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高野尖報・首都直下型地震による「液状化」被害予測の恐ろしさ ── 封印された報告書を『AERA』が暴露 »

高野孟の遊戯自在録030

8月1日(月)

 今日で早稲田は前期最後の授業。午後の大隈塾授業では、東北被災地の支援ボランティアについて議論したが、「行きたいと思うがどこで何が出来るのか分からない」「物見遊山になるのでは」「目的意識を持って行かないと意味がない」「慌てて現地に行くよりも根本的なことを勉強するのが先ではないか」等々の意見が少なからずあって驚いた。締めくくりに発言した私は、「行って下さい。テレビで現地の様子を見ているだけでは、五感のうち視覚と聴覚しか使っていない。それで物事を分かったような気になる人間を私は軽蔑する」と言った。私ら若い頃には、考えるより先に体が動いて、理屈は後から付いてくるのが当たり前だったが、今の若者はまず勉強してじっくり考えて、失敗しないような道筋が見つかれば行動に移してもいいかな、それも面倒くさいかな、といった思考回路を辿る者が多い。頭の先っぽで考えるのでなく、体全体で考えろと言うんですが...。

8月2日(火)

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 朝のラジオの後、終日読書。井上ひさし『吉里吉里人』下巻をようやく読了。玉木正之さんから贈られた『「大相撲八百長批判」を嗤う/幼稚な正義が伝統を破壊する』(飛鳥新社)が面白い。まったく、「幼稚な正義」が大相撲だけでなく日本をダメにしている。明治学院大学の中尾茂夫教授から頂いた『米ドルの内幕』(左右社)は「市場の原理」と「帝国の論理」の交点でアメリカという国の多面性を整理しようとする分かりやすいドル論。

8月3日(水)

 夕方、千葉駅行きの高速バスで出て、千葉刑務所近くの名門料亭「花長」で佐倉市の蕨和雄市長と懇談。大学同級生で製紙会社を退職後、今は佐倉で陶芸や農作業の傍ら社会福祉協議会の役に就いている森田尚武君も同席した。2月に佐倉商工会議所の講演会に行った時に、控え室に市長と森田が控え室に来てくれて、「一度そのうち...」という話になっていたのが、市長からのお声掛かりで実現した。蕨さんは75年早大商学部卒、東京銀行で香港、ニューヨーク勤務も体験した国際派銀行マンの出身で、94年に蕨産業を設立してゴルフ練習場やラベンダーランドなどを経営した実業家でもあるだけに、2007年に無所属で佐倉市長に当選してからは財政再建や福祉施設の充実に手腕を発揮、1期目のマニフェスト達成率が9割を超えるという実績をあげ、今春再選された。「長命を寿(ことほ)ぐ社会を作らないと。厚労省のように長命を厄介視していてはダメですよね」と言うと、「寿ぐとはいい言葉だ。それ頂きます」と言っていた。美味しい料理とお酒で、私の終バスぎりぎりまで話が尽きなかった。
★わらび和雄HP:http://www.warabikazuo.com/

 森田が「例の『西東』を今日、市長にお渡ししておいたよ」と。『西東』とは、早大文学部西洋哲学科と東洋哲学科のOB有志が7年前に創刊した同人誌で、その創刊号の巻頭特集で、西哲同級生で僧侶・歌人の福島泰樹が私をインタビューするという形で、50ページにも及ぶ対談記録「我カク戦ヘリ」が載っている。その号にはまた、私が別稿で「還暦を期して安房鴨川で"エセ山林地主"となるの記」を書き、森田も佐倉惣五郎伝説についての考察を寄稿している。とんだお目汚しで恥ずかしいが、まあ私がどんな人生波乱の末に鴨川に暮らしているかを理解して頂くにはこの1冊に勝るものはないだろう。「我カク戦ヘリ」の全文はここにある。

8月4日(木)

