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« 日米首脳会談「信頼基礎に新たな関係を」─ 戦後史に残る一歩
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普天間基地問題に決断を下すべき時が来た »

新たな吉田対鳩山の戦い

小泉政権後、鳩山由紀夫氏は、3年間で何と4人目の内閣総理大臣である。興味深いのは、この4人共に戦後外交の枠組みを作った吉田茂総理と争い、あるいは吉田氏の影響を受け総理になった祖父、又は父を持つ。そしてこの平成4人の宰相は、結果として数十年の歳月を経た後も、吉田路線との政治的な距離を測りながら自らの立ち位置を決め、その血のつながった先人の影響を強く受けた外交理念を国会の場で展開するのである。最初の3人は、総理として目に見えない吉田路線と格闘し、その重みに苦み、敗れ去ったとも言えるかもしれない。それだけ吉田路線は良くも悪くも、戦後外交を今もって支配し続けている外交の柱なのである。

吉田路線とは、わかりやすく言えば「日米関係重視、軽武装、経済優先」の戦略である。その路線を決定づけた背景として、象徴的には国際社会への復帰を目指すために、議論の過程では自衛のための防衛まで否定し、非軍事化を内外に約束した「憲法9条」を含む現行憲法を制定し、もう一方は冷戦下の産物として、一転して米国は日本の再軍備を求め、米軍の駐留を確定させた「日米安保条約」の締結という、この2つのねじれた現象があった。しかし吉田茂総理は、これらの矛盾を飲み込み、外交のリアリティと国益を考えた上で前述の路線を選択したのである。

その4人だが、まず吉田批判をして自由党を除名され、「自主外交」や「自主憲法制定」を標榜した岸信介首相の孫、安倍晋三氏は、吉田氏とアメリカの合作である「戦後レジーム」の脱却を訴えた。安倍氏は、米国から押し付けられた現行憲法の改正や、集団的自衛権の合憲化に精力的に取り組んだ。しかし国民が求めていたのは、小泉改革で痛んだ生活の安心、安定であり、政治課題の優先順位を間違え、1年で総理の座を辞した。これも立ちはだかる吉田路線の大きさと共に、祖父の思いに駆られた衝動を抑えることができなかった政治家としての未熟さを感じざるを得ない。

その後を継いだ福田康夫氏は、小泉外交で傷ついた中国や韓国との関係を修復してアジア重視の姿勢を示し、一方で対米協調により米国との関係維持を保とうとした。これも「全方位外交」や「福田ドクトリン」に見られるように、協調的な国際環境の形勢に努力した父の福田赳夫氏の外交理念に符号している。福田康夫氏は、安倍氏の路線を転換し、むしろ憲法改正論議等を封印し、「戦後レジーム」への回帰をもたらした。

そして当然のことながら、吉田路線に一番近かったのが孫の麻生総理であり、正当な路線の継承者として、日米同盟の強化を外交政策の中心に据えた。しかし戦後60年の時空を超え、世界情勢の変化を踏まえた日本外交の将来については、説得力をもって語ることはできなかった。吉田路線の枠から一歩も踏み出すことなく、皮肉にも戦後一貫してその路線強化の役割を演じた自民党政治に幕を下ろした。

そして最後に鳩山由紀夫氏だが、やはり吉田茂氏のライバルであった祖父、鳩山一郎氏の影響を強く受けている。由紀夫氏もまた、自主外交を標榜し、アジア重視の姿勢を強く見せる。いやが上にも、吉田氏や祖父を意識しながら、その路線変更に戦いを挑むことになろう。歴史を振り返れば、性急な自立外交志向であった祖父や岸信介氏は、節目としての偉業は達成したものの、政治家として志半ばで挫折したことを忘れてはならない。

