４８時間以内に救援活動を開始することが重要であり、遅くても３日７２時間以内でないと生存者を救う可能性は極めて低くなる。恐らく現地に到着して活動を開始できたのは、丸４日以上経っていたことになろう。せっかくの援助隊の派遣も、初動の遅れが支援活動の有効性に大きく影響したことになる。</p>

<p>一方、どうしても比較してしまうのは、発生後３３時間で現地に救助隊を到着させた中国との比較である。米国以外では「世界の中で一番に最初に到着した中国の救援隊」という紹介で、その映像が全米をカバーするＴＶネットワークで放映された（実際にはアイスランド等が早かったようだが、映ったが勝ち）。アメリカ人のみならず、この映像を観た世界中の人々の中国に対する印象は言うまでもない。中国にとっては、勿論、それなりの思惑がある。軍事・経済で影響力を持ち始めた中国は、人道分野でも世界に貢献する姿を広め、中国脅威論を多少なりとも弱めたいところである。また何よりも、台湾のみと外交関係を持っているハイチに対して恩を売り、後の外交関係の樹立につなげたい狙いがある。中国がハイチ国連平和維持活動（ＰＫＯ、ＭＩＮＵＳＴＡＨ）に警察官を派遣しているのは、その理由からでもある（残念ながら今回の地震で８名の中国人が命を落とされた）。本来、外交というのは、国益と国益のぶつかりあいであり、綺麗ごとだけではなく、中国のようなしたたかさも必要なのである。</p>

<p>日本はこれまでの経験を踏まえ、２４時間以内で国際緊急援助隊チームを編成し、日本を飛び立てる力を持つまでになった。非軍事面での世界貢献を強調し、世界の人々の命を守り「友愛」を標榜する鳩山政権であればこそ、米国や世界に対してその政治思想をカタチに現すチャンスであった。反応が鈍く初動のタイミングが遅れた政治的判断ミスが悔やまれる。このような緊急時への対応で政権の真価が問われる。まだまだ頭に体がついていってない一例である。</p>

<p>医者であり、２００２年に癌で亡くなられた今井澄参議院議員は、日本の国会議員としては極めて珍しく、１９９４年以来、短期間に２回ハイチを訪れ、その実情を私に話してくれたことがある。貧しいハイチを目の当たりにした故今井議員が、この地震の惨状と、日本の対応を知ったら、さぞかし嘆かれたことであろう。</p>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>日米安保改定５０周年（２）－条約名は「世紀の誤訳」か</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.the-journal.jp/contents/wakabayashi/2010/01/post_38.html" />
    <id>tag:www.the-journal.jp,2010:/contents/wakabayashi//59.6538</id>

    <published>2010-01-14T02:59:59Z</published>
    <updated>2010-01-14T03:24:39Z</updated>

    <summary>通称「安全保障条約」は、いわゆる「安全保障」と共に、「相互協力（世界の平和と繁栄...</summary>
    <author>
        <name>若林秀樹</name>
        <uri>http://www.the-journal.jp/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=59&amp;id=52</uri>
    </author>
    
        <category term="日本政治" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.the-journal.jp/contents/wakabayashi/">
        <![CDATA[<p>通称「安全保障条約」は、いわゆる「安全保障」と共に、「相互協力（世界の平和と繁栄を希求した日米の経済協力等）」が大きな柱になっていることはほとんど知られていない。その遠因は、条約の日本語名にもあると思っている。「安全保障条約」の日本語公式名称は、「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約」。しかし英語の公式名称は、"Treaty of Mutual Cooperation and Security Between Japan and The United States of America"なのである。 この日本語と英語の名称に、大きなニュアンスの違いがあるのはおわかりだろうか。つまり英語での条約（Treaty）は、「相互協力」と「安全保障」の双方に掛っているが、日本語は「安全保障」のみであり、条約としては「安全保障」のみをカバーする印象を与えている。協議の過程で最初に英語での名称・条文を確定したと思われるが、その後の英訳による日本語名は「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障にかかる条約」と訳すのが自然であった。（注：英語及び日本語の条約文書が共に正文で署名）</p>

<p>つまりこの日本語訳により、条約の一方の柱である「相互協力」が重要視されず、「安全保障（日本防衛）」のみが必要以上に強調される結果になりはしなかったか。政治的な重要性は後者の「安全保障」にあったにせよ、「相互協力」も大切な柱であった。この名称により、「相互協力」は条約に付随する確認文書的なものにすぎないような印象を与えたことは否めない。やはり名称は条約の全体像を表すべきものであって、この日本語訳は「世紀の誤訳」ではないかと思っている。</p>]]>
        <![CDATA[<p>そして今、日米安保条約改定５０周年を機に、この条約にある「相互協力」の部分に改めて光を当てることで、この条約が今日的な安全保障を取り巻く環境にも適合し、この「安全保障条約」が未だ輝きを失わず、「日米安保の再定義」を可能とするものであると捉えている。</p>

