インサイダーは04年にNo.175と182の2回連続で「憲法第9条をめぐる対立軸の変位/改憲VS護憲からへ集団的自衛権VS集団的安保体制論」という長い論説を掲載し、さらにそれを補足する資料としてNo.183に国際法の領域における「戦争の違法化の歴史」についての資料を掲載した。テロ特措法をめぐる議論の根底にある問題を整理するのに役立つと思われるので、これらを一挙再録する。
(1)憲法第9条をめぐる対立軸の変位——改憲VS護憲からへ集団的自衛権VS集団的安保体制論(i-NS175)
2004年の日本政治は、イラクへの自衛隊派遣をめぐる論争が、7月参院選を経て、そのまま恐らく今年後半に本格化する憲法改正、とりわけ第9条の扱いをめぐる論争に繋がっていくという恰好で基調が形作られることになるだろう。
実際、通常国会冒頭から与野党対決の焦点となったイラク派兵をめぐっては、小泉純一郎首相は、憲法前文の「平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う」「いづれの国家も自国のことのみに専念してして他国を無視してはならないのであって」といった個所を(俄勉強の一知半解の域を出ていないものの)盛んに引用して派兵を正当化しようとし、それに対して菅直人=民主党代表は、自衛隊が事実上の戦闘地域に出て行って、国際法的ステータスも占領軍の一員であることからして、派兵の「憲法違反」は明白で、小泉と神崎武法=公明党代表は辞任すべきだと主張した。
また27日の衆院予算委員会で民主党の生方幸夫が米国追随・国連軽視だと迫ったのに対し、小泉は「現実的に日本に危機が起きた時、国連は国連軍を投じて日本の侵略を防いでくれるわけではない」と、国連の“役立たず”を指摘して、日米同盟重視の立場を強調した。本当ならここで小泉は、同じく憲法前文の「恒久平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの平和と生存を保持しようと決意した」という個所をこそ引用して、国連の場を通じての国際紛争の公正かつ信義に基づく平和的解決こそが基本であって、日米同盟による集団的自衛権の事実上の発動によるイラク派兵やその“見返り”としての朝鮮半島や日本の危機への対応は国連憲章及び日本国憲法の趣旨には合致しないことを認めるべきであったろうが、彼はむしろ、国連をバカにして、日米安保しか頼るものはないという立場を鮮やかにした。
しかしこのような小泉のスタンスに対して、加藤紘一、古賀誠の幹事長経験者2人が公然と反旗を翻し、また宮沢喜一=元首相も反対を唱えている。さらに、元代議士とはいえ郵政相や防衛政務次官も務めた箕輪登が「イラク派遣は明らかに憲法第9条、自衛隊法に違反する。日本は法治国家であり、総理大臣が法を守らないでいいのか」と、派遣差し止めと慰謝料1万円を求める訴訟を起こした。“慰謝料”は、「イラクの自衛隊員だけでなく、国内外で活動する日本人がテロの標的にされる可能性は明らかに増大し、人間として平和的に生きたいと考える自分にとって耐え難い精神的苦痛である」ことを理由としたもので。極めてまっとうな憲法・法感覚である。旧宏池会を中心にシニア・長老クラスにこのような感覚が根強く残っていることが、ある意味で自民党の健全さである。
こうしたイラク派兵論争の構図が、そのまま憲法第9条をめぐる論争に引き継がれ、従ってそれは当然にも、さらなる政界再編の引き金となる可能性を孕んでいる。
●改憲論争の構図
