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2008年10月31日

東京の空がどんな色をしているかご存じですか?

10月の秋晴れのある日、房総半島山中の私の家ではこのように緑が美しい。朝5時に起きてベランダに出て、この枝の下でいい気分で新聞を広げてコーヒーを飲んで、7時にラジオに電話出演してから、10時過ぎに自車で東京へ向かった。

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東京までは1時間少々で、アクアラインを通ってピューッと行ってしまうのだが、この日は途中でトイレに行きたくなって「海ホタル」に寄った。そこで海越えに東京方面を眺めて驚愕した。東京から千葉にかけての空が紫色に染まっていて、何か重苦しいものがのしかかっているように見える。

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望遠で拡大しよう。
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あー、今からこの空気の中に突入していくのか…と暗澹たる気分になった。アクアラインを抜けて羽田から大井南ICで出て空を見回しても、多少濁ってはいるものの、海ホタルから見たような色ではない。東京にいると自分がどんな空の下に生きているのか分からないということだ。どう思います?これ。私は、申し訳ないですが、鴨川に引っ越してつくづくよかったと思いました。▲

2008年10月23日

参天製薬の目薬のWeb広告に出た!

私は原則としてCMには出ないことにしていて、いろいろお話があってもほとんど全部お断りしているのだが、信頼すべき友人から頼まれて、なおかつ自分で使ってみて納得のいくものに関してはお引き受けすることもある。

その1つは、パントロン・ワン(株)が輸入元となっている米国製The Helsinki Formulaのシャンプーとコンディショナーで、これは縁あって同社の木下美智子社長と知り合って「髪を洗うのでなく、頭皮のみならず毛穴の奥の毛嚢に詰まった汚れや脂を取り除いて育毛環境を整える」というコンセプトに同感し、以来10年以上も毎日愛用していて、そのお陰で、昔は悩んだこともあった抜け毛や時折の頭皮の荒れは一切なくなり、また40歳前後からかなり急速に進行し始めた頭頂部の禿も、進行が止まっただけでなく、心なしか回復さえしているように思われる。大いに納得しているので、数年前に同社の新聞などを通じてのキャンペーンに協力した。

パントロン・ワン
/http://www.helsinkiformula.co.jp/

今回は、参天製薬の目薬の新製品「サンテメディカル10」で、これは使ったことはなかったが、仲介役として依頼してきたのが長年の信頼すべき友人であったことに加え、Web上での対談相手が日本最古の民間眼科医院である東京・お茶の水の井上眼科医院の若倉雅登院長であると聞かされ、私は昔、全然別の取材で同医院の創業者である井上一家のことを調べたことがあってまことに興味があったのと、さらには同院長の御著書数冊を拝読して大変面白く共感するところ大でもあったので、喜んでお引き受けした。

この目薬は、特に眼疲労に効く2種類の成分を一般市販用としては基準ギリギリ一杯配合し、その分、値段も小瓶1本1000円を超えるという並みではないコンセプトの商品で、それだけに、1日に下手をすると10数時間もパソコン画面に向かっていたりする私のような者にとってはまことに効果がありそうなのだ。今まで目薬を常用するということはなかった私が、昨今は、原稿書きの合間に気分転換をするために、あるいはTV出演の前に二日酔いでトロンとした目をシャキッとさせるために、これを持ち歩いて愛用している。

参天製薬
http://hitomi-sukoyaka.com/

サンテメディカル10
http://www.sante-medical-10.com/

高野・若倉対談
http://www.sante-medical-10.com/medical10_3/medical10_3_1.htm

2008年10月10日

行って来ましたよ、旭山動物園!

昨夜、「留萌青年大学」で講演があって、終了後に地元JC(青年会議所)の主立った皆さんと深夜まで痛飲。市が“夕張化”しつつある中でも、若手経営者が明るく前向きに新しいビジネスチャンスを作り出している様子を知って励まされた。今朝は早起きして、前々から一度行きたかった旭川市の「旭山動物園」に行った。旭川には何度も行ったことがあり、郊外の「クラークホースガーデン」で野外乗馬を楽しんだことも何度かあるのだが、その頃には動物園は話題にもなっておらず、訪れたことがなかった。近年の評判を聞いて行ってみたいと思っていた上、今年6月には「オオカミの森」が新たにオープン、オオカミ・フリークとしては矢も盾もたまらぬ気持ちになっていたのがようやく実現した。

★旭山動物園:http://www5.city.asahikawa.hokkaido.jp/asahiyamazoo/
★私がオオカミ・フリークなった原因である姜戎の小説『神なるオオカミ』については、本欄今年1月27付を参照。
★クラークホースガーデン:http://www2.odn.ne.jp/clark/

9時半の開演前に正門に着くと、平日だというのに、もう200人からの人が列をなして開園を待っている。子供連れの家族もいるが、むしろ大人やお年寄りの団体や中年男性数人・若い女性数人のグループのほうが目立つ。中国人の個人・団体客も多い。明らかにここが新しい動物園観客層を開拓したことが分かる。

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まずは真っ直ぐに「オオカミの森」へ行く。

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かなりの広さの草山の中に3頭のオオカミがいて、秋田から来た薄茶っぽい1頭は陽当たりのいい土の上で寝ていてすぐに見つかったが、カナダからはるばるやってきた黒っぽい2頭は姿が見えない。ようやく高いところの木の下に寝ているのを見つけたが、眠りこけていて面白くも何ともない。「ちょっとでも動くところを見たいなあ」と思いながらカメラを構えて10分ほども睨みつけていたら、一瞬、目をギロリと開けてこちらを見た。