<p>まず条文（前文及び第二条）を見てみよう。<br />
前文：日本国及びアメリカ合衆国は、両国の間に伝統的に存在する平和及び友好の関係を強化し、並びに民主主義の諸原則、個人の自由及び法の支配を擁護することを希望し、また、<u>両国の間の一層緊密な経済的協力を促進し、並びにそれぞれの国における経済的安定及び福祉の条件を助長することを希望し、国際連合憲章の目的及び原則に対する信念並びにすべての国民及びすべての政府とともに平和のうちに生きようとする願望を再確認し</u>（省略）。<br />
第二条 締約国は、その<u>自由な諸制度を強化</u>することにより、これらの制度の基礎をなす原則の理解を促進することにより、並びに<u>安定及び福祉の条件を助長することによつて、平和的かつ友好的な国際関係の一層の発展に貢献する。締約国は、その国際経済政策におけるくい違いを除くことに努め、また、両国の間の経済的協力を促進</u>する。</p>

<p>わずか１０条からなる条約に、この世界の平和と繁栄を希求する「日米の非軍事面での相互協力」がきちんと明記されている。つまりこの条約は、軍事力（ハードパワー）を中心とした狭義の安全保障だけでなく、経済協力など、非軍事（ソフトパワー）における協力、広義の安全保障を担保するための日米協力の概念が含まれているのである。</p>

<p>そして今、我々の生活において安全上の脅威を与えているのは、気候変動等の環境問題、貧困等の途上国の開発問題、食料や水の安全問題、HIV/AIDSや新型インフルエンザ等の感染症、テロや組織的な犯罪等である。その意味において、これらの地球的な課題に対応するためには非軍事面での協力も必要であり、この条約の「相互協力」を重視することで、この条約を「包括的な安全保障」という観点から再定義し、日米の新しい協力の枠組みが提起されるべきものとして捉えることができる。もちろん、言うまでもなく軍事面での安全保障を軽視してはならないが、このような包括的な安全保障という観点で日米安保を捉えることも重要なのである。その具体的な日米の協力内容については、次稿の日米安保改定（その３）に譲ることとする。<br />
</p>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>日米安保改定５０周年（その１）、新たな日米関係を築く節目に</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.the-journal.jp/contents/wakabayashi/2010/01/post_37.html" />
    <id>tag:www.the-journal.jp,2010:/contents/wakabayashi//59.6522</id>

    <published>2010-01-09T06:23:36Z</published>
    <updated>2010-01-09T06:28:27Z</updated>

    <summary>日米同盟の根幹となっている日米安全保障条約が１９６０年１月１９日に締結されて５０...</summary>
    <author>
        <name>若林秀樹</name>
        <uri>http://www.the-journal.jp/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=59&amp;id=52</uri>
    </author>
    
        <category term="日本政治" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.the-journal.jp/contents/wakabayashi/">
        <![CDATA[<p>日米同盟の根幹となっている日米安全保障条約が１９６０年１月１９日に締結されて５０周年を迎える。当然のことながら、日米政府は２０１０年を日米関係強化に向けた節目の年にしたいと思っているが、普天間基地移設問題をはじめ鳩山政権の一連の言動に米国が不信感を抱き、日米の政府間に大きな溝が生じている。</p>

<p>しかし今の日米関係の現状は、鳩山政権だけに責任を押し付けるのではなく、これは政権交代による民意の現れであり、日米安保が抱える積年の構造的な国内問題が噴き出した形として捉えるべきである（勿論米側にも問題はあるが）。従って問われているのは、国民一人ひとりなのである。この問題が生じたお蔭で、日本国民は今後の安全保障政策や日米関係を初めて本気で考える絶好の機会が与えられ、長期的に見れば日米両国にとってはプラスであると捉えたい。</p>]]>
        <![CDATA[<p>今回は、まず日米が共有する価値観と日米関係について考えてみたい。<br />
戦後の日本社会の基礎は、戦勝国のアメリカによって形作られた。社会の骨格としては、米国主導により民主化に向けた五大改革を実施し、現行憲法等を制定。外交・安保では国の防衛をアメリカに委ね、主に米国との関係を通じて国際社会との距離を測る外交を展開した。経済では、アメリカの技術と大量生産方式を取り入れ、米国市場を活用して発展した。これらの過程を通じて、日本はアメリカの影響を大きく受け、無意識の内にも米国型の社会を目指してきたと言える。特に筆者を含む戦後世代は、米国のソフトパワーの影響をまともに受け、「洗脳」されたとまでは言わないまでも、日本とアメリカは、同じ価値観を共有しているということに何の違和感もなかった。</p>

<p>そして今、日米両国は、自由と民主主義、市場経済、法の支配、人間の尊厳及び人権といった普遍的価値観を共有した先進国であり、だからこそ成熟した同盟関係を一層強化し、世界における共通する脅威に対処すべきであるという説明がよくなされる。つまり日米は、戦争では戦ったけど、価値観は一緒で似たもの同士だから、協力して仲良くやろうよ、という考えが前提にあるらしい。この考え方は安倍晋三元首相が唱えた価値観外交にも通じるところがあり、価値観の違う独裁・軍事国家や覇権を唱える国と一線を画し、ややもするとこれらの国に対して民主化等を迫るやや高圧的な外交になりかねない。ブッシュ政権も、民主主義を旗印に米国側に就くのかどうか、色分けした外交を展開し、結果としてイスラム圏諸国等と不必要な対立を招いた。</p>

