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高野孟の遊戯自在録002 »

高野孟・遊戯自在録001

 ザ・ジャーナル上での「高野論説」=インサイダー記事とこのブログとの書き分けが結構むずかしくて、どうもこちらがお留守になってしまうので、ここではまさに極私的な旅と田舎暮らしの徒然日記のようなものを折に触れて綴ることにした。最近、50年ぶりに鈴木大拙の『東洋的な見方』(岩波文庫)を開いたら、純真無垢の赤子が大人になってさんざん煩悩世界を彷徨った末に再び赤子が無心に遊ぶ様に近づいて行くことが禅の極意で、それを「遊戯自在」と表していたのが目に入ったので、そうありたいものだと思ってそれをタイトルに借用した。「遊戯」は仏語では「ゆげ」で、「心にまかせて自由自在に振る舞うこと」の意味だそうな。


4月12日(月)

 今日から早稲田の授業開始。10時40分からの2限が高野ゼミ「インテリジェンスの技法」、3限が全学部からの応募者を200人余に絞った大隈塾授業「21世紀日本の課題」で第1回は私の「インテリになるとはどういうことか」の講義と質疑、5限がジャーナリズム大学院の「新聞の読み方」。久しぶりなので3コマ全力でやるとクタクタだが、18時に終わってすぐに飛び出して品川駅近くに車を置いて新幹線で京都へ。

 ちなみに、品川で新幹線に乗る時のお弁当は、港南口の駅ビル「アトレ」3階「クイーンズ・イセタン」の一角にある「deli sele Q」がお勧め。ベーカリー、和洋中、タイ、にぎり寿司など

メニュー豊富で、いずれもヘルシー志向の本格調理でお値段もほどほどという優れもの。お茶もオリジナル・ブランドが75円とかでホームの自販機の半額近い。駅構内を独占するJR東海系の弁当をどうしたら食わないで済むかが重要課題である私には、東京駅の大丸地下の弁当コーナーと共に嬉しい存在である。

 今日は千円余の寿司と酎ハイを買って、車中から飲み始めて、21時半過ぎに四条西洞院のホテル着。今回は、安ホテルながらもなかなか立派な大浴場がある「三井ガーデンホテル京都四条」を選んでおいたので、まずは疑似温泉気分にたっぷり浸って、持参のニッカ・ウィスキーを嘗めながら明日の京都造形芸術大学の授業に備える。

4月13日(火)

 5時半に起きてザ・ジャーナルの論説を執筆・送信。7時半に東海ラジオの電話ナマ出演。9時45分に宿を出て、地下鉄とタクシーを乗り継いで大学へ。2限に芸術表現研究「日本を見る目を養う」と題した演習の第1回。「心象曼荼羅図」(自己流マインドマップ)の活用法を中心に授業の心得を話す。

 12時にタクシーに飛び乗って京都駅から新幹線自由席で新大阪駅、またタクシーで大阪読売テレビに13時15分着、打ち合わせも忙しく同53分から「情報ライブ・ミヤネ屋」出演。同席のキッチュこと松尾貴史さんが「今日は大阪泊まりですか?」と聞くので、「久しぶりに美加佐に行くよ」「ご一緒させて下さい」というわけで、17時半に法善寺横丁の(食い倒れ大阪でも一番と私が思っているカウンター割烹)「美加佐」に行って、私は芋焼酎のロック、松尾さんは同店特注の奈良・橿原神宮の酒屋が造っている日本酒で料理を堪能した。

 美加佐は、もう20年以上前になると思うが、大阪読売社会部で黒田軍団華やかなりし頃、同軍団の参謀長=斎藤喬記者に連れられて行って、以来ずっと年に何回かは寄るようにしていたが、「ミヤネ屋」が始まってから多少頻度が増え、松尾さんとも何度かご一緒した。

 20時にはもう出来上がってしまって、彼と別れて宿へ。今日の泊まりは難波のビルの上階にある不思議な和風ホテル「一栄」。窓の外を見なければ東北の寂れた駅前旅館に居るような錯覚に陥るのが面白くてたまに泊まる。

4月14日(水)

