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2011年5月22日

高野孟の遊戯自在録022

高野孟の遊戯自在録022

5月12日(木)

 昨日に続き終日雨降り。来週から本格的に始まる早稲田のゼミと大学院ジャーナリズムコースの授業のパワーポイントを全面一新すべく集中的に作業。ジャナコースは韓国や中国からの留学生も3名混じるので、分かりやすくする工夫が必要なのだ。pptはこんな感じの1ページで始まる。

5月13日(金)

 鴨川自然王国「里山帰農塾」の今年第1回が今日から2泊3日で行われる。10時からの開講式で7名の参加者に塾長として挨拶した後、一旦帰宅してレジュメを作成、13時からの講義に臨む。今回は私、農文協『季刊・地域』編集長の甲斐良治さん、加藤登紀子さんの各講師とも「3・11後」をテーマに語ることになり、私は「3・11と原
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発」について話をした。

 夕方、家内の所望で車で10分ほどにある保田の隠れた名店「きのや」に蕎麦を食べに行く。長狭街道沿いにポツンとある謎のような店で、遠く(例えば埼玉県)から来る人もいる。天麩羅ソバが逸品で、いつもそれになってしまうが、今日は趣向を変えてカレー南蛮ソバ。孫一家を連れてくると、パパは「ここ
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なら毎日来てもいい」とご機嫌になってお銚子を傾け、孫はざるソバを何も漬けずにモクモクと食べる。本物のソバにはそれ自体に力があることを3歳9カ月の幼児のほうが敏感に識別するのだろう。「私とパパはね、ソバ好きなの」だって。

5月14日(土)

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 朝からK君に手伝って貰って、浄化槽(本録4月18日参照)のチップ交換作業。汚水系と雑排水系の2系列ある内の、まずは汚水系のチップ槽から、古くなったチップを一旦シャベルで掻き出す。深さ2メートルもあるコンクリ槽なので容易なことではない。2人がかりで午前中一杯かかかってようやく掻き出し完了。K君は午後から仕事があって帰ったので、午後からは一人孤独に、掻き出した古いチップから汚れた部分を取り除いて埋め戻し、その上から新しいチップを投入して混ぜ合わせるという作業を繰り返す。3時間半かけて終了。これで汚水系は機能を回復するはずだ。

 18時半から、王国で帰農塾の飲み会。今日の夕方に講義した農文協の甲斐良治さん、遅くなって大阪のチャリティー・コンサートから帰った加藤登紀子さんも参加して盛り上がる。


5月15日(日)

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 朝から浄化槽メンテ続行。今日はK君に加えて、いつもいろいろ手伝って頂いているご近所の「便利屋さん」Kz女史も参加して貰って、もう1つの雑排水系のチップ槽の大掃除。10時前に中断して、すぐ近く(車で3分)の大山不動尊の「火渡り祭」に。真言宗の修験道の古式に則って、ホラ貝を吹きながら山から下りてきた僧侶が結界の真ん中に用意した護摩に火を点けて、燃え尽きた跡をならして消し炭にしたところを信者が順繰りに裸足で歩いて渡るという儀式である。

 とって返して、引き続き浄化槽の作業。午後3時過ぎに、ご近所のIさんが仲間のYさんと一緒に来訪、「筍を少し採らせて下さい」と。うちの周りは淡竹(はちく)の竹林があって、今時はまあ次から次へと筍が出て採りきれない。自分でも毎日、2〜3本を掘り出しては味噌汁にしたり、若布と一緒に炊いたり、皮ごと焼いて叩きにして酒のつまみにしたりするが、もういいやというくらいで、ご近所にも「どんどん採って下さい」と言っているので、いろいろな人がやってくる。で、今夜は車で5分くらいのIさん宅で筍を肴に一杯飲むことになった。

5月16日(月)

 早稲田の授業の第2回。大隈塾授業は、塾長の田原総一朗さんの講義。自分がジャーナリストになった経緯とその思いを語って、学生からの質問も活発だった。

5月17日(火)

