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日米関係を決める米中関係の深まり

日本、中国等のアジア歴訪を終え帰国したオバマ大統領は、間髪を入れずに今度はホワイトハウスにて、訪問できなかったインドのシン首相を政権初の国賓として向かえ、米印首脳会談を行った。アジアの同盟国である日本と韓国、そして新興国として影響力を増している中国やインド等との距離感を適切に測り、それぞれの国に配慮したしたたかな米国の外交戦略が展開され始めたと言えよう。

しかしその中でも、改めて突出した米中の「蜜月時代」の深まりを感じない訳にはいかない。今回のオバマ大統領の中国訪問では、12年ぶりに共同声明を発表し、両国が今後、「戦略的信頼」を構築、進化させると宣言。気候変動や核廃絶など地球規模の課題解決に米中が主導的な役割を果たしていくことを明確にした。米中G2時代の到来を感じさせるオバマ大統領の中国訪問であった。

米中の間の関係は、米国独立直後の1784年、商船エンプレス・オブ・チャイナ号が広東にたどり着き、通商交易が始まった頃に遡ることができる。1853年ペリーが浦賀に来航するはるか前であり、明治維新よりも80年以上前から米中の関係は始まっていたのである。そしてその関係は今日まで、常に「対立と融和」を繰り返してきた。第二次世界大戦で米中は、同盟国として共に日本と戦い、朝鮮戦争では一転して両国が戦火を交えた。ベトナム戦争でも両国は大軍を現地に送り込んで一触即発の状態に陥る。また米国の台湾国民党政権への支援も米中の対立を激化させた。しかし大きな転機は、1969年「反共産主義者」として登場したニクソン大統領がキッシンジャー補佐官を極秘訪中させて訪れた。そして自ら1972年に訪中して米中和解が実現したのである。

以降の米国大統領は、選挙期間中から就任時にかけては中国に対して厳しい姿勢を見せながら、1、2年後に必ずと言って良いほど、対中融和策に転換している。つまり選挙中は選挙戦略の一環として大国である中国に対して毅然とした姿勢を国民に見せる必要がある。民主党としては人権や民主化の問題、共和党としては安全保障上の脅威等を中心に、言い方は違っても厳しい姿勢で選挙戦に臨む。しかし一旦大統領に就任すると、対立するコストよりも、戦略的に協調する方が米国の国益にかなうという方針に転換し、今日まで一本の長い、底辺で結びついた米中関係の路線が築かれてきたのである。

例えばカーター大統領は、1977年、人権外交を掲げて登場し、中国に対して厳しい姿勢で臨んだが、翌年には、米中国交正常化を発表した。1980年代、親台湾派として登場したレーガン大統領はやがて中国との対立を避け、台湾への武器売却の自制へと舵を切っていった。1989年に起きた天安門事件では、流石に米中関係は冷えたが、1993年に登場したクリントン大統領は当初、厳しく中国の人権問題等を批判したものの、それらの問題を通商問題とは切り離し、貿易拡大策を強化して最終的に融和策に転じた。1998年には、クリントン大統領は日本を素通りして中国を訪問し、米中蜜月を演出したのである。そしてブッシュ大統領は、当初は中国を「戦略的競争国」として敵視したが、9.11移行は協調路線に転じ、中国を積極的に国際社会へ関与させていく政策(engagement政策)に転換し、今日に至っている。

そして後に歴史を振り返れば、2008年の大統領選挙は、米国の対中戦略転換の分水嶺になったと言われるかもしれない。つまりオバマ大統領は、対中関係においては選挙期間中でも「EUや日本とは同盟関係にあるが、中国は敵でもない、味方でもない、競争相手だ」と述べる程度で厳しい姿勢は見せず、第二次世界大戦後では初めてのことになるが、中国との関係で「対立」を前面に出さずに大統領に就任した。そしてこの度の訪中おいては、世界に対して米国の対中戦略の転換を鮮明に印象付けた歴史的な転換点となったと言えるかもしれない。

その上で、これまでも、そして今後とも一層その傾向を強めそうだが、米中関係の行方が日米関係に大きな影響を与えることになるであろう。オバマ大統領は、東京でのアジア政策演説において、米国は今後長期に渡ってアジアへの関与を一層強め、中国とは戦略的な協調関係を強化することを表明した。米国の経済立て直しと安定的な成長のためには、アジアのパワーを活用するしか選択肢はないのである。しかしだからと言って、米国のアジアへの軍事的な関与が経済と比例して維持、強化されるとは限らない。それは、米国の悪化する財政と内政(特に議会)の状況、そして中国の出方次第である。

中国も当面は、米国や国際社会と協調路線を取ると思われるが、今後更に経済、軍事両面で力をつければ、当然のことがなら、中華思想を持ち出すまでも無く自己主張を強めることは間違いない。アジア地域での軍事バランスを維持し、地域の政治的な安定を維持するには、米国の軍事、経済両面での関与が必要である。そのためにも、日米の間の多面的な協力と良好な日米関係の維持は重要であり、普天間基地移設問題は、日米の間の解決すべき重要な試金石であることは言うまでもない。

