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高野孟の遊戯自在録007

9月10日(金)

 昼過ぎに車で出て1週間ぶりに上京。コンクリの照り返しが足元から這い上がり、空調の排熱が頭から降りかかる都会の暑さは田舎とは全く質が違って、不快度3倍だろう。クラクラする。午後、芝公園で労組幹部のセミナー、夜、帝国ホテルで東京青年会議所不動産クラブの総会で、いずれも民主党代表選と日本再建の行方というテーマで講演。22時帰宅。

9月11日(土)

 9・11事件9周年というのに、私は家内と共に京都で立川志の輔の独演会を楽しんで、帰りに浜松の「天八」で天麩羅を味わうという、お気楽な1日で、アメリカ国民に申し訳ない。

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 志の輔独演会は、京都造形芸術大学に春秋座という立派な劇場があって、そこの企画で昨年の今頃に続いて第2回の催し。志の輔はいま落語界の人気No.1で、どの公演もたちまち完売でプラチナチケットとなる。この公演も、確か5月連休明け頃に学内にポスターが掲げられたので、私は教員ルートでサッと2枚確保したが、6月になるかならないうちにもう「完売御礼」の札が貼られていた。

 14時開演。まずは弟子が前座で出て与太郎噺。聞きながら思い出したのは、数ある与太郎噺の1つ「サンマの見張り」。お父さんが与太郎に「台所のこのサンマ、猫が来るといけねえ、よく見てろよ」と言い置いて出掛け、帰ってくるとサンマがない。「どうしたんだ」「へえ、見てろと言われたんでずっと見てたら、猫が来てくわえていきました」「ばかやろう」みたいな話だったと思うが、これって、鳩山政権における小沢一郎だよね。小沢は二重権力、陰の実力者、闇将軍などと言われていながら、鳩山首相の普天間問題での迷走を放置し、また自分と鳩山の「政治とカネ」問題では検察=マスコミ連合軍の総攻撃に正面切って対決して血路を開く方策も示さず、その結果わずか8カ月でせっかくの鳩山政権を崩壊させてしまった。しかも自分も道連れになって辞任する羽目となるお粗末の一席である。小沢側近からは、「政策は政府、選挙は党という分担があったので口を出せなかった」という幼稚園のお子ちゃまがベソをかくような弁解が聞かれるが、こんなことを言っているようではお終いだ。誕生間もない革命政権なんだから、その指導部は1日に10回でも連絡を取り合いながら次々と降りかかる難題に対処して、傷だらけになって前進するのでなければならないだろう。政府・党の役割分担があるので、本当はいい案も持っていたのに口を出せないでいるうちに、政権が壊れてしまった? 与太郎のサンマじゃないか。

 てなことを考えているうちに、真打ち登場。昨年同様、前半に新作、休憩を挟んで後半は古典物という構成で、2時間たっぷり楽しんだ。本当は楽屋にご挨拶に伺いたいところだが、今日は終演後、拍手もそこそこに待たせたタクシーに飛び乗って、京都発16:56のひかりに乗らなければならない。浜松に止まるひかりが1時間に1本なので乗り遅れるとどうにもならなくなる。16:20でけっこう厳しいなあと言いながら地下駐車場に下りると「やさか」タクシーが2台待っていて、どちらも「高野さんというお名前は伺っていません」「えーっ」。春秋座の事務員に頼んだのが間違いだった。きっと自分の名前を言って私の名前を言わなかったのだ。「間違いがあるといけないので、一応、本部に問いあわせますから」「そんな時間はないんだ。56分のひかりに乗らないと大変なことになる」とか言ってようやく出発。何とか発車時間の4分前に駅に着いた。

 浜松の改札で静岡体文協の佐野つとむさん(8月31日参照)が待っていてくれて、駅前の天麩羅「天八」(9月2日参照)へ。2日に行ったことを家に帰って話したら家内が是非行ってみたいと言うのでこの日程となった。食事途中で、携帯がオフのままだったことに気づいて開けると、何と、志の輔師匠から「今日はお出で頂いてありがとうございます」というご丁寧な留守電が。いやー、あのタクシー騒ぎで列車に間に合うかどうか焦りまくったので、こちらからご挨拶しなければいけないのをすっかり忘れていた。あとでお詫びの手紙を出すことにしよう。22時前に東京駅着、22時20分発の高速バス最終で24時前に帰宅。

9月12日(日)

