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2008年7月27日

鞄の中身(4) スイス・アーミーナイフ

鞄の中身(4) Tiffuny Sterling Silver Swiss Army Knife

ナイフマニアで、いろいろな目的別に和洋数十種類ものナイフを持っているが、旅に出るときは、これはいささか自慢のTiffany特注の柄が銀張りのVICTORINOXのスイスチャンプ(31ツールのモデル)を必ず持ち歩く。「ティファニーで朝食を」のティファニーの優雅とスイス・アーミーナイフの無骨という取り合わせが面白くて、もう20年も前になるだろうか、ロサンゼルス・ダウンタウンのティファニーの店で200ドル強で衝動買いして、別途に買った黒革のケースに入れて世界中を一緒に旅してきた。VICTORINOXのカタログを見る限り、今は販売していないようで、たまにeBayなどのオークションに出てくることもあるが、まあ貴重品と言える。

tiffany2.GIF

銀張りの柄にはVICTORINOXの十字マークが刻印してあり、反対側に小さな文字で「TIFFANY & Co./925+750/STER+18K」というクレジットが入っている。数字の意味は不明だが、STER +18は純銀度18を表している。閉じた長さ91センチ、横幅32ミリ、重さ198グラム、メイン・ブレードの刃体長は標準の69ミリだったが、7〜8年前に北海道で乗馬キャンプ旅行をしたときに酷使して先を折ってしまい、家に帰ってから自分でグラインダーをかけて応急措置をしたので、長さが6ミリほど短く、形も不格好になった。

日本の銃刀法では、刃体長60ミリ以上の刃物を理由なく持ち歩いてはいけないことになっていて、飛行機に乗るときの検査もそれに準じている(9・11直後の一時期はすべての刃物がダメだった)。私のTiffunyナイフは63ミリほどなので、飛行機の手荷物には持ち込めない。海外旅行の時には預けるトランクに入れておけばいいのだが、国内旅行の時には預ける荷物がないので必ず引っかかる。それで、国内で飛行機に乗る時にはこれではなく、別のもっと刃体長の大きな単体ナイフを或る特別な方法でバッグに忍ばせる。これは一度も検査に引っかかったことがないが、その方法は公開する訳にはいかない。

私のスイスチャンプの31ツールは次の通り。

01 ラージブレード(丈夫で切れ味のいいメインのナイフ)
02 スモールブレード(細かい作業に適した小刃)
03 マイナスドライバー小(缶切りの先にあり、プラスドライバーとしても使える)
04 缶切り(押し切り型で、オレンジなどの皮むきにも使える)
05 栓抜き
06 マイナスドライバー大(栓抜きの先にあり、90度に曲げて狭い場所でも使える)
07 ワイヤストリッパー(栓抜きの根元の溝で電気コードの被覆を剥がす)
08 リーマー=穴開け(木や革に穴を開ける錐)
09 ソーイングアイ=糸穴(リーマーの中程の穴に糸を通して革やテントを縫う)
10 コルク栓抜き(コルク栓を開けるほか堅くなった紐の結び目を解くのに使う)
11 キー・リング(携帯用に紐を通す)
12 ピンセット(とげ抜き、毛抜き)
13 ツースピック(爪楊枝)
14 はさみ
15 マルチフック(缶のプルを起こすなど、引っかける作業に)
16 ノコギリ(押しても引いても切れる)
17 うろこ落とし(波状の歯を使って魚のうろこを取る)
18 はり外し(うろこ落としの先端のU字の溝で魚の喉から釣り針を外す)
19 スケール(うろこ落としの背側に目盛りがあり、釣った魚を計る)
20 爪やすり
21 金属やすり(同じやすりを金属やすりとしても使う)
22 爪そうじ(やすりの先端で爪の間に入った汚れを取る)
23 金属ノコギリ(やすりの下面に歯が付いている)
24 精密ドライバー(電気配線などの工作に)
25 ノミ(木工用のノミで、狭い溝などの掃除にも使える)
26 プライヤー(ボルトやナットを回す)
27 ワイヤカッター(プライヤーの根元でワイヤを切る)
28 プラスドライバー(90度に曲げても使える)
29 ルーペ
30 ボールペン(上向きにしても書けるスペース仕様)
31 眼鏡ドライバー(コルク栓抜きの中に収納されている極小ドライバー)

