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高野孟の遊戯自在録029

7月20日(水)

okkake.jpgのサムネール画像
 鹿砦社の乾坤一擲の緊急出版、特別取材班編著『東電・原発おっかけマップ』が、取次から扱い拒否の措置を受けたと知らせがあった。ある意味で当然で、おっかけの名の通り原子
村の住人たちの名前、顔写真、住所、自宅の写真とそのアクセスマップまで出しているので、個人情報なんたらの今日では大手取次がビビるのは当然だろう。それを承知の上で敢えてこういう形で出した鹿砦社の蛮勇を称えるべきで、実際、同社HPによると、それでかえって注文が殺到、早晩品切れになる見通しという。お求めは同社HPからどうぞ。

 今日も断続的に激しい雨が降り、木々が喜んでいる。
amedaaa.JPG

7月21日(木)

 大型台風の影響による断続的な大雨は去ったが、強風が続きアクアラインは通行止め。午後に浜松で講演の予定があるので、9時半の高速バスで出て12時過ぎに新幹線に乗るつもりにしていたが、アクアラインの海周りルートが止まると高速バスは千葉から湾岸線の陸周りルートに迂回するので、30分から1時間余計に時間がかかる。用心して8時半のバスに乗ったが、案の定、湾岸線も首都高速も渋滞で、3時間かかって11時半に東京駅着。無事講演には間に合った。

 東京まで戻って、溜池の焼き鳥「八っちゃん」に久方ぶりに。大震災後、初めてかな。「サンデー・プロジェクト」があった昨年3月までは、出演日前日は向かいの全日空ホテル(現ANAインターコンチネンタル・ホテル)泊だったので、ここへよく来ていたが、番組がなくなって同ホテルに泊まることもなくなり、そもそも鴨川住まいになって都内で飲むことが少なくなって、ご無沙汰気味で申し訳ない。聞けば、八っちゃんの店が入っている3階建てのビルの外壁が崩落して前の歩道が通行止めになり3日間営業を中止したとかで、大震災の影響かと思えばそれとは関係なく、単にビルがぼろくて前々から危険だから直せと大家に要求していたのに大家がケチで先延ばしにしている内に事故になり、結局、八っちゃんに3日間の休業補償まで払うことになって、小さなケチが大きな損を呼ぶという典型となったという。赤坂の安宿に泊。

7月22日(金)

arai.JPG
 7時24分の新幹線で長野を経由して妙高市へ。私は縁あって妙高市の顧問と観光大使を拝命していて、1年に1度この時期に1泊2日で同市を訪れて現地を視察し、「妙高里山みらい塾」を開催することになっている。午前中に「道の駅あらい」と「妙高山麓直売センターとまと」を視察。道の駅あらいは、上信越自動車道の新井IC&PAに隣接する広大な敷地に、本部の情報館はじめ野菜直売所、日本海鮮魚センター、和洋中レストラン、ホテルなど17の施設が立ち並んで、全体の年商が20億
klein.JPG
円を超える全国有数の道の駅である。特に夏場は、長野県の人が日本海岸に海水浴に行って帰りに食事をして魚や野菜を買って行くというパターンが多いという。昼食後は、市が運営する都会人向けの農園付き賃貸別荘「クラインガルテン」とその横に新設された都市農村交流施設、そして市内にある「国際自然環境アウトドア専門学校」を見学した。

 引き続き、アパリゾート妙高パインバレーで高野講演会と意見交換会、「妙高里山未来塾」の年次総会、そして入村明(にゅうむらあきら)市長を交えての懇親会と、まあ盛りだくさんの1日だった。新潟市で3つの会議をこなして戻ってきた市長、開口一番「ねえ、菅総理はあと1年くらいやるんじゃないの?」と...。妙高は日本酒が旨いので、つい飲み過ぎて、バタンキューでアパリゾート泊。アパのホテルはどこも、あのおばさんの顔写真があちこちに貼りだしてある上に、ベッド脇に右翼雑誌が置いてあって、どうも寝心地がよくない。

7月23日(土)

