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高野孟の遊戯自在録005

7月28日(水)

 10時から新阪急ホテルで民放連賞「報道部門」の近畿地区審査会。テレビ大阪制作の「天空の教室〜中国四川省・標高3000mの希望」が満場一致で第1位になり、近畿からの代表作として全国審査に送られることになった。第2位は朝日放送制作の「刻まれた記憶〜JR脱線事故5年」で審査員特別賞となった。報道部門の審査員は、大宅映子(評論家)、宮本勝浩(関大教授)、吉岡忍(作家)、若一光司(作家)と私の5人。宮本さんを除いて知り合いばかりなのでモメることもなくすぐに決まった。隣では「教養部門」の審査が行われていて、玉木正之(スポーツライター)、崔洋一(映画監督)、見城美枝子(青森大教授)らこれまた知り合いばかりが来ていた。玉木さんから新著『続・スポーツ解体新書』(財界展望新社)とNHK教育テレビ「歴史は眠らない」で9月に玉木さんが担当する「柔(やわら)の道」のテキストを頂いた。

「柔の道」は帰りの新幹線で早速読んで面白かった。今年9月に東京で第28回世界柔道選手権大会が開かれるが、東京での開催は何と!1958年の第2回大会以来52年ぶりだという。それだけ「柔道」は「JUDO」となって世界を駆け巡っている訳だが、約半世紀ぶりに東京へ帰ってきたこの大会のテーマは「原点回帰」。しかし柔道の原点とは何かというと、分かっているようで分からない。そこを玉木さんが解き明かしていく...。

 4時から虎ノ門のスタジオでJFNのラジオ番組収録。今回のメインは、映画監督の若松孝二さんを迎えて、6月封切り、8月14日から全国一斉公開の最新作『キャタピラー』についてのインタビュー。この映画は凄い。昨夜、大阪のホテルでデモDVDを見て震えた。戦場のシーンはほとんど1つもないのに、これほど戦争の怖さを深く考えさせられる映画には出会ったことがない。戦争体験が風化していく中、特に若い人たちには絶対に観て貰いたい。監督のメッセージ:忘れるな、これが戦争だ!

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7月29日(木)

 久々の雨に森の木も鳥たちもはしゃいでいる。雨の中、畑のミニトマトの世話。大きいトマトは雨よけを張ったり手間がかかるが、ミニトマトは放っておいてもどんどん実が成って毎日2人では食べきれないほど獲れる。ただ枝の伸びが早くて隣同士で絡まったり地面に寝そべったりするので、もっと長い支柱を立てて棕櫚縄で縛り直さないといけない。縄は「八の字」にして、枝が支柱に擦れて傷まないようにする。昼からマーク・ロランズ『哲学者とオオカミ』(白水社)を読み始め、夕方読了。ひょんなことからオオカミを飼うことになって11年間を一緒に過ごした哲学者が、オオカミの生き方に照らされて人間とは何か(どんなにくだらない存在であるか)の思考を深めていく過程が面白い。

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7月30日(金)

 昼過ぎまで雨。合羽を着てシャベルを持って、庭の湧き水から発する小川の途中にボラが出来て水が地中に流れ込んでしまっているので、小川のコースを変えて水が下の排水口に流れていくように修理工事。ボラは水の力で自然に出来る大きな穴で、放っておくとどんどん水が地中に流入して地崩れの原因となる。気が付いたら小まめに直さないといけない。午後、原稿書きと読書。

7月31日(土)

 朝9時過ぎ、家内と共に車で10分ほどの「古代大賀蓮の里」を見に行く。自宅から鴨川市内に向かう長狭街道沿いに看板が立っていて、前から気になっていたのだが行く機会がなかった。蓮は6月末から8月中旬までの夏の花だからまだ咲いているだろうと思って行ってみた。街道から200メートルほど入った田んぼの中に1反歩かもう少し広い蓮田があり、さすがに盛りは過ぎた感はあるものの、直径30センチもあるかと思われる花がたくさん咲いている。「大賀蓮」というのは、蓮研究家の故・大賀一郎博士が昭和26年に千葉市検見川の東大総合運動場の敷地内で地下6メートルの泥炭層から蓮の実を3粒発掘し、これをシカゴ大学で鑑定したところ2000年前のものであることが判明、発芽を試みるや1粒だけが発芽に成功し、増殖させて「世界最古の蓮」として内外各地に根分けした。ここもその1つで、どうも個人が私有地で守り育てているらしい。