スイスチャンプの現行モデルは、このほか、プライヤーの柄に付属する端子潰しの機能と、本体から引き出して使う細いピンが加わって、計33ツール。プラスチック柄で色が赤、黒、青、白の4種類のほか、柄に時計が付いた替わりにピンセットと端子潰しがない32ツールのタイプの計5種類がある。このほか、「スペシャル」シリーズの中に、スイスチャンプ・シェル(柄が真珠母貝)、同スタッグ(鹿角)、同バッファロー(水牛角)、同ウッド(ローズウッド)があり、標準型と比べて端子潰し、ポールペン、ピンがない30ツールで、柄に凝っているだけ値段が高い。私が持っているTiffanyの銀製は、このスペシャルの別バージョンだと思われるが、スペシャルと比べるとボールペンが付いていて1ツール多い。

スイス・アーミーナイフには、VICTORINOXと、もう1つWENGER(ヴェンガー──日本では英語訛りでウェンガーと呼ばれるが、ドイツ語読みならヴェでしょう)がある。

VICTORINOXは、それまでスイスのナイフ市場が欧州最大の刃物産地ゾーリンゲンを中心とするドイツのメーカーによって支配されていた中で、スイスのシュヴィッツという小村で帽子職人の四男坊に生まれたカール・エルズナーがドイツとフランスで修行したあとワークショップを開いたのが始まりの、この国最初の本格的なナイフ・メーカーである。1890年にスイス陸軍が、新型のライフルのメンテナンスに必要なツールを備えた多目的ナイフを兵士に持たせることを決めると、アイズナーはこれに果敢に挑戦して4つのツールを持つ最初の「ソルジャーズ・ナイフ」を開発し、見事に制式の認定を得た。やがてそれをベースに、6つのツールを持つ将校用の「オフィサーズ・ナイフ」を製作したが、これは軍に制式採用されなかったので、同社は特許を確立した上で一般用として売り出した。これが、今日まで同社が世界中に送り出してきた数百種類のモデルの原型となった。VICTORINOXという社名=ブランド名は、アイズナーの母親の名Victoraと、同社が使っているステンレススチールの呼び名INOXを合わせたものである。今のVICTORINOXの社長は3代目カール・エルズナーである。

ところでアーミーナイフの受注に成功したアイズナーは、自社だけでは供給が追いつかないため、スイス各地の刃物職人37人を糾合して「スイス刃物業組合」を結成して彼らに下請けをさせた。その中から独立してスイスで2番目のナイフ・メーカーとなったのがWENGERで、1897年にテオドール・ウェンガーという人物が社長に就いたのでそれが社名になった。どちらも、スイス陸軍制式品であることを示すスイス国旗の十字章を柄にデザインすることを許されており、いろいろ変遷があるが、現在は、やや縦に長く下部が尖っている中に十字があるのがVICTORINOX、やや丸みを帯びた正方形の中に十字があるのがWENGERである。

TiffanyはWENGERにも特注デザインのナイフを作らせていて、これは9ツールのTravellerというモデルと機能は同じだが、柄がプラスチックでなく、厚く丸みのあるステンレスのメタリックなデザインの珍しいもので、十字マークはなく、代わりに柄の裏側に「TIFFANY & Co./SWISS MADE」と刻印がある。これは確か十数年前にニューヨークで買ったが、上記の銀製VICTORINOXを持ち歩くことが多いので、ほとんど自宅待機させられている。これもたぶん今は販売していないと思われる。

wenger.GIF

同じ多目的ツールでも全く趣が違うのは、米国Leatherman(レザーマン)の多機能プライヤーで、もちろんナイフも付いているが、メインはあくまで折り畳みのプライヤーで、その柄の中にいろいろな道具が組み込まれているコンパクト工具である。まさに英語のツールとはこのことである。

ティム・レザーマンという青年が1975年に欧州を貧乏旅行した時に、旅の行く先々でボロ車を直さなければならなかったが、道具がなくて困った。車で旅行するのに必要な道具類を最もコンパクトな格好で持ち歩くにはどうしたらいいかを考えながら帰国した彼は、すぐにガレージに閉じこもって自分の理想の道具作りに取りかかった。8年間を費やしてようやく最初のモデルである「ポケット・サバイバル・ツール(PST)」が完成し、彼は1983年に友人とともに会社を設立した。このいかにも米国人好みの機能一本槍の道具はたちまち人気を博し、世界ブランドにのし上がった。「1つの道具、数千の使い方」がキャッチフレーズである。

