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2008年4月30日

何でマスコミは今度は「大混乱」と騒がないのか?


メディアの沈黙に助けられる福田政権

 ガソリン税が期限切れで下がるという時には、何週間も前から「国民生活は大混乱に」と大騒ぎして国民と野党を脅すのにあれほど熱心だったマスコミが、今度はまた上がるという時に申し合わせたように口をつぐんで騒がないのはどうした訳なのか。

●混乱があるとすれば今回ではないか

 確かに混乱はないことはなく、主にそれは末端のガソリンスタンドが他店を横にらみしながら価格変更したりして事務的に煩雑だという程度の話だが、同じことは今回も起きる。しかも7割の国民は値下げを歓迎し、再値上げに反対しているのだから、今回のほうが「憤激」も加わって余計に「混乱」は大きい。しかも原油価格の上昇があって値下げ以前よりさらに高くなって、連休中の国民の財布を直撃するから、これこそ本物の家計の混乱というか波乱が確実に起きる。私なんぞ、鴨川・東京間往復200キロを自車で運転するのをどうしようかと思いあぐねるほどである。値下げ=減税はいけなくて、再値上げ=増税はいいことだというのは守銭奴=財務省の考えで、マスコミは意図的にその提灯持ちをしているのでなければ、役人によるマインドコントロールに頭を犯されている。

 地方の道路建設が中断を余儀なくされ、しかも1カ月間の値下げで1800億円の歳入欠陥が生じて今後の工事に支障が出ると言うが、1800億円など誤差の範囲と言えるし、それに大体、全ての工事を一斉に4月から始める予定だったはずはなく、9月や12月や来年2月に着工予定だったものもあるのだから、年度を通じてやり繰りし、財源がどうしても足りなければ来年度か次の10年計画かに繰り延べすればいいだけのことで、何も全てを4月からバッタリ中断する必要などなかった。今年度に予定した工事は何があってもやらなければならないというのは、土建業界にとっては切実な願いであるけれども、国民にとってはそうではない。これも「土建国家=日本」を代表する国交省が国民と野党を脅すために仕組んだ猿芝居で、マスコミがそれを批判しないのは、提灯持ちかマインドコントロールの結果である。

 そもそも根本は、繰り返し本誌が主張してきたように、「10年間59兆円」という誠に根拠の疑わしいドンブリ勘定をそのままにして再吟味してギリギリまで削り込むことなく——従ってまだ「予算」が決まっていないのに、ガソリン税という「財源」だけを何が何でも守ろうという発想が狂っていることにある。そのことを正面から批判したマスコミは、私が知る限り、ない。

 山口衆院補選は、事前の古賀誠選対委委員長の言葉によれば「この国、自民党の政治体制を賭けた戦い」であり、自民党首脳によれば「これに勝つことでガソリン再値上げへの“信任”を得る」という位置づけだったはずだ。が、負けた後では町村信孝官房長官は「国民全体の判断を山口2区の人たちに委ねるわけにはいかない」と開き直り、それについて「福田内閣は不信任されたはずじゃないか」と迫る論調も出て来ない。今日の日経など、社説は「今こそ長期的視点に立った経営を」などというヒマネタとしか言いようのない間抜けなことを書いている。

 日経ついでに言えば、同紙がガソリン再値上げに賛成なのは、環境重視のためらしい。28日付同紙「核心」欄で岡部直明主幹は「土建国家から環境立国へ」という大論説を書き、その中で言う。「まず、いったん下がったガソリン税などの暫定税率は元に戻すしかない。消費者のなかには不満があるかもしれないが、温暖化防止にガソリン消費の抑制は欠かせない」と。

 話は二重に錯乱していて、第1に、政府・与党と道路族・国交省が再値上げをしようとしているのは、膨大な無駄が含まれる道路財源を死守するためで、上述のように、まずそのことの是非を問わなければならない。第2に、仮にガソリン税によってその消費を抑制しようという政策が妥当であるとして(それも、他の手段との組み合わせを含め吟味が必要だが)、国民生活に打撃や支障を極力少なくしてなおかつ一定の消費抑制効果が見込まれる適正な税率はいかほどのものかが検討されなければならず、25円が妥当と決まっているわけではない。何でもいいから高くしておけば無駄な消費をしないだろうなどという乱暴な話では誰も納得しない。これも、財務省の増税を押し通すための屁理屈に大新聞の大主幹が巻き込まれている証拠と言える。

 本当は、これで国民に選択を問う「ガソリン選挙」を断行せよという福田批判の大合唱が起きてしかるべきなのに、全マスコミの沈黙による翼賛の中、今日ガソリンの再値上げが粛々と?決まる。

●一般財源化も無条件に賛成してはいけない

 さて、ガソリン再値上げという骨を切るために道路財源の一般財源化という皮を切らせるというのが福田首相の戦術だが、これもはっきり言って財務省のアイデアである。

 道路財源に限らず、各省が独自に確保している特別会計などの財源を召し上げて一般財源化するというのは財務省の宿願であって、ガソリン税は上がって道路財源も手に入るなら財務省にとってはこんないいことはない。マスコミが打ち揃って「一般財源化はいいことだ」と福田の決断を褒めているのは幼稚としか言いようがなく、問題はどこへ向かって一般財源化するのかということである。財務省=中央へか、それとも自治体=地方へか、である。

 これに関してまともなことを書いたのは、28日付毎日の「風知草」欄の山田孝夫=専門編集委員だけで、彼は片山義博=慶応大学教授(前鳥取県知事)の「受け売り」と断りながら、

