Calendar

2011年2月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28          

Recent Comments

« 高野孟の遊戯自在録012
メイン
高野孟の遊戯自在録014 »

高野孟の遊戯自在録013

1月1日(元旦)

gyosen.jpgのサムネール画像
 どうということもなし、つつがなき元日。近年は京都・嵐山の料亭「おきな」に御節を頼んで、年末に自宅であれこれ料理してバタバタするのをやめている。が、昼前には届くはずの御節が来ない。関西が大雪で宅配便も遅れているのだろうと推測して、あり合わせで繕って家内とお屠蘇を交わした。

 例年、元旦は早起きして太平洋の初日の出を見に行くが、今年は雲が厚く何も見えそうにないのでサボり、午後から海を眺めに行く。鴨川港の漁船の正月飾りが勇ましかった。

 御節は夕方近くなってから届いた。

1月2日(日)

 ひたすらのんびり箱根駅伝往路を観る。早稲田が良さそうだ。

1月3日(月)

 元日と3日の新聞各紙の社説や論調を読み比べつつ、今年の報道の流れを予測するのは毎年の初仕事。今年は、どの新聞も打ち揃って「消費税とTPP」が必須の課題と言っていて、この砲列の揃い方が気味悪い。

1月4日(火)

 午後から、岩手県遠野市の岩間敬君一家3人がやってきた。彼は地元の農家出身で、若いときから馬に惹かれて乗馬や調教を学び、農閑期には乗馬トレッキングのガイドも務めていた(それで私は8年ほど前に遠野で雪中乗馬した際に彼と知り合った)。また普通の乗馬だけでなく、「馬搬」あるいは「地駄曳き」と言って、大型の馬を使って山から木材を運び出す伝統技術にも興味を抱いて、村にわずかに残った馬方の古老に10年ほど前から弟子入りしてその伝承に励んでいた。

 昨年12月に久しぶりに岩間君から連絡があって東京で会った。イギリスにチャールズ皇太子を名誉総裁とする「ワーキング・ホース協会」という立派な団体があって、国内だけでなく全欧州規模で馬搬技術のコンテストなどを行っていることが分かったので、そこへメールを出したところ、「日本にも馬搬技術があるのか。是非日本から参加してほしい」と熱烈な返事が来てしまったので、どうしたらいいか、という相談だった。それは面白いことなので、2012年のコンテストに参加出来るよう応援団を組織して送り出そうということになり、他方、私の地元=鴨川では「馬のある暮らしを再現しよう」という機運が高まっているので、それにも協力して欲しいとこちらからもお願いをした。

岩間「そうならば正月にでも鴨川を訪問したい」
高野「君が来れば鴨川の馬プロジェクトの連中に集まって懇談して貰おう」
岩間「どうせなら、1月4日夜9時からBS朝日で遠野の馬搬の様子を撮影したドキュメンタリーが放送されるんですけど」
高野「じゃあその日に皆に声をかけて一緒にテレビを観よう」

 と話はとんとん拍子に転がって、今日彼が我が家に来て、夕方には地元の馬プロジェクトのメンバーたちも集まった来て大騒ぎとなったのだった。

1月5日(水)

gakusei.jpgのサムネール画像
 午後から早稲田大学「大隈塾」高野ゼミの現役有志13人、OB2人、それに大隈塾担当の非常勤講師=村田信之(蓮舫の旦那、4月に目黒区議選に出馬)が来訪し新年会でまたもや大騒ぎとなった。

1月6日(木)

 某政府高官、共通の友人の元大蔵省幹部と東京で会食。菅首相は仙谷由人官房長官を更迭するかどうか、まだ決断していない。それも含めて菅政権はフラフラに見えるが、実は「ポスト民主党」はおろか「ポスト菅」も浮上していない状態なので、案外続くかもしれない、とのことだった。

1月7日(金)

 終日鴨川。

1月8日(土)

 娘一家が来訪。正月は婿さんの実家に行くので、こちらに来るのは今頃になるのはやむをえない。今更お屠蘇でもないので、鴨川グランドホテルの太平洋が見えるレストランのシーフード・ランチ&赤ワインで正月を祝う。

1月9日(日)

 終日鴨川で孫と遊ぶ。

1月10日(月)

 娘と孫は火曜日まで滞在するが、婿は明日から仕事、私も今晩中に京都入りするので、2人で高速バスで東京へ。孫はパパとジジがいっぺんにいなくなるのが不満そうだった。

1月11日(火)

