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身辺諸事 アーカイブ

2009年11月 7日

丸善・丸の内本店の「松丸本舗」が凄い!

 東京駅前オアゾビルの丸善・丸の内本店4階に10月23日、「松丸本舗」がオープンした。松は松岡正剛、丸は丸善で、両者コラボレートによる本の店という意味。松岡の奇作『千夜千冊』を軸にした「本殿」の2万冊をはじめ、季節ごとにテーマを立てて展示替えする「本集」の1万6000冊など、5万冊が曲がりくねった書棚に並ぶ「まだ誰も見たことがない本棚」(宣伝文句より)。松本清張記念館の全面協力で松本清張の蔵書棚を再現した「懐本」コーナーもある。

 松岡とは同年生まれの同学で長年の友人だが、まあその博覧強記ぶり(私は博覧狂気と言っている)は凄まじく、凡人はもとより相当な非凡人でも到底及ぶところではない。1夜に1冊ずつ1000冊を系統立てて読みこなして書評を書く「千夜千冊」を始めた時には「そんなことをしたら死ぬぜ」とつぶやいたものだが、案の定、途中で癌で死にそうになって、それでも1000冊をやり通した。私は彼に「こんなものを本棚に置いておくと、いつもあんたに睨み付けられて脅迫されているような気分になりそうだから、買わない」と言った。

2009年10月24日

津田昭治のギター・ソロによるバッハ名曲集が心地よい!

 日本の代表的クラシック・ギター奏者である津田昭治の新アルバム「ギター・ソロで弾くJ.S.バッハ名曲集」が現代ギター社から発売された。津田はギター独奏によるバッハを今まで何度もCDにしているが、今回のは滋賀県高島市ガリバーホールという響きのいいことで知られる会場での生録音で、その透き通っていながら暖かみのある音色がすばらしい。今日、薄ら寒い夕方に薪ストーブを焚いてこのCDをかけると、至福の空間が現出した。

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2009年9月30日

携帯でポップコーンは出来なかった!

 先ほどの「携帯でポップコーンを作る方法」はYouTubeで世界中の話題となったが、ニセ画像というか巧みなジョークだったことが判明し、いまネット上で真相究明が進んでいる。すでに「我々が作った」という"犯行声明"も出ている。が、財部さんの心臓の話は本当です。▲

BOSEヘッドフォンに新製品登場

 我が家はBOSEファンで、居間のオーディオ(ラジオ&CD)も書斎のパソコンのスピーカーもみなBOSEだが、私がとりわけ愛用しているのはノイズキャンセリング・ヘッドフォン「クワイアットコンフォート」。いま使っているのはQuietComfort3だが、この9月末にさらにノイズキャンセリング機能を高めた新製品QuietComfor15が、価格も7000円余り安くなって登場した。

http://www.bose.co.jp/jp_jp?url=/consumer_audio/headphones/quiet_comfort/quiet_comfort15/qc15.jsp&src=em090930

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携帯でポップコーンを作る方法

 知人から回ってきた衝撃の映像。電磁波公害の恐ろしさが分かる。前に財部誠一が「どうもこのごろ心臓が不整脈を起こして...」と言うので、「携帯をワイシャツの胸のポケットに入れてるんじゃない?」と教えてやった。しばらくしたら「直った!」と。当たり前だよ、心臓がポップしかかっていたんだ。

http://www.dailymotion.com/relevance/search/portable/video/x5odhh_pop-corn-telephone-portable-microon_%20%20news

2009年9月17日

昨夜は釧路港でサンマざんまい!

昨日は早朝に大阪・伊丹空港を発って昼から釧路の内外情勢調査会で講演。夜は主催者の時事通信支局長=八木成昭さんの案内で港近くの「くしろフィッシャーマンズワーフMOO」2階の「港の屋台」の一角にある居酒屋「ブぅ〜」で、サンマづくしの贅沢を味わった。根室・釧路のサンマ漁は今が絶頂で、これから三陸沖に下っていく直前。東京に出回るのはいくら早くても漁から2日は過ぎているが、ここでは前夜獲って氷水に入れたのを朝揚げて夕方食べるのだから、この世でいちばんおいしいサンマなのだ。
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V6010156.jpgのサムネール画像まずは刺身。醤油に一味唐辛子をたっぷり入れた「南蛮」で食べるとなおさら香りが引き立つ。「白胡椒もおいしいですよ」という店主の勧めで、醤油に胡椒を落としたのも試したがこれまた行ける。刺身に一味や胡椒というのは初体験。次は店主オリジナルの「サンマのガ
リ巻」。サンマとガリと紫蘇の葉を巻いた太巻きでこれも感動もの。
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さらに、これは常連の八木さん提案によるメニューで、しゃぶしゃぶ。店主がサッと湯がいて皿に出してくれる半生のを2人で競うように口に運ぶ。脂が乗った新鮮なサンマでないとこれほどの味にはならないだろう。そして仕上げは漁師料理の「なめろう」。房総半島ではアジで作ることが多くて大好物だが、サンマのなめろうは初めて。こってりした味と舌触りに思わず酒をお代わりしてしまった。

この間に、浜中町産の生干しのシシャモ、釧路沖の調査捕鯨で獲れたミンククジラの新鮮刺身、カラスハモ(東北では洞アナゴと言うがハモでもアナゴでもないウミヘビのようなものらしい)の焼き物も挟んで、さらに隣のオバさんからだし巻き卵を一切れ頂戴もして、まことに豪勢極まりない新政権発足祝賀宴となった。それで(ご馳走になってしまったので正確には分からないが)1人数千円。東京あたりでグルメぶって何万円も使う奴が馬鹿に思えてくる釧路の夜だった。

夜風涼しい外に出ると、目の前に今夜は休漁らしい(漁獲量を制限するため2週に5日と決めている)サンマ漁船が浮かんでいた。漁場ではこの電気を海に突き出して盛大に点けて、下から網で掬って一網打尽にするのだという。
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2009年9月 7日

石田三示さん衆議院当選祝いの会が地元で!

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2009年9月 3日

写真家・蛭田有一さんのサイトに私の写真が!

人物写真家の第一人者で、写真集『人間燦々』、『後藤田正晴』、『鳩山由紀夫』などの作品で知られる蛭田有一さんが今、『政界華肖像』という作品づくりを進めていて、政治家のほかジャーナリスト、評論家、学者など直接間接に政治に関わる60人を撮り貯めていずれ写真展を開いたり写真集を編んだりする計画で、私がその44番目の撮影対象に選ばれる栄誉に浴しました。8月27日に蛭田さんが安房鴨川の拙宅に見えて、庭というか雑草だらけの原っぱで撮った写真が、本日、蛭田さんの公式HPに掲載されました。

http://www.ne.jp/asahi/hiruta/photo/に入って「政界華肖像」欄をご覧下さい。

2009年8月19日

石田の三ちゃんが立候補してしまった!