(1)道路整備費財源等特例法を廃止する。
(2)地方道路税法など譲与税4法の使途規定を削る。
(3)地方税法699条の33と700条の55も削る。

 の3点を提唱している。(1)はガソリンに含まれる税金のうち揮発油税などの国税分を道路に充てる法律で、これを廃止すればまず国=財務省レベルで道路への縛りが消える。(2)は国から地方へ譲与する4種類の税源を道路に縛りつけているもので、これを削れば地方はその財源を道路以外にも使える。(3)は元々地方の取り分である自動車取得税と軽油取引税の使途を道路に縛っているもので、これを止めれば地方の裁量の余地はさらに飛躍的に高まる。こうした措置が伴わなければ、一般財源化しても実体的には道路特定財源は基本的に維持されることになり、だから福田決断にもかかわらず、今のところ道路族はおとなしくしているのである。もちろん財務省は、いろいろ手を使ってこれを他の使途にも使えるようにしようとするだろうが、そのせめぎ合いにこれを委ねても意味がなく、地方の裁量権を一挙拡大する方向で一般財源化しなければならない。それこそが地方分権の趣旨にも合致するやり方である。

 一般財源化がそれ自体で「いいことだ」では困るのであって、ここでもマスコミは福田が財務省の言いなりになっていることを批判しなければならないが、この声はほとんど聞こえない。この国はおかしな所に填り込んでしまった。(インサイダーNo.437として配信)▲

2008年4月15日

政治が混迷し、国民生活が混乱しているというのは本当か?

 このところ新聞はじめマスコミの政治についての論調はほとんど常軌を逸していて、迷走というより錯乱の状態に陥っている。

 日銀総裁人事について、福田康夫首相は9日の党首討論で「民主党は結論が遅いですよ。日銀人事も正直言って翻弄された」と言い、マスコミもそれに調子を合わせて、民主党が武藤敏郎、田波耕治の両元大蔵(財務)事務次官を拒否した上、党内論議の末に小沢一郎代表の主張に従って渡辺博史=元財務省財務官まで拒否したことについて、「民主党内の混乱は目にあまった。これで政権を目指すなどと言えるのか」(12日付毎日、岩見隆夫)といった論調に終始した。

●民主党は混乱していない

 しかし私の見るところ、民主党内は別に混乱も何もしていない。確かに、最初の段階で政府が武藤総裁案を持ち出そうとした時に、小沢がそれを容認するかのことを言ったのは迷妄だったと言えるだろう。が、それについて鳩山由紀夫幹事長や仙谷由人=人事小委員長ら党内の大勢が反対し、2月末に政府・与党が予算案の強行採決の暴挙に出たこともあって、小沢も武藤拒否に転じたのは、まことに健全な民主的党内運営であって、混乱というようなものではない。昨秋に小沢が“大連立”に暴走しようとした時に全党挙げてそれを封じたのと同じパターンで、小沢の独断・暴走が利かなくなっている民主党の成熟をむしろ褒めるべきである。

 小沢は民主党が政権獲りに向かうための一種の政治的凶器であって、その取り扱いに民主党が習熟しつつあるということである。私が3月某日、菅直人に「9月代表選では小沢はもう取り替えた方がいいんじゃないの」と問うたのに対し、彼は即座に「小沢は何をするか分からないから代表にしておいた方がいいんだ」と答えた。小沢の効用とその限界を心得た上で、使える限りは担いでいくというのが民主党のほぼ全体を覆う醒めた合意となっていることが窺える。

 本誌No.432でも書いたように、鳩山は小沢の武藤容認論について3月16日のサンプロで「民主党が近々政権を獲ろうという時に、財務省をそこまで敵に回していいものか」という意味での政局的な判断の問題が悩ましかったことを率直に認めつつ、しかし、予算案の強行採決によってそれを吹っ切って、「こうなれば(財金分離=原則論の)純粋な立場に立ち戻るべきだ」という判断に小沢も含めて踏み切ったことを明らかにした。と同時に鳩山はこの時、渡辺博史=元財務官など財務事務次官出身者でない者であれば許容可能であるとの個人的見解も示した。

 福田康夫首相も伊吹文明幹事長も、その鳩山の言を当てにして、白川方明副総裁の総裁昇格と抱き合わせで渡辺の副総裁登用を提起し、結果的には渡辺を拒否されたことについて、「結論が遅い」「翻弄された」とボヤき、マスコミも民主党の「迷走」「混乱」と書き立てたのだが、これは、
(1)98年の金融監督庁発足と日銀法の全面改正の根本趣旨である財金分離の大原則論に立った上で、
(2)財務省出身者の内で事務次官出身者を日銀総裁に迎えるのはさすがに大原則に反するだろう、
(3)それ以外であれば大原則に反することにはならないのではないか、
(4)いやこの際は中途半端にしないで大原則を貫いた方がいいのではないか、
——という純粋に戦術的レベルの判断の問題であって、しかし福田はじめ政府・与党もマスコミもその大原則の意味を全く理解せずに「武藤のどこがいけないのか」「世界では財務省出身者が日銀総裁になる例はたくさんある」「財政と金融は連携しなくてはならない」といったそれこそ妄言を繰り返している中では、(4)の大原則優先の立場を採ることが必要だという結論に至ったのは、それはそれで妥当な1つの判断である。

●日銀の独立性は未確立

 本誌が繰り返し主張してきたように、明治以来100年余に及ぶ旧大蔵省による金融の護送船団的な行政的支配とその不可欠の一部である日銀に対する組織的支配とを解体することは、この国が成熟先進国としての次の100年に踏み入る上で避けて通ることの出来ない「改革」の中心課題である。

 財政と金融が連携するのは一般論として当たり前だし、諸外国で財務省出身者が中央銀行総裁に就くことも珍しいことではない。しかしそれは、中央銀行の独立性がすでに確立している成熟国での話で、まだ脱発展途上国を達成しておらず日銀の独立性確保の道筋が緒に着いたばかりの日本では、財金分離を曖昧にすることは「改革」を小泉以前のその発端のところまで逆戻りさせることを意味する。