日本は、安倍氏が言うように、吉田路線により主権国家として失ったものも大きかった。しかし今日の繁栄をもたらした吉田路線の政治的遺産を単純に否定し、その路線の脱却が目的化してはならない。憲法9条の改正や日米安保の廃棄によって、主権国家としての矛盾が解消してスッキリするかもしれないが、それで日本の国益を長期に亘って確保できるかは別問題である。むしろ当面の間は、この矛盾や自立性の制約をかかえながらも、国際主義の発想に立った新たな戦略の構築が必要ではなかろうか。吉田路線への挑戦の道は続く。

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この「新たな吉田対鳩山の戦い」とは、関係がないかも知れないが、国際的な指導者が今にしても出ないのを憂う。例えば、国連の事務総長とか、誰か日本人で選出されないか、な~。

何故か? 戦後、内向きのことに忙殺されて世界に馳せるようなものの考え方まで至らなかったのか。

世界第2位の経済大国と称されるようになってもなお、世界を見渡し世界をリードする人物が出ないのはなぜだろう。

今なお、吉田、鳩山と回顧しなければならない。その呪縛ともいえる現今に、なぜだろうと虫の音を聞きながら、ため息を吐きながら、いつまでもこの国は東洋の一島国なんだ、な~。

世界に雄飛する人物よ出よ。そのためには、教育かな。

企業に奉仕する人間の創出ばかりが強調されてきたのだろうか?

だが待てよ、鳩山政権は、温暖化ガスの排出量を25%削減と掲げて、世界から注目されている。鳩山さんも更にこの線で世界をリードしていけば、ノーベル平和賞かな。

こう書いているただ今、入ってきたニュースでは、オバマ大統領は、ノーベル平和賞を受賞とか。

<若林秀樹様>
お疲れ様です。現在の政治状況を過去の政治と結びつける記事は、他にもあるのですが、私は正直どうでもいい。
むしろやめて欲しい。爺ちゃんの名にかけてとか、父さんの遺志をついでとかやめて欲しいのです。
今を生きる政治家としてオリジナリティー溢れる理念を聞きたいのです。
鳩山さんは、大好きだし、友愛理念も悪くないのですが、お祖父様から受け継がれた理念でなければ、どんなに素晴らしいでしょう。
男の人にとっては、偉大な親父や爺さんを越える人物になりたい。だから、父や祖父が成し得なかった事を「よし!俺が実現してやる」と本能が働くのかもしれません。
しかし「戦後レジームからの脱却」とか潤んだ目で言われてもいい迷惑でした。
祖先の遺志を継ぐ事は「私事」です。国民を巻き込まないで欲しい。
その点、小沢さんは「普通の国」などオリジナリティーがあって政治家として立派だと思います。

em5467-2こと恵美 様に同感です。

若林様のこの論を読んでいると、吉田王朝・岸王朝・鳩山王朝と「王朝三代記」を思いました。

民主主義の世の中においても、未だ天皇制が存続するのですから、「王権の簒奪」により王朝が変わるのも致し方ないかなと思いますが・・・。
アメリカでも「ケネディ王朝」がエドワードが亡くなりついに終焉しましたが、「ブッシュ王朝」はまだアメリカの王権を簒奪しようと狙っています。
このように見ていくと、時にはなるほどと思いますが、それでも一握りのエスタブリッシュメントにより、政治が動かされているのかと、感嘆せざるを得ません。

それより、ダイナミックに我が国を変化させなければいけないときに、やはり「王朝」はないだろうと。

過去に田中首相が「今太閤」と言われましたが、一説によると日中国交回復でアメリカの逆鱗に触れ失脚し、その薫陶を得た小沢氏が今後どのような布石を打っていくのかの方が気になります。

鳩山首相を否定するわけではないですが、「血脈」で政治を行わないことを願います。

吉田茂の外交が 何であったのかを学問的にきちんを再評価したのが、高坂正堯という人ですが、
それ以来 われわれは 吉田茂外交にたいして肯定的な評価を与えることになっている。

