Calendar

2011年7月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

Recent Trackbacks

« 2011年6月 | メイン | 2011年8月 »

2011年7月20日

高野孟の遊戯自在録028

7月10日(日)

nagikama.JPG
 土佐の和式刃物専門店「トヨクニ」からのメルマガで、「ナギ型造林鎌」を売り出していて、「草刈り機より断然早い!気持いい!安全!」とか謳われているのを見たら欲しくなって注文しておいたのが、今日届いた。刃渡り24センチのがっしりしたナギナタ型の片刃に120センチの長柄がついた無骨なもので、重量は女性向きの380グラム、男性用の420グラム/450グラムの3種があるが、私はためらうことなく450グラムを選んだ。

 平らな草原では草刈り機が威力を発揮するが、森や藪を切り拓く時には狭いところをかい潜ったり、よじ登ったりしてして進むのに、草刈り機は長くて重くて、扱いにくい。特に、頭上に覆い被さった枝や引っ絡まった蔦を払い落とすには草刈り機は不便で、空振りしてイライラしたりすることも多い。なので、これならばいいんじゃないか、と。

 トヨクニは、もう十数年も前に若手経営者のための講演で高知市に行った時に3代目の社長と知り合って、刃物フェチの私としては、昔ながらの本格和式刃物を手作りで製造しつつもネット通販を活用してアウトドア用など新しい需要も掘り起こしているその経営姿勢に感心して、その後何度か鍛冶工場を訪れて刃物打ちを体験させて貰ったりして、私の身の回りにはナイフ、釜、鉈、斧などトヨクニ製品がいろいろ揃っている。それがまた1つ増えた。
★トヨクニ:http://www.toyokuni.net/

7月11日(月)

 午前の早稲田での大隈塾高野ゼミでは、菅の脱原発と海江田の親原発の"矛盾"をどう捉えるかという話。午後の大隈塾授業では、大隈塾授業・ゼミのOBで現役の教育学部学生の税所篤快君の講義。彼は、高野ゼミの前期を終えてから忽然と消えてしまって「あいつどうしたのかな」と思っていたところ2年後にまた現れて、ゼミの後期を受講したいと。聞けば、バングラデシュに行っていきなりグラミン銀行のムハマド・ユヌス総裁(06年ノーベル平和賞受賞者)の懐に飛び込んで、同国の貧しい農村で大学進学の機会に恵まれない高校生のためのパソコンとDVDを通じた予備校システムを実験的に構築。或る1つの村で、それがなければ到底大学受験の機会などありえない30人の高校生のうち18人が一流大学に現役合格するという目覚ましい成果をあげた。現在は、これをNPOとしてシステム化して、バングラデシュのみならず東南アジア各国に普及しようと図っている。7月初めには、米国に本拠を置くSIFE(Students In Free Enterprise=大学生が企画・実施する社会貢献事業に対する支援を行うことにより、優れたリーダーを養成することを目指すNPO)の日本大会で、税所君のプレゼンテーションが高い評価を受けて優勝し、日本代表として10月にクアラルンプールで開かれる世界大会に出場することになった。

 大隈塾の授業/ゼミはそもそも、次世代リーダーの育成が目的で、ということはつまり、「お前ら、月並みな就活なんかやめて、誰もやったことのないような事業をおっ始めて、面白い人生を送ろうよ」という趣旨である。その中から、本当にそのようにチャレンジする奴が現れて、授業の講師となって後輩たちに自分の挑戦について語るというのは、私が最初から企図している自己増殖的プログラムで、今回がその初めてのテスト・ケースとなった。
★SIFE Japan:http://www.sife.jp/

 18時半から新宿で、坂本順治監督、原田芳雄主演の「大鹿村騒動記」の試写会。監督からお誘いを受けたので駆けつけた。大鹿村は現存する南アルプス山麓の村で、江戸時代から続く「村歌舞伎」の伝統を守っている。その村歌舞伎の年に一度の公演を巡って、原田演じる鹿肉レストランのオーナーとそれを取り巻く人脈が織りなす、まあドタバタ喜劇と言っていい娯楽編。何と言っても、原田とその元妻の大楠道代の存在感と練達の演技が凄味があるし、石橋蓮司、岸辺一徳、松たか子、佐藤浩市、三國連太郎など脇役も豪華絢爛。これは当たるでしょう。
★大鹿村騒動記公式サイト:http://ohshika-movie.com/

7月12日(火)

