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2008年8月25日

ふるさと回帰フェア、東京で9月に、大阪で10月に!

 NPOふるさと回帰支援センターが主催して毎年、東京・大手町で開かれている「ふるさと回帰フェア」は、今年は9月19、20両日行われ、19日18時からは立松和平(同NPO理事長、作家)の講演と、高野、藤田和芳(大地を守る会会長)、青木辰司(東洋大学教授、グリーンツーリズムネット代表)、島村菜津(ノンフィクション作家)によるパネル討論、20日には養老孟司(解剖学者)、菅原文太(俳優)ほかの講演があり、他に全国42道府県288自治体が参加したふるさと回帰相談コーナーやふるさと産品市場などが開かれます。
furusato1.jpeg

 今年は大阪でも同様の催しが開かれ、こちらは10月4日で、菅原文太ほかの講演があります。

 詳しくは、http://www.furusatokaiki.net/ を参照してください。▲

2008年8月 7日

心斎橋の喫茶店で

大阪で心斎橋あたりに泊まると、朝は新聞の束を抱えて、御堂筋と長堀通の角に周辺のきらびやかさから取り残されたように昭和の匂いを漂わせている喫茶店サザンクロスに行くことが多い。

IMG_0560.JPG

昨日は隣に出勤前のOLが4人いて、全員が目をむきだして手鏡をのぞき込んでマスカラや眉描きに忙しく、「何なんだ、こいつら」と思いつつ毎日新聞を開いてフト川柳欄に目をやると、今日の秀逸は「仕事でも出せよ眉かく集中力」。アハハと思わず声を出して笑ってしまい、OLたちから怪訝の目を向けられた。「お前らのことが新聞に出てるよ」と言ってやろうかと思ったがやめた。化粧が終わると、4人のうち3人までがたばこをふかして、9時50分に店を出て行った。どこへ行くのかなと窓ガラス越しに見ていると、御堂筋の向かいのDior、FENDIなどの看板のあるビルの裏口に入っていった。集中力出して仕事せえよ、姉ちゃんたち。

2008年8月 4日

これで政権喪失を回避できるのか?福田改造人事

takanoron.jpg

福田vs麻生の暗闘に公明党の及び腰が絡む三つ巴

 8月1日発足の改造内閣を福田康夫首相は「安心実現内閣」と命名した。しかしこれは、国民にとっての安心実現とはほど遠く、むしろ福田自身がコケることなく政権を長続きさせて、出来れば来春の解散・総選挙で政権を奪われることを回避したいがための「安全運転内閣」と呼ぶにふさわしい。

●小泉「改革」を捨てていいのか?

 改造人事の特徴の第1は、小泉色の完全払拭である。小泉〜竹中路線の流れを汲む「経済上げ潮=改革継続派」の主唱者である中川秀直を要職に登用せず、それに連なる大田弘子と渡辺喜美は経済財政相と行革担当相から外した。反面、その経済財政相のポストをわざわざ、中川と真っ向対立してきた「消費税増税派」の筆頭=与謝野馨に与え、さらにそれと主張を同じくする伊吹文明前幹事長と谷垣禎一前政調会長を党4役から横滑りさせてそれぞれ財務相と国土交通相に就けた。小泉の郵政改革に反対して一時離党した保利耕輔と野田聖子を法相と消費者行政担当相に引き上げたこととも併せて、「小泉改革路線の否定だとの声も」(2日付読売)でて当然の露骨な反小泉姿勢の表れである。

 与謝野は、小泉内閣の後半でも経済財政相を務めたが、前任者の竹中平蔵が官僚政治打破の砦としてフル活用した経済財政諮問会議の骨抜き化に腐心した。安倍・第1次福田内閣でそのポストを継いだ大田は、竹中時代に戻そうと努めたものの、トップの姿勢が軟弱では孤軍奮闘に陥らざるを得なかった。こういう文脈で与謝野が経済財政相に返り咲いたことで、小泉政治の象徴としての経済財政諮問会議もまた事実上、終わった。

