Calendar

2010年1月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

Recent Comments

2010年は日本の将来を考える骨太の議論を
《THE JOURNAL》編集部 01/01
梅光 01/01
浅山 01/01
匿名 01/01
南の光 01/01
冥王星 01/02
天の川 01/02
本田 勉 01/03
とら猫イーチ 01/04
若林秀樹 01/05

« COP15で見えた鳩山外交の課題
メイン
日米安保改定50周年(その1)、新たな日米関係を築く節目に »

2010年は日本の将来を考える骨太の議論を

 2010年の今年、日本経済の規模は中国に抜かれ第3位となり、1968年から42年振りに2位の座から転落する見込みだ(2009年に転落した可能性も否定できないが)。これは以前から予測されていたことであり、単に名目上の国際比較で順位が下がっても、国民生活にはあまり意味がない。と言うのは簡単だが、この「米国に次ぐ第2位の経済大国」が敗戦国、日本の国民の自尊心を支えてきたことは事実である。この3位への転落、そして更なる経済的地位の低下が今後日本人の意識にどうような影響を与えるのか計り知れないが、今年は改めて等身大としての国力を冷静に見極め、骨太の議論を通じて日本の将来を考える絶好の機会にすべきである。

 戦後の日本は、吉田路線(軽武装、経済優先、日米関係重視)の下で、経済面では飛躍的に発展し、経済大国、ストロング・パワー経済になった。しかしそれで失ったものも大きい。外交の分野で日本は、冷戦期の米ソの対立から、冷戦の終了、米国の一極支配、中国の台頭の今日まで、日米同盟の下で一貫して大国間に隠れたミドル・パワー外交を展開した。実態として日本は、日米安保の下で日本の国土防衛を米国にゆだね、政治的には米国の決定に常に追随せざるを得ない外交を繰り返した。その結果として日本は、真の独立心を失い、経済成長で芽生えた大国としての意識と実際に行っている行動とのギャップに悩んだ戦後外交を歩んだ。この吉田路線の陥没を「経済大国」という自尊心が支え、また無意識の内にも国際貢献という名の下でその陥没を埋める作業を行ってきた。鳩山首相が訴える「対等な日米関係」、「自立外交」を訴える根本要因もここにある。

 憲法も日米安保も生れて約60年が経つ。戦後の日本において、外交の枠組みのみならず、日本の社会、国民の行動意識まで一番影響を与えたのは、この現行憲法(特に第9条)と日米安保であると言っても過言ではない。今年は、憲法で言えば、国会に憲法改正を視野に置いた憲法調査会が設置されて丸10年、安保で言えば新日米安保条約が締結されて50周年の節目を迎える。改めてこの大きな枠組みのあり方について、仮に同じ結果に落ち着こうとも、原点に立ち返って議論すべきである。

 昨年末に鳩山首相は憲法改正に向けた議論を進めるべきと述べて波紋を呼んだ。しかし国会では、憲法調査会の下で、2005年に憲法改正に向けた報告書がすでに提出されている。民主党も幅広い憲法改正に向けた「憲法提言」を発表した(私もその中で、人権を中心とした第3章「『人間の尊厳』と共同の責務の確立を目指して」の担当責任者として草案作成に深く関わる)。その頃には少なくとも社民党も含めて国会では憲法改正に向けた論議が活発に行われていたのだが、戦後レジームの脱却や集団的自衛権の解釈見直しを声高に訴えた安倍首相の退陣と共に憲法改正へのモメンタムが消えてしまった。しかし現在も、憲法調査会を設置した意義は全く消えうせていない。衆参で憲法審査会、憲法調査会は依然として存続しており、改めて憲法のあり方について幅広く国民と共に議論を再開すべきである。

