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« 日米安保改定50周年(その1)、新たな日米関係を築く節目に
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日米安保改定50周年(2)-条約名は「世紀の誤訳」か

通称「安全保障条約」は、いわゆる「安全保障」と共に、「相互協力(世界の平和と繁栄を希求した日米の経済協力等)」が大きな柱になっていることはほとんど知られていない。その遠因は、条約の日本語名にもあると思っている。「安全保障条約」の日本語公式名称は、「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約」。しかし英語の公式名称は、"Treaty of Mutual Cooperation and Security Between Japan and The United States of America"なのである。 この日本語と英語の名称に、大きなニュアンスの違いがあるのはおわかりだろうか。つまり英語での条約(Treaty)は、「相互協力」と「安全保障」の双方に掛っているが、日本語は「安全保障」のみであり、条約としては「安全保障」のみをカバーする印象を与えている。協議の過程で最初に英語での名称・条文を確定したと思われるが、その後の英訳による日本語名は「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障にかかる条約」と訳すのが自然であった。(注:英語及び日本語の条約文書が共に正文で署名)

つまりこの日本語訳により、条約の一方の柱である「相互協力」が重要視されず、「安全保障(日本防衛)」のみが必要以上に強調される結果になりはしなかったか。政治的な重要性は後者の「安全保障」にあったにせよ、「相互協力」も大切な柱であった。この名称により、「相互協力」は条約に付随する確認文書的なものにすぎないような印象を与えたことは否めない。やはり名称は条約の全体像を表すべきものであって、この日本語訳は「世紀の誤訳」ではないかと思っている。

そして今、日米安保条約改定50周年を機に、この条約にある「相互協力」の部分に改めて光を当てることで、この条約が今日的な安全保障を取り巻く環境にも適合し、この「安全保障条約」が未だ輝きを失わず、「日米安保の再定義」を可能とするものであると捉えている。

まず条文(前文及び第二条)を見てみよう。
前文:日本国及びアメリカ合衆国は、両国の間に伝統的に存在する平和及び友好の関係を強化し、並びに民主主義の諸原則、個人の自由及び法の支配を擁護することを希望し、また、両国の間の一層緊密な経済的協力を促進し、並びにそれぞれの国における経済的安定及び福祉の条件を助長することを希望し、国際連合憲章の目的及び原則に対する信念並びにすべての国民及びすべての政府とともに平和のうちに生きようとする願望を再確認し(省略)。
第二条 締約国は、その自由な諸制度を強化することにより、これらの制度の基礎をなす原則の理解を促進することにより、並びに安定及び福祉の条件を助長することによつて、平和的かつ友好的な国際関係の一層の発展に貢献する。締約国は、その国際経済政策におけるくい違いを除くことに努め、また、両国の間の経済的協力を促進する。

わずか10条からなる条約に、この世界の平和と繁栄を希求する「日米の非軍事面での相互協力」がきちんと明記されている。つまりこの条約は、軍事力(ハードパワー)を中心とした狭義の安全保障だけでなく、経済協力など、非軍事(ソフトパワー)における協力、広義の安全保障を担保するための日米協力の概念が含まれているのである。

そして今、我々の生活において安全上の脅威を与えているのは、気候変動等の環境問題、貧困等の途上国の開発問題、食料や水の安全問題、HIV/AIDSや新型インフルエンザ等の感染症、テロや組織的な犯罪等である。その意味において、これらの地球的な課題に対応するためには非軍事面での協力も必要であり、この条約の「相互協力」を重視することで、この条約を「包括的な安全保障」という観点から再定義し、日米の新しい協力の枠組みが提起されるべきものとして捉えることができる。もちろん、言うまでもなく軍事面での安全保障を軽視してはならないが、このような包括的な安全保障という観点で日米安保を捉えることも重要なのである。その具体的な日米の協力内容については、次稿の日米安保改定(その3)に譲ることとする。

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誰かの思惑が絡んでの誤訳だったんでしょうね。
「確信の誤訳」か?

