Calendar

2010年9月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    

Recent Comments

« 高野孟の遊戯自在録005
メイン
高野孟の遊戯自在録007 »

高野孟の遊戯自在録006

8月11日(水)

 終日自宅で資料と本棚の整理。合間に直売所に買い物に行ったら、赤紫蘇があったので1袋買ってきて赤紫蘇ジュースをつくる。夏バテ防止にいいし、飲んで花粉症に効いたとか、塗ってアトピーが治ったとかいう話もあって、最近人気らしい。作り方は簡単で、1袋300グラムほどの紫蘇を茎ごと洗って水を切り、2リットルの湯で5〜7分ほど煮て葉を取り出し、砂糖と酢(クエン酸)を加えれば出来上がり。鮮やかなルビー色が珍しく、客に出すと「えっ、これ何ですか?」と言ってくれるのが楽しい。ネットで調べると、青紫蘇を半分混ぜたり、青紫蘇だけでやっても、色は落ちるが味や香りはかえってよくなるというから、次回は試してみよう。青紫蘇なら庭の畑に捨てるほど生えている。赤紫蘇も自分で育てれば買わなくて済むな。

8月12日(木)

 資料整理の続き。とにかく暑くて外へ出られないので、普段の年だとほとんどつけることのないクーラーをつけて屋内で何かをやるしかない。

8月13日(金)

 燃やせるゴミはできるだけ庭のドラム缶で燃やして家から外へ出さないようにしているので、朝、涼しいうちに焚き火を始めたら、足を滑らせて熱したドラム缶に左手を触れてしまい火傷した。ちょっとだけだからと無精をして、いつものように軍手をはめて長靴を履くのでなく素手とサンダルのままだったのが禍した。左掌の3分の1ほどが水膨れになり、すぐに水で冷やして、魔法の馬油を塗ってしばらく様子を見ることにして、10時過ぎから家内と、近所で開催中の「コヅカ・アートフェスティバル」に出掛ける。

 コヅカは私の住んでいるあたりの地名。私のところから長狭街道を挟んで向い側の森の中に住まいとアトリエと奥さんが焼くパン工房を構えている画家の宮下昌也さんが中心となって、南房総在住の30人以上のアーティストたちに呼びかけて約7000坪の森を舞台に「人と自然と地域をつなぐ」をテーマに、美術・工芸・音楽・食・トークなど様々な展示やイベントを15日間にわたって繰り広げる、今回が第1回の試み。ここでも赤紫蘇ジュースのソーダ割りが出た。展示場で、家内はガラス細工のネックレスを、私はブルーの麻製Tシャツを買って、それから奥さんのパン工房に寄って1週間分のパンを買って山を下りる。

 やっぱり火傷の痕が気になるので、午後に車で5分ほどの国保病院へ。今日は外来診療は午前中だけでもう終わっていたが、急患扱いで院長先生が診てくれて、ステロイド系の消炎剤を出してくれた。「ご承知だと思いますが、副作用が出ることがあるので、塗りすぎず、また他の目的に転用しないように」と。この薬を出す時にこのように注意してくれるのは、いいお医者さんです。

8月14日(土)

shimada.jpgのサムネール画像
 島田雅彦の新刊『悪貨』を読む。我々が無条件にあって当たり前と思っているカネとは何かを考えさせられる哲学的冒険小説。ベランダで本を読んでいて、ふと気が付くと、鶯の鳴き声が聞こえない。たぶん昨日は聞こえていたように思うから、毎年2月中下旬から8月中旬まで、夜明けから日没まで、3〜5羽が東西南北に分かれてステレオサウンドで休むことなくさえずり続ける「鶯シーズン」が終わったのだろう。いつもこのように突然、一斉に声が消えてしまうので、鶯は渡り鳥で、来年の春先までどこか遠くへ言ってしまうのかと思っていたが、本を繙くと、そうではなく留鳥もしくは漂鳥だそうだ。鳴いているのは雄で、早春から真夏までの繁殖期を通じてさえずり続けて雌を誘う。一度カップルが成立しても、藪の中の鶯の巣は動物などに襲われやすく、卵を奪われることも少なくない。子育てに失敗した雌は二度三度と結婚を繰り返すので、その雌を「今度はこっちへおいで」と雄が呼び込むのがあの鳴き声。結果的に一夫多妻制になるのだという。あのコロラチュラ・ソプラノのような可愛い声が、実は精力絶倫の雄のハーレムづくりの呼び込み声とはねえ。雄の中には、夏まで余りに必至に叫び続けたために喉の皮膚が伸びてたるんでしまう者もいるという。