<p>共有する価値観に基づく日米関係は、一見もっともらしい理由付けなのだが、一口に同じ価値観と言っても様々な違いがある。むしろお互いの価値観には違いがあり、多様な価値観を認める外交の展開が必要ではないだろうか。曖昧模糊とした「価値観」の色分けで国際関係を考えると大きな間違いの元になりかねない。判断すべき基準は「国際ルール」と「国益」である。例えば日米は普遍的価値観を共有すると言っても、育まれてきた長い歴史、文化、宗教観、地理的条件、自然環境、政治、社会・経済構造等に大きな違いがあり、結果として個々人の価値観を形成する物事に対する捉え方は、様々な点で大きな相違が存在していると思っている。むしろ世界中で日米ほど、国のかたちや価値観の違う国はなく、その違いを鑑みて物事を進めていかないと、大変な誤解や摩擦を生じやすい関係にあると見たほうがよい。今の普天間基地の問題も、日米は同盟関係にあるから、同じ価値観を共有しているから、合意通りに実施するのは当然であると、米側が高圧的に押し付けることは望ましくない。お互いの立場の違い、抱えている事情を考慮する余裕を持って欲しい。</p>

<p>２１世紀初頭の今、外交も米ソ冷戦時代から、新興国が台頭する多極化の時代に入り、日米安保を取り巻く環境も大きく変わろうとしている。何となく価値観が同じだから、アメリカが言うことだからではなく、世界と調和の取れた日本の国益確保の為に、アメリカと如何に付き合い、新たな関係を如何に築きあげるべきなのか、２０１０年は、普天間基地問題を解決して日米関係が改善し、日本にとって今後の外交・安全保障政策、そして新たな日米関係を考える節目の年になることを切に願うものである。<br />
</p>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2010年は日本の将来を考える骨太の議論を</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.the-journal.jp/contents/wakabayashi/2010/01/2010.html" />
    <id>tag:www.the-journal.jp,2010:/contents/wakabayashi//59.6479</id>

    <published>2009-12-31T15:00:00Z</published>
    <updated>2009-12-31T06:28:55Z</updated>

    <summary>　２０１０年の今年、日本経済の規模は中国に抜かれ第３位となり、１９６８年から４２...</summary>
    <author>
        <name>若林秀樹</name>
        <uri>http://www.the-journal.jp/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=59&amp;id=52</uri>
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.the-journal.jp/contents/wakabayashi/">
        <![CDATA[<p>　２０１０年の今年、日本経済の規模は中国に抜かれ第３位となり、１９６８年から４２年振りに２位の座から転落する見込みだ（２００９年に転落した可能性も否定できないが）。これは以前から予測されていたことであり、単に名目上の国際比較で順位が下がっても、国民生活にはあまり意味がない。と言うのは簡単だが、この「米国に次ぐ第２位の経済大国」が敗戦国、日本の国民の自尊心を支えてきたことは事実である。この３位への転落、そして更なる経済的地位の低下が今後日本人の意識にどうような影響を与えるのか計り知れないが、今年は改めて等身大としての国力を冷静に見極め、骨太の議論を通じて日本の将来を考える絶好の機会にすべきである。</p>]]>
        <![CDATA[<p>　戦後の日本は、吉田路線（軽武装、経済優先、日米関係重視）の下で、経済面では飛躍的に発展し、経済大国、ストロング・パワー経済になった。しかしそれで失ったものも大きい。外交の分野で日本は、冷戦期の米ソの対立から、冷戦の終了、米国の一極支配、中国の台頭の今日まで、日米同盟の下で一貫して大国間に隠れたミドル・パワー外交を展開した。実態として日本は、日米安保の下で日本の国土防衛を米国にゆだね、政治的には米国の決定に常に追随せざるを得ない外交を繰り返した。その結果として日本は、真の独立心を失い、経済成長で芽生えた大国としての意識と実際に行っている行動とのギャップに悩んだ戦後外交を歩んだ。この吉田路線の陥没を「経済大国」という自尊心が支え、また無意識の内にも国際貢献という名の下でその陥没を埋める作業を行ってきた。鳩山首相が訴える「対等な日米関係」、「自立外交」を訴える根本要因もここにある。</p>

<p>　憲法も日米安保も生れて約６０年が経つ。戦後の日本において、外交の枠組みのみならず、日本の社会、国民の行動意識まで一番影響を与えたのは、この現行憲法（特に第９条）と日米安保であると言っても過言ではない。今年は、憲法で言えば、国会に憲法改正を視野に置いた憲法調査会が設置されて丸１０年、安保で言えば新日米安保条約が締結されて５０周年の節目を迎える。改めてこの大きな枠組みのあり方について、仮に同じ結果に落ち着こうとも、原点に立ち返って議論すべきである。</p>

<p>　昨年末に鳩山首相は憲法改正に向けた議論を進めるべきと述べて波紋を呼んだ。しかし国会では、憲法調査会の下で、２００５年に憲法改正に向けた報告書がすでに提出されている。民主党も幅広い憲法改正に向けた「憲法提言」を発表した（私もその中で、人権を中心とした第３章「『人間の尊厳』と共同の責務の確立を目指して」の担当責任者として草案作成に深く関わる）。その頃には少なくとも社民党も含めて国会では憲法改正に向けた論議が活発に行われていたのだが、戦後レジームの脱却や集団的自衛権の解釈見直しを声高に訴えた安倍首相の退陣と共に憲法改正へのモメンタムが消えてしまった。しかし現在も、憲法調査会を設置した意義は全く消えうせていない。衆参で憲法審査会、憲法調査会は依然として存続しており、改めて憲法のあり方について幅広く国民と共に議論を再開すべきである。</p>