 京都のホテルから東海ラジオに電話出演。10時にホテルを出て京都造形大学の授業。日本文化の「発酵性」という特質について。昼に終わってそのまま帰宅。

1月12日(水)

osakana.jpgのサムネール画像
 仙台経由で石巻市へ。15時から七十七銀行の石巻エリア経営者の会で講演と懇親。実は朝日新聞石巻支局には高成田享さんがいる。アメリカ総局長まで務めて、普通なら社のトップ級の役職を目指して当たり前だが、「定年までどこか漁港の通信局に行って『さかな記者』をやりたい」と申し出てここに来たという変わり種だ。前に『こちら石巻さかな記者奮闘記』という著書を送って貰って面白かったこともあり、事前に連絡をしておいた。その「さかな記者」推薦の「喜八櫓」という料理屋に上がって新鮮な魚を満喫した。

1月13日(木)

 石巻から仙石線に乗れば仙台に戻るが、石巻線で北西に小牛田に出て陸羽東線に乗り換えて鳴子温泉に向かう。これも事前の連絡で、仙台在住の民俗研究家=結城登美雄さんと久しく会っていないので温泉に浸かって新年会をやろうということになり、それに農文協『季刊地域』の甲斐良治編集長、そのご両人に可愛がられている当社の上垣が夕方までに「旅館みやま」に集まることになっている。私は石巻では行くところもないので、早めに着いて温泉を楽しもうと、昼前に川渡温泉駅に着いた。無人駅だから駅員がいないのは仕方がないが、降りる客も乗る客も1人もおらず、駅前にも人影は見えない。ここでいつものように宿に電話すればご主人の板垣さんが飛んで迎えに来てくれるが、時間がたっぷりあるので、雪道を歩いて行くことにした。滑って転ばぬようゆっくり歩いても45〜50分、1時間はかかるまいという見当は外れなかったが、誤算はRIMOWAのトローリー(ガラガラ引っ張る2輪付きのアルミ製トランク)で、これは雪道を転がすことは(当然ながら)全く想定していないので、すぐ雪が詰まって動かなくなる。宿に着くと板垣さんが「あれえーっ、歩いてこられたんですか?」と絶句。「いいんです、歩くのが趣味なんです」。

 先にゆっくりお湯に入って、雪景色を眺めながらビールをちびちびと飲んでいるうちに皆さん順次到着し、やがて宴会。結城さんとは、昨年大病されて退院した後一度も会う機会がなかったので、8カ月ぶりくらいか。彼が進める「鳴子の米プロジェクト」5年間の達成と、次のステップとして、農家に空き田んぼで餅米を栽培て貰い、それを経営の苦しい地方の中小の酒蔵に委託して「本物の味醂」を製造して貰って消費者に普及する計画を聞いた。いや、味醂とはまた目の付け所が面白い。味醂は本来、餅米を米麹で発酵させてさらに米焼酎を加えて造るが、普通に出回る大量生産品は、米焼酎の代わりに醸造アルコールを加えて量を何倍にも増やす(「三増酒(三倍増醸清酒)」と呼ばれる安い日本酒と同じ)。これを味醂だと思われては困るので、本物の復活と普及を図ろうということで、話が盛り上がった。

1月14日(金)

bahan.jpgのサムネール画像のサムネール画像
 4日に我が家で開かれた「馬プロジェクト会議」の結果、鴨川自然王国で過去1年間、農業研修生として学んできたO君が、次の1年間は乗馬、調教を身につけて、ここ鴨川で馬のある暮らしを実現したいとの希望を持っているので、彼を遠野市の岩間君の下に送り込むことが出来ないか、という相談になった。岩間君の動きは素早くて、早速この日、前日に鳴子まで来ている私を、東京へ出張途上の本田敏秋=遠野市長に仙台で会わせるという。駅近くのホテルで、市長、市の農林担当、岩間、彼の信頼する馬のパートナーで盛岡市で牧場を営む八丸君、私、鴨川から昨日遠野入りしていた鴨川のO君で昼食をとりながらミーティングし、(1)O君を3月から1年間、県の制度を活用して八丸牧場の研修生として送り込むこと、(2)岩間君と八丸君を今年5月に遠野市の海外研修制度を利用してイギリスに派遣し労働馬協会と接触してくること、(3)これをきっかけに遠野市と鴨川市で馬事文化復興をめざし協力していくこと----などが決まった。凄い勢いの展開だ。満足して帰京。(写真は馬搬の光景)