 今日は、米西海岸の大学の研究所で日本・アジア研究に携わるダンと、日本に長く住む彼の義理妹夫妻&2人の娘、計5人が鴨川に遊びに来るというので、朝から大忙し。まずは家中を大掃除。それから鴨川自然王国に行って8人乗りのミニバスを借りて、東京駅から高速バスでやってくる彼らを「富楽里」バス停まで迎える。道の駅の1階が農協・漁協の地元産品特売場になっていて、ダンはビワとその多様な加工食品の山を見て「うおぉぉぉ!僕はビワに目がないんだ。こんなにビワの食品が並んでいるのを初めて見た。アメージング!」とか興奮して、ビワゼリーを箱ごといくつも買い込んでいた。アメリカ人がビワを食うとは初めて知った。

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 まだ昼食にはやや早いが(早めの昼食になるから朝食は控えめにと予め警告しておいた)、車で20分の1つ隣の道の駅「三芳村・雛の里」のハンバーガーショップ「BINGO」へ。コンテナを改造したような小さな店で陽気な夫婦がやっていて、特に和牛を用いたローストビーフ・サンドと超大型ハンバーガーが人気で、いつ行っても列が出来ている。米人5人は店を見ただけで「これは完全にアメリカンだ!何で畑の中にこんな店があるんだ」と興奮状態。妹の旦那は米一流紙の特派員だから、さっそくマスターを掴まえて、「あなた、アメリカに住んだことがあるでしょ」と取材開始。「いやあ、住んだことはないよ。何十年も前に西海岸に何週間かいて、その時にアメリカのハンバーガー屋に嵌って、こういうのを日本でやりたいと思って始めたんだ」とマスターがスラスラと英語で受け答える。私とダンはローストビーフ・サンドとA&Wのクールビアの取り合わせ。「クールビアを置いてあるのもアメリカン感覚だね」とダン。

 そこから東に山を越えて太平洋岸を北に走り、鴨川グランドホテルでお茶。大山千枚田を見て拙宅に着いたのが14時頃。ひと渡り家の中と周りを探索して貰って、ベランダでダンの私へのインタビュー。民主党政権と特に東アジア共同体づくりを目指す外交政策について。ダンは先週は京都で、日本、韓国、中国、シンガポール、インドなどの学者・ジャーナリストを集めた東アジア共同体のシンポジウムを組織してきたばかりで、「日本の新アジア主義」についての論文をまとめようとしているので、まことに熱心で、インタビューは2時間以上もに及んだ。この頃あまり英語をしゃべらないので、うまく言葉が出ないが、自民党時代の小沢一郎の通訳もしていたことのある妹が助けてくれて何とかこなしたものの、疲れた。

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 17時に家を出て、車で30分の田んぼの中のスペイン料理屋「パエジエラ」へ。彼らはまたもや「何で田んぼの中にスペイン料理屋があるんだ!日本は不思議だ」と大騒ぎ。ベランダにしつらえられたテーブルに着くと、本当に目の前には棚田が広がって、山の稜線に近いところに誰かの別荘らしいログハウスが見えるだけ。ここは、造形アーティストの岡部さん夫妻が自宅で週末のみ予約客相手に開いているプライベート・キッチンで、自宅の畑で採ったトマトはじめ野菜やハーブ、地元で上がったイカや魚、スペインから取り寄せた特別の食材やワインなどを取り合わせた、たぶん日本で最上のスペイン料理を出してくれる。彼らも、今まで食べたスペイン料理でベストだと絶賛し、特にイカ墨のパエリアが気に入ったようだった。そこから30分、富楽里で東京駅行き最終の20時25分のバスに乗せてお別れした。妹の旦那からはその夜の内に「素晴らしい1日だった。私たちは日本橋小舟町に住んでいて、この辺にも(あのスペイン料理にはかなわないが)すばらしいレストランや居酒屋があるので是非遊びに来てくれ」とメールが入っていた。

9月13日(月)

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 昨夜は、私は運転手だからスペイン料理屋でワインを飲めなかったので、彼らを送って家に戻ってから、貰い物の日本酒大吟醸を少し飲んだ。桐箱に入った何やら高級品で、その桐箱を見ながら杯を傾けていて「あ、この板を使って鎌のケースを作ろう」と思いついた。鎌は田舎暮らしに必須の道具で、稲刈り用、柔らかい草用、硬い草用、枝切り・山仕事用など色々あり、素材もステンレス製の安物から本格鍛造品まであって値段も様々。私もいくつか使うが、中心はちょっとお値段の張る頑丈な鍛造品で柄にゴムが撒いてあるのが滑らなくてよい。鎌というのはとても鋭利で、持ち歩き方が難しい。この近所でも何年か前に、裸で腰に差していて畦で滑って転んで腹部を刺したお年寄りがいる。それで、新聞紙をガムテープで止めた簡単なケースを被せていたのだが、どうも美しくない。何か巧いやり方はないものかと思って、ベテランの爺様たちの様子も観察してきたが、なかなかない。で、昨夜、大吟醸の桐箱を撫でていて突然、あ、こうすればいいんだと形が思い浮かんだのだ。