<p>　そして新日米安保条約については、本年９月に締結５０周年を迎える。改めて日本の安全をどう守るのか、国民と共に日本の安全保障政策を考えるきっかにすべきである。この条約を破棄するのか、継続するのか、継続するにしてもこの条約に新たな使命を持たせるような再定義を行うのか、国民の選択である。タブーなき議論を期待したい。現下の国際情勢、日本を取り巻く安全保障上の脅威等を総合的に考えれば、自ずと答えは出るであろう。そうすれば、普天間基地移設問題等についても、どのような結論にせよ国民の合意はより得られやすいはずだ。</p>

<p>　重要なことは、国のあり方を規定する現行憲法や日米安保に関して、所与のものとはせず、そのあり方について思考停止になってはならないことである。その議論をせずして、関連する税制や社会保障、地方分権のあり方、普天間基地の問題等を議論しても、国民の理解に基づく合意は見出しにくい。いわば国家像を見出す作業が必要だ。いつもミクロの議論ばかりしていると、角を矯めて牛を殺すことになりかねない。２０１０年、改めて骨太の議論をしよう。</p>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>COP15で見えた鳩山外交の課題</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.the-journal.jp/contents/wakabayashi/2009/12/cop.html" />
    <id>tag:www.the-journal.jp,2009:/contents/wakabayashi//59.6453</id>

    <published>2009-12-24T00:40:11Z</published>
    <updated>2009-12-24T00:55:26Z</updated>

    <summary>第１５回国連気候変動枠組み条約締約国会議（COP15）が開催された。当初の懸念ど...</summary>
    <author>
        <name>若林秀樹</name>
        <uri>http://www.the-journal.jp/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=59&amp;id=52</uri>
    </author>
    
        <category term="国際政治" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.the-journal.jp/contents/wakabayashi/">
        <![CDATA[<p>第１５回国連気候変動枠組み条約締約国会議（COP15）が開催された。当初の懸念どおり、ポスト京都議定書の枠組みとなる、途上国を含めた新たな削減目標（法的合意）を決められず、あいまいな表現が多い政治合意を採択し、多くの課題は来年に持ち越された。</p>]]>
        <![CDATA[<p>今回のCOP１５は、日本が久方ぶりに国際社会をリードできる立場にあったが、残念ながらそうはならず、逆に鳩山外交の課題がいくつか浮かび上がった。当初、日本は２０２０年までに９０年比２５％削減という意欲的な目標を掲げ、途上国の削減を促す支援策「鳩山イニシアティブ（３年間で１５０億ドルの支援）」により、環境外交を目指す日本の存在感を示したかった。しかしながら、鳩山首相や岡田外相等は頑張ったものの、大きな方向を決めるようなリーダーシップを発揮することはできず、交渉においても、プレーヤーは米国、中国、欧州が中心であり、残念ながら日本は蚊帳の外だったと言えよう。</p>

<p>今回の交渉で改めて明確になったことは、先進国と途上国との激しい対立、途上国の中でも中国やインドのような新興国と、海面上昇で沈みかねないツバルや貧しいアフリカ諸国とは立場が大きく違うことだった。京都議定書の枠組みに入っていない世界の二大排出国である米中は、日本のような高い目標は掲げず、国益重視の姿勢を最後まで貫いた。米国は中国、インド等の新興国が入らない枠組みに参加することはありえない。中国は削減義務を負う目標設定や国際的な検証制度の導入は断固拒否をした。日本はこの外交交渉の現実に直面して右往左往し、またもや存在感を示すことができなかった。これは鳩山政権の問題だけではなく、残念ながらこれが今の「日本外交の力量」であり、自らを冷静に見つめなおす貴重な機会として捉えるべきである。</p>

<p>今回の交渉で敢えて問題点を指摘するとするならば、二つある。一つは、日本の２５％削減目標の取り組みに対して、世界に向けて範を示すには現実的な説得力を欠いていたことである。この目標を発表して３ヶ月が経過したが、鳩山政権は未だに国民に対してこの２５％削減の意味するところと、目標達成に向けた具体策を提示していない。日本にとっては極めて重い目標だが、それでも日本は率先して目標を達成するんだという日本政府の強い決意と、実現可能な具体策を国民に対して示せず、世界の誰を説得できようか。言葉だけの目標では相手を動かすことはできない。</p>

<p>第二に日米関係を交渉に生かしきれなかったことである。日本にとっての役割は、世界最大の排出国であるアメリカを新たな国際的枠組に引き入れつつ、それをテコに中国やインドに対して臨むべきであったはずである。地球温暖化問題についてはこれまで共同歩調を取ってきた日米であったが、鳩山政権は日本の意欲的な目標を独自に発表し、アメリカから見れば、置き去りにされ、そうであれば「日本はどうぞご自由に」をいう立場に追いやった。もともとアメリカは９０年比削減目標を嫌っていたし、拘束力のある削減目標の設定に対しては慎重だった。その内向なアメリカをCOPの場に引き入れるには、日本は絶好のポジションであったはずである。しかしこの問題で独走する鳩山政権の姿勢に加え、普天間基地問題で日米の間にはわだかまりが生れ、COP１５では日米首脳会談も実現できなかった。結果としてアメリカと密接に協議し、協力を引き出すことは出来なかったのである。日本は、関係が悪化するアメリカに対して、地球温暖化ではもっと共同歩調をとって二国間関係を好転させるきっかけにすべきであった。アメリカは、以前より対EUとの関係からも、この問題では技術力があり、エネルギー効率の高い日本との協力を望んでいたのである。</p>