 そして新日米安保条約については、本年9月に締結50周年を迎える。改めて日本の安全をどう守るのか、国民と共に日本の安全保障政策を考えるきっかにすべきである。この条約を破棄するのか、継続するのか、継続するにしてもこの条約に新たな使命を持たせるような再定義を行うのか、国民の選択である。タブーなき議論を期待したい。現下の国際情勢、日本を取り巻く安全保障上の脅威等を総合的に考えれば、自ずと答えは出るであろう。そうすれば、普天間基地移設問題等についても、どのような結論にせよ国民の合意はより得られやすいはずだ。

 重要なことは、国のあり方を規定する現行憲法や日米安保に関して、所与のものとはせず、そのあり方について思考停止になってはならないことである。その議論をせずして、関連する税制や社会保障、地方分権のあり方、普天間基地の問題等を議論しても、国民の理解に基づく合意は見出しにくい。いわば国家像を見出す作業が必要だ。いつもミクロの議論ばかりしていると、角を矯めて牛を殺すことになりかねない。2010年、改めて骨太の議論をしよう。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.the-journal.jp/mt/mt-tb.cgi/6429

コメント (10)

■コメント投稿について編集部からのお願い

《THE JOURNAL》では、今後もこのコミュニティーを維持・発展させていくため、コメント投稿にルールを設けています。はじめて投稿される方は、投稿の前に下記のリンクの内容を必ずご確認ください。

http://www.the-journal.jp/contents/info/2009/07/post_31.html

ご理解・ご協力のほどよろしくお願いいたします。

明けましておめでとうございます。雪が舞い、寒い正月を迎えました。今年の景気はなかなか回復しないで、寒~い一年になるのでしょうか?サブプライム問題・リーマンショックからもやっと抜け出し、民主党政権になって子供手当て・高齢者医療制度の問題などはマニフェストの実行がなされるでしょうが、暫定税率維持は参議院選挙に悪い影響が有るのではと正月から心配になります。テレビ・新聞では予算が無ければ仕方が無い、国民は理解していると報道されてはいますが、私の周りの極々庶民生活している若者はちゅっと不満げに訴えます。「少しはガソリンを下げて欲しい」と。

また、アメリカのドルが暴落し、外貨準備としてアメリカ国際の1/4を持っている中国も影響を受けるとか、もちろん日本も大打撃を受け、旧円の価値は紙屑とまでは
いかなくても、その交換に大変な目にあうだろうと小生の知人がいっておりました。

はてさてどうなることか?

この3位への転落、そして更なる経済的地位の低下が今後日本人の意識にどうような影響を与えるのか計り知れない

まったくそうですね。日本人の自己像が修正されていくでしょう。
また、中国だけではなく、いずれインドに抜かれて、インドネシアにも抜かれていくと予測されています。
昨年出た外資証券系の報告書では、韓国にも抜かれるだろうと予測されています。

ただ、おそらく30代のまでの世代は GNPで日本が順位を落としても どうということは感じないのではない
でしょうか。「えっ、それがどうしたの」という感じで、それほど何も感じないで、飄々と生きていけるのではないかと思いますね。
しかし、これまで 経済大国世界第二位という呼称になれた世代は、日本のイメージをそういうものとして
固めてきていますから、日本人としての自己像の変更を迫られることになると思います。
その影響は 計り知れないというのはそうだと思います。

と同時に、今年の中国に抜かれるのは序の口で、それはこれからどんどん抜かれていくスタートライン
に立ったということでもあります。
それによる自己像の変化はいずれ自明のものとして、若い世代ごとに受け入れられていくでしょう。
「日本はかつて世界第二位の経済大国だったんだよ。」と聞いて、目を丸くする世代が いずれ登場してくるでしょう。