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ご理解・ご協力のほどよろしくお願いいたします。

lost China というのは、有名な言葉で、当時のアメリカ人の中国への心情を示していると言われました。このlost Chinaは、中国本土が共産主義の手に落ちたときに使われたフレーズです。それだけアメリカ人の中国に対する強い思いを反映した言葉だと考えられた。戦前中国には多くの宣教師がアメリカから渡っていた。「大地」で有名なパールの両親もそうでした。アメリカ人の中国への思い入れが強いから、強いの愛憎の表裏として中国の共産化に対してlost Chinaという言葉になったという分析がなされた。
アメリカ人と中国人は 思考法が似通っていて、 本当は 日本人よりも アメリカは中国のほうが馬が合うといわれた時期もあった。キッシンジャーの秘密外交によって、日本の頭越しに米中和解したとき、おそらく当時の日本の政界にとっては衝撃だったようで、この種の話がよく出たようです。たとえば、米語と中国語の言語構造が似ているとか。(笑) だから、日本人をアメリカ人は理解し得なくても、 中国人のほうをよく理解できるとか。
安部首相のときに価値観外交というのをやった。日本とアメリカは価値観を共有しているから、アメリカが中国といくら密接な関係を持とうとも、日米は大丈夫だという思いがあったかもしれない。
価値観を共有する日米と、歴史的に中国に対して強い真情を抱くアメリカ と中国の関係の どちらの関係が
勝るのか、ということになるんでしょうかね。
少なくとも、 安部首相の価値観外交というのは、ことさら同じ価値観を表に出すことで、アメリカと中国の関係に対する不安を打ち消そうとする気配を 私なんかは感じました。
たしかに、
たしかに、若林秀樹さんが述べられているように、歴史的に米中の関係は深いものがある。これまで両国はいろいろと愛憎をくぐってきた。ここは、中々我々日本人があまり知らないというか、理解していない点だと思います。

浅山 様
 仰るとおりですね、中国も、ヨーロッパの列強と日本に痛めつけられた20世紀前半かなりアメリカに好感を持ったでしょうし、国名も美国と良い名前をつけていますしね。

 それに比較すると、日本は、どちらから見ても島国の吹けば飛ぶような小国で、経済も落ち目ですから、よほどしっかりしないと置いていかれることになるでしょう。
 東アジア共同体を上手く作り上げ、ASEAN、インド、オーストラリアと手を組んで、唯我独尊の米中二大国を牽制していくという鳩山さんの戦略が、考えられる最良の策ではないでしょうか。
 

「関空?」
橋下知事が普天間の関空への移設に前向きと受け取れる発言をしたようです。関西3空港問題と米軍基地移転問題の抱き合わせ。当然地域主権問題とも抱き合わせで、原口大臣などと裏で通じているお話なんでしょうね。
 海兵隊グアムへの全面移転ということでの時限措置ならあり得る選択肢ではないでしょうか。鳩山政権がどう反応するか。政治がこれほどダイナミックに動くのは久しぶりです。(それでもマスゴミは「献金問題」で足引っ張り続けるのでしょうね。)

<2030年に中国合衆国?>

国際情勢の将来を大胆に予測する国際評論家の田中宇氏の論評を参考に中国の将来像を考えてみる。

最近の中国政治を見るとき、国際金融資本の動向から目が離せない。過去の歴史においてスペイン、イギリス、アメリカと宿主を変えてきた国際金融資本は、1970年頃からニクソンやユダヤ人のキッシンジャーらを動かし中国への接近を試みている。

ところが1989年の天安門事件で米中間は政治的断絶を迎えた。しかし宿主を米国から中国に移したい国際金融資本は水面下で中国の民主化(市場開放)を支援してきた。

21世紀に入りゴールドマンサックスら国際金融資本は、911事件やリーマンショックによって米国の国力衰退を画策し、2030年ころには中国のGDPを世界1に押し上げようとしている。

しかし問題なのは12億人の人口と人権を無視する共産主義体制である。小沢氏もかねてから中国政府要人に「共産主義と市場経済は両立できない」と説いていたが、米国で教育を受けた多くの中国要人達もその点は重々承知しているようだ。

経済規模や軍事力がやっと人並みに整ってきた現在、中国はかねてより国際金融資本に迫られていた民主化に取り組む動きを水面下で本格化している。彼らが手本にしたいのはどうやら米国の政治体制のようで12億人という人口を支配するため連邦政府と州政府による統治を考えているようだ。

さらに次期主席候補の習近平、李克強をリーダとした2大政党制を取り入れ、選挙によってどちらかを国家主席(大統領)にするのではないか。当然のことながら米国金融資本(ロックフェラーやポールソンら)が中国政府の中枢に深く食い込んでいくことは間違いない。

そうなれば当然のことながら米中軍事同盟も結ばれ、米国の先端軍事技術も中国へ移り、21世紀の中ごろまでには国際金融資本に支えられた中国は米国に代わって世界1の経済、軍事大国になるだろう。

将来、日本が中国の属国(或いは中国合衆国の1州)に成り下がらないためにも、得意の科学技術を国の柱とした環境技術大国としての投資を怠るべきではないだろう。

熱烈な自民党支持者さん

教えてほしんですけど、
中国って、 あれは共産主義なんですがね。 どうみても、共産主義をやっているようには見えません。

確かに、党は 共産党を名乗っていますが、 それは名前だけで、やっていることは 共産主義的な政策を
やっているようには見えないのですけどね。
共産主義的な政策とは何か、計画による分配政策でしょう。それと、企業による利潤を認めない。
労働者にすべて還元する。 よって、資本家を認めない。

どうも、今の中国をみていると、どうしても共産主義にはみえない。(笑
独裁政党が 資本主義を上からの権力によってやっているような感じですね。
つまり、開発独裁型の資本主義です。
その独裁政党が 共産党をいまだに名乗っているので 混乱しますが。
あの中国共産党が、 名前を変えて、 中国自民党としても ぜんぜん 違和感ないですよ。(爆

赤虎頭巾 さん
レスポンス ありがとうこざいます。
> 日本は、経済も落ち目ですから

についてですが、 経済衰退の回避策はあります。

1) 地方分権
2) 移民を受け入れる

1)については、→ 「斎藤精一郎×高野孟:民主党の背骨はどこか?── 政治家も知らない地域主権国家論の本質」参照。
2)は、 中国やインドなどからが有望でしょうか。 このまえ、中国の男子の人口が 統計よりも3千万多かったとか。 実際に ヨーロッパのこれまでの経済が維持されているのは 移民の受け入れるよるところが少なからずある。