<p>ポスト京都議定書の新たな枠組みづくりは、来年１１月末からメキシコで開かれるCOP１６に引き継がれる。アメリカでは来年１１月に中間選挙があり、２０１０年中に「気候変動対策法案」が成立する可能性は微妙になってきた。日本も産業界の抵抗が強い環境税（地球温暖化対策税）の導入の先送りを決めた。しかし京都議定書の有効期限は２０１２年までであり、日本は９０年比６％削減目標（これ自体が２５％削減以上に高い目標）の義務を負っていることを忘れてはならない。鳩山政権は、地球温暖化対策の必要性について改めて国民に対して説明し、できるところから様々な手段を講じるべきである。現時点で日本の温暖化ガスの排出レベルは、９０年比では逆に８％増加し、併せて１４％程度を削減しなくてならない。この目標達成の目処もつかなければ、その先の２５％削減は夢物語である。喉元過ぎれば熱さを忘れることになってはならない。</p>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>外国人参政権で考えるべき視点と日本</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.the-journal.jp/contents/wakabayashi/2009/12/post_36.html" />
    <id>tag:www.the-journal.jp,2009:/contents/wakabayashi//59.6410</id>

    <published>2009-12-16T01:51:05Z</published>
    <updated>2009-12-17T11:51:02Z</updated>

    <summary>民主党小沢幹事長は、訪れていた韓国での講演において、永住外国人の地方参政権を認め...</summary>
    <author>
        <name>若林秀樹</name>
        <uri>http://www.the-journal.jp/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=59&amp;id=52</uri>
    </author>
    
        <category term="日本政治" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.the-journal.jp/contents/wakabayashi/">
        <![CDATA[<p>民主党小沢幹事長は、訪れていた韓国での講演において、永住外国人の地方参政権を認める法案を次期国会に提出すべきと発言し、早速一部のメディア等で反対の声があがった。改めてこの政策が日本人のアイデンティティに絡む根深い問題であることを感じざるを得ない。しかしそもそも、民主党の幹事長が法案を提出すべきであると発言することは、政策決定の一元化を目指す党の方針に反することであり、韓国に対しても約束するかのような印象を与えたことは、二国間の外交関係にも影響を与えかねない懸念すべき点である。</p>

<p>この課題は政権与党内でも、国民の間でも意見が分かれており、地方だけではなく、国政にも影響を与えかねない重要な問題として捉えられている。まずは国民的な議論を経て、十分なコンセンサスを得ることが重要であろう。小沢幹事長の立場で言えば、外国人参政権の付与は党の基本政策（マニフェストには含まれず）に列挙されており、その実現を目指すことは理解できない訳ではない。また民主党の国会議員は、この党の基本政策に賛同して（実際に署名する）議員になった事実もあり、そのことも十分踏まえるべきである。しかし小沢幹事長の発言で懸念することだが、法案に党議拘束をかけ、力尽くで成立させるような行動は絶対に避けるべきである。国民と共に、与党内で慎重に議論を尽くすことが、民主党が目指す国民の視点に立った政治に適うことである。</p>]]>
        <![CDATA[<p>賛成派の代表的な意見を挙げると、「永住している外国人は、長年にわたってその地域に居住し、納税等の社会的義務を果たしている。民主主義における地方自治において、その住民の日常生活に密接な関連を持つ公共的事務は、その住民の意思に基づくべきものであり、外国人といえども参政権の付与によって彼等の意思が反映される政治形態を取ることは当然である。すでに一部自治体で実施されている外国人を含めた住民投票や外国人住民会議への参加など、政治参加の可能性を探る動きが見られ、地方参政権の付与は民主国家として自然な流れである」等がある。</p>

<p>また反対派の意見は、「政治とは国民が参加して決定すべきものであり、外国人に地方参政権を認めれば、出身国の影響を受ける等、結果として国や地方が乗っ取られ、日本の国益に反することがおきかねない。参政権の付与を希望するのであれば、日本国民に帰化すべきであり、外国人で生きることを選択した住民に参政権は付与されるべきではない」等々。</p>

<p>世界的にみれば、外国人の地方参政権を認めている国は少数である。欧州連合は、社会統合政策の一環として、永住者に限定せず、５年以上合法的に住んでいた外国人に参政権を付与する方向が出されている。しかし、これはEUという地域統合の強力な協力体制の下で、国家間の政策と協力により一致結束して行動するという目的が背景にあるからであり、EUでの事例を直接日本に当てはめることは無理があろう。現にドイツやベルギーなどで参政権を認めている対象はEU市民だけであり、英国ではEU市民に加え、英連邦国民に付与するなど、参政権は認めても限定している例が多い。</p>

<p>既に日本の一般永住者は、特別永住者の数を上回るまでに増加しており、この政策を在日の朝鮮・韓国人の問題と見なすことは実情に合わなくなりつつある。さらに参政権の課題は、我が国の今後の移民政策や外国人の受入れ政策とも関連する。今後は地域の経済統合という大きな流れの中で人の移動もより活発化するであろう。我が国の将来を考え、グローバル化における日本の持続的な発展という観点からも議論されるべきである。</p>