「石田の三ちゃん」こと石田三示さんが、ナ、何と、民主党の比例単独で立候補してしまった。千葉県鴨川市の我が家のご近所の育牛農家で、私が15年余り通い詰めた挙げ句に2年余り前にその近所に引っ越すことになった「農事組合法人・鴨川自然王国」及び「NPO法人・大山千枚田保存会」の理事長である。昨夜、大阪にいた私の携帯に電話があって、

「お聞き及びと思いますが…」
「いや、何も聞いていないけど」
「比例で立候補することになりまして」
「エ、エーッ。そりゃ驚いた!」
「一番驚いているのは私です。3日前に小沢さんの秘書から電話が掛かってきて、今すぐ決断しろ、と」
「名簿の何位?」
「重複を除いた比例単独の3位」
「あ、先生、当選おめでとうございます!」
「いやいや、アハハ」

今から4半世紀も前に故・藤本敏夫が鴨川市の山奥の大田代という集落に居を定めて近在の農家と農事組合法人を組織した時に、真っ先に馳せ参じたのが石田さんで、02年に藤本が亡くなった後は同法人の理事長を引き受けている。その間、都心から最も近い棚田として有名な「大山千枚田」で棚田オーナー制度を創設、それをNPO化して、全国の棚田保全運動のリーダーの1人として飛び回ってきた。私にとっては、鴨川移住を実現する上での恩人で、例えば我が家では、森の湧き水を上水道に用いていて、水源からパイプで引いて、石や砂で作った浄水器を通して、牛乳運搬用のステンレスの8トンタンクに貯めてそれをポンプアップしてすべての水を賄っているが、そのシステムの設計から施工、中古のタンク探しまで、すべてを手伝ってくれたのが石田さんだった。今までは「あ、三っちゃん? ちょっとこの2〜3日、水が濁るんだけど、時間がある時に診てくれないかな」「いいですよ。今日の夕方に寄りますよ」という調子で何でも気軽に頼んでいたのだが、衆議院議員じゃねえ…恐れ多いことになってしまう。が、棚田保全のリーダー、都市農村交流の先駆者が国会で働いてくれればこんなにすばらしいことはない。そのためだけにも、南関東=千葉・神奈川・山梨の皆さんは、比例は民主でお願いします。▲

2008年11月20日

今日は椅子の取材にカメラマンが来た!

今日は6日ぶりに鴨川の自宅に終日居られて幸せ。午後に、私が自宅の書斎で使っているハーマン・ミラーの椅子の写真を撮りたいということで、同社から派遣された西垣宗一郎=カメラマンと常橋岳志=デザイナーが来訪した。ハーマン・ミラーの椅子というは、値段で言えば今売っているデスク用の椅子ではたぶん一番高価なもので、10数万円するが、それが決して高くないと思えるほど機能性が高い。

以前は、椅子についてよく考えたことがなかったが、昨年春に鴨川に引っ越すについて、結局私は椅子に座ってパソコンに向かっている時間が長く、残り少ない人生の相当部分を椅子の上で過ごすのだということに思いを致し、思い切ってこの高性能の椅子を購入した。これはまことに大成功で、椅子に座るのが楽しみになるほどである。

常橋さんによると、ハーマン・ミラーが近々ウェブサイトを全面更新して、そこにこの椅子の愛用者30人ほどがそれに座っている写真を並べ立てるのだそうだ。このサイトを一見して頂いて、座って仕事をする時間が長い方は椅子というものについて改めて考えを深めて頂きたい。

ハーマン・ミラーの該当ページ:
http://www.hermanmiller.co.jp/scenes/

これは今日撮って頂いた写真の何枚かを早速送って頂いた中の1枚。

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2008年10月31日

東京の空がどんな色をしているかご存じですか?

10月の秋晴れのある日、房総半島山中の私の家ではこのように緑が美しい。朝5時に起きてベランダに出て、この枝の下でいい気分で新聞を広げてコーヒーを飲んで、7時にラジオに電話出演してから、10時過ぎに自車で東京へ向かった。

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東京までは1時間少々で、アクアラインを通ってピューッと行ってしまうのだが、この日は途中でトイレに行きたくなって「海ホタル」に寄った。そこで海越えに東京方面を眺めて驚愕した。東京から千葉にかけての空が紫色に染まっていて、何か重苦しいものがのしかかっているように見える。

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2008年10月23日

参天製薬の目薬のWeb広告に出た!

私は原則としてCMには出ないことにしていて、いろいろお話があってもほとんど全部お断りしているのだが、信頼すべき友人から頼まれて、なおかつ自分で使ってみて納得のいくものに関してはお引き受けすることもある。

その1つは、パントロン・ワン(株)が輸入元となっている米国製The Helsinki Formulaのシャンプーとコンディショナーで、これは縁あって同社の木下美智子社長と知り合って「髪を洗うのでなく、頭皮のみならず毛穴の奥の毛嚢に詰まった汚れや脂を取り除いて育毛環境を整える」というコンセプトに同感し、以来10年以上も毎日愛用していて、そのお陰で、昔は悩んだこともあった抜け毛や時折の頭皮の荒れは一切なくなり、また40歳前後からかなり急速に進行し始めた頭頂部の禿も、進行が止まっただけでなく、心なしか回復さえしているように思われる。大いに納得しているので、数年前に同社の新聞などを通じてのキャンペーンに協力した。

パントロン・ワン
/http://www.helsinkiformula.co.jp/

今回は、参天製薬の目薬の新製品「サンテメディカル10」で、これは使ったことはなかったが、仲介役として依頼してきたのが長年の信頼すべき友人であったことに加え、Web上での対談相手が日本最古の民間眼科医院である東京・お茶の水の井上眼科医院の若倉雅登院長であると聞かされ、私は昔、全然別の取材で同医院の創業者である井上一家のことを調べたことがあってまことに興味があったのと、さらには同院長の御著書数冊を拝読して大変面白く共感するところ大でもあったので、喜んでお引き受けした。

この目薬は、特に眼疲労に効く2種類の成分を一般市販用としては基準ギリギリ一杯配合し、その分、値段も小瓶1本1000円を超えるという並みではないコンセプトの商品で、それだけに、1日に下手をすると10数時間もパソコン画面に向かっていたりする私のような者にとってはまことに効果がありそうなのだ。今まで目薬を常用するということはなかった私が、昨今は、原稿書きの合間に気分転換をするために、あるいはTV出演の前に二日酔いでトロンとした目をシャキッとさせるために、これを持ち歩いて愛用している。

参天製薬
http://hitomi-sukoyaka.com/

サンテメディカル10
http://www.sante-medical-10.com/

高野・若倉対談
http://www.sante-medical-10.com/medical10_3/medical10_3_1.htm

2008年10月10日

行って来ましたよ、旭山動物園!

昨夜、「留萌青年大学」で講演があって、終了後に地元JC(青年会議所)の主立った皆さんと深夜まで痛飲。市が“夕張化”しつつある中でも、若手経営者が明るく前向きに新しいビジネスチャンスを作り出している様子を知って励まされた。今朝は早起きして、前々から一度行きたかった旭川市の「旭山動物園」に行った。旭川には何度も行ったことがあり、郊外の「クラークホースガーデン」で野外乗馬を楽しんだことも何度かあるのだが、その頃には動物園は話題にもなっておらず、訪れたことがなかった。近年の評判を聞いて行ってみたいと思っていた上、今年6月には「オオカミの森」が新たにオープン、オオカミ・フリークとしては矢も盾もたまらぬ気持ちになっていたのがようやく実現した。

★旭山動物園:http://www5.city.asahikawa.hokkaido.jp/asahiyamazoo/
★私がオオカミ・フリークなった原因である姜戎の小説『神なるオオカミ』については、本欄今年1月27付を参照。
★クラークホースガーデン:http://www2.odn.ne.jp/clark/

