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高野尖報 アーカイブ

2011年10月21日

高野尖報:NPOに寄付をすると税金が返ってくる?! ── 寄付税制とNPO法の改正の意義

 私は神奈川県知事認可のNPO法人「神奈川馬の道ネットワーク」の理事長を務めていて、このほどその関係者向けに、6月の国会で与野党一致で採決された市民公益税制改正の意味について、とりわけ従来は極めて難しかった「認定NPO法人」の資格取得が大幅に緩められたことについて、分かりやすく説明してほしいとの要請があって、今日その原稿を送った。この問題については、8月のJFNラジオ「ON THE WAY ジャーナル/高野孟のラジオ万華鏡」で法改正の仕掛け人である岸本周平衆議院議員をゲストに招いて詳しく論じているが、その画期性についてはまだ一般によく知られていないようなので、「NPOに寄付をすると税金が返ってくる?!」と題したその原稿をここにも再掲する。

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2011年9月20日

高野尖報:"脱原発"から後退りする?野田首相 ----国連原発会合での演説案の奇怪

 共同通信19日発によると、「野田佳彦首相が22日にニューヨークの国連本部で開かれる『原発の安全性と核の安全保障に関するハイレベル会合』で行う演説案全容が18日、判明した。東京電力福島第1原発事故を受け『原発の安全性を最高水準に高める』と表明、同時に『安全でより信頼性の高い原子力エネルギーの確保は引き続き必要だ』と直ちに『脱原発依存』へ移行しない立場を明確にする。事故原因を徹底検証し、結果は国際社会への全面開示を約束する」という。

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2011年4月 9日

高野尖報:光も音も過剰な日本

 8日付の朝日「天声人語」が「照明を落とした地下鉄の駅こそパリの明るさだと、仏語教師が懐かしがっていた。あちらが暗いのではなく、震災前の東京が明るすぎたのだ」と書いているが、その通りで、私も昔、仏紙リベラシオンの特派員に「東京って何でこんなに電気を点けるのですか。大きいオフィスはどこも天井に何百本も蛍光灯をギンギンに点けていて、私はサングラスをかけないと居られない」と言われたことがある。「ここ10年、けばけばしく外壁を照らす店舗が増えました。オフィスの照度も1000ルクスと過剰。就寝時の闇との落差が大きすぎて、安眠できない人がいるほどです」と、照明デザイナーの石井幹子さん(天声人語)。

 1000ルクスというのは、家庭の照明の明るさについてのJIS規格によると、書斎や子どもの勉強部屋で読書・勉強に適切とされている500〜1000ルクスの最大値。リビングや鍛冶室で手芸・裁縫など細かい作業をするには750〜2500ルクスとされていて、それに次ぐのが読書・勉強の1000ルクス以下。後は、リビングや寝室で読書をしたり化粧をしたりするのは300〜750でOK、リビングでの団らんや応接室のテーブルや子どもの遊びなどは150〜300となっているが、なかなかこんな風にはコントロールされていないのではないか。で、大抵の日本の巨大オフィスの1000ルクスは、部屋の隅々にまで読書・勉強に必要な照度を確保しようとするもので、どう考えても常軌を逸している。フランスはじめヨーロッパでは家庭もオフィスも地下鉄など公共施設も、全般照明は日本人にはどうしたのかと思われるほど暗く、必要なところにだけスポットやランプが当てられている。それはそうで、オフィス全般が200ルクスでも、自分のデスクに300ルクス程度の卓上ランプがあれば合計500ルクスは確保できて、仕事には十分だし、席を立つ時には自分の卓上ランプはオフにするからもっと節電になる。我が家はそのようにしている。

eff_i02a.gifのサムネール画像

 照明がギンギンのリビングで液晶テレビを見ると、テレビの輝度もコントラスト比も目一杯に上げなければならず、それを「鮮やかな画像だ」と喜ぶような風潮もある。これは節電とは直接関係がないが、刺激が強すぎて目にも脳にもよろしくない。アンダーな照明の下で適切な輝度とコントラスト比に調整して見る方がよい。我が家の場合は、初めからそのようにコントロールされたナナオのTVモニターなので、それこそ昔のフランス映画を見るのに近い穏やかな色調で目に心地よい。

 日本は音も過剰である。先日、福岡から新神戸に行くのに新幹線レイルスターに乗ろうとしたら4号車に「サイレンス・カー」という表示がある。車掌さんに尋ねると、博多を出発したら最後、終点までその車両だけ車内放送が一切流れないのだと。面白いので、途中から席を替えて貰って2時間ほどを過ごしたが、これがまことに快適で、JR東海その他でも是非とも採用して貰いたいと思った。

 日本の駅や列車はたぶん世界一、五月蝿い。駅に着いてエスカレーターに乗ると、「手や顔を出すと危険です。黄色い線の内側に立って、手すりにおつかまり下さい」「エスカレーターでたばこを吸うと火災の危険がありますので、おたばこはご遠慮下さい」「エスカレーターの降り口付近に立ち止まると危険です」とスピーカーが叫び続けている。国土交通省とかの規則でこのように警告し続けなければいけないらしい。