 すでに50歳を過ぎて何年かたつわたしは、幼いころ確か日本はフィリピンよりも貧しい位置づけで綺麗な写真付きの学研の教材を見ていたように思います。そのころ、世界で2番目に豊かだと称されることを願ってはいなかったように思います。わたしの友人も、富ではなく、真善美だったように思います。しかしいまの貧困は、そういった理想論と異なる現実的な悲劇を生んでいる。貧しくとも心豊か、と言えない資本の腐食作用こそ、もっとも怖れます。GDPではなく、みながいかに生きるかを求められる時代、それが希求されるところではないでしょうか。次の時に希望という言葉を残す責務を、資本の価値ではないところに見出したい。ただし、蛇足ですが全体主義的共産性や、国家社会主義などの歴史的誤謬はもっとも唾棄されます。ひとの、こころのうちからの固有の表現として求めるものです。

お屠蘇気分んで失敗です。真善美を求めていた云々の投稿は、わたくし南の光です。

日本は急速にアジアの辺境になりつつあるような気がしますが,やはり今の日本の状況はどう考えても,欧州におけるイギリスと似すぎている。誰もが思うことでしょうが,欧州の中でアメリカ寄りの立場を取りつづけてきたところも日本とそっくり。

老大国イギリスは20世紀後半の長年の低迷を乗り越えて,ミレニアム前後に金融センターとして再び活況を呈したものの,この金融ショックでやっぱりまたこけた。

プライドの高い彼らは「俺たちを日本なんかと一緒にするな」と思っているでしょうが,今こそ日本はイギリスの二の舞を踏まないために彼らを学ぶ必要があります。よく指摘されていることですけどね。

新年明けましておめでとうございます。

日本の、そして世界の今後を思考するとき、西洋の合理性と東洋の諸々の哲学を融合していくことが重要になってきたと思います。

このことは、もう言い古されたことかも知れません。東洋の1000年、2000年前の古典は味わい深いですから、これを現代に生かしながら創造的に生きる時代の到来のように思います。

若林様の米国より観た通信は、なまなましいです。今年も期待しております。

若林秀樹様、新年早々に生々しい話題の提供ですね。

とは言え、日本国憲法の改正は、私もいずれ避けて通れない道であると思っています。
武藤功氏が、普天間問題を取り上げ、高野孟氏が、日米安保問題を取り上げておられる。
一連の問題であると、私も感じています。

以前の投稿で、私も憲法改定の投稿をしました。
改めて、憲法改定についての私の意見をまとめてみたいと思っています。
私の狭い知識で、改憲の視点は3つです。
1、天皇制の意義を改めて検証する。
2、三権分立と天皇制の独立性を改めて見直す。
上記の内容の私の意見は、別のコラムにも投稿してありますし、長文になり、論点がぼやけると思いますので、別に機会があれば、改めて投稿してみたいと思っています。
今回は、普天間、日米安保の関係から、この問題に関する内容にします。
3、憲法九条の改定
《第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。》

条項2項は、以下のように変更する。
2 前項の目的を達するための陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

この条文に追加事項として、以下の文を記載する。

3、自国国民の生命を救済・保護するために救助隊を組織し、自衛行為に必要な最低限の武力は保持する。
3-1、救助隊は、国内領土内においてのみ、生命救助・保護行為の自衛の武力行為を認める。
3-2、自国外において、自国国民の同行為が必要とされる場合は、その国土の国際的に承認された政府の容認を得るものとする。(領海外においては、国連の承認)
3-3、自国内の自然災害などの復旧・救援活動は、政府代表者の指揮の下、直ちに活動できるものとする。
3-4、海外において、自然災害や紛争解決後の復旧活動は、対象国の国際的に認められた政府の要請、若しくは国連の承認に基づき、国会承認決議後、活動できるものとする。
3-5、3-2項,3-4項において、救助対象者の生命救助・保護及び自らの生命保護に必要とされる自衛の最低限の武力行為を認める。
3-6、救助隊が武力行為を行ったいかなる場合、直ちに国会に報告し、その行為の審議を受けるものとする。

国防というものを、論議せずに「普天間」-「日米安保」の問題を語れないと思っています。
けれど、憲法改定には、更に時間をかけて論議すべきであろうと、とは言え避けては通れない。
これまで、何度も立ち消えた感もあります。
戦後の日本から、新たなる日本の道を示す、いい機会だと思っています。