韓国政府がいち早く移民受け入れの検討に乗り出しています。
おそらく、将来 移民受け入れについての各国間で競争が起こってくる可能性があるとみています。
というのは、誰でも受け入れるということではないですから。 やはり条件がある。その条件にあった
人を受け入れようとすると、どうしても競争になる。

で、移民受けれの本格的に乗り出せば、中国から流入する可能性が高くなるので、必然的に
日中関係に影響を及ぼすかもしれない。

あいるは、自由貿易協定によって 人の移動を自由にする。そうなれば、 移民ということではなくて、
中国から人が 日本に入ってくるでしょう。

ともあれ、移民であれ、 自由貿易による人の移動であれ、人の大規模な移動は
アジアの国際関係に一定の影響を与えることになるんでしょうね。

私の見るところ、 友愛の鳩山さんとか、小沢一郎は 移民受け入れに一定の理解があるような印象がありますが、民主党を支持する層は それにはけっこう拒否感が強いような感じが 何となくしますね。

浅山様

 全く同感で、移民は地方分権と並んで有効な解決策でしょう。
 私の考えでは、科学技術立国を目指すのであれば、大量に移民を受け入れ、日本の若者を厳しい競争に晒すしかないと思います。

 残念ながら、人間は楽して過ごしたがる動物ですから、競争無しでは、日本の科学技術立国などは夢のまた夢でしょう。
 また、一部の人が言っておられる様に海外の優秀な人材というのも無いよりはましでしょうが、わが社でタイの青年技術屋を受け入れて研修した経験では、高学歴の金持ちの息子2人は、全く使い物にならず、酒も飲まずに親のために給料をためてがんばっていた、貧しい青年が尤も伸びました。
 
 或いは、日本の若者を海外に放り出し、訓練することでしょうが、これは中国か、アメリカでしょうね。
 東南アジアは、のんびりしすぎですし、インドは悟ってしまっていて、ぎらぎらしたところが感じられません。
 ヨーロッパでは、変な裏技と東洋人に対する妙な優越感を覚えて帰ってくるだけではないでしょうか。
 

浅山さん

仰るとおり、中国は共産主義ではなく、共産党という過去の政治的装置を巧みに活用し転用した開発独裁の一形態です。私は改革開放が始まったときからそのように言ってきました。資本主義、市場経済を志向しているのに共産党一党独裁を続けているのは辻褄が合わないといった嫌中派の人たちの言い方は余りに幼稚です。中国の指導部はそんなことは百も承知で「今の段階ではこうするより仕方がない」「経済開放より先に政治自由化をしたのがゴルバチョフの失敗でその轍は踏まない」と呑み込んで矛盾を生きていると思います。今40歳代の周強=湖南省省長ら「第6世代」が中央を占めるようになる2020年頃にその矛盾を打開する動きが出てくるでしょう。民主党政権はそのへんを睨んで対中外交を構想すべきです。

少子高齢化、人口減少で将来の経済規模の縮小を憂いている日本。このままではとても大国に太刀打ちできそうに無い。その日本に、一つの解決策として移民の受け入れなどという安易な方法を思い浮かべたところで思考停止に陥った人々が居る。内需を叫ぶ社会主義者も便乗している。で、移民はいったい何千万人を想定しているのだろう?その上、二重国籍を容認した地方参政権付与などとのたまう。それで将来、日本はどうなるというのか?何れにせよ、日本人とは何か、日本国とは何かを、国民が考え決断する土壌が整っていない現状がある。先ずは、それをどうにかしてからの話しだろう。

<中国民主化の流れ>

1976年に毛沢東が死去した後、1978年の「三中全会」(中国共産党第十一期中央委員会第三回全体会議)において中国共産党の実権を掌握した鄧小平が毛沢東やその一派の文革路線(教条主義的毛沢東崇拝)を排し、改革開放(経済の民主化)路線への歴史的な政策転換を図った。

1980年代は趙紫陽、胡耀邦らにより(政治的)民主化が進展したが1989年の天安門事件以降、鄧小平は胡耀邦らの民主化の動きを弾圧した。この時点で鄧小平は「政治面では社会主義と中国共産党の指導性を強調し、経済面では生産力主義に基づく柔軟な経済政策」を採った。

1997年に鄧小平が死去後、江沢民が鄧小平路線を引き継いだが、2003年に胡錦濤が国家主席に就任すると鄧小平路線の江派と民主化路線の胡派との間で激烈な権力闘争が繰り広げられた。

現在では国際金融資本をバックにした胡派が優勢ではあるが、両派の権力闘争は次の世代(江派の習近平、胡派の李克強)にも引き継がれるのであろう。いずれにしろ暫らくの間は鄧小平流の市場経済と共産党支配という歪な状況が続くだろうが、政治的民主化への流れは避けようが無いだろう。
(最近、胡耀邦の復権がなされているようだが)

若林氏の投稿や、それに対する皆さんの投稿も、ろくに見ずに投稿します。

民主党政権…、早速ながら、なんだか、???って雰囲気になってきましたね…。

記者クラブ…?。
普天間…?。
高速道路…?。
献金…?。
マスコミもおかしいですね…。

それぞれ、誰かに、個人的な弱みでも握られていますか?。

何んなんでしょうかね…。
自民党政権でも民主党政権でも、国民の意向を上手く外しながらの曖昧な政治を行い、そして、行えるというのは…。

高卒で勉強不足で拙文で恐縮です。

政治や国家に裏側などとゆう世界が、あるなどと知らないでテレビや新聞を通した情報を鵜呑みしていました。 The Journalの専門的な論説や、今の政治を明確に判断している投稿記事の多くを読ませて頂き、改めて現実の政治を考えるきっかけになりました。

大きな疑問符ですが、日本は限定した少々の他民族の移民の受け入れがあるとはいえ、単一民族の独立国と思っていました。しかし日米条約の背後でアメリカに半分統治されているかのように見間違う、CIAと国内の春を売る?有識者と言われている面々と、裏世界で結びついている情報には驚愕でした。アングリします。呆気に取られる世界です。
民主正義も主義もあったものではなく、自民党とかつての自民政権が国を都合よく欺瞞を撒きながら統治をするために、メディヤ、知識人、政治家、アメリカと結びついているという事実に信じられないと言うのが総てでした。