 それで今朝は早くから作業開始。箱をバラして厚さ4ミリほどの板にして、それを鎌の刃の大きさに合わせて切って、隙間を空けて貼り合わせる。ここまでは簡単だが、出し入れするのに多少抵抗がある程度にしないとすぐに抜け落ちてしまうという辺りが難しい。入り口に刃が出入りする動きに沿うようなカーブをつけた木片を貼り付けて抜けにくくするが、そ
れでも角度によっては抜け落ちる場合がある。そこで車で5分のコメリに走って、レの字型のフック金具を探してきて、ケースに収めた後に鎌の首にカチッと引っかけるようにした。丁寧にヤスリをかけて砥の粉を塗って、柿渋に弁柄を混ぜた塗料を作って塗り上げて、昼までかかって完成。ついでに、色を合わせるために同じ塗料を鎌の柄にも塗ってやった。ちょっとした工芸品の趣があって、これでまた庭や畑の作業が楽しくなる。
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 午後、読書。米原有二他『京都の老舗』で京都の文化の奥深さをしみじみ味わった。姉妹本『京都の職人』と合わせて読むことをお勧めしたい。

夜は鴨川自然王国の若いスタッフたちと韓国料理「味
家」へ。加藤登紀子さんの次女で歌手のヤエち
ゃんの旦那で自然王国代表にして野菜畑担当のミツヲ君、王国を手伝いつつ「安房マネー」の活動に取り組む半農半アーティストの
林良樹君、研修生のニキ君、王国に滞在中の
リック(9月6日参照)、さらに今日から何日か王国に泊まって農作業を手伝うという私の早稲田ジャーナリズム大学院の学生=鈴木貫太郎、それに私の6人かと思っていたら、さらに登紀子さんの長女の旦那のタカシ君まで徒歩で山を下りてきて参加、7人の大宴会となった。タカシ君たちは最近、見晴らしのいい田んぼの中に新居を建てて移住、10月からは自宅を開放してカレー・ショップを開くということで準備中。明日は食品衛生ナンダラの資格取得で館山に行くと
いう。ヤエちゃんも王国内の藤本敏夫記念館で週末だけのカフェを開いていて結構流行っている。いいねえ、若い人たちがどんどん移住してきて思い思いの発動を始めていて、その蓄積が今に必ず何
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か爆発
を起こすだろう。


9月14日(火)

 今日は羽田発9時5分の富山行きに乗るのだが、7時半からの東海ラジオの電話出演がちょうど車を運転して家を出る時間になってしまう。仕方がないので6時半に出て空港の駐車場に着いたところで携帯電話で受け答えすることにした。話題はもちろん、今日の民主党代表選。「どちらになるか分からないが、私はどちらになっても大変さは同じだと思う」と話した。

 富山では、全日本不動産協会参加の同政治連盟主催の講演会。一般市民に開放する形式で、丁度この日というタイミングもあるのだろう、800人も押しかけて満員で、肝心の会員たちは別室でモニターで講演を聴く羽目になったそうだ。私の後は読売テレビ解説委員長の辛坊治郎さんで、その後5時半から懇親会。不動産協会はゴリゴリ自民党支持で知られた団体だから「こうなると大変でしょう」と会長さんに尋ねると、「いやあ、是々非々というか、各都道府県それぞれの事情でバラバラですよ。本部としても、陳情に行くにしても自民党と民主党の両方に行かなければならないので手間もかかるし気も遣います」と。

 宴会を途中退席してホテルの部屋から電話で、代表選結果についてJFNラジオ向けにコメント収録。まだ8時で寝るには早いので、近くの沖縄料理屋に行って豆腐よう(豆腐を小さく切って米麹と泡盛でチーズ様に発酵させた中国伝来の保存食)を嘗めながら泡盛古酒を一杯、いや二杯。

9月15日(水)

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 代表戦後の大騒ぎをテレビで見ていたらそのまま寝てしまったようで、朝3時に目が覚めた。コーヒーを淹れて、ホテルの便箋を1枚取り出して、代表選をどう見るかについてメモを作る。私の場合、あるテーマについて情報を整理して視点を立てるときには、マインドマップ方式で1枚の紙に12時の方向から時計回りにいろいろな要素を書き込んで一目で一覧できるようにする。これ1枚あれば、このテーマについて3時間でもしゃべれるし、作る過程で頭が整理できるので、1時間半の講演なら見なくてもしゃべれる。