<p>反対派が一番懸念するのは、永住外国人が出身国の意向を受け、領土問題などで日本の国益と相反しかねない影響を受けるという点である。しかし、仮に帰化したとしても、それが出身国との決別になる訳ではない。アメリカ人を見ても、出身国との精神的、文化的関係は断ち切れず、出身国の政策が国内政治に反映することは多々あることである。もちろん外国人が米国籍を取得すれば、米国民として社会に同化するよう努力する。そして世代の移りかわりと共に、出身国との精神的な関係は変わり、米国民としての利益を第一に考えるようになるのである。まさに国と国との魅力の争いである。日本がいつまでも乗っ取られるという排他的な発想のみで周辺国と接するかぎり、日本人は心理的に国際社会から孤立し続けるであろう。改めて日本人とは何か、この問題と共にじっくり考えてみたい。</p>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>人口動態で見る日米関係の将来像</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.the-journal.jp/contents/wakabayashi/2009/12/post_35.html" />
    <id>tag:www.the-journal.jp,2009:/contents/wakabayashi//59.6378</id>

    <published>2009-12-08T03:01:30Z</published>
    <updated>2009-12-08T10:19:41Z</updated>

    <summary>先日会ったワシントンの専門家は「今日の日米は、全くのミラーイメージ（鏡像：鏡に映...</summary>
    <author>
        <name>若林秀樹</name>
        <uri>http://www.the-journal.jp/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=59&amp;id=52</uri>
    </author>
    
        <category term="国際政治" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.the-journal.jp/contents/wakabayashi/">
        <![CDATA[<p>先日会ったワシントンの専門家は「今日の日米は、全くのミラーイメージ（鏡像：鏡に映し出された相似形）である」と言っていたのが非常に印象的で妙に納得してしまった。つまり日米は、国としては共に世界トップの経済大国でありながら、お互いにかつてのような経済の力強さは失われつつある。未だに金融危機の影響を受けて完全には立ち直れず、財政赤字は単年度では過去最悪の状況（日：国債発行額が税収を上回る、米：１兆ドル超の赤字）、失業率は記録的な高さで先行きも不透明（10月の速報値、日：５．１％、米：１０．２％）。同じ民主党（政党の理念は必ずしも一緒ではないが）の鳩山政権とオバマ政権は、国民の極めて高い期待の中で誕生し、共に社会保障政策の改革（日：年金、米：医療保険）や地球温暖化対策などの環境問題を政策の最大の目玉にしている。政権発足後の民主党政権に対する支持率は徐々に下がりつつあるが、野党（日：自民党、米：共和党）は弱体化したままで立ち直れず、脅かす存在にはなっていないので両政権は助かっている。また来年は国政選挙（日：参院選、米：中間選挙）を控え、それを意識した政権運営を行っている。その意味において両政権は、経済回復等の内政問題で試練に立たされており、それがアフガニスタンや普天間基地問題などの外交課題にも影響を与えているので要注意である等々。</p>]]>
        <![CDATA[<p>このように一時期ではあるが、日米の似通った姿は興味深く、だからこそ相手が抱える問題に対してお互いに補い合い、また許容する余裕がないのかもしれない。しかしながら将来的に日米の決定的な違いがあることを忘れてはならない。それは人口の将来予測として、日本は人口が減って「老いる国」となり、アメリカは逆に人口が増えて「若い人口大国」であり続けるとうことである。</p>

<p>人口動態は、押し寄せてくる「津波」のように、一度動き出したら避けることのできない予測であり、これが今後の日米関係に大きく影響することは必至である。日本は人類史上経験のない程の少子高齢化・人口減少時代に入り、２１世紀半ばまでに人口は１億人（マイナス約２５百万人、２０％減）を切る。逆に米国は、先進国の中で唯一、人口が大幅に増加する国として、今の３億人から４億人になり（３０％増）、インド、中国に続き世界で３番目に位置する若い人口大国として君臨し続ける。生産年齢人口は、２０５０年に日本はマイナス３９％、米がプラス２８％。人口中央値の年齢は、日本が５６．２歳、米国は３９．６歳と親子程の年齢差になるという、恐ろしい予測になっている（２００７年国連調査）。（米国が温暖化ガスの抑制に慎重なのは、この人口増が背景にある）</p>

<p>人口増と経済的・政治的影響力は一定の相関関係があることを考えると、国際社会において、日本の存在感は益々薄くなり、米は引き続き影響力のある国に留まることになる。日米関係でいえば、親子程の平均年齢の差は価値観の違いを生み、「保守的で頑固」になりがちな日本と、一見無謀とも思えることに対しても「挑戦意欲」、「改革志向」の強いアメリカとの関係になるかもしれない。もしそうだとすれば、体が大きく力の強い子供（米）に対して体の小さい老いた親（日本）の言うことを聞かせるには、親は子供から尊敬され、知恵を持った頼りがいのある存在にならないといけない。 </p>

<p>つまり、日本は米国や世界から一目も二目も置かれる「知恵と徳のある国」を目指すことで存在感を発揮することが可能となり、そのような視点からも国の進むべき方向性や外交戦略を組み立てる必要がありはしないだろうか。来年にも日本の経済規模は中国に追い抜かれ第３位に転落、さらに相対的な位置づけは下がり続ける。また日本は、核を持ったアメリカ、中国、ロシアの大国に囲まれるという、変えることのできない地政学的な運命を抱えている。そろそろ日本は、自らの将来像を冷静に見つめ、どんな国を目指すのか、新たな国力の源泉はどうするのか、国際社会の中でどうやって生きてゆくのか、地に足がついた中長期的な国家像を模索することが重要だ。</p>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>日米関係を決める米中関係の深まり</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.the-journal.jp/contents/wakabayashi/2009/11/post_34.html" />
    <id>tag:www.the-journal.jp,2009:/contents/wakabayashi//59.6341</id>