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 蓮池の縁には俳人=中原道夫の「蓮の實の飛び損ねたる無聊かな」という句碑が建っている。調べてみると、「蓮の実飛ぶ」というのは秋の季語で、蓮の実は秋になるとポンと音を立てて弾けるのだそうで、その瞬間を見たいと思って退屈(無聊)しのぎにずーっと見ていたがいつまでたっても弾けないという句意のようだ。

 午後から、東京の娘夫婦&孫の家へ。彼らが夏期休暇旅行中、預かっていたミニトマト2鉢とアサガオ1鉢を返しに行く(というのは口実でバアバが孫に会いたくて仕方がないというのが本当の理由)。夜は、娘らも評判は聞いていて「一度行ってみたかった」という大井町線・緑が丘駅前の元力士が営むちゃんこ屋「芝松」へ。終末のせいか、1階から3階まで100人は入るという大きな店がほとんど満員。もつ煮、夏限定メニューのトウモロコシ揚げ、刺身盛り合わせ、牛タタキ、ちゃんこ鍋......全部美味。もうすぐ3歳になる孫はどういうわけか居酒屋風メニューが大好きで、もつ煮をほとんど独り占めして「おいしいねえ」と言いながら食べていた。


娘らを近くのマンションまで送って、夜なので1時間15分で鴨川帰着。

8月1日(日)

 昨日、緑が丘の「芝松」の店を出ようとしたら、ご主人がカウンターから飛び出してきて、「いやあ、高野さん、いつも(テレビを)観てますよ」と言って、同店自慢の「力士味噌」と名古屋場所の番付表をお土産にくれた。毎場所の番付表は正価1枚50円、関係者は原価28円でまとめ買いして支援者やお客に配るので、この店でもまだ余っていたのだろう。banduke.jpeg

 で、夕方に「力士味噌」を嘗めて一杯飲みながらその番付表を眺めていて、改めて外国人力士の多さを実感した。最上段の横綱から前頭16枚目までの東西合わせて42人中、外国出身者は17人で41%。序の口までの全710人中では、外国人が11カ国58人で8.2%。国別では、多い順からモンゴル35人、中国7人、ロシア・グルジア各3人、ブルガリア・ブラジル・韓国各2人、カザフスタン・エストニア・チェコ・ハンガリー各1人で、上位に余りいないので気が付かなかったが中国が国別2位なのは、いささか驚いたし、11カ国のうち8カ国が旧ソ連圏(コメコン諸国)であるというのも面白かった。こうしてみると、相撲はもはや汎ユーラシアのものである。というか、確かに日本の相撲は『古事記』『日本書紀』にも何度も出てくるほどで、日本独自の文化&神事と結びついたものなのだろうが、同種の格闘技はユーラシアから地中海にかけて広く行き渡っていて、例えばロシアのプーチン首相は少年時代からロシア相撲の「サンボ」と日本式の柔道に親しんでいる。

 7月28日の項で触れた玉木正之「柔の道」では、相撲のルーツは中央アジア=モンゴル方面から中国に伝わって、紀元前後の漢の時代に髷や回しの様式が整えられて日本に伝わったものとされている。ということは、相撲は元々国際的な色彩の濃い競技だったわけで、それを「国技」と呼ぶようになったのは、101年前に相撲興行のための常設館が両国に出来て、命名を任された板垣退助が(戯れに、というか景気づけに)「國技館」と名付けたことによる。

 国内出身の力士の出身都道府県を見ると、多い順から、東京49人、愛知43人、大阪40人、福岡35人(以下、鹿児島、青森、熊本、千葉、茨城、兵庫)などで、やはり年1回場所開かれているところに志願者が多いようだ。これからは、場所も巡業もドメスティックに考えないで、モンゴルや中国やロシアなどにどんどん展開してアジアやユーラシアの若者をリクルートしたらどうなのか。

8月2日(月)