 恐らく福田は、悪いことは全部小泉改革のせいだと言わんばかりの俗論に与しているのだろう。小泉内閣の官房長官を長く務めた福田とにしては奇妙なことではあるが、彼は森第2次内閣で官房長官に就いて、森が小泉に代わっても留任を求められたのであって、「別に小泉に登用されたわけではない」というプライドがあるのかもしれない。福田が父親の秘書官を務めている頃、小泉は福田邸の書生だった。

 しかし、小泉改革が諸悪の根源だというのは、藤原正彦レベルの全くの俗論でしかない。確かに、規制緩和や民営化、市場原理導入のやり方はしばしば乱暴で行きすぎの部分もないではなかったが、その根本趣旨は、明治以来100年を超える発展途上国型の官僚政治の跋扈と正面から対決して、世界第2位の成熟経済大国にふさわしい次の100年の経済・社会の運営のシステムを政治主導で作り出していこうとするところにあった。それが不徹底に終わっていて、景気、物価、税制、福祉、医療、安保など国民生活に直結する難問山積みの中で、そのどれもがいちいち官僚体制の壁に阻まれて、個別バラバラでその場限りの対応策しか打ち出せないでいることが、福田政治の閉塞の原因であって、本当は、「改革」の旗を一層高く掲げて、政治がトータルなビジョンと戦略を示して国民の納得と支持を獲得し、そこで得た力を背景に苔生した官僚体制の壁を打破していくだけの気迫を示さなければならない。それが出来ないからこそ、「福田は何をしようとしているのか見えない」と言われてきたというのに、相変わらず何をしたいのか、政策の方向と優先順位が不明確なままに、実質的には官僚迎合の反改革的人事を行って事足れりとしているところに、福田の限界が露呈している。

 簡単に言って、官僚体制の無能と怠惰を打破しうる人材を要所に配するという考慮の跡が一切感じられないというとの一点で、この内閣は既に落第である。

●麻生は「選挙の顔」になるのか?

 人事の特徴の第2は、麻生太郎の幹事長登用で、これが今回の目玉である。表向きは、どうやっても支持率が上がらず「福田では選挙は戦えない」という声が与党内で広がる中で、国民的人気がある(ということになっている)麻生を取り込んで「選挙の顔」にしようという狙いだが、裏側では、このまま行けば秋にも「福田下ろし」の動きが賑やかになるのは必至で、その時に反福田勢力に担がれる筆頭は麻生なので、予め取り込んでその動きを封じようということだろう。いずれにしても、福田にとっては麻生の取り込み以外に政権を維持し選挙に立ち向かう道筋はなかった。

 麻生にしてみれば、福田政権発足時に「原理が違う」とまで言い切って入閣を拒んだ経緯からして、今さら福田の誘いにホイホイと乗ったのでは面子が立たない。しかし、このまま非主流的立場を貫いて福田に手を貸さなければ、自民党が惨敗して政権を失う公算が大きく、ということは麻生政権の可能性も遠のく。逆に福田の懐に飛び込んでおけば、一方では、福田の評判がますます悪化して総選挙前に禅譲、文字通り麻生の顔を前面に押し出して選挙を戦うという、労せずして「福田下ろし」が成功したのと同じことになるケースも出てくるかもしれず、他方では、そうでなくても幹事長として政策と選挙対策を取り仕切ることで負け方を少なくして、選挙後に自ずと総理の座が転がり込んでくるケースもないではない。

 心が揺れ動く中で、麻生はまず古賀誠選対委員長の権限を削いで幹事長に選挙対策の権限を渡すことを条件として突きつけたが、これは福田内閣発足時に党則を変えてこのポストを「党4役」の1つに付け加えた経緯があって、福田としては到底受け容れられない。そのため幹事長選びは7月31日夕の段階で一時混沌とするが、同夜福田が直接麻生に電話、翌日午前中に両者会談が実現して麻生の受諾が決まった。そこで麻生が何を要求したかは明らかでないが、多分福田は「あなたが頼りだ。好きなようにやってくれ。場合によっては選挙前の禅譲もありうる」くらいのことを言ったのではないか。「麻生氏サイドは事実上の“総理総裁分離”を勝ち取ったと受け止めているようだ」(2日付毎日)というのはそういう意味だろう。

