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2008年3月17日

“空白への恐怖”に左右される福田政権

日銀総裁人事、打開へ

 政府は今日中にも、19日で任期切れとなる日本銀行総裁の後継人事について何らかの打開策を国会に提示することになろう。理屈上は、(1)政府が「ベスト」と自負する武藤敏郎副総裁の昇格を再提示する強硬策、(2)現総裁の任期を延長する法改正もしくはすでに副総裁就任が確定している白川方明京大教授の一時的な総裁代行就任など暫定案、(3)野党が受け容れやすい別の人選を提示——などの方策がありうるが、(1)は、町村信孝官房長官は与謝野馨前官房長官が16日のNHKテレビ討論で「参院で否決されたものをもう一度ぶつけるのは乱暴すぎる」と指摘したとおり、自民党内でも合意は得られまい。(3)がベターで、民主党の鳩山由紀夫幹事長は同じく16日のサンプロで「財務省出身者ならダメということでなく、財務官経験者(の黒田東彦アジア開銀総裁や渡辺博史国際金融情報センター顧問)なら国際的な視野を持っており反対しない」という趣旨を語っている。が、19日が目前に迫っている中で人選と国会での手続きが間に合うかどうかという問題がある上、「結局は民主党が総裁を決めた」という印象を生む可能性もある。そこで(2)の暫定案を採って人選にしばらく時間をかけるという選択に落ち着く公算が大きい。

●「財金分離」の原則論

 政府・与党もマスコミも余りよく理解していないように思われるのは、民主党の武藤反対論の根拠となっている「財金分離」論の意味である。新聞の論調はほぼ一様に、民主党がそのような原則論にこだわっているのは非現実的だ」というものだが、17日付毎日新聞「風知草」で山田孝男専門編集委員が正しく指摘しているように、同党の主張には「歴史と人脈がある」のであって、昨日今日の思い付きではない。

 言うまでもないことだが、80年代後半〜90年代のバブルとその崩壊による“失われた10年”あるいは15年を生み出したA級戦犯は旧大蔵省である。中曽根内閣時代に国有財産の払い下げやNTT株の大々的な売り出しで土地と株への国民的狂奔を作り出したのは同省であったし、その結末としての銀行の不良債権問題に度々対処を誤って傷口を広げて史上空前の金融スキャンダルに発展させたのもまた同省であった。山田は「甘い判断お積み重ねで深手を負っていくさまが第2次世界大戦下の内閣と軍官僚を思わせ、“第2の敗戦”といわれた」と書いているが、それを憎しみを込めてそう呼んだのは故司馬遼太郎だった(『土地と日本人』ほか)。金利政策を誤って急激な引き締めに走って経済をオーバーキルした直接の責任は日銀にあったが、当時日銀は大蔵省支配下にあり、総裁も大蔵次官出身で、護送船団方式と言われた大蔵省の銀行界丸抱えの金融政策の迷走が日銀をも誤らせたことは明らかで、そのために橋本内閣時代に大蔵省が“金融”の機能と権限を剥奪されて「金融庁」が発足し、「財金一体」が自慢のスローガンだった同省は片肺を失って「財務省」という屈辱的な名称変更を受け入れなければならなかった。そしてそれを表裏一体のこととして、日銀法を改正して大蔵省の日銀に対する監督権も削除されたのである。

 その当時、大蔵省の戦争犯罪追及の先頭にあったのが、自社さ連立与党の一角を占めていた「さきがけ」の田中秀征、鳩山由紀夫、菅直人であり、その直下で理論や政策をになったのが前原誠司、枝野幸男、玄葉光一郎、簗瀬進、安住淳、福山哲郎、長妻昭らであった。政界を引退した田中を別にすれば、そのすべてが今は民主党のトップないし中堅幹部であって、そのことを山田は、この党の主張の背景にはそういう歴史と人脈があると指摘したのである。

 これは元さきがけの人たちにとっての単なるノスタルジアの問題ではない。すでにその時から、旧大蔵省を頂点とする霞ヶ関官僚の実質的な日本支配に終止符を打つことは、避けて通れない時代の中心課題であって、橋本内閣の中央省庁再編と地方分権改革が肝心の旧大蔵省権力の解体だけは避けようとして中途半端なものになり終わろうとしていた中で、さきがけの面々はそうさせないように頑張ったのであったし、しかし田中秀征はその成果に不満であることを理由の1つとして、さきがけを離れ、政界にも見切りをつけたのであった。