 早朝、暑くならないうちに草刈りを1時間半。シャワーを浴びて郵便物を解くと、新右翼=一水会の機関紙『レコンキスタ』が来ていて、7月13日に二木啓孝が同会のフォーラムで語った講演録があり、それとは別に鈴木邦夫=同会前代表の「平成文化大革命」と題したエッセイがある。「朝まで生テレビはじめあの頃は全国で討論番組が随分とありましたね」という話から、次のように言っている。

「東海テレビは、高野孟さんと蓮舫さんが司会で、毎回面白い特集をやっていた。東海テレビだが、この討論番組だけは東京の貸しスタジオで収録していた[本当は収録でなく生中継]。『あの番組の司会をやって蓮舫さんは政治に目覚めたんですよ』と二木さんは言う。そうだったのか。これは随分と凝っていたし、テーマや企画が面白かった。たとえば、『漫画興国論』とか『三枝成彰の洋魂和才のすすめ!』などがあった。漫画も個別に取り上げ、『沈黙の艦隊は浮上するか』『今こそ世直し源さんを』といったテーマもやった。二木さんもよく出ていたし、田原総一朗さんもよく出ていた。僕も何回も読んでもらったし、ここで三枝成彰さん、新井将敬さん、ビル・トッテンさんなどと知り合った。毎回、知的刺激があって楽しかった」

 いやあ、よく覚えているなあ。鈴木邦夫に出て貰ったのは覚えているが、漫画論をやったのは覚えていない。これは東海テレビ発の『週刊大予測』という番組で、その前身から数えると91年4月から2年間続いた。地方発の本格的な情報番組であったこと、私がコメンテーターではなくメイン・キャスターでやった唯一の番組だったことが画期的だったし、アシスタント・キャスターにまだ24〜25歳だった蓮舫を起用し、それが彼女が硬派番組を担当した初めてで、そこでの経験が後に彼女が政治家に転身する導火線になったこと、NHK会長を辞めさせられたばかりの島桂次さんに準レギュラー的に出演して貰い、それが機縁で95年に島・高野の共同事業として日本初のインターネット週刊誌「東京万華鏡」を起ち上げることにもなったことなど、なかなか運命的な思い出深い番組となった。

8月3日(火)

 「ミヤネ屋」出演で大阪日帰り往復。司会の宮根誠司は今週は夏休みでハワイとかで、キャスターは局アナが代行。中国人観光客激増のインパクト、予算委員会論戦と9月民主党代表選など。代表選には海江田万里や原口一博が小沢グループを背景に立候補するのかという話題になり、私は、そんなふうに小沢の操り人形みたいなのを立てて相変わらず小沢が陰に回って操るなどというのは、もはや世間に通用しない、やるなら小沢が自分で立たなければ駄目だ、という趣旨を述べた。

 昨日からNHK-BS2で山本薩夫監督生誕100年スペシャルをやっていて、昨日は「金環食」、今日は「不毛地帯」。懐かしくて2日連続見てしまった。何より驚いたのは、中心人物たちがほとんで例外なく劇中で煙草を吸っていること。今では信じられないですよね。

8月4日(水)

 早朝から芝生の雑草取りと浄化槽の点検。昨日から読み始めたデイビッド・モントゴメリー『土の文明史』(築地書館)を読了。文明の盛衰にはいろいろな要因があるが、最も基本的なのは土壌劣化で、ローマ帝国もマヤ帝国もそれで滅び、アメリカ帝国も中国帝国もそれで衰えていくと説く。だとすると、日本は本来の土と農と食の文明を取り戻せば滅びない。

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 同書は第2章で、彼のダーウィンが死の1年前の1881年に出版した最後の著作が『ミミズと土』(原題は「肥沃土の形成」、平凡社)で、その結論が「国中のすべての腐植土は何度もミミズの腸管を通ってきており、またこれからも通るであろう」というものだったと紹介している。このダーウィンのミミズ論とその後のミミズ堆肥農法の世界的広がりを自身のガーデンニング体験をベースにルポしたのが、最近出たばかりのエイミィ・ステュワート『ミミズの話』(飛鳥新社)である。農業を実践する立場からの名著としては畏友=菅野芳秀『生ゴミはよみがえる/土はいのちのみなもと』がある。菅野には早稲田・大隈塾で何度かこの話をしてもらった。土とは何かは日本文明論の大きなテーマだ。

8月5日(木)