8月15日(日)

sumi.JPG
 9時に近所のKoさんが来て、水タンクの掃除。湧き水から濾過装置を通した水を溜めても、どうしても粘土の微粒子が入って底に溜まるので、半年に1度は水を抜いてデッキブラシで内部を綺麗に磨く。今年はついでに、釜沼の炭焼き小屋から椎・樫系の堅炭を4袋買って、網袋に小分けしてタンクの底に入れ、浄水効果を高めることにした。炭焼きの爺様によると「半年に一遍くらい引き上げて、水洗いして陽に干してまた入れれば、いつまででも使えるよ」とのこと。

8月16日(月)

 京都造形芸術大学から「大文字送りを見る会」にご招待を受けていたので、家内共々京都へ。京都までの新幹線で宮元健次『日本人の美意識』(光文社新書)読了。日本人の美意識の根本は「侘び・寂び」よりも「優美」であると言う。

 我々がお気に入りの嵐山の割烹「おきな」に早めに行って夕食をとり、北白川の大学へ。まずは屋上の野外能舞台で上原まりさんの薩摩琵琶で平家物語の一節を鑑賞して、それが終わってややもすると東山の「大文字」が点き始める。「おおーっ、点いた点いた」とか言いながら、点いてしまえばそういつまでも見ているものでもないので、ぞろぞろと先ほどの能舞台の観客席となっている西向きのベランダに引き返すと、もう椅子が全部片づけられていて、そこから北の「妙法」、北西の「舟形」、西の「左大文字」と「鳥居」が順次点火されていくのを見ることができる。なるほど、これが「五山送り火」か。毎年来ようかというものではないが、一度は本物を見てみるものだ。京都泊。

8月17日(火)

 午前中に内田樹『街角のメディア論』読了。「情報を評価するときに最優先の基準は『その情報を得ることによって、世界の成り立ちについての理解が深まるかどうか』ということです。僕はそう信じています」。同意。そういう情報をメディアが伝えなくなって久しい。「メディアの不調はそのままわれわれの知性の不調である。......メディアが集中豪雨的に論じる論件については僕たちも選択的に詳しい。けれども、メディアが扱わないトピックについてはほとんど何も知らない」。

 午後は大阪で「ミヤネ屋」。夏枯れヒマネタのオンパレード。夜は「大阪高野塾」。飲み会の後、京都に戻って泊。

8月18日(水)
ami2.JPG
 東山の高台寺南門前にある「金網つじ」のショップへ。金網の道具も今ではほとんど機械編み。「つじ」は数少ない手編みの伝統を守っている工房で、笊、網、杓子などどれをとっても手作りの温もりが感じられて美しい。我が家では前から「つじ」製の「手つき焼き網」を使っていて、これは、ガスの火がセラミックを赤く熱して、その熱が3センチほど上にセットされた金網に「遠火の強火」風に当たるよう仕組まれた逸品で、例えば食パンをこれでじっくり焼くと、同じパンをトースターで焼くのと明らかに香ばしさが違う。ちなみに写真奥は、京都錦小路「有次」の銅製薬缶。ン万円というお値段に随分迷って店を3度も出たり入ったりしたあげく、「これを買えば、もう一生、薬缶を買うことはないんだから」と腹を決めて買って、もう何十年も使っている逸品。やっぱり道具は京都です。

 高台寺に参拝し、境内で開催中の「妖怪展」を観て、炎天下「ねねの道」を歩いて八坂神社を抜けて祇園交差点の「いづ重」で鯖鮨と季節限定の鮎鮨で昼食。帰京。

8月19日(木)