以後、MICRA、MINI-TOOL、SLIDECLIP、PST-II、SUPER TOOLなどのモデルが出てその都度改良が施されてきたが、創立15周年を記念して98年に出された最新の中心モデルは「WAVE」で、閉じた状態で長さ100ミリ、開いてプライヤーの形にした長さ160ミリで、17ツールの組み合わせ、重さ216グラム、メイン・ブレードの刃体長75ミリである。革ケース付きで米国内の実価60~70ドル、これが日本の専門店の正価(?)で2万円、実価1万5000円程度(これに限らず輸入刃物の価格はデタラメで、本国に行くかオンライン通販で買うと大体半分から3分の1で買える!)。95年の前モデルSUPER TOOLと比べると、機能はほとんど変わらないが(電工用クリンパーがなくなって鋏が付いた)、重さもサイズも一回り小さくなっている。特徴は、

(1)ハンドルを開かない状態でその両側からメインブレード、波刃ナイフ、鋸、ヤスリの4つのブレードを出すことが出来る、

(2)ナイフと波形ナイフは片手で開くことが出来る、

(3)その4枚とも独立した機構で完全にロックされる(PSTまではロックが不完全でその点ではGerberに遅れをとっていた)、

(4)プライヤーにしたときにハンドルが角張っていて長く使うと手が痛くなったが、丸みが付けられて握りやすくなった、など。

開くと全長16センチの使いやすい大きさのプライヤーになり、プライヤーの根元にはワイヤカッターとワイヤストリッパーが付いている。柄の内側からは、大小4種類のマイナスドライバー、プラスドライバー、缶切り・栓抜き、鋏、携帯用の紐を通すための小穴など小道具が出てくる仕掛けである。さらに別売の「アダプター・セット」(7000円、実価5000円程度)を買えば、6種類の電工用ヘックスドライバーのビットを装着できる。

leatherman.GIF

PSTの大流行のあと、iいくつものメーカーが似たようなものを出しているが、機能美と種類の豊富さではやはり本家のLeathermanに軍配が上がるだろう。私は米国在住の知人からプレゼントに頂いた皮ケース入りのWAVEを、以前はいつも車のグローブボックスに放り込んでいたが、鴨川で田舎暮らしを始めてからは、朝起きるとまずこれを腰に着けて行動し始めることが多い。

[参考]
●平山陽一『ツールナイフのすべて』(並木書房、1998年)
◆VICTORINOX JAPAN(http://www.victorinox.co.jp/)
◆VICTORINOX SWISS(http://www.victorinox.ch/)=英語
◆WENGER(http://www.wengerna.com/)=英語
◆LEATHERMAN(http://www.leatherman.com/)=英語

★この記事は、高野個人HPの「道具」→「ナイフと小刀」欄の記事を改訂・要約しました。

2008年7月26日

鞄の中身(3) ヘッドフォン

鞄の中身(2) ヘッドフォン BOSE/QuietComfort 3

QC.jpg

移動が多い生活の中で欠かすことのできないのが、ノイズ・キャンセリング機能の付いたヘッドフォンである。ノイズ・キャンセリングというのは要するに、ヘッドフォン内で再生音と雑音を区別して感知し、雑音だけを打ち消すような逆位相の音波を送り出して再生音を際だたせる技術である。飛行機や列車の中では、音楽を聴いたり、上映される映画を見たり、パソコンでDVDやCDを再生したりすることが多いし、私はやらないがゲーム機で遊ぶ人もいる。そういう時に普通のヘッドフォンでは、ゴォーッという飛行機や列車の轟音や車内アナウンスや周りの話し声などが気になって仕方がない。そういう時にこれがあると、騒音をほとんど気にならないレベルにまでカットしてくれる(が、安全上の考慮から緊急放送やスチュワーデス等の呼びかけが耳に入らないほどにはカットしない)ので、リラックスしてゆっくり眠りについたり、原稿書きの仕事に集中したりする、自分だけの快適な空間を確保することが可能になる。音楽も要らないという時はノイズキャンセリング機能だけを利用することもできる。

