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« 不毛な財源論より脱官僚こそが争点だ
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『魔女狩り』で『格差』は解消できない »

霞が関解体なしに道州制なし

 大阪の橋下徹府知事、横浜の中田宏市長、名古屋の河村たかし市長そして東京都の猪瀬直樹副知事の四人による地方分権の論議はかんかんがくがくの議論へと発展したものの、残念ながら議論はかみ合わぬまま、大混乱のなかで番組は終了した。

 8月2日の『サンデープロジェクト』では地方分権が議論の大きなテーマになった。

■かみ合わない議論で番組が大混乱

 なぜ議論がかみあわなかったのか。

 理由はいろいろあるだろうが、一番は「地方分権」あるいは「道州制」という言葉の定義が曖昧なことだ。同じ議論のテーブルについている者どうしでも、それらの言葉の意味、定義が明らかに違っている。

 たとえば道州制の一言によって頭に描き出される姿も、じつは十人十色だ。

 都道府県は国の縛りでまったく自主経営ができない。しかも近隣他府県との縦割り行政の弊害も問題だ。そこで大阪の橋下府知事などは大阪府を発展的に解消して、近隣他府県と“関西州”を作り、効率の良い広域行政を実現したいとしている。それはそれでひとつの見識であろう。

 だが器を作れば地方分権が実現するほど霞が関は甘くない。

 過去30年以上の行政改革の歴史がそれを立証している。器の議論は常にループホール(法や制度の抜け穴)を作られて、骨抜きにされる。道州制という形だけを実現しても課税自主権など、国からの権限委譲が不十分なら、道州制などやらない方がいい。手間、暇、コストをかけて地方自治を複雑にするだけだ。

 重要なことは器の議論ではなく、本当の地方分権を実現することである。


>>続きは日経BPnetで
http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20090803/171937/?P=2

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» 自公で過半数?その目標、ちょいと少ねぇんじゃね〜か 阿呆タロー 送信元 ラ・ターシュに魅せられて
人間 「勘違い」 ほど恥ずかしいものはありません。 「気弱な地上げ屋」 の友人には、子供が入学する 「小学校」 を間違えて 「入学式」 に臨ん... [詳しくはこちら]

» 続・都道府県の実態 送信元 地方分権で日本は植民地化する
財部ジャーナル・霞が関解体なしに道州制なし の 漠郎こと伊藤兼吾コメントから引用させていただきます。 漠郎から地方公務員トンデモ話の続きです。 昨夜「... [詳しくはこちら]

コメント (43)

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「かんかんがくがくの議論」

「議論がかみあわなかった」


当然です。猪瀬直樹氏が入れば、自分勝手で、これからの時代の人間ではないからです。小泉・竹中と共に一線から退いた方がこれからの日本にとってよろしいかと思います。

間違っても、国主導で道州制が論議されてはならないと思っています。

財部さんが述べられているように、まず、基礎自治体に主権を移すことが先です。

その上で、基礎自治体では手に余る行政については、近隣の基礎自治体同士で検討することになります。
広域行政組合を設置すれば事足りる内容の行政であれば、行政の内容によって、地理的な形は有機的に変化することが可能です。

統一した立法や税制まで考える必要のある行政内容であれば、道州を検討することになります。
道州ができた段階で、道州が広域行政組合が行ってきた行政を吸収することはあるでしょうが、あくまでも主権は基礎自治体にあるという基本は維持されるべきです。

こういった流れで、道州制は議論されていくべきであると考えます。

地方主権が実現されておらず、財源・権限が移譲された基礎自治体の行政が実際に行政を執行した上で、広域行政による執行が必要な課題を蓄積できていない現状で、道州制導入の年限までマニフェストで言及してしまうのは、国が地方に首を突っ込み過ぎな感じがします。

分権に関して、高野論説が、わかりやすく、頷ける内容だと思うが、結果論の道州制から事を進めると、霞ヶ関の解体どころか、温存 肥大化につながる事を、民主党はうまく説明し、つまりのところ、橋下や中田を否定すべきであった。 それを擦り寄るかのような態度を見せるから、メディアが更に取り上げ、総選挙の論点のようになって行くから情けないとしか、いいようが無い。


まっとうな考えを持っていれば、霞ヶ関と表裏一体の自民党に地方分権など出来ないと考えるのが普通であるから、民主党は毅然としているだけで、騒ぐ橋下たちの矛盾や、いかがわしさが、露呈されただろうに。


今からでも遅くない 民主党はしっかりメディア戦略を練り、パフォーマンス知事なんどに翻弄されないようにしなくてはいけない。


小沢氏は、軽さにかけては天下一品の原口などは、相手にしないように。 今に始まった事ではないが、この者の軽はずみな言動は、民主党の票を相当減らしている。

 財部さまの言っておられること急所を突いている思われます。「道州制」と云っても その含意 言う人によつて大きく異なると思われるからです。
 基礎的自治体が どうしても 担いえないものだけ「道州」が担当するということ 実は 橋下、中田、河村、猪瀬の各氏 意見一致していたのか疑問であるからです。高野 孟さんは、「地域主権型道州制」(PHP新書)を手にかかげ
何か発言しようとされていましたが、「地域主権」というのは基礎的自治体にこそ当てはめるべきことであるのに、著者は「地域主権」とは真っ向から対立すること書いています。
 186ページで「現在100万人以上の人口を持つ政令指定都市などについては、分割することも考える必要がある」としています。
 いったい 江口氏は大都市部における「地域主権」を何と考えているのか 驚きました。まさに こんなこと 横浜市民、名古屋市民。大阪市民が考えればよいことです。
 橋下氏の イカサマ性
 もし本当に基礎的自治体の「地域主権」求めるのなら 大阪府の事務事業 政令指定市、中核市に移管することから始めればよいのに、口を噤んでおり 「直轄事業負担金」のことだけ言っています。これは 既に 政令指定市である広島市の秋葉市長が 国土交通省と交渉し やっていたことです。
 とにかく 「地方分権。道州制」は市区町村に影響与えることで サンデープロジェクトなど 政令指定市長や過疎地域町村長の意見も聞くべきと思います。
 出演者が大都市圏首長だけでは ダメと思います。

財部さんも出演されていた今は無き関西のローカル番組で、「ムーブ」というのがありました。
一般市民からの通報等を元に、市バスのいかがわしいところや、役所が見てみぬ振りをしている談合や、市職員の勤務時間中のパチンコや、年金の不正、整骨院の保険適用が適正か等といった問題に突っ込んで、権力側にとってはさぞかしうっとおしかっただろうなといった番組でした。コメンテーターとして出演していた府知事の力の甲斐も無く??今春突然の打ち切りとなりましたが。
いつも録画して見ていた私は、漠然とながら不安に思うのです。ひも付きが無くなり、権限も移譲されて、地方で自由に金が使える。今のような地方の形態でそんなことをしても、本当に良くなるのかと。何かどす黒いものがあちこちで蠢き始めるのではないかと。

地方分権を行うためには、首長だけでなく、県議や市議にも大きな関心を寄せて投票しなければいけないのだと、最近感じるようになりました。今まで無関心だったので。府知事の功かな

地方分権というキーワード

地方分権問題については「中央主導」は悪であり「地方分権」が正義で
あるような流れがいつのまにか出来上がっているように感じます。
このことは先の郵政民営化問題を彷彿とさせ一抹の不安を感じます。

郵政に関しては「国営」は悪であり「民営」が正義であるとの
2極のみに色分けされて議論されたのは非常に不幸な話だったと思います。
本当に大切なのは郵政が「適切に運営」されるためにどうするかであって
そのためにどのような形が理想的かを議論すべきだったと思います。

話が戻りますが地方分権問題についても
「地方分権」であれば何でも正しく「中央主導」すべて悪なのではなくて
地方に「適切な形で分権」されることが重要であると考えます。
現在の体制が既に破綻し、形を変える必要があることは間違いありませんが
やり方を間違えれば地域格差はむしろ拡大する可能性があることも忘れてはならず
郵政の二の舞を踏むことないよう国民も冷静にならなければいけないと感じます。