 「改革」とは詰まるところ、旧大蔵省を頂点とした官僚権力の革命的な解体のことであり、その中では同省の「財務省」への再編と「金融庁」の発足は決定的に重要な第一歩だったであり、そしてその前後、最後の大蔵事務次官、最初の財務事務次官として異例とも言える長きにわたってトップの座にあって、その改革に反対し続けたのが武藤という人物である。まさに「財金分離」による大蔵省と日銀それぞれの改革にとって最大の障害であった人物が、その後、日銀副総裁になるということ自体が反改革的であり、ましてやその副総裁を無難にこなしてきたからというだけの理由で総裁にするなど信じられないほど反改革的である。そこに、まさに「改革帳消し内閣」としての福田政権の本質が露呈しているというのに、旧さきがけが中枢の大きな部分を占めている民主党が賛成できるわけがない。こんなことも分からずに、「武藤のどこが悪いのか」などと言っているマスコミには反吐が出る思いがする。鳩山がテレビで言ったとおり、マスコミも財務省の根回し工作に屈しているのである。

 確かに、小沢一郎代表にそれほどの想いがあったかどうかは疑問で、鳩山が16日のテレビで示唆したところでは、「政権を獲った時に財務省を完全に敵に回していいものかどうか」と小沢が言い、鳩山らも「そういう判断もあるか」と武藤容認に傾いた時期もあったようだ。が、与党が予算案の強行採決に踏み切ったことから小沢が強硬論に転換、日銀総裁についても、鳩山の表現によれば「こうなれば(財金分離=原則論の)純粋な立場に立ち戻るべきだ」という判断が固まったのであって、その意味では、わずかに迷いが生じたこともあったけれども、本来あるべき主張が雨降って地固まる風になっただけのことである。

●ガソリン税も一時値下げか

 日銀総裁が決まらないというのは、別に驚くことでもない。サンプロで榊原英資早大教授が言い切っていたように「日銀は組織的に政策を決めているので、総裁が決まらないからと言って経済には何の影響もない」というのが本当である。マスコミがこれまた口を揃えて「国際的信用が失墜する」と言うのは、財務省の囁きを鸚鵡返しにしているだけで、こんなことがなくても日本の経済運営がすでに信用されていないという事実を忘れている。むしろ問題は、これまでは政府・与党が決めた総裁候補が国会で反対されるなどということ自体がありえないことだという、自民党一党支配時代の発想の延長で事に当たってきて、候補がきちんと所信を述べて質疑をした上で国会議員が判断するという(米欧では時間をかけて慎重審議するのが当たり前の)国会同意人事が全く形骸化していて、もめた場合の最低限のルールさえ出来ていないことが露呈したことである。

 ねじれ国会が悪いことであるかに言う論調も相変わらず根強いけれども、こういうケースの1つ1つについて新しい体験を積みながらルール化していくことが課題であり、日銀総裁人事もそのようなケースの1つである。総裁が決まらない場合に任期を延長したり代行を置いたりするルールは、この結果がどうなるにせよ、確立しておいた方がいいし、そういうことが両院がねじれたり政権が交代したりすることが当たり前のような政治風土を耕していく努力となるのである。

 福田内閣にはそのような自覚がなく、対応がよろずグズグズと遅れ、せっぱ詰まると“空白の恐怖”に促されて強行突破を図るということの連続で、それはたまたま現在は小泉内閣の遺産である衆院3分の2超の議席を持っているから成り立っているものの、そうでない場合には全く対処のしようがなくなってしまう。このようなダラダラと続く無為無策と発作的な強行突破の繰り返しが「何をやっているのか分からない福田政治」という印象を生み、内閣支持率の低下に次ぐ低下をもたらしている。

 この有様では、道路特別財源とガソリン税の暫定税率の問題を巡っても同様のことが繰り返され、結果として年度末までに与野党合意は成立せず、4月からガソリン税の25円値下げが(少なくとも一時は)実現してしまう公算も大きくなっている。それをまた強行採決で持ち上げ直して元に戻すのは至難で、“空白の恐怖”はいよいよ福田にとって現実となって政局運営に行き詰まる場合も考えられる。民主党はそこで解散・総選挙に追い込みたいのは当然だが、自民党としてはこの福田を頂いて選挙をやるという選択はありえないので、内閣総辞職によって乗り切ろうとするだろう、いずれにせよ3月末以降は大波乱含みとなる。

