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2007年12月27日

薬害肝炎問題について

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財部誠一著、知的生きかた文庫¥560(税込)
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薬害肝炎訴訟の原告団にとっては長い冬が終わり、ついに春を迎えた心境かもしれません。

福田首相が議員立法により、被害者全員を一律救済することに同意。25日には首相官邸で原告団の代表らと面談し、福田首相が深々と頭をさげている姿は、テレビのニュースでみなさんもご覧になられたことでしょう。

薬害肝炎の被害者にとっては、大きな壁を乗り越えた瞬間でした。
しかしこれを政治の英断と手放しでほめるわけにはいきません。
なぜなら議員立法という手法それ自体が「国の責任」回避、ないしは大幅限定の便法いがいのなにものでもないからです。

「一律救済」のニュースを私が知ったのは、サンデープロジェクトの本番中でした。
スタジオ内に置かれたモニター画面に「福田首相、議員立法で一律救済」というテロップが流れました。
じつは特集が始まる直前の討論のなかで、朝日新聞編集委員の星浩さんが議員立法による一律救済の可能性に言及していました。
「与謝野馨さんのような知恵の働く人たちがいる」といった発言をしていました。
要するに、前日の22日の時点で「議員立法」という奇策による被害者一律救済を実現して、急落した内閣支持率を大きく反転させようという議論が政府内部では相当煮詰まっていたのです。

ここから先は流言飛語の類ではありますが、説得力のある話として流れているのは、キーパースンは林信光秘書官です。
財務省文書課長から起用された人物で、与謝野さんとも非常に近い。
この林秘書官が「議員立法」というブレークスルーの起案者ではないかという声が多々あがっています。

たしかにこの案は国の責任を回避しながら、政府の支持率アップを画策するじつによくできた戦術です。
しかしそうした首相サイドの意図はミエミエで、23日のサンプロでも、星さんが「議員立法」という言葉をつかった瞬間、社民党の辻本清美さんが「同時に国に責任を認めさせなければいけない」といった趣旨の言葉を叫んでいました。

そして24日以降の報道をみると、一律救済は評価するものの「国の責任」を法案にどう盛り込むかが、次の大きなテーマになっています。
26日現在、原告側は法案に薬害肝炎の「発生責任」を認めるよう求めているが、政府とは大きなへだたりあるようです。
それにしても、なぜこれほどまでに政府は「国の責任」を明確化することを避けようとするのでしょうか。

メディアが最初に指摘したのは「財政問題」でした。
年限を区切らずに一律救済などしたら、救済費用は1兆円か2兆円か、いずれにしても「兆」の単位のカネが必要となり、ただでさえ危機的な国家財政が直撃され、とても飲める話ではないというものでした。

もちろんこんな脅し文句を首相に伝えたのは厚生官僚にほかなりません。
まんまと政治が官僚の脅しに屈したという構図です。
ところが原告団が即座に拒否せざるを得ないような和解案しか提案することが
できなかった福田内閣に対して国民から大ブーイングが巻き起こり、内閣支持率は先週後半には30%近くまで急落。
そのまま放置すれば、内閣支持率が20%台に突っ込むことはもはや時間の問題といった状況でした。

これをうけて福田首相が一律救済の議員立法を決断したわけですが、財政問題だけがネックであるならば、議員立法などという奇策に訴えず、大阪高裁の和解勧告にしたがって一律救済案を原告団に提示すればよいはずです。

なぜ、それができなかったのか。
そこには終始一貫、なにがなんでも「国の責任」を認めないという厚生官僚の醜悪さがあります。
メディアのなかには「薬害をいちいち認めてなどいたら、薬事行政などやっていられない」という厚生官僚の本音を指摘する声もあります。

その通りです。ただし、問題はそう単純ではありません。

「継続性の原則」

これが官僚の世界における絶対的価値です。
行政は川の流れのように、途切れることなく、継続されていかなければなりません。
だから官僚たる者、いかに間違った行政が行われていようとも、前任者を否定するようなことは絶対にあってはなりません。