9時半の開演前に正門に着くと、平日だというのに、もう200人からの人が列をなして開園を待っている。子供連れの家族もいるが、むしろ大人やお年寄りの団体や中年男性数人・若い女性数人のグループのほうが目立つ。中国人の個人・団体客も多い。明らかにここが新しい動物園観客層を開拓したことが分かる。

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2008年8月 7日

心斎橋の喫茶店で

大阪で心斎橋あたりに泊まると、朝は新聞の束を抱えて、御堂筋と長堀通の角に周辺のきらびやかさから取り残されたように昭和の匂いを漂わせている喫茶店サザンクロスに行くことが多い。

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昨日は隣に出勤前のOLが4人いて、全員が目をむきだして手鏡をのぞき込んでマスカラや眉描きに忙しく、「何なんだ、こいつら」と思いつつ毎日新聞を開いてフト川柳欄に目をやると、今日の秀逸は「仕事でも出せよ眉かく集中力」。アハハと思わず声を出して笑ってしまい、OLたちから怪訝の目を向けられた。「お前らのことが新聞に出てるよ」と言ってやろうかと思ったがやめた。化粧が終わると、4人のうち3人までがたばこをふかして、9時50分に店を出て行った。どこへ行くのかなと窓ガラス越しに見ていると、御堂筋の向かいのDior、FENDIなどの看板のあるビルの裏口に入っていった。集中力出して仕事せえよ、姉ちゃんたち。

2008年3月 3日

三島由紀夫の幽霊が出てきそうだ!

昨日は夕方から福井市で、早稲田のOB組織=稻門会福井支部の総会での記念講演があって、懇親会にも付き合った後、福井の名門企業=江守商事の揚原安麿常務(元日本青年会議所会頭)の案内で同市JCの若手の皆さん10人ほどと深夜まで懇談。今朝は二日酔い気味の中8時に汽車に乗って京都へ。巡回ルートになっている河原町から寺町にかけてのいくつかの古本屋さんを歩いていて、ある店の店頭ワゴンに三島由紀夫『葉隠入門』(カッパブックス)が500円の値札を付けて置いてあって、懐かしくて思わず買ってしまった。

その本は1967年、三島が市ヶ谷の自衛隊本部に殴り込んで自決する3年前に出た。私が買った古本の奥付を見ると75年=62版とあるから大変なベストセラーだったことが分かる。私は三島事件のとき駆け出し記者2年目で、とるものも取り敢えず市ヶ谷に駆けつけて、中の様子も分からぬまま遠巻きのようにして何やら緊迫したその場の雰囲気を嗅ぎ取っていただけだったのだが、それからこの事件について論評を書かなければならなくなって、真っ先にこの『葉隠入門』を読んだ。が、その本はとっくに手元になく、それから38年を経てたまたま今日、それが500円の値札を貼られているのに遭遇したという訳である。夕方、数十年来通っている河原町の万菜屋「いろめし黒川」に寄って一杯飲みながらページを繰った。

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2007年12月17日

奥田瑛二監督の新作『風の外側』がよかった!

 奥田瑛二は六本木男声合唱団で知り合って以来の飲み友達で、2人で「ヒルダラ会」というものを主催している。「昼間っからダラダラと酒を飲む会」の略称で、江戸の職人が朝6時から働いて3時に上がって、一風呂浴びて蕎麦屋の軒先で一杯飲んだという粋に学ぼうじゃないかという趣旨で、年に何度か、麻布十番の蕎麦屋でそういう会合を開いている。

 そうやって飲んでいるある時、彼が突然「あっ、あの役は高野だ!」と言い出して、彼の監督第2作『るにん』にチョイ役で出演した。主役の八丈島に流された遊女=松坂慶子は島でも体を売るしか暮らしの立てようがなく、私はその彼女を買いに行く流人の1人で、襦袢姿の大女優に後ろから抱きつく役回りだった。

 奥田の監督第4作『風の外側』が22日から正月にかけて東京・大阪でロードショー公開となるのを機会に、《ざ・こもんず》のラジオ版=JFN(東京FM系の全国ネット)の番組にゲストとして来て貰った。この映画は、下関市を舞台に、在日コリアン3世のやくざの下っ端とオペラ歌手を夢見る女子高校生のひらめくような愛を主題としたもので、ストーリー構成も展開のリズムも映像も主役たちや多彩な脇役たちの演技もすべて素晴らしい。ヒット間違いなしだと思う。

 面白いのは、奥田がこの映画を最初に公開するつもりだった地元=下関の唯一の映画館が閉鎖になると知って、彼が「私に運営させて貰えませんか」と申し出て、そこで11月から『風の外側』を先行上映すると共に、もう1つのスクリーンで第1作『少女』を上映してたちまちたくさんの観客を集めていることだ。俳優で監督もやったという映画人はたくさんいるが、さらに映画館の支配人にまでなったというのはたぶん初めてだろう。彼の映画に賭ける情熱に感動した。

 『風の外側』は東京では新宿のK's cinemaで上映される。是非観て下さい。▲

2007年12月15日

初めての種子島がよかった!

 鹿児島県は何十回も訪れているが、種子島には渡ったことがなく、一度行ってみたいものだと前々から思っていたところ、世界的なCGアーティストである河口洋一郎=東京大学大学院教授の誘いで図らずも実現した。

 種子島出身の彼が故郷のためにコーディネートしている「みなみの島の文化会議」の第4回が8日、中種子町で開かれて、私が安房鴨川でのエセ田舎暮らしを紹介しつつ都市から農村への人口逆流の展望について語り、次に河口が火星への人類移住とそれへのCGアートの貢献についてCG画像と生のタヒチダンスを組み合わせたパフォーマンスを展開、その後2人で種子島の持つ可能性についてトークを行って、薩摩琵琶奏者の桜井亜木子さんの演奏に引き継ぐという、何だかよく分からないイベントがあって、前夜から乗り込んだ。

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2007年12月 6日

フグかカワハギか?

 今日は大阪から松山経由で宇和島へ行って伊予銀行宇和島支店で講演、21時半に松山に戻って二番町の居酒屋「しら川」に立ち寄って、「活ハギ薄造り」で一杯。あれはカワハギでなくウマヅラハギだと思うが、水槽から上げたのを薄造りにして、たっぷりの肝や頭部の荒を添えた一皿(1900円)が感動的に美味しかった。

 カワハギはフグ目カワハギ属で、フグとは親戚関係だが、天然物を博多や大阪・黒門市場で食べて1万円、東京では3〜5万円もするフグと、こんなお値段で食べられるハギと、どちらが美味しいかというのは魚好きの間では昔から論争の種で、私はハギ派。何より肝を食べられるのがハギの利点で、醤油を垂らしたりポン酢に溶いたりしたのに浸して食べると身のコクが一層増す。フグのほうがコリッとした歯ごたえがあるが、逆に言うと歯ごたえだけで味もコクもないに等しい。大分県に行くとフグの肝を好きなだけ食べられて、その時は私もフグ派に転向するが、しかしフグの場合、身と肝はあくまで別物で、アン肝のごとくに肝そのものを味わいながら別途に味のない身の食感を楽しむということであって、ハギの身と肝の渾然一体をなった取り合わせの妙には及ばないのではないか。

 そもそも、下関のフグというブランド神話が出来上がって、どこで獲れても一旦下関に集めてそこから出荷すれば高く売れるという流通の仕掛けになっているのが気に入らない。なおさらそういうこととは関係のないカワハギに軍配を上げたくなるのである。しかもフグは冬場だけなのに対して、ハギは1年中食べられて、真夏はさすがに身が細って肝もないのでやめたほうがいいが、11月から5月くらいまでベストのシーズンが続く。フグよりもハギを! ▲

2007年10月19日

大阪読売TV「情報ライブ・ミヤネ屋」が全国放送に!