 午後、自宅に元スリーファンキーズの長沢純さんがファイナル・ファンタジー開発者の宮本雅史さんを伴って来訪。どういう取り合わせかと思ってしまうが、今春に千葉県稲毛にオープンした「遊と住が一体化した高齢者向けコミュニティ付き分譲マンション"スマートコミュニティ"」の事業パートナー同士。巨大な敷地にマンションとレストラン・スポーツ文化施設・グランドなどを完備したクラブハウスがあって、高齢者がアクティブなコミュニティライフを楽しめるようにという、日本では先駆的な試み。投資家が宮本さん、社長はバンダイ一族の山内成介さん、広告塔が長沢さんということらしい。この新しいコンセプトを世にひろめるにはどうしたらいいかという相談だった。私は、都市型もいいけれど、田んぼを共有しそれぞれが家庭菜園で野菜作りも楽しめる田園型のコミュニティを作ったらどうかと提案したが、宮本さんはとっくにそれを考えていて、埼玉県で準備中とのこと。伝統的なコミュニティは崩壊して久しく、簡単には元に復さないが、高齢者同士で新たなコミュニティを結成して余生を楽しむというスタイルはアメリカなどでは盛んで、ビックリするほどの規模のものもある。これからの1つの方向だろうかと思った。

8月20日(金)

naifu.JPGのサムネール画像
 家内を東京行きのバス停まで送ってから、トマト畑の世話、ゴミ燃焼、ペットボトル処理、講演会用のレジュメ準備など雑用に明け暮れる。知人から貰ったワイン・オープナーの握りの側板が剥がれてしまったので修理した。ゴム製の側板を反対側も剥がして、東急ハンズで1枚100円で買っきた黒檀と紫檀の板を同じ形に切って接着し、時間をかけて木工ヤスリとサンドぺ−パーで磨き上げた。一カ所、削り過ぎたところがあって気に入らないが、まあまあの出来だ。写真の上は、世界の逸品とされるフランス・ライヨールのワイン・オープナー。姿も美しく機能も優れていて、長年これを使っている。これがあるから、側板が剥がれるような安物をわざわざ時間を費やして修理しなくてもいいようなものだが、自分で直せば直るものを面倒だからと捨てるのが嫌いな性分なので仕方ない。

8月21日(土)

kanno2.jpg
 山形の養鶏農家=菅野芳秀さんから新著『玉子と土といのちと』(創森社)が送られてきたので読む。1000羽のニワトリを地飼いしている菅野さんならではの土の文明論が心地よい。ついでに、津軽で完全無農薬・無肥料でリンゴを作ろうと悪戦苦闘した木村秋則さんの『リンゴが教えてくれたこと』(日経プレミアシリーズ)と、永田農法で有名な永田照喜治さんの『食は土にあり』(NTT出版)も一気読了。土は命のみなもと、ということを皆忘れている。

 夕方、当社スタッフのUと石田三示衆議院議員秘書のMが来訪。今朝、十勝のランチョ・エルパソから届いた極上の豚肉を一緒に味わった。Uは、早稲田大学の高野ゼミ1期生で、在学中から十勝のランチョ・エルパソに出入りして、地飼い放牧の豚に惚れ込んでしまった。卒業後、地方のIT優良企業に就職したが、経緯あって退社、現在は「ザ・ジャーナル」の編集スタッフとなっているが、豚への思い醒めやらず、「ザ・ジャーナル」のサイトを通じてエルパソの豚肉を頒布する仕掛けを作ろうと奮闘中。Mは、鴨川自然王国のスタッフだったが、同王国代表だった石田が突然、衆議院議員になってしまい、その秘書となって頑張っている。

8月22日(日)

 水タンクを点検すると、何と、8トンタンクがほとんど空で、残り0.5トン(1日分弱)ほどしか溜まっていない。大慌てで調べると、この日照り続きで肝心の湧き水の水源が極度に細っている。この水源は、地元の古老や近所の皆さんも認めている優秀な水源で、これまでどんな日照りのときにも枯れそうになることは一度もなかった。が、何十年ぶりとかいうこの猛暑でついに力尽きかかっているらしい。我が家の上水はこれに頼っているので、いよいよダメならポリタンクで水を運ぶしかない。いやあ、困った。とはいえ、まだチョロチョロとは出ているので、まあ何とかなるだろう、様子を見てみようということに。

