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高野孟の遊戯自在録022

高野孟の遊戯自在録022

5月12日(木)

 昨日に続き終日雨降り。来週から本格的に始まる早稲田のゼミと大学院ジャーナリズムコースの授業のパワーポイントを全面一新すべく集中的に作業。ジャナコースは韓国や中国からの留学生も3名混じるので、分かりやすくする工夫が必要なのだ。pptはこんな感じの1ページで始まる。

5月13日(金)

 鴨川自然王国「里山帰農塾」の今年第1回が今日から2泊3日で行われる。10時からの開講式で7名の参加者に塾長として挨拶した後、一旦帰宅してレジュメを作成、13時からの講義に臨む。今回は私、農文協『季刊・地域』編集長の甲斐良治さん、加藤登紀子さんの各講師とも「3・11後」をテーマに語ることになり、私は「3・11と原
kinoujuku.jpg
発」について話をした。

 夕方、家内の所望で車で10分ほどにある保田の隠れた名店「きのや」に蕎麦を食べに行く。長狭街道沿いにポツンとある謎のような店で、遠く(例えば埼玉県)から来る人もいる。天麩羅ソバが逸品で、いつもそれになってしまうが、今日は趣向を変えてカレー南蛮ソバ。孫一家を連れてくると、パパは「ここ
soba.jpgのサムネール画像
なら毎日来てもいい」とご機嫌になってお銚子を傾け、孫はざるソバを何も漬けずにモクモクと食べる。本物のソバにはそれ自体に力があることを3歳9カ月の幼児のほうが敏感に識別するのだろう。「私とパパはね、ソバ好きなの」だって。

5月14日(土)

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 朝からK君に手伝って貰って、浄化槽(本録4月18日参照)のチップ交換作業。汚水系と雑排水系の2系列ある内の、まずは汚水系のチップ槽から、古くなったチップを一旦シャベルで掻き出す。深さ2メートルもあるコンクリ槽なので容易なことではない。2人がかりで午前中一杯かかかってようやく掻き出し完了。K君は午後から仕事があって帰ったので、午後からは一人孤独に、掻き出した古いチップから汚れた部分を取り除いて埋め戻し、その上から新しいチップを投入して混ぜ合わせるという作業を繰り返す。3時間半かけて終了。これで汚水系は機能を回復するはずだ。

 18時半から、王国で帰農塾の飲み会。今日の夕方に講義した農文協の甲斐良治さん、遅くなって大阪のチャリティー・コンサートから帰った加藤登紀子さんも参加して盛り上がる。


5月15日(日)

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 朝から浄化槽メンテ続行。今日はK君に加えて、いつもいろいろ手伝って頂いているご近所の「便利屋さん」Kz女史も参加して貰って、もう1つの雑排水系のチップ槽の大掃除。10時前に中断して、すぐ近く(車で3分)の大山不動尊の「火渡り祭」に。真言宗の修験道の古式に則って、ホラ貝を吹きながら山から下りてきた僧侶が結界の真ん中に用意した護摩に火を点けて、燃え尽きた跡をならして消し炭にしたところを信者が順繰りに裸足で歩いて渡るという儀式である。

 とって返して、引き続き浄化槽の作業。午後3時過ぎに、ご近所のIさんが仲間のYさんと一緒に来訪、「筍を少し採らせて下さい」と。うちの周りは淡竹(はちく)の竹林があって、今時はまあ次から次へと筍が出て採りきれない。自分でも毎日、2〜3本を掘り出しては味噌汁にしたり、若布と一緒に炊いたり、皮ごと焼いて叩きにして酒のつまみにしたりするが、もういいやというくらいで、ご近所にも「どんどん採って下さい」と言っているので、いろいろな人がやってくる。で、今夜は車で5分くらいのIさん宅で筍を肴に一杯飲むことになった。

5月16日(月)

 早稲田の授業の第2回。大隈塾授業は、塾長の田原総一朗さんの講義。自分がジャーナリストになった経緯とその思いを語って、学生からの質問も活発だった。

5月17日(火)

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 今時、新緑の森の中で目立つのはミズキの白い花。ゆったりと横に伸びる枝に雪が積もったかのように白い塊がフワフワと浮かんで目を惹く。前々からあれは何だろうかと思っていて、何人かに聞いたが「ああ、あれ、よく見ますよね」といいながら誰も知らない。図鑑をひっくり返してようやくミズキと分かった。ハナミズキは米国を象徴する花でもっとアッサリと可憐に咲くが、和種のミズキはモコモコと咲いて存在感がある。

 昼に東京でスタッフと打ち合わせ。経営四苦八苦のザ・ジャーナルに投資しようかというベンチャー・キャピタルからのお話があるとか。ザ・ジャーナルはこれまで、楽天ニュースとの提携関係で何とか維持してきたが、大震災の影響で楽天の本体の市場が大変なようで、提携見直しを言ってきている。ベンチャー投資があれば別の思い切った展開が出来るかもしれない。

 夜、大阪の高野塾。「脱原発」という話をして、そのあと飲み会で盛り上がった。

5月18日(水)