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危険な目をしている。取り敢えず、それで十分だった。

この「オオカミの森」には、柵で仕切ってエゾシカも飼われている。こういうところがこの動物園の凄いところだ。説明書きにこうある。

「どうしてオオカミとエゾシカ? ほんの100年ほど前の北海道、オオカミとエゾシカは『食物連鎖』の輪の中で、お互いの存在を認め合いながら共存していました。それはどちらかが増えすぎることのない絶妙なバランスを保っていました。食べられる側のエゾシカにとって、捕食者であるオオカミがいるからこそ、エゾシカと森林とのバランスが保たれていたのです。自然の一員であるエゾシカが森林を破壊することはなかったのです。今エゾシカが増えてエゾシカの生活の場である自然をも破壊しつつあります。もちろんオオカミを絶滅させたことだけがエゾシカが増えすぎた原因ではありません。山を切り開き、道路を整備し、草地が増えたこと、冬の厳しさの減少。でもすべて『私たちの生活』が原因です。エゾシカを害獣にしたのは誰なのでしょう…」

「エゾオオカミ絶滅〜北海道の原罪 [共生から敵対へ]明治維新がおき、ちょんまげを捨て、欧米の価値観で近代化の波が押しよせてきました。維新の児湯年1869年、蝦夷地が北海道に改名され、本格的な開拓が始まりました。森は切り開かれ、道路・鉄道・炭坑・工場そして牧場が広がりました。食料・毛皮を求めエゾオオカミも大量に捕獲しました。エゾシカを主食としていたエゾオオカミは牧場の家畜を襲うようになりました。アイヌ民族とは『共生』の関係にあったオオカミは、本州から渡ってきた人間とは利害の対立する『敵対』関係になっていきました。[絶滅へ]政府は1876年から懸賞金をつけてオオカミの駆除を奨励しました。今のお金にすると1頭につき10万円くらいの賞金です。1888年まで続いたこの政策で、記録にあるだけで1500頭あまり、記録にない数も含めると4000頭くらいが殺されたと考えられています。銃や毒薬(ストリキニーネ)を使い駆除されていきました。1879年の大雪でエゾシカの大量餓死も重なり、オオカミは生きるすべを失い、急速に数を減らし、1896年毛皮の取引を最後に記録がなくなり、1900年ころ絶滅しました。[害獣]私たちの生活が『豊か』で『幸せ』になると、オオカミが害獣と呼ばれ、エゾシカが『害獣』と呼ばれるようになりました。私たちはどんな未来を描くのでしょう? 未来に何を残せるのでしょう? もう遠吠えは聞こえない…」

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模造紙にマジックペンで手書きして無造作に壁に貼った説明書きを前にして、この100年間日本人は一体何をしてきたのか、経済合理性ばかりを追い求めて取り返しのつかない道を走ってきたのではないのかと思い惑って、胸が潰れる。こんなふうに子供でも分かる言葉で根源的な思想問題あるいは文明論を問いかけている動物園は、たぶん世界のどこにもない。▲

Profile

高野 孟(たかの・はじめ)

-----<経歴>-----

1944年東京生まれ。
1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。
通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。
同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。
80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任し現在に至る。
94年に故・島桂次=元NHK会長と共に(株)ウェブキャスターを設立、日本初のインターネットによる日英両文のオンライン週刊誌『東京万華鏡』を創刊したほか、PC-VAN・NIFTY-Serve・MSN、富士通ブロードキャストその他電子メディアのコンテンツ創造、講談社・小学館・集英社その他出版社のウェブサイト開設、『インサイダー』のメルマガ化、などを次々に手掛け、インターネット・ジャーナリズムの先駆的開拓者と呼ばれた。
現在、それらの経験を活かして、独立系メディアの総合サイト《THE JOURNAL》に取り組んでいる。
2002年に早稲田大学客員教授に就任、「大隈塾」の授業「21世紀日本の構想」、ゼミ「インテリジェンスの技法」、社会人ゼミ「ネクスト・リーダーズ・プログラム」を担当している。

-----<出演>-----

『サンデープロジェクト』
(TV朝日系、日曜10:00~)

『朝まで生テレビ!』
(TV朝日系、最終金曜25時頃~)

『たけしのTVタックル』
(TV朝日系、月曜日21:00~)

『情報ライブ ミヤネ屋』
(読売TV系、月~金曜21時~)

BookMarks

東京万華鏡:TOKYO KALEIDO SCOOP
http://www.smn.co.jp/

INSIDER:インサイダー
http://www.smn.co.jp/insider/

大阪高野塾
http://www.osaka-takano.com/

-----<著書>-----


『滅びゆくアメリカ帝国』
2006年9月、にんげん出版


『ニュースがすぐにわかる世界地図(2006年版)』
2005年、ポスト・サピオムック


『最新・世界地図の読み方』
1999年、講談社現代新書

『情報世界地図 98』
1997年、国際地学協会

『地球市民革命』
1993年、学研

『21世紀への世界時計』
1991年、集英社

『入門世界地図の読み方』
1982年、日本実業出版社

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