日本が戦後に高度経済成長を遂げて、GNPで何位になっても国民の生活は低位に据え置かれたまま推移しました。 今日までの国家のあり様は「土建国家」であり、都市計画不在のままで補助金づけの土木工事が継続された挙句に日本は、国土は荒廃し、不良資産ばかりになりました。 また、余裕がある時期に都市インフラ整備を適正に実施しなかったために、巨大な国費を費消したのに今日でも下水道の普及は100%に達していません。 
イギリスと相違するのは、国家の責任において都市計画に基づく住宅政策を実施せず、国民の自助努力に任せたことです。 結果は、国民の大多数が現代の債務奴隷になりました。 
 恐ろしいのは、数十年が経過した今日では、これらインフラの保守・整備が必要になって来ることです。 都市内の道路、上下水道、各種公共施設の保守・整備に予算が必要になっていますが、もはや、地方にも国にもそうした余裕は無いでしょう。 そして、持ち家の主である国民も、また、所得が減少し建て直しや新規購入が困難になっています。 街に溢れている売家の看板や広告旗を観れば明らかでしょう。
GNPには、これら建設工事(解体や開発も含めて)が含まれていますので、土建国家が変化すれば、経済不況の他にいくらかの影響はあるでしょうが、国民生活は欧米と比較して低位のままですから、日本人の意識には変わりは無いでしょう。 それに、高度経済成長を支えた世代は、戦後の貧しい時代に育ったのですから、多少の不自由には馴れています。 むしろ若い世代が、経済成長が衰えた時代にあってどう政治的・経済的に国家の成り立ちを考えて行くのかが問われているのではないでしょうか。 憲法改正もこの観点から考える必要があるでしょう。 日米安保条約を締結しながらも、憲法を盾にとって自衛隊を海外に派遣することに抵抗した日本。 国家の覇権を求めず平和に暮らすことが可能なのはこの憲法のおかげかもしれません。 多少の経済的な不満は我慢しましょうか。

新年早々としては相応しくない、「生々しい話題」を提供し、申し訳ありませんでした。早速色々なご意見を頂戴し、ありがとうございます。
今年は、外交のみならず、皆さんと日本の将来に関する骨太の議論をさせていただきたいと思っています。本年もよろしくお願い申し上げます。
若林秀樹

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)

※[投稿]ボタンをクリックしてから投稿が完了するまで数十秒かかる場合がございますので、2度押しせずに画面が切り替わるまでお待ちください。

Profile

若林秀樹(わかばやし・ひでき)

-----<経歴>-----

1954年東京生れ。
1976年早稲田大学商学部卒業。
1979年ミシガン州立大学院農学部修士課程終了。
現在、08年3月からワシントンにある政策シンクタンク、CSIS(戦略国際問題研究所)の客員研究員。
80年からヤマハ(株)勤務、労組役員を経て93年からワシントンの日本大使館1等書記官として政府開発援助(ODA)と日米協力を担当し米国際開発庁(USAID)から表彰を受ける。帰国後は電機総研副所長を務め、01年に民主党比例区で参議院議員に初当選。在職中は「次の内閣」経済産業大臣・財務副大臣、国際局副局長を歴任。さらにイラク、シリア、イラン等を訪問し安全保障、復興支援、核問題等幅広く国際問題に取り組む。08年はCSIS(戦略国際問題研究所)客員研究員として活動し、09年1月より非常勤客員研究員。現在、(財)日本国際フォーラム常勤参与・主任研究員。

BookMarks

-----<著書>-----


『希望立国、ニッポン15の突破口』
2006年9月、日本評論社



当サイトに掲載されている写真・文章・画像の無断使用及び転載を禁じます。
Copyright (C) 2008 THE JOURNAL All Rights Reserved.