 午前中に早稲田大学の大隈塾・高野ゼミ、ジャーナリズム大学院ゼミ、京都造形芸術大学授業の計約30人分の前期レポートを一気に読んで採点、成績表を送付する。この3つの授業の中では、学部1〜2年生主体の高野ゼミが抜群に抽象概念の操作能力が高い。夕方、少し涼しくなってから芝生にバリカンをかける。

 先日、浅草おかみさん会の冨永照子理事長(蕎麦処「十和田」おかみ)から頼まれて、町のPR誌『浅草に行こう!』に原稿を書いて、そのゲラが送られてきた。全文次の通り。
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 父母ともに東京生まれで、私も築地に生まれて疎開の後は世田谷で育ったので、まあ江戸っ子の端くれである。母は日本橋の商家育ちで下町への思い入れが強く、私が幼い頃には「お出かけ」というと下北沢から井の頭線で渋谷に出て、当時は地下鉄はそれ一本しかなかった銀座線で終点の浅草まで行って、松屋百貨店の遊園地でお猿の電車や鬼の胸にボールを当てるとウ−ッと唸る射的で遊んで、帰りに洋食屋でハンバーグ定食を食べるというのが決まりだった。
 小学五年生の夏休みの宿題で、浅草を起点に言問橋から永代橋までの隅田十橋を足で歩いて写真とスケッチでルポする絵巻物を作って、教師からすごく褒められて、考えてみるとそれが私が後にジャーナリストの道に進む原点だったかもしれない。この時カメラを胸に下げて歩いていて、警官に「このカメラどうしたんだ?」と尋問されて泥棒扱いされる屈辱を味わったことが、生涯を貫く「権力嫌い」の原点となったことも含めてである。
 高校生の時には本業のブラスバンドの傍ら「ストリップ研究会」を組織して浅草六区に通い詰めたし、大学生になって酒を飲むのは新宿ゴールデン街か浅草の神谷バーだった。近頃は「十和田」の二階で「振袖さん」を呼んで宴会をやって、二次会は「HUB浅草」でジャズを聴くというコースに凝っていて、機会あるごとに友人たちを誘っている。
 浅草が凡百の軽々しい商店街や飲食街と違うのは、こうすれば受けるだろうというような功利的な思惑で外面だけを取り繕うのではなく、そこに何代も根を張って生きている人たちが自分のスタイルで頑固な商売を繰り広げていて、「いや、なに、イヤなら来なくていいんだよ」とでもいうようなプライドを前面に押し出しながらも、実はとても人なつっこくて、遊びの本質を弁えている客ならばどこまでも深く付き合ってくれるという江戸っぽい粋がりにある。私のささやかな体験の範囲では、京都の祇園以外には浅草にしかこのような底深さはない。とくに若い人たちには、本当の遊びを覚えたければ浅草に通いなさいと言いたい。
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8月6日(金)

 朝から芝生の手入れの続き。RYOBIの芝生用バリカン、大型植木鋏、鎌、金属製熊手などを駆使して丁寧に刈り込んで、全体だけでなく必要なところには集中的に肥料入り目土を入れていくという作業は根気が要る。午後に原稿2本執筆。

8月7日(土)

 今日は、地元の高倉神社・大山不動尊の夏祭り。大山不動尊は、成田や相模大山と並んで「関東三大不動尊」の一つと呼ばれ、源頼朝奉納の太刀、足利尊氏寄進の石段、地元出身の木彫師「波の伊八」作製の欄干などで知られる、なかなかに由緒あるところで、この一帯の信仰の中心。朝から旧大山村の5つの地区から御神輿が出て昼前に集結、尊氏の石段の最後の急峻を御神輿を引っ張り上げて境内で激しく揉み上げる荒事があって、夜には各地区から山車が引かれて旧大山小学校の校庭でお囃子の競い合いが行われる。

 娘夫婦&孫がこれを楽しみにしていて、今年も参加。午前中に、我が家から300メートル下の街道沿いで御神輿を見送って、午後は鴨川グランドホテルのレストランを予約して、孫の3歳のお誕生日祝い。夕方までベランダにビニール・プールを広げて孫を遊ばせたりして、暗くなってから夜祭へ。夕食は屋台の焼きそばとたこ焼きと缶ビール。初めて浴衣を着た孫は遊び疲れてクタクタで、帰路に私に抱かれて眠ってしまい、せっかく用意した花火はやらずじまいだった。