 私が毎週火曜日にナマ出演してきた大阪読売TVの昼ワイド番組「情報ライブ・ミヤネ屋」は、これまで月〜金の15:55から2時間の夕ワイドだったのが、10月からは13:55から3時間の昼ワイドに枠を拡大、しかも関西圏だけだった放送エリアも、関東圏と長野県を除く日本TV系25局にネットされ、一挙、全国版の番組にのし上がった。

 この番組は、当初は金曜日の15:55から2時間の週1回で始まったが、昨年8月からは月〜金の帯番組となり、さらに日本TV・読売TV共同制作で14年間続いてきた草野仁の「ザ・ワイド」が今年9月一杯で終了となったことから、読売TVとしては大決断を下して、その穴を埋める形で「ミヤネ屋」の時間帯を繰り上げると共に枠を3時間に拡大した。他方、日本TVはやる気が乏しく、その穴を人気ドラマの再放送などでお茶を濁した。そのため系列の地方各局が雪崩を打って「ミヤネ屋」を受けることになった。

 従来から関西各局は、朝ワイドと夕ワイドについては独自番組を競い合ってきたが、昼ワイドで関西独自番組を打つのはたぶんこれが初めてで、まして関西発のワイド番組がほぼ全国にネットされるというのもたぶん初めてだろう。関西発の全国番組が東京周辺だけ観られないというのも、TVにおける地方分権にとって画期的な出来事と言える。

 番組は、大阪朝日放送出身のフリーの人気アナウンサー=宮根誠司の司会で、ニュース、時事解説から芸能、旅・料理・健康など生活情報まで幅広く盛り込んだまさにワイドで、「高野さん、なんであんな番組に出てるの?」と言われることもあるが、ニュースや時事解説のコーナーへの取り組みはまことに真摯であるのに加えて、関西風の味付けの生活情報も勉強になることが多いので、喜んで毎週大阪に通っている。火曜日の出演者は私の他、近藤サト、松尾貴史、吉村作治など。月曜日は飯星景子、国定浩一、黒木昭雄、見城美枝子、水道橋博士ら。水曜日は小沢遼子、ガダルカナル・タカ、八幡和郎ら、木曜日は秋野暢子、浅野史郎、神足裕司、原田武夫ら、金曜日は大谷映子、池田健三郎、海江田万里、北野誠、高木美也子らと、なかなか多彩である。

 番組HP=http://www.ytv.co.jp/miyaneya/index.html ▲

2007年8月16日

首都「共同溝工事」のミステリー?

いやあ、暑い。久々の本格的な夏ですが、先日、新橋から半蔵門のJFNラジオの収録スタジオに向かうタクシーに乗って、少し涼しくなったお話をいたしましょう。虎ノ門交差点で信号待ちをしながら始まった運転手さんとの対話…。

高野「この交差点の共同溝工事もずいぶん長いねえ。10年くらいやっている気がするけど」
運転手「これって、何を作っているんだか分からないですよ。この霞ヶ関街の真ん中を通って皇居の桜田門前までやっていますが、秘密の核シェルターと違いますか」
高「へえー、どうして?」
運「たぶんここも、30メートルのH型鋼を打ち込んでいますよ。共同溝と言ったら、電気、通信、ガス、水道なんかで、そんなに深く掘らなくてもいいでしょう。工事だってすぐ終わりますよ」
高「詳しいね」
運「私、前はこういう工事のショベルカーの運転手やってたんですよ。青山3丁目のところの共同溝工事です。あれも、30メートルの鋼材を入れて、自動車が通れるほどのトンネル作って、それが青山墓地の下へずっと延びていて、どこまで繋がっているんだか」
高「確かに、地表で見ているだけでは何をやっているか分からないもんな」
運「それにね、見てください、看板に“共同溝事業体”とだけ書いてあって、“××建設”って企業名がないでしょう。働いている奴のヘルメットにも社名が入っていないですよ」
高「アッ、本当だ。匿名で工事をやってるんだ。謎っぽいね」
運「イザという時に偉い奴だけ生き延びようっていうんじゃないですか。税金を使っているんだから、情報公開させなければダメですよ。民主党が政権取って、ガンガンやったらいいですよ」
高「うーんと、蓮舫を国交大臣にして、諮問機関として荒俣宏を団長に“魔都地下世界探偵団”を結成して調べればいいかな」▲

2007年4月15日

いやあ、引っ越しが大変で……

 更新が遅れていてどうもすいません。安房鴨川の自宅新築が大詰めを迎えていて、住民票・印鑑証明・国民保険等々の移動、免許証の書き換え、電話・ADSLの工事と電話・FAX付きBrotherの複合機の搬入とセッティング、銀行ローンや火災保険の手続き、取り敢えず持って行く本・資料・道具の梱包と、まあ山ほどの雑用があってその度に鴨川との間を慌ただしく往復し、なおかつ肝心の家そのものが、3月15日に完成・引き渡しだったところが4月16日に延び、さらにその直前になって居間の床と風呂場のタイル工事の仕上げがどうしても気に入らず、すべて剥がして張り直しという騒ぎとなり、それでまたスッテンバッタン。結局は4月26日あたりから引っ越しを開始、5月連休にかけて新居の態勢を整えていくことになる。玄関周りやアプローチ、庭(と言っても敷地のほとんどは自然のままで残すので家の周りだけ)の工事はまだそれから先の話である。インサイダーのほうで「田舎暮らしを始めるの記・2」として、建てるべき家の基本コンセプトについて書いたので、お読み下さい。▲

2007年3月13日

生き物文化誌が「鶴見良行」特集/懐かしかった!

私も会員になっている「生き物文化誌学会」の会報『ビオストーリー』第6号が「歩く学問・鶴見良行の眼」を特集している。

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鶴見さんは、『バナナと日本人』(岩波新書)、『なまこの眼(まなこ)』(ちくま学芸文庫)などの名著で知られるアジア学者で、『鶴見良行著作集』全12巻がみすず書房から出てもいる。鶴見俊輔さんの従弟で、1926年に米国に生まれ19歳で終戦を迎えるまで米国に育って米国籍も持っていた。が、戦後、日本国籍を選んで帰国して、やがて東京・麻布の国際文化会館のスタッフをやりながら、鶴見俊輔、吉川勇一、武藤一羊の各氏らと共に「べ平連」を作ってベトナム反戦と脱走米兵支援の活動に取り組んだ。75年にベトナム戦争が終わると、アジアの民衆生活に根ざした学問をやろうと、吉川・武藤両氏らと共に「アジア太平洋資料センター(PARC)を創設、そこを拠点に独特の“足で歩く学問”を展開した。

私は、師匠の山川暁夫氏が彼らと親しかった関係から、PARCが出来たときから出入りし、ボランティアでそのニュース発行を手伝ったりし、後にはPARCの事務所があった神田神保町のビルの1つ下のフロアが空いたというのでそこにインサイダーの事務所を移してPARCの人たちといろいろなことを一緒にやったので、談論風発止まるところを知らない鶴見さんからも多くのことを教わった。

この特集には、鶴見さんが晩年奉職した龍谷大学の中村尚司経済学部教授と生き物文化誌学会会長の対談「鶴見良行が目指したもの」をはじめ、彼のお弟子さんや担当編集者だった人たちによる思い出話など8編が収められていて、胸に染みるような懐かしさと共に読んだ。

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2007年3月12日

毎週火曜日は大阪読売テレビ「ミヤネ屋」に出演!