このようなものを製品化した先駆者は米BOSE社で、最初は戦闘機のパイロットやF1レーサーなどプロ用にこの技術を開発、やがて一般向けのヘッドフォンとしてQuietComfortを売り出した。私は10年ほど前からだろうか、初代のQuietComfortを愛用してきたが、それも次世代のQuietComfort2も、耳をスッポリ覆う形になっているためかなりの大きさになり、持ち運ぶのがおっくうになる場合がある。ところが数年前に売り出された第3世代のQuietComfort3は、耳の上から乗せるだけの大きさなのに、前世代と同じかそれ以上にノイズカットの能力に優れていて、持ち運びもほとんど気にならない。QuietComfort2も3も4万円台というビックリするような値段だが、それだけの価値はある優れものである。

日本の各家電メーカーなども追随していろいろな製品を出していて、ソニーのMDR-NC50がBOSEの半額程度だったので買って試したこともあるけれども、正直言って性能的に話にならない。BOSEに限ります。▲

2008年7月22日

20日のサンプロの「農業」議論:整理が必要だ!

20日のサンプロでは、最初の「民主党代表選挙」にからむ議論で、山岡賢次=同党国会対策委員長の「すべての農家に所得補償を」という同党政策についての発言に対して、財部誠一が「バラマキだ。社会主義に戻るのか」と批判し、「この後の特集を見て下さいよ」と言った。後の特集とは、財部がリポーターを務めた「農業」シリーズ第2弾「日本農家はドバイを目指す!」で、そこでは農水省に頼らず自力で農産物の海外輸出の道を切り開くたくましい農家集団の姿が描かれていた。これはこれで誠に面白かったのだが、このように自立した農業経営者が出てきているのに、やる気のない非効率的な零細農家まで所得補償で救済しようとするのはバラマキだというのは、財部が少々荒っぽすぎる。

第1に、政府が品目ごとの公定価格で農産物を買い上げる価格保証の補助金制度は、確かに一律平等の社会主義的=反市場原理的なバラマキ政策で、農家の経営努力へのインセンティブを押し殺す役目さえ果たしてきたが、それに替わるものとしてEUも米国も10年以上前から導入しつつある所得補償制度は、それとはむしろ原理的に正反対で、基本的にはWTOの農業自由化の流れに沿って農業を市場原理に委ねつつも、しかし農業は本質的に市場原理に馴染まない特殊性があるため、その部分を公的に(税金などで)支えることで農業の市場原理への適合を促そうとするところに狙いがある。日本では、07年度から「品目横断的経営安定対策」なるものが実施され、これは(1)従来の品目別のマル公価格による買い上げを止めて、(2)個別農家の場合4ヘクタール(北海道は10ヘクタール)、集団営農組織の場合20ヘクタール以上の規模を持つ“担い手”に対象を絞って、(3)過去5年間の米、麦、大豆(北海道の場合は甜菜と馬鈴薯を含む)を合わせた標準収入(実際には両極端を除いた3年分の平均)より収入が下回った場合に、下回った額の9割を国や生産者積立金から個別の農家に直接支払う——というもので、一応は、一律価格保証から個別所得補償へという世界的トレンドに沿った転換ではある。両者の違いを知らずして所得補償制度を過去と同じバラマキ政策として批判するのは、初歩的な間違いである。

第2に、農業が本質的に市場原理に馴染まない特殊性とは、(1)農業は天候に左右されることが甚だしく、僅かな生産量の増減がレバレッジ的に大きな価格変動をもたらす(例えば前年比10%の収穫増が40%の価格下落を引き起こす)ことが日常茶飯で、工業と違って合理的な経営計画が立ちにくい、(2)平地の大規模経営と山岳地帯(日本で言う中山間地)の小規模農家との経営環境の違いが大きすぎて、同じ競争条件で市場に立ち向かうことは不可能である、(3)しかし山岳・中山間地の小規模農家は、農業のみならず水系の保全、土壌の維持、森林の保護など自然環境の保護でも重要な役割を担っており、それなくしては実は平地の大規模農業のインフラも確保できない——などである。これらの経済合理性だけでは割り切れない農業の特殊性を無視して、零細農家を一律に「やる気がない」などと決めつけて簡単に切り捨てようとするところに、財界や経済財政諮問会議や日経新聞などによる農業論の欠陥がある。