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 今時、新緑の森の中で目立つのはミズキの白い花。ゆったりと横に伸びる枝に雪が積もったかのように白い塊がフワフワと浮かんで目を惹く。前々からあれは何だろうかと思っていて、何人かに聞いたが「ああ、あれ、よく見ますよね」といいながら誰も知らない。図鑑をひっくり返してようやくミズキと分かった。ハナミズキは米国を象徴する花でもっとアッサリと可憐に咲くが、和種のミズキはモコモコと咲いて存在感がある。

 昼に東京でスタッフと打ち合わせ。経営四苦八苦のザ・ジャーナルに投資しようかというベンチャー・キャピタルからのお話があるとか。ザ・ジャーナルはこれまで、楽天ニュースとの提携関係で何とか維持してきたが、大震災の影響で楽天の本体の市場が大変なようで、提携見直しを言ってきている。ベンチャー投資があれば別の思い切った展開が出来るかもしれない。

 夜、大阪の高野塾。「脱原発」という話をして、そのあと飲み会で盛り上がった。

5月18日(水)

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 昼過ぎ帰宅。家内が友達と旅行で不在なので、干物を焼いて昼食をとり、ベランダで風に吹かれて読書。槌屋治紀『燃料電池と水素エネルギー』(ソフトバンク・クリエイティブ)が平易に書かれていて分かりやすい。槌屋さんとは、十年以上前に月尾嘉男=東大名誉教授のお声掛かりで旧科学技術庁の未来予測プロジェクトでご一緒して知己を得、後に鴨川自然王国に仲間を引き連れて田植えに来られたので驚いて、聞けば故・藤本敏夫とは旧い友人だったという。私は、脱原発・脱石油を順次進めて2030〜50年にかけて水素エネルギー社会を実現すべきだという考えなので、久しぶりに槌屋さんに連絡して意見交換することにした。

 ベランダの前の庭(というのは人工的に造作された空間を言うのであって、我が家の場合は年に4〜5回の草刈り以外に何の手も入れない、言わば原野状態)では、雑草が生え放題。いや、昭和天皇がおっしゃったように「雑草という草はない」のであって、決してそのように一括りにしてはいけない。これはたぶん、天皇家の根本思想で、彼らにとって「国民とか大衆とかいう人はいない」ので、園遊会でも被災地お見舞いでも、あのように親身になって声をお掛けになるのである。

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 で、我が家の雑草花畑だが、手前の薄いピンクの花は北米原産のハルジオン(春紫苑)、黄色の花は欧州原産のブタナ(和種のコウゾリナとは一見区別がつかないが後者は葉に剛毛がある)、ヒョロッと長いのは欧州原産のヒメスイバ(和種のスイバは酸模[スカンポ]は1メートルにも伸びるがこれはその半分くらいなのでヒメが付く)。

5月19日(木)

 朝から薪ストーブの煙突掃除。4年前に設置して、我が家の焚き方では一冬にせいぜい30日ほどしか焚かないので、まあいいかと一度も掃除したことがなかったが、今年は大震災による停電もあってずいぶんお世話になった。初めてなので、販売店に出張してやってもらおうかとも思ったが、うちのベルギー製ネスター・マーティンの輸入代理店は京都の京阪エンジニアリングなので、新幹線代まで含めて結構なお値段になるので、自前でやることにした。ホームセンターで竹の柄に煙突のサイズに合った鋼製タワシが付いた道具を480円で買ってきて、まずは屋内の天井近くの接合部を捻って中間部分を取りはずして、その上部にビニール袋を被せてテープで止める。それから屋根に上がって笠を取りはずし、上からタワシを入れて煤をビニール袋に落とす。中間部分は外に持って行って煤を払い、タールはクリーナーと鉄の爪(スクレイパー)で削り、水で洗い流す。それからストーブ本体の煙道周辺の煤を丁寧に取り除き、最後に火室を徹底的に清掃する。本来はパッキンも交換しなければならないが、見たところ、ごく一部2センチほどが崩れているだけなので、今年は不要と判断した。全体で1時間半ほどの作業だった。やれば出来るということだ。