昨年8月以来、毎週火曜日、大阪読売テレビ15:50〜17:50の夕方ワイド「情報ライブ/ミヤネ屋」にコメンテーターとして出演している。4月以降も同じ曜日で続く予定ですので、関西方面の方はご覧下さい。

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2007年2月28日

“台湾のマンデラ”施明徳さんと会った!

07年のノーベル平和賞候補にアル・ゴア前米大統領らと並んで有力候補にノミネートされているのが、“台湾のマンデラ”とも呼ばれる台湾の民主運動家の施明徳=元民進党主席。8年ぶりに来日した機会に、昨日午後、都内でお目にかかって2時間ほどお話しした。

蒋介石政権時代の1962年、「1つの中国、1つの台湾」を唱えたことが反乱罪に当たるとして逮捕され1977年まで15年間投獄。出獄後、また民主化運動を率いて指導的な役割を果たして79年「美麗島事件」で再び下獄し10年間の牢屋暮らし。蒋経国が87年に特赦を言い渡すが、自分はそもそも無罪なのだから特赦を受ける筋合いはないと拒否、90年に総統となった李登輝が「美麗島事件の判決無効」を宣言したのを受けてようやく出獄、自由を回復した。服役期間は通算で25年半の長きにわたる。

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2007年2月15日

文化戦略会議オープンカレッジ in 下関、成功裏に終わる!

「エンジン01文化戦略会議」(代表=樋口広太郎、幹事長=三枝成彰)が年に1回、大挙して地方を訪れて集中的にセッションを行う「オープンカレッジ」は、今回は2月10日から12日、山口県下関市で開かれ、3日間延べ5000人を超える市民の参加を得て成功裏に終わった。

エンジン01文化戦略会議 http://www.enjin01.org/index2.html

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2007年1月26日

8年間書き綴った『乗馬ライフ』コラムが最終回を迎えた!

『乗馬ライフ』というのは、隔月刊のほとんど日本で唯一の乗馬雑誌で、私はそこで足かけ8年間、コラムを連載してきた。このほど同誌が編集体制を一新して月刊化に踏み切ることになり、その機会に連載を終えるになった。最終回に次のような原稿を書いた。47回に及んだ連載の内容は、近々、私の個人サイト「高野孟の極私的情報曼荼羅アーカイブ」に収録する。

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2007年1月10日

襟裳は今年初めての真冬日、烈風が吹きすさんでいた!

今朝は5時起き、風呂に入りコーヒーを飲んでタクシーで大船駅に行って6時の電車に乗って羽田空港へ。7時55分発の帯広行き第1便で雪の帯広空港に降り立つと、迎えに来てくれたのは旧知の兼田紀幸さん。これがまた面白い因縁で、NHK「飛び出せ!定年」の取材・制作を請け負っているパオ・ネットワークというプロダクションの稲垣綾子ディレクターとカメラマン、音声アシスタントの3人は、一昨日に帯広でチーズ工房を取材した後、その近くに泊まってさらに周辺取材を続け、昨日のうちに襟裳に入っていた。それで、今朝になって再び帯広空港に着く私を迎えるために「日交ハイヤーえりも営業所」に前日電話して、「高野孟というのが明日帯広空港に来るので迎えに行ってもらいたい」と言った。その電話に出たのが、同営業所の2人しかいない運転手さんの1人である兼田さんで、彼は「エッ、高野さん、私知ってますよ。4年前に襟裳で一緒に一晩酒を飲んだんですよ。是非私に迎えに行かせて下さい」と言った。稲垣ディレクターは大いに訝って、私に電話して来て「そう言っているんですが、兼田さんてご存じですか?」と聞く。私は分からず、「うーん、確かに4年前に襟裳に友達と一緒に馬に乗りに行って、プライベート牧場を持っている神主さんやその馬仲間の方々と痛飲したけれども、襟裳のタクシー運転手の方はそこにいなかったと思うけど」と言ったのだった。

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2007年1月 9日

私の初詣は安房神社、御神籤は大吉でした!

1月3日に家内と女友達を連れて3人で安房鴨川の自宅建設現場を見に行って、その夜は鴨川のプチホテルに泊まって、翌日南房総の海沿いに走るフラワーラインをドライブして、ついでに館山市の「安房神社」にお参りした。御神籤を引くと「大吉」で、「最初は危うく心配なことがありますが、神代さながらにお詣りすれば決して迷うことはありません。後には何事も平和に収まります」と。「転居」は「よし。支障なし進めよ」とあるので、今春の安房鴨川の新居への引っ越しは問題なし。「願望」は「初心に返り励めば万事順調」、「事業」は「他に手を出すと失敗する」なので、《ざ・こもんず》の事業は初心を忘れず脇目もふらずに追求すれば成功するということだろう。

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2007年1月 1日

明けましておめでとうございます!

行ってきましたよ、ベートーベンの交響曲1〜9番をブッ通し聴きながら年を越すコンサート。昨日書いたように、04年と05年は岩城宏之さんが1人で振り、彼が亡くなった今回は9人の指揮者が順に振って、指揮者のコンテストのようになった。オケは、コンサートマスターがN響第1コンマスの篠崎史紀、第1ヴァイオリンのうち篠崎を含む6人までがどこかのオケのコンマス、弦や菅や打のすべてのパートの首席はすべてどこかのオケの首席という超豪華臨時編成で、まあ日本のオケでもここまで音を出せるのかというほどだが、それでも指揮者によってまるで鳴りが違う。誰とは言わないが酷いのもあったが、私は(6番は知人たちと上野駅周辺で一杯飲んでいてパスしてしまった——ご免!)高関健が振った4番と小林研一郎の7番がよかった。こうやって比べられると指揮者もツライだろうなあと思う反面、これを9曲をまるで1つの組曲のようにして1人で振った岩城さんの凄さが改めて偲ばれる。会場にも来ておられた奥様の木村かをりさんによると、06年6月13日、全身の癌はじめ数々の病と闘った末に心不全で亡くなるその15分前まで、この日のコンサートに備えてベッドでベートーベンを振っていたという。岩城さんの「やっぱり、僕が1人で振った方がいいなあ」という声が聞こえてきそうだった。

さて、そうして迎えた新しい年である。

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2006年12月31日

大晦日はベートーベンの交響曲で!

今年もいよいよ終わり。今日は、午前中は昨日の大掃除の続き、昼に保土ヶ谷の蕎麦店「九兵衛」から届けて頂いた蕎麦を先日鴨川自然王国で抜いてきた辛味大根で食べて、3時に上野・東京文化会館へ。三枝成彰プロデュース「岩城宏之追悼コンサート/ベートーベンは凄い!全交響曲連続演奏会2006」に行く。6月14日と29日の本欄で書いたように、一昨年と昨年は岩城さんが1人で1番から9番までを振った。その岩城さんが亡くなって今年はどうしようかということになったのだが、三枝が1番から9番までを9人の指揮者が振るという形式に切り替えて、秋山和慶、井上道義、岩村力、ジャン=ピエール・ヴァレーズ、大友直人、小林研一郎、下野竜也、高関健、外山雄三を招集した。9番のソリストは、ソプラノ釜洞祐子、アルト坂本朱、テノール佐野成宏、バリトン福島明也。管弦楽は特別編成のイワキ・オーケストラ、合唱は晋友会合唱団。豪華な顔ぶれだ。8番が終わった辺りで年を越して、9番が終わると25時。横浜の家に帰り着くのは元旦の2時半だろう。9時に起き出して、団地の賀詞交換会に顔を出す。来年3月には鴨川に引っ越すので、30年間ほぼ欠かさずに出てきたこの会もこれが最後になる。

首都圏の方でこのコンサートに行きたい方は、たぶんまだチケットはあると思うので、今からでも遅くない! 三枝サイトhttp://www.saegusa-s.co.jp/con061231.htmlを参照の上、お問い合わせ下さい。

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2006年12月 6日

秋吉敏子さんにインタビューした!