 昨年9月に『日経ビジネス』に掲載されて議論を呼んだ神門善久・明治学院大学教授のインタビュー「農家切り捨て論のウソ」は、そのような言説の典型だった。

「「零細農家、切り捨て」などという論議は、農業問題に長年取り組んできた私のような立場からすれば、ちゃんちゃらおかしい話です。第一、あれは大衆迎合的なマスコミが作り上げた“お涙頂戴”のストーリーでしょう。そんなマスコミのストーリーに政党が便乗しているだけです。零細農家が切り捨てられるなんてことはあり得ません」

「マスコミは「零細農家イコール弱者」のような形で描きたがりますが、現実には彼らほど恵まれた人たちはいない。農地の固定資産税が軽減されているうえに、相続税もほとんどかかりません。たとえ“耕作放棄”をしていてもですよ。そのうえ、農地を売却すれば大金を手にできる。「田んぼ1枚売って何千万円も儲けた」なんていう話はザラにある。しかも、そうした農地の多くは敗戦後の米国主導の“農地解放”を通じて国からもらったようなものです。濡れ手で粟なんですよ」

 この人が本当に「農業問題に長年取り組んできた」のかどうかは疑わしい。農地を売れば大金を手に出来るなどというのは都市近郊のごく限られた地域の話で、ほとんどの中山間地ではそんなことはあり得ない。現に東京から車で1時間半弱の鴨川市の私の家の近所では、ある農家が「宅地・建物を1500万円で買ってくれれば5反歩の田んぼをタダで付けてあげる。ただし、その田んぼを維持してくれる人に限る」と言って売りに出している。宅地・建物だけでその値段はまあ妥当なので、農地の値段などタダ同然ということになる。そこまで中山間地は切迫している。彼はまた言う。

「最近、「仕事がなくて生活に行き詰まり、一家心中した」という悲惨なニュースを耳にしますが、あれは都市部の話です。「農業に行き詰まり、生活苦のために零細農家が一家心中した」などという話は聞いたことがありません。零細農家には切迫感がないのです」

「いいですか、日本の零細農家の大半が兼業農家なんですよ。兼業農家の全所得に占める農業所得がどのぐらいか知っていますか。たった15%程度ですよ。兼業農家の家計収入の大半は、世帯主らが役所や企業などで働いて得る、いわゆる“サラリーマン収入”なんです。だから、本当は彼らのことを兼業農家ではなく、“農地持ちサラリーマン”と呼んだ方がよいのかもしれません。繰り返しますが、彼らは農家と称しながら、実は農業所得に依存していない。ハナから農業所得なんか家計の当てにしていませんよ。なのに、そこに国が所得補償するのはおかしい」

 農家が生活苦で自殺することが少ないのは、自分らで食い物を作っているからだし、またいざとなれば村のコミュニティが支える共助システムが働く余地が残っているからである。彼らこそがむしろ人間本来の暮らし方を保っていることを尊敬こそすれ侮蔑するべきでない。また兼業農家は、兼業することで辛うじて農業の底辺を守り耕作地の減少と自給率の低下を食い止めているのであり、兼業だから裕福で農業には真面目に取り組まない不逞の輩だとどうして決めつけることが出来るのか。むしろ長い日本の歴史の中で、農業はほとんどが兼業で営まれてきた——というよりも、どんな職業の人も何らかの程度田畑を持ったり関わったりして自給的な生活をしていた事実を無視して、戦後農政が愚かにも専業化・効率化・大規模化を闇雲に推進してきたことが日本の農業を破滅に導いたのであり、それへの反省から新農基法によって農村社会のあり方や環境問題も視野に入れた方向に転換しようとしていた矢先に小泉流市場原理主義に基づく経済財政諮問会議の路線が出てきて、この人のように零細・兼業農家そのものを否定するかの暴論が出てきて、農水省もそれに引きずられることになった。