 周知のように日銀は、ベルギー国立銀行をモデルにしたと言われる1882(明治15)年の日本銀行条例によって同年開業し、それから60年を経た戦時中の1942(昭和17)年に今度はヒットラー政権による独帝国銀行に対する支配をモデルにした旧「日本銀行法」によって完全に政府の下に組み敷かれた。内閣——ということは実質的に首相と蔵相が日銀総裁の任命権と解任権を持ち、日銀の業務のすべてにわたって監督し命令し立ち入り検査まで出来るという、独立性のドの字もない政府=旧大蔵省への日銀の戦時統制的な従属を改めようとする試みは何度かあったが、その度に旧大蔵省が決死の抵抗を組織して潰してきた。

 が、銀行の不良債権問題がすでに泥沼化の様相を呈していた97年に第1次橋本内閣の下で、新「日本銀行法」が成立、
(1)「総裁、副総裁、審議委員は、衆参両議院の同意を得て内閣が任命する」いわゆる国会同意人事となり、
(2)また「法に列挙された事由に該当する場合(破産手続開始の決定を受けた時、禁錮以上の刑に処せられた時など)を除き、在任中、その意に反して解任されることがない」ことが規定され、
(3)さらに日銀の日本銀行の最高意思決定機関である「政策委員会」は総裁、2人の副総裁、6人の審議委員からなり、通貨および金融の調節その他の方針を決定するが、そこには政府から財務大臣と経済財政政策担当大臣が適宜出席することが出来るものの、議決権は持たないオブザーバー的な位置に止められた。

 この日銀法改正と、ほぼ同時に裏腹の関係で金融監督庁(2年後に金融庁に改組)が発足し、旧大蔵省は民間金融と日銀への支配権を剥奪され、その自慢の名称も「財務省」に変更させられたこととが相俟って、日本はようやく「中央銀行の独立性」確立への道に踏み出したのである。霞ヶ関に君臨する旧大蔵省の権力をこのように削ぐことは、単に金融の官僚支配からの解放というに留まらず、明治以来の発展途上国型の中央官僚支配を廃絶する「官から民へ」の大改革の決定的とも言うべき第一歩だったのであり、実際、このことがあって初めて、98年秋の「金融国会」での不良債権処理も可能になった。さらに小泉内閣に至って、半身を削がれた財務省に残された2つの機能の1つである郵貯を原資として財政投融資を行う機能を剥奪するために「郵政改革」が断行された。もう1つの機能は税を集めて省庁別予算として配分する機能だが、これもいずれ徹底的な地方分権によって税源の大半もまた地方に委譲される運命にある。このようにして旧大蔵省権力を完膚無きまでに解体していくことこそ「改革」の本筋であり、それに最後の抵抗を試みつつ、金融庁の人事に手を突っ込んだり、日銀支配を復活させようとしたりして悪あがきしているのが今の財務省であり、その象徴的人物が最後の大蔵事務次官であり最初の財務事務次官だった武藤なのである。

 福田がこんな人物を日銀総裁候補として提示すること自体、彼が「改革」について何も分かっていないどころか、まさに財務省のマインドコントロールにまんまと引っかかって、この国を発展途上国状態に引き戻すための走狗と成り下がっていることを示す。それをまた(本来あれほど「改革」好きであったはずの)マスコミが大いにバックアップして「武藤でどうしていけないんだ」というようなことを書きまくったのは、これまた財務省に操られた結果としか考えられない。

●ガソリン暫定税率問題も同じ

 ガソリンの暫定税率が期限切れで少なくとも一時値下げになる問題でも、福田政権とマスコミは完全に歩調を合わせて、「そんなことになれば国民生活は大混乱に陥る」と、野党と国民を脅迫しまくった。今では誰でも知っているように、実際には何の混乱も起こらず、せいぜいが給油所が持つ在庫の量によって数日間、値段がバラバラになったというだけのことである。年間2兆6000億円の財源が失われて特に地方が大変で、道路建設を凍結したところもあるとも言うが、仮に福田が望むように4月末に衆院で再議決して暫定税率を復活させれば、失われるのは1カ月分の2200億円だけで、こんなものは税収変動の誤差程度でしかなく、何もあわてて予算執行を止めなければならない事態ではありえない。

 これまた本誌が何度も指摘したことだが、暫定税率復活が本当に必要なのかどうかは、政府・与党が昨年12月に決定した「10年間59兆円」というドンブリ勘定が妥当なものであるどうかを精査して、不急不要の道路計画の排除もしくは次の10年計画への先送り、道路財源から国交省役人のヤミ給与や児童手当まで出していたり、職員の遊び道具の購入に充てていたりする乱脈の切開、天下り法人の廃止と水増し発注の監査などを進めていかなければならない。それで本当に必要な金額が確定して初めて、ではその財源をどうするかの議論になるはずで、それを抜きにして「大変だ」「大混乱だ」と騒ぎ立てるのは、何が何でも59兆円を死守せよという、今度は国交省と自民党道路族のマインドコントロールにマスコミが脳を侵されていることを意味する。

 福田首相が追い詰められて道路財源の一般財源化を言い出したのは、それ自体は歓迎すべきことである。が、問題は2つあって、1つは言い出したとたんに道路族による巻き返しが始まっていて、曖昧極まりない「政府・与党合意」だけに留まっていて閣議決定も自民党総務会による議決もしないことになった。これでは骨抜きになるのは避けられない。もう1つは、ここでもまた財務省が出てくるのだが、一般財源化はこのままでは単に国交省の独自財源を剥奪して財務省の管理に移すということしか意味しない。各省庁が持つ特別会計などの形の独自財源を召し上げることは財務省にとって宿願であり、福田はただその手助けをしているだけである。とすると、どこへ向かって一般財源化するかこそが問題で、財務省に向かってか、それとも地方自治体に向かってかという重大な選択が浮上する。道路財源を地方に委ねて、地方の判断で道路以外の目的にも使えるようにすれば、地方分権=旧大蔵省権力解体の方向に合致するが、福田にはそのような考えは全くない。

 このように、暫定税率と一般財源化をめぐる議論も倒錯的な混乱に陥っていて、その意味では大混乱しているのは1に福田はじめ政府・与党、2にマスコミで、民主党が非難されるべきだとすれば、そのような混乱ぶりを正しく整理して議論を前に進めるだけの力量を欠いているという点である。