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 このホテルがいいのは、8畳か10畳の和室に黒塗りの漆の盆と器に盛った朝食を指定の時間に運んでくれること。特に大きめの出汁巻き卵2切れは抜群で、朝から幸せになれる。鮭の切り身も分厚い真っ赤なのを直火できっちり焦げ目を付けて焼いてくれていて、その辺のホテルの朝食バイキングのペラペラの切り身を蒸して薄ピンク色でグニャグニャになったとは根本的に違う。

 近鉄で奈良に行って、奈良国立博物館の「大遣唐使展」へ。平城遷都1300年祭のメイン・イベントの1つで、7〜8世紀、ほぼ同時代の唐の「観音菩薩立像」(ペンシルバニア大学博物館蔵)と日本の「聖観音菩薩立像」(奈良・薬師寺蔵)を敢えて並べて共通性と異質性を感じさせようとする展示をはじめ力の籠もった構成である。凄いものがたくさんあったが、1つだけ一番好きなものを挙げろと言われれば、唐三彩の影響で日本で作られた奈良三彩の「三彩有蓋短頸壺」(倉敷考古館蔵)ですね。唐の文物が日本に入ると何でも繊細な柔らかさを伴ってリメイクされる様子がよく分かる。2時間半かけて観たらクタクタになって、駅前で旨くないうどんを食べて(奈良の食文化はイマイチかも)京都、品川経由で鴨川に戻った。孫が遊びに来ている。

 下図は大遣唐使展の私の心象曼荼羅図。
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4月15日(木)

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 孫の相手をしながら合間にチョコチョコと仕事。雨なので昼前から近所の農園にイチゴ狩りに行って遊ぶ。

4月16日(金)

 昼過ぎに車で家を出て白金台の東大医科研病院で先日の人間ドック検査の結果を聞く。大腸ポリープを2個切除、胃と十二指腸にも1個ずつポリープがあったが生体検査のみで切除せず。いずれも悪性の可能性なし。ただ胃にピロリ菌があるので1週間、朝晩3種類の薬を飲んで退治するプログラムを推奨される。血液検査では、中性脂肪が相変わらず基準値を大幅に超えているが、まあこれだけ酒を飲んでいれば当たり前でしょう。脳も「年相応」の劣化はあるもののボケの兆候はないとのこと。一安心。

 16時に産経新聞社会部の鵜野光博記者が来訪、ネットメディアを取材して月内にも記事にするという。「あんたらマスコミが大政翼賛会的にドドーッと流れるから、うちのようなカウンターメディアの価値が高まるんですよ」という話をした。ザ・ジャーナルもよく読んでいて、特に田中良紹ブログは「あ、こういう見方もあるのか」と非常に参考になると言っている、いい人でしたよ。そのまま主要スタッフ3人とうちのビルの1階の焼き鳥屋で久々の社内会議というか飲み会。我々が持っている食と農の繋がりを基礎に、お取り寄せ可能なグルメ(という言葉は嫌だね。本物の食材を表す何か言葉を見つけないと...)のコーナーを新設しようという話で盛り上がった。

 19時から六本木の豚肉屋で、「丸さん」こと元ソニー・ミュージックエンターテインメント/コンピューターエンターテインメント社長の丸山茂雄さんの快気祝い。突然、食べ物はおろか水も喉を通らなくなる食道癌が顕在化、リンパ腺にも転移している末期症状で、一応、癌センターで放射線治療と抗癌剤投与を受けながらも、医者には内緒で自分で「丸山ワクチン」を注射して直してしまった。何たって、丸山ワクチンを開発した丸山千里博士の長男ですからね。ま、癌になったら丸山ワクチンに限ると私は思っております。

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 丸さんとは4分の1世紀ほどの付き合いで、彼が「プレステ」を開発した時には、当初、ゲームだけではなく社会科学系の教育ソフトを売り出す方針で、私のところで「戦後史」ソフトを制作するということでずいぶんな制作費を頂いて面白い企画を進めたのだが、その方針が中止になってゲーム一本でスタートすることになったので、果たせなかった。80年代末に私が旧ソ連支配下のエストニアの独立運動「歌いながらの革命」支援にのめり込んだころには、首都タリンでの国際ロック・フェスティバルに日本からミュージシャンを派遣するためのスポンサーになって貰って、毎年私が引率して「ボガンボス」とか「東京スカパラダイス」とかのバンドを連れて行った。