 朝は東海ラジオ。昼は読書と原稿書き。夜はご近所の隣組「埋田組」の寄合で8月7日大山不動尊のお祭準備について打ち合わせ。私の属する金束地区のお神輿の担ぎ手(正しくは渡御者と言う)が不足で、お神輿を出せるかどうかの瀬戸際だと長老たちは悩んでいる。というのも、500〜600キロもあるけっこう重いお神輿で、常時40人、交代要員を含め60人ほどが必要だが、高齢化に伴い年々担ぎ手が減って、金束地区の場合は、近年は自衛隊の若者たち20人に応援を頼んできた。ところが今年は東北大震災での出動もあって「10人しか出せない」と言われてしまったのだ。大山不動尊を奉じる5地区のうち2地区は、もうずっと前からお神輿が出せなくなっていて、我が金束地区、鴨川自然王国が属する平塚地区とあともう1つ、3台しかお神輿が出ない状態が続いてきて、ここで金束も出ないとなると祭そのもののピンチとなる。「高野さん、いつも田植え・稲刈りに来る学生さんたちに声を掛けてくれない?」と言われて、帰って早速、ゼミの現役、OBOGの会のメーリングリストで招集をかけた。さて、何人集まるか。

7月13日(水)

kawai.jpg
 昼過ぎのバスで上京して、今日は東京FM系JFNの番組収録。ゲストは弁護士で浜岡原発差止訴訟弁護団長の河合弘之さん。彼と大下英治の共著『脱原発』(青志社)を素材に
「原発はすぐ止めよう」「すぐに止めてもガス火力を増強すれば電力不足にはならない」などと大いに語り合った。

 終わって17時から淺草の蕎麦屋「十和田」で友人たちと会食。ほぼ同じ顔ぶれで時折やっている飲み会で、早めに十和田で一杯飲んで、19時半頃からすぐ近くのライブハウス「HUB淺草」に席を移して、私の高校同級生・ブラスバンド同期生でデキシーランドジャズの今や大御所のトランペッター=外山喜雄の演奏を楽しむという趣向。外山は、大震災による液状化で浦安の家が傾いて避難所生活をしていて、おまけに、悪いことは重なるもので、夫婦で東北被災地へ支援に行った時に奥さんが転んで手首を骨折してバンジョーが弾けない。今日は左手だけでピアノを叩いていた。それでも底抜けに明るいのが彼らで、今日も外山は「やっとこのごろ、トランペットの音が分かってきた」などと言う。高校1年生の時から吹き始めて52年間、本番がある日もない日も365日、必ず最低3時間は練習するという彼が、「やっとこのごろ」とはねえ。プロの道とはそういうものなんだね。家内と淺草泊。

7月14日(木)

koidehon.jpg
 家内は孫の世話を頼まれているとかで早く出て行って、私はホテルで原稿書き。外へ出ると昏倒しそうなほど暑い。15時から内神田の製紙会社で講演があり、「21世紀日本の課題」とタイトルが付いていたが、どんなタイトルでも最近は「原発を止めて世界初の自然エネルギー・水素エネルギー社会を実現しよう」という話しかしない。

 帰宅すると、幻冬舎から小出裕章=京都大学原子炉実験所助教の新著『原発はいらない』が届いていた。早速ウィスキーを舐めながら2時間で読了。やっぱり小出さんが一番分かりやすいし説得力がある。東北大の原子核工学科の学生だった時から40年余、原子力研究者でありながら"反原発"を貫いてきた、その人生を賭けた発言の重みだろう。

7月15日(金)

kamata.jpg
 名古屋に日帰りで証券会社の投資家向けの講演会。投資家だろうと誰だろうと関係ない、今日もまた「原発を止めよう」だ。新幹線の往復で、鎌田實『なさけないけどあきらめない』(朝日新聞出版)を読んだ。チェルノブイリ現地に自分自身を含め医師団を94回も出して20年間関わってきた諏訪中央病院名誉院長が、「ぼくは、反省している。......原発の恐ろしさをよく知っているにもかかわらず、原発をすぐにやめろとは言わなかった」と痛切に語る。すぐに止めろと言わなかったのは「経済が悪くなると勝手に思い込んだからだ」。結局、原発は、カネと命のどちらが大事かという問題に行き着いていく。

7月16日(土)

 10時から鴨川自然王国「帰農塾」今年第2回の開講式。13時半から講義で、今回の全体テーマが「自給自足」ということなので、「火とは何か」「薪ストーブの勧め」について話した。火とは何か、エネルギーとは何かを考えるには、我々の祖先が少なくとも160万年前からエネルギーの主力として用いてきた薪というバイオマス燃料を自分で扱うのが一番だと。田淵義男によると、日本のエネルギー消費に占める薪の比率は0.2%だが、欧米では8%、北欧では15%で、いくら石炭や石油の時代になっても、それはそれとして伝統文化としての薪&ストーブはきちんと保持している。これは馬も同じで、自動車の時代が来ても、それはそれとして人類数万年の友である馬は暮らしの一部として残していて、例えばフランスでは人口6000万に対して850万の乗馬人口があってその7割は女性。バカンスには田舎を村から村へと馬でゆったりと旅するのが今も昔も人気の過ごし方である。経済効率オンリーで、石油や自動車に飛びついて薪や馬を簡単に投げ捨てるのが日本人である。田淵によると、日本ほどの森林量があるとエネルギーの10%まで薪で賄うことが可能なのだという。