 いずれにせよ福田政権は今月末、暫定税率の再議決を巡ってにっちもさっちもいかなくなる公算が大きい。そこで内閣総辞職という事態を何とか切り抜けたとしても、精一杯もったとしてサミットまでが限界で、それを花道に退陣。後は仕方なく麻生太郎で、彼の下で秋には総選挙、どこまで負けないで済むかという展開となるだろう。▲

2008年4月10日

鴨川田舎暮らし絵日記・その1

これから折に触れて安房鴨川の山中での田舎暮らしを中心とした身辺記を出来るだけ写真を添えてお届けします。

《08年4月1日》
 大阪読売TV毎日14〜17時の「情報ライブ・ミヤネ屋」が今週月曜日から首都圏=日本TVでも観られるようになって、文字通り全国版に。 私のコメンテーター担当は火曜日なので、今日が全国版となっての初日でした。

 これは、大阪発の関西ローカル番組がスタートから2年で全国制覇した珍しいケース。06年4月に週1回2時間の夕方ワイド番組として始まって(その時から私は付き合っています)、8月には月〜金16〜18時の帯番組となり、さらに07年10月には日本TV・読売TV共同制作の長寿番組「ザ・ワイド」終了に伴って、読売TVが一念発起、その穴を埋めるべく「ミヤネ屋」を14時から3時間の帯番組に一気拡大。ところが日本TVはだらしなく、その時間帯を人気ドラマの再放送などでお茶を濁す方針を採ったため、同系列の地方局が雪崩を打って「ミヤネ屋」をネットするようになりました。全国で観られないのは日本TVがカバーする首都圏だけということになり、日本TVもプライドがあるので悩んだんだと思いますが、遂に4月から軍門に下ってネットするようになったのです。

 但し、首都圏で映るのは14〜15時の第1部(ニュース、ニュース解説)のみ。第1部は全国28局を網羅、15時からの第2部(火曜日の場合、桜中継、芸能、食材の旅など)は日本TVなど4局が降りて24局中継、15時50分からの第3部(同じくニュース解説、夕刊ウォッチ、料理など)は4局だけという流れです。

★情報ライブ・ミヤネ屋 http://www.ytv.co.jp/miyaneya/index_set.html

《08年4月2日》
 午後から鴨川宅に音楽・スポーツ評論家の玉木正之さんご夫妻、私と玉木さんの共通の遊び場であるJR大船駅近くのお寿司屋さん「もり山」の森山孝一さんご夫妻、「もり山」の常連の澁澤龍子さん(故龍彦氏夫人)、玉木さんの弟子筋に当たるスポーツ・ワークス代表/立命館大学客員教授=小島克典さんが来訪、ベランダでお花見。桜は、昨年夏の初孫誕生を記念して植えたもので、陽光(2本)が満開(写真)、大島(3本)が七分咲き、山桜(2本)はまだ蕾という状態。夕方近くなって、どこで聞きつけたか、加藤登紀子さんはじめ鴨川自然王国のスタッフ一同が突然乱入、らんちき大パーティが21時頃まで続きました。

 玉木さんがお土産に持ってきてくれたのが、グラモフォンの音楽DVDの新譜「教皇ベネディクト16世バースデイ・コンサート」。07年7月にバチカンの講堂に7000人の招待客を集めて行われた教皇80歳を祝うコンサートの指揮を委ねられたのは、弱冠27歳にして今世界で最も注目されるベネズエラ人指揮者グスターボ・ドゥダメル。CDしか聞いたことがなかったので、彼の自由闊達な指揮ぶりを目の当たりにして大いに感動。彼とベネズエラの音楽教育の凄さについてはいずれまたお話しすることがあるでしょう。

★玉木正之 http://www.tamakimasayuki.com/
★もり山 http://moriyama.sushidokoro.net/
★スポーツワークス http://www.sportsworks.co.jp/

《08年4月3日》
 午前中家にいていくつかの懸案作業をこなしたのですが、その1つは、庭の一角に「阿弥陀如来降臨」の記念碑を作ることでした。

 この土地を手に入れたのが03年10月で、それから約1年間、荒れ果てた山林を、ある時は孤独に、ある時はご近所や仲間やゼミ学生の力も借りながら、ひたすら開墾するところから私の田舎暮らしは始まりました。確か5回目か6回目の草刈りだったと思うのですが、その年12月10日、独りで刈払機を操って藪を切り開いているときに、妙にツルツルした半円形の石が地面から出ているのを見つけました。山野の草刈りでは、高速で回転する刃を石に当てると、刃先が欠けて傷むし、飛んだ刃先や石片が顔や目に当たって怪我をしたりするので、地面の様子には相当神経を使いながら作業します。その時も、危うくその石に刃を当てそうになって、「おおっと」という具合に辛うじて当たるのを回避したのですが、よく見るとキレイな半月形をしていて明らかに自然石ではない。

「ん?」と思って近くに落ちていた木の枝で少し掘ると、何と、その半月形は実は光背の頂点で、その下に仏の顔が出てきた。慌ててスコップを取りに走って、丁寧に彫り上げると、これが高さ25センチほどの石彫りの仏像。水洗いして泥を落としてみると、台座に座して定印(じょういん:両手の親指と人差指で輪を作って腹の前で合わせた印相)を結んで円形の光背を頂いた、どう見ても阿弥陀如来なのですね。裏を見ると「天保十一 子」とある! ヒエーッ、鑑定団ものだ、こりゃあ、と。

「40年前まで棚田だったというこんなところに何で阿弥陀様が出てくるんだ」「もしかしたら斜面の上の大山不動尊から転がってきた? いや、不動尊は高野山真言宗だから阿弥陀様は関係がないはずだ」とか、いろいろ思い惑いながらも、ともかく一旦、物置小屋に小机を置いてお祀りし、そして家が完成した昨年春に、廊下の突き当たりにスペースを設けて我が家のお守りとして安置したのでした。