 当時、旧ソ連支配下ではコピー機は所有禁止だったが、反ソ独立市民組織の「人民戦線」の幹部(後の大統領)が「コピー機が1台あれば我々の力は10倍になる」と言うので、スカパラの楽器ケースの中にキャノンの小型コピー機を忍ばせて持ち込んで届けたりもした。独立達成後、丸さんが「エストニアってそんなにいいところなのか。俺も一度は行きたいよ」と言うので一緒に行こうということになり、ヘルシンキで一泊して明朝はフェリーで対岸のタリンへという晩に、酔っぱらってパスポートや財布が入ったポシェットをホテル・ロビーのソファーに置き忘れて紛失。在フィンランド日本大使館でパスポートの再発行手続きをする丸さんを埠頭に置き去りにして私らだけフェリーに乗るということもありましたっけ。

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 東京で酔っぱらわざるを得ない時の泊まり先の1つは麻布の「東京さぬき倶楽部」。素泊まり5000円台で駐車場も無料。何より大浴場があるのが有り難い。が、建物はだいぶ老朽化してドアがガタガタいうし、今日の部屋は入った途端に窓際に「救急袋」と書いた巨大なビニール袋が鎮座していて驚愕した。ま、愛すべきホテルです。

4月17日(土)

 早朝、雪のアクアラインを突っ切って帰宅。私らが今年から会員として参加している北釜沼の田植え準備(代掻き)は中止。

4月18日(日)

 終日、資料整理、授業の教材準備、少しだけ薪割り。今年は寒いのでまだストーブを焚いている。今作っている薪は3年後に使う。最低でも1年、理想的には3年、寝かせて完全乾燥させると美しい炎が出るので、閑さえあれば薪小屋に積み増していく。

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泊りがけでビジネスホテルを転々としていた時を思い出します。そんな生活が続くと、ちょっと滅入りますが、それなりに思いでもあります。

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Profile

高野 孟(たかの・はじめ)

-----<経歴>-----

1944年東京生まれ。
1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。
通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。
同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。
80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任し現在に至る。
94年に故・島桂次=元NHK会長と共に(株)ウェブキャスターを設立、日本初のインターネットによる日英両文のオンライン週刊誌『東京万華鏡』を創刊したほか、PC-VAN・NIFTY-Serve・MSN、富士通ブロードキャストその他電子メディアのコンテンツ創造、講談社・小学館・集英社その他出版社のウェブサイト開設、『インサイダー』のメルマガ化、などを次々に手掛け、インターネット・ジャーナリズムの先駆的開拓者と呼ばれた。
現在、それらの経験を活かして、独立系メディアの総合サイト《THE JOURNAL》に取り組んでいる。
2002年に早稲田大学客員教授に就任、「大隈塾」の授業「21世紀日本の構想」、ゼミ「インテリジェンスの技法」、社会人ゼミ「ネクスト・リーダーズ・プログラム」を担当している。

-----<出演>-----

『サンデープロジェクト』
(TV朝日系、日曜10:00~)

『朝まで生テレビ!』
(TV朝日系、最終金曜25時頃~)

『たけしのTVタックル』
(TV朝日系、月曜日21:00~)

『情報ライブ ミヤネ屋』
(読売TV系、月~金曜21時~)

BookMarks

東京万華鏡:TOKYO KALEIDO SCOOP
http://www.smn.co.jp/

INSIDER:インサイダー
http://www.smn.co.jp/insider/

大阪高野塾
http://www.osaka-takano.com/

-----<著書>-----


『滅びゆくアメリカ帝国』
2006年9月、にんげん出版


『ニュースがすぐにわかる世界地図(2006年版)』
2005年、ポスト・サピオムック


『最新・世界地図の読み方』
1999年、講談社現代新書

『情報世界地図 98』
1997年、国際地学協会

『地球市民革命』
1993年、学研

『21世紀への世界時計』
1991年、集英社

『入門世界地図の読み方』
1982年、日本実業出版社

→ブック・こもんず←



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