makikoya.JPGmakidoogu.JPG
 写真は我が家の薪小屋。薪は割ってから最低でも1年半、出来れば3年寝かせてから燃やすと芯まで乾いて綺麗な炎が出る。我が家の焚き方だと、この一面の上下表裏で大体1年分ほどで、4面あるうちの3面が埋まっているから、3年分のストックがあることになる。冬に停電が来て毎日焚いてもまあ2年は大丈夫。しかし薪割りはなかなか大変で、道具もいる。手前の和式斧と鉞(まさかり)も確かトヨクニだったかな。洋式の緑色のは人から貰ったもの。その上の黄色い鉄棒のようなものはフィンランド製のログマティックという道具で、内側の重い鉄棒を片手で持ち上げてドスンと落とすと刃先が丸木を押し割っていく。斧を振り回すより力がいらず危なくもないということで、このところ薪割り族の間で人気の優れものである。チェーンソーは、その辺のホームセンターで売っているのではダメで、森林作業のプロ用のゼンリンという普通の倍近いお値段の高級品。冬でもほとんど一発でエンジンがかかるというのが売り物だ。結局、道具というのは、値段と性能は比例していて、安物を買って何度も買い換えるより初めからしっかりしたものを買って一生もので使うのが一番である。実を言うとこのチェーンソーも、10年間で日本製マキタ、ドイツ製STIHLに続いて3台目。もう買い換えることはないと思う。

7月17日(日)

tousho.jpeg
 今朝の朝日新聞「声」欄に「経団連会長の原発発言に疑問」という投書が載っている。経団連の米倉弘昌会長が"脱原発"への動きにお怒りのようだが、そもそも原発は大口需要家のために国が血税を注いで造ったもので、しかもそこから派生する仕事を受注して大いに潤ったのも経団連傘下の大資本と、それら企業から多額献金を受けた自民党ではないか。経団連が被害者顔で会見に臨み、原発停止で電力不足に陥ると企業は海外へ逃げざるを得ないという「脅迫」までおこなっているのはいかがなものか、と。

 その通りだ。あの陶製のタヌキの置物のような顔でウワゴトのように原発大事を言い募るのを見ていると胸が悪くなる。原発がないと電力が足りなくなるというのも、そうなると電気代が大幅に上がって企業がこぞって外へ出て行くというのも、はっきり言ってデマである。これは近く論説で採り上げよう。

 夜は帰農塾の交流会という名の宴会。今回は受講生が14名と近来にない多さで、中には、首都圏から能登半島の奥に移住してそこで地域興しに繋がる何かを始めるためにいろいろなところに顔を出して勉強しているという44歳男性、前々から農的生活に関心があり、加藤登紀子の本を読んで参加したという三重県四日市の31歳女性など、遠くから熱心に来て下さった方がいて感動する。

7月18日(月)

 休日だが、今年は授業が5月連休明けから始まって授業日数が足りないので、平常通りの早稲田デー。ゼミでは、毛沢東『矛盾論』を題材にして、物事をダイナミズムにおいて捉える思考方法をどう身につけるかを説いた。午後の大隈塾授業には福山哲郎官房副長官を招いて「日本のエネルギー政策」について講義と質疑応答。その中身もさることながら、枕で語った大震災発生の瞬間から3日間、一睡も出来なかった官邸での戦いの話が面白かった。ジャーナリズム大学院は、「今朝の日経新聞を読んでどんな問題意識を持ったか」を発表しあう授業。韓国人男子、中国人女子の留学生たちも積極的に発言してなかなか活発だった。

 夜はホルモン焼でゼミの飲み会。ゼミ生でない者も混じって10人ほどで賑やかなことだった。東京駅で終バスに乗る前にコーヒーを飲む。バス停から家までわずか15分ほどだが、真っ暗な峠越えの山道を運転するので少しは醒まさなければならない。12時過ぎに無事帰宅。

7月19日(火)

amede.JPG
 台風の影響で久々の雨の恵み。6月に植栽を終えたばかりの雑木、下草、野芝が枯れないか、このところずっと心配で、家内と交代で水遣りに励んできたが、今日は緑が息づいている。庭木より深刻なのは田んぼで、このあたり一帯、どこもカラカラで地割れを起こしている。平地の田んぼはみな川からポンプで水を汲み上げているが、山の上の棚田は大変で、タンク車で水を注入してしのいでいる。今日明日の雨で一息つけるだろう。

 8月7日の大山不動尊のお神輿担ぎの助っ人は、ゼミ現役・OB7人が名乗りを上げてくれて、私を含めて8名の名簿を組長さんに届けた。「いやあ、自衛隊が減った分が埋められて大助かりだ」と喜んで貰えた。学生たちも、高速バス代4000円は自己負担、報酬なしで朝6時から午後4時までの重労働というのによく来てくれるよな。とはいえ、7名来るとなると、バスの座席予約、バス停までの送迎の車の手配、宿泊・食事の用意等々、こちらも準備が必要で、その手配で午前中を潰した。▲