なぜ広く国民が知らないのか、
なぜメディヤは伝えないのか、
なぜ自民党に代表される国会議員がアメリカに傾くのか、
なぜ知識人といわれる人たちが情報を発信しないのか、
今の民主党もなぜ無用の普天間基地の国外移設にもたもたするのか、

今さかんに出所不明のメディヤ検察情報として、民主政権の追い落とし、揚げ足取りのちまちまリーク情報にどこまでが本物か判断に困っております。 どんなに徳のある政治家や政党と云えども、長い間政権を独占すると汚職や飽食に溺れていき、終いに一部の権力者を抱きこんだ金の亡者となり、既得権益者のみが闊歩し始めるのは分かりました。
民主政権には同じ轍を踏んで欲しくありませんが、情報の開示が遅々として進んでおりません。

しかし自公政治が終わった今、過去に金銭汚職や反国民的、反国家的な違法行為に手を染めたであろうことが、民主政権で白日の下に暴きだされることに恐れている人たちがいるという。 それを避ける為に既得権益者のメディヤ人、政治家、行政の検察官僚、アメリカの特命を帯びたCIAがタッグを組んで、反民主政権の謀略を小出しながら、再政変を画策しているとゆう。とりわけ小沢氏が最大の目ざといたんこぶだとゆう。

汚職にはまり込んだ連中が自己保身のため、結託するのは世の常であるとしても、法治国家日本で司法が偏り正義が実行されないとなると疑問を通り越して、先が真っ暗になってしまいます。この国は政治の未開国なのかいなと疑わざるを得ない。

信じるのも勝手、自由だと言われてもどこまでが政治が本物か教えて欲しいものです。本物の情報もなくゲセなニュースも氾濫している中、自分で探さねばならないことに往生してしまいます。 
しかし経済、安保優先でアメリカに取り付いて、経済の繁栄を謳歌したのはいいのですが、この国の政治家と知識人は、独立独歩の気概はないのだろうかと思うばかりです。グローバルが叫ばれる中、一国だけに特別に傾くような子供の付き合いじゃあるまいし、国の主張あってのパートナーシップを確立して欲しいものです。アメリカが特別に憎いとゆう訳でもありません。 TVに何でよく登場するかいな?の・・・・田中均・岡本行雄・森本敏の各氏のコメントを聞いていて、日本の積極的な自由独立外交から遠いような気がいたします。彼らは自民党から、アメリカから大枚を貰っているのでしょうか。

>国内では冤罪が目に付きマスコミと、司法権力がどこまでも癒着し、
とても教科書で習ったはずの司法の正義とはまったく逆の
「司法取引」「国策捜査」「脅迫」が行われ、
検察が己の出世欲のために、
無実の罪の人でも、マスコミうけがするのであればと、
無理やりに冤罪をつくりだして、犯罪人に仕立てあげていく構図に見えます。

国民は冤罪を被せられて正義に人権どころではなく、政治家は国民に背信するかのようにアメリカベッタリで自己保身と金満太りにあけくれている内容です。人間金にまつわる貪欲に染まるとみな同類類でしょうか。コン畜生の世界です。

民主党の生活第一・・・の謳い文句はカビ臭いけど田舎の隅々まで抵抗なく浸透しそうな
簡潔なキャッチコピーです。 強面の小沢氏に似つかないギャップにむしろ説得力があるから不思議です。大方の人々が手前の生活・・衣食住が満たされない明日の生活に窮する貧乏国民が増えると、日米アンポンタンではなくて安全保障の防衛論が絵空事のように聞こえる。国家の安全をのたまう前に飯を食わせてくれと言いたくなります。

国民の緩やかな まだ一部でありましょう庶民の飢餓感が、仮想の恐怖感に誘導されるほど追い込まれてはいない筈です。タカ派的自民の世襲馬鹿議員と、金に不自由なく育った思想が偏向する面々、そして、そいつらを後押しするメディヤもしくは似非の評論家たちが煽っているのでしょうか。

国民の経済的な困窮は、国家間で生じる脅威論を議論することに急には繋がらない。
中国や北朝鮮の核の脅威をのたまう政治家は、庶民目線の生活に結びつく政策議論から逃げ回る。 冷戦構造が変わった今の時代、あたかも集団安全保障の論議が政治家たるポーズを取るための空論にしか聞こえない話です。 私にとっては・・・・・
自衛隊がミサイルの方向を仮想敵国?中国に向けながら、かたや経済の相互交流が現実の中で密接な関係にあるとゆう矛盾をどのように解釈していくのでしょうか。
5000億の海外支援をアメリカに吹聴する前に
3万人の自殺者を減らす、師走の失職者に仕事を提供できる施策を講じて欲しいものです。
民主も自民も変わらず同類じゃカナイマセン。

匿名 | 2009年12月 1日 05:27 様
“日本は限定した少々の他民族の移民の受け入れがあるとはいえ、単一民族の独立国と思っていました。”
アイヌ民族のことをお忘れなく。

 若林さんを強調したいことは最後の10行だと思いますがその前提となる米中関係の歴史的素描に歴史的事実とまったく異なる事実があるので最後のの結論も疑いを持ってしまう。
 「ベトナム戦争でも両国は大軍を現地に送り込んで一触即発の事態に陥る