 朝、家内を高速バス停まで送って、そのまま水道用の金具を探しに君津のジョイフル本田へ。我が家から一番近いホームセンターはコメリだがここは店が小さく、車で15分かかるカインズ鴨川店は倍以上の店構えで大抵の用は足りるが、30分かかるジョイフルまで行けば他にないものもほぼ必ず見つかる。昼間は何をしなくとも倒れそうなほど暑いので、15時半まで待って、長中短の角杭20本と鎌、鋸、その他小道具を担いで山に登り、先日仮設置した水道管の補強工事に取り組む。水源と最終的な貯水タンクの間には大きな落差があり、現状でも問題なく水は通っているものの、途中には土手あり起伏ありで、塩ビの20ミリ菅は凹部ではたわんでしまう。水に勢いがあるうちは問題ないが、勢いがなくなった時が心配だし、たわんだ所に少しずつ泥が溜まる危険があるので、凹部には杭を打って菅を金具で止めて支え、凸部では土を削って上り傾斜を解消したりして、できるだけ水平もしくはやや下りの傾斜をつけながら繋いでいく。結構面倒な作業で、1時間半ほどで約半分を完了。次の部分は地面を大きく削る必要があり、それにはシャベルか鍬が必要で、それを下まで取りに戻ってまた上がってくるだけの元気がなかったので、今日はそこまでで終わり。

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 写真は、ほぼ出来上がった森の道とそこを通る水道管。藪状態の森を切り拓いて、他人の森だから大きな立木には手を着けられないが、倒木はチェーンソーで切って脇にどけ、雑木は草刈り機でなぎ倒し、飛び出している枝は鋸で切り、頭上を覆う蔓類は鎌で切り落として人が通れる森の道を作り、そこに水道パイプを這わせて、一寸角の杭に金具で固定して持ち上げたり、地面を鍬で削って凹ませたりして高低差を調整し、水源から森の道の出口までの約120メートルをほぼ水平もしくはやや下りになるようにする。森の道を出て我が敷地に入ってからの約80メートルは一気呵成の下りなのでほとんど支えなどは必要ない。

8月5日(金)

 朝5時から執筆。昼に娘と孫が来訪(7日のお祭に備えて)。孫が来るともうダメですね。ブランコを押せ、キックボードに乗るのが上手くなったから見てろ、ゴーヤとミニトマトを採りに行こう、カタツムリが逃げ出したから探せ、花火がやりたい等々で終日振り回される。

8月6日(土)

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 朝から懸案だった自転車の修理。(株)ユニバーサルトライクの前2輪・後1輪の3輪で、鴨川に引っ越してトヨタのBladeという車を買った時に、友人だった故・勝又基夫=千葉トヨペット社長が我が家に遊びに来て、家内が運転しないことを知ってプレゼントしてくれたもの。とはいえ家内は乗ることもなく、私は400メートル下のスーパーにも軽自動車で行くので、せっかくのトライクも軒先に放置されたまま後輪がパンク(?)したり金属部分に錆が出たりして気になっていた。別に、これに乗ってどこかへ行こうという訳でもないのだが、やはりモノは大切にしなければいけない。まず雑巾で綺麗に拭いて、チェーンなどに錆落し油をかけて金属ブラシで磨き、それから空気が抜けてペチャンコになっている後輪を外してチューブを点検すると、パンクはしていないが一部劣化しているし、バルブのゴムは完全に寿命が来ている。カインズに車で走って部品を買い揃えて交換した。昔の男の子はこういうことは全部自分でやったんだが、今の子供はどうなんだろう。孫が見に来て「何してんの?」と言うから、「自転車でも何でも、自分のドーグは大事にして、いつも自分できれいにしておくんだよ」と諭した。