 東京駅でも新横浜駅でも、改札口では、たいていは若い女の職員が、酷い場合は2人もいて、口々にマイクで「ご乗車ありがとうございます。こちらは新幹線乗り場です。切符は2枚重ねてお入れ下さい」というようなことをわめき続けている。出口の場合は「こちらはJRへの乗り換え口です。前方に切符が1枚出て参りますので、忘れずにお取り下さい」とがなっている。切符の入れ方が分からなかったり、出た切符を取り忘れたりするのは、たいていは旅慣れないお年寄りや子供であるはずで、全乗客に遠くからスピーカーの大音声を浴びせている暇があったら、近くに立って黙って目配りして、さりげなくサポートしてあげればいいことじゃないか。

 ホームに上がると年配の男の職員が「列車が入って参りますのでお気を付け下さい」「お下がり下さーい!危ないですよ、下がって!」などと、時には緊迫した口調で絶叫している。ようやく列車に乗って、さあ一寝入りしておこうかと思うと、まず録音の放送があってこれがのぞみの何号でありどこ行きであり途中どこの駅に止まるかが通知され、もうそれだけで十分なのだが、次に英語で同じことが繰り返され、これで終わりかと思えば、車掌の生放送でさらに詳しく、この列車が何両編成で一番前が1号車で一番後ろが12号車であって、喫煙可能なのは何号車であり、トイレは奇数号車の前寄りだかにあり、携帯電話の使用についてのご注意と危険物の持ち込み禁止のお願い、そしてさらに到着駅と到着時間と接続列車、乗り換え時間が短いから隣のホームに急いで行け、ホームと列車の間が空いているところがあるので落ちるな、特に子供連れのお客様は必ず手を引け、といった親切極まりないご注意、運転手と車掌の所属と氏名まで含め延々と説明がある。運転手の名前なぞ顔を合わせることもないんだから関係ないよね。こういう無意味な駅や車内の放送を止めれば少しは節電になるのではないか。

 やっと静かになったと思うと、今度は車掌が検札に回ってくる。東北など東日本の新幹線はしばらく前から、自動改札を通った切符については車掌の端末にデータが送られるようになって検札がなくなったのはありがたい。東海道新幹線の車掌に「なぜJR東海はこのシステムを採り入れないのか」と訊ねたら、「私どもはよりきめ細かいお客様へのサービスを心がけておりますので」と言う。眠っていても叩き起こす、弁当を広げていても有無を言わさず切符を出せと言うのが、どうしてきめ細かいサービスになるのか。先日は隣のおばさんが網棚に乗せた荷物を下ろして切符を取り出そうとしたら、テーブルの上の缶コーヒーが倒れて白のスカートにぶちまけてしまって、泣きべそをかいていましたっけ。JR東日本は、検札がなくなったのはいいのですが、ワゴン販売の売り子が「お弁当にサンドイッチ、有機栽培の豆を使ったホットコーヒー、ビールにお酒はいかがですか」と大声で呼びながら通っていく。この点は、JR東海のほうがやや静かだ。

 飛行機の機内放送もつらい。救命器具の装着の仕方を説明するのは国際的な決まり事のようだが、あんなもの海の上に首尾良く不時着できた時にだけ役立つかもしれないというだけのことで、山にぶつかったり、他の飛行機と空中で接触したり、ハイジャックに遭ったり、ミサイルで撃たれたり、滑走路を突き抜けたり、たいていのありそうな事故の時には関係ないのに、なぜあんなにこだわるのか理解不能。だから誰も見ていない。機長の挨拶も余計だし、英語の放送もやめてほしい。特に全日空国内線の英語アナウンスは100人に99人が、英語をしゃべる外国人には絶対に聞き取れない酷いカタカナ英語で、日本人にも外国人にもただの騒音にすぎない。

 静けさの中の落ち着いた佇まいを尊ぶ日本の伝統とは異質の、このキンキラキンで騒がしく、はしたなくも薄汚い文化は一体どこから湧いてきてこれほどまでに蔓延ったものなのなのだろうか。▲

2011年4月 4日

高野尖報:「安全神話」に溺れた東京電力

 佐藤優が自分のブログで言うように、「批判はあとからでも出来る」「東京電力の専門家が、専門的知見と職業的良心に基づいて活動できる環境をどうすればつくることができるかを考えることが不可欠だ」と言うのは、確かに1つの見識ではある。しかし、福島第一原発の事故勃発以来、20日余りの間に明らかにいなったことは、自ら創り出した「安全神話」に長きにわたり胡座をかいてきたこの企業が、初歩的な危機対応も出来ずにおろおろしている無様な姿であり、専門家と称する彼らに任せておいても、今後、事態沈静化だけでも数カ月、廃炉までには数十年はかかる安全確保のプロセスは完遂できる保証はないという冷厳な現実である。これまでの検証を通じて、政府と国民はこれからこの企業をどう扱うか、議論をし始めなければならない時が来ている。

 毎日新聞4月4日付は、1面左肩と10・11面の2ページを費やして、震災検証取材班による「検証・大震災」の初回として、原発事故発生から2日間の政府と東電の動きを追った。またAERA4月11日号の「東電『原子力村』の大罪」も、東電側の対応ぶりを追っている。官邸はじめ政府のどの部署も東電も、みなドタバタなのは仕方がないとして、両記事を通じて改めて浮き彫りになるのが東電の余りの行き当たりばったりぶりである。

