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2011年1月 4日

2011年日本外交に残された道

21世紀最初の10年があっという間に過ぎていった。本来であれば、日本は90年代のバブル崩壊後の「失われた10年」を取り戻すべく、2000年代初頭は、新たな経済成長期を迎えるはずだった。しかし、気がついてみれば、日本経済回復のシナリオは大きく外れ、財政も当初は2011年にプライマリーバランス(基礎的財政収支)が黒字に転換する予定だったが、赤字幅は削減どころか、さらに拡大した。もはや「経済大国」という言葉は死語になり、2010年は日本経済が世界第2位から40年振りに転落した歴史的な転換点となった。20年後の日本は中国の4分の1程度になるという。

この流れから読み取れるのは、バブル崩壊後の10年は単なる「失われた10年」ではなく、日本の長期的停滞の序章であり、小手先の改革ではこの流れを食い止めることはできない時代に入ったと捉えるべきであった。そして今もなお、その流れは一層強くなりつつあり、大津波が沖合の見えるところまで押し寄せてきているのである。手をこまねいて何もしなければ、津波に飲み込まれるしかない。

しかし、このような日本の姿を客観的に見つめ、立ち位置をはっきりさせれば、日本が取りうる政策は極めて限らてはいるものの、より明確になったとも言える。もはや残された時間が少なくなった日本は、今こそ迷うことなく様々な改革を断行すべきである。それは外交でいえば、日米同盟の徹底的な活用と、積極的な経済外交の推進を意味する。

もちろん中国は大事な隣国であり、友好関係を築く努力は今後とも必要だ。しかし一方で自信をつけた中国共産党政府は、国内政治に矛盾を抱えながら自らの体制を維持していくために国際的な代償を払ってでも、大国としての圧力を周辺国にかけていく流れを止めることはないであろう。またロシアも似たような状況にあると言えよう。

これらの大国を責任ある立場から国際社会に関わりを持たせていく努力は必要だが、一方で中国やロシアからの様々な圧力を押し返し、いざという時の防衛体制を備えておくことは不可欠であり、そのためには日米同盟を徹底的に活用するしかない。コスト的にもそれが一番安く、効果的な政策なのである。アメリカが基地を提供する日本を利用するように、日本はアメリカを徹底的にしたたかに利用すべきなのである。米国は自らの国益であるとはいえ、日本に基地を持ち、いざという時には自国民の命を危険にさらしてでも日本の防衛義務を果たそうとする同盟国である。日本は、その意味を日本の国益と東アジアの安全保障という観点から判断すべきである。もちろん一方で日本は、技術力を生かした地球温暖化対策や貧困削減等、非軍事面での国際貢献、予防外交努力を徹底的に行うべきであることは言うまでもない。

もう一方の経済外交であるが、人口減少が続く日本としては、海外マーケットの力を最大限活用するしか生き残る道はない。具体的には、TPP(アジア太平洋経済連携協定)にせよ東アジア共同体にせよ、日本は自由貿易体制をつらぬき、各国と自由貿易協定を締結し、徹底的に国としての開放体制を構築すべきである。経済活動を阻害する様々な要因を可能な限り取り除き、一方で影響を受ける農業等の競争力を強化することが必要だ。何もしなければ、さらなる相対的な地盤沈下が進み、日本経済が立ち直れないほど疲弊すれば、「農業保護」に回るお金さえ生み出せないことは自明の理である。

日本は、我が国外交の基軸である日米同盟を強化することによって、盤石な安全保障体制を築き、そのことで逆にアメリカを牽制しつつ日本の自主性を確保し、アジアの一員として新たな外交を展開できる状況になる。経済的には、技術力を中心に依然として国際的競争力を保持した分野は残っており、それらを日本の新たな成長に結びつけていかなくてはならない。もはや日本に残された時間は少ない。日本は国家主義でも、平和国家主義でもない、我が国の国益に基づき、生き残りをかけた、したたかな日本外交を展開すべきである。

Profile

若林秀樹(わかばやし・ひでき)

-----<経歴>-----

1954年東京生れ。
1976年早稲田大学商学部卒業。
1979年ミシガン州立大学院農学部修士課程終了。
現在、08年3月からワシントンにある政策シンクタンク、CSIS(戦略国際問題研究所)の客員研究員。
80年からヤマハ(株)勤務、労組役員を経て93年からワシントンの日本大使館1等書記官として政府開発援助(ODA)と日米協力を担当し米国際開発庁(USAID)から表彰を受ける。帰国後は電機総研副所長を務め、01年に民主党比例区で参議院議員に初当選。在職中は「次の内閣」経済産業大臣・財務副大臣、国際局副局長を歴任。さらにイラク、シリア、イラン等を訪問し安全保障、復興支援、核問題等幅広く国際問題に取り組む。08年はCSIS(戦略国際問題研究所)客員研究員として活動し、09年1月より非常勤客員研究員。現在、(財)日本国際フォーラム常勤参与・主任研究員。

BookMarks

-----<著書>-----


『希望立国、ニッポン15の突破口』
2006年9月、日本評論社



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