「地方分権」のワンフレーズは「郵政民営化」と同じ危険を秘めています。
必ずや国民生活を豊かにする形で分権されなければならず
名前だけの分権であってはならないと思います。

<揺光(M.Yanagida)様>
おっしゃる通りです。なぜ、いま急に地方分権にスポットが当ったのか?
いうまでもなく、総選挙での争点隠しです。
私の推測で恐縮ですが、東国原知事の擁立、橋下知事の煽りもすべては自民党の意向を受けた行動だと見れば、合点がいきます。ただ、東国原氏の演技があまりにミエミエで、企みが成就しないと見るや、地方分権(民主党は地域主権)の本丸は道州制だと話のすり替えが行われました。
本来、民主党の地域主権は、霞ヶ関解体が終了した後に、道や州や県が間に入る事なく、基礎自治体に権限を移行して、地域住民が主体的に行政に係わる事によって実現します。当然、今のように土建屋さん中心の議員構成では、建物あって命なし、になりかねませんから、住民の民度が問われる事になります。今日、明日ではなく、実現までは長く困難な道のりがあると私は解釈しています。
上記を鑑みるとなぜ、いま地域分権なのか?まずは、政権交代・霞ヶ関改革が先のテーマであるべきです。
マスコミの煽りにのることはありません。

ズバリ言って、このままでは今の国と地方の関係が、そのまま道州と基礎的自治体の関係になってしまうのではと思います。
都道府県が市町村に課している直轄負担金みたいな制度には全然言及していない知事会。
彼らは本当に国の、地方のことを考えているのは甚だ疑問なんです。
大阪知事も道州制ばかり口走ってて、そうなれば何が変わるのかが伝わってこない。
地方公務員が官僚化して結局は何も変わらないような気がします。

 地方分権ではなく、”住民主権”で、発想しないと混乱する。

 権力の単位が、国家であろうと地方(県や市町村)であろうと、官僚や政治家や一部の利権集団であれば、何の意味もない。
 どこが権限を持つかよりも、何に使われるかが問題。今、盛んに論議されている”地方分権”は、所詮、国から俺(橋下府知事などの首長)に寄こせ、住民のためと言いながら好きに使いたい、と言う声にしか聞こえません。問題は、地方に分権してないことではなく、住民に向いてない、住民主権(住民が払ったものは住民が決めて、住民のために使う)がグラついているから、道州制や基礎自治体や(今、それを論じる時期ではない)と無駄な論議になってしまっている。住民に尽くす、国民生活に尽くす観点で、元から整理し直すべきと思う。

道州制の議論は、しょせん区割りの話しだから地方分権の核心部分じゃないんじゃないかな。清掃工場をどこに建てて、どの地域のゴミを集めるか、みたいな話しに過ぎない。地方分権というのは、いつのまにか茶畑潰して意味のない空港作って余計な金がかかるみたいなことがないということ。それに較べると、新幹線だって、駅だって、原発だって、きちんと相手があって負担と利便を話し合って、最後は議会なり住民投票で決めている。ああいうのを分権とか自治というんじゃないかな。

 “中央集権”から“地方主権”へ、が地方分権の本質とのお話は、その通りだと思います。確かに財部さんのおっしゃる通り、霞ヶ関で全てを仕切る時代でもなければ、その仕組みも市民感覚もなくなってしまっていることでしょう。
 しかし、だからと言って、莫大な借金と仕組みの崩壊をもたらしてきた責任を逃れ続けてきた政権から、ともかく国民の意思によって政権を転換できるかどうかというこの時、「道州制」「地方分権」「地域分権」など言葉の定義すら共有できないテーマを、今次総選挙の争点とすることは、かの“民営化、賛成か反対か”版になりかねず、一抹以上の不安を覚えます。
 どなたかのお説通り、現政権の構造下で論じられること、また一部大都市首長やマスコミ受けする関係者たちに振り回されること無く、まずは確実に民主党を中心とした政権を確立した後、霞ヶ関の実態を、迅速に正確に把握し国民に明らかにした上で、公平な“第三者”で、今後の国のあり方を検討し、タイムスケジュールとともに国民に提示しつつ、段階的に実行していくことこそが肝要なのではないでしょうか。
 今論議することが、無駄とか間違いだとか言うつもりは決してありませんし、的確に指摘される数々の論点は、大変勉強になっていることは言うまでもありません、念のため申し添えます。

この前のテレビ討論で、もう一つ大きな話題になっていたのが
地方分権した場合の格差問題ですね。 司会の田原氏が この問題に拘っていた。
それて、この前 知事の一部が 格差を理由にして 地方分権に慎重である旨の声明を出した。
また、江川昭子さんなどのコメンテータが 地方分権した場合の格差問題を取り上げつつある。

このことからすると、 おそらく 地方分権問題がさらに議論されるようになると、格差のことが
より取り上げられるようになる予兆があります。
また、地方分権に反対するものは、まず地域間格差を持ち出す、こういう図式になるのではないか。

まあ、私からすると、 格差を否定する 地方分権にどれほどの意味があるのかと思ってしまいますけどね。
なぜ そう格差が付くのを忌み嫌うのか、きわめて日本的な情緒がそこに介在しているように思える。
地方分権すれば、 そこに少なからず 地域間競争の要素が入ってくるので、 競争があれば 格差が
出来るのは当たり前。 地域間に差が付いて何が悪いのか。

差が付くから、地域ごとに どういうやり方がよくて、どういうやり方が悪いのか、がはっきりする。だからこそ、お互いにいいところを取り入れようということになるわけで、そのことによって全体がより発展していくということがあるわけだ。うまくいっているところは、 うまくいっていないところにいろいろと教えればいい、あるいは支援すればいい。


これこそ 競争 → 格差 の利点。このことを否定してしまったら、そもその地方分権をやる価値は半減するでしょう。経済格差は、テレビに出ていた中田さんや猪瀬さななど言われていたように、上部機関を作って、そこで税収のやりとりの調整をすればいい。

小泉構造改革による規制緩和→競争促進での 反省点は セイフティネットが十分に貼られなかったことですね。
こういう 競争→格差 が伴うような改革は セイフティネットを貼っておかないと、日本では 後々
大きな反発を招いて、改革そのものが頓挫することが示された。 

このことから学んで、地方分権の改革でも、セイフティネットを充分に考慮しておかないと、色々なところから反発が出て、
改革がうまくいかなくなることも考えておくべきでしょうね。

 中央の持っている権限で地方に移せるものは地方に、制度改革の一歩として国の出先機関を地方に移管。財源はどこまで
 口で言うほど分権は簡単ではありません。法律ができれば簡単に実施できるわけではなく周到な準備が必要です。
 今の知事会等の言い分を聞いていると「良いとこ取り」に終始し、真の覚悟があるのかどうか読み取れません。
 分権を行う際は、特に受け皿になる地方の体制(態勢)整備がと言うわけですが、
 道州制で国の権限を道、州庁に移せば今の国と地方の関係が道州と基礎自治体との間で起こります。単に権限が国から道州庁に変わったのであれば意味がありません。
 分権の第一歩は基礎自治体の行政能力の向上がまず求められます。
 また土建屋と労組上がり及び宗教関係者で占められるオール与党体制の地方議会は定員を削減し刷新されるべきでしょう。
 国、都道府県の持っている権限を全て精査し基礎自治体に移せられるものの選別、合わせて国、都道府県からの人員財源の移管。
 基礎自治体で単独でできないものについては事業ごとに広域連合で管理組合等を作り効率的な実施を目標に。そして情報公開の徹底。果たして関西州とか東北州とか大規模な広域自治体が必要なのか考えさせられます。
 個人的には生活圏で考えれば通勤で1から2時間程度の範囲が基礎自治体として妥当ではないか。
 また、財政基盤の格差是正配分機能としては道州よりも国のほうが公平だと思う。
 現分権を叫ぶ首長さんから地方公務員の給与が国家公務員に準じていることに対する意見など聞いたことがありません。当然地域地域の勤労者の平均給与等に応じたもに変更すべきです。
 分権も郵政民営化と同様バラ色ではありません。
 創意工夫を怠り地域活性化に失敗すれば第2第3の夕張が待っています。その際は国に援助を求めることはできません。地域住民の地方自治、住民主体の生活の確立と言う強い意志と忍耐力が必要であることを心すべきです。
 他人のせいにはできなくなります。真の「自己責任」です。
 真の分権に移行できれば当然国と地方の形は今と全く変わったものになります。
 議員も役人も国家として目指す形や国でしかできない外交安全保等を担いたい者、地方に根ざし住民の生活環境等の向上に寄与したい者に大きく二分されるでしょう。