 午後、イギリスを訪問していた遠野市の馬青年=岩間君とその兄貴格の盛岡の牧場主=八丸君が、成田空港から東京経由、我が家に帰国報告に来てくれた。岩間君が森から木材を切り出すのに馬を使う「馬搬」という伝統技術を継承しようとしていることは、本録1月4日付で触れた。また、その後私が遠野市の本田市長とお会いして岩間・八丸両君をイギリス馬搬協会(ホース・ロギング・アソシエーション)の年次総会と競技会のイベントの視察に送り出すという話がまとまったことは1月14日付で述べた。それで彼らは本当に、遠野市の青年海外研修制度の支援を受けてイギリスに行ってきたのだ。はるばる極東の地からやって来た仲間ということで大いに歓待され、協会長の自宅に泊めて貰っていろいろよくして貰い、しかも競技会では、他人の馬を借りて初出場した岩間君が優勝してしまったのだ。競技は、実際に森で木材を運び出すのに必要な馬を操る技術をゲーム化したもので、結構難しいが、彼はじっくり観察してたちまち要領を悟って、見事にやってのけた。来年は全欧競技会が行われる予定で、彼らが招かれることは確定的である。日本の馬技術は凄いし、それを担う日本の若者も凄い。

5月20日(金)

 先週末に浄化槽の整備を終えたので、その周りの雑草を刈って、なおかつ雨水が槽内に流れ込まないように土を削って整地した。鍬とシャベルとレーキを使って6時間の重労働。さらに刈り取った枯れ草や旧い芝生の根の2メートルほどの高さにもなる山を燃やすのに1時間半。終わってビールを飲んだらグッタリでパソコンに向かってウトウトしていると家内が旅行から帰ってきた。

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 北海道・襟裳岬のTさんからエゾオオサクラ草の写真が届いた。「咲きました」としか書き添えていないが、「また襟裳に馬に乗りに遊びに来ませんか」という意味だろう。

5月21日(土)

 朝5時から夕方6時まで、ひたすら水素エネルギーについて本とウェブで研究。だいぶ理解が深まった。「人工クロロフィル」で光合成によって水素を生産するという原理が面白そうだ。夕方、来訪中の家内の妹と3人で、車で10分ほどの温泉「白壁の湯」へ。

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 夜、原稿を書いている途中に、急に「そうだ、草刈機のカバーを作ろう」と思いついた。明日は釜沼棚田の草刈りイベントで、今年は孫一家は都合で来られないが、昨年彼らが来た時に、私が使う草刈機の刃を裸のまま軽自動車の天井に括り付けたら、娘と孫に「怖い」と言われた。確かに、何かの拍子に縄が外れたら頭に刃が当たる危険がある。何かカバーを作らなくてはと思いつつ、先延ばしにしていたのを思い出して、ウィスキーを飲みながら1時間ほど構想を練って設計図を作り、道具小屋に行って適当な板切れを探して線引きし、鋸で切ったりしてやり始めたら止まらなくなって、家内から「夜中に何やってるの?」と言われながら、午前1時までかかってほぼ完成した。

5月22日(日)

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 9時半から釜沼棚田の草刈り。家内を含む一般会員は草刈鎌で畦道の平らなところを刈るが、指導者の爺様たち4人と私を含む数人は自前の草刈機で急斜面を刈っていく。45度以上かという斜面で踏ん張って草刈機を操るのは相当辛い作業で、足が吊りそうになってしまう。昼前に終わって公民館でカレーライスの昼食。2皿食べてしまった。

 釜沼棚田の会員の何人かが淡竹(はちく)の筍を採りたいというので、3家族計8人を案内して帰宅。シャベルを3本持ち出して堀り方を指南する。そこへ、早稲田ジャーナリズム大学院高野ゼミの今年3月卒業の鈴木貫太郎が出現、聞けば昨日から鴨川自然王国に来て田植えを手伝っていたという。彼は今、ニューヨーク・タイムズ東京支局でアシスタントとして働いていて、東北大震災の取材に当たっている。近所の韓国焼肉店に連れて行ってご馳走し、被災地の様子を聞いた。▲

2011年5月11日

高野孟の遊戯自在録021

高野孟の遊戯自在録021

4月28日(木)

 「節電」ということについて考えをまとめておこうと思い立って、朝から資料を整理しWebで検索し始めたが、みなさん言っていることが意外といい加減というか断片的かつ思い付き的で、もっとじっくり考えて整理すべきテーマであることが分かってきた。今日は取り敢えず前振りだけ書いて、少し時間をかけて研究することにした。まあ、夏ピークまでまだ時間はあるからね。