 ベトナム戦争と朝鮮戦争を混同しているのではないのか?
 ベトナム戦争で中国はベトナムに正規軍を大量派兵した事実は全くない。
高野さんにでも確認すれば言下に否定されるだろう。
 中国正規軍が中越国境を越えたのは
越修打倒をスローガンに掲げた中越紛争のときで、この時はアメリカ軍やそのカイライはベトナムから完全に叩きだされていた。
 中越紛争はベトナム軍がカンボジアの中国派ポルポト政権を軍事的に妥当する事態を受けてのことだ。
 若林さんの経歴を拝見するとベトナム戦争は生で日本で知る機会があったはずだが一体学生時代は何をやっておられたのか?
 もっとも早稲田にはベトナム戦争をアメリカとソ連や中国の代理戦争のごとく観念的に分析する一派が巾を利かせていたが。その影響もあって史実を取り間違えたもしれない。
 いずれにしても他にも得手勝手で粗雑な歴史講釈が散見されるので最後の例によっての安保万歳!アメリカ軍の日本駐留は永遠に不滅である!との御高説には眉に唾をつけて拝読するしだいである。

匿名 様
 日本は、単一民族というのは、高々、日本国ができてからの約1600年ほどの話でしょう。
 小生の家は、元禄時代の先祖墓が残っている古い農家ですが、黙っているとよくタイ人に間違えられます。また先日は町で2番目の妹にそっくりの女性を見かけました。
 韓国の済州島に行くと、一番目の妹にそっくりの人がいるそうです。
 (余分ですが、タクシン派のPeople's TVに出てくる若いジャーナリストは田中先達のお若い頃の写真にそっくりです。)

 デジャビューというのが有りまして、遺伝子レベルで残っている記憶が突然蘇ることを言うのだそうですが、沖縄の与論島、出雲大社の海岸に始めていったとき、この景色は昔見たことがあるという不思議な思いがしました。

 恐らく、父方と母方の先祖が流れ着いたのでしょう。

 国家とは所詮、時々の権力者が作った、フィクションです。
 根底のところでは、人々とは何の関係も無い、統治のための道具に過ぎません。

 民主主義と資本主義は、どうしようもないシステムですが、国境の壁を緩め、人々が自由に交流し、総体としては、より豊かな暮らしを作り上げることに寄与しているのではないでしょうか。

 移民恐怖症の皆さん、TOYOTAにしてもHONDAにしてもそしてそれを支える町工場の人々にしても、少なくとも東アジアでは、あなたたちが怖がる移民の国の人々と一緒に、そのお世話になりながら暮らしています。
 二次大戦時の、八紘一宇の理想を思い出してください。
 明治天皇の御製歌を思い出してください。
 四方の海は皆同胞というのが、大御心だったのではないですか。

 先日台湾企業の人と話をしたら、日本は、先の大戦の理想を、戦争ではなく、経済で達成したのですねといわれましたよ。

 日本経済は、一部海外に出て行かないと成り立たなくなりました。今後の、サービス経済立国(教育・技術、観光、医療、文化、介護等々)のためには、若い労働力がどうしても必要です。
  大量の移民を受け入れ、ご先祖がやってきた邦々から来た人々と、一緒に仲良く暮らしていこうではありませんか。
 
 尤も小生は、タイに骨を埋める予定で、寒い日本に帰る気はありませんが。
 

「移民」について
 日本の人口予測は現在のままだと、五十年後には8000万人台まで減少するとのデータがありました。8000万は総人口ですから、労働人口は更に少ないわけで、国の形自体が変わってしまうような変化です。
 人口が減っていっても経済活動に支障を来すようなことは避けなければならない。
で、そのためには当然労働力を確保しなければならない。
その方法の一つが「移民」の受け入れであることは分かります。
それともう一つは少子化対策、出生力の回復。回りくどい言い方ですね、要は子作りの奨励。
しかしこればかりはあくまで奨励で、コントロールすることは難しい。だから移民も導入して、ということになるのだと思います。
 率直に言って「移民」には私も少々抵抗があります。しかし、人口減が一番最初に押し寄せてくるのは地方であることを考えると、何十年もの時間的余裕があるとも思えません。
考えてみると、私の爺さん婆さんの世代は北海道へ移民として渡ってきんです。これは正面から受け止めなければならない事である、と私は思います。

赤虎頭巾様へ
 余談ですが、私は二十代の頃、フランスからきたアーティストに「お前はペルーのインディアンに似ている」と言われたことがあります。その時“そうか俺にはインカの血がながれているのかもしれない”などと変に納得したことがありました。

大量の移民受け入れには反対です。
この問題は若林さんの記事と直接関係がないと判断するので説明は避けます
 でもそういう意見がどうして導き出されたのかわかるような気がします。
 若林さんの日米関係に対するご意見を導き出される手法と共通する傾向があると見ます。
 歴史的事実の自分の現在の立場からの得て勝手な解釈は歴史の現状の到達段階にそぐわない結論を導き出し出します。
 明治天皇から日本帝国主義のアジアへの植民地支配、世界市場再分割戦は歴史的事実の積み重ねの結果です。
 台湾の方がどう言おうが、あなたが現在どういうお立場であろうがそれは個人レベルでの問題であって社会科学としての歴史の流れをキッチリちり見据えないと政治、軍事にレベルでは間違いを犯すことになります。あなたのお立場で正しい意見が政府の戦略としては正しくない場合もあります。
 若林さんもいろいろ書いておられるが歴史認識に問題があるので個人的見解の域を出ないもの、もっと過激にいえばアメリカ民主党の世界戦略の立場からの意見と考える。それと日本国民の利害とは今後対立していく側面が拡大していくすう勢にあるとみます。
 私は若いころ真面目な右翼と交流したことがありますが、日本がアメリカに戦争で負けたことが物凄くトラウマになっていると感じた。しかしあの時代やその後の歴史の流れを大きく見ていくとアメリカの世界における立場は変化してきているのではないでしょうか?この変化への危機感が今後のアメリカの世界戦略を根底から規定すると思う。
 それに日本が従属するのはまずい。
いくつもの限定がつきますが改憲しなければ日本は国益を守れない、これが普天間問題、アフガン資金援助に対する結論です。ただし日本の現在の政治情勢が続く限り改憲はアメリカの世界戦略の下請けとしてしか機能しないだろう。