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 前回孫が来た時に、その辺のコンビニで300円だかで100本ほども入っている中国製花火セットを買って、それでも孫は結構喜んでいたが、やっぱり安物は安物で、線香花火も昔のような華やかさはなく、最後は火の玉になってそれでもまだ落ちずに頑張って火花を出し続けるという風情はまったくない。「今は花火もこんなになってしまったのかなあ」ともの足りなく思っていたところ、7月14日付読売夕刊に「線香花火、起承転結の美」という記事があって、東京・台東区両国の花火・玩具卸「山縣商店」の山縣常浩社長が「線香花火は火花が4段階に変化する。玉が長持ちし、牡丹、松葉、柳、散り菊に喩えられるその起承転結がクッキリと出るのが、国産品の特長。輸入品は松葉の後にあっけなく玉が落ちてしまうが、国産はここからが長いんですよ。しぶとく菊の花を咲かせ続けた後、ふと玉が落ち、後には静かな余韻が残る。まるで人の一生みたいでしょう。これをじっくり味わってほしい」と語っていた。そうそう。何がもの足りないかって、このこの人生論にも繋がる華やかさとはかなさのドラマ性なのだ。「おっ、まだまだだぞ」と言いながらみな息を殺すように火玉を見つめて「あー、落ちた」と、 終わってもしばらく黙ってため息をついたりしている。それが線香花火なのですね。早速ネットで注文して、今朝から「夜になったら花火やるからね。今日はホンモノの花火だから」とか言っていたのだが、本人が眠ってしまってはどうしようもない。とまれ、ホンモノとは何かを子や孫に伝えるのは私ら世代の義務なのです。

★山縣商店:http://www.hanabiya.co.jp/

8月8日(日)

 孫たちを家に置いて、私共夫婦は渋谷の東急文化村で佐渡裕プロデュースのオペラ「キャンディード」へ。レナード・バーンスタイン作曲の名作を、いま世界中で引っ張りだこの演出家ロバート・カーセンが演出、芸術監督兼指揮者が佐渡という豪華な布陣。元々はバーンスタインが1950年代アメリカのマッカーシズム(赤狩り)に抗議するため、ヴォルテールの同名の小説を題材に痛烈な社会風刺を盛り込んだブロードウェイ・ミュージカルとして作り上げたものだが、ブッシュ政権時代にこの演出を手掛けたカーセンは、バーンスタインのその精神を受け継ぎながら、それを上回るほどの皮肉やブラックユーモアでブッシュばかりでなくサルコジやブレアやプーチンまでコケにする暴走ぶりで、めちゃくちゃ面白かった。世界の未来についての楽観主義と悲観主義との両極端の間で激しく揺れ動きながら人間の幸せを求めて激しく旅を続けるという筋書きだが、最後の結論は、幸せは何処か遠くにあると思って当て所(ど)ない旅を続けるのではなく[と主人公は言う]一所(ひとところ)に落ち着いて「森を拓いて、自分の畑を耕すことだ」と。終了後、玉木正之さんらと共に楽屋に佐渡さんに挨拶に行ったので、「私、いま、房総半島で森を拓いて畑を耕してますから。結論が同じです」と言ったら、佐渡さんが大笑いしていた。佐渡さんは来年、ベルリン・フィルを振る。小澤征爾に次いで日本人指揮者は2人目。楽しみなことだ。

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 「キャンディード」は今日が最終日。7月24日から7日間、佐渡さんが芸術監督を務める兵庫県立芸術文化センターでやったあと、東京でこの日まで3日間。これは是非再演してもっと多くの人に観て貰いたい。


8月9日(月)

 終日雨なので、久しぶりに1日掛かりで2台のパソコンの大掃除。今はMacBookをメインにして家でも出先でも基本的にこれですべてを処理するが、家にはもう1台デスクトップのMac miniが置いてあって、これの方が画面が大きく、しかもナナオの高性能モニターを縦長にしてあるので、グラフィックな作業をする時や、落ち着いて長い文章を書く時などはそちらを使う。