 朝7時半出発、長野9時発の特急で名古屋へ。午後、中日文化センターで「菅首相は脱原発で突っ張れ!」という講義。急ぎ帰京して18時から二子玉川で、私が長年団長を務める草ラグビー団「ピンク・エレファンツ」の総会と宴会。来年秋には福岡で「第19回ゴールデンオールディーズ世界ラグビー祭」が開催される。35歳以上のラガーメンが世界中から集まって、「スクラムは押してはいけない」「60歳以上の選手にはタックルをしてはいけない」などの特別ルールで国際試合を楽しむフェスティバルで、2年に1回開かれている。日本はもちろんアジアで開かれるのは初めてで、「よ〜し、皆でこれに参加しよう!」ということになった。年齢層ごとにパンツの色が決まっていて、私は65〜69歳なので「金色」を穿かなければならない。

 そして再来年は、チーム創立30周年を迎えるので、我がピンク主催で仲間チームから100人ほどの中高年ラガーを招待してお祭をやる。ピンクもだいぶ高齢化して、単独で試合を組むのは難しくなってきたが、そうやって仲間チームと共にラグビーを"生涯スポーツ"としていくつになっても楽しもうという精神だけは変わらない。

7月24日(日)

 芝生の雑草取り、薪割り、"森の道"整備。森の道というのは、現在の我が家の唯一の水源である西側隣地の湧き水が、空梅雨のせいか今ひとつ水量が足りず不安なので、このほどK君の発案で東側隣地の排水溝横の無駄に地面に吸い込まれて行っている流れを活用して第2水源とし、そこから200メートル余りパイプを繋いで自然の落差を利用して貯水タンクまで引っ張ろうということになって、これは水量も豊富で濁りも少ないので、水が涸れる心配をしなくて済むようになるのではないかと大いに期待されるのだが、それにはまずその水源と我が敷地の間の荒れ果てた森を切り拓いて、パイプを敷設できるようにしなければならない。

 もちろんその森は誰だか知らない他人の所有のものだが、もう何十年も放置されたままの元は杉林で、杉の倒木が折り重なったところに雑木が生え、蔓ががんじがらめに巻き付いて、立ち入ることすらできない無惨な有様である。他人の森に無断で手を着けるのはもちろんルール違反だが、これほどまでに酷く放置された森のほんの一部を整備して水道パイプを通すくらい、喜ばれることはあっても怒られることはないんじゃないかという判断で、先日来、K君にも手伝って貰いながら少しずつ切り拓き始めている。草刈り機で足元の雑草や灌木を刈り、買ったばかりのナギナタ鎌(7月10日付本録の写真参照)で絡みつく蔓や蔦を払い落とし、チェーンソーで折り重なる倒木や張り出した枝を切断して脇に積み上げて行くのはなかなか難儀なことで、1時間で3メートルほどしか進まない。あと2〜3回やらないと、パイプが敷けるようにはならないだろう。

aqula.jpg
 全身グショグショの汗の上に泥や木屑を浴びて、まあ凄まじい姿で山から下りて来ると、家内が「あーっ、そのまま入って来ないで、外で全部脱いで頂戴!」と金切り声を上げる。分かってますよ...。シャワーを浴びると、何と嬉しいことに、ゼミのOBで今春市会議員に当選したS君夫妻から秋田の地ビールが届いていた。「秋田・川反(かわばた)のあくらビール」の1リットル瓶2種類のセットで、5年連続で国際ビールコンベンションで金銀銅のいすれかの賞を獲っている逸品。飲んだ途端に「旨い!」と声が出るほどのビールに久々に出会った。これで森の中の苦闘が報われた。
★あくら麦酒醸造所:http://www.aqula.co.jp/

7月25日(月)

 早稲田デー。ゼミは「矛盾論」と続きと武谷三段階論に基づく「実体論」の講義。大隈塾授業は自民党の石破茂政調会長。田原さんが「この人が総裁になれば自民党は変わる」と大いに持ち上げながら学生たちに紹介したが、ご本人はボソッと「私は出戻りだから」と。出戻りは総裁になれないとか言っているから自民党は旧態を脱することができないのだ。ジャーナリズム大学院では、中国人留学生が2人いるので、中国新幹線事故の話題で盛り上がった。

7月26日(火)