 トライクは、仙台発のベンチャーで、前2輪を連動させる世界初のパラレルリンク機構を開発して米欧亜で国際特許を取得、05年に創業してたちまち東北経済連合会の「宮城県優れもの百選」に選ばれたり雑誌『サライ』の賞を授けられたりして話題になった。私のは、すでに今年4月に生産中止となった「スポーツタイプ」で、前輪16インチ×2・後輪22インチ、外装8段変速、前カゴ付き、重量29キロというもの。今はこの電動アシスト式のものが売れているらしい。我が家は敷地内も門から玄関口まで結構きつい傾斜があり、門を出てからも下の舗装道路まで約200メートルの砂利の坂道なので、家内が乗るとすれば電動アシストでないと無理かもしれない。田舎暮らしには車が必須で、今は家内も、下のスーパーで氷を買ってこい、車で7分のセブンイレブンで振込をするから連れて行けとお気楽に言っているが、私が先に逝ったらどうするのか、考えておかなければならない。

 20時に明日のお祭の助っ人に志願した早稲田の高野ゼミ現役2人、OB4人、引率の村田信之の計7人が近所の焼肉店「味家」に到着、「好きなだけ飲み食いしろ」とは言ったが、大盛りのドンブリ飯を3杯お代わりした奴がいたのにはビックリした。OBは、米紙東京支局、大手銀行、映像制作会社、日経BPに勤務で、3杯飯を食ったのは銀行員。明日が早いので21時半にお開きにして、彼ら7人は鴨川自然王国の山小屋に宿泊。

8月7日(日)

 大山不動尊のお祭。鴨川市の旧大山村の中心にある大山不動尊は、その奥の山頂にある高蔵神社と併せて、神亀元年(724年)に良弁僧正が開いた、関東三大不動尊に数えられる由緒あるお寺で、毎年8月に行われる夏祭には、早朝に6地区=6神社からお神輿が出てお昼に不動尊境内に集結して賑やかに雨乞いの儀式を行い、夜は青年会が中心となってやはり6台の山車が旧大山小学校の校庭に集まり縁日が開かれ、花火も打ち上げられる。と言っても、ここでも高齢化の波は深刻で、とうの昔から6地区のうち3地区では、渡御者と呼ばれる担ぎ手が足りずに大人神輿は出せず、子供神輿だけが出るという有様だった。私の住む金束地区では、近くの航空自衛隊レーダー基地の屈強な隊員たちが、地元貢献活動の一環として毎年20人ほどが参加してくれて、ようやく渡御者が確保されてきたが、今年は大震災被災地への派遣があって「10人しか出せない」と知らせがあって、地区の長老たちは「神輿が出せるかどうか」と心配した。そこで私が大隈塾ゼミの学生やOBに声をかけたところ、現役2名とOB4名が手を上げて、村田先生引率で来てくれることになったのだ。

 今日は6時半に八雲神社集合、まずは御神酒で乾杯して、笛と太鼓のお囃子に乗って村の若衆が入れ替わりで唄う木遣りが響き渡り、白丁を着揃えた渡御者がそれに「さぁードッコイ!」などと合いの手を入れて調子を合わせ、ひと渡り盛り上がったところで7時過ぎにお
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神輿の出発。最初は田んぼの中の農道を静々と進む。村の各所に大注連縄が飾られて、お神輿がそれをくぐる度に有力者の家の玄関先・庭先に接待所が設けられていて、ビールや酒やジュース、スイカやトマトや鶏唐揚げや漬け物等々が振る舞われる。世話人は「お酒は水分補給になりませんからねー」と叫ぶが、どうしたってビールに手が伸びてしまうのは仕方ない。街道筋に出ると、蛇行したり揉んだり指したりと動きが段々激しくなって、10時過ぎに6カ
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所目の接待所に着く頃にはもう酒と汗にまみれてヘロヘロ状態。それでも頑張って(と言っても途中一部はお神輿をトラックに乗せ、渡御者は冷房付きのマイクロバスで移動という軟弱ぶりもあるのだが)11時前後に大山不動尊の仁王門前に6地区からのお神輿が集結、足利尊氏が寄進したという急な石段を順次境内まで担ぎ上げる。境内ではまたひとしきり激しく揉んだり指したりしながら、まずは山頂にある高蔵神社への階段下にお参りし
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て、次に不動尊の社殿にお神輿を突っ込んで揉み上げ、三三九度の手拍子を打って渡御を完了する。

