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20日のサンプロの「農業」議論:整理が必要だ!

20日のサンプロでは、最初の「民主党代表選挙」にからむ議論で、山岡賢次=同党国会対策委員長の「すべての農家に所得補償を」という同党政策についての発言に対して、財部誠一が「バラマキだ。社会主義に戻るのか」と批判し、「この後の特集を見て下さいよ」と言った。後の特集とは、財部がリポーターを務めた「農業」シリーズ第2弾「日本農家はドバイを目指す!」で、そこでは農水省に頼らず自力で農産物の海外輸出の道を切り開くたくましい農家集団の姿が描かれていた。これはこれで誠に面白かったのだが、このように自立した農業経営者が出てきているのに、やる気のない非効率的な零細農家まで所得補償で救済しようとするのはバラマキだというのは、財部が少々荒っぽすぎる。

第1に、政府が品目ごとの公定価格で農産物を買い上げる価格保証の補助金制度は、確かに一律平等の社会主義的=反市場原理的なバラマキ政策で、農家の経営努力へのインセンティブを押し殺す役目さえ果たしてきたが、それに替わるものとしてEUも米国も10年以上前から導入しつつある所得補償制度は、それとはむしろ原理的に正反対で、基本的にはWTOの農業自由化の流れに沿って農業を市場原理に委ねつつも、しかし農業は本質的に市場原理に馴染まない特殊性があるため、その部分を公的に(税金などで)支えることで農業の市場原理への適合を促そうとするところに狙いがある。日本では、07年度から「品目横断的経営安定対策」なるものが実施され、これは(1)従来の品目別のマル公価格による買い上げを止めて、(2)個別農家の場合4ヘクタール(北海道は10ヘクタール)、集団営農組織の場合20ヘクタール以上の規模を持つ“担い手”に対象を絞って、(3)過去5年間の米、麦、大豆(北海道の場合は甜菜と馬鈴薯を含む)を合わせた標準収入(実際には両極端を除いた3年分の平均)より収入が下回った場合に、下回った額の9割を国や生産者積立金から個別の農家に直接支払う——というもので、一応は、一律価格保証から個別所得補償へという世界的トレンドに沿った転換ではある。両者の違いを知らずして所得補償制度を過去と同じバラマキ政策として批判するのは、初歩的な間違いである。

第2に、農業が本質的に市場原理に馴染まない特殊性とは、(1)農業は天候に左右されることが甚だしく、僅かな生産量の増減がレバレッジ的に大きな価格変動をもたらす(例えば前年比10%の収穫増が40%の価格下落を引き起こす)ことが日常茶飯で、工業と違って合理的な経営計画が立ちにくい、(2)平地の大規模経営と山岳地帯(日本で言う中山間地)の小規模農家との経営環境の違いが大きすぎて、同じ競争条件で市場に立ち向かうことは不可能である、(3)しかし山岳・中山間地の小規模農家は、農業のみならず水系の保全、土壌の維持、森林の保護など自然環境の保護でも重要な役割を担っており、それなくしては実は平地の大規模農業のインフラも確保できない——などである。これらの経済合理性だけでは割り切れない農業の特殊性を無視して、零細農家を一律に「やる気がない」などと決めつけて簡単に切り捨てようとするところに、財界や経済財政諮問会議や日経新聞などによる農業論の欠陥がある。

 昨年9月に『日経ビジネス』に掲載されて議論を呼んだ神門善久・明治学院大学教授のインタビュー「農家切り捨て論のウソ」は、そのような言説の典型だった。

「「零細農家、切り捨て」などという論議は、農業問題に長年取り組んできた私のような立場からすれば、ちゃんちゃらおかしい話です。第一、あれは大衆迎合的なマスコミが作り上げた“お涙頂戴”のストーリーでしょう。そんなマスコミのストーリーに政党が便乗しているだけです。零細農家が切り捨てられるなんてことはあり得ません」

「マスコミは「零細農家イコール弱者」のような形で描きたがりますが、現実には彼らほど恵まれた人たちはいない。農地の固定資産税が軽減されているうえに、相続税もほとんどかかりません。たとえ“耕作放棄”をしていてもですよ。そのうえ、農地を売却すれば大金を手にできる。「田んぼ1枚売って何千万円も儲けた」なんていう話はザラにある。しかも、そうした農地の多くは敗戦後の米国主導の“農地解放”を通じて国からもらったようなものです。濡れ手で粟なんですよ」