戦後長い間、憲法をめぐる論争の対立軸は「保守=改憲VS革新=護憲」で、その基本的な様態は、保守陣営では、少数ではあるが声の大きい戦前回帰型の“自主憲法”制定論(天皇元首/本格再軍備=自主防衛/徴兵制復活等々)と、それはいくらなんでも極端で、日米安保体制下ではさしあたり個別的自衛権の明示化と自衛隊の存在の認知があれば十分で、そのためには憲法解釈の変更で事足れりとする“解釈改憲”論の多数派とが混在し、それに対し社共両党を中心とした革新陣営では、解釈改憲派が地ならしした道を通って自主憲法派が日本軍国主義を復活させようと企んでいるとの情勢認識に立って、「第9条に一指たりとも触らせるな」と叫ぶ“護憲”論が徹底抗戦の陣形を張った。
自主憲法論は、戦前へのノスタルジアと「国家たるものかくあるべし」といった観念論とを基礎としていてそもそも時代錯誤であるのに加えて、安保下の戦後の現実では重武装による自主防衛体制など米国はじめ国際社会が許すはずもなく、二重の意味で非現実的であって、中曽根康弘=元首相あたりをその最後の変種として、目に見えて衰退していく。他方、解釈改憲論は、日米安保条約も、本来その下で在日米軍を補完するものとして創設された自衛隊も、解釈によって“合憲”と主張するのであるから、改憲論というより護憲論の一種であり、その枠組みの中で、有事立法の制定、シーレーン防衛に名を借りた対ソ日米共同作戦範囲の拡大、91年湾岸戦争後の自衛隊による機雷処理作戦参加、PKO協力法、日米安保再定義に基づく周辺事態法での“後方支援”容認、そして今回のイラク特措法による自衛隊派兵……とギリギリのところまで積み重ねてきて、しかしこれ以上進んで“集団的自衛権”の容認に踏み出すとなると、もはや原理的転換であって解釈変更によって行うことは出来ないということから、まさにそこを焦点とした改憲論に発展しようとしている。
自主憲法論が、少なくとも気分の問題として対米自立の契機を含んでいたのに対して、集団的自衛権の解禁をめざす最近の改憲論は、日米同盟重視の立場から、とりわけ冷戦終結後(そして9・11後はますます)、“唯一超大国”として振る舞う米国の要請に応えて日本も海外での武力行使に踏み込もうとするもので、徹頭徹尾、対米追随的であるところに特徴がある。
もちろん、日米安保条約の双務化——日本が侵略されたときには米軍が支援してくれるのに、米国が侵略されたときには日本は何もしないという片務性を解消したいという問題は、安保が出来たときからの米国の要求であり、上述の一連のなし崩しの解釈改憲は基本的にそれに応えるためのものであった。しかし9・11以降、凶悪なテロに対して国際社会が一致協力して闘うべきだという機運が生じ、国内世論的にも「それは日本だけ逃げるわけにいかないよな」「北朝鮮の脅威も間近にあるわけだし」という雰囲気が広がる中で、保守陣営の中に第9条に手を着ける好機到来という判断が強まっているのである。
このような新改憲論に対して、旧来型の護憲論はほとんど無力である。それは、“一国平和主義”と揶揄されてきたように、「自分だけよければそれでいい」という狡いエゴイズムと同一視されがちで、それに反論するに、日本は軍事以外の経済、文化、人権等々の分野で積極的に国際貢献すればいいのだと言いながら、そのような非軍事的貢献で世界の人々から賞賛されるような具体的な方策を打ち出して実行に移すわけでもなかった。「ダメなものはダメ」と言っているだけでは、国際的にはもちろん国内的にも説得性を失って袋小路に追い込まれ、これまでもそうだったように、結局のところ「反対」の声を上げている内に保守のやりたい放題がまかり通っていくことになりかねない。そこで、あくまで不戦の原理に立って憲法の前文と第9条の理念を守りつつ、集団的自衛権の解禁には断固として反論し、そのことを含めて第9条を解釈の余地のないほど明確にするための、もう1つの改憲論が必要で、民主党の最近の憲法論にその萌芽が見える。同党が憲法論から逃げずに、国民誰にも分かりやすく理論構築し、条文案も提示して議論を巻き起こすことが、現在有効な唯一の歯止めと言える。
●護憲的改憲論?