1月15日(土)

 10時からJFNラジオ収録。ゲストは三宅雪子衆議院議員。お祖父さんは石田博英労相、お父さんは三宅和助シンガポール大使(いずれも故人)という血筋で、ご本人はフジテレビ報道局経済部の記者から小沢一郎に誘われて前回立候補した。お祖父さんは1950〜60年代に度々労相を務め「石田労政」という言葉が出来たくらいで、そのケンカ相手が総評事務局長だった私の父だった。三宅大使は、外務省アジア派で、ベトナム戦争終結前からハノイと隠密外交を展開して早々の日越国交樹立に貢献して「日本のキッシンジャー」とも呼ばれ、私はそのことで取材したことがある。そんな因縁話から始めて、小沢の近況などを聞いた。

 夜は八重洲で、竹中ナミねえと某NHK職員その他と会食。ナミさんはNHK経営委員で、今日がNHK会長選びの山場。どうなったのかなと思いつつ席に着くと、ナミさんが「先ほど決まりました。前JR東海副会長の松本正之さん」と。ふ〜ん。


1月16日(日)

 クビになった仙谷由人官房長官から電話あり。何だか晴れ晴れした様子で、新成長戦略や「新しい公共」など、長い目で見た政策を練り上げていきたいという話だった。

1月17日(月)

 早稲田新年初授業。合間に来年の「高野ゼミ」選抜の面接。25人ほどなので、全員合格とする。例年だと40人以上が志望するので、書類選考のあと面接でふるい落とすのだが、今年は少ない。後で聞くと、事務局のアナウンスが悪くて、志望したかったのに手続きが間に合わなかった者が何人もいた。そういう人は「モグリ」で授業に参加してくれと伝えた。京都へ。

1月18日(火)

 京都のホテルから朝早く、東海ラジオ出演。京都造形芸術大学。ミヤネ屋。何だか疲れたので大阪に泊まることにし、法善寺横丁の割烹「美加佐」にブラリ。

1月19日(水)

 ホテルで早起きして、日本農業新聞のコラム「論点」執筆。本録14日付で触れた遠野市の「馬搬」の話を書いた。これは半年に一度ほど順番が回ってくるリレー・コラムなので、スタンスの取り方が難しいが、編集部は現場の具体的な状況を踏まえた議論で大変よかったと評価を頂いた。24日付同紙に載ったその全文は次の通り。

--------------------------------------------
伝統文化「馬搬」の復興
若者呼べる山仕事に

 里山暮らしの中で「馬」の役割を復元しようというおもしろい企てが、岩手県遠野市で始まっている。本田敏秋市長の肝煎りで昨年五月に設立された「遠野馬搬振興会」がそれで、今やほとんど廃れかけている馬搬の技術を若い人たちに継承させ、実際の山仕事にもっと活用していこうというのである。
 古くは「地駄曳(じだび)き」と呼ばれた、山で切り出した木材を馬に引かせて里まで運び出すこの方法は、昭和40、50年代までは全国どこでも盛んに行われていたが、その後、機械化の波に押しやられ、また林業そのものが衰退に向かう中で、絶滅危惧技術となり果ててきた。
 遠野の場合、かつては40人ほどの馬方がいて森林組合から作業を請け負っていたものの、今では74歳の菊池盛治さんら3人だけ。ところが今から10年ほど前に菊池さんらに弟子入りして学び始めた当時22歳の地元の農業青年がいて、その名を岩間敬さんという。
 彼はもともと馬が好きで、若い頃から乗馬や調教の技術を身につけ、農閑期には乗馬トレッキングのガイドを務めるなどしていたが(それで私は8年前に遠野で馬に乗ったときに彼と知り合った)、その中で人馬一体の暮らしぶりを象徴する馬搬という伝統技術の素晴らしさに気づいて飛び込んでいき、最近はようやく一人で作業が出来るようになった。このように一人の若者が体を張って「馬文化」を守ろうとしている姿を見て市長も心を動かされ、「振興会」の発足となったのである。さしあたり、市が市有林の一部の搬出作業を菊池さんらに委託するための事業費を予算化し、また研修生受け入れの制度を整備していく。
 遠野の場合は、ペルシュロンなどの1トン級の大型馬を使う。これに独特の馬具セットを装着して「バチ」と呼ばれる鉄ぞりに載せてワイヤで縛った木材を引く。重機が入れない急斜面でも入っていけるし、地表を荒らすことも少ない。何より重機より安くガソリン代もかからない(餌代はかかるが)。
 近年、森林の荒廃に歯止めをかけようと、改めて林道の整備やその林道からさらに分け入るための作業道を増やそうということが言われているようだが、むやみに作業道を増やせば地表がかえって荒廃するし、急峻で作業道など作りようもないような人工林も少なくない。
 何が何でも重機を入れようとするよりも、馬の助けを借りてのんびり切り出すほうがエコなんじゃないですかという遠野からの問題提起は、検討に値すると思うがどうだろうか。
-----------------------------------------