《電源車調達》
 11日、電源喪失で炉心溶融の危険が予想される中、東電は「冷却作戦」のための電源車を東電及び東北電力管内からようやく6台、掻き集めて現地に向かわせるが、陸路の輸送は困難を極め、ようやく東北電力が提供した2台が国の現地拠点「福島オフサイトセンター」に到着したのが午後9時。バッテリーも切れて無電源に陥るタイムリミットまで2〜3時間しかない。ところがそこで分かったことは、電源の繋ぎ口が津波に使っていて接続できず、しかも、仮に接続できる状態であったとしても、毎日によると「高電圧の電源車を繋ぐための低電圧用のケーブルが用意されていなかった」ので、またAERAによると「ケーブルが短くて使えず、プラグも合わなくて、本社に「500メートルのケーブルが必要だ」と連絡が届いた。「そんな長いものは社内を探してもみつからない」。12日の午前0時を過ぎても幸いなことにバッテリーはまだ動いていて、危なかった2号機の水位も何とか安定を回復していた。その頃ようやく低圧ケーブルは調達できたものの「関東から空輸を準備中」という段階。そうこうするうちに、午前2時半、今度は1号機の格納容器内の圧力が上昇しはじめ、その3時間後には外部に大量の放射線物質が漏出した......。

《ベント》
 このことだけを見ても、東電が非常用電源の喪失という事態をまったく想定しておらず、その場限りの対応に終始した様が見て取れる。ベントと呼ばれる弁を開けて格納容器内の水蒸気を外に逃す作業を始めるかどうかをめぐっても、毎日によれば11日午後10時の段階で早くも保安院は「必要」と判断したものの東電はその判断を採らず、午後11時過ぎの官邸の会議で首相はじめ斑目春樹=原子力安全委員長や保安院幹部らが「早くベントをやるべきだ」との意見で一致、12日午前1時半には海江田万里経産相を通じて東電に指示したが、午前2時20分の保安院の会見で中村審議官は「最終的にベントすると判断したわけではない。過去にベントの経験はない。一義的には事業者の判断だ」と、国が命令するものではないとの考えを示した。それを受けて午前3時過ぎに開かれた東電の会見では小森常務がようやく「国、保安院の判断を仰ぎ、ベント実施の判断で進めるべしというような国の意見もありまして」と、国が言うならやらないでもないがというような他人事の言い方をした。結局、1号機でベントが開始されたのは12日午前10時17分だったが、時すでに遅く、5時間後に1号機で水素爆発が起きた。もちろん「ベントとは毒ガスの放出」(東芝の元格納容器設計者=後藤政志:AERA)であり、ためらうのは当然だが、それにしても「国が責任をとってくれるならやってもいい」という東電の態度がありありである。

《海水注入》
 海水注入でも同様で、12日の午後6時には菅首相が真水の注入を諦め海水を使うよう指示したが、東電が「炉が使えなくなる」と激しく抵抗した。AERAによると廃炉を前提とした海水注入は「株主代表訴訟を起こされるリスクがあるので、民間企業としては決断できない。政府の命令という形にしてくれないと動けない」(東電元幹部)というのが東電のホンネだと言う。数万人、ことによっては数十万人の命がかかっているというのに、それと、株主訴訟で自社が損失を被るのとを天秤にかけているのがこの会社である。

  東電が「『安全神話』が崩れていく現実を直視できず、初動の対応を誤った」(毎日)が、惨事の致命的な原因であったことは疑いをいれない。と同時に、官邸が「政治主導にこだわりながら東電や保安院との緊密な連携を図れず、結束して危機に立ち向かえなかった」(同)のも事実である。しかしそれを首相側から見ると「東電も保安院も原子力安全委も(深刻な事態から目を背けようと)ぐるになっていたとしか思えない」(同、首相周辺)と映っている。官邸の危機管理態勢、原子力行政の仕組み、それらと電力会社とのトライアングルをどう再構築するか、もっと突っ込んだ検証が必要である。▲

2011年3月29日

高野尖報・今は物資でなく資金を送って下さい

 早稲田大学の高野ゼミのOBで、今は大手問屋で働いているA.O.から次の便りがあった。現場で不眠不休で物流復旧に取り組んでいる者の現実感覚がよく表れていると思うので、本人の許可を得て要約・転載する。
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 問屋で物流=ロジスティクスを担当しているA.O.です。円滑に物資を供給するように物流を管理する泥臭いお仕事です。地震発生以来、不眠不休で物流復旧に努めておりますが、皆様には大変ご迷惑をおかけしております。

【復興支援と物流について】

 さて、支援と物流の話を少しだけ述べます。

 支援に関して私の考えを結論から述べさせていただきますと「今は物資ではなく資金を送ってください」と言わせていただきます。個人、もしくは小規模の団体の支援物資は、物流現場側からすると、混乱要因にしかならないといっても過言ではありません。物流現場が混乱すると本来届けるべき物資の物流も止めてしまう恐れがあります。

 昨年、「日通ペリカン便」と「日本郵政ゆうパック」が統合したときの混乱を覚えておりますでしょうか。平時でも、物流は混乱するとモノが届きません。有事ではどうなるか想像に難くないと思います。現実に起きている通りです。