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 で、去年の11月に『大法輪』という仏教界の名門雑誌からエッセイを頼まれて、鴨川移住のことを書き、その中で仏像発見のことも触れたところ、東京都杉並区に住む岡野幾代さんという在家僧侶の方からお手紙を頂いて、これを読んで感動した、是非その阿弥陀様にお目にかかりたいとおっしゃる。「どうぞ、どうぞ」ということで岡野さんが3月30日にわざわざ鴨川まで来て下さいました。

「変なオバサンが押しかけて来たと思っているでしょ」
「いえいえ、とんでもない。拙文を目に留めて頂いてこんな遠くまで来て下さって感動しております」
「この通り(と名刺を出して)東本願寺の僧侶です。こんな奇跡のようなことは滅多にあるものじゃありません。余程のご縁があってこの阿弥陀様はあなたに出会った。どういう経緯でそこに埋まっていたのかは判らないけれど、この阿弥陀様があなたに見いだされて再びこうして祀られるよう、仏が道筋を立てられていたのでしょう。大切になさって下さい」
「はい。我が家の宝と思っております」
「では、お経を上げさせて下さい」
「どうぞよろしくお願いします」

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「図らずもこれが入魂式になりましたね。それで、この脇にはいつも花を一輪飾って差し上げて下さい。蝋燭や線香はいいですから、花を。そして毎日、阿弥陀様にお参りして、このように手のひらでさすってあげて下さい。何か自分の都合のいいことを、ああしてください、こうしてくださいとお願いするのではなく、何か困難があるときには、私は闘います、仏様も一緒に闘って下さいとお願いするのです。何か嬉しいことがあれば、仏様に一緒に喜んで下さいとお願いするのです」
「はい」
「ところで、阿弥陀様が見つかったのはどの辺ですか」
「あの大きな榎が2本ある辺りの少し東寄りのところです」
「では、そこに何か記念するものを立てておくといいですね。あの榎の下にスミレがたくさん咲いているので、周りに少し移植して差し上げたらどうですか」
「おっしゃるとおりに致します」
「ああよかった。この阿弥陀様に会いたくて会いたくて、やっと胸のつかえが下りたような気持ちです。しかも高野さんご夫妻がとてもいい方で、安心しました。でも、また何年かしたら、阿弥陀様がお元気かどうか点検に来ますからね」
「これもまたご縁ですから、いつでもどうぞ」

 ということで、発掘場所に記念碑を建てることが課題となっていたのです。たまたま岡野さんが来られる1週間前に、友人の高久真佐子さん(高久国際財団理事長)のお宅でピアニストの木村かをりさん他と宴会をしたときに、高久さんが「ちょっと、ハジメちゃん、これ要らない? 東郷神社の古物市で見つけたガラクタなんだけど、何だか鴨川のお宅に似合いそうだから」と、古びた小さな石塔のようなものを頂いたので、自然石の上にそれを乗せ、横に「超時空百六十三年の摩訶不思議 阿弥陀如来 此地に降臨す 平成十五年十二月十日 高野孟」と書いた木札を立てたのでした。

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 夕方、横浜に出て、NPO法人神奈川馬の道ネットワークの打ち合わせ。横浜中華街のローズ・ホテル泊。

《08年4月4日》
 桜ヶ丘カントリークラブで約1年ぶりのゴルフ。北川正泰=元三重県知事が東京に出てきた時に「遊び方が分からない」と言うので、成毛眞=インスパイア社長や私が音頭をとって作った「国際孔球会」なる遊びグループがあって、その例会。名の通り数千本の満開の桜に見とれるばかりで、スコアの方はどうも……。肝心の北川さんはぎっくり腰で欠席でした。

sakuragaoka.JPG

夜は大手町のJAビルで、ふるさと回帰支援センターと鴨川自然王国の共催による「帰農塾セミナー」が開かれ、立松和平、加藤登紀子、甲斐良治(現代農業増刊編集長)、石田三示(鴨川自然王国代表)の各氏と共にシンポジウムと懇親会。王国で年4回開かれる2泊3日の「帰農塾」塾生募集のためのイベントで、私は「塾長」として出席しました。

 なお鴨川自然王国では、年間イベント日程に参加し成果物の分配を受けることの出来る「王国会員」を年間1口1万円で募集していますので、関心ある方は下記へ。

★鴨川自然王国/帰農塾 http://www.k-sizenohkoku.com

《08年4月5日》
 大阪の宣伝会議主催の「編集者・ライター養成講座」で講演の後、この講座のコーディネーターである斎藤喬=立命館大学教授(元読売新聞社会部)や受講生有志とミナミで痛飲、終電で帰京しANAホテル入り。

《08年4月6日》
 今日のサンプロは、在日中国人監督が撮ったドキュメンタリー「靖国」が政治的圧力で上映中止になった問題、自民・民主両党国対委員長の対決、日本の裁判で「推定無罪」原則が守られていない問題を取り上げ、いずれも内容が濃くて面白かったと思います。

 終わって昼食もそこそこに車を飛ばして帰宅。今日は3時過ぎから地元のご近所の皆さん約20人が拙宅に寄ってお花見大パーティ。幹事のアイデアで、うちの庭を中心にそのあたりで採れる山菜の天ぷらをメインにするということで、山遊びの名人で王国スタッフの小原利勇さんが早くから来てツクシ、ヨモギ、クレソン、クレソンもどき、ノビルその他私には分からない山菜を山ほど集めてきて、片端から天ぷらに。一昨日JAビル地下の農業書専門の本屋さんで買った『月刊現代農業』最新号の特集がたまたま「ヨモギvsスギナ」で、「スギナの天ぷらがおいしい」と書いてあったので、急遽それも追加。サクサクして美味しかったです。スギナはいくらでも生え出てきて農家には目の敵にされていますが、食べてもいいし、生のままハーブティにしたり乾燥して健康茶にして飲んでもいいとは知りませんでした。