2011年7月 9日

高野孟の遊戯自在録027

7月4日(月)

 早稲田・大隈塾授業の今日の講師は白木夏子=HUSUNA代表取締役。ロンドン大学で国際開発経済を学んだ後、国連人口基金ハノイ事務所、アジア開発銀行研究所でインターンを経験、投資ファンド会社勤務を経て09年に日本初の"Ethical Jeweller(倫理的な宝石店)"=HASUNAを起業した。エスィカルという言葉のちょっと変わった用法だが、フェア・トレードのフェアと似たような意味合いで、多くは途上国で行われているジュエリーの貴金属素材の採掘から生産・加工・デザイン・流通のすべての過程を可視化して、それに関わるすべての人々の幸福を最大化し、また環境への負の影響を最小化するよう仕組まれた、言わば宝石におけるフェア・トレードである。

 まだ10代の時にインドに滞在して、金鉱山の劣悪な環境の下で子どもらが嘘のような低賃金で働かせられているのを目撃して、「自分たちが何の気なしに身につけている装身具が、こんなところで掘られた金で作られているのか!」と衝撃を受け、それがきっかけとなってロンドンで開発問題を勉強した。曲折を経て27歳にして独立して会社を興し、2年後の今年3月、東京・南青山に本店ショップを開店、5月には大阪のデパート内にも出店した。日経ウーマン・オブ・ザ・イヤー2011年キャリアクリエイト部門を受賞した。

shiraki.jpg
 ご覧のように(写真はご自身のブログから無断借用)笑顔の美しいまだ(ギリギリ)20歳代のお嬢さんと言ってもいいような女性が、自分の夢(というか、学問にも体験にも裏付けられた信念)をしっかりと持って、それを世界を股にかけた逞しい行動力で、確実に実現しつつあるその生き方に、学生たちはほとんど唖然としていた。

7月5日(火)

 15時から東京・秋葉原のホールで木造住宅メーカーの提携先経営者向けの講演。大震災後、日本人はこの100年間の浮かれを反省して本来の暮らしぶりを取り戻すことを考え始めるはずで、そうなるとこの国の風土に合った木造住宅に住みたいと思う人が増えるだろう。ここへ呼ばれたからお世辞を言っているのではなく、私自身、とっくに房総の森の中に木の家を建てて薪ストーブを用いてシンプル&ナチュラル・ライフを実践している----というお話しをした。

seicho.jpg
 夜は東京駅地下の居酒屋で、私が協力してこのほど出版された『3・11で現実化した"成長の限界"が日本を再生する』という本の打ち上げで、小学館の編集者2人と一杯。巻頭は浜矩子=同志社大学大学院教授の「成長神話の崩壊を超えて成熟国家としての再生へ」、2番目が私で「アメリカ型大量消費文明からの決別を」、以下7人の方々の論考が並んだオムニバス本。中身は面白いのだが、本はやっぱり、浜さんなら浜さんを「編著者」として立てて表紙に刷り込まないと売れないし、タイトルが長すぎるのは余計に売れないと注文を付けた。

7月6日(水)

地元紙に「今が見頃」と案内があったので、朝、車で7〜8分のところにある「大賀ハス」の蓮田を見に行った。ハスの大権威だった故・大賀一郎博士が昭和26年に千葉市の東大農学部農場で地下6メートルの泥炭層からハスの実を発掘、シカゴ大学で鑑定したところ約2000年前のものと判明した。博士が育てたところ、そのうち1粒が見事に発芽し翌年花が咲いた。以来、世界最古のハスとして県内・国内ばかりか世界各国に根分けされて珍重された。
hasu2.jpgのサムネール画像

7月7日(木)

 午前中に待望の雨がかなり激しく降る。空梅雨で田んぼが干上がって皆困っていたが、これで少しは潤うだろう。

 夕方から近所の焼き肉屋で、鴨川自然王国の皆さんと一杯。医療用大麻の解禁に何か妙策はないかと相談した。

7月8日(金)

 5時に起きて朝風呂に浸かりながら新聞を読み始めて、出たらコーヒーと煙草、赤サインペンとカッター、それに今時だと蚊取線香を用意して、晴れていればベランダのテーブル、雨ならば網戸の内側の床で、新聞を広げるのがいつものペース。