その点で面白いのは、国際法学者である大沼保昭=東京大学教授の「護憲的改憲論」である。同教授は93年に最初に発表され、当時の日本新党の憲法論にも影響を与えたもので、最近の法律雑誌『ジュリスト』1月1日・15日合併号の大特集「憲法9条を考える」の中でも改めてそれを論じている。
彼の議論の最大のポイントは、「9条の『武力による威嚇又は武力の行使』を、日本自身の個別国家としての利益追求のための武力行使と、国連の決定・要請・授権の下に行われる国際公共価値実現のための武力行使とに区別する」ことである。彼は要旨次のように言う。
「日本が憲法9条を維持し、9条の厳格解釈にしたがった政策をとり、9条の精神を諸国に説き続けるだけでは、国際社会で頻繁に行われる各国の武力行使をやめさせることはできない。(そういう)努力は尊いが、諸国が行う現実の武力行使に対しては、日本も他の諸国と共にさまざまな方法で対処しなければならない。その中で、国連憲章を中心とする国際法によって、武力の行使を、国連による集団的措置、自衛、それ以外の違法・不当な武力行使という範疇に分け、最後のカテゴリーに属すると国連が判断したものには国際社会の全構成員が武力行使を含む集団的措置で対処し、さらに軍縮の努力を積み上げることにより、徐々に武力行使を国際社会から減少させていくという方向こそ、2次の大戦を経た国際社会が営々と取り組んできた道である。日本国憲法はそうした戦争違法化の全人類的努力の重要な一環であり、そのことは、(パリ)不戦条約の語法を引き継いだ9条の文言、憲法前文に示された国際協調主義、憲法制定の過程などから明かなはずである」
93年当時、本誌は不勉強にして大沼教授の議論を知らなかったが、当時の梶山静六=自民党幹事長が「国連憲章と日本国憲法の関わりを本当に読みこなす必要がある」と発言したのを捉えて、同年2月1日号(旧インサイダーNo.288)で「《資料》国連憲章と日本国憲法——戦争の違法化の歴史」と題した長い記事を載せ、その冒頭で「たぶんその最も正しい読み方は……」として次のように述べた。
「第1に、国連を、第2次大戦の戦後処理機関としてスタートしたその歴史的制約と、さらに冷戦が始まったことによってますますそのあり方が歪められてきた現実と、その二重の限界から解き放って、改めて憲章の根本に立ち返り、場合によって『第3の国連』ないし『地球共同体協議会』のようなものを新たに創設するくらいの意気込みで、国連改革を推進する。
第2に、立ち返るべき憲章の平和理念とは、紛争解決の手段として個別国家が武力を用いることを原則として否定して、にもかかわらずどうしても武力行使が必要な場合には、国連に超国籍的な『国連警察軍』のようなものを設置してそれに解決を委ね、その代わり各国ごとの軍備は限りなく縮小し、最終的には廃絶することをめざすという、いわゆる『集団安全保障体制』の考え方であり、そこへ向かって世界的なコンセンサスを作り出していく先頭に日本が立つ。
第3に、そのために日本は、一国の国益確保の手段である自衛隊をいかなる名目の下でも海外に派遣することはせず、他方『国連警察軍』のようなものが適切な運営・指揮体制の下で実現した場合に日本人が『国際公務員』すなわち国連職員の資格でそれに積極的に参加し、また応分の資金も負担する用意があることを、憲法的にも明確にする。
第4に、その場合には自衛隊は分割・再編され、必要最小限の国境警備隊的な本来の自衛隊の存在を認める一方、陸上部隊の大半を国連警察軍に提供する。あるいはさらにその一部は、非武装の災害緊急派遣部隊あるいは地球環境防衛隊(グリーン・ベレー)としてもよい。国内の自衛隊は国連の警察軍機能が充実するにつれ縮小・廃絶され、また国連警察軍は世界にそれを必要としなくなるルールが確立するにつれ縮小・廃絶されることを予定する……。
そのように国連憲章と日本国憲法の関連を捉えて、その両方を条文上でもはっきりさせて趣旨を徹底するよう努めることが、真の国連中心主義であり、また憲法を尊重する道筋である」