《08年4月7日》
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 終日鴨川。早朝バードウォッチングで今日はカケスを見つけました。羽の付け根に鮮やかな水色と白と黒の横縞がある美しい鳥です。このところ、朝5時か6時に起きるとすぐコーヒーを煎れて野鳥観察用のフィールドスコープを覗くのが日課。昨年の引っ越し以来、ご近所の方がNikonのスコープを貸してくれていたが、いつまで借りているわけにもいかないので、3月19日64歳の誕生日の自分へのプレゼントとして一式揃えることにして、研究の結果、スコープは日本の世界的トップメーカーVixenのハイエンドモデル「ジオマII ED82-S」(対物レンズ径82mm/焦点距離514mm)接眼レンズ(広角)付、三脚はドイツBerlebachの木製「Report8023」という逸品、雲台はイタリアManfrottoのそこそこ中級品で、日独伊三国同盟の取り合わせ。次はこれにデジスコセット(デジカメで望遠撮影するためのアダプター、リング、カメラ台などの組み合わせ)を取り付けるのですが、これがなかなか難しくて、自分の愛用のCanon G9はアダプター等の組み合わせがうまくいかないらしいので、現在なお研究中です。

《08年4月8日》
 火曜日は「ミヤネ屋」の日。関東地方は暴風雨で、アクアラインが通行止めにならないか心配だったが、「時速40キロ制限」で何とか通れて、いつもどおり品川から新幹線で大阪へ。今日は特別にお許しを頂いて、最初の1時間のニュース中心の部分だけ出て番組を早退、東京に舞い戻ってサントリー・ホールで行われた三枝成彰さんの「2・26事件」をテーマとした新作オペラ「悲嘆」を観ました。世界的に著名なイギリスの劇作家アーノルド・ウェスカーの台本・演出で、2・26事件の将校の未亡人に扮したソプラノ=中丸三千繪が独りで80分間歌い続ける“モノオペラ”という珍しい形式。“歌手殺し”と言われるほどの三枝さんの難しい曲を、しかも英語で歌いきった中丸さんの力量にまず感服しました。

 最初、「この日は大阪でTVなので、家内だけ伺います」とお返事していたのですが、3月23日に六本木で開かれた安藤和津さん(奥田瑛二夫人で「ミヤネ屋」に曜日違いで出演中)の還暦パーティで三枝さんと会ったら、
「これ1回こっきりの公演だから来てよ」
「えっ、1回しかやらないの?」
「そう。このところ体調もおかしくて、酒もタバコも止めた。120歳まで生きて後8本オペラを書くという公約も取り消したんだ。これが僕の遺作になるかもしれないんだから」
「あなたが酒もタバコも止めるなんて、尋常でないな。じゃあ…大阪から戻ってくることにするわ」

 ということになったのでした。打ち上げパーティに顔を出したら、いろんな人がいて楽しかった。アコーディオンの“天才コバ”とは久しぶりで、99年だったか彼の「世紀末コンサート」と銘打った舞台を聴きに行ったら「高野さん、ちょっとステージへ」と引き出されて2人で世紀末世界についてトークしたことを懐かしく思い出しました。風の収まったアクアラインを通って帰宅したら24時近くでした。

★三枝成彰 http://www.saegusa-s.co.jp/

《08年4月9日》
 終日鴨川。今朝出会った野鳥はヒヨドリ。それからベランダ横の排水溝に生み付けられたトウキョウサンショウウオの卵を観察。ウィンナーソーセージ状の半透明の卵が2本1組で2個所にあって中に小さな生命体が動き出しているのが分かります(写真では見えにくいですが)。

sanshouo.JPG

《08年4月10日》
 終日鴨川。今朝の野鳥はキジバト。ゆったり地面を歩いて虫を食べていた。ウグイスがねえ、3月以来、毎日朝から夕方まで東と西の森で少なくとも2羽、たまには3羽が呼応し合って鳴き競っているのですが、どうしても姿が見えない。一度、肉眼ではそれらしき姿を見つけたのですがスコープで捉える前に飛んで行ってしまった。今日もしばらく狙って待ったのですがダメで、諦めて一日中、資料整理と読書と原稿書きで過ごしました。▲

2008年4月 1日

ダッチロールする福田政権

ガソリン再値上げが出来なければ墜落

 福田康夫首相は27日、官房長官も副長官も従えない異例の単独緊急記者会見を開き、道路特定財源を09年度から全額、一般財源化するとの約束と引き替えに、3月末で期限切れとなるガソリン暫定税率の継続について野党の妥協を取り付けようと図った。福田にしてみれば「皮を切らせて骨を切る」捨て身の戦法のつもりだったのかもしれないが、これは論理レベルでは何の整合性も説得性もない愚論にすぎないし、現実レベルでは一般財源化に激しく抵抗する古賀誠=元幹事長ら道路族をいきり立たせて自民党内からの“福田下ろし”の動きを加速させることになりかねない愚策にほかならなかった。

●本当に必要なのはいくらなのか?

 論理レベル。
(A-1)道路財源を一般化して道路以外の目的にも流用できるようにすべきかどうか、
(A-2)流用すべきだとしてどの程度か、
(A-3)流用を決めるのは財務省か地方自治体か、
——という問題と、
(B-1)ガソリン暫定税率を撤廃すべきかどうか、
(B-2)撤廃しないまでもどこまで減額するのか、
(B-3)撤廃もしくは減額の場合に代替財源は必要なのか、必要な場合にどこからひねり出すのか、
——という問題とは、別々に切り離して論じることは出来ないはずのことであって、まず今後10年間の道路整備中期計画に本当のところいくら必要なのかについて国会が精査して国民的合意が成り立った場合に、そこで次に初めて、しからばその財源をどのように調達するかという議論が浮上して、現在の特定財源を維持するのか、部分的もしくは全面的に一般化するのか、あるいはその一角にあるガソリン暫定税率を25円で継続するのか20円か15円か10円か5円か0円かにするのかという話になるはずである。