「日米安保改定50年」
普天間問題や密約問題なども出てきてるのできちんと歴史的な検証をやってほしいです。
この50年の客観的な検証は民主党連立政権のいまだから出来るのではないかなあ、と。
マスゴミはそれよりも「政治と金」(笑)の方が興味あるみたいですが。

<相互協力>が<条約>に掛かっていないと読みたい場合は<日本国とアメリカ合衆国との間の>は<相互協力>のみ修飾していると読みたい立場と僕は思います。そうしないと<相互協力>だけがまんなかで浮いていると読むのはあまりにも意図的で最初からその選択はしないはずだから。そうすると<安全保障条約>はどことどこの条約か問わねばならないことになりそりゃどうみても日本とアメリカに決まってるだろうと読み手(聞き手)は考えるはずで、そう思考してきて、<日本国と・・・相互協力>まる、ってそこでおしまいじゃぁわからんだろうそりゃ<条約>にかかるだろうと読み手(聞き手)は考えるはず、と僕は思います。読み手には日本語の配列としておさまりの悪さはあると思います。<安全保障>に<条約>がピタッと寄り添うことで強意され相対的に<相互協力>がフワフワに見えるの意で。ただし聞き手にとってはその限りではないと思います。いずれにせよ表題の誤訳はいいすぎではないかと僕は思います。

余談ながら数学の有理数はrational numberをrationale numberと勘違いして有比数(整数の比に書き直せる数)とすべきところ有理数と先人が誤訳したと読んだことがあります。高校で有理数・無理数なる語に初めて接したときなんやこれ、この名前無理があるのーと冗談を言ってましたが冗談じゃなかったというオチ。

ま、屁理屈をのべちゃいました。

安保改定の後ではあったが、労働組合の講演会や書籍で安保の本質などを勉強する機会がありました。

今日の今日まで、昔学んだことをすっかり忘れており、若林様のご指摘で思い出した次第です。

米国の映画、TVドラマ、雑誌など様々な文化が怒涛のように流れてきて、米国を理想のような魅力ある国としてとらえさせたのは、米国の戦略そのものだった、ということでしょう。日本の伝統的で残すべきことも多くを失う結果ともなりました。

ちょうどいい機会です。あまりにも従属的関係を正し、米国だって間違えるこてはありますから、また、日本にも主張すべきこともありますから、原点にかえって日米関係をとらえ直すべきでしょうね。

ちゅうがくいちねんぼうず様のご指どおり誤訳は言い過ぎでしょうが、一般国民の錯覚を狙った訳であるとは言えるでしょう。法令を作る担当者はどの言葉がどの言葉にかかるのかを常にはっきりさせるように教育されていますから、「…にかかる条約」という訳を最初に思い浮かべるはずです。

誤訳、とんでもない、意識的にごまかしたのです。国民にたいして目くらましでしょう、明らかに。

日本人、、ホントにお人好し、、世界に伍していくには、整然とした理論・理念・哲学を持たねば確実に取り残される、これ必定。

私は、本文で述べられている内容が、誤訳か?意図的か?別の視点で意見を述べてみたい。

過去のアメリカの軍事行動を鑑みて、アメリカの軍事行動の正当性が、どこにあるのかわからない。

自らの国益を守る。
これには、納得ができる。
とは言え、自分を主義主張を貫き通すために、他国に軍事介入するのは、いかがかと思う。

朝鮮戦争、南北ベトナム戦争しかり。
そのくせ、ソ連のアフガン侵攻は、非難する。
9・11テロは、悲惨な出来事で、暴力的な行動は許さざる行為である。
けれど、これは、アメリカ自身が招いた行為でもある。
ユダヤーアラブの対立から始まる、イスラム文化の遺恨と言う見方を私はしている。

アメリカの正義が、世界の正義と言えるのだろうか。
世界警察の中心的存在であると、主張しても私には、今の日本の検察組織とかぶって見える。

グローバルな世界であるからこそ、二国間で協調しないといけないという言論は、果たして通じるのだろうか。

非軍事面の協力には、賛同できるが、軍事面の協力には疑問を感じている。

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Profile

若林秀樹(わかばやし・ひでき)

-----<経歴>-----

1954年東京生れ。
1976年早稲田大学商学部卒業。
1979年ミシガン州立大学院農学部修士課程終了。
現在、08年3月からワシントンにある政策シンクタンク、CSIS(戦略国際問題研究所)の客員研究員。
80年からヤマハ(株)勤務、労組役員を経て93年からワシントンの日本大使館1等書記官として政府開発援助(ODA)と日米協力を担当し米国際開発庁(USAID)から表彰を受ける。帰国後は電機総研副所長を務め、01年に民主党比例区で参議院議員に初当選。在職中は「次の内閣」経済産業大臣・財務副大臣、国際局副局長を歴任。さらにイラク、シリア、イラン等を訪問し安全保障、復興支援、核問題等幅広く国際問題に取り組む。08年はCSIS(戦略国際問題研究所)客員研究員として活動し、09年1月より非常勤客員研究員。現在、(財)日本国際フォーラム常勤参与・主任研究員。

BookMarks

-----<著書>-----


『希望立国、ニッポン15の突破口』
2006年9月、日本評論社



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