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2010年2月23日

米中関係の深化に変化なし

米中間の軋轢を懸念する声が高まっているが、心配は無用である。確かに、その関係の冷え込みを感じさせる事象が続き、これまでにない変化が両国に見られるが、結論として米中関係の深化という大きな流れは一向に変わらないであろう。もちろん表面的には「亀裂」を感じさせるような言動は今後とも続くものと思われる。しかし両国共に引き際や越えてはならない一線はわかっており、「冷え込んだ関係」はやがて収束に向かうものと思われる。ただ一点だけ気になるとすれば、中国の国内世論、特に排他的になりがちなネット世論の動向である。経済発展で自信をつけつつある国民の民族意識に火がつき、胡錦濤政権がその勢いを収拾できず、その動向によって国内政治が影響されるかもしれない。歴史を遡れば、政権は偏狭な国家意識に火がついた国民に引きずられ、戦争を起こした例は少なくないのである。

オバマ政権は政権発足以降、チベット等での人権抑圧に沈黙するなど、中国への配慮を最大限示し、「米中蜜月時代」をアピールしていた。しかしオバマ大統領自身の中国への姿勢が変わったのは、昨年12月、コペンハーゲンで開催されたCOP15(第15回気候変動枠組条約締約国会議)であると言われている(米シンクタンク筋)。オバマ氏は、中国が米国等の提案した「国際機関による削減行動の検証」を拒否し、議定書策定に向けた中国の非協力的な態度に嫌気がさしたようだ。もちろん人権問題から目をそらすことは民主党にとって命取りになる。また支持率の低迷に悩むオバマ政権は、本年秋の中間選挙を控え、保守層に対しても中国への毅然とした態度を示す必要があり、クリントン国務長官等の発言にも変化が見られるようになった。

もちろん中国にとっては、チベットやウイグル地区等での少数民族問題、言論の自由等に関する人権問題、そして台湾への支援は、絶対に黙っていられない「国内問題」である。米国といえども、これらの問題に関するあからさまな行動をとれば、中国は少なくとも表面的には批判せざるをえない。しかし中国は、米国の台湾への武器売却問題で、関与する米企業に制裁を科すと言いながら、未だに企業名や制裁の内容を発表していない。またダライ・ラマ14世との会談についても、中国は「強い不満と断固とした反対」を表明したにすぎない。ダライ・ラマ氏との会談は、米国だけではなく、ドイツやフラン等の主要国も行っており、中国はその都度、お決まりの批判をするが、その後、悪化した関係を引きずることはない。特に仏・中関係は一時的にかなり悪化したと言われたが、サルコジ大統領は今春、上海を訪問することを発表し、中国外相は、大統領との会談で、その訪問を喜ばしい(delighted)と発言した(ニューズ・ウィーク誌)。 

国際政治は、国内政治の延長線上にある。中国は今後も自己主張を益々強め、米中共に表面的には軋轢を感じさせるような言動を続けるであろう。しかし米中はどちらもお互いの協力なくしては経済も、外交もなりたたないことを知っている。どこで矛先を収めるのか、国内世論の動向を見ながら、その機会を見極めることになろう。米中間の大きな流れを見極めず、この機に乗じて、日本が中国に擦り寄るような態度を取れば、米国のみならず、中国にも馬鹿にされるだけである。ダライ・ラマ14世は、この6月に来日するが、これまで会談した日本の首相は大平正芳氏のみである。中国との関係を重視する鳩山政権がダライ・ラマ14世と会談するとは思えないが、少数民族にも「友愛精神」は発揮されるべきである。本来は日本の毅然とした外交姿勢と共に、ダライ・ラマ氏と会談しても悪化しないような日中関係の構築が望まれる。

2010年2月 9日

ティーパーティ運動はアメリカ保守の逆襲か

アメリカ人にとって、「ティーパーティ」とは、政治的抗議(political protest)の象徴である。これは言うまでもなく、1773年12月、イギリス政府が押し付けた茶税に反対し、植民地の住人がボストン湾に停泊中の東インド会社船の積荷である茶を海に投げ捨てた「ボストン・ティー・パーティ(ボストン茶会事件)」に由来するものであり、この事件が発端で後にアメリカ独立戦争が勃発した。