 つまり、そもそも政府・与党が昨年末に、10年間で59兆円の道路整備中期計画を中身の議論抜きに決定してしまったことが間違いの始まりなのだから、そこまで時計を巻き戻して「まず59兆円ありき」の国土交通省と自民党道路族の発想と姿勢を白紙撤回させた上で、1本1本の道路計画について地方の言い分もよく聞きながら国会の場で吟味して改廃しつつ優先順位を定めることが先決である。

 計画には、誰が考えても不要なものや、次の10年計画に回しても差し障りのないものも含まれている。それを国会が決定することが重要である。それと平行して、これまでも国会審議やマスコミ報道を通じてその一端が明らかになってきた財源の無駄遣いや不正流用などの乱脈の実態を徹底的に究明して、その分を排除しなければならない。「道路会計でタクシー代」5年間で23億円(17日付読売)などはまだ可愛いほうで、「道路会計が国交省人件費に」「児童手当にも」創設以来49年間に2.3兆円(27日付毎日)となると、本省の予算には計上できない余剰人員へのヤミ給与かという疑いさえ出てくる重大事である。「道路事業費9割入札せず」「天下り先51法人に特命随意契約」(10日付読売)にも水増し不正で血税が食い物にされている構造が見え透いている。

 こうしたものをすべて削り取って、なおかつ公共事業費を年々3%ずつ削減する原則を正しく適用した上で、今後10年の道路整備に必要な額が例えば45兆円なのか、38兆円なのか、それとも21兆円なのかということが確定されなければならず、それこそがすべての議論の出発点となる。仮に実質予算が33兆円で済むということになれば、年間2.6兆円、10年間で26兆円の暫定税率は完全撤廃してちょうどピッタリ辻褄が合うことになるし、また仮に予算が44兆円ということならば暫定税率を年間1.5兆円に減額して維持しようということになるかもしれない。

 というわけで、一般財源化を受け容れるから暫定税率を存続させてくれという福田の言い分は、彼の得意の表現を借りれば「どういう意味だかさっぱり分からないんですよね」ということになる。

●政権崩壊の墓穴を掘ったことにならないのか?

 現実レベル。
 すでに日銀総裁人事で大きく躓いて一段の支持率低下に直面している福田は、この年度末で無為無能ぶりをさらけ出せば一気に政権維持が難しくなるとの危機感を抱き、一念発起、この挙に出たのだろう。しかし「09年度から一般財源化」という福田の決断は、政権を支える二本柱である町村信孝官房長官、伊吹文明自民党幹事長にも、内閣としてこれを所管する冬柴鐵三国土交通相にも、ろくに根回しもせずに唐突に行われたもので、自民党内からは「独断専横」とか「殿、ご乱心」とかいった声が湧いている。

 もちろん、自民党内にも一般財源化賛成論は少なからずあって、27日の緊急記者会見の直前にも平将明ら自民党若手議員30人が福田を訪ね、「特定財源は自分たちの財布という役人の意識が国民の不信を招いた。一般財源化で情報公開と統治能力を高めるべき」と申し入れた。しかしそのくらいでは、古賀誠=元幹事長や二階俊博=総務会長、さらに青木幹雄=前参院議員会長も加わった老獪な道路族のボスたちを抑え込める保証とはならない。少なくとも伊吹とは綿密な道路族封じ込め作戦を練り上げていなくてはならないはずで、なぜ福田が会見で「党の方でもまとまったと思っている」と述べたのかは謎である。古賀は、幹事長とほぼ同格の選挙対策委員長のポストにあり、地方の選挙区をくまなく回って土建業者中心の旧来型選挙態勢を築き挙げつつある真っ最中であって、一般財源化を呑むくらいなら福田を引きずり下ろそうとするだろう。実際、古賀は26日夜に町村と会った時に「福田政権は誰が作ったのか、お分かりでしょうか」と凄んだという。また二階は総務会長で、一般財源化を党議とするには総務会の議決を経なければならないことを思えば、これは大きな難関である。

 もちろんトップが根回し抜きでいきなり重要政策を発表してしまい、党内や官僚機構の抵抗勢力の機先を制するという手法は有効な場合もあって、小泉純一郎元首相はこれを頻発した。それは、小泉の個人的な人気を活用して小気味よいワンフレーズで世論に直接働きかけて抵抗勢力に文句を言う暇を与えずに物事を進めてしまうというやり方で、しかも裏では飯島秘書官ら周辺が要所要所を予め押さえておくという周到さもあったが故に効果を発揮したのだが、国民にさっぱり人気のない福田がムニャムニャとした口調で記者会見を開いても世間はそれほど感動せず、さらに裏工作も仕組まれていないのだとすれば、成功の確率はほとんどゼロである。ということは、福田としては、追い詰められてのことではあるが、相当思い切った単独行動に出て血路を開こうとしたのには違いないが、世論の支持は得られず、抵抗勢力の反撃だけが激しくなって、政権の生命を縮める可能性の方が大きくなったということである。

 一方で福田は、4月から少なくとも一旦は25円下がるガソリン税率については出来れば4月末、そうでなくとも衆参両院議長の斡旋案が示した期限ギリギリの5月末までに衆院で再議決して元に戻す意向を表明しているが、現実には、この原油高の中で一度下がってしまった税金をすぐにもう一度上げるというのは、圧倒的とも言える世論の支持がなければ難しく、内閣支持率31%・不支持率53%、ガソリン税値下げを「よいことだ」72%・「よくないことだ」12%という世論状況(31日付朝日調査)ではとうてい不可能といえる。自民党は大筋、再議決やむなしという方向ではあるが、町村官房長官が首相に早期に再議決への決意を表明することで自治体や業界の混乱を回避しようとする立場であるのに対して、自民党執行部は「首相が明言してしまうと、再値上げが出来なかった場合に責任問題が避けられなくなる」として町村の動きを牽制している。世論がよほど大きく変わらなければ、自民党が再議決で結束しきれないかもしれず、その場合にそれだけの理由で福田が退陣に追い込まれる事態を回避しようというのが党側の意図だが、その時にしかし、古賀、二階らは暫定税率復活を強行させて福田が世論の袋叩きに遭うのを放置した上で、福田を引きずり下ろして、それと道連れに一般財源化を反故にしようとするかもしれない。それが福田名義の約束手形で、自民党が裏書きしていないということであれば、破棄するのは難しくない。

 こうして、早ければ4月末にも内閣総辞職、福田引退という場面も考えられる緊迫した情勢となってきた。

●財務省が福田政権を殺す?