 午後4時から、近くの廃校となった大山小学校の講堂で、加藤登紀子さんの次女でここで「半農半歌手」の生活を送っているヤエちゃんのデビュー10周年コンサート。500円のチケットとはいえ、この山の中でどれだけ人が集まるかと心配しながら行ったのだが、地元の爺ちゃん婆ちゃんや子連れの若い人たちが400人以上も集まって満杯の大盛況。歌もよかったし、大成功でした。

8月23日(月)

 2〜3日前に電話が来て日本TV『太田総理』の収録が月曜日にあるので出演してほしいと。聞けば、この収録が27日放映で「最終回」だと言う。4年半も頑張ってきた番組で、惜しむ気持が働いて「じゃあ出ましょうか」ということで、夕方上京。「正義の戦争はあるのか」というテーマで正面切ってやりたいというので、1時間半、石破茂元防衛庁長官、生方由紀夫民主党衆議院議員、テリー伊藤らと結構大真面目にやり合った。

 番組前に家内から電話で「水が出なくなった」と赤信号コール。我が家の水供給システム・プロジェクトの中心人物である地元のKaさんとKoさんに電話して、明日緊急集合することになった。

8月24日(火)

 水源は細っていて明らかに水需要をまかなえない。すぐ近くの堰堤から流れ出ている水があって、こちらはいつもと変わりなく出ている。本来の水源よりやや水が細く、やや濁りが強いが、これを補助水源として使わざるを得ない。塩ビ管を30メートルほど繋いで、水量と落差の関係で水圧が弱く浄水装置を通すと抵抗が強すぎて順調に流れないかもしれないという判断から、そのままタンクに直結した。濁りが除去できないが、今はそんなことを言っていられない。

 Kaさんの計算では、1分間=0.5リットルの流入量なので、1時間=30リットル、まったく使用しなければ33時間=1トン、10日弱=7トン(タンクの実質容量で満杯)が貯まる計算となる。ところが実際には、飲用・料理用の水はペットボトルを使い、風呂は出来るだけ鴨川温泉の日帰り入浴を利用するとして、トイレは使わざるを得ないし、洗濯も最小限やらざるを得ないので、現実には2週間でようやく満杯ということだろう。

 ところで、人間は1日にどのくらい水を使うものなのか。読売新聞と東京大学が共同で行った調査では、都内の3人暮らしの家庭で1人1日=280.7リットル、都水道局の08年統計では240リットルだと言う。米ミシガン州デトロイトのある家庭では231.9リットルだが、夏に芝生のスプリンクラーを使うと使用量は倍増する。他方、アフリカ・ケニヤの11人家族では家族全員で1日=223リットルで、やはり我々は水についてとんでもない贅沢をしていることになる。何百リットルと言われてイメージしにくければ、普通のポリバケツが1杯=10リットルだから、日本人が1人1日バケツ28杯ということだ。水道の蛇口を1分間流し続けるとバケツ1杯、シャワーを5分間流し放しにするとバケツ5杯である。

 用途別では、都水道局の06年調査によると、トイレ28%、風呂24%、炊事23%、洗濯16%、洗顔など9%となっていて、トイレが最も多い。水洗トイレが出始めた1960年代には1回の使用料が20リットルもあったが、今は13リットルが普通。TOTOの最新技術では大で4.8リットル、小で3.8リットルにまで切り詰めているが、それでも1日10回使えばバケツ5杯分となる。上海万博の日本産業館ではINAXの最新式トイレが異常なほどの人気だったそうで、これも日本が世界に誇る超精密な流水管理設計技術の成果である。洗濯機は、水流で汚れを落とす旧来の縦型よりも、前面にドアが付いたドラム式のほうが叩いて汚れを落とすので水の使用量が少ない。と言っても8キロの衣類を洗うのに100リットル以上の水を使う。日立の最新の循環ポンプ型洗濯機は9キロの衣類に73リットルだそうだ。