今回の「テイーパーティ」の舞台の中心はワシントンである。オバマ大統領の大規模な景気刺激策や医療保険改革に代表される「大きな政府」政策に反対する草の根運動が全国的な保守主義運動に発展した。その切っ掛けの一つは、昨年2月19日、CNBCのコメンテーター、リック・サンテリ氏がシカゴの取引所において、住宅差し押さえ救済策に異議を唱え、それがYouTube (http://www.youtube.com/watch?v=bEZB4taSEoA)等を通じて広がったことであると言われている。

その後、抗議デモや運動が全国に広がり、一躍脚光を浴びたのは、本年1月19日、医療保険改革に熱心に取り組んでいたテッド・ケネディ上院議員の死去に伴う特別選挙だった。まさにマサチューセッツ州でケネディー家が約60年間守ってきた民主党の議席が共和党候補者(スコット・ブラウン氏)によってボストン湾に投げ捨てられたのである。そしてこの勝利に「ティーパーティ運動」が大きな役割を果たしたと言われている。2月4日からはテネシー州ナッシュビルで、「ティーパーティ」初の全国大会が開催され、6日、ペイリン前共和党副大統領候補(前アラスカ州知事)が基調演説を行い、気勢をあげた。

このような政府に抗議する運動はこれまでもよくあったことである。特に現在は、深刻な経済情勢と高い失業率、過去最大の財政赤字、イラクやアフガンへの軍事的対応、テロの脅威等の問題を抱え、国民の怒りが爆発してもおかしくない。批判の矛先は、民主党のみならず、解決策を示せない共和党にも向いている。まさにワシントン(既存政治)への不信感である。しかし果たして、この「ティーパーティ」が更に大きなうねりとなり、本年11月の中間選挙、そして2012年の大統領選挙に大きな影響を与える政治運動になりうるのか、米国専門家も見極めかねている。

理由はいくつか挙げられよう。まず「ティーパーティ」は現時点において政府やウォールストリートに対する不満や怒りによって運動が拡大してきた経緯があり、その路線は必ずしも明確になっていない。当初は過激な極右に近い運動家に引きずられがちであるが、運動の中心である無党派層は極端に偏った政策は好まない。果たしてこの運動が「第3の政党」を目指すのか、共和党への支持を拡大していくのか、不透明である。またテイーパーティは強力なリーダーを立てて活動していくのかどうか、この点も大会の中では意見が分かれていた。サラ・ペイリン氏の人気は確かに高いが、大統領としての資質については問題があると見られている。

オバマ大統領の誕生に象徴されるように、アメリカは自由でリベラルな国である印象が強いが、現実には保守主主義がアメリカ社会に深く根付いている。ギャラップ社の調査(2009年)によれば、国民の40%が自分を「保守」と見ており、35%が「中道」で、「リベラル」は21%に過ぎない。つまりこの「中道」がどこに動くかによって選挙の行方が決まる。80年代は、レーガン大統領の登場により、民主党支持層や無党派層が保守に動いた(レーガン・デモクラット)時代であった。2月6日、ペイリン氏は、生きていればレーガン大統領の99回目の誕生日であることを意識し、「我々は今、保守主義の価値と良い仕事の番人になった」と述べた。果たしてこのティーパーティ運動がどこまで支持を広げて拡大するのか、本年はアメリカ政治の動きから目が離せない。

2010年2月 3日

苦悩が続く日米「民主」政権

オバマ大統領、鳩山首相は、それぞれ就任後初となる「一般教書演説(1月27日)」、「施政方針演説(29日)」を行い、2010年の政策課題を国民に明らかにした。演説の中でオバマ氏は、「仕事」を23回、鳩山氏は「いのち」を24回連発、そこには両首脳が抱える共通した悩みがうかがえる。共に高い支持率の下で政権が船出したものの、内政、外政共に国民の期待に応えられず支持率が急降下。日米ともに財政赤字は過去最高を記録し、選挙公約の目玉政策の実現に暗雲が立ち込めている。本年は共に重要な「中間選挙」、「参議院議員選挙」を控え、民主党と、野党である共和党、自民党との対立が深まり、国民の目線とはかけ離れた次元での権力争いが続く。このままでは日米共に国際的地位の一層の低下は避けられない。

