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2009年8月 5日

米国の不安は、民主党政権ではなく出口の見えない日本政治の漂流

 国民は、自民党に「不満」を持ち、民主党に「不安」を感じている。総選挙を間近に控え、民主党にとって政権交代のチャンスがあるとすれば、この「不安」を出来る限り除去するしかない。各党のマニフェストが出揃ったが、民主党への「不安」は、特に国際社会の主要国として、継続性が必要な外交・安全保障政策であり、なかんずく「日米関係」であろう。

 マニフェストを見る限り、自民党の外交・安全保障政策は、当然のことながら基本的にこれまでの政策の延長である。新たな点を敢えて挙げるとするならば、自衛隊の迅速な派遣を可能とする国際協力に関する一般法(国際協力基本法)の制定である。課題となっている集団的自衛権の解釈や、核持ち込みの密約があったとされる非核三原則等の問題については、全く踏み込んでいない。

 一方、民主党の政策の特徴としては、「自立した外交」であり、日米関係でいえば「緊密で対等な日米同盟関係をつくる」という新たな日米関係への挑戦である。日米地位協定の見直しや在日米軍のあり方に関しては、これまでの主張を和らげる表現に変更するなど、現実的な対応姿勢が見られるが、「対等な日米同盟」とは何を意味するのか、必ずしも明確ではない。まず民主党の考える日本の主体的な外交・安保ビジョンを明確にすることが先決であり、それが欠落する中で、「対等な日米同盟関係」が明確になるはずがない。またアジア外交を重視する姿勢を見せているが、中国、韓国等のアジア諸国はその姿勢を歓迎、期待するものの、やはりアジア重視が何を意味するのか必ずしも明確ではない。期待だけもたせて、本質的に変わらない言動がかつての自民党のように見え隠れすれば、むしろ落胆させた時の反動は大きいと覚悟すべきだ。

 民主党の考える「対等な日米関係」は、一見、最も重要な同盟国であるアメリカと距離を置くような印象があるが、全くそうではないし、そうであってはいけない。むしろ信頼関係に基づく密接な関係が必要である。また民主党の考え方は、変化する国際情勢の中で動き出したオバマ政権の外交の方向性にも合致し、またアメリカ自身もお互いに自立した新たな関係の構築を日本に求めているのである。

 かつての冷戦時代のように、米ソが対立する時代であれば、日本も対米依存型の外交で済んだ。しかし今は、グローバル化の進展、中国やインド等の新興国の台頭、テロ脅威の拡散など、世界は益々多極化し、脅威が複雑に拡散する時代に入った。先進各国は目標を共有化しつつも、日々の課題に対して、各国が独自に与えられた役割と責任を果たさなければならない。また米国にとって重要な国はもはや同盟国だけとは限らない。敵対関係にあった国にも時間を割いて対応しなくてはならない。その中で日本がこれまでのように主体性を持たず、過度な米国追従・依存政策を取れば、それは一転してアメリカの重荷になってくるのである。小泉政権時代のように、日本が隣国である中国や韓国との関係を悪化させたままで、様々な問題解決の拠り所を日米関係に求めてくれば、それは米国にとって望ましくないことは言うまでもない。民主党の「自立した外交」は、米国にとって日本が真の自立した同盟国として責任の果たせるパートナーになることを期待するものであり、「アジアを重視する政策」は、中国との関係を重要視するアメリカにとっても、日本がアメリカと距離を置かない限り悪くない話なのである。

 アメリカは、日本が民主党政権になっても、一時的な混乱は別として、そのこと自体が日米関係を長期的に悪化させるとは思っていない。衆議院で圧倒的な議席数を誇る自民党政権下でも、例えば「普天間基地移転問題」は一向に進展せず、何も決められず短期政権を繰り返す今の自民党には愛想を尽かし、限界も感じている。あえて自民党政権のいい点を上げるなら、アメリカに従順であり、その結果として「政策(日本の行動)がわかりやすい」だけである。

 しかしアメリカが一番心配するのは、民主党政権ではなく、次回総選挙で新たな政権が生れても、新政権が安定せず、出口の見えない政治の漂流状態が続くことである。その結果として、日米関係は安定せず、日米の間の協力がしばらく進まなくなるということである。気がつけば、日本は世界から置いてきぼりにされ、米国と中国との関係は一層進展し、米中のみならず、世界から益々相手にされなくなることである。これは日本にとって由々しき問題である。

 しかし政権は、定期的に代わることが前提であり、それが今の政治システムに組み込まれた要素なのである。一時的な混乱、政治の漂流は、産みの苦しみであり、通過しなくてはならないステップである。今のままの政治体制が継続したとしても、それは問題の先送りにすぎない。政権交代によって、例えば日米関係が一時的に混乱しても、それによって戦後外交の課題が浮き彫りになり、国民は痛みを持って問題の本質を感じられるようになるのである。今のまま手術をせず、数年後に病状が急速に悪化して突然死を起こすのがいいのか、それより、治癒に望みをかけて、逸早く手術をするのがいいのか、国民の選択である。手術で失血死するまでのような民主党に対する不安感はすでに除去されている。日本に残された時間はあまりない。日本の未来がかかった判断の夏である。

Profile

若林秀樹(わかばやし・ひでき)

-----<経歴>-----

1954年東京生れ。
1976年早稲田大学商学部卒業。
1979年ミシガン州立大学院農学部修士課程終了。
現在、08年3月からワシントンにある政策シンクタンク、CSIS(戦略国際問題研究所)の客員研究員。
80年からヤマハ(株)勤務、労組役員を経て93年からワシントンの日本大使館1等書記官として政府開発援助(ODA)と日米協力を担当し米国際開発庁(USAID)から表彰を受ける。帰国後は電機総研副所長を務め、01年に民主党比例区で参議院議員に初当選。在職中は「次の内閣」経済産業大臣・財務副大臣、国際局副局長を歴任。さらにイラク、シリア、イラン等を訪問し安全保障、復興支援、核問題等幅広く国際問題に取り組む。08年はCSIS(戦略国際問題研究所)客員研究員として活動し、09年1月より非常勤客員研究員。現在、(財)日本国際フォーラム常勤参与・主任研究員。

BookMarks

-----<著書>-----


『希望立国、ニッポン15の突破口』
2006年9月、日本評論社



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