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高野孟の遊戯自在録025

6月21日(火)

 朝7時半に東海ラジオ。原発はもう止めようという話。それから終日お勉強と原稿書き。

6月22日(水)

 今日は、高田宏臣=高田造園設計事務所にお願いしていた家周りの工事の最終日。朝8時前にトラック2台で高田さんはじめ5人の職人さんが来てキビキビと仕上げの作業を開始した。

 私は草刈り機を持ち出して、我が家から250メートル下の公道に架かる橋の脇の藪を刈り込んで、ついでにその近くの田んぼの脇の草茫々も綺麗にした。橋のたもとが藪になって枝や草が張り出すと、対向車が見えなくて危ないので、年に一度は刈ることにしている。本来責任を持つべきすぐ横の家は、もう10年以上無人で、家も庭も前の道路も放ったらかしで荒れ放題なのだ。道路にのしかかっている雑木は根元から切って、太い幹は薪用に40センチに切り揃えて、ちょうど一束分ほど持ち帰った。

 昼は、今日が最終日なので、高田造園チーム5人を近くの韓国料理屋に招待して石焼きビビンバを振る舞った。皆さん、汗だくになりながらも美味しいと喜んで頂いて、高田さんなど「ここ、夜に来たいですね」と気に入った様子だった。

 彼らは、午後に仕上げの作業をして15時過ぎに帰って行った。帰る前に一緒に記念撮影をした。
kinen.jpg

 こうして出来上がってみると、遠景の山並み、中景の榎の大樹群には今までも満足していたけれども、実はその遠景・中景と家とを繋ぐ「近景」が不在だったことに今更ながら気付かされる。下の写真は「使用前」と「使用後」。右端の榎の大樹のすぐ上は左の門から右手の玄関へ向かって上がって行くアプローチになっていて、その向う側は以前は枕木で土留めが組んであったが、土圧に耐えられそうになく、僅かながら傾いて来たような気がした。それが事の発端で、「石垣を積んだらいいんじゃないか」ということになり高田さんに相談したのが昨年春。相談を重ねるうちに、石垣だけという訳にもいかないから、その周りに植生をするということになり、高田さんお得意の雑木による自然な感じの庭造りの計画が膨らんだのである。駐車場の手前にも向こう側にも爽やかな林が出来て、写真では見えないが地面には山から採取してきたものを中心に下草と野芝が敷き詰めてある。プロの仕業は凄いと思った。

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 今日は夏至で「100万人のキャンドルナイト」。家内が都内に用事で出掛けているので、19時55分からロウソクとバカラのグラスにウィスキー・ロックを用意して、20時ぴったりに電気もテレビもパソコンも元から電気を絶って「たった1人のキャンドルナイト」。しかし1人ではねえ、話相手もいないから本当にすることがない。電気がないとな〜んにも出来ない生活をしているんだなあと思い知らされる。が、フト見るとベランダのガラス戸にホタルが1匹!

candle.jpg
 我が家の100メートルほど下の田んぼにはホタルが出るので、時折、風に乗った逸れ者が遊びに来るのは毎年この季節に1度や2度はあることだが、よりによってキャンドルナイトの開始5分後に来てくれるとは、何たる健気さ。「電気を消したら私の灯もよくみえるでしょう」と言いに来たのだろう。外へ出て後を追うと、孫用のブランコの柱をグルグル回ってからその下の溝のクレソンが生えているあたりに止まって、15分ほどしてフッと消えていった。ちゃんと仲間たちのところに帰れたかなあと心配で、どうせ暇なので、下の田んぼのホタルの住処まで見に行った。家に来てくれた個体を識別できるわけではないけれども、十数匹が強い風を避けて土手の陰でピッカンピッカンしているのを確認して安心した。さて22時まで後1時間半、どうやって過ごすか......。

6月23日(木)

 赤坂憲雄=福島県立博物館館長/政府復興会議委員が毎日新聞の座談会で「東北はまだ植民地なのか」と言い放った(5月30日付本録)のがずっと頭にこびりついていて、本棚から赤坂憲雄編『日本再考/東北ルネッサンスへの序章』(創童舎)を引っ張り出して読み始めた。東北電力が50周年を記念して02年に行った連続公開イベント「東北ルネッサンス」の記録で、赤坂と五木寛之、中沢新一、谷川健一、高橋克彦、高橋富雄、井上ひさし、山折哲雄らとの対話が収録されている。中身は、深い。