高坂正堯さんは 「吉田茂」という本も書いていますが、そのほかに 入門書としての「国際政治」中公新書
も出しています。 この「国際政治」だけでも 読んでおくと、Journalへの投稿のレベルも一段階 上がるかも(笑)。 いま 鳩山さんがやっている 東アジア共同体構想について 高坂さんが生きておられれば、なんと言ったか聞いてみたかっですね。
鳩山さんが理想主義的な信念で外交をやっているのか。理想主義は リアリストによって活用されるのが当然で、そのことを踏まえて行動しなければならないわけですが、はたして本人はどうなのか。
リアリストの中国は 鳩山の東アジア共同体構想を 国益のためにどう活用できるのかを計算しているはずで、国際政治ではそれが当然の行き方。日米の関係に楔を打てるのならば、中国は そのように活用してくるでしょう。だから、東アジア共同体構想だめだというのではなく、そのことを計算に入れて 構想を進めるべきだということです。

高坂正堯の「国際政治」によれば、国際政治の場に理想主義の要素が入ってきたのは第一次世界大戦を契機にしてのことだそうだ。アメリカのウィルソン大統領が持ち込んだ。そのことによって 国際政治は複雑化し、単純な利害計算が出来にくくなった。少なくとも、当時の日本の政治家にとっては 読めない世界になった。

理想主義というのは、本人がそのつもりであっても、実際には そのようには行かない面があるということですね。

浅山 in 武蔵野の大地 さん

高坂正堯ですかw

55年体制対アメリカ追従ポチ外交の教授ですね。表面上の口や馬鹿マスコミが何を言っても最終的に親アメリカであることは確かで欧州特に北欧を馬鹿にした(結局みな外れてると思いますがね)発言をしていた馬鹿

門下生には
中西寛、坂元一哉、戸部良一、田所昌幸、佐古丞、岩間陽子、益田実、中西輝政がおり年少の門下生の新自由主義者の前原にがおり彼に言った言葉が”これといわれています。

高坂のゼミナリステンである。前原が高坂正堯ゼミ在籍時に、外交官になるか学者として大学に残ろうか迷っていた際、「外交官は京大出身では偉くなれないし、母子家庭なのでどうか」「学者は天才じゃないといかんが、それほど頭はよくない」「大学院に行くつもりで松下政経塾に行ってこい」とのアドバイスを行い、東京都議会議員であり、のちに日本新党へともに参画する松下政経塾生の山田宏(現在の杉並区長橋下や中田のお友達)を紹介して、政治家としての道を志すことを決意させた”とも言われている

猪口邦子なども親交があったと言われている

こんな教授が語ったことなんか気にも留めないし無視していますよ
あなたは年も行かれているようですが(私もですが)かなりの保守派の方と感じていますが?(今までのコメントも鑑みてですよ)

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Profile

若林秀樹(わかばやし・ひでき)

-----<経歴>-----

1954年東京生れ。
1976年早稲田大学商学部卒業。
1979年ミシガン州立大学院農学部修士課程終了。
現在、08年3月からワシントンにある政策シンクタンク、CSIS(戦略国際問題研究所)の客員研究員。
80年からヤマハ(株)勤務、労組役員を経て93年からワシントンの日本大使館1等書記官として政府開発援助(ODA)と日米協力を担当し米国際開発庁(USAID)から表彰を受ける。帰国後は電機総研副所長を務め、01年に民主党比例区で参議院議員に初当選。在職中は「次の内閣」経済産業大臣・財務副大臣、国際局副局長を歴任。さらにイラク、シリア、イラン等を訪問し安全保障、復興支援、核問題等幅広く国際問題に取り組む。08年はCSIS(戦略国際問題研究所)客員研究員として活動し、09年1月より非常勤客員研究員。現在、(財)日本国際フォーラム常勤参与・主任研究員。

BookMarks

-----<著書>-----


『希望立国、ニッポン15の突破口』
2006年9月、日本評論社



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