 朝からK君と一緒に"森の道"整備作業。暑い。夕方から、ご近所の皆さんが「民宿平山」に集まって馬のタック君の歓迎会。日系ブラジル人のO君と日本人で以前にサンパウロのスラム街に住み着いてボランティアをしていた経験のあるSさんのカップルは、ジャーナリストの仕事をしながら農業と養蜂に取り組んでいるが、2人とも大の馬好きで、それが高じて先月末に与那国から1歳10カ月の与那国馬の子馬を連れてきてしまった。それで、前々から「鴨川で馬がいる暮らしを目指そう」と語り合ってきた両君をはじめ、加藤登紀子さんや天津の神主さんや市役所の職員や、いろいろな人々が集まってタック君とご対面し、その後民宿でバーベキュー宴会ということになったのだ。与那国馬は日本在来種の中でも小型で、あと1年して人を乗せられるようになっても体高はせいぜい130センチほど。それでも力は強いし耐久力もあり、体重80キロまでの人を乗せられる。主のO君はその日を目指して懸命に減量に取り組んでいる。
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7月27日(水)

 朝、涼しい内に1人で森の作業を続行。妙高市から「こそば亭」の日本古来種を用いた「こそば」が送られてきたので、早速賞味した。全国コンクールで第1位を得たりして評判がいいのだが、改良種に比べて収量が少なく粒も小さいので、到底注文に追いつかない状態だと聞いた。美味しいです。

7月28日(木)

 名古屋のANAホテルで日本政策金融公庫熱田支店の講演会。「日本再生の鍵は中小企業が握る」という話で、実際、後の懇親会では面白い中小企業の経営者に何人もお会いした。終わって19時半でまだ早いので、栄のカウンター割烹「むら鍬」まで足を伸ばして鮎と鱧で一杯、いや二杯、三杯...。同ホテル泊。

7月29日(金)

 10時東京着。そのまま上野の国立博物館で開催中の「空海と密教美術展」へ。これはなかなか凄い。有名な東寺講堂の立体曼荼羅21体のうち8体を運んで作ったミニ立体曼荼羅は、何やら不穏な空気が漂って胸騒ぎさえ感じた。

 15時からは一転、「五木ひろしチャリティーコンサート」で中のサンプラザホールへ。五木倶楽部主催で、大震災復興支援の趣旨にニトリなど4社が賛同して後援し、ニトリの似鳥昭雄社長から招待券を送られたので五木ひろしはあんまりだけど「スペシャルゲスト=松山千春」に惹かれて行った。第1部と第3部の五木の歌はどれを聴いても同じようだが、第2部の松山のしゃべりと歌は相変わらずの迫力だったし、彼ら2人がお互いの持ち歌を交換して歌ったのも面白かった。が、3時間20分はさすがに長くて、高速バスに乗る前に東京駅地下街でビールを一杯飲んで勢いをつけて帰った。

7月30日(土)

 朝から、降るのか降らないのか、空模様が気になる。というのも、4月から6月にかけて我が家の造園工事をやって貰った高田造園設計事務所の高田宏臣さんはじめ携わったスタッフ全員が家族連れでやってきて、15時からバーベキューの完成祝賀パーティをやることになっているのだ。スタッフとその奥さん方で12人、生まれたばかりの赤ん坊と幼稚園児くらいの子どもが合わせて5人、それに前日から来ているうちの孫一家3人と手伝いに来てくれた家内の妹、それに私ら2人で総計23人になるので、外で出来るのか、家の中でやらなければならないのかで、準備の仕様も大違いになる。

 昼過ぎに「少々の雨が降っても外でやろう」と腹を決めて、バーベキュー炉の上にCainzオリジナルの2.5メートル四方のテント(6980円)を張って、それと12人掛けのデッキチェア&テーブルの大型の傘が繋がるように配置して、大型クールボックス2つに氷を詰めて1つは缶ビールで、もう1つは、先日「旨い!」と叫んでしまった秋田のあくらビールを取り寄せて詰め込んだ。14時半に炭を点け始めているともうご一行が続々到着、子どもらはたちまちブランコに乗ったり庭というか山野を駆け回ったりして勝手に遊び始め、男たちは飲み始め、奥さんたちは屋内でテーブルを囲んでおしゃべりし、あとは何が何だか分からない大騒ぎの中で暗くなるまで宴が続いた。雨は1〜2度ザーッと降ることもあったがにわか雨で、テントが十分に役目を果たした。