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 昼過ぎ帰宅。家内が友達と旅行で不在なので、干物を焼いて昼食をとり、ベランダで風に吹かれて読書。槌屋治紀『燃料電池と水素エネルギー』(ソフトバンク・クリエイティブ)が平易に書かれていて分かりやすい。槌屋さんとは、十年以上前に月尾嘉男=東大名誉教授のお声掛かりで旧科学技術庁の未来予測プロジェクトでご一緒して知己を得、後に鴨川自然王国に仲間を引き連れて田植えに来られたので驚いて、聞けば故・藤本敏夫とは旧い友人だったという。私は、脱原発・脱石油を順次進めて2030〜50年にかけて水素エネルギー社会を実現すべきだという考えなので、久しぶりに槌屋さんに連絡して意見交換することにした。

 ベランダの前の庭(というのは人工的に造作された空間を言うのであって、我が家の場合は年に4〜5回の草刈り以外に何の手も入れない、言わば原野状態)では、雑草が生え放題。いや、昭和天皇がおっしゃったように「雑草という草はない」のであって、決してそのように一括りにしてはいけない。これはたぶん、天皇家の根本思想で、彼らにとって「国民とか大衆とかいう人はいない」ので、園遊会でも被災地お見舞いでも、あのように親身になって声をお掛けになるのである。

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 で、我が家の雑草花畑だが、手前の薄いピンクの花は北米原産のハルジオン(春紫苑)、黄色の花は欧州原産のブタナ(和種のコウゾリナとは一見区別がつかないが後者は葉に剛毛がある)、ヒョロッと長いのは欧州原産のヒメスイバ(和種のスイバは酸模[スカンポ]は1メートルにも伸びるがこれはその半分くらいなのでヒメが付く)。

5月19日(木)

 朝から薪ストーブの煙突掃除。4年前に設置して、我が家の焚き方では一冬にせいぜい30日ほどしか焚かないので、まあいいかと一度も掃除したことがなかったが、今年は大震災による停電もあってずいぶんお世話になった。初めてなので、販売店に出張してやってもらおうかとも思ったが、うちのベルギー製ネスター・マーティンの輸入代理店は京都の京阪エンジニアリングなので、新幹線代まで含めて結構なお値段になるので、自前でやることにした。ホームセンターで竹の柄に煙突のサイズに合った鋼製タワシが付いた道具を480円で買ってきて、まずは屋内の天井近くの接合部を捻って中間部分を取りはずして、その上部にビニール袋を被せてテープで止める。それから屋根に上がって笠を取りはずし、上からタワシを入れて煤をビニール袋に落とす。中間部分は外に持って行って煤を払い、タールはクリーナーと鉄の爪(スクレイパー)で削り、水で洗い流す。それからストーブ本体の煙道周辺の煤を丁寧に取り除き、最後に火室を徹底的に清掃する。本来はパッキンも交換しなければならないが、見たところ、ごく一部2センチほどが崩れているだけなので、今年は不要と判断した。全体で1時間半ほどの作業だった。やれば出来るということだ。

 午後、イギリスを訪問していた遠野市の馬青年=岩間君とその兄貴格の盛岡の牧場主=八丸君が、成田空港から東京経由、我が家に帰国報告に来てくれた。岩間君が森から木材を切り出すのに馬を使う「馬搬」という伝統技術を継承しようとしていることは、本録1月4日付で触れた。また、その後私が遠野市の本田市長とお会いして岩間・八丸両君をイギリス馬搬協会(ホース・ロギング・アソシエーション)の年次総会と競技会のイベントの視察に送り出すという話がまとまったことは1月14日付で述べた。それで彼らは本当に、遠野市の青年海外研修制度の支援を受けてイギリスに行ってきたのだ。はるばる極東の地からやって来た仲間ということで大いに歓待され、協会長の自宅に泊めて貰っていろいろよくして貰い、しかも競技会では、他人の馬を借りて初出場した岩間君が優勝してしまったのだ。競技は、実際に森で木材を運び出すのに必要な馬を操る技術をゲーム化したもので、結構難しいが、彼はじっくり観察してたちまち要領を悟って、見事にやってのけた。来年は全欧競技会が行われる予定で、彼らが招かれることは確定的である。日本の馬技術は凄いし、それを担う日本の若者も凄い。

5月20日(金)

 先週末に浄化槽の整備を終えたので、その周りの雑草を刈って、なおかつ雨水が槽内に流れ込まないように土を削って整地した。鍬とシャベルとレーキを使って6時間の重労働。さらに刈り取った枯れ草や旧い芝生の根の2メートルほどの高さにもなる山を燃やすのに1時間半。終わってビールを飲んだらグッタリでパソコンに向かってウトウトしていると家内が旅行から帰ってきた。

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 北海道・襟裳岬のTさんからエゾオオサクラ草の写真が届いた。「咲きました」としか書き添えていないが、「また襟裳に馬に乗りに遊びに来ませんか」という意味だろう。

5月21日(土)

 朝5時から夕方6時まで、ひたすら水素エネルギーについて本とウェブで研究。だいぶ理解が深まった。「人工クロロフィル」で光合成によって水素を生産するという原理が面白そうだ。夕方、来訪中の家内の妹と3人で、車で10分ほどの温泉「白壁の湯」へ。