第3に、その上で、欧米と日本との違いにも着目しなければならない。欧米では、日本に比べて遙かに農業経営の大規模化・効率化が進んでいる状況下で、補助金制度から所得補償制度への転換が行われた。ところが日本では、国土全体で中山間地が69%を占めており、農地の42%も中山間地にある。平地では、1haの農地を10倍に規模拡大すればその通りとは言えないまでも相当の効率化が望めるが、中山間地では10倍に拡大しても効率はほとんど変わらない。その条件下では、株式会社などへの農業への参入を自由化したところで、株式会社は平地には関心を持つが中山間地には関心を持たない。また農家自身による集団営農も、とりわけ中山間地においてはかなり難しい。そこで農水省は、4ヘクタール、集団営農10ヘクタール以上でないと所得補償の対象となる“担い手”に値しないという線引きを行ったのだが、ではそれ以下の農家はどうするのかについては全く考慮せず、集団営農に踏み切らないなら絶滅しても仕方がないという態度である。これは、農水省自ら新農基法の根本趣旨に反していることを意味していて、上にも述べたように、農水省が経済財政諮問会議の路線に引きずられた結果と言える。

問題は、次のように整理されるべきだろう。

第1に、所得補償制度が旧来の補助金バラマキとは違って、市場価格との不可避的な乖離を補償することで農業の市場原理への適合を促すところに眼目があることをはっきりと認識すべきである。経済財政諮問会議の路線の立つ人たちはこのことさえ分かっていない。

第2に、では日本の所得補償制度としての「品目横断的経営安定対策」は妥当なものかと言えばそうではなく、とりわけ「4ヘクタール」と足切りをしたことの是非が論争の中心問題で、自民党=農水省と民主党の意見の違いは主としてこのことに関わっている。その上で、補償はなぜ10割でなく9割なのか、対象品目がなぜ3品目のみなのか、なども大いに議論の対象となりうる。農水省はこのことをよく整理でていない。

第3に、食をめぐる諸問題の解決を図る上で、日本の耕地の4割を占める中有山間地とそれを担う零細・兼業をどうするのかこそが中心的な政策テーマとならなければならない。専業化・効率化・大規模化は、それが出来る地域では徹底的に追求されるべき経済政策ではあるけれども、それだけで日本の食と農が抱えるずべての問題を解決できると思うのは大錯覚である。農水省はこのことをよく分かっていない。▲

2008年7月12日

モンゴル旅行は中止します!

6月7日の本欄でお知らせしたモンゴル旅行は、諸般の事情により中止します。事情とは、期日までにお申し込みいただいた人数が私共が内々に想定していた最少催行人数をやや下回る程度にとどまったこと、私自身と主催者である創樹社の山川氏がそれぞれに俄に身辺多忙になってきたこと、さらに6月末の総選挙後に現地の政情が不安になっていることなどで、それらを勘案して無理に実施することもあるまいとの結論に至ったものです。お誘いしておいて、本サイトの読者のからからも何人かお問い合わせなど頂いていたにもかかわらず、このようなことになり誠に申し訳ありませんが、ご了承下さい。来年はモンゴルもしくはウズベキスタンの旅を企画する予定ですので、ご期待下さい。▲

2008年7月 8日

「ジャーナリスティックな地図/世界・日本」が発売された!

私が池上彰、麻木久美子両氏と共に監修に携わった地図帳『現代世界を斬る!ジャーナリスティックな地図/世界・日本』が帝国書院から発売された。後半は普通の世界と日本の地図帳、前半は50余りのテーマについて地図・写真・データ・グラフをふんだんに使って解説したテーマ図で、環境、社会、政治経済、国際、文化・娯楽などの分野の身近な問題について分かりやすく解説している。

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7月2日発売で、その日に麻木さんのご尽力で「はなまるマーケット」で5分間ほど取り上げられたことも奏功して、初日にして「楽天ブックスデイリーランキング」14位、「アマゾン総合ランキング61位を記録した。定価1600円。是非お買い求め下さい。

私が同書奥付に書いた宣伝文句は次の通り。「地図は想像力の尽きせぬ泉です。見知らぬ土地の様子やそこに住む人々の暮らしぶりに思いを馳せるには、普通の地形図や政治図でも十分役に立ちますが、この地図帳はさらに、現代に生きるわれわれが関心を持つ様々な問題について、分かりやすい地図や図表やデータをふんだんに盛り込んで、さらに世界と日本への理解を助けてくれます。実を言うと、われわれジャーナリストが“ネタ本”にしたい地図帳です。」▲

2008年7月 7日

サンプロで安倍さんは“躁”状態だった!