デビュー60周年、渡米50周年、そしてシングル盤「HOPE」発売記念のチャリティコンサートのため帰国した世界的ジャズ・ピアニスト=秋吉敏子さんにインタビューした。フジTVでの番組収録の合間を縫って、今朝8時から9時まで同TVの会議室を借りて、JFN(ジャパン・エフエム・ネットワーク)の今月24日朝5時放送の「高野孟のラジオ万華鏡」向けの収録である。

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2006年12月 5日

本分はわきまえないといけない!

先週末、知人と一緒に伊豆半島・川奈近くの牧場に馬に乗りに行った。135号線で熱海から網代を過ぎて伊東市に入った辺りの沿道に変なものを見つけた。

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2006年11月24日

帯広でランチョエルパソの放し飼い豚と遊んだ!

21日に帯広商工会議所青年部(帯広YEG)主催の講演とシンポジウムがあって、久しぶりに帯広に行ったので、翌日は旧知のレストラン「ランチョエルパソ」亭主=平林英明の自宅兼豚牧場を訪れて、広大な林野で自由奔放に放し飼いされている240頭の豚の世話を手伝ったり遊びの相手をしたりして過ごした。

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2006年9月 5日

妙高里山みらい塾が発足し、塾長に就任!

8月31日、新潟県妙高市で「妙高里山みらい塾」の設立総会が開かれ、高野がその塾長に就任した。

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2006年7月18日

ジンギス・ハーン800周年のモンゴルを満喫してきた!

 なかなか更新できなくて申し訳ありません。ドタバタして「インサイダー」の原稿を書くのが精一杯で、そのうちモンゴルに旅立ってしまって、インターネットはおろか電話もないようなところで過ごしていたので、すっかりご無沙汰してしまいました。

●モンゴルの音楽と乗馬を楽しむ旅

 モンゴルに行き始めたのは1998年。ウランバートルに国立オペラ劇場があるという話を聞いて、「へーえ、行ってみようよ」ということになって、モンゴル音楽に詳しい音楽制作会社=創樹社社長の山川泉氏を案内役に、作曲家の三枝成彰、作家の林真理子、ぴあ社長の矢内廣の各氏と共に行ったのが最初だった。800席ほどのこぢんまりした劇場で、それが50年以上前に抑留日本人捕虜の“強制労働”で建てられたものと聞いてビックリ。歌手も結構巧くて、モスクワやプラハで修業してイタリアで活躍して帰ってきたというような人もいて、またビックリ。「蝶々夫人」「トスカ」といった西洋の定番ものも演じるけれども、自前で創作した民族ものを大事にしていて、それがなかなかよくて、またまたビックリ。

 当時、日本では第2国立劇場が出来たものの、ハコだけ立派で、専属の歌手も合唱団も交響楽団もバレエ団もいない。ニューヨーク・メトロポリタン歌劇などを連れてきてS席8万円とかでやっているのと「どっちが進んでいるのか、どっちが豊かなのか」と、一同大いに感動しつつ議論したのだった。

 以来、ほぼ毎年のように、多いときには50人、今年のように少ないときで10人ほどでオペラやバレエや民族音楽を聴き、また数日は郊外のゲル村に泊まって乗馬を楽しむという旅を続けてきた。2001年には、やはり日本人捕虜が立てたウズベキスタンの首都タシケントのオペラ劇場にも足を伸ばし、この時には実際にその建設に携わった元捕虜の生き残りの2001年には、やはり日本人捕虜が立てたウズベキスタンの首都タシケントのオペラ劇場にも足を伸ばし、この時には実際にその建設に携わった元捕虜の生き残りの方々まで含めて100人で行った。このあたりの経緯は、高野個人ホームページの旅行記に詳しいので参照して頂きたい。

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2006年6月29日

岩城宏之さん追悼・続

 6月14日付本欄の岩城宏之さんへ追悼の中で触れた「戦友」について、少し補足を。

軍部が問題にしたのは、全体に哀愁を帯びたメロディで兵を鼓舞するところがないということと、歌詞の中の「軍律きびしい中なれど これが見捨てて置かりょうか」が、「命令ナクシテミダリニ負傷者ノ看護スベカラズ」という軍律に違反していることだったようだ。そのため、昭和に入ってこの「軍律きびしい中なれど」が「硝煙渦卷く中なれど」と改編され、さらに太平洋戦争時代には歌うこと自体が禁じられた。が、多くの将兵は辛いときにはこれを歌って自らを慰めた。他方、戦後GHQは「軍国調の歌詞」だとしてこれを嫌い、真下の生まれ故郷である丹後・大江町の良正院門前にある「ここはお国を何百里」と掘った石碑を破壊するよう要求したが、時の住職が体を張って阻止した。右からは厭戦歌と言われ、左からは軍歌と言われた歴史があるわけで、とすると林光が編曲者と名乗るのを避けたのは、左翼仲間から「何だ、軍歌なんて編曲して」と言われたからかもしれない。

歌詞全文は以下の通り。

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2006年6月25日

宿沢広朗さんが亡くなった……

 ラグビー元日本代表監督/三井住友銀行専務の宿沢広朗(ひろあき)さんが亡くなった。新しく立ち上げた法人顧客向けのプロジェクトについて、前週に同行頭取と打合せをして意欲満々だったというのに、その週末に赤城山で山歩きをしていて突然の心筋梗塞で帰らぬ人となった。まだ55歳。私は、日本ラグビーを何とかするには、宿沢=日本ラグビー協会会長、日本代表監督=清宮克幸(前早大監督、現サントリー監督)という早大コンビで行くしかないと思っていたので、落胆が大きい。22日に築地・本願寺で行われた葬儀に参列して、宿沢さん個人の過去の思い出のためというより、日本ラグビー界全体の行く末を想って、涙が滲んだ。最後にお目にかかったのは3年ほど前だったろうか、一杯飲んでラグビー談義をして、帰りに早稲田ラグビー部のえんじと黒のストライプの公式ネクタイをプレゼントして頂いた。以来、私の「サンデー・プロジェクト」出演日がたまたま早稲田の勝負所の試合に当たる時は、そのネクタイをして出演し、番組終了後そのまま競技場に応援に駆けつけることにしている。▲

2006年6月18日

事務局でキャンドルナイト&ワールドカップ

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撮影:《ざ・こもんず》運営事務局(2006.6.18)

《ざ・こもんず》運営事務局で地味に(本来ハデではないですが)キャンドルナイト...予定どおり午後8時頃から電気を消してみたものの、あまりに暗すぎてコンテンツ作業不能のため一時断念。