財部様へお願い

6月末か7月初めごろ、サンプロで、田原氏が来週「カンポの宿」を徹底的にやると、言っておりました。
しかし、その後この件はどこかへ行ってしまい、マニフェストばかりになってしまっております。

今回の選挙についても、この簡保の問題は重要な政権選択の判断材料となるはずです。

私共が投書などしてもほとんど効果はありませんが、田原氏ともよくお会いになる財部様からのお話なら、かの人も「やってみよう」と言ってくれるかもしれません。
ぜひこの問題についての討論をおすすめいただきたくお願いいたします。

財部さんもおっしゃる、官僚統治の問題点にも深く踏み込めるテーマかと思います。

「かんぽの宿」問題、竹中氏も入れて是非総選挙までにやってほしいですね。

[柳 文衛門]様( 2009年08月06日 11:28)の発言どおり,「霞が関解体なしに,地方主権も,道州制もない」 これが最終結論です。この議論は終わりました。もうやめましょう。

「郵政民営化に賛成か 反対か」・・・・・に民主党は泣きました。

「地方分権に賛成か 反対か」・・・・・・・惑わされ、困った事にならなければ良いが、、。


「政権交代に賛成か 反対か」・・・・・・これだけで良いんです。

財部様

元株やさんがおっしゃるように、サンデープロジェクトで「カンポの宿」問題を討論してください。田原さんが「来週はカンポの宿」をやると大声を張り上げていたのに、中止した理由はなぜでしょう。サンデープロジェクトとしては取り上げてはいけない事由が発生したのか、お調べいただき、このジャーナルで論評をお願いいたします。

田原さんの件でもう一言、言わせてください。
田原さんはサンデープロジェクトをお辞めになったほうがよろしいのではないでしょうか。民主党たたきの言葉が汚なすぎます。番組はは田原さんの意向ですべて決まるのでしょうか。

週刊朝日8月14日号41ページの「田原総一郎のギロン堂」に「鳩山由紀夫代表が発表した民主党のマニフェストであるが、私は国民のおおくの民主党への期待とは大きくズレていると思わざるを得ず、期待はずれであった。」と書いている。
民主党のマニフェストには、この国の形を100年つづいた官僚主導国家から、本来の国民主権に変えようとする思想が流れていると私は思うのですが、財部さんはいかがお考えでしょうか。

妹尾さんの投稿に賛成です。地方をよく見ておられる方でしょうか。私からは自治行政に携わった者として一言。

地方自治で一番問題なのは職員の体質だと思います。住民の目線に立って仕事をしている職員が市町村、都道府県にどれぐらいいるでしょうか。都道府県職員の場合、住民と接する機会が市町村職員と比べて圧倒的に少なく、仮に住民と接する場合でも職務内容が県立高校の授業料の収納、県税等の徴収、旅券発行、地方振興局の窓口業務、美理容師・看護師試験などのルーチンワークにほぼ限られるため、職員は普通右のものを左に動かすだけの事務処理をしていれば給料がもらえます。保健所、図書館、資料館等にも住民が来庁しますが、対応するのは専門職が中心で事務屋が住民と接触することは稀です。訴訟を抱えたり、公務災害の認定に携わったり、精神疾患のある方の対応などをする特殊な場合を除くと、都道府県職員が住民対応で苦労することはあまりありません。税務等では住民からの審査請求・異議申し立て制度もありますが、審査会は事務局のシナリオどおり進められ、100%機械的に却下して済ませるのが普通です。

特に出先機関ではサービス精神希薄な「悩みのない職場」を満喫して、住民の苦労や憤りを知ることなく生涯を送る人間も珍しくありません。本庁・出先ともに苦情の電話もかかってきますが、市町村の事務に関するものが大半ですから、しばらく相手の言い分を聞いて共感の態度を示せば通常話は治まります。窓口業務ですら住民目線で仕事をする者は10人にひとりいればいい方です。都道府県職員を悩ますのは、もっぱら決裁を渋る上級ラインの職員にお百度を踏んで拝み倒したり、国や県内部の上級庁の過酷な指示に仕事を間に合わせるために休日出勤や徹夜をしたり、多数の幹部職員・外部委員が出席する会合の日程調整をすることなどです。

都道府県に採用されると、住民の生活や利害に関わることが少ないだけでなく、市町村職員に接する部署もあまりありません。市町村長の顔を知る者も少なく、首長が要望を持って来庁しても職員は普通誰なのか気付きませんから、ドア近くの職員が課長席まで案内することもないのが実情です。課長ですら誰が来たのかわからず、起立もせずに「どなたです?お名前をおっしゃって下さらないと」とやってしまう馬鹿がいるのです。制度上本来、都道府県は市町村への助言、専門知識の伝授、財政援助等を行うための団体ですが、職員の多くは市町村に出向くことなく、電話をすることもなく県内部の仕事をして、昇給して年をとっていきます。都道府県職員にとって都道府県は都道府県のためにあるようなものです。

市町村からすれば都道府県は基礎自治体のために汗をかいてくれないという思いを持って当然です。県は汗をかくどころか高圧的な態度をとる馬鹿者の集団と映るケースが多いでしょう。で、馬鹿をあしらうために、面従腹背ということにもなります。補助金をもらう方の市町村担当者が県の担当者の前では低姿勢なのに裏に回ると呼び捨てにした上、口汚くののしっているのを何度聞いてしまったことか。私はまじめに仕事していましたから人から恨まれることはなかったと思いますが…

何を言いたいのかですが、、地方公務員の官僚体質には深刻なものがあり、地方分権の改革は容易ではないということです。道州制など何を寝言を言っているのかということです。私の仕事の都合上今日はここで中断して、この続きは明日ということにさせていただきます。

次回予告
職員採用・昇任が間違っている
夕張の破たんは北海道だから
政令市は悪代官
知事・政令市長に地方を語る資格なし
地方は議会もだめ
住民のための自治を目指せ

「道州制」で次期政権への評価を試み論争に持ってきているが、そこから抽出される納税者に対する貢献は如何ばかりなのか。行政の都合ばかりで住民への環境整備や奉仕を忘れた現状には腹がたつ。バラエティー番組の延長線上に置き公衆の気持ちを引き付けているようなそぶりを見せ、あたかも自分たちが行政の核になると云う様な姿勢には大きな疑問を感じる。それを追っかけるメディアにも失望を感じる。

漠郎こと伊藤兼吾さま、同感です。
 
 地方分権とかカンバンだけが一人歩きしていて、論議されるべき焦点は、違うだろう、と思いますね。
 今、政権交代選挙の時期、しっかり論議されなければならないことは、年金、医療、福祉、教育、の国民生活に対する施策、また、それに対する公務員の姿勢、官僚体質の改革(霞ヶ関だけではない、地方官僚も含む話)である。現時点での”地方分権論議”は、焦点ぼかしの何ものでもない。ハデハデタレント知事(東国原氏がこけたので、橋下氏の露出が露骨)のまやかしに騙されないことが、一番大事です。
 地方公務員の現場の真実の続編、大いに期待します。
 

