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2008年11月23日

社用ジェット機で倒産の危機に

 アメリカにとっての自動車は、国民の精神的なシンボルである。まさに米国産業の歴史であり、アメリカン・ライフの象徴である。その米国の自動車産業、取り分けGMが存亡の危機に立たされている。場合によっては最悪の可能性も現実味をおびてきた。
 
 この数年というより、日米の自動車摩擦が激しかった1980年代後半頃から、ビッグ3の衰退は始っていた。今でも鮮烈の思い出すのは、1973年7月、フォードの本社があるミシガン州ディアボーンの工場見学に行った時のことだった。まず見せられたのは、鉄鉱石が積まれた船であり、製鉄部門から最終的に車が完成するまでの一貫製造体制だった。「どうだ、これがアメリカの車の作り方だ!」と誇らしげに語ったアメリカン人の顔が忘れられない。一緒にいた新日鉄の人が、「これは駄目だ!」と言ったのが今でも耳に残っている。まだ19歳の私には、すぐにその意味がわからなかった。少し後になって「こんな小規模な施設で製鉄をしていたら、経済的な効率は悪く、競争力は弱くなる」ということではなかったかと理解している。あれから35年、今でもビッグ3の経営の考え方は、基本的に変わっていないのかもしれない。つまり「我々は世界一の車を作っているのだから、売れて当然だ!」だと。
 
 11月20日、ビッグ3首脳は、既に決まっている250億ドルの融資に加え、更に250億ドルの支援を求めるために、ワシントンで開かれた公聴会に出席した。しかしその交通手段が3人とも高価な社用ジェット機だったのである。これが全米中のテレビに流されて大ひんしゅくを買った。当然、税金による支援を求める経営者の姿勢として、まずジェット機を手放なすなど、経費の圧縮に努めるべきとの批判の声等を背景に、法案の採決さえ見送られた。次の段階はビッグ3が12月2日までに事業計画書を再度提出すれば、その内容如何で12月8日の週以降に審議することになった。

 ビッグ3とも12月2日までに計画書を再度提出することになったが、こういう騒動の中では車の売れ行きはさらに落ち、さらに資金繰りが悪化する悪循環になってきた。まさに時間との勝負である。アメリカの中でも意見は分かれているが、「破産法制チャプター11の下で、経営陣を入れ替え、抜本的なリストラをして、将来に向けた経営再建を行うべきだ」というロムニー元マサチュッセッツ州知事をはじめとする意見に私は説得力があると感じる。

Profile

若林秀樹(わかばやし・ひでき)

-----<経歴>-----

1954年東京生れ。
1976年早稲田大学商学部卒業。
1979年ミシガン州立大学院農学部修士課程終了。
現在、08年3月からワシントンにある政策シンクタンク、CSIS(戦略国際問題研究所)の客員研究員。
80年からヤマハ(株)勤務、労組役員を経て93年からワシントンの日本大使館1等書記官として政府開発援助(ODA)と日米協力を担当し米国際開発庁(USAID)から表彰を受ける。帰国後は電機総研副所長を務め、01年に民主党比例区で参議院議員に初当選。在職中は「次の内閣」経済産業大臣・財務副大臣、国際局副局長を歴任。さらにイラク、シリア、イラン等を訪問し安全保障、復興支援、核問題等幅広く国際問題に取り組む。08年はCSIS(戦略国際問題研究所)客員研究員として活動し、09年1月より非常勤客員研究員。現在、(財)日本国際フォーラム常勤参与・主任研究員。

BookMarks

-----<著書>-----


『希望立国、ニッポン15の突破口』
2006年9月、日本評論社



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