そもそも官僚に与えられたミッションは現状維持なのです。
昨日と同じ今日が来て、今日と同じ明日が来るために、官僚は存在しているのです。
改革も、変更も、あってはならない。
何も足さない。何も引かない。ひたすら現状を維持して体制を守る。
それこそが官僚組織に課せられた唯一、最大のミッションなのです。

だから役所は絶対に過去の過ちを認めようとしないのです。
ひとたび過ちを認めれば、過ちが行った原因が究明され、責任問題が発生し、場合によっては行政プロセス全体になんらかの変更が求められる恐れがあります。
現状維持を目的とする役人にとってこれほどやっかいな事態はありません。

薬事行政をやっていく以上、薬の副作用の発生は常に起こりうるわけで、そうした副作用のすべてが薬害と認定されるようになったら、薬事行政など成り立たないというのが厚生官僚の本音でしょう。

しかし、もう一歩突っ込んでいくと、組織の利害以上に官僚個人の利害が浮かび上がってきます。
組織を守ること以上に、役人の本音は官僚個人に責任が及ぶことなどあってはならないことだと考えているのです。

かつて薬害エイズ訴訟では、当時、生物製剤課長だった松本明仁が患者2名の死について業務上過失致死罪に問われ有罪判決を受けているが、まさにこれは例外中の例外にほかなりません。

民間人からすれば、悪質な被害隠しによって薬害が拡散した責任を、官僚個人が問われるのが当然だと思いますが、官と民のあいだにはとてつもない開きがあるのです。
官僚組織では責任と権限はすべてポストに帰属します。
官僚自身はポストの上を2,3年タームでただスルーしていくだけで、官僚個人がその時々の判断によって責任を問われることなどあり得ないというのが官僚たちの本音なのです。

もちろん、だから官僚は責任ある仕事を何もしていないとはいいません。
与えられたポストで最善を尽くし、自らの能力を最大化して、いい仕事をする官僚だっていないわけではありません。
「国のために」という思いを愚直に持ち続けている官僚がいることも事実です。

しかし責任はすべてポストがとり、官僚個人が責任を問われることはないという現実が、官僚のメンタリティを腐敗させていることもまた事実です。

「消えた年金」をめぐる社会保険庁のデタラメぶりには誰もが驚愕しましたが、官僚という存在そのものの無責任さは、けして社会保険庁特有のものではありません。
社会保険庁の体質は厚労省の体質そのものです。
もちろん「無責任の質」において多少の差はあるでしょうが、官僚個人は絶対に責任をとらないという基本思想はすべての役所に共通するものなのです。

ここにメスを入れなければ、薬害問題はこれからも延々と続いていくに違いありません。
国民の生命を危機にさらすような作為、不作為があれば、官僚個人の人生も致命的な打撃をこうむるという緊張感なしに、薬事行政などやってはならないのです。
この視点を抜きに「国の責任」をいくら論じたところで空しいばかりです。

2007年12月 8日

オリジナリティあふれる朝日放送『ムーブ』

私は月2度、朝日放送(ABC)の情報番組『ムーブ』(http://www.asahi.co.jp/move/)に出演するために大阪に行きます。国内外の取材や講演会等々の事情から、定期的にテレビに出演することは難しく、『ムーブ』でも勝手ながら一月に2度出演というわがまま勝手な変則スタイルになっています。

夕方4時から6時までの『ムーブ』は一般的には「ワイドショー」というカテゴリーに分類されてしまいますが、京都市役所や大阪市役所の職員たちによる不正行為や、その背後にある同和問題にまで切りこむといったスクープを連発し、またそれを独自取材でキャンペーン化していくなど、キー局では絶対に見られない報道姿勢を貫いています。
横並びの安直な造り込みをしないという点でキー局をはるかに凌駕しています。