ゴンゲン様の意見に賛成です。
「住民主権」が最もしっくりきますね。

地域主権といっても、その範囲ははるか広いもので、なかなか主権者としての自覚が持てそうもありません。主権者にその自覚が無いと結局行政と住民の間に主従関係ができてしまいます。
地域という近い存在に支配されたら窮屈でたまったものではありません。
だからといってクレーマーの住民ばかりでも困ります。
ですから、住民の自立と共生を促す意味でも「住民主権」という発想が必要だと思います。

今のところ聞こえてくるのは、財政難の地方に自由な金をよこせという声で、知事さんの議論は住民不在になってしまっていると思う。地方分権や道州制を言う知事さん達の本当の目的は何なのかがまだ見えてこない。州知事になりたいとか、そんなことなら賛成はできないですね。
実際に「俺は九州をとるから、君は北海道を頼む・・」というような冗談のような会話がある知事と知人のあいだにあったようだ。

国と地域の違いを住民レベルで考えた時のイメージは、国はマクロ経済に目を向け、地域では、シャッターの閉まった商店街に目が向く。
と、そんな感じだと思います。
住民の生活をどう考えるのか、知事さん達も答えを出してほしいと思います。

あと、住民が目を見張らなくてはいけないのは、補助金行政が地域にはびこらないように見張ることでね。これは、延々続けて行くことが主権者住民の義務だと思います。

「行政のIT化が進んだ現在、国家組織は簡素なほうがよい」

「漠郎こと伊藤兼吾さん」の都道府県職員の仕事の実態を教えていただき、益々小沢前代表が主張されている300基礎自治体構想の必要性を感じています。

国-道州-市町村という3階層はしょせん、県を道州として広域化しただけで、今までどおり国と市町村のつなぎ役をやるだけの組織となりそうです。

やはり国-300基礎自治体の2階層のほうが合理的なような気がします。電子自治体化が推進している現在、組織論から見ても企業と同じように階層はフラットなほうが望ましい。

ところで知事会などが2階層に反対する本音は、自分達知事の存在価値が無くなるからでしょう。かつて企業でIT化が推進されたときに、中間管理者が要らなくなると言われたときの状況と同じではないでしょうか。

民主党の玄葉光一郎の愚か者が勝手に「地方分権を協議する体制と推進する体制は一緒の方がいい」などとぬかしている。
今、この様な大事な時には候補者が自分勝手に何かほざいてはいけない。新しい事は党として発表する事が大事で、民主党の誰々が「○○○」と言ったなどの報道がなされる事は民主党にとってマイナスだ。
地方分権の推進は次の選挙の争点ではない。争点は「政権交代に賛成か?反対か?」だ。地方分権は政権を取ってから必要ならじっくりと考えれば良い。今のこの時期、多くの国民は「今の疲弊した社会から開放して欲しい」と思っています。地方分権・道州制などどっちでも良いと思っています。
タクシーの運転手さんや中小企業の方と話すと皆さん景気が悪くてどうしようもないと怒っています。口々に「小泉の馬鹿たれがこの国を悪くした。自殺者がこんなに多い」と怒っていました。兎に角政権交代だと、、、。

玄葉光一郎よ!ちゃんと考えてしゃべれ! 西松問題の時のマスコミの前での愚かな発言を今一度反省せよ!

本当に梅光さんの言うとおりですね。テレビでよいしょされる知事、この方たちは全体的な議論についてのどこまで正当性のある立場なのでしょうか。マスゴミの偏向報道の典型例でしょうか。彼らの言うところの地方分権など今回の問題の中心にない。しかし、今こそこれがすべてだと権力的な立場に立ちたい知事たち(一部の)。何故知事連中の一部はこのような行動発言を許されているのか。あなたたちは地域の代表であって、決して国政選挙で戦って認められ立場ではない。これこそ安易なマスゴミ主義ではないか。ことに発言の多い橋下知事には「恥を知れ」、といいたい。法律の門前にあったものなら、法と倫理の違いくらい知っているのだろうに。それだけに政治的であることの危険も知っているのではないか。それとも彼こそ無知の極みか。全体性を作るのは、むしろ今回声高に権力を唱えている知事会の中の一部の人物ではないのか。わたしは、大阪や東京の代表に自分の地域を語られたくない。彼らは今度の選挙の後にこそそれなりの政治的意見表明を許されるのではないか。個人のうらみつらみを知事の立場とおろかなマスゴミのよいしょにしたがって述べるべきではないのではないか。

<梅光様>
<南の光様>
激しく同意します。本当に橋下って何様でしょう。しかも、東国原まで、でしゃばって...。民主党に「直轄事業を減らすのか?」って、さすがに玄葉も「直轄事業は絞ります」と答えていましたけれど...。つまり、東国原は敵に回しても怖くないけど、橋下は敵に回せないとの判断でしょう。
だから、小沢さんまで、わざわざ橋下にアプローチしたのでしょう。何故、大阪の人たちは、橋下に絶大な支持を与えているのでしょう。不思議でなりません。
今だけは、花を持たせるとの小沢戦略でしょう。政権をとれば、あちらから擦り寄ってくるんじゃないでしょうか?権力が大好きな野心家のようです。
私は、どうしても好きになれません。人を威嚇して、目立とうなんて、真っ当な人ではありません。石原や猪瀬と同じ臭いがします。

 地方分権を行う際、本気ならば「片山前鳥取県知事」を三顧の礼をもって取り込むべきです。

漠郎から地方公務員トンデモ話の続きです。

昨夜「住民主権」という言葉を書かれた方がありましたが、至言です。そもそも自治権は地域住民固有の権利であるとする固有権説と自治権は地域団体に対して国から付与された権利であるとする伝来説に分かれるのですが、日本では伝来説が当然とされてきたため、固有権説を紹介する文献すら稀だそうです(時岡弘「自治行政」だったでしょうか?)。伝来説においては国が自治権を付与する相手が住民ではなく団体・行政機関である点も注意が必要です。米国では開拓民が新村建設時に学校を建てるため、住民合意の上で教育税を負担し合うことから地域団体を徐々に形成(まず教育委員会を作り、やがて一般行政にまで拡大した行政執行機関を整備)していった歴史があり、地域団体が完成する前からすでに住民自治が始まっていたという理屈で固有権説が採られるようです。伝来説の方はドイツ流の考えだそうです。確かドイツは日本の近世に分封国家だったのが日本の明治辺りに中央集権国家になったので、旧分封なり旧来の都市や村に国家が自治権を付与したという説明も時代の要請からやむをえなかったような気がします。日本も廃藩置県で中央集権国家を作ったので、ドイツをまねて伝来説を採用したようです。

しかし戦前ならいざ知らず、今ドイツの人たちにアンケートを取って「どちらの考えに賛成ですか?」と聞けば、圧倒的に多数の人が固有権説ないしそれと似た考えと答えるのではないかと想像します。都市商人による自治は中央集権国家誕生以前からあったのですから、歴史的事実からしても伝来説は説明に一部無理がありますし、何よりも民主主義が当然の時代に住民主権を否定するという訳のわからない理屈なのです。民主主義国家なのにお上が一番偉いというのは頭がおかしいとしか考えられません。学説はどうでもいいですし、私の説明は時代遅れかもしれませんが、要は「住民主権」が自治の根本だということです。テレビ人気に乗じて首長に選ばれた奴が地方の主人公ではなく、住民が地方の主人公なのです。

昨日の投稿に話を戻しますと、地方公務員の採用・昇任は問題だらけなのです。採用は地方公務員法の規定により競争試験の成績順に採用することになっていますが、これは建前です。というのは、採用担当者がインチキをやっても罰せられないからです。私の知る採用担当者は「あれは訓示規定といって、罰則がないから守らなくていいんだ」と平然と言いました。また私の上司のひとりは過去に教員採用試験を担当したことを振り返って、「試験なんて受けにきた奴をお断りするためにやってるんだ。受かる奴は初めから決まってる」と実態を披歴してくれました。教員は地教行法で選考採用(好き勝手に採用すること)が定められているため成績順採用でないのは法律上問題ないのです(金が動いたときだけ捕まります)が、ここにも不正の臭いがプンプンします。