 本日も不快な記事が多いが、その筆頭は、日経の「『健康損なう』警告写真/タバコの箱に19カ国が印刷/WHO、日本にも要請」。癌になった肺の写真などをパッケージの面積の半分以上にしろと。いい加減にしろよ。そんなに毒ならWHOは販売禁止を勧告すればいいではないか。どうしてそうしないのかの理由が分からない。酒のラベルには肝臓癌の写真を貼り付ければいいし、自動車のカタログには交通事故でグジャグジャになった死体の写真を表紙の面積の半分以上の大きさで載せればいいだろう。テレビの画面の下半分には「テレビの見過ぎは人間を白痴にする危険があります」と表示しなければ放送してはいけないことにし
よう。携帯電話の画面なら「使いすぎると電磁波があなたの脳細胞を破壊する危険があります」と常時テロップを入れたい。

burashi2.jpgのサムネール画像
 7時から2時間かけて、先頃植えたばかりの野芝の北側部分を容赦なく侵略して来るスギナを退治し、作業小屋から小さな野菜畑にかけての雑草も一掃した。こういうことをやると、手の爪に泥が詰まって少々洗ったくらいでは落ちないが、そこで威力を発揮するのが、淺草・伝法院通の「かなや刷子」で売っている馬毛の爪刷子。田舎暮らしに必須の愛用品である。

taiho.jpgdokei.jpgのサムネール画像
 11時に家を出て空港から札幌へ。北海道トラック協会青年部の講演で、震災後の日本の生き方と原発の行方について話した。とんぼ返りして22時半から新宿・歌舞伎町の居酒屋で前北海道新聞の高田昌幸記者が6月末を以てめでたく退社したお祝い。2004年に「北海道警の裏金問題」取材班を率いて警察の腐敗を徹底的に追及、その報道ぶりは新聞協会賞、JCJ大賞、菊池寛賞、新聞労連ジャーナリスト大賞を次々に受賞するほど評価を受けたが、同取材班による『警察幹部を逮捕せよ!』(旬報社)と『追及・北海道警"裏金"疑惑』(講談社)の2冊の本が名誉毀損に当たるとして道警が北海道新聞社と高田さんら2人の記者を告訴、昨秋札幌高裁で敗訴が確定した。社は、道知事、道議会与党の自公両党、道警など地方権力総ぐるみの圧力に早々に屈して戦いを回避したばかりでなく、2人の記者を左遷するなどして恭順の意を示した。

 高田さん、51歳。「綺麗さっぱり辞めて、まだ1週間。非常に快適な毎日です」と言うが、さあこれから第2のジャーナリスト人生をどう描くか。若いフリー記者たちや元日刊ゲンダイの二木啓孝らを交えた酒盛りは午前2時近くまで続いた。歌舞伎町の安ホテル泊り。.

7月9日(土)

 昨夜頂いた、間もなく店頭に並ぶ高田さんの新編著『希望』(旬報社)を読み始める。大震災の1年前から企画され取材も進んでいた、生きることの希望のありかを探るインタビュー集だが、大震災が起きたので締め切りを延ばしてその関連の5人を追加してそれを第1部に置いたので、インタビュー相手は63人、ページ数は400ページを超える大冊となった。1人1人の語り口は生々しくて重い。じっくりと読むべき本である。

yuuko.jpg
 11時から麻布十番でスタッフと打ち合わせのあと、別用で都内に泊まっていた家内を拾って帰る。途中、高速を下りて5分、家まで後10分という街道沿いにあるお気に入りの蕎麦屋「きのや」(前にも本録に何度か出て来ているが)に寄って昼食。ふと見ると店内の雑然たる飾り棚の一角に「白戸三平選集」や「カムイ外伝」が並び、店主と白戸さんが並んだ写真が貼ってある。白戸さんがこの近くに住んでいることは知っていたので、「よく来られるんですか」と訊ねると、「前はよくここにお仲間と一緒に酒を飲みに来てましたが、ここ何年かはもうすっかり...。だいぶお歳だし、息子さんも奥さんもいなくなって一人暮しで、あんまり外へも出ておられないのでは」とのことだった。私らが学生の頃には『ガロ』に連載された「カムイ伝」はバイブルのようで、白戸さんは、マルクスやサルトルや吉本隆明や羽仁五郎やボブ・ディラン等々と並んで、「聖者群」に列せられていた。私のちょうど一回り上だから、そろそろ80歳だと思うが、どんな晩年を迎えておられることだろうか。「カムイ伝」の読み方として優れているのは田中優子『カムイ伝講義』。白戸作品の総覧として恐れ入ってしまうのは......
★白戸三平ファンサイト:http://asa8.com/s/

2011年7月 3日

高野孟の遊戯自在録026

6月29日(水)

 27日付『日本農業新聞』1面に私の「"脱原発"へ流れ急/自然エネ、地産地消を」と題したコラムが掲載された。さっそく昨日から今日にかけて、知り合いの農家から「賛成!」の声が届いたり、農業団体から講演の問い合わせが舞い込んだりした。福島県で土壌の放射能汚染を苦にして自殺までする農家や酪農家が出ているのを見て、農家も農業団体も原発への危機感を深めていて、脱原発からさらに進んで、自然エネを地産地消的に拡大して農村の地場産業に育てようという志向が広まっているようだ。
★日本農業新聞:http://www.agrinews.co.jp/