 作業にかかる前に、書類やメールボックスなどに溜まっている要らないファイルや、両方のマシンでダブっているファイルなどを片端から捨てて、さらにゴミ箱から完全に消去する。ご存じのように、ファイルを単にゴミ箱に捨てただけでは、インデックスが消えただけでファイルそのものはディスクに残っているから「完全に消去」しなければならない。3000とか4000とかのファイルを完全消去するには30分ほどもかかる。それから、まずはMacOS付属のユーティリティソフトでハードディスクを簡単チェックする。これは、何度やっても「問題はないようです」という答えが返ってきてどうももの足りない。逆に言えば、この頃のMacOSの機能向上と、マシンの側のハードディスクの大容量化で、ほとんどメンテが要らなくなっているということなのだろうが、過去にさんざん苦い思いをしている私はこれでは満足しない。そこで次ぎに「テックツールプロ」という診断・修復ソフトで16項目のテスト。さらに「iDefrag」という私の大好きな最適化ソフトがあって、ディスク上のあちこちに散らばってしまう同種や関連のファイルをキレイに並べ替えて、しかもそれをカラフルな画面で同時進行で見せてくれるので、「おおー、こんなバラバラが一挙にひとまとめになったぞ!」「あれ、どうしてここに少しだけ赤色ファイルを残すんだ?」とか、一喜一憂して見ているのが面白い。だが、その最適化の一番徹底的にやってくれるレベルを選択すると1台チェックし終えるのに3時間から5時間かかるので、ずーっと見ている訳にもいかない。2台で全工程約10時間。ほぼ1日仕事になる。

 今時のMacは原因不明の事故でいきなり動かなくなるということはほとんどなくなったが、時折このように大掃除をして、小さな不具合を直しておくと、ますます安心なのだ。昔はよく動かなくなって、何時間も悪戦苦闘して何とか修復するといったことがあって、旅先でそうなった時のために裏蓋を開けるための六角ドライバーを筆箱に入れて持ち歩くことまでしていたが、今はそれもしなくなった。

 私はワープロ歴29年、パソコン歴27年、Macに転向してから18年。そのMac歴の間にも恐らく100回を超えるトラブルに直面し、その度に何とかして自分で問題解決をするようにして、どうにもならなくて我が社や周辺のコンピュータ技術者や専門家に相談したのが10回ほど。彼らが「これは駄目だからメーカー修理に持ち込んでくれ」と言ってもまだ頑張って自分で何とかして、本当にどうにもならないハードウェアの破損でメーカー修理に持ち込んだのが1回だけ。原理や技術的知識は何も分からなくても、論理で考えればたいていのトラブルは解決可能なのである。それにしても、MacはOSXくらいから後は全くトラブルなしになって、その延長に今日隆盛のiPadがあると思う。近頃は皆iPadで、二木啓孝も田中良紹も山口一臣も持って歩いている。買おうかなあ、どうしようかなあ、と思い惑うのは、私の余りに長きMacとの付き合いが邪魔しているからである。

8月10日(火)

 朝、東海ラジオ。台風の影響で雨が降ったり止んだりなので、予定していた水タンクと浄水装置の大掃除は延期。それで今日は、長く放ったらかしだった個人ホームページ「高野孟の極私的情報曼荼羅&あーかいぶ」を大改造。目次ページのグラフィックも飽きたのでやめて、簡単な表組みで分かりやすく組み直して、中身についても要らなくなったファイルを捨て、更新が必要なものは更新し、リンクが切れているものは張り直し、最後はサーバー側に入って不要ファイルを大量に捨てた。これもほとんど1日掛かりの仕事で、夏休みくらいしか出来ない。

 ウェブページ作成ソフトは、いろんなことが出来そうな何万円もする高級なものがいくつもあって、つい手が出そうになるが、我々ごときではその複雑な機能を使いこなせないことをとっくに思い知ったので、数年前からKompoZerというフリーソフトを使っている。これで十分で、今年から日本語化もされたのでますます使い勝手がよくなった。


8月11日(水)

 引き続きパソコン内の書類と自分の頭の同時整理。早稲田と京都造形の今年前期講義に使用した文書、レジュメ、画像、資料等がただ乱雑にそれぞれ1つのフォルダーに投げ込んであるのを分類・整理すると、「もうちょっとこういう文献を使えば分かりやすかったんじゃないか」などいろいろ反省点も浮かぶ。