地方公務員の採用で試験をするのは今では普通になりましたが、昔は給料が安かったので戦後永らくは募集しても定員まで人が集まらず、そのため試験はできなかったようです。当時地方公務員といえば金持ちのボンボンが働かずに遊び呆けている姿を親が見咎めて「ご近所の手前みっともないから、役場にでも勤めろ」といって連れて行った時代です。一般庶民が役場に勤めても食っていけませんから、配管工や自動車教習所の教官などいろいろ副業をやったそうです。私の勤めた県では昭和30年代にようやく大卒の試験から実施するようになりましたが、高卒はまだしばらく無試験採用でした。こういう歴史経過があるためでしょうか、根拠はよくわかりませんが、地方公務員法の採用事務については確かに罰則が適用されないことになっています。賄賂が発覚しなければ何をやってもいいのです。

こういう実態が報道されないのはマスコミがどうしても隠したいものがあるからです。マスコミは9割がコネ採用と言われますから、自治体のコネ採用を嗅ぎつけて叩こうものなら返り血を浴びて致命傷を負う危険があるのです。私の大学の同級生、クボタに勤めていたのに1年でやめて日経に行ったから、どうしてと聞くと、「親父が朝日だから入れてもらったんだ」と言ったのが30年以上前のことです。そういえば私も大学卒業前にエコノミストの元編集長にTBSと読売の推薦状を準備してもらっていました。頼みもしていなかったので使いませんでしたが。コネ採用はマスコミに限らずどこの会社でもあるでしょうし、時にはメリットもあるでしょう。最近SPとかいう適正検査を採用試験に取り入れる企業があるようですが、バウムテスト・ロールシャッハテスト・矢田ギルフォードテストと同じで科学的には何の根拠もないものらしいです。これもコネ正当化用でしょうか。

民間はどうであれ、公務員のコネ採用は組織の腐敗を招きます。コネで入ったような奴は概ね働かず出世だけを目指します。そして似た者同士の派閥を作って、県庁内部の権力中枢に入り込み、自分たちだけ出世する構造を作ります。私の先輩職員で人事ばかりやっていた人ですが、「うちは出世させる奴と仕事させる奴は分けているんだ。お前は仕事ばかりやっていて俺たちのゴルフに付き合わないのはどういうつもりだ」とのたまいました。こういう考えではろくな仕事ができるはずはありません。市町村にとって住民にとってこれほど迷惑なことはないのです。景気が悪くて公務員給与が民間のそれを大きく上回っている現在、真面目に人材を探せばいいのが見付かる好機なのです。それなのに障害者枠採用の難聴で入ってきた奴がヒソヒソと私でも聞き取れない小声で話をしているのです。7~8年前のことですが、私がたまたま管理するセミナーハウスで新採職員が同期会を開いたので、私も同僚とバーベキューに参加して掘り出し物はいないか探したのですが、男性の新人20人ほどは全部だめでした。一生社会の扶養家族でいるタイプの人間ばかりよく集めたものです。女性数名は男性よりは余程ましで、同期会の発起人も女性だけでした。

都道府県では人事課、財政課といった内部管理の部署に就いた者が一番の出世コースを歩み、2番手が企画課や秘書課、総務部の法規係など一見頭脳労働を連想させたり情報の集中する部署でしょう。逆に市町村のために働く職員、市町村へのアウトプットに携わる者は激務を強いられたうえで課長の手前ぐらいで終わりです。もっともアウトプットに関わる者の多くは異常なまでに高圧的な態度で市町村に接してきており、県庁の上の方にも苦情が届いていたりすると、そういう奴を出世させにくいのも事実です。企画課はアウトプットの部署ではなく、第○次総合開発計画なる絵空事を書いた豪華本を数年か10年に1度印刷するほかは、知事会要望をまとめたり、市町村の商工担当者と酒を飲んでエコだのグリーンツーリズムだの思い付きのまちおこしプランを吹聴していればいいので、ほぼ不要な部署です。

内部管理、頭脳情報労働に就いたというだけで職員をあからさまに優遇することには土台無理があるものの、仲良しグループはこういった差別を正当に見せかけるために特定の手を使います。国への出向で政策立案、法令作成の現場に立ち会わせて経歴に箔を付ける、留学や海外派遣で経歴に箔を付ける、世界○○フォーラムなど時流に乗ったイベントの責任者に据え経歴に箔を付けるといった手を使うわけです。いずれも仕事は簡単です。立派そうに見えればいいのです。こういう箔付け用特例人事で公募というのは聞いたことがありません。遊びに行ったり祭をやったら2階級特進というわけです。人事課の奴なんか自分が得をするために条例案まで変えた例がありました。

権力闘争が県庁内部の所員同士の損得に過ぎないならば地域住民も市町村も被害を受けないのですが、この人脈は市町村の方を向いて仕事をした経験、基礎自治体のために汗をかいた経験が余りないかゼロなのです。この連中は内向きの行政マンとしては確かに優秀なこともありますが、外向きの行政マンとしては多くは無知無能な上、県民のためという気持ちすら余り持ってこなかったのです。そういう頭の訓練をしてこなかったのです。部長で外を向いて頑張るのは恐らく商工部長ぐらいでしょう。大企業の社長と連夜一杯飲みをして翌朝知事に情報を上げなければなりませんから。その他の大半の部長は外向けの行政知識に欠けており、馬鹿丸出しのまま人脈だけを頼りに自らの延命を模索する者もあれば、中には心を入れ替えて勉強に精出す者もあります。しかし、課長や部長になってから勉強を始めても手遅れです。どの事務をとっても相当複雑で短期間ではマスターできません。どの事務をとっても問題点が次々に見付かるでしょうが、いずれを解決するには5つも6つものメリット・デメリットを比較考量し、他部局の動向も踏まえて調整する必要があります。石橋を叩いても渡らないのが地方公務員の基本です。思い付きで改革を唱えても部下にデメリットを指摘され、中止を諭されるのが落ちです。

そして、この自治行政のセンス欠乏部長たちが知事を取り囲みますから、知事の行政センスもまた一向に育たず、地域に役立つことはほとんどせず任期を終えるわけです。こういう仲良しグループによる権力の独占が、結果として何も生み出さない都道府県を生んでいるといっても過言ではないでしょう。ですから知事の仕事と言うと、議会の予行演習、マスコミ対応、国への要望、会合冒頭のあいさつ、業界団体政党等地元エスタブリッシュメントとの付き合いといったところに限られ、知事は名誉職のようなものになって優等生的お公家さん的対応に終始するのが普通です。知事が住民に役立つ決断を下す場面は滅多に巡ってきません。滋賀県の嘉田知事はもちろん別ですが。皆さんのところの知事は名誉職のように当たり障りなく行動し、いつも笑顔を振りまいていませんか?毒にも薬にもならない首長は悪人よりずっとましですが、いずれ愚かな振る舞いをするに違いありません。

次に政令市について触れておきますと、政令市の職員は都道府県以上に居丈高な対応をして住民の不評を買うことが多いようです。また、都道府県とは犬猿の仲になることもしばしばです。政令市でなくても大きな市はほとんど似たような傾向にあります。東北地方の人は真面目ですから一緒に論じられませんが、その他の地域ではおそらくそうでしょう。例えば、大阪府内の市町村を府庁のおとなしい職員が訪ねると市町村職員は「府庁が何ぼのもんじゃい!」と言わんばかりの対応をするようで、余程ハチャメチャなめげないタイプでないと府職員は務まらないそうです。実際ハチャメチャタイプでお笑い芸人を凌ぐような奴が府庁にはいるのです。ハチャメチャ職員の話は置いておいて、政令市は小さな町村と同じように住民のために仕事をしているのかという点で、私は非常に疑問に思ってきました。政令市は住民の目線に立って仕事をする職員を育てていないというのが私の感想です。職員には住民の生活が見えないのです。