 このコラムは、「論点」と題して、多くの筆者の持ち回りで年2回ほど順番が巡ってくるもので、趣旨は私がすでにザ・ジャーナルの論説などで言ってきたことの要約にすぎないが、一応ここに全文を引用しておこう。
-----------------------------------------
 福島第一原発の事故はいつ終息するかの目途が立たないまま、今なお続いている。1〜3号機のいずれも、炉心溶融(メルトダウン)した核燃料が圧力容器内で止まらずに、底部貫通(メルトスルー)して格納容器の下部に達していることは、すでに政府も認めているが、京都大学原子炉実験所の小出裕章助教が最近テレビなどで発言しているところでは、溶融核燃料がさらに格納容器をも突き破って建屋のコンクリート床を溶かし、地中にのめり込み始めている可能性が高いという。

 まさにチャイナシンドロームの悪夢で、そうなると地中で地下水に接触して超高濃度の汚染水が近くの海に流れ出すという最悪事態となる。しかも、底が抜けているのではいくら水を注いだり冷却装置を取り付けたりしても、もはや核燃料を冷やすことは出来ない。

 想定外の事態が次から次へと連鎖するこの有様を見れば、核爆発という、本来は太陽しか司ることが出来ないエネルギーを人間の手で扱おうとしたこと自体が、大変な傲慢だったのだと思い知らされる。

 多くの人々が「もう原発は止めよう」と考え始めているのは当然で、日本世論調査会が今月11、12両日に行った全国世論調査では、国内の原発を「直ちに全て廃炉にする」9・4%、「定期検査に入ったものから廃炉にする」18・7%、「電力需給に応じて廃炉を進める」53・7%で、遅かれ早かれ原発を止めるべきだとする人の合計は約82%に達した。

 こうしてみると、同じ廃炉でも過激さの違いがあるように映るが、現実にはその違いはほとんど意味がない。全54基の原発のうち現在本格稼働しているのは17基(他に2基が定期点検で調整運転中)で、そのうち5基はこの夏までに法定13カ月間の定期点検に入り、残りも秋以降、来年6月にかけて順次定期点検を迎える。

 いま止まっている災害停止中のものはもちろんのこと、定期点検中のものも、いくら政府が「安全だから再開してくれ」と頼んだところで、福島の事故が現在進行中でその原因究明も緒に就いていないというのに、「はい、OKです」と言える県知事がいるはずがない。ということは、最短、来年夏前には全原発が停止する現実的な可能性があるわけで、上記調査の「直ちに廃炉」と「定期点検に入ったものから」との間に実質的な違いはない。この国は否応なく「脱原発」に向かうのである。

 原発がなくなれば即停電?と恐れる人も多く、それが「電力需給を見ながら」が5割を超えるという数字に表れているが、火力、特にガス火力と企業の自家発電をフル活用すれば原発分を十分補える。むしろこれを機に、太陽光、風力、小水力など自然エネルギーを思い切って増やして、エネルギーの地産地消、自給自足に向かうべきだろう。

6月30日(木)

kawai.jpg
 夜は新橋で昭和19年生まれの「一休会」の例会。今回から冒頭に誰かが「20分スピーチ」をすることになり、一番手として私が「原発は終わった」という話をした。ちょうど2〜3日前に、一休会メンバーである弁護士&浜岡原発差止訴訟弁護団長の河合弘之と作家の大下英治との共著『脱原発』が上梓されたばかりで、2人がその本を持ってきて全員に配ったこともあり、その話で大いに盛り上がった。出席者の中では、小沢派の熊谷貞俊(衆議院議員=比例近畿ブロック)だけが「関西電力なんて50%が原発で、原発を止めたら大変なことになる」みたいな間抜けなことを言って袋叩きに遭っていた。

 もう1つ、同じく一休会メンバーの山川泉から告知。音楽・演劇プロデューサーである彼が制作する劇団レクラム舎の芝居「プロローグは汽車の中」が8月5〜7日スタジオAR(世田谷区若林)、同11〜13日あうるすぽっと(豊島区東池袋)で15年ぶりに再上演される。「物語は、日本の北の町から始まる。この町は今、原子力発電所誘致に関する住民投票問題で揺れている。小さな町で反対派と賛成派が睨み合っての大騒動は、公私混同、私利私欲、入り混じっての藪の中。幼友達、その娘、恩師に先生、中小企業、結婚話と謀略、中傷、茶番劇。現代日本の悲喜劇を小さな列車に乗せて贈ります」

7月1日(金)

 午前中、東の隣地の草刈りと、以前に刈って山積みになっている分の焼却。今日は昨日ほど暑くないが、それでも全身汗だくで熱中症寸前。クエン酸入りの水をガブ飲みし、いつも携帯している沖縄産の天然塩「ぬちまーす」をペロペロ舐めて何とか乗り切った。

nuchimasu.JPG
 厚労省や医者が「日本人は塩を摂りすぎだ」と国民を脅し続けているが、私に言わせれば、あれは嘘ですからね。かつて専売公社が日本中に普及した「食卓塩」というのは、塩化ナトリウム99.9%の工業塩をそのまま人間にも食わせるという非道いことをして、そんなものを1日何グラムだか以上摂り続けたら大変なことになるという話で、私が愛用する「ぬちまーす」は、世界特許の「瞬間空中結晶製塩法」によって海水そのままに近い組成の自然塩を作っているもので、塩分量は73.97%、あとは21種類のミネラルである。これなら、厚労省基準の2割増しで摂っても塩分摂りすぎにはならず、逆に生命の発生と維持に不可欠なミネラル類をしっかりと摂ることが出来る。