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 夜、原稿を書いている途中に、急に「そうだ、草刈機のカバーを作ろう」と思いついた。明日は釜沼棚田の草刈りイベントで、今年は孫一家は都合で来られないが、昨年彼らが来た時に、私が使う草刈機の刃を裸のまま軽自動車の天井に括り付けたら、娘と孫に「怖い」と言われた。確かに、何かの拍子に縄が外れたら頭に刃が当たる危険がある。何かカバーを作らなくてはと思いつつ、先延ばしにしていたのを思い出して、ウィスキーを飲みながら1時間ほど構想を練って設計図を作り、道具小屋に行って適当な板切れを探して線引きし、鋸で切ったりしてやり始めたら止まらなくなって、家内から「夜中に何やってるの?」と言われながら、午前1時までかかってほぼ完成した。

5月22日(日)

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 9時半から釜沼棚田の草刈り。家内を含む一般会員は草刈鎌で畦道の平らなところを刈るが、指導者の爺様たち4人と私を含む数人は自前の草刈機で急斜面を刈っていく。45度以上かという斜面で踏ん張って草刈機を操るのは相当辛い作業で、足が吊りそうになってしまう。昼前に終わって公民館でカレーライスの昼食。2皿食べてしまった。

 釜沼棚田の会員の何人かが淡竹(はちく)の筍を採りたいというので、3家族計8人を案内して帰宅。シャベルを3本持ち出して堀り方を指南する。そこへ、早稲田ジャーナリズム大学院高野ゼミの今年3月卒業の鈴木貫太郎が出現、聞けば昨日から鴨川自然王国に来て田植えを手伝っていたという。彼は今、ニューヨーク・タイムズ東京支局でアシスタントとして働いていて、東北大震災の取材に当たっている。近所の韓国焼肉店に連れて行ってご馳走し、被災地の様子を聞いた。▲

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コメント (2)

今ではTHE JOURNALで一番楽しみにしているこのコーナー(いいのかな(笑))
相変わらずのプチ過酷な田舎暮らしぶりとジジ馬鹿ぶり(笑)が微笑ましいです。
震災絡みでもそうですが学者などの間では地縁、血縁の希薄さを批判するばかりの言説ばかりなので、なぜそうなったか、これからどうすべきかという希望を持てる前向きな話を聞きたいところですね。
THE JOURNALの経営については心配していましたが、震災は運営者、スポンサーともに格好の見直し機会ですね。
どの業種の経営もこの震災禍では実際に厳しいでしょうし。
現状でも不満はありますがまずはサイトが存続していただけることを願うばかりです。
その他にも毎回高野さんの自在録で気づかされていることは多々ありますがこの辺で。

俺の自家用パーマカルチャーまくわメロンの芽が種まきから15日目で確認できました、芽がでると今までの不安が綺麗さっぱり晴れるのでとてもいいです。高野さんの自在録おもしろいです。ではまたよろしくおねがいします

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Profile

高野 孟(たかの・はじめ)

-----<経歴>-----

1944年東京生まれ。
1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。
通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。
同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。
80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任し現在に至る。
94年に故・島桂次=元NHK会長と共に(株)ウェブキャスターを設立、日本初のインターネットによる日英両文のオンライン週刊誌『東京万華鏡』を創刊したほか、PC-VAN・NIFTY-Serve・MSN、富士通ブロードキャストその他電子メディアのコンテンツ創造、講談社・小学館・集英社その他出版社のウェブサイト開設、『インサイダー』のメルマガ化、などを次々に手掛け、インターネット・ジャーナリズムの先駆的開拓者と呼ばれた。
現在、それらの経験を活かして、独立系メディアの総合サイト《THE JOURNAL》に取り組んでいる。
2002年に早稲田大学客員教授に就任、「大隈塾」の授業「21世紀日本の構想」、ゼミ「インテリジェンスの技法」、社会人ゼミ「ネクスト・リーダーズ・プログラム」を担当している。

-----<出演>-----

『サンデープロジェクト』
(TV朝日系、日曜10:00~)

『朝まで生テレビ!』
(TV朝日系、最終金曜25時頃~)

『たけしのTVタックル』
(TV朝日系、月曜日21:00~)

『情報ライブ ミヤネ屋』
(読売TV系、月~金曜21時~)

BookMarks

東京万華鏡:TOKYO KALEIDO SCOOP
http://www.smn.co.jp/

INSIDER:インサイダー
http://www.smn.co.jp/insider/

大阪高野塾
http://www.osaka-takano.com/

-----<著書>-----


『滅びゆくアメリカ帝国』
2006年9月、にんげん出版


『ニュースがすぐにわかる世界地図(2006年版)』
2005年、ポスト・サピオムック


『最新・世界地図の読み方』
1999年、講談社現代新書

『情報世界地図 98』
1997年、国際地学協会

『地球市民革命』
1993年、学研

『21世紀への世界時計』
1991年、集英社

『入門世界地図の読み方』
1982年、日本実業出版社

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