たとえば夜のニュース番組を立て続けに見ると、ニュースの中身も、その伝え方も、なにからなにまでそっくりです。
それぞれに個性的なスタイルはとっているものの、事件や事故、経済ニュースなどの報じ方といったら、どこもみな最大多数の視聴者に受け入れられる紋切り型の報じ方しかしない。
思考が常にオール・オア・ナッシングです。
物事を多面的に捉えて、事件や事故の背後にある複雑な事情に少しでも切り込んで
みようという意思がまるで感じられません。

元防衛次官の守屋武昌も朝青龍もみな一緒だ。
悪いやつは悪い。こんなに悪い、あんなに悪い。反省してない。

それもけっこうだが、報道機関を名乗るなら、ライバル番組とはひと味もふた味も違う独自の取材と独自の見解を示すことに、ほんの少しでもいいから執着心をもつべきです。

そんななか一般的には「ワイドショー」と分類される朝日放送の『ムーブ』ほどオリジナリティあふれる報道をしている番組はありません。

もちろん好き嫌いもあるし、客観的な評価も分かれるとは思いますが、予定調和を一切廃し、日替わりのコメンテーターの個性を最大限に発揮させ、予想外の展開を許すという番組作りには頭が下がります。

私は金曜日の担当で、日程を見ながら不定期に月2回出演をしていますが、出演日には必ず『財部経済シンクタンク』なるコーナーがあり、木曜までに報道された経済ニュースについて、短いVTRや写真等々をまじえながら解説するのですが、 自分でも言うのもなんですが、これがなかなか面白いのです。

極論すれば、10分やるから、好きなことをしゃべってよい、ということです。
基本的にはテーマは私が決めますが、私がノーアイデアなら、スタッフが提案してきたもののなから私がチョイスするというやりかたです。

11月第1週、ベトナム取材から帰国直後、スタッフからどうしても破綻した英会話学校「NOVA」についてやりませんかと連絡がはいりました。
しかも「NOVA」そのものではなく、「NOVA」の事業と店舗を引き継ぐことになった名古屋の「ジー・コミュニケーションズ」について話して欲しいというのです。
率直にもうしあげましょう。

「知らない!」。

上場もしていない、名古屋の会社について10分語るのは無理だよと言ったのですが、
どうしてもやってくれという。要するに「調べてくれ」というわけです。

やむなくあの手、この手で名古屋人脈をたどって「ジー・コミュニケーションズ」を調べてみると、これがなかなかいい会社なのです。
テレビのニュース番組は「学習塾と外食産業の分野でM&Aを繰り返しながら、成長してきた若手経営者の会社」ということしか伝えていなかった。
新聞も報道も似たようなものです。

一見すると、めったやたらに学習塾と外食産業を買いまくっているだけにみえますが、そこには明確な原理が働いていました。
経営能力が問題で破綻に陥った企業ばかりをターゲットに買収し、優秀な経営者を送り込むことで、企業再生をはかっていたのです。

まさにターンアラウンド・ビジネスです。
新生銀行や宮崎のフェニックスリゾートを買収再建したリップルウッドのビジネスモデルと本質的にはまったく同じことをやっていたのです。

いまどきこんなことを伝えられるテレビ番組はないでしょう。

近畿地方に行ったときには是非ご覧下さい。

Profile

財部誠一(たからべ・せいいち)

-----<経歴>-----

1956年、東京生まれ。
1980年、慶應義塾大学法学部卒業。同年、野村證券入社。
1983年、野村證券退社。
1986年、出版社勤務を経てフリーランスジャーナリストに。
1995年、経済政策シンクタンク「ハーベイロード・ジャパン」設立。「財政均衡法」など各種の政策提言を行っている。

-----<出演>-----

『財部ビジネス研究所』 (BS日テレ、土曜23時〜 再放送:日曜9時〜)

『報道ステーション』
(テレビ朝日系/平日21:54〜)

BookMarks

オフィシャルホームページ
http://www.takarabe-hrj.co.jp/

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