しかし、窓越しに外を見ると、いつもの明かりが灯っていないところがチラホラ。

このイベントが浸透している事を再確認する。

1時間後の午後9時スギにキャンドルナイト再開。(写真はこの時撮影)

気になるのは《ざ・こもんず》コラムニストの玉木さんの記事。(2006.6.16)

ところが実際、ワールドカップ「日本対クロアチア」の試合スタート時間は午後10時スギ。(でんきを消して、は午後10時までなので)

まだ現在試合中ですが、とにもかくにも無事両方こなせたワケで、一安心。

TVで、ドイツのケルン大聖堂では「ロウソクに火を灯して願いをこめる」というシーンを放送していましたが、このワールドカップとキャンドルナイトの組み合わせ、さほど遠からずの関係だと思いませんか?

by 《ざ・こもんず》運営事務局スタッフ

2006年6月14日

岩城宏之さんが亡くなった……

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《ざ・こもんず》運営事務局より謹んで哀悼の意を表します。
※写真はhttp://www.sanspo.com/より拝借いたしました。

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『ベートーヴェンの1番から9番までを一晩で振るマラソン2004』

 日本を代表する世界レベルの指揮者である岩城宏之さんが13日、亡くなった。87年に頸椎後縦靱帯骨化症という難病で大手術、その後も胃と咽頭と肺の癌で計30回近い手術を繰り返しながら、決して弱音や愚痴を吐くこともなく、音楽活動はもちろんエッセイストとしての執筆活動を旺盛に続け、プライベートな場でもいつもジョークというか、フランス小話のような軽妙な語り口で自分の失敗談などを面白おかしく話して周りを飽きさせることがなかった。

 最後の指揮となったのは、5月24日、東京・紀尾井ホールでの「東京混声合唱団創立50周年」記念コンサートで、六本木男声合唱団(六男)の仲間たちや家族と共に聴きに行っていた私は、岩城さんの番になった時に車椅子で出て来られたのを見て少なからず驚き、実を言うと、いずれ別れの日があることを密かに覚悟したのだった。コンサート終了後、岩城さんは、自分が長年、音楽監督を務めた東京混声合唱団の打ち上げには顔を出さずに、六男が用意したパーティの会場に直行して、私がそこに着いた時には奥様の木村かをりさんと2人でもう料理の並んだテーブルに座っていた。どの新聞の訃報にもその肩書きは出ていないが、実は岩城さんは六男の終身名誉指揮者でもあるのだ。私が隣に座ると、岩城さんは「声が出なくて、しゃべるのがつらいんだ」と言いながらも、ついさっき指揮してきたばかりの軍歌というよりも厭戦歌である「戦友」(真下飛泉作詞、三善和気作曲)——ここはお国を何百里、離れて遠き満州の、赤い夕日に照らされて、友は野末の石の下…という、あれだ——のことを楽しそうに話された。

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2006年6月 2日

W杯目前に読むのは川淵三郎の新著『虹を掴む』だ!

 川淵三郎キャプテンから新著『虹を掴む』(講談社、6月1日刊)が送られてきたので、今日予定していた仕事を中断して一気に読んだ。面白い。W杯を目前にして今の時期に読むのにこれくらい相応しい本はない。写真は、扉に書いて頂いたキャプテンのサイン。人柄のよく表れた、いい字を書くんだよね。見習わなくてはいけない。

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 「はじめに」を読んで初めて気が付いたのだが、キャプテンが自分のサッカー人生について自ら書いた本はこれまでなかったのだ。「Jリーグ開幕前から今に至るJリーグ、日本代表の舞台裏を初めて明らかにした日本サッカーの“歴史書”」という本の謳い文句は決して誇張ではない。特に歴代のジャパン監督の評価と、ジーコになってからのジャパンの変化についての下りはW杯観戦の参考になるはずで、開戦前に読むことをお勧めする。

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2006年5月31日

2泊3日で韓国“お勉強ツァー”に行ってきた!

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 本サイトで予告したように「ジャーナリスト高野孟と最新韓国を見る旅」を引率して、2泊3日でソウルを訪れた。私が長年にわたり月1回の講座「新・世界地図の読み方」を持っている中日新聞社「栄文化センター」の40周年を記念した「特別現地講座」として企画されたもので、同講座の受講者やその家族などのほか、《ざ・こもんず》での告知を見た東京、九州、沖縄からの方々を含め約20人が参加した。ここでの見聞はINSIDERのほうで書いたのでそちらをご覧下さい。また来週発売の『週刊ポスト』の「新聞時評」欄に、ソウル報道は今日本経済新聞が面白いという話を書いたのでお読み下さい。▲

2006年5月14日

連休はロンドンとイスタンブールで面白いものを観て来た!

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 連休は、ロンドン2泊、イスタンブール2泊の強行軍で、それぞれまことに面白いものを観て来た。インサイダーのFROM THE EDITOR欄で簡単に報告したのでそちらをご覧下さい。写真を追加掲載しておこう。上は、首相官邸裏を出発する巨象。下はジンガロ・イスタンブール公演のプログラム表紙。▲

2006年4月17日

これは何?/その2

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2006年4月10日

これは一体何だ?

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2006年3月17日

道新に「農牧生活の布教者」と呼ばれて面映ゆい!

 北海道新聞12日付の「日曜インタビュー」に私が登場、テレビのコメンテーターとは別の「もう1つの顔」として「農牧生活の布教者」として知られるようになったと紹介されていて、面映ゆかった。↓クリックして下さい。▲

2006年3月16日

吹雪の遠野で馬に乗った!

 11日、名古屋の栄中日文化センターでの講座を3時に終えて、新幹線を乗り継いで新花巻からまたローカル線で遠野に着いたのが夜10時前。軽く一杯飲んで寝て、翌日は「東北ツーリズム大学」3月講座の一環である市民公開講座で「里山暮らし/農と馬」というようなお話をし、午後は受講生の皆さんの活動報告にお付き合い。秋田県仙北郡で農家民宿を営む竹原まゆみさん、「緑旅遊」を合い言葉にグリーン・ツーリズムを推進する福島県会津坂下町の吉良成子さん、最盛期の約半分=200万人に観光客が減った鳴子町で振興事業に取り組む小泉慶雄さん、食文化を大事にした多彩な活動を繰り広げる宮城県東松島市の大江公子さん、自分たちの足で歩いて本物の食品を紹介するウェブ「まがりや.net」
http://www.magariya.net/)を運営する盛岡市の工藤昌代さん、その他地元の遠野を含めて、興味深い報告が相次いだ。全部を聞いて、私と、もう1人のアドバイザーであるサービス・コンサルタントの福島規子さんが講評を述べて、そのまま本田敏秋遠野市長を交えて宴会に突入……。

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2006年2月19日

清宮監督、5年間楽しませてくれてありがとう!

 ラグビー日本選手権準決勝、早稲田大学vs東芝府中は早稲田の完敗だった。先週のvsトヨタは勝てると思っていたが、今週は勝てないまでもギリギリまで迫るような闘いを期待していたのに、ゼロ敗ではどうしようもない。寝転がってテレビで観ていようかとも思ったが、早稲田ラグビー再興のために5年間尽くした清宮克幸監督の最後の采配になるであろうこの試合に敬意を表さない訳にはいかず、サンプロ出演の後、昼食もそこそこに秩父宮のスタンドに駆けつけて見守った。帰ってから清宮にはのようなメールを送った。

┌─────────────────────────┐

5年間、お疲れさんでした。今日は大敗で、私はもうちょっとドラマティックな負け方——先行されて、それでもしがみついて付いていって、最後あわや逆転かというところまで迫りながらやっぱり突き放される——を予想していたのですが、前半の決定的なところでの2つのノックオンで流れに乗れなかったのが残念でした。前半は内容的には互角だったですものね。
まあとにかくご苦労さん。あなたのお陰でこの5年間、ラグビーを観るのが楽しかった。次は、サントリーもさることながら、W杯のジャパンを面白くしてください。落ち着いたら一杯飲みましょう。たかの

└─────────────────────────┘

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2006年2月10日

田中真紀子は西太后の生まれ変わりだった!