8月12日(木)

 コモンズという出版社から天空企画編『ウチナー・パワー/沖縄 回帰と再生』が贈られてきたので、すぐ読む。「沖縄のもつ本当の豊かさについてさまざまな角度から具体的に論じた本は、意外とほとんどありません」という宣伝文句の通り、第1章では食と農、漁業、医療、マングローブなど、第2章では沖縄に古くからある集落ごとの住民共同出資による「共同売店」の可能性など、第3章では伝統の祭と若者への継承などが取り上げられていて興味深い。沖縄の海人(うみんちゅ)は、イノーと呼ばれる礁湖で魚介類や海藻類を獲り、また近くを流れる黒潮に(かつては)サバニと呼ばれる高速舟で乗り出して大型回遊魚を獲るので、沖縄漁業は多品種少量生産で、魚種は2440種と、北海道を除く本州の2364種よりも多いという。漁獲量の多いのは意外にもマグロ(53%、カツオやカジキを合わせると60%超)、次いで体調1メートルに及ぶソデイカなどイカ類(13%)、いずれも黒潮に乗ってやってくる。魚種が2千数百種というのは、食用に供せられる魚がそれだけあるという話だが、昨11日付日本経済新聞の「春秋」欄が書いているところでは、日本近海に生息する生き物は確認できただけで3万3000種余りで、全世界の海洋生物種の15%に及ぶ。世界の25の海域の中でも、最も生き物の多様性に富んでいるのが日本近海で、それは、南北に長く複雑な地形を持つ国土、その列島の両側でぶつかる寒流と暖流など、他に例のない多様な自然環境によるらしい。

 「春秋」の記事の元は、海洋研究開発機構などの研究グループが8月2日発表した「日本近海の生物多様性」というレポート。全文はPLoS(科学公共ライブラリー) Oneに掲載されている。と言っても、見つけにくいだろうから、ちょっとルール違反だが直接到達するURLを記しておこう。


 これは英文なので、最下部の「Supportion Infomation」のまた一番下に日本語のpdfファイルが上下に分けて置いてある。

8月13日(金)

 朝、庭のドラム缶でゴミを燃やしていて、足元の濡れた斜面でツルンと滑って左手でドラム缶に触れてしまい大やけど。取り敢えず水で冷やして、私の万能薬(?)「馬油」を塗って処置し、予定どおり、地元で開催中の「コヅカ・アート・フェスティバル」を見に行く。私のところから街道を挟んだ反対側の山の中に暮らす画家/デザイナーの宮下昌也さんが中心になって南房総中心に約30人のアーティストが参加して屋外・屋内に作品を展開した、今回が第1回の試み。麓に車を置いて1キロほどの山道を上がっていくと、森の中にモニュメントやハンモックを使った子供の遊び場やティピー(インディアンのテント)・ゲル(モンゴル人のテント)なんどいろいろあって、頂上の「森の家」には地元作家による絵、ガラス細工、陶器、織物など面白いものをたくさん展示販売している。家内はガラスのネックレスを、私は麻の縄文Tシャツを買って、それから歩いて5分ほどのところで宮下さんの奥さんがやっている「天然酵母パン屋『かまどの火』」に寄ってパンを買って帰る。

★コヅカ・アート・フェスティバル:http://ag-kozuka.net/

 手の水膨れが酷いので、一応、近所の国保病院へ行って抗炎症剤を塗ってもらった。

8月14日(土)

 今夏のNHKの"終戦記念もの"は量的にも多いし質的にも充実している。今日の衛星第2「あの日昭和20年の記憶」3時間半は見応えがあった。

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ご理解・ご協力のほどよろしくお願いいたします。

7月30日の「高野論説」への反論が激しかったので、へこんで、無音を通しているのかと心配しました。
 その間も、充実した毎日をお過ごしだったご様子、安心すると同時に、豊かな文化性の中での暮らしぶりに改めて「高野さんのお人柄」を知り、羨ましくも尊敬の念を一層強くした次第です。
 やけど、早くよくなりますように。