 こんなことになったのも、福田が財務省に対して全く警戒感がないどころか、旧大蔵省コンプレックスではないかと思わせるほどの従順さでそのマインドコントロールを受け容れているからである。

 日銀総裁人事の混迷について彼が「(野党が言う)財金分離という意味がさっぱり分からない。むしろ財金が連携して初めて日本経済は適切な運営が出来ると信じている」と繰り返し表明しているのは、トボけているのではなく本当に分かっていないからで、だからこそ財務省事務次官出身者を2度も持ち出して拒否されて、後の対策が立たない思考の“空白”に落ち込んでいるのである。財政と金融が連携しなければ経済運営がうまくいかないのは当たり前で、誰もそんなことを否定していない。旧大蔵省=財務省の金融支配と日銀制御を復活させたのでは改革はすべて逆戻りになってしまうということを野党も言っているのであって、その意味が「さっぱり分からない」のでは日本の総理大臣をやる資格はないとさえ言える。

 道路財源の一般財源化というのは、それ自体は正しい改革の方向ではあるが、実はそれもまた財務省の要求である。道路に限らず特別財源を議員立法で次々に作って各省庁の独自予算としたのは、専ら若き故・田中角栄の才覚によることで、それ以前には旧大蔵省の一般財源から各省別の予算を振り分けて貰うしかなかった旧建設省も、このお陰で大蔵省から干渉されない独自の財布を握ってほとんど自由に使うことが出来るようになり、以後、田中とその派閥には頭が上がらなくなった。それを大蔵省は歯噛みしながら見ていたわけで、何とかしてこの特別財源を建設省から引きはがして一般財源に組み入れることは大蔵省の積年の悲願だった。

 そこで問題は、道路財源を一般財源にして「土建国家ニッポン」の基礎を突き崩すのはいいとして、それをそのまま財務省に委ねて同省の権限を強めるだけでいいのかということである。それでは、片山善博=前鳥取県知事(慶応大学教授)が指摘するように、国土交通省と財務省の縄張り争いで政治が財務省側に加担したというだけのことになってしまう。一般財源化ということは、それを道路以外の目的にも使うことになるが、そこで、それを決めるのは財務省なのか地方自治体なのかという問題を決定しなければならない。当初はひたすら特別財源と暫定税率の維持を主張していた東国原英夫=宮崎県知事が最近は「一般財源化された後の地方への配分方法を明確にしてほしい。逆に、地方での道路整備が進むチャンスかもしれない」と言い出している(31日付朝日)はそこのところで、実際、国交省から取り上げた財源の全部もしくは大部分を地方に回してその使途を自由に決めさせるということになれば、地方分権の流れにも沿うことになるし、道路建設をめぐる無駄もむしろ省けるかもしれない。民主党の対案が、財源一般化と暫定税率廃止と共に「国直轄事業の地方負担金廃止」を3本柱の1つとしているのも、他の措置とも組み合わせて地方の自主財源を増やして結果的に暫定税率を維持する場合よりも地方が潤うようにしようという狙いからのことである。この辺は今ひとつ説明不足でディテールも曖昧だが、大いに議論すべきことである。「一般財源化は大いに結構。しかし財務省の焼け太りには反対。財源を地方の自主財源へ」という主張をもっと説得的に展開すれば、この議論はより実りあるものとなる。そうなればますます福田は追い込まれ、財務省の期待したような方向に問題が決着せず、同省からも彼が見放されることになる。▲

Profile

高野 孟(たかの・はじめ)

-----<経歴>-----

1944年東京生まれ。
1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。
通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。
同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。
80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任し現在に至る。
94年に故・島桂次=元NHK会長と共に(株)ウェブキャスターを設立、日本初のインターネットによる日英両文のオンライン週刊誌『東京万華鏡』を創刊したほか、PC-VAN・NIFTY-Serve・MSN、富士通ブロードキャストその他電子メディアのコンテンツ創造、講談社・小学館・集英社その他出版社のウェブサイト開設、『インサイダー』のメルマガ化、などを次々に手掛け、インターネット・ジャーナリズムの先駆的開拓者と呼ばれた。
現在、それらの経験を活かして、独立系メディアの総合サイト《THE JOURNAL》に取り組んでいる。
2002年に早稲田大学客員教授に就任、「大隈塾」の授業「21世紀日本の構想」、ゼミ「インテリジェンスの技法」、社会人ゼミ「ネクスト・リーダーズ・プログラム」を担当している。

-----<出演>-----

『サンデープロジェクト』
(TV朝日系、日曜10:00~)

『朝まで生テレビ!』
(TV朝日系、最終金曜25時頃~)

『たけしのTVタックル』
(TV朝日系、月曜日21:00~)

『情報ライブ ミヤネ屋』
(読売TV系、月~金曜21時~)

BookMarks

東京万華鏡:TOKYO KALEIDO SCOOP
http://www.smn.co.jp/

INSIDER:インサイダー
http://www.smn.co.jp/insider/

大阪高野塾
http://www.osaka-takano.com/

-----<著書>-----


『滅びゆくアメリカ帝国』
2006年9月、にんげん出版


『ニュースがすぐにわかる世界地図(2006年版)』
2005年、ポスト・サピオムック


『最新・世界地図の読み方』
1999年、講談社現代新書

『情報世界地図 98』
1997年、国際地学協会

『地球市民革命』
1993年、学研

『21世紀への世界時計』
1991年、集英社

『入門世界地図の読み方』
1982年、日本実業出版社

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