両首脳の演説の発言には、政権運営が順調に進んでいない苛立ちが感じられた。積年の課題である米の医療保険改革では、共和党が上院を通過した法案に反対し、政策的に両党の案は大きな差がないにもかかわらず(オバマ大統領)、不毛とも思われる醜い対立が続いている。議論が白熱すればするほど政党間にも国民の間にも亀裂が生まれ、法案の行方は益々不透明になってきた。日本では、「政治とカネ」の問題が争点となっている。もちろん事の重大さは理解できるものの、自民党はかつての民主党と同じように、その問題の追及にやっきになり、国家運営にとってもっと大切な経済・財政政策、外交・安全保障等は二の次のように見えてしまう。メディアも一緒になって「政治とカネ」で国民を煽り、一方で普天間基地移設問題では、民主党の現行合意案の変更や決定の先延ばしに関する発言をさんざん批判しながら、民主党が現行案の実施を暗にほのめかすと、沖縄県の民意を逆なでするものだとして、手の平を返したように酷評する。結局、メディアは政治に対する不信感を自ら増殖させ、混乱させている自覚がないとしか思えない。

何のために政治はあるのか。幕末思想家の横井小楠氏は、「国家の目的は民を安ずるにある」と言った。政治はこの国家の目的を果たすために存在する。この点に関して、今の民主的な政治体制が本当に効率的で望ましいシステムなのかどうか。また政治家は、この言葉を肝に銘じて本当に活動しているのかどうか、自戒の念を込めてため息をつく時がある。

かつてウィンストン・チャーチル英首相は、「実際のところ、民主制は最悪の政治形態と言うことが出来る。これまでに試みられてきた、他のあらゆる政治形態を除けば、だが」と言った。つまり共産主義等の政治体制に民主主義が打ち勝ってきたことを逆説的に述べたものである。しかし2010年にチャーチルが生きていれば、違ったことを言ったかもしれない。今、一党独裁で言論の自由さえない中国は、世界経済を牽引し、国際政治にも大きな影響を与え始めている。共産主義ではないが、事実上の一党独裁国家であり、発展を続けるシンガポールも一例である。中国は、民主主義の手続きに時間がかかっている民主国家を横目に、必要な政策をスピーディ且つ強引に進め、金融危機をものともせず急成長を遂げている。このような中国やシンガポールは目指すべき国家のモデルになってはならないのだが、日米は、中国の政治・経済に依存した構造に陥っているのも現実である。

オバマは、演説の中で「国民は、選挙に明け暮れているような米政治にいらだっている」、「民主主義は時として、騒々しく、混乱し、複雑になる」と指摘し、一方で「(人気取りや選挙対策の為の政策を否定し)我々がここに存在する唯一の理由は、幾世代もの米国人がひるまず、成功が不確かであっても、必要であれば実行し、この国の夢の輝きを子供や孫たちのために保ち続けたおかげだ」と、「超党派での協力」と「変革の必要性」を訴えた。

日本もかつて自民党一党独裁政治と官僚システムによって高度成長を遂げ、その実態は今の中国と大差はなかった。しかし、その政治体制が行き詰ったからこそ政権交代が起きた事実を忘れてはならない。民主主義と定期的な政権交代こそが成熟した国家を発展させる基盤である。変革を進めようとすれば、出血を伴う痛みはつきものである。しかしそれが健康体になるための痛みがどうかを判断するのは、当事者である我々自身の責任である。

Profile

若林秀樹(わかばやし・ひでき)

-----<経歴>-----

1954年東京生れ。
1976年早稲田大学商学部卒業。
1979年ミシガン州立大学院農学部修士課程終了。
現在、08年3月からワシントンにある政策シンクタンク、CSIS(戦略国際問題研究所)の客員研究員。
80年からヤマハ(株)勤務、労組役員を経て93年からワシントンの日本大使館1等書記官として政府開発援助(ODA)と日米協力を担当し米国際開発庁(USAID)から表彰を受ける。帰国後は電機総研副所長を務め、01年に民主党比例区で参議院議員に初当選。在職中は「次の内閣」経済産業大臣・財務副大臣、国際局副局長を歴任。さらにイラク、シリア、イラン等を訪問し安全保障、復興支援、核問題等幅広く国際問題に取り組む。08年はCSIS(戦略国際問題研究所)客員研究員として活動し、09年1月より非常勤客員研究員。現在、(財)日本国際フォーラム常勤参与・主任研究員。

BookMarks

-----<著書>-----


『希望立国、ニッポン15の突破口』
2006年9月、日本評論社



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