 これを作っている高安正勝さんというのは、私も一度、那覇でお目にかかって酒をご一緒したことがあるが、面白い方で、琉球大学の物理を出て南西航空の技術部門に就職しながら、子供の頃からの発明家志向抑えがたく、会社を辞めて最初に開発したのが、蘭栽培のための水管理システム。蘭というのは、育成にたっぷりの水分が必要だが、だからといってジャブジャブ散水すると根腐れが起こる。それで、水を超微粒子にしたミストの形で花や葉には水分を供給するけれども根には過剰な水分が届かないという仕掛けを開発して、全国の蘭業者からもてはやされた。そのうちに塩の製造が解禁となったので、蘭から塩へと水平思考を展開、海水をミストにして空中に散布すると、超微粒子であるため常温の空気中で水分が蒸発して海水の塩分はじめ全成分がそのまま粉雪のように下の床に堆積するという「最も海水の成分に近い塩」の製造法を開発した。私がお会いした頃は、研究開発に私財を使い果たし、本格的に生産を始めるための工場建設資金への銀行融資もままならず、苦労をされておられる様子だったが、今はすっかり軌道に乗ったようだ。楽天などでも売っているけれども、全商品が揃う直販がお勧め。
★ぬちまーす:http://www.nutima-su.com/

 午後、ネットをうろうろしていたら、YouTubeで仲野茂が「東電イズ・バーニング」を歌っているのに遭遇した。

 シゲルは「アナーキー」を率いて80年代前半に一世風靡し、あの!山下達郎をして「ファンです。レコードは発売日に買いに行く」と言わしめた、伝説的と言っていいロック野郎だが、その彼が85年頃だったと思うが、私が今も団長を務める草ラグビーチーム「ピンクエレファンツ」に入ってきて、「お前、ロック(rock)をやっているんならロック(lock)をやれ」などと訳の分からぬことを言う奴がいて、身長もジャンプ力も要るロックのポジションを無理矢理割り当てられ、一時はずいぶん熱心に試合に出ていた。

 ラグビーに余り来なくなってからは、乗馬に凝って、私が帯広に連れて行って一緒に馬に乗ったり、彼が拠点としていた山中湖の近くの乗馬クラブに私が遊びに行ったりした。彼のライブのトーク・ゲストに呼ばれてステージに上がったことも何度かある。06年にアナーキーの全タイトルを収録したボックスが発売されたが、そのおまけの映像には、私が彼と一緒に馬で疾走したり、酒を飲みながら対談したりしているところも収録されている。
★アナーキー:http://www.anarchy.co.jp/

 彼がデビュー早々に歌った曲に「東京イズ・バーニング」という、クラッシュの「ロンドン・イズ・バーニング」のカバー曲があり、その「何が日本の象徴だ。何にもしねえでふざけんな」という歌詞が天皇批判だということで右翼団体から追いかけ回された挙げ句、放送禁止、アルバムから削除という騒ぎになった。その曲をもじった替え歌が「東電イズ・バーニング」で、「何が原発安全だ。国民欺してふざけんな」と。いいねえ、ロックはやっぱり反骨を通さないと。ラブソングの振りをしていても実はゴリゴリ反骨なんていうロックがこの頃はなくなってしまった。泉谷しげるはこの頃どうしているのかな。そういえば泉谷も怪人=内田裕也もシゲルを可愛がっていた。

7月2日(土)

 いやあ、忙しい1日だった。朝8時半に娘一家3人とその友達の一家3人が着いて、9時過ぎに彼らを引き連れて釜沼棚田クラブの草刈り作業へ。私や何人かは草刈り機で、他の多くの方々は鎌で、田んぼの土手や畦道の草を3時間かかって綺麗に刈り込む。12時に公民館
hasu.jpg
に移ってカレーライスの昼食後、休憩。14時に再集合して「おもしろ炭焼き教室」。夏みかん、バナナ、松ぼっくり、枝豆、椿の枝など、各人思い思いのものを煎餅のブリキ缶に入れて針金で縛って炭火の上に置いて15〜20分蒸し焼きにして炭化させる。当家は、家内が前から用意していた蓮の実の乾燥したものを持参して、これはまことに上手く行って「今日のトップ賞だ」と賞賛された。やはり、バナナなど水気の多いもの、椿の枝など葉っぱと蕾の水分の含み方が違うものは上手く行かないようだ。