 夕方から日本政策金融公庫立川支店で講演。私の早稲田のゼミの卒業生=前田が受付をやっていた。東京経由、バスで帰宅。

1月20日(木)

 家に居たかったのだが、私が顧問を務める「ダイヤモンド経営者クラブ」の新春賀詞交換会の記念講演で小泉純一郎元首相が講演するというので、それほど期待している訳でもないけれども、一応、今時何を言うのかなという興味があって、聞きに行った。外交に関して次のように言っていて、この基準に照らして鳩山と菅の違いが浮き彫りになるのが面白かった。

「自民党政権末期に、自民党から民主党、一部評論家にまたがって『日米中・正三角形』論が出てきた。私はこれに反対で、『日米基軸』論だ。日米関係がよくなれば中国はじめ他の国ともよくなると信じている。私がそれを言うと、マスコミは『小泉は、米国とさえ仲良くすれば、他の国のことはどうでもいいと言った』とか報道した。そんなことは言っていないし、実際、中国との間も、怒らせたのは靖国参拝だけで、後はけっこううまくやってきた。 民主党政権も尖閣事件で、日米基軸が大事であることを思い知っただろう」

1月21日(金)

 自車で上京、15時に新宿で妙高市の職員の方々と会い、同市「観光大使」を申しつけられる。いままでは、同市の町興しプロジェクト「妙高里山塾塾長」にして市の「顧問」だったが、それらはそのままに、さらに肩書きが増えるらしい。新宿泊。

1月22日(土)

 名古屋に行って栄中日文化センター。夕方自宅に戻り、19時から地元で「馬を飼う」プロジェクトの会合。

1月23日(日)

 夕方東京に出て、政治家数人と会食。東京泊。

1月24日(月)

 早稲田最終授業。終了後、京都へ。

1月25日(火)

 東海ラジオ、京都造形芸術大、帰宅。京都の授業は今年限りとして、来年は止めることにした。今年は、当初7人ということだったが、内2人は最初から来ない。どうしたのかとフォローすると、1人は「学校を辞めたらしい」とか、もう1人は「よく分からない」とかで、そのうちに3人だったり2人だったり、それも前週来た者と今週来た者が全員入れ替わりとか、「来週までにこの文庫本の第1章だけでいいから読んで来るように」と負荷をかけると翌週は誰も来なかったり...。大学幹部にそれを言うと、そういうことが各所で起きていて、言ってみれば「生きる力」がない学生が増えている、もうお恥ずかしい限りだと。う〜ん...、参りましたね。

1月26日(水)

asakusa.jpgのサムネール画像
 今日は楽しい新春浅草歌舞伎。敢えて千秋楽の第2部15時からのチケットを11枚、「十和田」の女将経由で手に入れて、中高年遊び仲間を募って観劇、その後は十和田で刺身・天麩羅・蕎麦の大宴会という趣向。いやあ座長格の亀治郎がいいですねえ、凄みさえ出てきた。大酔っ払いで都内泊。

1月27日(木)

 自車で都内から千葉市内へ。15時から商工中金千葉支店の講演会。いやあ千葉にも面白い経営者がたくさんいますね。

1月28日(金)

 午後、妙高市の広報担当はじめライター、カメラウーマンらご一統が自宅に取材訪問。

 夜、一杯飲みながら、先日ネットで衝動買いしたiPadをいじり始める。

1月29日(土)

 終日鴨川。館山の田中惣一商店に「根切り鋏」を買いに行く。年末以来ずっと、東隣の不在地主の荒れ果てた土地を少しずつ開墾しているのだが、そこでは野バラと茅と葛の蔦などががんじがらめとなっていて、人が踏みいるのも難しいというほどの場所で、そこで普通の植木鋏を使っていたらたちまち酷く刃こぼれで使いものにならなくなってしまった。そこで田中商店でこれを買うことにしたのである。