8月25日(水)

kaku.jpg
 ロバート・グリーン『検証・核抑止論』(かもがわ出版、2010)を読む。著者は英海軍の核攻撃機のパイロットも務めた元軍人で、退役後は核兵器廃絶の運動に取り組んでいる。訳者の梅林宏道さんが解説で書いている。「テレビを見ていると、『米国の核の傘が要らないというのなら、日本が核武装せよというのか』という単純で古くさい議論を未だに繰り返している政治家や評論家ばかりが目立っている。世界の大部分の国は米国の核の傘も核武装も放棄している。日本が特殊に危険な国際環境の中にいるという議論も言い逃れにすぎない。エジプトはもっと危険な場所にいると言えようが『新アジェンダ連合』[2000年のNPT再検討会議で核保有5カ国に核兵器完全廃棄を約束させるのに貢献したスウェーデン、エジプトなど7カ国の連合]の一員として発言している。......日本に問われているのは、北東アジアの安全保障環境を核の傘を必要としないものに変えていくような政策的創意と政治的リーダーシップであろう」

 わざわざ広島に行って「日本には核抑止力が必要」と言い放った菅直人首相にこの本を読んでもらいたいものだ。

 夕方、鴨川温泉「かんぽの宿」の太平洋ビューの大浴場へ。

8月26日(木)

 暑い。資料整理に疲れて昼寝。夕方「かんぽの宿」。

8月27日(金)

 午後、JFNのラジオ番組を収録。ゲストは上杉隆さん。やる必要もない代表選だが、小沢一郎が勝って本当に剛腕を振るうところを見てみたい気もするというような話をした。夕方、ANAホテルにチェックインし、早めに近くの居酒屋に行って一杯飲んで、ホテルに戻って半分眠りながら「太田総理」最終回の放映を観る。1時間半の収録がわずか20分に編集されていて、私に限らず出演者の多くの発言の肝心な部分が削られている。酷い編集をするものだと腹が立った。12時に目覚ましで起きて、テレビ朝日「朝まで生テレビ」に久々出演。「米中新冷戦はあるのか?」で、ないというのは私、生方議員、宋文洲くらいか。

8月28日(土)

 午後、名古屋の栄中日文化センターで月1度の講座。民主党代表選をどう見るか。外へ出ると、栄交差点の広場で河村たかし市長が汗だくになって「市議会リコール」の市民署名を訴えていた。市長は大勢の市民やテレビカメラに囲まれてモミクチャだったので、顔見知りの支援ボランティアに声をかけて激励した。

 自宅に戻ると、明日の釜沼の稲刈りに備えて娘夫婦と孫が来ている。前回、8月上旬に来たときに、そのへんのセブン・イレブンで300円で買った中国製の花火をやったら余りにお粗末だったので、その後研究して、東京・台東区の花火問屋「山縣商店」から本物の江戸風花火のセットを取り寄せておいた。何と言っても線香花火が本命で、中国製のパチパチパチで終わりというのとは違って、(1)牡丹(まず小さな火花と共に丸い火の玉が形作られる)、(2)松葉(細かく華やかな火花が濃密に出る)、(3)柳(柳の葉に似た細長い火花が流れ落ちる)、(4)散り菊(菊の花びらのような可憐な火花がゆっくりと出続ける)----の4段階がくっきりと表現されていて飽きない。「あっ、揺らすと玉が落ちちゃうよ」とか言いながら大人も楽しんだ。やっぱり子どもには"本物"をみせないと。

8月29日(日)

 釜沼の棚田クラブの稲刈り。家内が孫のお守りをして、私と娘夫婦が鎌を振るう。もう15年やっているが、こんなに暑い稲刈りは初めてだ。昼過ぎまでかかって4枚を刈り終えて(あとは爺様たちが機械で刈る)、公民館でカレーの昼食。そのまま「かんぽの宿」へ行って入浴。夜は東京で某政府高官、某宗教団体幹部と懇談、東京泊。

8月30日(月)

 終日原稿執筆。

8月31日(火)