 自民党内のレベルでは、この2人の虚々実々の暗闘的な駆け引きが政局の行方を左右することになる。副次的には、麻生と古賀の関係も難しく、選挙対策の権限をめぐって鞘当てが続くことになろう。

 政権内のレベルでは、これにさらに、連立そのものに及び腰になりつつある公明党の思惑が絡む。公明党としては、ともかく「福田と心中したくない」の一心で、この改造を機に一段と福田と距離を置きつつ、福田でなく麻生による総選挙を早期に実施することで野党転落を避けることは出来ないかと考えている。早期を望むのは、同党が最重視する来年7月都議選との関係で、それより少なくとも3カ月以上前に総選挙を済ませたい思惑があるためで、福田が想定する来年度予算成立後、春の総選挙には断固反対、年内か遅くとも年初の実施を展望している。それに絡むのが秋の臨時国会の会期と来年1月に期限切れを迎えるインド洋での海上自衛隊の給油活動のための特別措置法の扱いで、公明党としては、元々創価学会内でも評判の悪い同法を延長し、しかも選挙直前という時期にまたもや衆院3分の2の再可決という形で強行する姿を晒したくない。そのため、会期は短く同法延長は見送りにしたいが、麻生は「再可決を辞さず」の構えで、こればかりは折り合いがつきそうにいない。

 このあたりを何とか丸く収めようと、福田は今回公明党に、浜四津敏子代表代行の入閣を求め、さらに従来から1つだった同党閣僚ポストを2つにしてもいいとまで媚びたが、同党の反応は冷ややかで、「1つで結構、それも袋叩きに遭いやすい国交相などではなく当たり障りない環境相あたりで」というものだった。福田の「春に総選挙」路線にはついて行けない。麻生で年内総選挙ならOKだが、特措法の扱いでは麻生と折り合えない。さて公明党はどうやって連立を維持しつつ生き残るのか。

 自民・公明両党とも、政権喪失の危機に直面していることが分かりきっていながら、ますます呉越同舟的な連立船に乗り合わさざるを得ず、力を合わせて難局を突破しようという求心力はむしろ弱まっている。その点でもこの人事は不成功である。

●「改革」の本道は民主党政権に受け継がれるのか?

 こうした有様では、内閣支持率も、一度はご祝儀相場で数%上がるかもしれないが、大きく改善することはあるまい。「改革」の本道から遠ざかって、個々の問題にその場しのぎの対応を重ねるばかりでは、とうてい国民に「安心」を与えることは出来ないからである。まさにそこに小沢=民主党のチャンスがある。

 民主党の代表選に対立候補が出るかどうかという問題は依然くすぶってはいるが、私の見るところでは対立候補は出ず、渋々ながらというのも含めて満場一致、小沢再選となる。なぜなら、誰が出ても形の上だけの対立候補となることが決まり切っていて、かえって国民をシラケさせる危険のほうが大きいからである。小選挙区制導入後、12年目にして初めて、選挙を通じて正々堂々と政権交代を実現する可能性が見えている中で、現在の政界では、かつて自民党離脱時に『日本改造計画』を出版して80万部を売った実績のある小沢ほど“骨太”のトータル戦略を描ける人物はいないし、しかも政権を獲ることの面白さも怖さも知り尽くしていて、なおかつ選挙戦術の手練手管を駆使してそれを達成するノウハウを持っている者はいない。彼は極めて問題的な人物ではあるけれども、政権を獲りに行くには彼の凶器性を活用しないという選択は民主党にとってあり得ない。そういう小沢に対する“冷たい合意”はすでに同党内の8〜9割に行き渡っているのではないか。