 5時になったので近くのコンビニで新聞全紙を買い込んで、床に広げて眺め渡す。地元紙に出ていた共同通信の西川特別編集委員の「拝啓小沢一郎様」がちょっと面白かったのでメモに付け加えたが、後はどの社説も解説も平凡だった。帰京して、午後に半蔵門でJFNのラジオ収録。私の後に同じスタジオで田原総一朗さんも収録ということで顔を合わせたので、10分ほど意見交換。彼は、幹事長は岡田がいいと言っていた。そうだねえ、岡田だと党のカネは1円たりとも使途不明にはならないだろう。家に帰って富山で頂いてきた鱒寿司を賞味する。

9月16日(木)

 16時に家を出て新宿で「東京高野塾」。民主党政権の行方を語る。今日は、長沢純さん(8月19日参照)が参加してくれた。終わって宴会で焼酎をしたたか飲んで今日は隣のホテル泊まり。

9月17日(金)

 朝5時からホテルで原稿執筆。7時に新聞と煙草を買いに出てそのまま朝食。安ホテルの朝食バイキングはもうウンザリだ。これだけ似たようなメニューがどこでもでてくるということは「仕出し」なんですかね。誰か業界事情に詳しい人がいたら教えて下さい。チェックアウト時間まで原稿執筆して羽田空港から鹿児島へ。

 
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 夜、サンロイヤルホテルで鹿児島信金のお得意さんの会「ハッピー会」で講演。「ハッピー会」で講演するのは2回目、このホテルに泊まるのは3度目。全客室で目の前に桜島が見えて「地球の鼓動が聞こえてきます」というのが売り物で、鹿児島で講演会というとここか格式ある城山観光ホテルかどちらかに決まっているらしい。

 懇親会の席で、伝統工芸品の薩摩錫器を製作販売している「大辻朝日堂」の大辻賢一さんから訴えがあった。江戸時代、明暦年間に鹿児島で錫採掘が始まり、文化年間にその錫を使った錫器の製造が始まって、戦後も3社がその伝統を引き継いできたが、昭和末から他の2社は大阪の浪華錫器の大手資本の軍門に下ってその下請けとして大量生産に携わるようになり、今では伝統の技法を守っているのは大辻朝日堂しかない、ところが県は、他の2社も含めた3社に等しく「伝統的工芸品」指定を下しており、これは詐欺であるというだ。皆さん、鹿児島に言って薩摩錫器がほしいなあと思ったときには、必ず大辻朝日堂が本物ですので、よく見極めて買うようにして下さい。

9月18日(土)

 朝、鹿児島を出て帰宅。午後は鴨川自然王国「帰農塾」の講義。今回の通しテーマは「命」ということなので、「土と命、そしてミミズ」という話をした。

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 夕方帰宅すると、前田和男『民主党政権への伏流』(ポット出版)が届いていた。644ページ、4.3センチの厚さの今時珍しい大著で、細川政権、大前研一「平成維新の会」、社会党「ニューウェーブの会」、社会党内の改革路線、「殿様連合」、村山政権、「オリーブの木」運動、ローカルパーティ、「リベラルフォーラム」など、民主党の源流となった"伏水流"を、それぞれに深く関わった10人の裏方当事者に徹底インタビューして、この20年間に政治シーンで何が目論まれ、何が挫折し、何が生き残った挙げ句に今の民主党政権があるのかを検証する、これは歴史に残る貴重なドキュメンタリーである。引き込まれるように読み始めた。





9月19日(日)

 早朝、ミニトマトの採取と手入れ、ゴミ燃やし。前田の本を読む。午後から名古屋に行って、河村たかし市長の市議会リコール署名運動を激励。知り合いの焼き鳥屋で一杯飲んで、ホテルで前田の本の続きを読む。深夜読了。前田に次のメールを送った。