 朝、東海ラジオ電話出演。昼前の高速バスで東京経由、静岡へ。静岡市に本拠を置く歴史のある文化団体「静岡体文協」で、総会の記念講演プラス社会人大学の講座で今日から3日間に6回の講演がある。体文協のリーダーは佐野つとむさんという何とも洒脱な紳士で、この活動を50年近くも続けている。毎年、夏から秋にかけて社会人大学を県内3カ所で5回(静岡・浜松は昼夜2回、島田は夜のみ)×講師4〜5人で計20回組織することを中心に、観劇会や歴史探訪ツァー、全国の銘菓の頒布、レストラン・居酒屋探訪などを行っていて、中高年層を主体に熱烈な佐野ファンが会員として参加している。私は、最初に呼んでもらったのは24年前だそうで、以来何度かお世話になっている。

 静岡きっての食通である佐野さんだから、昼はこの居酒屋や天麩羅屋、夜は寿司屋や焼き鳥屋と連れて行かれるのが楽しみである。講演のテーマは「民主党政権の1年と日本のゆくえ」で、今日は午後に静岡で総会記念講演のあと島田に移動して教室。終了後、焼津の「松乃寿司」へ。もう閉店時間なのに開けて待っていてくれるのが嬉しい。静岡泊。

9月1日(水)

 昼は静岡駅構内の地魚料理「大作」でサンマ定食。静岡で昼夜2教室。夜は参加者数名やスタッフも一緒に静岡繁華街の焼き鳥屋でしたたか飲んで、最終で浜松に移動、泊。

9月2日(木)

sano.JPG
 昼は、浜松駅前のビル陰に「よくぞ生き残ったものだ」と思うような終戦直後のしもた屋風の狭い店で86歳の親父が一人で取り仕切る天麩羅屋「天八」へ。24年前にもここに連れてこられて感動したことを覚えていて、「あの爺様は元気かなあ」と思っていたのだが、何度も大病をしては生き返って、相変わらず頑固
ebi.JPG
な商売を続けている。旨い。仕事前で酒が飲めないのが残念と言いながら、我慢できずに壜ビールを佐野さんと半分ずつ飲む。飲んべえは意地汚いね。写真左は店内の佐野さんと奥の親父。写真右は、最初にクルマエビが2本出て、その次ぎに出てくる頭の唐揚げ。佐野さんがこの店に連れてきた日本民芸館の元学芸員氏が、これを見たとたんに箸を止めて黙って見つめている。「どうしたんですか」と問うと、「エビの足が美しい!」と言ってまた見つめ続ける。「天ぷらが冷めちゃいますよ」と促すと、ようやく顔を上げて、目を潤ませながら「このエビの足と器の取り合わせ。これは生きた民芸だ!」と。なるほどねえ。我ら凡人は食って飲むことしか考えないが、学芸員ともなるとそういう美意識が働くものなのか。浜松会場で昼夜2回をこなして新幹線で品川着22時33分。ホテル泊。

9月3日(金)

 午前中、上野・国立博物館の「誕生!中国文明」展。さすがに3日間で6回の講演に疲れていて、昼まで寝ていたい気もしたが、5日で終わってしまうので頑張って行った。中国の殷の前の夏王朝は長い間、神話でしかないと考えられてきたが、最近の河南省での考古学的発見で決して幻ではないことが明らかになりつつあり、その関連の展示が面白かった。

 午後、神保哲生の「ビデオ・ニュース」収録。宮台真司と私は「どちらでもいいし、"小沢首相"も怖いもの見たさで見てみたい気もするけれども、どちらかと言えば菅でいいじゃないか」という説だった。神保君は米国から帰って「日本初のビデオ・ジャーナリスト」として活動し始めた頃から知っていて、10年前にビデオ・ニュースを創設して悪戦苦闘していた時代も見てきた。近年は有料会員もだいぶ増えて経営も安定しているようで、スタッフも4〜5人に増えていた。私は5年ぶりの出演だという。彼とは早稲田のジャーナリズム大学院での教員仲間でもある。

 夜は横浜で、私が代表を務める「NPO法人神奈川馬の道ネットワーク」年次総会。神奈川県中に馬で乗り回せる馬の道を作ろうという団体で、今の焦点は、葉山町の湘南国際村の敷地内の開発中止となった広大な原野で馬を乗れるようにすること、茅ヶ崎市に湘南海岸ルートと相模川河川敷ルートを繋ぐ拠点を設けることで、その実現について協議した。