 小沢の側では、党内の政策面での異論を吸収しつつ一刻も早く改革の大プランをマニフェストとして明らかにして、それをテコに冷たい合意を“熱い合意”に転換することだろう。そこでの勝負は、自民党的政策の部分性・目先性に対して全体性・未来性を対置できるかどうかである。

 例えば、福田が口約束した「道路特別会計の一般財源化」を、財務省の手先のような谷垣新国交相がどう扱うかは既に見えている。ガソリン税の値上げはそのままにして、申し訳程度に無駄な道路計画の見直しを行って、ほぼそっくりの財源を国交省から取り上げて財務省の懐に移すというだけのことだろう。それ対して民主党が対置するものがあるとすれば、ガソリン税の値下げというにどどまらず屋上屋を重ねて複雑怪奇になっている自動車関連税制全般の見直しと再編を踏まえて、道路計画についても新たな明確な基準で抜本的な見直しを行って、しかもその財源を財務省には手渡さずに直接に地方に分配して、この面からも地方分権を一層促進する、といった方策であろう。すべての政策課題を、そのように、当面の弥縫策の積み重ねから解き放ち、官僚体制と対決して抜本的な改革に繋げていくように提起すること。それによって民主党は、福田政治の限界はもちろんのこと、小泉政治の限界をも突破して、本当に国民に安心を与えるとはどういうことかを提案することが出来る。

 秋の政局を通じて自民党政治はあいかわらずゴタゴタ続きとなるが、その時に民主党もまたモタモタしていたのでは、来るべき総選挙で国民は何を選択すればいいのか相変わらず分からないことになる。福田はやっぱり自分を変えられなかった。さて、小沢は本当に自分を変えられるのだろうか。(この記事は8月2日付インサイダーから転載しました)▲

Profile

高野 孟(たかの・はじめ)

-----<経歴>-----

1944年東京生まれ。
1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。
通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。
同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。
80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任し現在に至る。
94年に故・島桂次=元NHK会長と共に(株)ウェブキャスターを設立、日本初のインターネットによる日英両文のオンライン週刊誌『東京万華鏡』を創刊したほか、PC-VAN・NIFTY-Serve・MSN、富士通ブロードキャストその他電子メディアのコンテンツ創造、講談社・小学館・集英社その他出版社のウェブサイト開設、『インサイダー』のメルマガ化、などを次々に手掛け、インターネット・ジャーナリズムの先駆的開拓者と呼ばれた。
現在、それらの経験を活かして、独立系メディアの総合サイト《THE JOURNAL》に取り組んでいる。
2002年に早稲田大学客員教授に就任、「大隈塾」の授業「21世紀日本の構想」、ゼミ「インテリジェンスの技法」、社会人ゼミ「ネクスト・リーダーズ・プログラム」を担当している。

-----<出演>-----

『サンデープロジェクト』
(TV朝日系、日曜10:00~)

『朝まで生テレビ!』
(TV朝日系、最終金曜25時頃~)

『たけしのTVタックル』
(TV朝日系、月曜日21:00~)

『情報ライブ ミヤネ屋』
(読売TV系、月~金曜21時~)

BookMarks

東京万華鏡:TOKYO KALEIDO SCOOP
http://www.smn.co.jp/

INSIDER:インサイダー
http://www.smn.co.jp/insider/

大阪高野塾
http://www.osaka-takano.com/

-----<著書>-----


『滅びゆくアメリカ帝国』
2006年9月、にんげん出版


『ニュースがすぐにわかる世界地図(2006年版)』
2005年、ポスト・サピオムック


『最新・世界地図の読み方』
1999年、講談社現代新書

『情報世界地図 98』
1997年、国際地学協会

『地球市民革命』
1993年、学研

『21世紀への世界時計』
1991年、集英社

『入門世界地図の読み方』
1982年、日本実業出版社

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