 この人が本当に「農業問題に長年取り組んできた」のかどうかは疑わしい。農地を売れば大金を手に出来るなどというのは都市近郊のごく限られた地域の話で、ほとんどの中山間地ではそんなことはあり得ない。現に東京から車で1時間半弱の鴨川市の私の家の近所では、ある農家が「宅地・建物を1500万円で買ってくれれば5反歩の田んぼをタダで付けてあげる。ただし、その田んぼを維持してくれる人に限る」と言って売りに出している。宅地・建物だけでその値段はまあ妥当なので、農地の値段などタダ同然ということになる。そこまで中山間地は切迫している。彼はまた言う。

「最近、「仕事がなくて生活に行き詰まり、一家心中した」という悲惨なニュースを耳にしますが、あれは都市部の話です。「農業に行き詰まり、生活苦のために零細農家が一家心中した」などという話は聞いたことがありません。零細農家には切迫感がないのです」

「いいですか、日本の零細農家の大半が兼業農家なんですよ。兼業農家の全所得に占める農業所得がどのぐらいか知っていますか。たった15%程度ですよ。兼業農家の家計収入の大半は、世帯主らが役所や企業などで働いて得る、いわゆる“サラリーマン収入”なんです。だから、本当は彼らのことを兼業農家ではなく、“農地持ちサラリーマン”と呼んだ方がよいのかもしれません。繰り返しますが、彼らは農家と称しながら、実は農業所得に依存していない。ハナから農業所得なんか家計の当てにしていませんよ。なのに、そこに国が所得補償するのはおかしい」

 農家が生活苦で自殺することが少ないのは、自分らで食い物を作っているからだし、またいざとなれば村のコミュニティが支える共助システムが働く余地が残っているからである。彼らこそがむしろ人間本来の暮らし方を保っていることを尊敬こそすれ侮蔑するべきでない。また兼業農家は、兼業することで辛うじて農業の底辺を守り耕作地の減少と自給率の低下を食い止めているのであり、兼業だから裕福で農業には真面目に取り組まない不逞の輩だとどうして決めつけることが出来るのか。むしろ長い日本の歴史の中で、農業はほとんどが兼業で営まれてきた——というよりも、どんな職業の人も何らかの程度田畑を持ったり関わったりして自給的な生活をしていた事実を無視して、戦後農政が愚かにも専業化・効率化・大規模化を闇雲に推進してきたことが日本の農業を破滅に導いたのであり、それへの反省から新農基法によって農村社会のあり方や環境問題も視野に入れた方向に転換しようとしていた矢先に小泉流市場原理主義に基づく経済財政諮問会議の路線が出てきて、この人のように零細・兼業農家そのものを否定するかの暴論が出てきて、農水省もそれに引きずられることになった。

第3に、その上で、欧米と日本との違いにも着目しなければならない。欧米では、日本に比べて遙かに農業経営の大規模化・効率化が進んでいる状況下で、補助金制度から所得補償制度への転換が行われた。ところが日本では、国土全体で中山間地が69%を占めており、農地の42%も中山間地にある。平地では、1haの農地を10倍に規模拡大すればその通りとは言えないまでも相当の効率化が望めるが、中山間地では10倍に拡大しても効率はほとんど変わらない。その条件下では、株式会社などへの農業への参入を自由化したところで、株式会社は平地には関心を持つが中山間地には関心を持たない。また農家自身による集団営農も、とりわけ中山間地においてはかなり難しい。そこで農水省は、4ヘクタール、集団営農10ヘクタール以上でないと所得補償の対象となる“担い手”に値しないという線引きを行ったのだが、ではそれ以下の農家はどうするのかについては全く考慮せず、集団営農に踏み切らないなら絶滅しても仕方がないという態度である。これは、農水省自ら新農基法の根本趣旨に反していることを意味していて、上にも述べたように、農水省が経済財政諮問会議の路線に引きずられた結果と言える。