若松孝二さんの『キャタピラー』自分も見に行くつもりです。

浅草はいいところですね。
自分も下町育ちなので、その雰囲気の良さは知っています。
自分の父と母も若い頃、地方か出てきて浅草で働いていました。そこで知り合い、結婚したのです。
自分は江戸っ子ではありませんが、そのよさは父母のその話を聞くなどして少しだけ知っています。

自分が中学生のころ、浅草寺に遊びに行って、仲見世通りのお店の人に「食べるかい」声かけられ、お菓子やお団子を山のように出され、たらふく食べさせてもらったことがあります。ただで。「全部食べないと許さないよ」と脅かされて(笑)
いい思い出です。自分にとって下町のよさといえば浅草が想起されます。

自分も浅草で遊びをしてみたいものです。もう若くはありませんが。粋な遊びのわかる男になりたかったのですが、残念ながらできていません(笑)。


デフラグのおもしろさ、わかります。自分もそうです。じっとみています。きれいに整理されるのが好きです。それとなんで赤が残るんだと思ったりします。

高野さんが自分でパソコンを直してしまうことに驚きます。
自分もオンボロパソコンを自分で部品の取替えや改造などして、何とか使っていますが、直すのは無理。理系出身ですができません。

Re: 8月14日(土)

私はこの夏、本当に久しぶりに日本で8月15日を迎えたのですが、高野さんのおっしゃるように、NHKの戦争関連の特集番組はとても充実していたと感じました。『戦争証言アーカイブズ』はオンラインでも閲覧できるようですし、できるだけ多くの人が、戦争を体験した人々の生の声に接することができればいいと思います。

8月15日といえば、この日の朝日新聞の社説もよかったです。上記のNHKもそうですが、これもまた、「政権交代」は、自民党による一党優位の政治体制の源流がどこにあるのか、その功罪を冷めた目で俯瞰的に見つめる機会をマスメディアにも確かにもたらしたのだということを感じさせる一文でした。

話は変わりますが、浅草のような街を身近に感じながら育った高野さんやパンさんがうらやましいです。私は「江戸っ子」という響きにあこがれを持ってしまう田舎育ちですが、高野さんのおっしゃるような浅草の人々のたたずまいと言うか、そのあり方に、地方の都市が生き残っていくヒントがあるような気がしています。

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Profile

高野 孟(たかの・はじめ)

-----<経歴>-----

1944年東京生まれ。
1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。
通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。
同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。
80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任し現在に至る。
94年に故・島桂次=元NHK会長と共に(株)ウェブキャスターを設立、日本初のインターネットによる日英両文のオンライン週刊誌『東京万華鏡』を創刊したほか、PC-VAN・NIFTY-Serve・MSN、富士通ブロードキャストその他電子メディアのコンテンツ創造、講談社・小学館・集英社その他出版社のウェブサイト開設、『インサイダー』のメルマガ化、などを次々に手掛け、インターネット・ジャーナリズムの先駆的開拓者と呼ばれた。
現在、それらの経験を活かして、独立系メディアの総合サイト《THE JOURNAL》に取り組んでいる。
2002年に早稲田大学客員教授に就任、「大隈塾」の授業「21世紀日本の構想」、ゼミ「インテリジェンスの技法」、社会人ゼミ「ネクスト・リーダーズ・プログラム」を担当している。

-----<出演>-----

『サンデープロジェクト』
(TV朝日系、日曜10:00~)

『朝まで生テレビ!』
(TV朝日系、最終金曜25時頃~)

『たけしのTVタックル』
(TV朝日系、月曜日21:00~)

『情報ライブ ミヤネ屋』
(読売TV系、月~金曜21時~)

BookMarks

東京万華鏡:TOKYO KALEIDO SCOOP
http://www.smn.co.jp/

INSIDER:インサイダー
http://www.smn.co.jp/insider/

大阪高野塾
http://www.osaka-takano.com/

-----<著書>-----


『滅びゆくアメリカ帝国』
2006年9月、にんげん出版


『ニュースがすぐにわかる世界地図(2006年版)』
2005年、ポスト・サピオムック


『最新・世界地図の読み方』
1999年、講談社現代新書

『情報世界地図 98』
1997年、国際地学協会

『地球市民革命』
1993年、学研

『21世紀への世界時計』
1991年、集英社

『入門世界地図の読み方』
1982年、日本実業出版社

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