 午後、2時間かけて、我が家の下の公道の草刈りを続行。買い物に行く途中の通りがかりの婆さんが「偉いねえ(自分の敷地でもないのにという意味)。綺麗にして頂いてありがとう」と声をかけてくれるのが嬉しくて励みになる。しかし、30度を超える今年一番の暑さで全身汗だくになる。

6月24日(金)

 仙台在住の東北民俗研究家=結城登美雄さんが上京して、農文協の雑誌『季刊地域』編集長の甲斐良治さんと一緒に赤坂で飲むので来ませんかと、当社スタッフから連絡があり、そう言えば3・11後、結城さんと会っていなかったなあと思って、そのために東京に出た。

 東京のチャラチャラメディアは「何でこんなふうに瓦礫がいつまで片づけられないんだ。政府は何をやっているんだ」とか言うけれども、そうじゃないんだ、と結城さんは言う。漁師は長い間の仕来りとして、船が沈んで仲間が行方不明になっても100日は生きていると信じて待つんだ。100日経ったら浜に祭壇を据えて弔って、それから「よーし」と立ち直って仕事に戻るんだ、と。

 今回、津波に全てを渫われて、「もうあんな怖いところには戻らない」と思って1カ月。それから少しずつ「でも、本当はあそこはいい所なんだよね」と思い直し始めるのにもう1カ月。「やっぱり戻って、やり直そうか」と腹を固め直すのにさらに1カ月。それと「百日祭」とがタイミングが合っているのだ、と。深い精神性である。そうやって、そこにしか生
きられない人々が「生きる力」を取り戻していくことが「復興」の根本である。

tiiki.jpgのサムネール画像
 私たちはどうやってそれを少しでも助けることが出来るのか。酔っぱらって出て来たアイディアは、「都はるみ」の100カ所コンサートをやろうということだった。東北の爺さん婆さんに「生きる力」を蘇らせることが出来る一番は、やっぱり都はるみだろう、と。したたか酔って赤坂の安ホテルに沈没。

 たまたま今日発売の『季刊地域』11年夏号の特集「東北はあきらめない」に結城さんの一文も載っているのでお買い求め下さい。


6月25日(土)

 午後から名古屋の栄中日文化センターで月イチの講義。「毎度、脱原発の話で申し訳ないが、いま私の頭の9割がそれで占められているので」と断ってその話。3時に終わって、4時からは伏見の名物居酒屋「大甚」で、私が毎週火曜日に電話出演している東海ラジオ「モルゲンジャーナル」のキャスター&スタッフの皆さんと飲み会。何とそこへ河村たかし市長が忽然と現れて、賀茂鶴のヌル燗をバンバカ飲みながら市議会がいかに馬鹿であるか大演説が始まった。実は、東海ラジオの中心スタッフである河村常臣さんが市長の又従兄弟で、「高野さんが来るから」と事前にインフォームしていたのだそうで、周りのテーブルのオバさんたちも「ウワッー、河村市長だぁ」と大騒ぎ。すかさず「おお、今日は宝塚の同窓会ですか」と握手に応じる市長。こういう出任せが即座に口をつくようでないと政治家にはなれないよね。

6月26日(日)

 大学時代の旧友M夫妻が来訪。Mは政経学部、私は文学部と学部は違うが早稲田の学生運動繋がり、彼の奥さんはうちの家内と高校同級生で共に早稲田に進学し、そこで出会ったM及び私と結婚、という二重の縁がある。昼前に着いたので、そのまま当家の軽自動車で鴨川
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市街の魚定食屋「池田」へ。前に奥さんだけ来た時に家内が案内したら、奥さんが帰ってから「もう一度あの店に行きたい」と言い続け、Mが「そんなに言うなら俺も行ってみたい」ということになって、今日の段取りとなったのだ。池田は、街道沿いの鮮魚店が裏で食堂をやっているという風情で、地元で揚がる新鮮な魚を煮たり焼いたり天麩羅にしたりして安く食べさせてくるるので評判の店で、週末ともなると超満員。今日も12時前に行ったのに駐車場はほとんど満杯、テーブルが空くまで30分近く待たされた。Mと私はここの定番の金目鯛丸ごと1匹の煮付け、奥さんは天丼、家内はイシモチの塩焼きで、一同大満足。ここは本当に、誰を連れてきても旨さと安さにビックリして、必ず「また行きたい」と言い出すから面白い。

6月27日(月)