問題は、次のように整理されるべきだろう。

第1に、所得補償制度が旧来の補助金バラマキとは違って、市場価格との不可避的な乖離を補償することで農業の市場原理への適合を促すところに眼目があることをはっきりと認識すべきである。経済財政諮問会議の路線の立つ人たちはこのことさえ分かっていない。

第2に、では日本の所得補償制度としての「品目横断的経営安定対策」は妥当なものかと言えばそうではなく、とりわけ「4ヘクタール」と足切りをしたことの是非が論争の中心問題で、自民党=農水省と民主党の意見の違いは主としてこのことに関わっている。その上で、補償はなぜ10割でなく9割なのか、対象品目がなぜ3品目のみなのか、なども大いに議論の対象となりうる。農水省はこのことをよく整理でていない。

第3に、食をめぐる諸問題の解決を図る上で、日本の耕地の4割を占める中有山間地とそれを担う零細・兼業をどうするのかこそが中心的な政策テーマとならなければならない。専業化・効率化・大規模化は、それが出来る地域では徹底的に追求されるべき経済政策ではあるけれども、それだけで日本の食と農が抱えるずべての問題を解決できると思うのは大錯覚である。農水省はこのことをよく分かっていない。▲

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コメント (2)

地球主義的芸術生活には不可欠な自給自足・自然農法をしていれば税金その他タダにしてもらわないと真の意味の芸術生活が成立しない だって今の制度ではコマーシャリズムに乗せないとお金に変換しないもの、 
真の芸術家だ! 要求する国家よ俺の税金タダにせよ!

 おっしゃるとおりです。何かと日本は、中山間地が69%を占めており、農地の42%も中山間地にあるとか、いかにも元来ビハインドがあるような風潮、得意の悲観論がまかり通っておりますが、アメリカ、オーストラリアは土地は平坦で広大でも水の問題で苦しんでいます。
 東アジアモンスーン帯にあって、水の心配はいらない、四季がある、作ろうと思えば大抵のものは作れる、これほど恵まれた国が、自給することを怠り、円にものを言わせて世界の食料負荷となる、温暖化、異常気象が現実化してしている中で、日本の可能性をもう一度考えなおさなければならないと思います。

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Profile

高野 孟(たかの・はじめ)

-----<経歴>-----

1944年東京生まれ。
1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。
通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。
同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。
80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任し現在に至る。
94年に故・島桂次=元NHK会長と共に(株)ウェブキャスターを設立、日本初のインターネットによる日英両文のオンライン週刊誌『東京万華鏡』を創刊したほか、PC-VAN・NIFTY-Serve・MSN、富士通ブロードキャストその他電子メディアのコンテンツ創造、講談社・小学館・集英社その他出版社のウェブサイト開設、『インサイダー』のメルマガ化、などを次々に手掛け、インターネット・ジャーナリズムの先駆的開拓者と呼ばれた。
現在、それらの経験を活かして、独立系メディアの総合サイト《THE JOURNAL》に取り組んでいる。
2002年に早稲田大学客員教授に就任、「大隈塾」の授業「21世紀日本の構想」、ゼミ「インテリジェンスの技法」、社会人ゼミ「ネクスト・リーダーズ・プログラム」を担当している。

-----<出演>-----

『サンデープロジェクト』
(TV朝日系、日曜10:00~)

『朝まで生テレビ!』
(TV朝日系、最終金曜25時頃~)

『たけしのTVタックル』
(TV朝日系、月曜日21:00~)

『情報ライブ ミヤネ屋』
(読売TV系、月~金曜21時~)

BookMarks

東京万華鏡:TOKYO KALEIDO SCOOP
http://www.smn.co.jp/

INSIDER:インサイダー
http://www.smn.co.jp/insider/

大阪高野塾
http://www.osaka-takano.com/

-----<著書>-----


『滅びゆくアメリカ帝国』
2006年9月、にんげん出版


『ニュースがすぐにわかる世界地図(2006年版)』
2005年、ポスト・サピオムック


『最新・世界地図の読み方』
1999年、講談社現代新書

『情報世界地図 98』
1997年、国際地学協会

『地球市民革命』
1993年、学研

『21世紀への世界時計』
1991年、集英社

『入門世界地図の読み方』
1982年、日本実業出版社

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