 福田としては解散も総選挙もせずに7月の洞爺湖サミットまで何とか持ちこたえて、地球温暖化問題で目覚ましいイニシアティブを発揮することで政権浮上を図ろうという計算だが、その布石としての4月胡錦涛中国主席来日も餃子問題とチベット暴動でどうなるか分からず、肝心の温暖化では16日まで開かれたG20(主要20カ国閣僚級会合)で日本の産業別積み上げ方式による削減目標という案はほとんど見向きもされず、ポスト京都議定書の枠組みについて何の方向性も打ち出すことが出来なかった。

 こうして、すでに各種調査で支持率が30%台前半に入り始めた福田内閣には、赤の点滅信号が灯っている状態である。3月末から4月にかけてそれが赤信号に変わる可能性は50%以上とみるべきだろう。▲

2008年3月 4日

3月末福田退陣?と日刊ゲンダイ!

今日の「日刊ゲンダイ」は「福田3月末退陣濃厚」という大見出しで、何が起きたかと思わず大阪駅のKIOSKで買ってしまったが、前日の株価が610円も下げて1万3000円を割ったのが「福田辞めろ」コールに拍車をかけているというだけで、記事の中身は何もないに等しい。確かに内閣支持率の低下は深刻で、読売、毎日、産経のどの調査でも不支持率が50%を割った。朝日4日付の調査でも不支持50%、支持32%で、その大きな要因としては、「ガソリン税をめぐる福田首相の姿勢や対応を「評価する」はわずか18%で、「評価しない」が66%にも昇っていることがある。今後10年間に59兆円を投じて道路を作る政府計画については、賛成15%、計画削減を求める声は71%に達した。これでは自民党内からも「福田ではやっていけない」という声が高まるのは必然である。

福田が3月に辞任しなければならなくなるとすれば、ガソリン税の上乗せ暫定税率を10年間延長するための租税特別法案を予算案と共に衆院で強行採決したものの、それに反発した野党が参院で審議を拒否したり、徹底審議を求めて引き延ばしたりして、年度内に祖特法が成立せず、4月1日から実際にガソリン代が25円値下げになってしまった場合だろう。予算は、衆院優位の原理によって、参院がどうあれ30日以内に成立するが、祖特法は60日を過ぎた後に衆院で再可決するしかないから4月1日には間に合わない可能性がある。例の衆参議長裁定で「年度内に一定の結論を得る」ことに野党も合意しているから引き延ばしは出来ないはずだと与党は読んでいるのかもしれないが、道路計画の吟味も道路財源の放埒な無駄遣いの解明も終わっていないのに審議を事実上打ち切って強行採決したこと自体が与党側の裁定違反であるから、それに反発する野党が「裁定を壊したのは与党だ」と主張するのを阻むことは出来ないのではないか。

とすると、ガソリン税は少なくとも一旦は25円値下げせざるを得ず、一度下げたものをまた上げるとなれば世論の反発は数倍になり、内閣は持たないということになりかねない。今日の大阪読売TV「ミヤネ屋」では、そういう視点でかなり時間をかけてニュース分析を行った。▲

2008年3月 3日

三島由紀夫の幽霊が出てきそうだ!

昨日は夕方から福井市で、早稲田のOB組織=稻門会福井支部の総会での記念講演があって、懇親会にも付き合った後、福井の名門企業=江守商事の揚原安麿常務(元日本青年会議所会頭)の案内で同市JCの若手の皆さん10人ほどと深夜まで懇談。今朝は二日酔い気味の中8時に汽車に乗って京都へ。巡回ルートになっている河原町から寺町にかけてのいくつかの古本屋さんを歩いていて、ある店の店頭ワゴンに三島由紀夫『葉隠入門』(カッパブックス)が500円の値札を付けて置いてあって、懐かしくて思わず買ってしまった。

その本は1967年、三島が市ヶ谷の自衛隊本部に殴り込んで自決する3年前に出た。私が買った古本の奥付を見ると75年=62版とあるから大変なベストセラーだったことが分かる。私は三島事件のとき駆け出し記者2年目で、とるものも取り敢えず市ヶ谷に駆けつけて、中の様子も分からぬまま遠巻きのようにして何やら緊迫したその場の雰囲気を嗅ぎ取っていただけだったのだが、それからこの事件について論評を書かなければならなくなって、真っ先にこの『葉隠入門』を読んだ。が、その本はとっくに手元になく、それから38年を経てたまたま今日、それが500円の値札を貼られているのに遭遇したという訳である。夕方、数十年来通っている河原町の万菜屋「いろめし黒川」に寄って一杯飲みながらページを繰った。