 早稲田のゼミでは、平泉が世界遺産に登録が決まったというニュースを採り上げて、「平泉に行って中尊寺を観たことがある者は?」と聞くが、ゼロ。「あのな」と。「中国の史書『唐書』では倭国と日高見国を区別していて、日出る国である日本国というのは西日本の倭国のことではなく東日本の日高見国、すなわち蝦夷の国のことなんだ。東北大名誉教授の高橋富雄という先生がそう言っている」。シーン。「で、そのもう1つの日本の系譜の中で、平安時代の終わりの約1世紀、奥州藤原氏の独立王国が栄えてその首都が平泉だった」。シーン。「あのな、お前らヤマト中心の独善的な歴史観を注入されて脳が硬化して想像力が
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凍りついているんだ。脳を軟化させたい者は、赤坂憲雄編『日本再考』という本でも読んでみろ」。ソワソワ。「ところで、井上ひさしの『吉里吉里人』という小説を読んだ奴はいるか?」。ゼロ。「あのなあ、お前ら、もう少し...」という調子で、これはゼミとは言いながら学生に生半可な発表などさせるつもりは毛頭なく、私が一方的に喋り続けて質問の時間もなく終わってしまうことが多いのだ。なので、毎年、1年間の終わりまで本気で付いて来ている者は半分の10人もいればいいほうで、だからと言って私の方から手を差し伸べて救うようなことはしない。落ちこぼれて損をするのは彼らであって、私は何も失うものはない。そういう風だからかえって、登録外のモグリが年々10人ほども来るし、すでに前年度に単位を取っているのに今年度ももう1回出たいというリピーターも何人もいる、早稲田にゼミ数多しといえどもなかなか不思議なゼミであるらしい。

6月28日(火)

 朝、ガソリンスタンドで近所の陶芸家Sさんにバッタリ会ったら、もう一仕事終えたかのような火照った顔をしている。「昨日、お地蔵さんの上で猪が罠に係ったんで、今朝は6時に集まって解体ですよ。私も、解体を覚えなきゃいけないんで、今日は2回目だったんですが、あと1〜2回やれば、ね」と。今年は猪がよく係るようで、鴨川自然王国でも「イノシシカレー」が出ることが多い。▲

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コメント (1)

高野さん、こんにちは。

赤坂憲雄編『日本再考』読んでみます。

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Profile

高野 孟(たかの・はじめ)

-----<経歴>-----

1944年東京生まれ。
1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。
通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。
同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。
80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任し現在に至る。
94年に故・島桂次=元NHK会長と共に(株)ウェブキャスターを設立、日本初のインターネットによる日英両文のオンライン週刊誌『東京万華鏡』を創刊したほか、PC-VAN・NIFTY-Serve・MSN、富士通ブロードキャストその他電子メディアのコンテンツ創造、講談社・小学館・集英社その他出版社のウェブサイト開設、『インサイダー』のメルマガ化、などを次々に手掛け、インターネット・ジャーナリズムの先駆的開拓者と呼ばれた。
現在、それらの経験を活かして、独立系メディアの総合サイト《THE JOURNAL》に取り組んでいる。
2002年に早稲田大学客員教授に就任、「大隈塾」の授業「21世紀日本の構想」、ゼミ「インテリジェンスの技法」、社会人ゼミ「ネクスト・リーダーズ・プログラム」を担当している。

-----<出演>-----

『サンデープロジェクト』
(TV朝日系、日曜10:00~)

『朝まで生テレビ!』
(TV朝日系、最終金曜25時頃~)

『たけしのTVタックル』
(TV朝日系、月曜日21:00~)

『情報ライブ ミヤネ屋』
(読売TV系、月~金曜21時~)

BookMarks

東京万華鏡:TOKYO KALEIDO SCOOP
http://www.smn.co.jp/

INSIDER:インサイダー
http://www.smn.co.jp/insider/

大阪高野塾
http://www.osaka-takano.com/

-----<著書>-----


『滅びゆくアメリカ帝国』
2006年9月、にんげん出版


『ニュースがすぐにわかる世界地図(2006年版)』
2005年、ポスト・サピオムック


『最新・世界地図の読み方』
1999年、講談社現代新書

『情報世界地図 98』
1997年、国際地学協会

『地球市民革命』
1993年、学研

『21世紀への世界時計』
1991年、集英社

『入門世界地図の読み方』
1982年、日本実業出版社

→ブック・こもんず←



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