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 それから地区ごとに境内にシートを敷いてビールとおにぎり弁当の昼食。「ビールが冷えていない!」と不満の声が湧き起こる。食べ終わるか終わらないうちに寝っ転がって昼寝する者が続出する(もちろん私も)。「さあ、時間だよ」とたたき起こされて、14時過ぎに出発、今度はトラックとバスを多用して残りの注連縄と接待所3カ所を一巡するのだが、その最中に雨がザーッと降ってきて、一時は道ばたの倉庫に避難しなければならないほどだった。「おおーっ、雨乞いが効いたなあ」と一同大喜び。実際、今年は空梅雨で田んぼが地割れを起こすなど稲の出来が心配になるほどだったので、雨乞いしてすぐに天が応えてくるとひとしお嬉しいのだ。

 16時、神社に帰り着いて解散。学生諸君は私の家によってシャワーを浴び、一杯飲んでから高速バスで帰京した。遠いところまで助っ人に来てくれてどうもありがとう。村人たちも皆さん感謝していました。学生諸君にとっても「村とは何か」を体感するいい機会となったと思う。

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 幸いに夜までに雨は上がり、山車行列は無事挙行することが出来た。私は孫を連れて縁日と花火を楽しんだ。何日も前から浴衣を着るのを楽しみにしていた孫は、露天でピカピカ光るネックレスと指輪をバアバに買って貰って上機嫌だった。

8月8日(月)

 今朝の朝日新聞の1面と3面、福島第一原発3号機のメルトダウンについての田辺文也=社会技術システム研究所所長(旧日本原子力研究所の元主任研究員)の分析は大事なことを指摘している。3号機で3月13日朝に6時間に及ぶ空焚きが起きてメルトダウンが始まり、それが翌14日の水素爆発を引き起こして溶融核燃料の一部がメルトスルーして圧力容器の底を破って格納容器に落ちたことは、東電・政府も後に認めたが、田辺説によると、その後21日に大量の水蒸気が発生し23日に黒煙が吐き出されたのは、格納容器下部で新たな爆発が起きて「再溶融」が始まったためだという。これについては、論説でも改めて採り上げたいが、要するに政府・東電は事故の深刻さを過少に印象づけようとして本当に起きていることを隠しているのではないかという疑惑がますます深まったということだ。

 16時からお祭の大注連縄など飾り付けの片づけ。こういう村の共同作業は、出ない家は3000円支払うというペナルティ・システムになっているが、ただでさえ働き手が少ない中で、出れば喜ばれる。今回は男性は70歳代が2人、60歳代が私を含め2人、50歳代以下が2人、女性が70歳代4人の参加で、作業は30分ほどで終わり、提灯、ぼんぼり、電線などを組の集会所の倉庫に収めると、早速、ビールと焼酎、鰻や天麩羅の入ったおつまみ弁当が出て、明るいうちから宴会が始まる。「もう帰るの? もっと飲もうよ〜」と叫んでいる人もいたが、19時で中締めとし退散した。

8月9日(火)

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 9時に下のガソリンスタンドのKaさんといつも手伝って貰っているKoさんが来て、水の濾過装置の清掃。何度も述べているが、我が家の上水は山の湧き水を使っていて、どうしても細かい粘土の粒子が混じる。それをKaさん考案並びに製作の砂の濾過装置を通して、牛乳運搬用の8トンタンクに貯めてポンプアップしてすべての水を賄っているが、年に2〜3回は掃除しないと粘土が溜まって濾過機能が落ちる。5本のパイプに下から石、ナイロンフィルター、砂が詰めてあるのを取りはずして中身をバケツに空けて水で洗浄してまた詰め直す。さらに今回は、旧来の第1水源とそれが不足しそうな時に使う補助的な第2水源に加えて、先日来作業を進めている新しい第3水源のパイプも接続して水量を増やすため、そのパイプの接続とバルブの取り付けを行った。水量が増えたと言っても、それをそのまま濾過装置に流し込むと中の砂が踊ってしまうので、1分間に1.5リットル程度の流入になるようバルブで調節する。これがなかなか面倒で、何しろ相手は自然の水源だから、いつも一定量で出ているとは限らず、うっかりしていると、水量が衰えたり、途中に泥が詰まったりして、タンクの貯水がなくなりかけて慌てたりする。昨夏は猛暑のせいで数日間とは言え水源が止まって困った。今年は第2水源が加わったのでその心配はなさそうだが、逆に水量が多すぎて濾過装置が悲鳴をあげないよう、小まめにチェックしなければならない。