 17時に終わって、18時半の「ホタル観賞会」まで少し時間があるので、娘とその友達2家族は「池田」(6月26日参照)へ魚を食べに行き、私らは一旦家に戻って、早稲田のゼミ生OB4組9人を迎えて、そのままホタルを観に連れて行く。大山千枚田保存会のスタッフで「田んぼの生き物博士」のA君のホタルについてのレクチャーを聴いた後、釜沼の谷間の田んぼへ。リーダーの爺様が懐中電灯をピッカンピッカンすると、たちまち向かいの黒い森から何十匹という平家ホタルが舞い寄ってきて、我々の頭や肩
hotaru.jpg
に止まる人なつっこさ。子供たちは「あっ、捕まえたよー」「早く離してやんないとかわいそうだよ」などと大はしゃぎしている。誰かが暗闇で、「日本人は、古来、ホタルを大事にしてきたから、ホタルは決して人を怖がらないんだ」と(右の写真は棚田会員のFさん提供)。

 20時過ぎに終わって、娘や孫は拙宅に戻り、私と家内はゼミOBどもを連れて近くの韓国焼き肉屋へ。彼らが親しくしている地元のM君一家まで加わって大人13人、子供3人の大パーティとなった。実はゼミOB4人のうち2人は、この春にそれぞれ横浜市と府中市の市議に当選、また1人は結婚が決まって既に入籍、秋にも披露宴を開く予定で、それやこれやのお祝いを兼ねた大騒ぎが23時まで続いた。帰ると孫はとっくに寝ていた。

7月3日(日)

 昼からベランダでバーベキュー。娘一家に加えて、昨夜のゼミOBのうち居残ったN君一家3人と地元のM君&娘2人も参加。久しぶりに取り出したコールマンの着火バーナーが不調で、昔ながらの炭火おこし器をガス台にかけて火を熾す。柔らかい切り炭は着火は早いが持ちが悪い。これをガスにかけると3分ほどで半分以上真っ赤になるので、それを大谷石を組んだバーベキュー炉に敷いて、その上に固くて着火が悪いがやたら火持ちのいい備長炭を置く。婿が火吹き竹で煽ると20分ほどで早くも結構な火加減になる。私らが気に入っている三重の牛肉屋さんから届けて貰う(今日は)ランプ肉、私がよく知っている妙高市のエビ養殖屋さんから取り寄せる「妙高ゆき海老」、それに近在の野菜などを焼いて、炎天下、暑い暑いと言いながら野外でたしなむビールが旨い。孫娘は、同年代の来訪者3人と戯れつつ「こうやってみんなで食べるとおいしいねえ」とか言ってご機嫌。N、M両君らが帰った後、夕方まで孫娘と草取り、水撒き、竹の工作などをして外遊び。こうしてジイジが相手をしているひととき、両親は束の間の解放時間を得て昼寝をしたり本を読んだりすることが出来るのだ。孫は来月4歳になる。▲

Profile

高野 孟(たかの・はじめ)

-----<経歴>-----

1944年東京生まれ。
1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。
通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。
同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。
80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任し現在に至る。
94年に故・島桂次=元NHK会長と共に(株)ウェブキャスターを設立、日本初のインターネットによる日英両文のオンライン週刊誌『東京万華鏡』を創刊したほか、PC-VAN・NIFTY-Serve・MSN、富士通ブロードキャストその他電子メディアのコンテンツ創造、講談社・小学館・集英社その他出版社のウェブサイト開設、『インサイダー』のメルマガ化、などを次々に手掛け、インターネット・ジャーナリズムの先駆的開拓者と呼ばれた。
現在、それらの経験を活かして、独立系メディアの総合サイト《THE JOURNAL》に取り組んでいる。
2002年に早稲田大学客員教授に就任、「大隈塾」の授業「21世紀日本の構想」、ゼミ「インテリジェンスの技法」、社会人ゼミ「ネクスト・リーダーズ・プログラム」を担当している。

-----<出演>-----

『サンデープロジェクト』
(TV朝日系、日曜10:00~)

『朝まで生テレビ!』
(TV朝日系、最終金曜25時頃~)

『たけしのTVタックル』
(TV朝日系、月曜日21:00~)

『情報ライブ ミヤネ屋』
(読売TV系、月~金曜21時~)

BookMarks

東京万華鏡:TOKYO KALEIDO SCOOP
http://www.smn.co.jp/

INSIDER:インサイダー
http://www.smn.co.jp/insider/

大阪高野塾
http://www.osaka-takano.com/

-----<著書>-----


『滅びゆくアメリカ帝国』
2006年9月、にんげん出版


『ニュースがすぐにわかる世界地図(2006年版)』
2005年、ポスト・サピオムック


『最新・世界地図の読み方』
1999年、講談社現代新書

『情報世界地図 98』
1997年、国際地学協会

『地球市民革命』
1993年、学研

『21世紀への世界時計』
1991年、集英社

『入門世界地図の読み方』
1982年、日本実業出版社

→ブック・こもんず←



当サイトに掲載されている写真・文章・画像の無断使用及び転載を禁じます。
Copyright (C) 2008 THE JOURNAL All Rights Reserved.