 先日、長崎の博物館で清朝文化の展示を見たら、田中真紀子は西太后の生まれ変わりだったことが分かった、と書いた。「早く見たい!」という声も届いたが、ここ数日「ゴルゴ13の読み方」の原稿に追われて暇がなかったので、遅くなったがここにその写真を(無断です!すいません)公開する。

 今日はこれから、日本馬術連盟で「神奈川馬の道ネットワーク研究会」についての会合——あ、そうそう、同研究会のホームページを私が作成中なのでご関心ある方はご覧下さい(http://www.smn.co.jp/kg-umanomichi/index.html)、午後都内で講演、それから会津若松へ飛んでエンジン01の「オープンカレッジ」に2泊3日で参加、日曜日に戻ってラグビーの早稲田vsトヨタを観戦です。▲

2006年2月 5日

さいとう・たかを先生に会った!


『ゴルゴ13』

 そうだ、これを報告するのを忘れていた。先週の火曜日に、劇画の大御所で『ゴルゴ13』の作者であるさいとう・たかを先生にお目にかかった。何のためかと言えば、まさにその『ゴルゴ13』の全作品の中からとりわけ国際情勢のダイナミズムを活写していると思われる作品を選び出して、それを素材にしながら「日米経済戦争」「資源戦争」「メディア支配」「パレスチナ問題」「激動の中国」など13のテーマを立てて図解入りで解説するという本を作っていて、春には小学館から出版される予定なのだが、その巻頭に載せるさいとうさんと私の対談を収録するためだ。

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2006年2月 2日

長崎は今日は晴れだった

 今日は長崎で日本電信電話ユーザ協会長崎支部で中小企業経営者の皆さん100人余りを前に景気についての講演。インサイダーで書いたホリエモン事件の捉え方を前振りにして、日本経済がなぜ「改革」なしにはこれ以上前進できないのかというお話をした。

 夕方、昨年11月にオープンしてなかなか評判がいいと聞いた「長崎歴史文化博物館」に行って、2階の常設展と3階の企画展「清朝末期の宮廷芸術と文化」を観てから、中華街に行って1月29日から2月12日まで開かれている「長崎燈会(ランタンフェスティバル)」を堪能し、それから通りがかりの銅座町の「吉里吉里屋」という居酒屋で一杯飲んで、ホテルに戻って、冷蔵庫のチュウハイを飲み継ぎながらこれ(とさっきの原稿)を書いている。

 博物館の常設展は、一番古い国際都市=長崎の中国、朝鮮、そしてヨーロッパとの交流と貿易の歴史を豊富な文物で表したもので、当時の日本人がそれら外国の文化に接してどれほどワクワクしたか、その新鮮な驚きがそのまま伝わって来るようで、楽しかった。清朝展もなかなかの優れもので、北京故宮博物院の所蔵品を巧く配置して、西太后やラストエンペラー溥儀の暮らしぶりを描いていて興味深い。非常にビックリしたのは、初めてマジマジと見た西太后の写真数点。田中真紀子にそっくりなのだ。なるほどねえ、真紀子を西太后の再来だと思えば理解できることが多々ある。今日は旅先なのでスキャナーがないから、後で写真を載せる。これは誰でもビックリするはずだ。

長崎歴史文化博物館  http://www.nmhc.jp/

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2006年1月28日

旅から旅への暮らしだが、楽しみは温泉

 1月も後半になると新春講演会などの依頼が多く、旅から旅への日々となる。20日には、《ざ・こもんず》サポーター企業である山形市の(株)アルファ・コム主催による「地域活性化への道」セミナーと称した、実は《ざ・こもんず》サポーター企業拡大を目指したイベントが開かれ、私と、《ざ・こもんず》プロジェクトのコア・メンバーである岩崎学(株)オルタナレッジ社長とが1時間ずつスピーチした。福岡や熊本のサポーター企業のリーダーたちも応援に駆けつけた。会場は予定の150人を超える人々で満員で、「山形県で20社」限定というサポーター企業の獲得目標は遠からず達成されるだろう。当日の様子は、アルファ・コムのホームページに出ている。→http://www.alpha-com.cc/seminar/seminar_top.html

 岩崎さんはつい数ヶ月前までライブドア副社長。私を含め皆さんの関心は「ホリエモンはどうなる?」に集中したが、彼はITマーケティングの専門家で、同社の金融やM&Aの部門とは全く無関係で、何も知らない。私が最初に会ったとき、「あの会社はホリエモンのおもちゃですから」と言っていたから、むしろそういうことに嫌気がさしてライブドアを辞めて自分の会社を興したというのが本当だろう。

 せっかく大雪の中を山形まで行くので、前日午後に東京を出て赤湯で下車、長井市の菅野芳秀さんを訪ねた。

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Profile

高野 孟(たかの・はじめ)

-----<経歴>-----

1944年東京生まれ。
1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。
通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。
同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。
80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任し現在に至る。
94年に故・島桂次=元NHK会長と共に(株)ウェブキャスターを設立、日本初のインターネットによる日英両文のオンライン週刊誌『東京万華鏡』を創刊したほか、PC-VAN・NIFTY-Serve・MSN、富士通ブロードキャストその他電子メディアのコンテンツ創造、講談社・小学館・集英社その他出版社のウェブサイト開設、『インサイダー』のメルマガ化、などを次々に手掛け、インターネット・ジャーナリズムの先駆的開拓者と呼ばれた。
現在、それらの経験を活かして、独立系メディアの総合サイト《THE JOURNAL》に取り組んでいる。
2002年に早稲田大学客員教授に就任、「大隈塾」の授業「21世紀日本の構想」、ゼミ「インテリジェンスの技法」、社会人ゼミ「ネクスト・リーダーズ・プログラム」を担当している。

-----<出演>-----

『サンデープロジェクト』
(TV朝日系、日曜10:00~)

『朝まで生テレビ!』
(TV朝日系、最終金曜25時頃~)

『たけしのTVタックル』
(TV朝日系、月曜日21:00~)

『情報ライブ ミヤネ屋』
(読売TV系、月~金曜21時~)

BookMarks

東京万華鏡:TOKYO KALEIDO SCOOP
http://www.smn.co.jp/

INSIDER:インサイダー
http://www.smn.co.jp/insider/

大阪高野塾
http://www.osaka-takano.com/

-----<著書>-----


『滅びゆくアメリカ帝国』
2006年9月、にんげん出版


『ニュースがすぐにわかる世界地図(2006年版)』
2005年、ポスト・サピオムック


『最新・世界地図の読み方』
1999年、講談社現代新書

『情報世界地図 98』
1997年、国際地学協会

『地球市民革命』
1993年、学研

『21世紀への世界時計』
1991年、集英社

『入門世界地図の読み方』
1982年、日本実業出版社

→ブック・こもんず←



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