 膨れ上がる受注件数⇒膨れ上がる入荷⇒在庫スペースがない⇒荷捌きする人が足りない⇒荷捌きする場所もない⇒出荷できない。

 あて先不明品の仮置場所がない...。アブラが確保できない...。小型or大型トラックがない(荷物の性格に合わせた仕様のトラックが必要です)...。伝票(受領書)が発行できない...。配達人員が確保できない...。この「負のスパイラル」がメーカー、問屋、小売(個人配送センター)、でそれぞれおきていたら----物流現場は混乱し、運営できなくなります。

 そういう中でも物資を円滑に届けるように管理するのが「ロジスティクス」のもともとの意味なのですが、やっぱり難しいですね。精度の高い日本の物流ですが、精度の高さが足かせになっている部分が出てきてしまいました。まだまだ成熟しなければならない市場です。

 大手企業のさまざまな支援や国際支援もあり、現地には食料をはじめかなり多くの物資が届いていると聞いております。最終配送のところで上述の問題で届けられないのが問題となっているようです。モノがあるのに届けられない・・・。物流マンとして非常に歯がゆい思いです。

 というわけで、「支援物資はもう少し落ち着いて物流網の復旧を待ってから、送ってあげてほしい」というのが、物流管理側からのお願いです。

※被災地以外の被災者受入れ先は自分の足でも届けられますので別です。

 それまではあらゆる物資に交換可能な「資金」を「日本赤十字社」など信頼をおける団体を通して送付してあげたほうが集める効率も送付の効率も圧倒的に良く、結果論、一番現地のためになるわれわれの出来る活動かなと思います。

 みなさま、周りの個人もしくは小規模の団体が被災地に「支援物資」を送ろうとしている場合は、もう少し待つか、資金送付に変更するように説得できる場合は説得してください。もちろん、おすすめはしませんが自分の足で届ける場合は別ですよ。


 水道水が飲めない??という報道後、またもや物流現場は混乱しています。電池、米、カップめん。みなさま。モノはあります。どうか「買いだめ」はしないでください。

 日本の物流に何が起きたか、追って皆様にご報告できればと思っております。(そんな中、新聞だけは翌日から欠品することなくコンビニにも並んでいました・・・独自の単品物流網とはいえ、すごいですね。)

【ボランティア活動について】

 さて、いろいろと議論が交わされているボランティア活動についてです。ボランティア活動は元来独善的であるので、その点を考えるとすぐに矛盾にぶちあたります。ですので、その点の議論には参加しません。

 深いことは何にも考えずに、震災2日後の日曜日には募金活動をボーイスカウトにて実施いたしました。翌週も全隊の予定を変更させ、募金活動を実施いたしました。仕事との折り合いがつかず、私は1日だけの参加となってしまいました。私の隊の統括は副長に任せました。こういう時、組織の強さが出ますね。

 結果、延べ4時間で約410,000円。驚きました。わずか4つの小売店の駐車場での募金活動でこの金額。赤い羽根共同募金では2時間で1万円も集まりませんが、今回は無言で「1万円」を入れてくれる方もいらっしゃり、みなさまの熱い想いをひしひしと感じました。

 ボーイスカウトという組織に対する信用を前提に募金してくれた多くの八王子恩方地区の方々の想いは「日本赤十字社」を通して現地に送付いたしました。最適な物資になって被災者のみなさまの役に立っていることを心の底から祈っております。

「ボーイスカウトとしてやるべきことをやった」と自負していますので、この行為が売名であると周りからいわれても否定はしませんし、気にもしません。

 本当のことを言うと現地で炊き出しなど物理的なボランティアをしたいのですが、「余震や二次災害に巻き込まれるおそれがある」などとして人の支援は断っているようです。現実的にさまざまな調整を考えると、素人の人的支援は受け入れ側の行政府に非常な負担をかけますので、私は正解だと思います。▲

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2011年3月28日

高野尖報・地元=鴨川でも被災者支援の活動が始まった

 私の住む千葉県鴨川市の大山地区でも、東日本大震災の被災者を支援するボランティア活動が始まっている。一昨日までに、拙宅から500メートルほどの街道沿いの旧大山小学校廃校跡で、避難者50人程度をいつでも受け入れられる準備が整い、昨日からは常駐事務局が発足、現在現地との間で受け入れのマッチングのための折衝が進んでいる。同地区在住の、主として30歳代の都会からの移住者がイニシアティブをとって、市当局や地区幹部を巻き込みながらも純民間のプロジェクトとして動き出したもので、こういう房総の山奥の村にもこのような市民力があるのだと、我々年寄りはほとんど唖然としながら付き従っている。

 以下、事務局を担う林良樹君からのメールを転送する。

千葉県鴨川市に住む林良樹です。
 
僕の暮らす鴨川市の大山地区にある廃校になった旧大山小学校を、市長から借り受け被難所の準備を進めてきました。
 
鴨川市と言っても、海から30キロくらい離れた山間部にある大山地域の高台にある廃校の小学校ですので、津波のトラウマがある方も安心の里山農村地域です。
 
今までに畳150枚、布団約50組近くを集め、トイレ、ガス、電気、水道を整備し、いよいよ受け入れが最低限可能なところまで整いました。
 
ただ、小学校なのでお風呂が宿直室にしかありません。しかし、歩いて約20分の研修センターにお借りできるお風呂があり、またバスでの移動となりますが、市の福祉センターのお風呂をお借り出来そうです。 他に、仮設風呂を建設する計画もあります。各教室を2つに区切って1教室に、ふた家族(ひと家族5人前後を想定)で、6教室に12家族、約50人前後を受け入れ可能な想定で準備を進めています。
 