4月29日(金)

kama-taue.jpgのサムネール画像 5月連休の鴨川は棚田の田植えシーズン。今日はその第1弾で、家族で参加している釜沼北の棚田クラブの田植えである。

 鴨川市の西の奥地である大山地区(旧大山村)には、「首都圏から一番近い棚田」として有名な美しい「大山千枚田」があり、そこで地元が始めた「棚田オーナー制度」がすっかり定着して、大小様々137枚の田んぼの年間オーナーになりたい参加希望者で溢れ返っている。一度オーナーになった人(家族あるいは会社などグループ)の年々継続が優先されるので、空きが生じた分だけ毎年抽選で募集されるが、それを求める長大なウェイティング・リストが出来ているほどだ。そこで、中心の大山千枚田だけでなく、地区内のあちこちにそれを補完する言わば支部として小規模の棚田クラブが6〜7つほど出来ていて、私らが昨年来参加しているのは、そのうちの1つの釜沼北の棚田である。

 私のところから車で6〜7分の山間にある7枚の棚田に、20組の(私のような)地元素人もしくは首都圏都会人の年間オーナーを1口3万円会費で募集して、それを平均年齢80歳を超える4人の練達の爺様たちが指導して、田植え準備のクロ塗り・代掻き・田植え・差し苗・草取り・稲刈り・脱穀等々の年間予定に沿って米作り作業を行う。地元組の私は時間が許す限り全日程に参加するよう務めているが、何と言っても田植えと稲刈り、そして脱穀後の収穫祭は大きなイベントで、会員の家族や知人を含め50人超える人々が集まって盛り上がる。

 今日は東京から孫一家3人と、もう一組、知人のお母さんと娘2人のお試し参加者が朝8時半にやってきて、私らと計8人が車で6〜7分の田んぼに向かう。棚田を横切るように20本ほどの鯉幟が青空に舞って美しい。聞けば、爺様たち4軒の3世代分の鯉幟を集めたのだという。後の2世代分はナイロン製だが、爺様たちが子どもの頃の第1世代分は布製で、一段と味わいが深い。

 4時間ほどで7枚の田植えを終えて、村の公民館で遅い昼食をとって解散。我が家はそこから車で10分ほどの「白壁の湯」温泉へ。なにしろうちの3歳9カ月の孫娘は無類の温泉好きで、「気持ちいいねえ」とか言いながらいつまででも入っているので、こちらがのぼせてしまう。

4月30日(土)

 昼過ぎに出て大阪へ。在阪の某テレビ局社員H君を中心とする農業と地域興しのためのNPOを作ろうという若者集団の定期会合に出席して、「21世紀を農の世紀に!」と題して私がレクチャーし、その後に彼らの仲間の中村哲治参院議員(民主党)が森林法改正と森林組合の活性化の方策についてレクチャーして、17時過ぎから福島駅近くの仕舞屋風の蕎麦処に場所を移して宴会。みんな気持ちのいい人たちだ。彼らのうち有志8人は明日早朝に上京して、鴨川自然王国の田植えに参加する。大阪泊。

5月1日(日)

 始発の新幹線で帰京、帰宅。11時に元日刊ゲンダイ記者、今はBS-11解説委員の二木啓孝がカメラマンと共に来訪、来週土曜日朝10時から45分間の「報道原人」という番組で「この際ライフスタイルそのものを考え直そう」という趣旨の特集をやるので、その取材。自宅で「薪ストーブのある暮らし」を撮影した後、一緒に自然王国に上がって、田植えにやってくる早稲田の高野ゼミ現役&OB約30人プラス大阪のH君たちのグループ8人を出迎え、早速田植え作業にかかる。

gakusei.JPGのサムネール画像 田植え期としては異様に気温が低い上、小雨がぱらつき風も吹いて寒いが、男子学生の幾人かや中村議員は何とTシャツ1枚で頑張っていた。大阪組のM君は泥に足をとられて尻餅をつき半身びしょ濡れ。「風邪引くから上がれよ」と言っても「いえ、何のこれしき。途中で止める訳に行きません」と、言い放つ。若い人は元気だ。そのまま宴会に雪崩れ込んで、私は飲酒運転にならない程度で引き揚げたが、若者たちは朝3時半頃まで飲んでいたらしい。