国保料滞納者から国保の保険証を取り上げた結果、滞納者が医療機関にかかれず病死する件数は全国でかなりのものでしょうが、報道で知る限り政令市で起こった事件がこれらの大半だと思われます。また、市役所が生活保護受給者の訴えを退けて一方的に保護を打ち切ったために元受給者が餓死したといういたましい事件は北九州市で起きたものです。私は政令市の職員は住民に冷たく、そして楽して仕事していると感じていました。面積だけ考えても都道府県に比べて小さので、管内出張も楽、通勤時間も短く、人事異動があっても引っ越しの必要もないのですから、県職員の苦労はわかっていません。事務の種類は膨大とはいえ、恐らく県の半分ぐらいでしょうから、仕事の勉強も楽です。大都市ですから税収も豊かです。予算を湯水のごとく使って派手な事業もできます。このように楽しているのに中途半端に役所の規模が大きいから、自分たちは県と同等だと思い上がり、県とは衝突し、住民に対しては県職員の高圧的な悪いところだけを真似するようになったんだと思います。

政令市というと一般の市よりよくできた存在のように聞こえますが、実際は基礎自治体の中で最低の存在であり、住民を泣かせる悪代官というイメージしか私は持っていません。闇の勢力とのズブズブの癒着、これは関西限定なのかもしれませんが、政令市の方が他の地域より酷いように思います。政令市のように近隣の平均よりは経済的・文化的に豊かな地域に立脚し、かつ自分たち役所の人間は一生安泰な高給取りとして地域社会で巨大なグループを形作っていると公僕意識は失われ、中を細かく見れば貧富の格差が極めて大きいことに気付かなくなり、冷酷漢となるのでしょう。苦労知らずの人間が住民に接するから問題を起こすのです。

そこでやっと道州制ですが、仮に気楽にSFの世界で関西州というのを作ったとすると、そこの職員は近畿2府4県の職員の一部勝ち組がなるのでしょうが、州庁は京都です。現に近畿府県の同種の係で構成するブロック会議は定例の持ち回り開催(順ぐり開催のこと)を除いてほとんど京都で開催されます。緊急のとき一番短時間で集まれるからです。そこで某年4月1日に大規模な引っ越しです。一方府県で負け組の内ましな職員は市町村へ出向し、無駄な職員は解雇され民間への就職は多分無理ですから授産施設で受け入れするしかありません。あくまでもSFですからお許しを。職員の苦労はそんなものですが、各職員が地域全体に目が届くかということが大問題です。

しょっちゅう出かけて行かなければ現場はわかりません。従来1泊2日で1~2か所見て回れていたものが2泊3日に伸ばしても時間が足りないといった現実に遭遇するでしょう。従来数人で同種の業務を分担していた係があったとすると2府+4県の6倍に移動時間増加によるロスに対処するための人数も加えて10倍もの人数で対応する計算になります。人件費の無駄ですし、係員の意思統一ができるのか疑問です。特に大阪府の職員は管内どこでも電車で2時間で行けたので車の免許も持ってなくて使い物にならない人間が現れ、広域をカバーするとは何と無茶な決断をしたのか、すぐに悟ると思います。市町村も覚えるのも道を覚えるのも大変で、小中学校の敷地の状況なんか全然覚えられないでしょう。

市町村担当者を集めて会議を開くのも大変です。5百人は楽に入れる超大会議室をいくつもつくらなければ入りきりません。しかも建てる場所は京都府庁近辺にはありません。会議の後の宴会もどこならば4~5百人でできるのかと会場探しも大変です。宿の確保も大変です。2次会希望者が百人いたとすると祇園の店20件ぐらいにお触れを出して公務員割引を根回ししておく必要があり、これまた大変です。ママへの根回しだけで体を壊す担当者も現れる危険すら覚悟しておく必要があります。

ここまではSFですが、もっと身近な例から道州制を考えるとすると、北海道という現に存在する道を研究することが不可欠です。道の担当者は市町村のために頑張っているのでしょうか。いいえ、市町村に対しては全国一威張り散らしているのであり、中央の役人には莫大な接待費を使って取り入ってきたのです。今は変わっているかもしれませんが。10数年前に北海道の奥尻島で地震が起こり、津波被害で200人の方が亡くなったことがありましたが、現地の小学校も鉄筋コンクリートの校舎が激しい揺れのため「せん断破壊」(柱が窓の高さの部分でX字状にひび割れし破壊される現象)を起こしたため、道の職員のほかに文部省施設助成課の某笹垣氏(事務屋だが建築に詳しい)が現地に急行しました。問題はその夜起こりました。国の職員が北海道に行けば夜は宴会に決まっています。

宴会はいいんですが、誰の金でやったかが問題だったのです。北海道は全国から奥尻島に寄せられた見舞金を使ったのです。数日して某氏は東京に戻っていましたが、新聞の一面に「見舞金で官官接待」という大きな見出しを見つけて驚きました。北海道は市町村に袖の下を要求するとは聞いていたものの、200人もの死者を出した地震の見舞金でまさか宴会をやるとは… 某氏はにがりはてたそうです。この話は私が新聞報道の翌日に某氏から直接聞きましたので、よく覚えています。

私の上司と同僚がこの頃北海道の職員から聞いた話を伝聞ですが紹介します。
その1
北海道本庁教育委員会の助成係職員が支庁に出張して市町村担当向けの説明会をすると、支庁教育事務所長の音頭取りで宴会が開かれ、助成係員は正面の主賓席に座らされ(征夷大将軍が諸国の大名を謁見するようなもの)支庁教育事務所長は平の助成係員の前にひれ伏して礼をして、出席の謝辞を述べる。
その2
北海道本庁教育委員会の助成係に異動すると庭に倉庫を建てなければならない。なせなら市町村からの付け届けが多すぎて家の中に入らないから。新巻ジャケなんか珍しくもないから放り投げて入れる。

北海道というところは下からむしり取って、上に貢ぐのが仕事のようです。

こういう北海道の土壌で夕張市の破綻は起こったのです。破綻した前年度の決算書によれば市の歳入の約50%が「諸収入」の「雑入」となっていましたが、数年前に遡っても類似の状況は起きていました。「諸収入」の「雑入」という収入科目は役所が建築工事を業者に発注して建築業者がプレハブの事務所を建てて使用する際に、建築業者が近隣の庁舎から子メーターを介してプレハブ用の水道・電気を引いて使用した場合の光熱費水道費またはこれに類似する収入を受け入れるためのものです。通常1か所当り月1万円未満ですから、市歳入の0.1%であったとしても異常なことです。それが何年にもわたり50%近い数字になっていたにも関わらず、道が指導した形跡は皆無ですし、破綻が判明した当時も道は指導助言を怠った責任については一切言及しませんでした。市町村の決算書は都道府県の地方課、財政課に届きますから、道の責任は重大ですが、北海道は女性の知事を含めてみんな知らん振りでした。

北海道は全国一の広域自治体だからこのような上から目線の体質になったのか、ほかに原因があるかはわかりませんが、現に唯一存在する道がこのありさまですから、道州制の導入には慎重を期するべきです。

それに加えて道州制をもし議論するんだったら、知事、政令市長が騒ぐのではなく、基礎自治体の意向が何より尊重されなければなりません。中でも町村です。ですから町村会の意向を聞くべきです。そして町村会はすでに道州制反対を決めています。橋下が町村会の意思に反してまで道州制を主張しているのですから、町村会は本気で怒るべきです。橋下を吊るし上げるべきです。痛い目に合せておかないと増長するのは目に見えています。町村会が橋下吊るし上げ集会なり、もう少し上品な批判の場なりを設定することを切望します。

地方自治体は現状では議会も全く駄目です。私の県では能力も志もない犯罪者集団といってもような連中が年収約1400万円をもらいます。議会に来るのは年間数十日、黒塗りの公用車で現地視察したり監査に出たりする日を足しても、年間の半分以上を休んでいる者が1400万円とはどうなっているのでしょう。140万の間違いではないのか。そして法令もろくに知らないから法令集を持ってこいだの、何を聞いたらいいかわからんから教えてくれだのという始末です。「あんたの今の電話録音して県内にばらまいてやろうか」といいたくなります。議会の改革は首長から主張しづらいので曲者です。しかし、今の議会はまず一旦廃止して、その上で民主主義の原則であるチェックアンドバランス(抑制と均衡)を図るための新たな機関を構築すべきでしょう。まちおこしで頑張っている地域の親父たちにボランティア議会を作ってもらうのがいいかと思います。