ただ、来る方の状況に応じて、臨機応変に対応ますので、人数や家族構成によっては、教室を区切らなくても良いと思っています。
 
家庭科室は調理室、図工室は食堂、音楽室はコミュニティスペース、会議室はキッズルーム、職員室は事務局、宿直室はスタッフルームとレイアウトしています。
 
情報は下記のウェブサイトに随時アップしていますのでご覧ください。
 
「鴨川市大山支援村」
http://hinansho.awanowa.jp/
 
連絡先はこちらです。
 事務局 04−7098−1425
Eメイル info@hinansho.awanowa.jp
 
 
市役所、亀田病院、旅館組合、ペンション組合、民宿組合、天津神明神社等と連携し、鴨川市全体でネットワークして受け入れる体制をつくっています。
 
すでに、鴨川市全体で200名位の被災者を受け入れています。

現地はまだまだ混乱しているようですが、災害のあわれた方の状況を、少しでも改善したいと思いますので、
被災地にコンタクトの取れる方は、この情報をお伝えください。
 
鴨川の穏やかな里山であたたかく迎え入れたいと、地域が一体となってお待ちしています。よろしくお願いします。
 
鴨川市大山支援村事務局 林良樹

2011年3月22日

高野尖報・東海沖、東京湾地震に警戒をとスイス地震局

 国際的に権威ある地震研究のセンターであるスイス地震局は、17日付けで、東日本大地震・大津波について速報的な分析を発表した。その中で同局は、環太平洋地域で今後起きるかもしれない地震について「地震の予測は依然として不可能だが、過去に大地震があってその後起きていない地震空白域(コスタリカ、南海、ペルー、カリフォルニア、アリューシャン、カスカディア)あるいは直近の大地震が誘因となって地震が起きたところ(2004年アンダマン海の後の南東スマトラ、ビルマ、アッサムや2011年東北の後の東海)などの重要ホットスポットが注目される」と述べている。

★スイス地震局:http://www.seismo.ethz.ch/index_EN
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 空白域として出てくる地名を米地質調査所や理科年表の世界地震一覧などによって補うと、コスタリカ=2007年(M7.9)、南海=1944年(8.1)、ペルー=1868年(9.0)、カリフォルニア=1906年(サンフランシスコ、7.8)、アリューシャン=1946年(ウニマク島、8.1)、カスカディア=1700年(9.0)などを指すものと見られる。また地図上で赤丸(M9.0-9.5)や大きい黒丸(8.5-8.9)が付いているが文中に言及していないところを拾うと、チリ=1960年(9.5)、アラスカ=1964年(9.2)、カムチャツカ=1952年(9.0)、スマトラ=1833年(8.9)などである。

 スイス地震局はさらに「余震及び誘発地震の危険」と題して次の図を掲げ、次のように指摘している。
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▼余震は今後とも続き、たぶんM8以上になるが、更なる被害は予想されない。
▼3月11日の新潟地震(M6.6...図ではM6.2, 5.5となっている)と同15日の静岡地震(6.2)を含めて、あちこちの内陸の活断層が活発化している。
▼東海及び南海の震源域はまだ動いていないが、これが最大M7.9-8.2を伴い、かつ東京地方の近くで起こりうる最大の危険である(図の水色四角形)。

 なお、今回の大地震で日本列島が動いたというニュースは報じられてきたが、この中に掲げられた下図を見ると、大変なことが起きたことが実感できる。地震による断層のずれは最大18メートルで、それによって本州北部は地震と同時に東に向かって最大5メートル、地震後にさらに0.5メートル動き、それによって地軸が最大10センチ移動した。北米プレートとユーラシア・プレートの境に当たる「糸魚川〜静岡構造線」で日本列島がボキリと折れるのではないかという幻想さえ湧いてくる。▲
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2011年3月19日

高野尖報・行政も医療も商店も報道も頑張っている

早稲田のゼミの教え子で今は福島の新聞社で働いている者から14日付で報告があった。「行政は頑張っています。医療も、商店も、報道も、それぞれの持ち場で頑張っています。田舎の強みでしょう、共同体も機能して支え合っています」という言葉が力強い。以下、許可を得て全文転載する。
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ご無沙汰しております。高野ゼミ1期のSKです。
一昨年の夏から、地元福島の新聞社に勤務しています。
私の家族は無事ですが、やはり連絡のつかない友人は多数います。
だいたいの状況は皆様ご承知の通り。水や電気の使用に制限があり、余震が止む気配は一向にありません。
街を歩けば割れたガラスや砕けた石垣が至るところに散乱しています。最低限のもの以外には、片付けに手が回らないのです。
昨日あたりから福島市内の避難所に、いわきや他県ナンバーの車が目につくようになりました。
海側の惨状は筆舌に尽くし難く、避難してきた友人も、後にしてしまった故郷の話のときだけは込み上げる嗚咽を抑え切れませんでした。