5月2日(月)

 田植えは昨日やり終えてしまったので、今日の午前中は畦や土手の草刈り。王国スタッフの林君が「草刈りは村の美学である」という文化論を一席ぶってから、鎌を扱う注意を述べて、作業開始。私は自分の刈り払い機を持って行って、手刈りでは間に合わない個所をカバーした。11時過ぎに終わり、大阪組の8人を我が家に招いてベランダでコーヒーをご馳走した。口々に「理想の環境ですねえ」「ここにいたら東京に出て行きたくなくなるのは分かりますよ」と言うので、実際には水源や浄水装置の管理から下水浄化槽のメンテナンス、年に5〜6回の全敷地の草刈り、アプローチの道路の地均し、薪割り、ストーブの煙突掃除等々、田舎暮らしは汗なしには成り立たないのだという話をした。

5月3日(火)

sashi.JPG 朝から釜沼北の棚田の「差し苗」作業。29日に行った田植えのアフターケアで、田んぼに入って一株ずつ見て回り、植え方が下手で根が浮いてしまったところや間隔が狭すぎたり広すぎたりしているところを植え直し、また畦沿いを機械植えして残りを手植えした場合はその境目が巧く植わっていなかったりするのでそれを補正して、出来るだけ美しく田んぼを整えるのである。こういう作業には、都会人会員はほとんど来ないから、爺様たちと私ら地元会員数人でやる。初心者やうちの孫を含めて子どもも田植えに加わっているから、乱れている個所があるのは当然だが、それにしては「今年は全体としては綺麗に植わっているよ」と爺様の評価。思ったより早く2時間半ほどで作業を終えて、腰を伸ばしながら見渡すと、一段と田んぼの美しさが増している。

 午後、高速バスで東京に出て、本屋巡りの後、喫茶店でビンラーディン殺害についての論説を執筆。夜、赤坂で某政府高官らと会食、「浜岡原発だけはとにかく止めないと」という検討が進んでいるとのこと。当然だ。最終のバスで帰宅。

5月4日(水)

 午前中原稿書き。午後から原発関連の本を3冊読破しつつ、合間に道具小屋周りの草ボウボウを整理した。

5月5日(木)

 原発関連の資料整理と来週月曜日から始まる早稲田の授業に備えてパワーポイントづくり。王国の林君から、来週13日から3日間予定している「里山帰農塾」の今年度第1回がこれまでのところ申し込みが1人だけで、開催するかどうか判断を迫られているとの知らせがあった。もう10年も年に4〜5回開催してきたが、こんなことは初めてで、これもやはり大震災による"自粛"ムードというか、何となく落ち着かず気分が萎えてしまうという風潮と関係があるのだろうか。

 帰農塾は元は故・藤本敏夫が発案し、ちょうどその頃に発足したNPO「ふるさと回帰支援センター」の具体的な取り組みの第1号に指定されて始まったもので、始まった途端に藤本が亡くなったので、やむなく私が塾長を引き受けている。田舎暮らしをしたいがきっかけが掴めないといった人たちを募って、私や加藤登紀子さんや農文協の甲斐良治編集長の講話を聴いたり、農作業を体験したり、すでに帰農した先輩の苦労話を聞いたりしてもらうのが趣旨。これまでに500人ほどがここを通過して、そのうち半分くらいの人が何らかの形で「農的生活」を実践しているというから、こんなささやかな活動も継続していればバカにならない成果を生むのである。

 10年間の歴史を汚すような開催中止の不名誉だけは避けたいので、ザ・ジャーナルを含めあちこちで告知を強化するよう手配した。今年はあと7月、9月、11月に開催するので、ご関心ある方は参加して下さい。
★鴨川自然王国「里山帰農塾」:http://www.k-sizenohkoku.com/satoyama/satoyama_top.html

5月6日(金)

