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2009年4月16日

アフガン支援で試される新しい日米関係

 3月27日、オバマ大統領は、アフガニスタン・パキスタン包括戦略を発表し、大統領選挙時の最優先公約であったアフガン政策の実行段階に入った。イラクに続いてアフガンで失敗すれば、アメリカ外交の威信は完全に失墜し、オバマの支持基盤が大きく揺らぎかねないばかりか、今後の米国の外交戦略と国際社会の安定に大きな影響を与えることになる。その意味において、アフガニスタンの安定は、米国のみならず、日本を含む国際社会のテロ対策の試金石と言っても過言ではないし、中国やロシアも傍観者では済まされない。

>>続きは「THE JOURNAL×Infoseek」で

2009年4月10日

シンク・タンクが日本を救う

■日本再生のために「政治と政策」両面での改革が必要
 
 国家戦略と必要な具体策を持たず、進むべき方向性すら決められない日本は、羅針盤なき船のように、長い間、暗闇の海を漂流している。辿りつく先は幸運にも夢の楽園であればいいが、食料も水も無い無人島に着く可能性は高く、こういう瞬間にも、生存している日本人はやせ細り、その数はどんどん少なくなっているのである。日本再生に残された時間はあまりない。

 日本が再び蘇るには、ガバナンス(統治)の力を高めることが一番であり、そのためには何といっても「政治」と「政策」の両面での改革が重要だ。まず「政治」は、再三の失態で身動きが取れず、何も決められない状況が2年以上も続いている。国会議員の多くが2世、3世であり、小泉総理から数えて今の首相は連続4人目の世襲議員である。日本を変えたいと思っている志の高い若者が政治家になろうとも、事実上その道が閉ざされているのは北朝鮮と同じ独裁国家の構造に近い。小泉元総理は引退会見で、自分の息子を後継に指名したが、それは金正日総書記が息子を後継者に指名することに等しく、民主主義の否定そのものである。何故なら民主国家とは、国民の代表を選ぶ権利と共に、国民の代表となれる道が開かれている必要があるからである。小泉氏が再三にわたって批判した対象は、政治によって守られてきた「既得権益」ではなかったか。その温床は、業界等に対する恣意的な既得権益の保護と同時に、その業界等の集まりである後援会の支援により当選する議員の世襲制であったはずだ。まずは政権交代により、その既得権益をぶち壊し、民意に支えられ、物事が決められる政権を作りなおすことが必要だ。

 そして、「政策」については、完全にバキューム(真空)状態にある。つまり、戦後の政策面を支えてきた官僚が官僚バッシング等でやる気を無くし、また日本が世界経済のトップレベルとなり、モデルなき時代に入ってセミプロの集まりである官僚機構では、今の複雑な状況に政策面で対応することは構造的に不可能になっている。では政治家が主導して政策をリードできるのかと言えば、立法府や政党で独自に政策作りを支える体制は極めて脆弱である。また大学もどちらかと言えば学術研究に特化し、日々動いている情勢に対応できるような政策提言の力は弱い。

■「民主主義と政策はタダではない」
 
 では、どこがその役割を担うべきか。それはやはり「シンク・タンク」であろう。成熟した民主社会において、政府や既得権益の集団に影響されず、民間の立場で、日々動く社会に対応した情報発信や政策提言を行い、政府や立法府に対して専門的見地から政策面でサポートするのがシンク・タンクだ。日本のシンク・タンクの問題点を一言でいえば、「資金難」と「人材難」であり、両者は相互に関係している。まず「資金難」であるが、日米の比較でいえば、アメリカでは寄付文化が根付いており、個人や、多くの助成団体・企業から多額の寄付がある。データによれば、個人による寄付は、アメリカの約23兆円に対して日本は約2200億円で、100倍以上の開きがある(02年内閣府)。また助成団体にいたっては、トップのゲイツ財団の資産が3兆3千億円(1ドル100円で計算)、上位20の資産合計額が約14兆円、日本はトップの武田科学振興財団が1463億円、上位20の合計が1兆291億円で約14倍の開きがあり、年間助成額では30倍の開きになる(07年助成団体センター)。この彼我の差は如何ともしがたい。日本でも公益法人改革等で、企業の寄付も損益参入(個人は所得控除)ができる特定公益増進法人等が増加傾向にあるが、短期的には大幅な増加は期待できない。当面はヨーロッパのように、税金でシンク・タンクを支える仕組みがあってもよい。
 
 もう一つは「人材難」である。「資金難」のシンク・タンクでは、優秀な人材を集め、質・量共に充実した研究、政策提言を行えるような環境はできにくい。また日本では、雇用の流動性が低く、政策提言を行った研究者が、例えばシンク・タンクから政府、政権に入り、その政策を実践する機会を得ることは極めて限られている。もっとシンク・タンク、政府、大学、民間企業等の間を行き来できるような仕組み、雇用慣行を作る必要がある。政策は人に付いていくのであり、実践と研究を繰り返すことで、専門性が磨かれ、現実に即した深みのある政策が生まれてくる。例えば私の上司であった著名な戦略国際問題研究所(CSIS)のマイケル・グリーン氏は、外交問題評議会(CFR)上席研究員→ホワイトハウス国家安全保障会議上級アジア部長→CSIS日本部長、ジョージタウン大学洵教授と、シンク・タンク、政権、大学の間を行き来している。

 「政治」と「政策」をはじめ、日本は昔から目に見えにくいモノにはお金を出さない風潮があったが、それで国家滅亡にいたっては笑い話ではすまされない。民主主義も政策作りも大変なエネルギーとコストがかかるのであり、国民もその一部を負担する覚悟が必要だ。特にシンク・タンクの育成は、即効性は低いが、日本の長期的発展には絶対に不可欠な要素である。

Profile

若林秀樹(わかばやし・ひでき)

-----<経歴>-----

1954年東京生れ。
1976年早稲田大学商学部卒業。
1979年ミシガン州立大学院農学部修士課程終了。
現在、08年3月からワシントンにある政策シンクタンク、CSIS(戦略国際問題研究所)の客員研究員。
80年からヤマハ(株)勤務、労組役員を経て93年からワシントンの日本大使館1等書記官として政府開発援助(ODA)と日米協力を担当し米国際開発庁(USAID)から表彰を受ける。帰国後は電機総研副所長を務め、01年に民主党比例区で参議院議員に初当選。在職中は「次の内閣」経済産業大臣・財務副大臣、国際局副局長を歴任。さらにイラク、シリア、イラン等を訪問し安全保障、復興支援、核問題等幅広く国際問題に取り組む。08年はCSIS(戦略国際問題研究所)客員研究員として活動し、09年1月より非常勤客員研究員。現在、(財)日本国際フォーラム常勤参与・主任研究員。

BookMarks

-----<著書>-----


『希望立国、ニッポン15の突破口』
2006年9月、日本評論社



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