<匿名様>
あなたと私はほぼ同じ考えです。
安全保障だの中国脅威説などの以前にまずはご飯を食べさせてくれ。
その通りです。
また、検察についてですが、ファクトの情報を得る為にいろいろ探るのはしんどい、との事。その通りです。みんなしんどい思いでこのサイトをはじめ、様々な優良サイトに辿りつきました。
私は、しんどくても今の時代にいて幸せだと思っています。
ロッキード事件の際、私は本当に田中角栄は悪人だと信じていました。いや、マスメディアしかない時代に、信じざるを得なかったのです。後に中曽根大勲位が今だから真相を・・・。と、田中氏は、石油の供給源を日本独自に獲得しようと動き、アメリカメジャーの虎の尾を踏んでしまったのが真相だそうです。
その点、インターネットのお蔭で真実に近づける今は、いい時代になったなぁ~と心から思うのです。
もし、この様なメディアがなければ、西松事件に踊らされて、恐らく政権交代はなかったでしょう。
玉石混交のインターネットメディアの中から、真実を見つけるのは、正直骨のおれる事ですが、見つける気持ちさえあれば、見つける事ができるのは素晴らしいと思います。
<sumitaka様>
移民についてですが、私は安易な受け入れには反対です。
特に、安い労働力としての移民は日本国民も安い労働力になり、国民が不幸になります。
小さくても強い国を目指すべきで、それには労働集約型の産業は馴染みません。高報酬で高技術、高学歴の人を積極的に受け入れるべきです。

wacwac 様
 どうも、移民問題になると、とたんに興奮される方が多いようですが。wacwac様から来るとは思いませんでした。私宛の反論だと思いますので、お答えいたします。
 二次大戦が、資源と市場を巡っての、帝国主義的な植民地侵略戦争であったこと。
 明治維新以来の、日本のアジアに対する対応は、西欧諸列強に伍しての、遅ればせの植民地拡大の動き以外の何者でもなかったことは仰るとおり歴史的事実です。

 しかし同時に、それに引き摺られていった、或いは熱狂的に参加していった日本人は、なにも植民地拡大の欲得ために、無謀な国家の動きについていったわけではないと思います。
 (一部軍需産業はそうだったかもしれませんが。)

 当時の日本人を、突き動かしたイデオロギー、或いはデマゴギーは、悪辣な欧州諸国の植民地支配から、アジアの人々を解放するのだというものでした。
 これも歴史的事実です。

 昔、大西巨人という作家が居まして「神聖喜劇」という二次大戦に関する本を書いています。
 一度読んでみて下さい。

 小生は、なんとかいう自衛隊の人と同様に、あの戦争が正しい戦争であったなどというつもりは毛頭ありません。
 ただ、国家という化け物に引っ張られて、或いは騙されて、あの無謀な戦争に突っ込んでいった、日本の人々が、我々の父母が、全て植民地戦争というその実体を肯定していた、ということは、歴史的事実からは遠いところに有るのではないでしょうか。

 
 

こと恵美様

 あなたもですか!

 勿論、移民の人を受け入れれば、単純労働の人の給料は上がりません。今の日本の最低賃金は、タイ程度の中進国でも、会社の部長クラスの給料です。
 最も、日々の暮らしを含め人生に最低限必要なお金が日本は馬鹿高いので、こちらの部長クラスの暮らしは出来ませんが。

 とはいえ、国という人為的なラインがあるだけで、そういう格差が存続出来るというのは、どう考えても無理なわけで、日本の大企業は殆ど、海外へと出て行ったわけです。

 それがけしからんといってみても、出て行かない企業、そういう情況に上手く適応できなかった企業はつぶれていきます。

 この問題を片付けるには、EUがやっているように、或いは鳩山さんが追求しているように、国境の廃止、人々の移動と、居住の自由を達成するしかないでしょう。

 それが出来れば、日本でも、今の年金、給料でかなりましな豊かな暮らしが出来ます。もっと贅沢をしたければ、共同体の内の他国に引っ越せばいいだけの話です。
 私の友人は、アルツハイマーとなった父君を引き取り、正式の看護婦を二人つけて完全介護で面倒を見ています。食費と、看護婦さんの給料込みで、父君の年金でお釣が来るといっていました。 

 (日本)国民が不幸になるといわれますが、こと恵美様のお考えでは、日本国民が幸せならば、他の国の人はどうでも良い訳でしょうか。

 高報酬で高学歴の人といいますが、発展途上国及び中進国の実体は、不平等の固まりで、高学歴、高報酬の人間はそれにあぐらをかいているだけです、そんな連中を何人移民させようが、知識産業は育ちません。
 タイで、クーデターを起こしたのは、田舎の農民は馬鹿で、一人一票の民主主義はまだ早いといった、高学歴、高報酬の首都バンコック在住のお金持ちと海外留学をしたその息子達ですよ。
 

 

 あまり文章が長くなると思い、前のコメントは簡単に書きました。
 私も安易な移民には賛成しかねます。
 しかし、移民が必要になるだろうと考えたのは、浅山 in 武蔵野の大地さんのコメントを読んだからだけではありません。
 もう十年近く前になると思いますが、北海道の人口が百年後には三分の一になってしまうという説に出会った時がきっかけです。現在北海道の人口はおよそ560万人です。それが190万人弱になってしまうのです。
現在の札幌市の人口がそれくらいですから、他の市町村がすべて無くなってしまうと同じ事です。もちろん私はその時には生きていませんし、私の息子だっていないでしょう、しかし、孫の世代は生きているのでしょう。(因みに私の息子は現在高校一年)
それを考えた時、北海道そして日本の形はどうなってしまうのだろうかと思いました。
日本の総人口はそれほど極端ではないにしても、たぶん北海道以外の日本の地方も決定的なダメージを食らうのではないでしょうか。
その時の暮らしはどうなっているのか、今の経済生活が維持されているのか、食料はどうなるのか、人口減が進むのにどのようにして経済や農業を維持するのか。そう考えた時「移民」が浮かんできたんです。
私は経済の専門家でもありませんし、社会科学の専門家でも、もちろん農業の専門家でもないけれども、人口が三分の一になった北海道、いや日本の地方の姿がどのようになっているかくらいは想像できます。
em5467-2こと恵美さんのおっしゃっている「小さくても強い国」とはどのような国なのでしょうか。私にはイメージ出来ません。地方がダメージを食らうと一番大切な農業はどうなるのでしょうか・・・(wacwac さんの言われるように、「移民」のことは若林さんの記事とは余り関係がないので、これ以上はやめます)
 私は、そのようにならない為にはどうしたらよいのかという対策を講じる事の方が、移民を導入するよりも優先するとは思っています。

