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2009年2月20日

中川財務省辞任騒動の裏で記者クラブは何をしていたのか

 緊迫する経済危機のさなか、ローマで開催されたG7において、中川昭一財務大臣が行ったもうろう記者会見により辞任に追い込まれた。世界中に醜態をさらし、失笑を買い、日本という国家のブランドイメージを著しく傷つけた中川前財務大臣が厳しい非難にさらされるのは当然のことだが、一連の報道はきわめて横並びかつ情報不足で、腑に落ちないことが多すぎる。

大臣秘書官はなぜ記者会見をさせたのか
 最大の疑問はなぜ財務省は酩酊状態といっても良い状態にあった大臣に記者会見をさせたのか、だ。幸いにしてG7には日銀の白川総裁が同席しており、記者意会見にも2人そろって臨んでいたのだから、中川前大臣をホテルの部屋で休ませ、白川総裁一人で記者会見をするという判断がなぜできなかったのか。私がもし大臣秘書官なら酩酊状態の大臣が世界のメディアの前に身をさらすことなど、断固阻止する。そんなことは秘書官としてのイロハのイではないのか。

 もしかしたら、財務大臣秘書官は意図的にあの醜態を世界にさらさせたのでないか、とさえ勘繰りたくなってしまう。財政再建を放り出した財務大臣のクビをすげかえる絶好の機会として、酩酊大臣の記者会見出席をあえて止めなかったのではないか。中川氏の後任を財政規律派の与謝野馨経済担当相が兼任すると聞けば、ますますそう思いたくなってしまう。

 疑問の二つ目は、中川前大臣はG7の討議をどのようにこなしたのかだ。これに関する報道はいまのところまったくない。記者会見直前に、突如としてもうろう状態になっただけで、G7の討議では財務金融行政の最高責任者に求められる役割を果たせていたのだろうか。はなはだ疑問が残る。

日経BPnetにも原稿アップしました。どうぞご覧ください。
http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20090218/132838/?P=2

2009年2月 3日

沈没する日本とトヨタの大政奉還

「無借金経営」と「雇用死守」という文化の源

 1月20日、トヨタ自動車は渡辺捷昭社長にかわり、豊田章男副社長が6月末に社長へ昇格する人事を発表した。14年ぶりに創業家出身社長が誕生する。

トヨタ自動車工業の経営危機

 一般的には社長の姓が「豊田」に戻ることにさしたる意味は見出せまい。しかしトヨタの歴史に思いをはせれば、豊田家直系の章男氏が社長に就任することの格別な意義が見えてくる。

 そもそもトヨタの歴史は1867年に誕生した豊田佐吉翁に始まる。豊田自動織機製作所(現在の豊田自動織機)の創業者である佐吉は、早くから自動車産業の行く末に注目していたという。同社は1933年に自動車部を創設する。その中心となったのが佐吉の長男、喜一郎だった。

 4年後の1937年、トヨタ自動車工業が誕生。形式上、初代社長には喜一郎の義兄、豊田利三郎が就任したが、太平洋戦争が勃発した1941年には会長に退き、喜一郎が社長に昇格した。もっともトヨタ自動車では、豊田織機自動車部を創業の原点と考えてのことか、「創業者は豊田喜一郎」というのがコンセンサスだ。

 だが喜一郎の社長人生は悲運に満ちたものだった。

 敗戦の焦土のなかで、トヨタは生産を再開したが、1950年には深刻な経営危機に陥ってしまった。戦後のハイパーインフレの抑制を企図した金融引き締め政策(ドッジライン)はインフレ抑制にとどまらず、デフレを招きこみ、企業の倒産、失業が急増した。

 誕生間もないトヨタ自動車も例外ではなく、経営不安が一気に高まったが、喜一郎はいかなる事態を迎えようが「従業員のクビには手をつけない」と終始、言い続けた。

 ところが資金繰りに詰まり、倒産の危機に瀕したトヨタに対して大手銀行は融資継続の条件として、過酷な融資条件を喜一郎に押し付けた。

 ひとつは経営効率アップと販売力強化のために、トヨタを自動車製造と自動車販売専門会社とに分割せよという「工販分離」。そしてもうひとつは、喜一郎が最後まで抵抗した人員整理だった。

日経BPnetにも原稿アップしました。どうぞご覧ください。
http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20090129/128294/?P=2

Profile

財部誠一(たからべ・せいいち)

-----<経歴>-----

1956年、東京生まれ。
1980年、慶應義塾大学法学部卒業。同年、野村證券入社。
1983年、野村證券退社。
1986年、出版社勤務を経てフリーランスジャーナリストに。
1995年、経済政策シンクタンク「ハーベイロード・ジャパン」設立。「財政均衡法」など各種の政策提言を行っている。

-----<出演>-----

『財部ビジネス研究所』 (BS日テレ、土曜23時〜 再放送:日曜9時〜)

『報道ステーション』
(テレビ朝日系/平日21:54〜)

BookMarks

オフィシャルホームページ
http://www.takarabe-hrj.co.jp/

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