 元インサイダーのスタッフでライターのKとRが鴨川にやってきて、原発人脈の奇々怪々についての本を鹿砦社から緊急出版することになったので協力しろと言うので、10時から王国の庭のベランダで企画会議を開いた。ちなみに、鹿砦社の松岡利康代表には近々ザ・ジャーナルにブログを開設して貰うことで準備を進めている。
★鹿砦社:http://www.rokusaisha.com/

 昼過ぎの高速バスで上京し、15時からBS-11「報道原人」の収録。4月から始まった新番組で、二木キャスターに女子アナが付いて、ゲストを迎えてのトークと取材VTRによる特集をメインとして、さらに今週の気になるニュースを解析するという、なかなか楽しい番組で、このたびの大震災と原発事故、計画停電といった体験から導き出される1つの方向性は、余りに便利で金さえ出せば何でも成し遂げられる都会生活という幻想を見直して、縄文以来1万年の日本農耕文明の根本に立ち返ることではないかといった話をした。
★報道原人:http://www.bs11.jp/news/1349/

5月7日(土)

 姪すなわち家内の弟の娘の結婚式が六本木で行われ、何年かぶりに洋食のフルコースを満喫した。夕食はもう要らないかという気分だったが、家内と次女と3人で麻布十番の干物専門店に行って日本酒を少々たしなんだ。東京泊。

5月8日(日)

 朝7時に麻布十番の事務所に行き、明日からの早稲田の授業の準備作業をしようと思ったが、溜まった郵便物の整理をしている内に、デスク周りに山積みになっている本が(地震のせいもあって)半ば崩れかけていたり、床に酒の空瓶が転がって埃が溜まっていたりするのが気になって、2時間かけて大掃除をした。9時から13時まで明日の授業のためのパワーポイントを作成、14時からサントリーホールでベテランのソプラノ歌手=佐藤しのぶのコンサートへ。佐藤しのぶの「大震災被災者のことを思って全身全霊で歌います」という姿勢が伝わってとてもよかったし、N響トップメンバーによる弦楽5重奏団も素晴らしかった。

5月9日(月)

 早稲田の授業初日。10時40分からの高野ゼミ「インテリジェンスの技法」では、自己紹介をしつつ、人間の五感と第六感とは何かという話をした。インテリジェンスについて語り始める時に、私がスタート地点として学生たちに示すのがこの図で、この三角形が時計回りと反時計回りに自由に高速回転するようになると「お前ら、一人前のインテリになるってことよ」と説く。
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 13時からの大隈塾授業では200余人を相手に「大隈塾の心得」という講義をした。

「君らは、自分の努力や親の支援があって早稲田に入ることが出来、またその中でも400人以上が応募する大隈塾の選考をくぐり抜けて今この教室に坐っていて、何事も自分の力でここまで来たと思っているかもしれないが、それは違う。日本の大学進学率は50%強で、君らと同年代の若者の半分は、大学なんぞに行きたくないという人もいただろうけれども、行きたくても行けなかった人もいるだろう。世界全体で考えれば、大学に行くことが出来る者は同年代の若者の1割にも満たないだろう。そんなことを言ったって、自分はそういう人たちに何か迷惑をかけている訳ではないんだから、と思っているかもしれないが、学びたくとも学ぶことが出来ない世界中の圧倒的多数の若者たちの悔しさの裏返しとして君たちが今ここにいるのだということ、その人たちによって自分が生かされているということに、想像力を働かせて貰いたい。そう思うことで自らを律することが、ノブレス・オブリージュということだと思う」

 16時半からのジャーナリズム大学院の実習科目「新聞の読み方」は、今年は8人の定員に対し7人の履修者で、うち韓国人男性1人、中国人女性2人、日本人は男性1人、女性3人。最初に各自が日常どのように新聞を読んでいるかを訊ねると、複数紙を購読しているのは日本人男性1人だけで、あとは1紙購読が精一杯。外国人留学生の場合は、購読料負担もバカにならないこともあるのだろう、「ネットで」「図書館で」「日本語の勉強のためもっぱらテレビでニュースを見る」など。私の記者修業は毎朝15紙に目を通すことから始まり、それが情報感覚を磨く何よりの基礎訓練となったと話すと、ビックリしていた。