幸い地震の当日以外は天気もよく、澄んだ青空に紅梅がよく映えます。夜は静寂と星座の瞬きしか聞こえません。

感じることには温度差があります。想像力は、被害の中心地から離れるに従い少なくなるでしょう。縁のあるなしが、それを余計顕著にします。
福島にいる僕ですら、そうです。被災地と一つに括るのも憚られるくらい、海側とそれ以外の人間に走った痛みは異なると思います。
そのうえで、あくまで自分の生活圏からしか所見を述べることは出来ませんが、行政は頑張っています。医療も、商店も、報道も、それぞれの持ち場で頑張っています。田舎の強みでしょう、共同体も機能して支え合っています。
天に向ける憤りや、原発行政への怒りはあれど、大きな混乱はなく、身を寄せ合い日常を待ち望んでいます。原発に対しては、今は怒りより祈りです。どうかこれ以上被害が増えませんようにと、皆のテレビに向ける眼差しは静かです。耐えることに悲壮感はさほどありません。
給水所で、楽しそうに水をかついで駆けていく子どもを見ました。さっき余震で大口開けて泣いていたのは誰だっけ。とかく子どもはよく泣きよく笑います。

福島市近郊での安否確認程度なら、できます。避難所の様子を見てくることも出来ます。それ以上遠くに足を伸ばすことは出来ませんが、何かあれば遠慮なくどうぞ。
画像は弊社の1ページ。自画自賛ですけどね(笑)、いいでしょ、こんな新聞(^_-)泣きそうになりました。
では。乱筆乱文失礼。
また飲みましょう☆

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高野尖報・日本のために世界が祈る

 知人から送られてきたので、紹介する。小学校の先生が「子どもたちに希望を伝えたい」という思いで作成しYouTubeに投稿したビデオで、世界中の人々が日本のために祈っていること、このような事態でも日本人のほとんどが気品を重んじて行動していることが素直に伝わってきて嬉しい。▲

2011年3月 6日

高野尖報・「参議院の優越」はおかしい!

 6日付け毎日新聞「反射鏡」欄で、冠木雅夫論説委員長が「"参議院の優越"を何とかしなければ」と書いていて、私も賛成である。周知のように、憲法及び国会法上では「衆議院の優越」が定められているにもかかわらず、現実には民主党政権は、衆議院で過半数を大きく上回っていながら参議院で過半数割れしているために、衆議院での再可決に必要な3分の2を確保できなければ予算関連法案を通すことができない。参議院が政権の生殺与奪の権を握る形である。

 欧米の政治制度に詳しい大山礼子駒沢大学教授は『日本の国会/審議する立法府へ』(岩波新書)で、(1)内閣提出法案の審議に内閣の関与を強める、(2)国会審議を通じて合意形成する、(3)参議院の権限を弱め言論の力で存在感を発揮することなどにより、国会の機能を高めようと問題提起している。「カリスマ性をもたない弱いリーダーもある程度指導力を発揮でき、逆に強いリーダーが登場した場合はその権限行使をチェックできるような枠組みを」と記している。

 また、政治学者の北岡伸一東京大学教授も『グローバルプレイヤーとしての日本』(NTT出版)で、「首相を決めるのは衆議院議員選挙であるということの再確認」が重要であり「参議院の敗北ぐらいで責任問題を問うべきでない」と強調する。両教授とも、3分の2条項を過半数にし、「ねじれ」が常態化する中でもそれを前提に物事を決める仕組みにする必要があると主張する。

 ----以上、冠木論説の要約。

 「参議院の優越」というのは、例えば仙谷由人前官房長官の更迭がそうである。彼の言動の是非はともかくとして、衆議院は別に彼を職務に不適格と認めていないのに、参議院が問責すれば総理と内閣はタジタジとなって大臣を首にせざるを得ないというのは、どう考えてもおかしい。本来であれば、参議院の問責を受けて、衆議院がそれを否定する留任決議を上げて、そのような悪しき慣例を作らないという衆議院の自負を決然と示すべきだったが、民主党内でも小沢派が反仙谷で凝り固まっていて造反する恐れがあったのでやらなかったのだろう。情けない話である。

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 同じ6日付の読売新聞の書評欄では、橋本五郎特別編集委員が上述の大山礼子の著書を採り上げて、「信頼回復への処方箋示す」と評価している。国会審議の形骸化は数字の上でも明らかで、衆議院本会議の審議時間は、イギリス下院、フランス下院の10分の1以下で、委員会の審議時間も減っている。法案の修正は1割にも満たない。何がそうさせるのか。大山によると、

(1)「事前審査」----内閣提出の法案を与党が閣議決定前に審査し承認するという長きにわたる慣例は、法案成立が確かなものになるという意味で内閣にとって「必要悪」ではあったが、その結果、与党議員の影響力は増大し、内閣のリーダーシップは低下し、国会は与野党の対立図式の下での駆け引きに終始することになる。政権交代で「事前審査」そのものは廃止されたものの、内閣が与党頼みの国会運営を止めて自らの責任で法案を修正するなど国会審議に積極的に関与し、与党議員も国会の場で議論に参加して野党共々よりよい法案に仕上げていくというふうにしないと、熟議する国会にはならない。