最後に、住民のための自治を確立ための理念なり方法はどのようなものでしょうか。今わかることだけを述べれば、都道府県職員は現在の事務のままでも職員を3分の1に減らせます。各科庶務係の女性は1日2時間ほど仕事してあとはおしゃべりしてるだけですから、バイトで十分です。仕事を見直せばどこの課でも職員を1割から10割減らせるでしょう。わざと事務を遅らせている例はいくらでもありますが、職員同士では指摘しにくいだけで、知事に指摘されて仕事を止めなくなったという話もあるぐらいです。共済組合の事務局も人が余りに余っていますから事務費を使い切らずに国民年金に寄付すべきです。
職員、財源はできるだけ基礎自治体に厚く配分し、中間自治体である都道府県は複雑な事務を快刀乱麻を裁つがごとく易しく市町村に説明・助言できる説明名人のような職員だけいればいいので、そうなる気のない者は採用してはならないのです。そしてマスコミは市町村とりわけ町村にスポットを当てることです。国家の繁栄は地域からです。橋下からは地域と国家の滅亡しか見えてこないのです。

「大阪人の橋下びいき」について em5467-2こと恵美さまへ

あくまで本当に素人目の感覚としてお読みください。私、一応大阪在住40年以上です。

そもそも基本的に古くから大阪人は「御上」が嫌いなんですよね(ある意味で根っからの地方分権を是とする精神)。「江戸のお達しなど知ったことか、我々が必要に応じて好きなようにする。それてうまく行ってるじゃないか」という気風があるわけです。ここには実際かなり合理性を見て取れますよ。その意味で橋下氏が「御上にたてつく」とか手玉に取る姿はある意味でウケが良い部分があるように思われます。他にはかつて横山ノックが知事に当選してしまうところも、「御上と無縁だろう」という人物像として選ばれたように見えなくもありません。(単に浮動票が動いただけとしてもその根底には御上と無縁という意味が込められていると)

大阪の「御上嫌い」は、DNAの中にある地方分権精神の現れかも知れません。論理的な是非でなく、もう感覚的にです。

それから橋下氏に関してはテレビへの露出から、少しでも地方政治が身近で目に見えるものになってきたと感じている府民が少なくないでしょう。

漠郎さま、詳しい解説をありがとうございます。内情を知っている方からの情報はさすがに生々しくそして深刻ですね。

>町村会はすでに道州制反対を決めています。橋下が町村会の意思に反してまで道州制を主張しているのですから、町村会は本気で怒るべきです。

とありますが、非常に問題ですね。
町村会の決議が無視されるのなら、我々住民の意思などはなから反映されないと思って間違いないでしょうね。
町村会の方々、あらゆるところで発言してください。

私も道州制には反対ですね。
国に国家戦略局などを作って天下りを阻止しようという体制を作るのに、道や州ができてしまったら将来必ず腐敗するでしょう。

州知事になりたい人のために地方分権などやってはいけない!
こういう大事な問題をTVが視聴率稼ぎに利用するのもやめるべきだし無責任だと思う。

権限が地方に移ったからと言って、住民目線になるはずがありません。無能無策は国も地方も同じで、公務員の興味は自分たちの待遇だけ。だから、自分たちの待遇改善、いや行き過ぎた厚遇をバージョンアップすることに汗をかくわけです。官僚と同じように退職後のために外郭団体を作り、天下り、疲弊した地方財政を一層疲弊させる訳です。

橋下氏の大阪府には5兆円もの借金があり、その下の大阪市にも同じく5兆円の借金があります。橋下氏は少し、人件費に手を付けたもののわずか数%で平均給与が760万から730万になっただけ。民間ベースを遥かに上回る給与を得ながら国に金をよこせとは、本当に利権を奪い合いにしかすぎません。

地方分権の前に議論すべきは、自治体のあるべき姿、行政サービスのあるべき姿だと思いますね。現状のプライオリティはまず、役人の待遇です。地方分権といいながら、各首長が決めることの給与が、なぜ国に準ずるのか、明らかに美味しい所は共有する訳です。

首長に民間の発想がないことは致命的なことです。安価でよりよいサービスを実現するという当たり前のことができない。何も非正規職員を増やしてやれといいません。しかし、現実全国平均720万ともいわれる賃金に、高額な退職金、それにもっとも厚遇な共済年金を保証しないとできない仕事ではありません。一人当たりのGDPがすでに20位以下の日本が世界一高い公務員を養えるはずがありません。

99%以上の国民が中小企業で働く日本で、どうして役人の給与ベースが50名以上の企業になるのか。地方では、ほとんどそんな会社はありませんから民間と比較すると倍以上の年収になるわけです。このような状況を改善せず、「俺たちは住民目線で行政サービスをやるから、金をよこせ」といわれても、我々の税金の行き先は知れたものです。

みなさんが仰るようにマスコミの地方分権○×という稚拙な議論がまたもや国を危うい方向に持っていきます。

漠郎こと伊藤兼吾様
 力作ありがとうございました。さもありなんという気持ちで読ませて頂きました。このところ知事会がいかにも住民を代弁しているが如くマスコミに露出していますが、私には権力欲が見え見えのパホーマンスとしか受け止められません。特に騒いでいるのが橋下、そのまんま東、麻生等で東京都の石原知事を含めてこれまでの彼らの言動を見れば住民の為に行動するわけがないと思います。知事というまさに一国一城の主となって舞い上がり、国に対しても頭を下げたくないという動物本能丸出しの行動としか思えません。
 漠郎様が書いておられるように国家公務員だけでなく地方公務員の内情も問題だらけです。しかし、民間企業にいる私からみれば、民間の大企業でも仕事をしない人間が出世するという官僚化が進行しているように思え、これこそ日本の衰退の根本原因と思います。私は財部さんのおっしゃるように霞ヶ関解体が最優先であり、政・官・学・財の癒着によって不当に身分が保証された連中による搾取体制打破への踏み出しこそが今回の総選挙の意義であると思っております。もちろん、警察・検察と司法の民主化、さらには記者クラブの解体も焦眉の急務ですが。
 政権交代を阻止する為に大衆メディアを通じての目くらましに対して民主党には賢明できっぱりとした対応をとってもらいたいと願います。
 

投稿者: 漠郎こと伊藤兼吾 | 2009年08月08日 00:06 さん、

渾身の投稿、ありがとうございます。
ご自身が大変にバランスの取れた視点から、得がたい情報を発信して頂いたと
凡人の私個人も、その価値の高さに大変驚嘆しております。

このサイトのいいところは、各界から強い視線を受けているので情報の影響力
はとても大きく、当然新しい国家の骨格を構築している当事者達に重要なメッ
セ-ジとして伝わったという事です。

政治的に手法や方法の枠は広がりますが、政策実現の主役は実行者である私達
主権者であり、その心の中にある地域主権の理念というのは揺らぐものではあ
りません。充分な粘り腰で、ご一緒に根気よく前進してまいりましょう。(^^

首長連合“支持”政党は11日発表・・・・・・・ちょっとおかしいのではないですか?今度の選挙の争点が地方分権ではないのに、恰もそれが最大の争点の様な取り上げ方。それでもってどちらの政権が良いとかまさか言わないでしょうね。国民を騙したりしないで欲しい。今度の選挙は政権選択の選挙です。民主党の皆さん、そんなパフォーマンスに乗らないで下さい。