しかし、有効な対策が提唱されてない現状では致し方ないと思っている次第です。
個人的見解と言われればその通りです。

それと、先ほどのコメントで“ペルーのインディアン”としてしまいましたが“インディオ”に訂正します。

赤虎頭巾様。
実は私のよく使う名前はredtigerです。意味が込められています。
 興奮はありません。文体が習性として感情を煽るものになってしまうのです。言い訳ですが。
 大西巨人さんの神聖喜劇は当時のベストセラーでした。100万部を軽く超えていたように記憶します。尤も当時は活字文化全盛の頃でしたが、現在ではあのような得意な立場からの痛快な小説は120%創作できないと思います。あれは一種のピカレスク小説だったと記憶しています。陸軍服務規定などを盾に一平卒で招集された当時のインテリが官僚化された軍隊組織に論理的に反抗して聞く様が多くの読者を得たのだと思います。当時、まさかその方面からの「反戦」小説が登場するとは思えなかった、という気味で売れたと思います。
 庶民の「生活論理」と戦争指導者の論理はわけろ、と理解します。確かに私にもそういう気分はあります。ただそれをいちゃおしまいよ!というので書かないようにします。
 例えば邦画、足摺岬で奈良光江さんが足摺岬まで追いかけてきた主人公、田村高広に語る長セリフにはぐっと来るものがあります。奈良光江さんは庶民の代表です。しかし、これを受けて田村は無力で足摺岬の土着の中に自己崩壊をしていくのです。まさに奈良光江さんがいう逆流にこうする青年の姿ではなかったのです。
 私はそうあってはならない、と生き方として決めています。日本の伝統的無常感も踏まえそう思っています。
 それも踏まえあなたのいわれる深い意味は理解できますし、言ってしまえばそこまで言い切れるあなた個人に賛成します。
 ただ、それと日本の今後の大きな政治課題とは区別します。鳩山さんのいわれるようなアジア構想は庶民の関係が密になることが土台です。その意味であなたの言われている内容は根源に迫り若林さんなんかの議論よりも深みと可能性がある。
 しかし私の感覚でいえば、若林さんの述べておられるようにアメリカも成長市場としてのアジアを当てにしているのであれば、アジアは混乱、混沌の世界に巻き込まれるしかない。
 こうし情勢や恵美様が述べられた国内情勢を踏まえた今後の進路から、移民大量受け入れはあり得ないですし、どのような政府になろうともやらない、と考えます。
 ヨーロッパのような先進的植民地主義の国が歴史的必要から受け入れて国内紛争の大原因になっている現状から日本では無理です。
 なお、韓国では伊藤博文を暗殺した方は民族の英雄です。これは仕方がない。日本人も30年にも及ぶ帝国主義支配を受ければ同じ思いになる。支配をうけた年月の歴史をどうして綴ったらいいのか?こうした意味で歴史認識は別の土台です。共有しなければアジア共同体は土台ができない。
 反日で済まされるわけがない。

wacwac様
横からすみません。「反日で済まされるわけがない。」にはショックです。それを乗り越えるにはどうしたらよいのかを考えるのが、これからの日本に求められていることだと思っていましたので。

 舌足らずで申し訳ありません。前文からの展開で御理解いただけると思いますが。これは反日といってレッテル貼りする見解に対する反論で韓国並びに朝鮮「民主人民共和国」の国民の皆さんがが日本に対する反日感情を持つ歴史的事実を踏まえて、日本の国民が考えなければならない点を指摘したまでです。
 アジアとの大学生の交流による単位交換も想定されているようです。共同で歴史教科書が作られたらいいのですが。私には政策は理解を超えています。
 何しろ日本は戦前は日本史を国史と称して唯我独尊の歴史を年端もいかない子供に叩き込んだ国で、戦後はその反面で唯物史観を超薄めた歴史教育のなされた国です。
 すべてを決めるのは一人ひとりの力だと思います。
 故に若林さんのような立場は到底容認できるものではありませんし、彼の立場は日本国民の大多数の利益に叶うものでないと確信します。私は若林さんはアメリカの立場に立っていると考えます。しかしアメリカの立場と日本の国民の利害は相反するようになっていく歴史的趨勢にあるとの認識です。
 私は若林さんのような指向が民主党の政策を大きく左右するようなことがあれば支持は止めます。アフガン政策は大疑問です。
 以前の論説ではオバマ来日を受けてゲーツ来日からオバマ来日まで普天間問題のヤマ場だと書いていました。かれは。ところがそこで5000億の支援を受けても、今回は普天間への対応が日米関係の試金石と今回の記事で言う。この方は何者なんだと考えない方がおかしいのです。勝手にやったらいい!軽蔑だけです。小沢さんが健在な限り民主党にこういう人物の影響力が 及ばないことを願う。

wacwac様

ご説明を読み、理解できました。
言葉に反応しすぎたみたいです。

今回の若林氏のコラムの論調は,おそらく,今の米中関係が若林氏の立場のような人から見ると信じられないくらい良好に見えるだけなのではないでしょうか。僕個人的には当たり前の二国間関係に見えますが。