 ちょうどタイミングよく、田原総一朗さんが毎年この時期に送って下さる琵琶湖の活き鮎が今朝届いたので、これは私がw型に竹串を打って塩をまぶして、炭火にじっくり当たるよう斜めに立てかけて焼いて好評だった。

 この様子は、高田さんのブログにも早速写真入りで紹介されている。
http://www.takadazouen.com/index.html →「作庭日記」

7月31日(日)

 孫が早起きなので、外で遊ぶ。昼は孫の意見で、車で10分ほどの蕎麦屋に行く。4歳前の子どもにしてはたぶん珍しい蕎麦好きで、ザル蕎麦を1枚分ほとんどツルツルと食べて「蕎麦湯を下さい」などと言っている。大人はカレー蕎麦、冷やしタヌキ蕎麦、天麩羅蕎麦などで、ほとんど定番化している。

 戻るとK君が来ていて、「裏の草刈りをやり始めたら草刈り機のハンドルが折れてしまった。何か他に手伝うことがありますか」と言うので、じゃあ、"森の道"を完成させて第2水源からパイプを敷く作業を完了しようということになり、チェーンソー、鉈、鋸など山道具を担いで森に上がる。30分ほどで森の道が貫通、パイプをタンクまで繋いだ。後は要所要所、木杭でパイプを支えて弛まないように造作しなければならないが、今日はもう暑くてバテたので後日にしようということに。

 夜は、これも孫のお気に入りの鴨川市中の魚料理屋「池田」に行った。ここの名物は金目鯛だが今日はちょっと出遅れて18時半だったので、もう売り切れ。こんなの見たことないと誰もがビックリする特製天丼を頼んだ。何がビックリって、海老や穴子や野菜の天麩羅1つ1つが超大型で、丼の2倍くらいの高さまで盛り上がっていて、ご飯まで届かないうちに天麩羅だけでお腹が一杯になってしまうほどなのだ。▲

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Profile

高野 孟(たかの・はじめ)

-----<経歴>-----

1944年東京生まれ。
1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。
通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。
同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。
80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任し現在に至る。
94年に故・島桂次=元NHK会長と共に(株)ウェブキャスターを設立、日本初のインターネットによる日英両文のオンライン週刊誌『東京万華鏡』を創刊したほか、PC-VAN・NIFTY-Serve・MSN、富士通ブロードキャストその他電子メディアのコンテンツ創造、講談社・小学館・集英社その他出版社のウェブサイト開設、『インサイダー』のメルマガ化、などを次々に手掛け、インターネット・ジャーナリズムの先駆的開拓者と呼ばれた。
現在、それらの経験を活かして、独立系メディアの総合サイト《THE JOURNAL》に取り組んでいる。
2002年に早稲田大学客員教授に就任、「大隈塾」の授業「21世紀日本の構想」、ゼミ「インテリジェンスの技法」、社会人ゼミ「ネクスト・リーダーズ・プログラム」を担当している。

-----<出演>-----

『サンデープロジェクト』
(TV朝日系、日曜10:00~)

『朝まで生テレビ!』
(TV朝日系、最終金曜25時頃~)

『たけしのTVタックル』
(TV朝日系、月曜日21:00~)

『情報ライブ ミヤネ屋』
(読売TV系、月~金曜21時~)

BookMarks

東京万華鏡:TOKYO KALEIDO SCOOP
http://www.smn.co.jp/

INSIDER:インサイダー
http://www.smn.co.jp/insider/

大阪高野塾
http://www.osaka-takano.com/

-----<著書>-----


『滅びゆくアメリカ帝国』
2006年9月、にんげん出版


『ニュースがすぐにわかる世界地図(2006年版)』
2005年、ポスト・サピオムック


『最新・世界地図の読み方』
1999年、講談社現代新書

『情報世界地図 98』
1997年、国際地学協会

『地球市民革命』
1993年、学研

『21世紀への世界時計』
1991年、集英社

『入門世界地図の読み方』
1982年、日本実業出版社

→ブック・こもんず←



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