▼御著書をお送り頂きありがとうございました。
▼一昨日夜帰ると届いており、同夜〜昨日の名古屋行き新幹線〜名古屋のホテルで深夜までで一気読了しました。大変なお仕事をされたと感服します。「伏流水」というイメージ・コンセプトがいいです。今の民主党のピーチク連中に教科書として読ませたいです。もしまだだったら、仙谷由人に一冊、送っておいてくれませんか。私から口添えして、全議員に配付しろと言います。
▼また私の「少々はしゃぎすぎ」を含めての発言を取り上げて頂いてありがとうございます。私はこの多くのプロセスに首を突っ込んでいますが、知らないこともたくさんあって、「ああ、そういうことだったのか」と得心することも多々ありましたし、また、「この辺はもうちょっと入り組んでいてアヤがあるんだよな」というところもいくつかありました。
▼誤植が2〜3あったので(「過度的」→過渡的、どこだったか選挙の票数など)再版の際は訂正を。これは歴史の記録として長く残る本となると思いますので。
▼さしあたり、私の「ザ・ジャーナル」でこの本を取り上げたいので、私と貴殿の対談という形で録画で撮りたいと思いますがいかがでしょうか。ご了承頂ければ日程をお打ち合わせしたいと思います。宜しくお願いします。たかの

9月20日(月)

 名古屋から帰宅。午後、鴨川自然王国の「帰農塾」閉講式に加藤登紀子さんと共に出席。9人の受講者の1人の30歳代の若者が「来年、鴨川に引っ越します」と宣言してくれたのが嬉しかった。

 今は萩が満開。黄色の蝶や蜂が盛んに花に取り付いている。

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「遊戯自在録007」は、稀に見る速さの公開でしたね。相変わらず八面六臂のご活躍で、読む方が目が回りそうです。

「サンマの見張り」にかこつけて小沢さんを揶揄するなどけしからんと、よく読んでみると「指導部は1日に10回でも連絡を取り合いながら難題に対処して、傷だらけになって前進するのでなければ」。「役割分担で口が出せなかった」はないだろうーーーー昔の活動家魂を思い出させてくれましたし、高野さんの「いいたいこと」の一端を知ることができました。

 凝り性の高野さんの「鎌の鞘つくり」は、作業ぶりが目に浮かびます。有田芳生さんが高野さんの持ち物を「おねだり」する気持ちがよくわかりました。

以前、姜戎著「神なるオオカミ」上下を1日で読破したと日記にあったので、早速挑戦してみたが1ヶ月も掛かってしまった。「民主党政権への伏流」(前田和男著)も買ってはみるがいつ読破できるか自信がない。早く対談をアップしてください。
 

「全学連意義有り」文化から見れば、小沢が自民の「執行部一認」文化育ちで幼稚と言われればその通りかもしれないが。「初物」の秋刀魚を有り難がるより、猫が跨ぐほど出回る「旬」を待てば良いという考えもある。将棋に口を挟む野暮よりジッと見ている方が相手にされるということになる、野暮は何れ相手にされない。

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Profile

高野 孟(たかの・はじめ)

-----<経歴>-----

1944年東京生まれ。
1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。
通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。
同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。
80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任し現在に至る。
94年に故・島桂次=元NHK会長と共に(株)ウェブキャスターを設立、日本初のインターネットによる日英両文のオンライン週刊誌『東京万華鏡』を創刊したほか、PC-VAN・NIFTY-Serve・MSN、富士通ブロードキャストその他電子メディアのコンテンツ創造、講談社・小学館・集英社その他出版社のウェブサイト開設、『インサイダー』のメルマガ化、などを次々に手掛け、インターネット・ジャーナリズムの先駆的開拓者と呼ばれた。
現在、それらの経験を活かして、独立系メディアの総合サイト《THE JOURNAL》に取り組んでいる。
2002年に早稲田大学客員教授に就任、「大隈塾」の授業「21世紀日本の構想」、ゼミ「インテリジェンスの技法」、社会人ゼミ「ネクスト・リーダーズ・プログラム」を担当している。

-----<出演>-----

『サンデープロジェクト』
(TV朝日系、日曜10:00~)

『朝まで生テレビ!』
(TV朝日系、最終金曜25時頃~)

『たけしのTVタックル』
(TV朝日系、月曜日21:00~)

『情報ライブ ミヤネ屋』
(読売TV系、月~金曜21時~)

BookMarks

東京万華鏡:TOKYO KALEIDO SCOOP
http://www.smn.co.jp/

INSIDER:インサイダー
http://www.smn.co.jp/insider/

大阪高野塾
http://www.osaka-takano.com/

-----<著書>-----


『滅びゆくアメリカ帝国』
2006年9月、にんげん出版


『ニュースがすぐにわかる世界地図(2006年版)』
2005年、ポスト・サピオムック


『最新・世界地図の読み方』
1999年、講談社現代新書

『情報世界地図 98』
1997年、国際地学協会

『地球市民革命』
1993年、学研

『21世紀への世界時計』
1991年、集英社

『入門世界地図の読み方』
1982年、日本実業出版社

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