 今夜は家内も別用で鎌倉に来ているので、大船の旧宅に泊まろうかと思ったが、この暑さでクーラーの利かない家に泊まったら死ぬかもしれないので、大船駅前のホテルをとった。それで、久しぶりに我々がこよなく愛する大船の寿司屋「もり山」に行って心置きなく飲んだ。ここに住んでいた時は、夫婦で、あるいは玉木正之さんらと、しょっちゅう来ていたので懐かしい。

9月4日(土)

 朝、横浜発館山行きの高速バスで帰宅。午後から鴨川自然王国の会員たちの稲刈り。夜は宴会。

9月5日(日)

 午前は引き続き会員稲刈り。午後から早稲田の高野ゼミ生やOBたち15人ほどが来て稲刈り。夜は宴会。

9月6日(月)

 午前は引き続き学生稲刈り。昼のカレーを食べてから学生たちが高野宅へ。「ウェー」「ヒャー、すげえ」「俺、将来、絶対こういう家に住もう」「お前にゃあ無理だよ」など15分ほど大騒ぎして高速バスの停留所に向かって行った。

 ニュージーランド在住のジャーナリスト・翻訳家にして農民のリック田中が学生たちと同じバスで稲刈りに来たので、夕方は2人で近所の藪の中の韓国料理屋「味家」へ。ビールもまっこりもいくらでも飲めて困ってしまう。しかしここは送迎付きなので運転の心配をしなくてもいい。リックはNZの奥さんと大喧嘩をしてしまって帰るに帰れないので、しばらく王国に寄宿して農作業に従事することになった。

9月7日(火)

 暑い暑いとばかり言ってこの猛暑の間、外の仕事をサボッていたら、体重が2キロ増えていた。意を決して、外の道路沿いから門柱にかけて生い茂った草を刈り、樹木に絡んだ蔓を切ってやったり、午前中一杯働く。午後から来週の講演3つ分のレジュメづくりで、本を9冊読み直してメモを作る。

 水タンクが空になってから2週間、ようやくほぼ満杯になった。満杯ということは2人で普通に使って10日分はあるから一安心。後は補助水源が細くなる以前に大雨が降って地中に水が染み渡るのを祈るばかりである。

9月8日(水)

 午前中、雨がパラつく中、道路沿いの土手に紫陽花などが植えてあるところを草刈り。と言ってもここは刈り払い機で丸坊主にするわけにいかないので、植えたものや残しておくべき雑草と抜くべき雑草を区別して1本1本手で抜いていくので、幅2メートル×長さ30メートルほどを綺麗にするのに4時間はかかる。高さ1メートル弱の抜いた草の山が3つ出来た。途中、雨と汗でシャツがぐしょぐしょになって肌に貼り付くので脱いで裸でやっていたら、当然のことながらアブとブヨに数カ所食われた。

 午後から一時は激しい雨。木や草が喜んでいる。しかしこの程度の雨では水源は回復しない。夕方、近所のS婆様が「うちの新米、おいしいから食べて」と持ってきてくれる。雨の中をまあご親切に。

9月9日(木)

 午前中に本稿執筆。結構楽しみにしてくれている読者もいるので、もっと頻繁に更新したいのだが、つい後回しになる。ここ数日、何とはなしに禁煙(休煙?)していたが、長い原稿を書くとつい若いときからの癖で煙草に手が出る。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.the-journal.jp/mt/mt-tb.cgi/7332

コメント (3)

■コメント投稿について編集部からのお願い

《THE JOURNAL》では、今後もこのコミュニティーを維持・発展させていくため、コメント投稿にルールを設けています。投稿される方は、投稿前に下記のリンクの内容をご確認ください。

http://www.the-journal.jp/contents/info/2009/07/post_31.html

ご理解・ご協力のほどよろしくお願いいたします。

 自然とともに生きる「羨望の現代人」高野さんが、猛暑で給水システムが機能せず大苦戦された様子知り、それを乗り越えられた努力に敬意を表します。
 高野ゼミの学生の「俺、将来、絶対こういう家に住もう」。その意気やよし、だが、これほどのゼイタクは「天才」でなければ許されないのだよ、と教えたい。
 この「遊戯自在録」に紹介された名店を一つづつ、尋ね歩く望みは捨てていませんが、未だに実現していません。
 それと「いい物」を見つけ出しお値段の高さに「随分迷って店を三度も出たり入ったりした挙句ウンヌン」には、私自身、身に覚えがあるので「天才を身近に感ずることができ」嬉しくなりました。