「米中関係の行方が日米関係に大きな影響を与えることになるであろう。」この一文の意味が僕にはさっぱりわかりません。誰が考えても中国は20世紀におけるアメリカと同様,21世紀の世界の中心です。「米中関係の行方が日本の行方に大きな影響を与える」という表現なら僕も納得できます。ここがほかの投稿者から「若林氏がアメリカ寄りだ」との指摘がでる所以だと思います。

中国の貧富の差とか競争のやり方は以前のアメリカそのものではないですか?違うところは人間を呼び込むか人間を輸出するかの違いだけです。中国は一人っ子政策やめるだけで,日本に送って余りあるほどに人口を増やすことも可能です。

若林氏のまわりにも中国の人がいっぱいいると思いますが,最近,中国の研究者2,3人と話す機会がありました。彼らの学究システムを聞くと,日本の一番悪いところを大変上手に改善していることに感心させられます。日本だけでなく欧米に対してもですが,反面教師にするなり模範教師にするなり,本当によく勉強していると思います。さすが中国三千年の歴史です。僕は中国の歴史と文化は尊敬しています。彼らにマネージメントさせると日本ももっと良くなるかもしれません。

振り返ると,人口減るから移民増やせなどという,移民を労働力か社会の最下層としか考えない先進国の勝手な論理は言語道断であり,現在,世界で最も批判を浴びている考え方であることをもっと日本の人達に知ってほしいです。言葉の使い方が正しくないですが,「移民は知識層に限る」が世界のコンセンサスでしょう。

赤虎頭巾さん

この問題を片付けるには、EUがやっているように、或いは鳩山さんが追求しているように、国境の廃止、人々の移動と、居住の自由を達成するしかないでしょう。
賛成です。

どうも、移民問題になると、とたんに興奮される方が多いようですが
おもしろいですね。

日本国民が幸せならば、他の国の人はどうでも良い訳でしょうか。
あの、生活第一とか、人々のの生命を守れと声高に叫ぶ人にかぎって、国内重視の人が多いという
印象を持っていますね。 

ですから、移民の受け入れには教育が必要です。 
移民として入ってくる人の教育ではなくて、 受け入れる国内のがわの人々の教育です。(笑
お互いの多様性を認めて、それをどう活かしあっていくかという視点を持てるようになれば、
移民の流入は日本にとっておおきなプラスになるでしょう。

それができないと、お互いに交流がなく、それぞれの地域に閉じこもってしまい、 
大きな社会的な負担になるでしょうね。

“「移民は知識層に限る」が世界のコンセンサスでしょう。”

言葉尻を捉えるようで恐縮ですが、
移民の導入は労働力の確保である以前に、国民として受け入れることでありますから、「知識層に限る」ことはできないのではないかと思います。私は寧ろその方が批判を浴びると思うのですが。
因みに私は「移民を労働力か社会の最下層」などとは考えていません。もし導入されるとしたならば、さまざま層を受け入れなければならないと思いますし、その受け入れ側の体制とコンセンサスづくりが最も大変だろうと思ってもいます。

sumitakaさんへ

それはそうなんですが,実際のところ,なんでもかんでも受け入れる考え方はあまりにも理想論すぎたことが判明したため,今はほとんど禁忌じゃないでしょうか。そうでなければトルコもすんなりEUに加盟できたことでしょう。今は受け入れすぎた移民政策に対する見直しの時期に入っていることは間違いないでしょう。20年ぐらい前には違ったんでしょうけどね。

具体的に言えば,シンガポールが研究者を海外から呼びまくっている感じをイメージしてもらえばわかるのではないでしょうか。日本もここに来て,クラーク博士をまた連れてくるぐらいの気概が必要でしょう。そういう人達は金を払ってでも日本に来てもらわないといけないと思います。

日本は片親が外国人であっただけで,非常に住みにくくなる閉鎖的な国だと思います。しかし,世界の国々が民族自立のためにどれだけ血を流しているか,複雑な問題を抱えているかを日本人は忘れてはいけないと思います。また,確かに日本は閉鎖的ではありますが,まったく外国人を拒絶しているわけでもないと思います。僕のまわりもそうですが,いじめられて帰っていく外国人がいる一方,みんなから一目置かれ,認められ,長い間愛される外国人も少なくないとはずです。みなさんのまわりにもそういう人は必ずいるはずです。壁は高いが認められると受け入れる,それも移民受け入れの一つの立派な形であることを理解しておく必要があると思います。世界最高の形かもしれませんよ。

いずれ世界の人口は飽和します。僕自身は移民に頼らない国に向けて日本は変わっていかないといけないと思っています。

冥王星様

視野が広がりました。
が「移民に頼らない国」がなかなかイメージできないのが本音です。

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Profile

若林秀樹(わかばやし・ひでき)

-----<経歴>-----

1954年東京生れ。
1976年早稲田大学商学部卒業。
1979年ミシガン州立大学院農学部修士課程終了。
現在、08年3月からワシントンにある政策シンクタンク、CSIS(戦略国際問題研究所)の客員研究員。
80年からヤマハ(株)勤務、労組役員を経て93年からワシントンの日本大使館1等書記官として政府開発援助(ODA)と日米協力を担当し米国際開発庁(USAID)から表彰を受ける。帰国後は電機総研副所長を務め、01年に民主党比例区で参議院議員に初当選。在職中は「次の内閣」経済産業大臣・財務副大臣、国際局副局長を歴任。さらにイラク、シリア、イラン等を訪問し安全保障、復興支援、核問題等幅広く国際問題に取り組む。08年はCSIS(戦略国際問題研究所)客員研究員として活動し、09年1月より非常勤客員研究員。現在、(財)日本国際フォーラム常勤参与・主任研究員。

BookMarks

-----<著書>-----


『希望立国、ニッポン15の突破口』
2006年9月、日本評論社



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