    <published>2009-11-30T00:32:27Z</published>
    <updated>2009-12-04T09:37:18Z</updated>

    <summary>日本、中国等のアジア歴訪を終え帰国したオバマ大統領は、間髪を入れずに今度はホワイ...</summary>
    <author>
        <name>若林秀樹</name>
        <uri>http://www.the-journal.jp/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=59&amp;id=52</uri>
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.the-journal.jp/contents/wakabayashi/">
        <![CDATA[<p>日本、中国等のアジア歴訪を終え帰国したオバマ大統領は、間髪を入れずに今度はホワイトハウスにて、訪問できなかったインドのシン首相を政権初の国賓として向かえ、米印首脳会談を行った。アジアの同盟国である日本と韓国、そして新興国として影響力を増している中国やインド等との距離感を適切に測り、それぞれの国に配慮したしたたかな米国の外交戦略が展開され始めたと言えよう。</p>

<p>しかしその中でも、改めて突出した米中の「蜜月時代」の深まりを感じない訳にはいかない。今回のオバマ大統領の中国訪問では、１２年ぶりに共同声明を発表し、両国が今後、「戦略的信頼」を構築、進化させると宣言。気候変動や核廃絶など地球規模の課題解決に米中が主導的な役割を果たしていくことを明確にした。米中G２時代の到来を感じさせるオバマ大統領の中国訪問であった。</p>]]>
        <![CDATA[<p>米中の間の関係は、米国独立直後の１７８４年、商船エンプレス・オブ・チャイナ号が広東にたどり着き、通商交易が始まった頃に遡ることができる。１８５３年ペリーが浦賀に来航するはるか前であり、明治維新よりも８０年以上前から米中の関係は始まっていたのである。そしてその関係は今日まで、常に「対立と融和」を繰り返してきた。第二次世界大戦で米中は、同盟国として共に日本と戦い、朝鮮戦争では一転して両国が戦火を交えた。ベトナム戦争でも両国は大軍を現地に送り込んで一触即発の状態に陥る。また米国の台湾国民党政権への支援も米中の対立を激化させた。しかし大きな転機は、１９６９年「反共産主義者」として登場したニクソン大統領がキッシンジャー補佐官を極秘訪中させて訪れた。そして自ら１９７２年に訪中して米中和解が実現したのである。</p>

<p>以降の米国大統領は、選挙期間中から就任時にかけては中国に対して厳しい姿勢を見せながら、１、２年後に必ずと言って良いほど、対中融和策に転換している。つまり選挙中は選挙戦略の一環として大国である中国に対して毅然とした姿勢を国民に見せる必要がある。民主党としては人権や民主化の問題、共和党としては安全保障上の脅威等を中心に、言い方は違っても厳しい姿勢で選挙戦に臨む。しかし一旦大統領に就任すると、対立するコストよりも、戦略的に協調する方が米国の国益にかなうという方針に転換し、今日まで一本の長い、底辺で結びついた米中関係の路線が築かれてきたのである。</p>

<p>例えばカーター大統領は、１９７７年、人権外交を掲げて登場し、中国に対して厳しい姿勢で臨んだが、翌年には、米中国交正常化を発表した。１９８０年代、親台湾派として登場したレーガン大統領はやがて中国との対立を避け、台湾への武器売却の自制へと舵を切っていった。１９８９年に起きた天安門事件では、流石に米中関係は冷えたが、１９９３年に登場したクリントン大統領は当初、厳しく中国の人権問題等を批判したものの、それらの問題を通商問題とは切り離し、貿易拡大策を強化して最終的に融和策に転じた。１９９８年には、クリントン大統領は日本を素通りして中国を訪問し、米中蜜月を演出したのである。そしてブッシュ大統領は、当初は中国を「戦略的競争国」として敵視したが、９．１１移行は協調路線に転じ、中国を積極的に国際社会へ関与させていく政策（engagement政策）に転換し、今日に至っている。</p>

<p>そして後に歴史を振り返れば、２００８年の大統領選挙は、米国の対中戦略転換の分水嶺になったと言われるかもしれない。つまりオバマ大統領は、対中関係においては選挙期間中でも「EUや日本とは同盟関係にあるが、中国は敵でもない、味方でもない、競争相手だ」と述べる程度で厳しい姿勢は見せず、第二次世界大戦後では初めてのことになるが、中国との関係で「対立」を前面に出さずに大統領に就任した。そしてこの度の訪中おいては、世界に対して米国の対中戦略の転換を鮮明に印象付けた歴史的な転換点となったと言えるかもしれない。</p>

<p>その上で、これまでも、そして今後とも一層その傾向を強めそうだが、米中関係の行方が日米関係に大きな影響を与えることになるであろう。オバマ大統領は、東京でのアジア政策演説において、米国は今後長期に渡ってアジアへの関与を一層強め、中国とは戦略的な協調関係を強化することを表明した。米国の経済立て直しと安定的な成長のためには、アジアのパワーを活用するしか選択肢はないのである。しかしだからと言って、米国のアジアへの軍事的な関与が経済と比例して維持、強化されるとは限らない。それは、米国の悪化する財政と内政（特に議会）の状況、そして中国の出方次第である。</p>