(2)「会期不継続原則」----1つの会期が終わるたびに継続審議の手続きをしないと法案が廃案になってしまうというこの原則を見直さないと、野党は時間切れ廃案ばかり狙うことになる。これでは審議は深まりようもなく、諸外国ではすでに廃止している。

(3)「参議院の優越」----日本では「ねじれ」の常態化で、参議院が事実上、立法の拒否権を握っているが、フランスでは法案が下院、上院を2往復しても決着がつかない場合、下院が最終的に決めることになっている。日本の衆議院の「3分の2再可決」は過半数再可決にすべきである。そもそも、下院で圧倒的過半数を持ちながら上院で過半数がないため連立政権を組むことは当然という考えは国際的にも極めて異例である。

 ----以上、橋本書評の意訳的な要約。

 「強い参議院」のもう1つの問題は、昨年7月時点で最大5倍という1票の格差であり、それが政策形成を歪めていると指摘されている。それを含めて、参議院自身が自ら早急に一大改革に取り組まなければ、参議院廃止論が勢いを増すばかりである。私自身は、例えば(都道府県制度がある現状では)全国の知事が自動的に参議院議員となって地方の主張や利害を突き出しつつ調整するような文字通りの「言論の府」にするか、それもできないなら廃止すべきという意見である。

 なお、たまたま毎日と朝日の6日付書評欄は北岡の著書を採り上げているが、いずれも外交政策についての提言に焦点を当てていて、同書の国会改革の部分には触れていない。▲

2011年3月 1日

高野尖報:日本はそんなにダメな国なのか?

 井沢元彦『人類を幸せにする国・日本』(祥伝社新書)と竹田恒泰『日本はなせ世界でいちばん人気があるのか』(PHP新書)の2冊を一度に読んだ。「ダメな日本」という自虐的認識が蔓延する中で、敢えて逆振りした勇気の書と言っていい。

 井沢のは、第1章「日本のモノづくりが人類を幸せにした」で、軽自動車、オートバイ、トランジスタラジオ、ホームビデオ、電卓、クウォーツ時計、産業用ロボット、ウォークマン、ゲーム機、新幹線、乾電池、胃カメラ、光ファイバー、太陽光発電、一眼レフカメラ、デジカメ、カラオケなど、総じて日本人が世界に先駆けて開発し商品化して世界中でもてはやされてきた製品を列記している。それらの共通の特徴は、小型化、自動化、低価格化で、その文化的基礎は韓国の文明批評家で文化部長官も務めた李御寧の名著『「縮み」志向の日本人』(講談社学術文庫)が喝破した「縮み」志向にある。井沢も文中で同書に触れている。

 第2章では、インスタント・ラーメン、レトルト・冷凍食品、合鴨農法、缶入り飲料、養殖マグロ、寿司など食品を通じての世界貢献、さらに第3章ではクロサワ映画、アニメ、折り紙など文化面での寄与について述べている。彼はまえがきで、本書のタイトルを見て「冗談か」と思った人もいるかもしれないが「地球文明の中で日本人がその幸福と発展に果たしてきた役割は、実はきわめて大きい」のであって「そのことを当の日本人がいちばん知らない」と指摘している。

 竹田は旧竹田宮家の出であるだけに、日本文明の根源としての天皇への礼賛に傾きすぎる嫌いはあるものの、縄文以来1万年にわたって育まれてきた「和の心」を軸とした日本精神を復興する「ジャパン・ルネッサンス」を通じてこの国が再び世界の中で輝きを取り戻すだろうという趣旨には、私も大賛成である。06年に英BBCが世界33カ国4万人を対象に行った調査で「世界に良い影響を与えている国」として最も高く評価されたのが日本だった、という話から説き起こして、食やモノづくりや建築やアニメまで、どれをとっても日本人特有の緻密さ、真面目さ、こだわってとことん突き詰めていく精神が宿っていることを明らかにしている。

 私は常々、米欧金融資本主義の退廃が深まる中(中東が揺れるとすぐに原油投機に走るこのハイエナぶりはどうだ!)、日本は今こそ縄文以来の先進的精神を元にしたモノづくり資本主義の王道を進んで21世紀ユーラシアの大繁栄と結びついて行くことこそ救国の方途だと講演や講義でも説いているが、その意味で竹田の書を心強く読んだ。

 毎日新聞は今年1月1日付の子ども向け「週刊Newsがわかる」のページで、「日本はダメな国なの?」と題して、「豊かで安全、世界でも人気。暗いことばかり言わずに力合わせてもっといい国に」と書いた。またピムコ・ジャパンの高野真社長もどこだったかの新聞コラムで、日本は研究開発費と特許取得件数で世界一、対外純資産で世界一、国土が狭いと言うが排他的経済水域では世界6位...などと列記して「今こそ日本の良さに目を」と呼びかけていた。その通りである。▲

2011年2月28日

高野尖報:北朝鮮にも波及?中東ネット革命

 26日付日経の小さな記事で、北朝鮮北東部の両江道・恵山で24日朝、エジプト民主化デモの事実を伝え「独裁政権を追い出す運動が国際的に展開されている。目を見開き、世の中を見ろ」という内容のビラが大量にまかれたと報じている。韓国の北朝鮮向け民間ラジオが伝えたところを引用したもの。中国国内で印刷して持ち込まれ、住宅地や路上にバラ撒かれたもので、誰が撒いたかは不明。また中朝国境に近い平安北道・新義州では、住民が警察との小競り合いから抗議デモが発生、軍部隊が鎮圧に当たったという。