今読み直すと、この頃にすでに三島の中で生と死についての考え方が相当煮詰まっていたことを改めて思い知る。『葉隠』と言えば「武士道といふは、死ぬ事と見付けたり」のワンフレーズだけが知られていて、封建時代のファナティックとも言うべき滅私奉公の道徳観が述べられているだけだと思い込んで、真面目に繙いてみようともしない向きが多いかと思うが(私もかつてそうだった)、そうではなく、現代にも十分通用する警世の書だと、三島が熱く語っている。

彼に言わせれば、「死ぬ事と見付けたり」というのは、それ自体が太平の世の武士の堕落に対する逆説的な文明批評である。江戸開幕から80年余を経過して、元禄、宝永ともなると、儒学や軍学や士道論なども興る一方、蕉風の俳諧や近松の戯曲、西鶴の小説なども興って一種のルネッサンスの風潮があり、町人ばかりか武士までもが歌舞音曲にうき身をやつしたり、戦国剛健の気風が衰えきった時代であって、その士道論や儒学、軍学自体も、いたずらな観念論にふける傾きがあった。その世相に対して、武士とは命懸けで国を支えるべきものだという武士道精神の再興を企図して佐賀藩士=山本常朝が論述したのがこの書なのだ。「死ぬ事と見付けたり」の後はこういう文章が続く。

「武士道といふは、死ぬ事と見付けたり。二つ二つの場にて、早く死ぬほうに片付くばかりなり。別に仔細はない。胸すわって進むなり。図に当たらぬは犬死になどという事は、上方風の打ち上がりたる武道なるべし。二つ二つの場にて、図に当たらぬことのわかることは、及ばざることなり。我人、生くる方がすきなり。多分すきの方に理が付くべし。若し図にはずれて生きたらば、腰抜けなり。この境危ふきなり。図にはずれて死にたらば、犬死気違なり。恥にはならず。これが武道に丈夫なり。毎朝毎夕、改めては死に改めては死に、常住死身になりて居る時は、武道に自由を得、一生越度(おちど)なく、家職を仕果たすべきなり」

死ぬか生きるかの二者択一が迫られる場面で、ためらいなく死ぬ方を選ぶのが武士の本質である。正しい目的を達成できないうちに死ぬのは犬死だとそれを避けようとするのは上方風の打算的な考え方である。実際にはその二者択一の場面で、絶対に正しいほうを選ぶということはむずかしい。なので人は、誰でも死ぬより生きるほうがいいに決まっているので、生きることに傾きがちであるけれども、目的を達成できずになお生きているのは腰抜けである。このへんがむずかしい。目的を達成できなくても、死を選んでさえいれば、犬死、気違いとそしられることはあっても恥ではない。これが武士道の本質である。常に死ぬ覚悟を持つことで武士は自由の境地を得、それによって一生誤りなく国に奉公することができるというものだ、と。次のような一節もある。

「今時の奉公人を見るに、いかう低い眼の着け所なり。スリの目遣ひの様なり。大かた身のための欲得か、利発だてか、又は少し魂の落ち着きたる様なれば、身構へをするばかりなり。我が身を主君に奉り、すみやかに死に切って幽霊となりて、二六時中主君の御事を歎き、事を整えて進上申し、御国家を堅めると云ふ所に眼をつけねば、奉公人とは言はれぬなり。上下の差別あるべき様なし」

奉公人を今の役人、サラリーマンと読み替えればいい。社保庁や厚生労働省や国土交通省や防衛省の役人も、あれこれの偽装にまみれた経営者も、みないかにも志がなく自分の欲得だけで小利口に立ち回ろうとしていて、スリの目付きをしている。主君は今は(憲法上)国民であり、その国民に一身を捨てて仕える気構えを持って、一旦死んで幽霊になったくらいのつもりで、絶えず国民のためを思い、物事を整理して勇気をもって具申し、国の基礎を固めるという立場に立たなくては、役人ともサラリーマンとも言えない。このことには上下の区別はない。ここまで来ると、『葉隠』が「死ね!」と言っていることの意味が一層明らかになるだろう。元禄の世と同様、いやそれ以上に今は死ぬ覚悟で職に賭ける者が少ない。今時の若者もダメだと同書は言う。