昨日のサンプロに、退陣以来初めてのTV出演だそうだが、安倍晋三前首相が自宅から中継で地球温暖化をめぐる議論に参加した。終始にこにこと愛想よく、饒舌で、「昨年のドイツ・サミットで《2050年にCO2半減》を提案して「真剣に検討する」という議長総括を引き出したのは自分だ」と自慢げに語った。番組の構成も、安倍を持ち上げるというか、今回の洞爺湖サミットで果たして福田康夫首相は安倍の昨年の成果をさらに前に進めることが出来るか、そのためには安倍は福田にどうアドバイスしたのか、という流れだったので、なおさら上機嫌だったのだろう。が、番組プロデューサーは「張り切ってしゃべりすぎで、予定していたバイオ燃料についてのコーナーが丸々飛んでしまった」と歎き、また脇で見ていた某政治記者は「安倍さんは躁鬱的なところがあり、今日は完全に躁だった」と感想を漏らした。

私は、NewsSpiralへのコメントでも書いたが、実はそもそも「2050年にCO2半減」という目標設定自体がナンセンスだと思っていて、なぜなら、その頃にはどう転んでも石油生産はかなり急激な下り坂に入っている一方、水素発電など代替エネルギー技術の開発と普及は大幅に進んでいて、黙っていてもCO2半減など達成されているに決まっているからだ。その頃には福田の言う「低炭素化」はすでに過去のテーマとなっていて、世界はとっくに「無炭素化」に向かっている。なのに、福田は「低炭素化」を叫び、2050年に半減の目標でG8が合意することにサミットの課題を絞り込み、しかもその合意達成に失敗しそうなところに追い込まれている。これって、二重、三重に滑稽ではないか。

それにしてもメディアが「サミット翼賛」の大合唱を演じ、広告までもがエコ技術の全面広告(旭化成など全紙に3ページ広告を打った!)ではやし立てている有様は一体何なのか。「2050年半減」自体がナンセンスだなどという声は、本サイト以外のどこからも出て来ない。▲

Profile

高野 孟(たかの・はじめ)

-----<経歴>-----

1944年東京生まれ。
1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。
通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。
同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。
80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任し現在に至る。
94年に故・島桂次=元NHK会長と共に(株)ウェブキャスターを設立、日本初のインターネットによる日英両文のオンライン週刊誌『東京万華鏡』を創刊したほか、PC-VAN・NIFTY-Serve・MSN、富士通ブロードキャストその他電子メディアのコンテンツ創造、講談社・小学館・集英社その他出版社のウェブサイト開設、『インサイダー』のメルマガ化、などを次々に手掛け、インターネット・ジャーナリズムの先駆的開拓者と呼ばれた。
現在、それらの経験を活かして、独立系メディアの総合サイト《THE JOURNAL》に取り組んでいる。
2002年に早稲田大学客員教授に就任、「大隈塾」の授業「21世紀日本の構想」、ゼミ「インテリジェンスの技法」、社会人ゼミ「ネクスト・リーダーズ・プログラム」を担当している。

-----<出演>-----

『サンデープロジェクト』
(TV朝日系、日曜10:00~)

『朝まで生テレビ!』
(TV朝日系、最終金曜25時頃~)

『たけしのTVタックル』
(TV朝日系、月曜日21:00~)

『情報ライブ ミヤネ屋』
(読売TV系、月~金曜21時~)

BookMarks

東京万華鏡:TOKYO KALEIDO SCOOP
http://www.smn.co.jp/

INSIDER:インサイダー
http://www.smn.co.jp/insider/

大阪高野塾
http://www.osaka-takano.com/

-----<著書>-----


『滅びゆくアメリカ帝国』
2006年9月、にんげん出版


『ニュースがすぐにわかる世界地図(2006年版)』
2005年、ポスト・サピオムック


『最新・世界地図の読み方』
1999年、講談社現代新書

『情報世界地図 98』
1997年、国際地学協会

『地球市民革命』
1993年、学研

『21世紀への世界時計』
1991年、集英社

『入門世界地図の読み方』
1982年、日本実業出版社

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