<p>中国も当面は、米国や国際社会と協調路線を取ると思われるが、今後更に経済、軍事両面で力をつければ、当然のことがなら、中華思想を持ち出すまでも無く自己主張を強めることは間違いない。アジア地域での軍事バランスを維持し、地域の政治的な安定を維持するには、米国の軍事、経済両面での関与が必要である。そのためにも、日米の間の多面的な協力と良好な日米関係の維持は重要であり、普天間基地移設問題は、日米の間の解決すべき重要な試金石であることは言うまでもない。</p>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>オバマ大統領政策演説の狙い</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.the-journal.jp/contents/wakabayashi/2009/11/post_33.html" />
    <id>tag:www.the-journal.jp,2009:/contents/wakabayashi//59.6295</id>

    <published>2009-11-17T01:27:31Z</published>
    <updated>2009-12-04T09:41:29Z</updated>

    <summary>１１月１４日、サントリーホールでオバマ大統領のアジア政策に関する演説を聴いた。オ...</summary>
    <author>
        <name>若林秀樹</name>
        <uri>http://www.the-journal.jp/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=59&amp;id=52</uri>
    </author>
    
        <category term="米国政治" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.the-journal.jp/contents/wakabayashi/">
        <![CDATA[<p>１１月１４日、サントリーホールでオバマ大統領のアジア政策に関する演説を聴いた。オバマ氏の演説を直接聴くのは、昨年６月以来２回目である。実際にテレビ放映の方が大統領の顔の表情まで含めてよく分かるし、音声もはっきり聴こえるのだが、ライブでしか味わえない臨場感や楽しみがある。特に体全体から伝わってくる話し手の意志やエネルギーは、直接会場に足を運ばないとわからない。約３０分の演説の中でオバマ大統領がどこに力点を置き、どんな思いで喋ったのか。</p>

<p>今回の演説の最大の意義は、大統領としてアジア政策の全体像を初めて明らかにする演説を北京ではなく東京で行い、米国がアジア・太平洋国家として、日米同盟を基軸にアジアに深く関与していくことを宣言したことにある。これ自体は極めて重要なことであるが、オバマ大統領の来日は当初より１日遅れ、鳩山首相が不在であるにもかかわらず、APEC首脳会議の初日を欠席してまで何故、東京で政策演説を敢行したかったのか。ホワイトハウスがこの政策演説を正式に発表したのは、９日になってからであり、米国大使館は慌てて政策演説の準備を行った様子がうかがえた。それでも実施したかった政策演説の狙いは何だったのか。</p>]]>
        <![CDATA[<p>即ちタイトな訪日スケジュールでも政策演説を東京で開催して日本重視の姿勢を示しつつ、一方で中国との関係を強化する姿勢を中国訪問前に示し、中国との友好ムード醸成に向けた地ならしをしたかったのではなかろうか。</p>

<p>念願のアジア外交に関する政策演説を実施し、日本と中国とのバランスを取るには、無理してでも東京で開催するしか選択はなかったのである。オバマ大統領は、演説の中で中国に対して時間をかけて米中の協力する意義を訴えた。「現実的な協力を追及することが大事だ」、「米中が協力して取り組めば、双方の利益になる」、「米は中国を封じ込めようとは思わない」等、中国重視の姿勢を強調した。中国の人権問題、軍備増強、人民元の切り上げ問題等には一切触れなかった。オバマ氏は、大統領選候補者の時には「中国は敵でもない、味方でもない、競争相手だ」と述べ、人権問題についても問題視する姿勢を見せていたが、予想されていたとは言え、大統領になって対中政策を大きく方針転換したことになる。つまり米国のアジア政策の中で中国との協力関係強化を正式に表明したことに今回の政策演説の最大のポイントがあったと思われる。</p>

<p>細かいが演説の中で気になった点は、普天間基地の問題である。オバマ大統領は、直接、普天間の名前こそ出さなかったが、米軍再編という言い回しで、「両国政府が達した合意を履行するために作業グループを通じて迅速に行動することに合意した」と述べた。つまり政策演説では細かいと思われる作業グループにまで言及し、鳩山首相の「日米合意を協議の前提としない。合意を前提とするなら作業グループはいらない」と述べた点について、「あくまで合意を履行するための作業グループ」という位置づけを明確に示し、鳩山首相に対して釘を刺したことになる。オバマ大統領が政策演説の中で、改めて細部まで踏み込んで普天間基地の日米合意履行に触れたことは、この問題ついては相当な不満を持っている証左であり、普天間基地の辺野古への移設にこだわっている姿勢がうかがわれる。</p>

<p>また北朝鮮問題では、日本の拉致問題に触れたことは大変良かったが、後で言質を取られない様に慎重に言葉を選んでいたことに注目しなければならない。つまり隣国（日本）との関係正常化は、「被害者の家族に完全な形で説明することによってしか実現しない」とし、あくまで拉致問題の「説明」であり、「解決」とか、正常化への具体的な前提条件には触れなかったのである。これは後で、米朝協議を進める上で、いくらでも日本に言い訳ができる言及の仕方であった。</p>

<p>いずれにせよ、この政策演説におけるオバマ大統領の問いかけに、鳩山首相はどう答えていくのか。友好ムード演出も限界にきており、答え方次第では、日米関係の決定的な痛手になりかねない。</p>]]>
    </content>
</entry>

</feed>