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2011年2月27日

高野尖報:イエメンの「大統領制」の実態

 近着の米MEMRI(非営利独立の「中東報道研究機構」)緊急報告No.3584は、スエーデン在住のイラク人ジャーナリストがリベラル系サイトに投稿した、アラブ各国の政権にはびこる汚職や親族支配を批判する記事を紹介している。その中で特に凄いのは、イエメンのサレハ大統領が一族郎党をどんなポストに就けているかのリストで、改めてこれらの国々の親族支配とはどういうもので、それに対する民衆の怒りの深さがどれほどのものなのかが理解できる。なおイエメンは、先の高野論説に付した「中東・北アフリカ主要国データ」では、一応、曲がりなりにも選挙による大統領制を採っている国に分類してある。が、実態はこうなのだ。しかも、リストはまだ続くが全部は書ききれないと著者は付言している。

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2011年2月26日

高野尖報:米国がアフガニスタンで無人機爆撃を止めている訳

 今週のニューズウィークが巻頭コラムで、パキスタンで米国が無人機によるパキスタン北西部への攻撃を停止していると報じている。私の知る限り、日本の新聞ではこのことは報じられていない。

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2011年2月25日

高野尖報:北京が畏れる中東若者革命の波及

《これまで「高野論説」という形で、INSIDERと共通の本格的な論説を書くことにこだわってきたが、まったくウンザリするような政治状況で気合いを入れて論じる気がなかなかおこらないことに加えて、9月末に安易かつ不当な値上げに抗議して40年間慣れ親しんだ煙草を止めてしまったために集中力がなくなり、まずは一服してからエイヤッと書き始めるリズムが取れなくなって、余計に出稿量が減ってしまった。先日の大阪高野塾で最新の知見をあれこれ披露しつつ講演したところ、参加者から質問というか要望があって、「今日のような具体的な話をもっと機敏かつ小まめにザ・ジャーナルに出してくれればいいのに」と言われた。考えてみればその通りで、私は毎日多量の新聞・雑誌に目を通し、政治家・財界人に会い、地方に行って講演をすれば経済人や市会議員や市民活動家に会ったりもして、たくさんのヒントやアイディアやキーワードを溜め込んでいて、それは私のジャーナリストとしての基本動作なのだが、昨今はそれらを溜め込むばかりで、「いずれ論説を書く時に参考にしよう」と思ってはいても、なかなかそうはいかずに死蔵されていく。自分でもこのままではまずいと思ってきたので、この大阪塾生の提言を機に、「高野論説」とは別に「高野尖報」と称して、昨日今日に見聞きして私の感性に引っかかった情報を半処理状態のまま思いつくままに「ザ・ジャーナル」上に投げ出していくこととする。尖報というのは英語で言えばFlash(News)で、閃光、ひらめき、一瞥などの意味を併せ持った私の造語である。なお早稲田のジャーナリズム大学院では「新聞の読み方」と題してそのようなジャーナリストの基本動作を講じているので、4月から新学年が始まれば、本欄はそれとも連動することになろう。》

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Profile

高野 孟(たかの・はじめ)

-----<経歴>-----

1944年東京生まれ。
1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。
通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。
同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。
80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任し現在に至る。
94年に故・島桂次=元NHK会長と共に(株)ウェブキャスターを設立、日本初のインターネットによる日英両文のオンライン週刊誌『東京万華鏡』を創刊したほか、PC-VAN・NIFTY-Serve・MSN、富士通ブロードキャストその他電子メディアのコンテンツ創造、講談社・小学館・集英社その他出版社のウェブサイト開設、『インサイダー』のメルマガ化、などを次々に手掛け、インターネット・ジャーナリズムの先駆的開拓者と呼ばれた。
現在、それらの経験を活かして、独立系メディアの総合サイト《THE JOURNAL》に取り組んでいる。
2002年に早稲田大学客員教授に就任、「大隈塾」の授業「21世紀日本の構想」、ゼミ「インテリジェンスの技法」、社会人ゼミ「ネクスト・リーダーズ・プログラム」を担当している。

-----<出演>-----

『サンデープロジェクト』
(TV朝日系、日曜10:00~)

『朝まで生テレビ!』
(TV朝日系、最終金曜25時頃~)

『たけしのTVタックル』
(TV朝日系、月曜日21:00~)

『情報ライブ ミヤネ屋』
(読売TV系、月~金曜21時~)

BookMarks

東京万華鏡:TOKYO KALEIDO SCOOP
http://www.smn.co.jp/

INSIDER:インサイダー
http://www.smn.co.jp/insider/

大阪高野塾
http://www.osaka-takano.com/

-----<著書>-----


『滅びゆくアメリカ帝国』
2006年9月、にんげん出版


『ニュースがすぐにわかる世界地図(2006年版)』
2005年、ポスト・サピオムック


『最新・世界地図の読み方』
1999年、講談社現代新書

『情報世界地図 98』
1997年、国際地学協会

『地球市民革命』
1993年、学研

『21世紀への世界時計』
1991年、集英社

『入門世界地図の読み方』
1982年、日本実業出版社

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