「三十年来風規相替はり、若侍ども出合いの話に、金銀の噂、損徳の考へ、内証事の話、衣装の吟味、色欲の雑談ばかりにて、この事のなければ一座しまぬ様に相聞こへ候。是非なき風俗になり行き候」

近頃は若侍が集まれば金の話、損得の話、家計のやりくり、ファッション、色欲のことばかりで、こうした話題がなければ座が白けるほどだという。困った風潮になったものだ。こういう若者たちに『葉隠』は、「お前ら、武士として死ぬ覚悟はないのか!」と迫っているのである。

三島は書いている。「現代社会の方向には、社会主義国家の理想か、福祉国家の理想か、二つに一つしかないのである。自由の果てには福祉国家の倦怠があり、社会主義国家の果てには自由の抑圧があるのはいうまでもない。人間は大きな社会的ヴィジョンを一方の心で持ちながら、そして、その理想へ向かって歩一歩を進めながら、同時に理想が達せられそうになると、とたんに退屈してしまう。他方では、一人一人が潜在意識の中に、深い盲目的な衝動を隠している。それは未来にかかわる社会的理想とは本質的にかかわりのない、現在の一瞬一瞬の生の矛盾にみちたダイナミックな発現である。青年においては、とくにこれが端的な、先鋭な形であらわれる。また、その盲目的な衝動が劇的に対立し、相争う形であらわれる。これは自由への衝動と死への衝動といいかえてもよい。……戦時中には死への衝動は100パーセント開放されるが、反抗の衝動と自由の衝動と生の衝動は、完全に抑圧されている。それとちょうど反対の現象が起きているのが戦後で、反抗の衝動と自由の衝動と生の衝動は、100パーセント満足されながら、服従の衝動と死の衝動は、何ら満たされることがない」

この生と死の弁証法を突き詰めていく中で、彼は高度成長日本の退屈に耐えかねて、図に当たらずにおめおめと腰抜けとして生きるよりも、図に当たらずとも潔く死んで気違いと言われることを選んだ。しかし、その身を以ての警鐘も現代の主君の心には響かず、その後の日本はバブル狂乱とその崩壊による茫然自失に陥り、今また金融資本主義の暴走や偽の横行の中でどう生きたらいいのかも分からなくなっている。三島が岩波文庫の『葉隠』を額に縛って幽霊となって出てきそうな気配である。▲

Profile

高野 孟(たかの・はじめ)

-----<経歴>-----

1944年東京生まれ。
1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。
通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。
同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。
80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任し現在に至る。
94年に故・島桂次=元NHK会長と共に(株)ウェブキャスターを設立、日本初のインターネットによる日英両文のオンライン週刊誌『東京万華鏡』を創刊したほか、PC-VAN・NIFTY-Serve・MSN、富士通ブロードキャストその他電子メディアのコンテンツ創造、講談社・小学館・集英社その他出版社のウェブサイト開設、『インサイダー』のメルマガ化、などを次々に手掛け、インターネット・ジャーナリズムの先駆的開拓者と呼ばれた。
現在、それらの経験を活かして、独立系メディアの総合サイト《THE JOURNAL》に取り組んでいる。
2002年に早稲田大学客員教授に就任、「大隈塾」の授業「21世紀日本の構想」、ゼミ「インテリジェンスの技法」、社会人ゼミ「ネクスト・リーダーズ・プログラム」を担当している。

-----<出演>-----

『サンデープロジェクト』
(TV朝日系、日曜10:00~)

『朝まで生テレビ!』
(TV朝日系、最終金曜25時頃~)

『たけしのTVタックル』
(TV朝日系、月曜日21:00~)

『情報ライブ ミヤネ屋』
(読売TV系、月~金曜21時~)

BookMarks

東京万華鏡:TOKYO KALEIDO SCOOP
http://www.smn.co.jp/

INSIDER:インサイダー
http://www.smn.co.jp/insider/

大阪高野塾
http://www.osaka-takano.com/

-----<著書>-----


『滅びゆくアメリカ帝国』
2006年9月、にんげん出版


『ニュースがすぐにわかる世界地図(2006年版)』
2005年、ポスト・サピオムック


『最新・世界地図の読み方』
1999年、講談社現代新書

『情報世界地図 98』
1997年、国際地学協会

『地球市民革命』
1993年、学研

『21世紀への世界時計』
1991年、集英社

『入門世界地図の読み方』
1982年、日本実業出版社

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