 午後上京して、東京FM系JFNのラジオ番組収録。今回のゲストは岸本周平衆議院議員(民主党、和歌山1区)。東大法学部から大蔵省、途中で米プリンストン大学客員講師も務めたりしながら、48歳の時に辞めてトヨタに入社、当時、経団連会長や経財諮問委員会委員をしていた奥田碩会長のアドバイザーを務めた。その後、政治家を目指して故郷で05年立候補するが落選、09年総選挙で初当選した。私とは、役人の終わりからトヨタに行ったあたりから知り合いで、09年選挙の時には頼まれて応援ビデオに出演したりした。

 今回のテーマは、6月に全会一致で成立した「NPO法改正」。岸本さんが仕掛け人となって、自民党の加藤紘一が会長、民主党の鳩山由紀夫が顧問、辻元清美が幹事長、彼自身が事務局次長で「NPO議員連盟」が作られ、その人々による議員立法として、認定NPOの余りに狭い要件を緩和し、またNPOに寄付をするとその5割が寄付者に戻って来る税制優遇を盛り込んだ画期的な法改正が実現した。その詳しい中身は、JFNのホームページ→高野孟のラジオ万華鏡からPodcastして頂きたい。また近く岸本さんにザ・ジャーナルで本格的に論じてもらうつもりだ。
★高野孟のラジオ万華鏡:http://www2.jfn.co.jp/owj/tue/index.php →タイトルスペース下の「高野孟のラジオ万華鏡」の茶色文字をクリック


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Profile

高野 孟(たかの・はじめ)

-----<経歴>-----

1944年東京生まれ。
1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。
通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。
同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。
80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任し現在に至る。
94年に故・島桂次=元NHK会長と共に(株)ウェブキャスターを設立、日本初のインターネットによる日英両文のオンライン週刊誌『東京万華鏡』を創刊したほか、PC-VAN・NIFTY-Serve・MSN、富士通ブロードキャストその他電子メディアのコンテンツ創造、講談社・小学館・集英社その他出版社のウェブサイト開設、『インサイダー』のメルマガ化、などを次々に手掛け、インターネット・ジャーナリズムの先駆的開拓者と呼ばれた。
現在、それらの経験を活かして、独立系メディアの総合サイト《THE JOURNAL》に取り組んでいる。
2002年に早稲田大学客員教授に就任、「大隈塾」の授業「21世紀日本の構想」、ゼミ「インテリジェンスの技法」、社会人ゼミ「ネクスト・リーダーズ・プログラム」を担当している。

-----<出演>-----

『サンデープロジェクト』
(TV朝日系、日曜10:00~)

『朝まで生テレビ!』
(TV朝日系、最終金曜25時頃~)

『たけしのTVタックル』
(TV朝日系、月曜日21:00~)

『情報ライブ ミヤネ屋』
(読売TV系、月~金曜21時~)

BookMarks

東京万華鏡:TOKYO KALEIDO SCOOP
http://www.smn.co.jp/

INSIDER:インサイダー
http://www.smn.co.jp/insider/

大阪高野塾
http://www.osaka-takano.com/

-----<著書>-----


『滅びゆくアメリカ帝国』
2006年9月、にんげん出版


『ニュースがすぐにわかる世界地図(2006年版)』
2005年、ポスト・サピオムック


『最新・世界地図の読み方』
1999年、講談社現代新書

『情報世界地図 98』
1997年、国際地学協会

『地球市民革命』
1993年、学研

『21世紀への世界時計』
1991年、集英社

『入門世界地図の読み方』
1982年、日本実業出版社

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