 夜、サッカーアジア杯観戦。感動。

1月30日(日)

 終日鴨川。エジプト情勢緊迫。米国は、イラクのフセイン独裁は戦争まで仕掛けて打倒したが、エジプトのムバラク独裁は何ら問題視することなく容認してきた。

1月31日(月)

 終日鴨川。中東研究センターの保坂修司氏が「かつてイラン革命でカセットテープ、東欧革命で衛星放送が果たした役割を、エジプトではフェイスブックやツィッターが果たしている」と(読売)。同じ読売の別の面では、国際交流基金部長の小川忠氏が昨秋日本に招いた中国の著名ブロガー=安替氏の中国メディア事情についての講演の内容を紹介していて、「ツイッターは2009年頃から中国に姿を現し、当局の規制を受けない技術が開発され、安替の言では『数千年の中国大陸史上初の100%言論の自由が守られた全国的プラットフォーム』となっている」と書いている。当局の規制を受けない技術って、本当なのか? グーグルを追い出した中国では、国営新華社通信社と5億人の世界最大の顧客数を誇る携帯電話会社「中国移動」との合弁で「国家級の検索エンジン」を構築中で、これはツイッター対策ではないのだろうか。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.the-journal.jp/mt/mt-tb.cgi/7817

コメント (1)

「ジャーナル」の読者がこの「極私的情報曼荼羅・遊戯自在録」をどの程度読んでいるのか知らないが、高野さんの実像が余すところなく表現されていて、その人間的魅力、旺盛な行動力、知的探究心、交友関係の豊かさ、に、ほんと驚かされる。
今号の「馬搬」に関する記述は圧巻で、岩間敬さんが、英国ワーキングホース協会の2012年コンテストに参加できるよう支援活動を組織してしまう高野さんの企画・統率力には、ただただ脱帽あるのみ。
「高野論説」に礼を失した意見を書く人たちは、この「遊戯自在録」をどう読まれるているのだろうか。

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)

※[投稿]ボタンをクリックしてから投稿が完了するまで数十秒かかる場合がございますので、2度押しせずに画面が切り替わるまでお待ちください。

Profile

高野 孟(たかの・はじめ)

-----<経歴>-----

1944年東京生まれ。
1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。
通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。
同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。
80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任し現在に至る。
94年に故・島桂次=元NHK会長と共に(株)ウェブキャスターを設立、日本初のインターネットによる日英両文のオンライン週刊誌『東京万華鏡』を創刊したほか、PC-VAN・NIFTY-Serve・MSN、富士通ブロードキャストその他電子メディアのコンテンツ創造、講談社・小学館・集英社その他出版社のウェブサイト開設、『インサイダー』のメルマガ化、などを次々に手掛け、インターネット・ジャーナリズムの先駆的開拓者と呼ばれた。
現在、それらの経験を活かして、独立系メディアの総合サイト《THE JOURNAL》に取り組んでいる。
2002年に早稲田大学客員教授に就任、「大隈塾」の授業「21世紀日本の構想」、ゼミ「インテリジェンスの技法」、社会人ゼミ「ネクスト・リーダーズ・プログラム」を担当している。

-----<出演>-----

『サンデープロジェクト』
(TV朝日系、日曜10:00~)

『朝まで生テレビ!』
(TV朝日系、最終金曜25時頃~)

『たけしのTVタックル』
(TV朝日系、月曜日21:00~)

『情報ライブ ミヤネ屋』
(読売TV系、月~金曜21時~)

BookMarks

東京万華鏡:TOKYO KALEIDO SCOOP
http://www.smn.co.jp/

INSIDER:インサイダー
http://www.smn.co.jp/insider/

大阪高野塾
http://www.osaka-takano.com/

-----<著書>-----


『滅びゆくアメリカ帝国』
2006年9月、にんげん出版


『ニュースがすぐにわかる世界地図(2006年版)』
2005年、ポスト・サピオムック


『最新・世界地図の読み方』
1999年、講談社現代新書

『情報世界地図 98』
1997年、国際地学協会

『地球市民革命』
1993年、学研

『21世紀への世界時計』
1991年、集英社

『入門世界地図の読み方』
1982年、日本実業出版社

→ブック・こもんず←



当サイトに掲載されている写真・文章・画像の無断使用及び転載を禁じます。
Copyright (C) 2008 THE JOURNAL All Rights Reserved.