5月10日(火)

kuroi1.gifkuroi2.gif 15時から虎ノ門のスタジオに、テロやスパイ問題の専門家=黒井文太郎さんを迎えてJFN(東京FM系全国ネット)のラジオ番組収録。テーマはもちろんウサマ・ビンラーディン殺害。黒井さんは元『ワールド・インテリジェンス』という雑誌の編集長で、同誌廃刊後はフリー・ジャーナリストとしてこの分野で著書を多数上梓している。比較的新しいのはこの2冊かな。

 地下鉄で淺草に行き、18時から故・花田満孝さんを偲ぶ会。北海道・遠軽に住む元はと言えば伝説的な熊撃ち名人だが、晩年は目を悪くして銃を持つこともなくなり、世間には優れた養蜂家として知られていた。私は、15年前に故・藤本敏夫に連れられて帯広に行くようになって知り合い、帯広の牧場にある我々の山小屋や遠軽の彼の自宅で、また彼がひいきにしていた東京・銀座のフランス料理店で、よく酒を飲み交わした。いつのことだったか、藤本が生きていたのだから10年以上前ということになるが、藤本と一緒に遠軽を訪ね、それこそ熊が出そうな山奥の沢でオショロコマ釣りをして、4人で1時間半に300匹も釣ってその晩に全部唐揚げにして食べてしまったことがあった。1年前に、いつものように奥さんと一緒に軽トラで山に分け入って元気に仕事をして、家に帰ってパタンと倒れて死んでしまった。私の1つ上だから、今の私と同じ67歳。子供たちのためのアウトドア総合訓練基地を作りたいというのが夢で、私たちも支援していたが、それを果たさぬままの夭逝だった。延々と続く挨拶を聞いているが辛くなって、ソッと会場を抜けて近くの蕎麦処「十和田」で春野菜の天麩羅を肴に一杯飲んで帰った。
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5月11日(水)

 終日雨で、予定していた浄化槽のバイオチップ入れ替え作業が出来ず、終日、本稿を含め3本原稿を書いたり、明後日の帰農塾の講義用のパワーポイントを作ったり、溜まった本や雑誌を読んだりして過ごす。▲


Profile

高野 孟(たかの・はじめ)

-----<経歴>-----

1944年東京生まれ。
1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。
通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。
同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。
80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任し現在に至る。
94年に故・島桂次=元NHK会長と共に(株)ウェブキャスターを設立、日本初のインターネットによる日英両文のオンライン週刊誌『東京万華鏡』を創刊したほか、PC-VAN・NIFTY-Serve・MSN、富士通ブロードキャストその他電子メディアのコンテンツ創造、講談社・小学館・集英社その他出版社のウェブサイト開設、『インサイダー』のメルマガ化、などを次々に手掛け、インターネット・ジャーナリズムの先駆的開拓者と呼ばれた。
現在、それらの経験を活かして、独立系メディアの総合サイト《THE JOURNAL》に取り組んでいる。
2002年に早稲田大学客員教授に就任、「大隈塾」の授業「21世紀日本の構想」、ゼミ「インテリジェンスの技法」、社会人ゼミ「ネクスト・リーダーズ・プログラム」を担当している。

-----<出演>-----

『サンデープロジェクト』
(TV朝日系、日曜10:00~)

『朝まで生テレビ!』
(TV朝日系、最終金曜25時頃~)

『たけしのTVタックル』
(TV朝日系、月曜日21:00~)

『情報ライブ ミヤネ屋』
(読売TV系、月~金曜21時~)

BookMarks

東京万華鏡:TOKYO KALEIDO SCOOP
http://www.smn.co.jp/

INSIDER:インサイダー
http://www.smn.co.jp/insider/

大阪高野塾
http://www.osaka-takano.com/

-----<著書>-----


『滅びゆくアメリカ帝国』
2006年9月、にんげん出版


『ニュースがすぐにわかる世界地図(2006年版)』
2005年、ポスト・サピオムック


『最新・世界地図の読み方』
1999年、講談社現代新書

『情報世界地図 98』
1997年、国際地学協会

『地球市民革命』
1993年、学研

『21世紀への世界時計』
1991年、集英社

『入門世界地図の読み方』
1982年、日本実業出版社

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