小泉政権からメチャクチャになった悲惨な社会を救う世直しの選挙です。

<漠郎こと伊藤兼吾様>
力作、読ませて頂きました。すでに存在する北海道を例にして、道州制の問題点を浮き彫りにされていて、とても判りやすかった!
しっかし、このサイトは凄いですね。テレビのコメンテーターなんか裸足で逃げ出すようなコメントがアップされ、読ませて頂き、日々勉強ができる事、本当に嬉しく、このサイトに出会えて、良かったとつくづく...。漠郎こと伊藤兼吾様、有難うございました。
さて、先程、テレビ東京の田勢氏の番組に、中田前横浜市長が出演していました。薄々感じてはいましたが、ミニ小泉でした。「生活保護の人が朝からパチンコ屋に並んでいる。自立しないと。そして頑張った人が、果実をたくさん手にする世の中にしないと」と、語りました。
ナショナルミニマムをきちんと設定してセーフティーネットを張る、という今の民主党の政策とは相いれません。ただ、岡田さんは「考え方が近いので連携したい」と早くも表明。民主党の看板を背負った幹事長としては非常に不適切な発言です。考え方が近いのは、岡田さん個人でしょ。と、思わずツッコミ、岡田blogへの書き込みをしましたが、コメントは削除。器の小さい男です。民主党のサイトにもメールで抗議しました。
まだまだ、自民党の新自由主義者は、大分淘汰され、冷や飯を食べていますが、民主党では、党の幹部にしっかり残っています。今まで、小沢さんが、持論のナショナルミニマムとセーフティーネットを参議院選挙でマニフェストに載せ、党の方針を軌道修正してきたのに、小沢さんの抑えが効かなくなると、本当に危ない感じがします。そこに、経団連が首長連合と結びついて、来年の参議院選挙で新自由主義の復活を目論んでいます。キーワードは、旧内務省の手先の知事達による道州制。またまた心配性ですみませんが、非常に危惧しています。
<中尾友次郎様>
大阪人のDNAについての解説ありがとうございました。
>論理的な是非でなく、もう感覚的にです。<
との事ですので、関東人の私には、理解できませんが、納得せざる得ないようです。たぶん、もの心ついた時から、私は読売ジャイアンツが嫌でした。親父に読売戦を見せられて「ほら、長嶋すごいぞ!」と言われても心の中で「ケッ」と思っていた事を思い出します。人間は論理だけで動かないですもんね。

権限「委譲」では弱い。権限「譲渡」くらいまで踏み込まないと、官僚に抵抗される。

私は今度の衆議院選において、民主党が政権交代を果たすことを切に願っていますが、その理由は官僚の横暴を止めて欲しいからです。しかし「官僚の横暴」を直接見聞したわけではありません。このサイトで多くの人が攻撃している「マスコミ」の情報で官僚の横暴を知り、これを今まで放置してきた自公政権が許せないからです。橋本知事たちの行動をパフォーマンスと言って斬って捨て、これを持ち上げていると言ってマスコミ攻撃している皆さん、マスコミ情報は信じるに足りないものですか?

kobamitsu 様へ 
「マスコミ」の情報で官僚の横暴を知ったわけではありません。  橋下知事の件では「地方分権=道州制」なる説明不足で分権の本質をを一言も喋ることなく自分の人気に奢った発言を非難しているわけです。
 橋下さんを支持したマスコミはどの点をどういう理由で支持しているかを書いていれば立ち位置も判るので非難もしませんが、中立を装いながら権力者や人気者党にに対する腰の引けた態度を非難しています。
 立ち位置を明らかにしないのなら自分の意見を加えず事象のみの報道をしていれば済むことです。
 マスコミの情報を全て信じていないわけではありませんが自分の判断力を信じ取捨選択しています。

全国知事会は各党マニフェストの採点結果を公表してますね。最高得点は「公明」だそうです。で、どうするんでしょうね?

<kobamitsu様>
お気持ちは判ります。私自身もマスコミから得る情報は多々あります。
ただ、自分の頭で考えて、情報の裏にある事象をよくよく考えないと、正しい判断はできません。
マスコミから情報は得るけど、決して鵜呑みにはしないと、いうスタンスです。
たとえば、道州制ですが、地域主権の形態の一部にすぎません。元鳥取県知事・片山善博氏は次の様に述べています。「今、県知事たちが、政党に圧力をかけています。圧力団体そのものでしょう。大体、国民から国政を託されているのは、国会議員でしょ。知事のいう事に一々、賛同するべきではありません」
「多分、皆さん知らないし、マスコミも取り上げませんが、知事の大多数は、実は霞ヶ関の出先機関なんです。大体、総務省=旧自治省出身が多くて、道州制は、総務省を含む旧内務省が、税金の配分を一手に握る事なんです」「地域主権は、地域住民の手に行政権を取り戻す事が目的でなければなりません。身近に住民と接しているのは、市町村です。県は、実は住民から一番遠い存在なんです。県の役人が住民と接する機会はほとんどありません」
上記の情報を得たら、橋下氏が「地域分権は道州制じゃなければ、評価できません。その点、民主党さんは、零点です」との発言と、自分で比較して、どちらが正しいかを考えます。
私の結論は、どうも道州制は怪しいかも、です。
おまけに、橋下氏と経団連の会談...。??経団連は、既得権益団体です。その経団連が道州制の推進を強く求めている。との情報がマスコミから流されました。
霞ヶ関と切っても切れない関係にある経団連が後押しする地域分権の名の元の道州制について、ますます片山元知事の意見が正しいのではないか?と私は、ジャッジしました。
一例ですが、マスコミ批判とも取れる書き込みをしたのは、道州制についての両論を提示し、国民に投げかけないマスコミのあり方なのです。ましてや、実質的な選挙戦に突入している時に、基礎自治体(市町村)に予算と権限を渡す事を目指す民主党に不利になる報道です。

<みなさまへ> いつも勉強になるコメント有り難うございます。夏バテしてませんか。お体大切に!!!

地方分権改革に関する公開討論会
録画映像配信中
※8月7日(金)13時~15時 8月17日(月)まで公開 (2時間程)
以下サイトより配信
http://www.nga.gr.jp/movie/index.html

民主党、玄葉光一郎さんは道州制について基礎自治体中心主義(市町村の整備)を行った後で、現時点では道州制について検討するのみとの発言でした。

em5467-2こと恵美 様
 2009年08月09日 14:08の投稿読ませて頂きました。マスコミ情報とどう向かい合うかについて全くおっしゃる通りです。
 <マスコミから情報は得るけど、決して鵜呑みにはしない>まさにこの一言に尽きると思います。
 でも、これが出来る人はほんの一握りで、ほとんどの人は新聞雑誌の見出しや、意図的に編集され、繰り返し茶の間に入り込んでくるTV報道で洗脳されてしまうのが現実です。
 4年前の郵政選挙の折もそれまでの小泉氏の政治行動から判断し、「日本国憲法を踏みにじるインチキ野郎」と家族に話しても通じませんでした。私に信用がなかったかな(笑)。
 歴史をみれば悪しき権力者は異常なほど情報操作に精力を傾注します。私が日本の民主主義に危機感を抱くのは近年の新聞・TVの異常さです。特に西松報道は大本営発表と全く同じであり、足利冤罪事件の検察・司法の振る舞いは日本が官僚国家であることを露呈しました。
 新聞・TV等報道内容は現在誰によって決められているのか是非明らかにして欲しいと思います。電波という公共性の高い手段が特定勢力に支配されているとすれば恐ろしいことです。民主党政権には報道の真の自由を再構築する為に是非この困難な課題に取り組んで欲しいと考えます。  

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Profile

財部誠一(たからべ・せいいち)

-----<経歴>-----

1956年、東京生まれ。
1980年、慶應義塾大学法学部卒業。同年、野村證券入社。
1983年、野村證券退社。
1986年、出版社勤務を経てフリーランスジャーナリストに。
1995年、経済政策シンクタンク「ハーベイロード・ジャパン」設立。「財政均衡法」など各種の政策提言を行っている。

-----<出演>-----

『財部ビジネス研究所』 (BS日テレ、土曜23時〜 再放送:日曜9時〜)

『報道ステーション』
(テレビ朝日系/平日21:54〜)

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