>雄の中には、夏まで余りに必至に叫び続けたために喉の皮膚が伸びてたるんでしまう者もいるという。

鶯の雄の涙ぐましい努力(?)に思わず笑ってしまいましたが、なるほど、そうだよな、わかる!とその鶯の必死の叫びに共感してしまいました(笑)。


日本TV『太田総理』見れませんでした。残念!

ロバート・グリーン『検証・核抑止論』(かもがわ出版、2010)は私も既に書店で見つけ購入しましたが、未読ですので、これから読むつもりです。
かもがわ出版はいい本が次々に出ているので、次の本も期待しているところです。宜野湾市長の伊波さんの本が出る予定なようです。

>わざわざ広島に行って「日本には核抑止力が必要」と言い放った菅直人首相にこの本を読んでもらいたいものだ。

なぜ、菅さんは広島で、わざわざあんなことを言うのか、私は、あの報道を知って、口あんぐりとなってしまいました。


朝生見ました。高野さんの発言のみを目的に。出演者の偏りに何なの?と思ってしまいした。米中冷戦なんてあるはずもないのに、ある勢力がアメリカの都合いい目的を実現しようと、中国脅威論を世に煽り、広げようとする策動には嫌になってしまいます。


学生さんたちとわいわいと楽しそう!めざせ!高野孟という学生さんに期待したいです。がんばれ、学生!

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)

※[投稿]ボタンをクリックしてから投稿が完了するまで数十秒かかる場合がございますので、2度押しせずに画面が切り替わるまでお待ちください。

Profile

高野 孟(たかの・はじめ)

-----<経歴>-----

1944年東京生まれ。
1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。
通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。
同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。
80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任し現在に至る。
94年に故・島桂次=元NHK会長と共に(株)ウェブキャスターを設立、日本初のインターネットによる日英両文のオンライン週刊誌『東京万華鏡』を創刊したほか、PC-VAN・NIFTY-Serve・MSN、富士通ブロードキャストその他電子メディアのコンテンツ創造、講談社・小学館・集英社その他出版社のウェブサイト開設、『インサイダー』のメルマガ化、などを次々に手掛け、インターネット・ジャーナリズムの先駆的開拓者と呼ばれた。
現在、それらの経験を活かして、独立系メディアの総合サイト《THE JOURNAL》に取り組んでいる。
2002年に早稲田大学客員教授に就任、「大隈塾」の授業「21世紀日本の構想」、ゼミ「インテリジェンスの技法」、社会人ゼミ「ネクスト・リーダーズ・プログラム」を担当している。

-----<出演>-----

『サンデープロジェクト』
(TV朝日系、日曜10:00~)

『朝まで生テレビ!』
(TV朝日系、最終金曜25時頃~)

『たけしのTVタックル』
(TV朝日系、月曜日21:00~)

『情報ライブ ミヤネ屋』
(読売TV系、月~金曜21時~)

BookMarks

東京万華鏡:TOKYO KALEIDO SCOOP
http://www.smn.co.jp/

INSIDER:インサイダー
http://www.smn.co.jp/insider/

大阪高野塾
http://www.osaka-takano.com/

-----<著書>-----


『滅びゆくアメリカ帝国』
2006年9月、にんげん出版


『ニュースがすぐにわかる世界地図(2006年版)』
2005年、ポスト・サピオムック


『最新・世界地図の読み方』
1999年、講談社現代新書

『情報世界地図 98』
1997年、国際地学協会

『地球市民革命』
1993年、学研

『21世紀への世界時計』
1991年、集英社

『入門世界地図の読み方』
1982年、日本実業出版社

→ブック・こもんず←



当サイトに掲載されている写真・文章・画像の無断使用及び転載を禁じます。
Copyright (C) 2008 THE JOURNAL All Rights Reserved.