その数年後、小沢一郎とこのことについて語る機会があったが、彼は、(1)国連の枠組みでの平和維持活動に日本が積極参加すべきであること、(2)米国の例えばベトナム戦争のような“私的な”戦争に集団的自衛権を発動して参加することは違憲であり絶対にしてはならないこと、(3)自衛権は個別的自衛権でさえもそれを口実に対外侵略が行われてきた歴史を踏まえて極めて制約的に運用すべきであること、(4)冷戦後の防衛構想を確立し、その下で自衛隊を分割・再編・縮小する案には賛成であること——などを述べた。本誌の“護憲的改憲論”とほとんど一致していたわけで、唯一違いがあったのは、91年湾岸戦争タイプの、確かに国連決議の裏付けはあるけれども米国指揮下にある多国籍軍に日本が参加することの是非であった。国連軍が編成できない現実では多国籍軍が役割を果たすのは当然というのが小沢で、そうは言っても多国籍軍というのは国際法上は各国の国権発動が束になっただけという疑いがあり、実体的には米国がうまく国連を利用したという一面があって、無条件で参加ということにならないのではないかというのが本誌だった。
その点をはじめいくつもの論点が残るが、しかし、小沢の国連(および将来の東アジアの地域安保機構)による集団的安全保障体制を是とし、集団的自衛権による対米軍事協力をそれと峻別するという立場は、今日まで一貫しており、昨夏の民主・自由合流後の小沢と横路孝弘の会談でその点で改めて一致したことが示すように、これを基礎にして民主党が第9条の扱いについて説得的な代案を提起することは可能である。
こうして、憲法論議は、自民党の集団的自衛権解禁論と民主党の集団安全保障論が鋭く原理的に対立する形で始まって行く公算が大きい。▲
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(2)憲法第9条をめぐる対立軸の変位(続)——旧式護憲論の破綻の後に(i-NS182)
前稿で、旧来の非武装=絶対平和主義による第9条解釈に立つ護憲論では、集団的自衛権に名を借りて海外派兵に道を開こうとする保守側の新改憲論に対して無力であることを指摘した。
旧式護憲論が無力なのは、第1に、自衛隊の存在そのものを違憲とすることによって、個別的自衛権さえも事実上、否定してしまうことになって、「日本がいざ侵略されたらどうするの」という素朴かつ最も基本的な問いに対して答えを持たないからである。
●山内敏弘流護憲論の破綻
旧式護憲論の代表的論客である山内敏弘=龍谷大学教授は、『ジュリスト』1月1日・15日合併号の大特集「憲法9条を考える」の巻頭座談会で、(1)憲法第9条第1項の「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」との規定が、侵略戦争を否定しつつも、自衛戦争と制裁戦争は許容したものであるという国際法の世界の常識については、「それはそうですよ。私も1項はそうだと思います」と言いながら、(2)第9条第2項で「陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない」との規定は、政府の解釈によっても「自衛のためであれ戦力保持はできない」ことを意味していて、(3)そうだとすると、「憲法で禁じられた戦力」と「憲法で認められた自衛力」について政府が明確な説明をしないまま、「現実に自衛隊は世界でベスト5に入るような、約5兆円という多額の防衛経費を支出し、定員約26万人の組織を持つ紛れようもない軍隊」すなわち事実上の戦力を育てているのは違憲である——という論旨を展開している。
山内が錯乱的なのは、1つには、自衛権を認めながら(集団的自衛権はともかく個別的自衛権を認めないわけにはいかないだろう)その実体的保証は何かについて語ることを避けている点にある。外からの侵略に対処するには、一般論として、(1)重武装の本格軍隊(戦力?)による自主防衛、(2)軽武装の国境警備隊的な自衛戦力(自衛力?)による専守防衛、(3)侵略軍に対する群民蜂起や占領軍に対するパルチザンなど全人民的な武力抵抗、(4)組織的な非暴力不服従運動、(5)無抵抗主義——などがあるが、山内は「自衛隊など必要なく、それがなくとも日本の安全は保てる」という立場だから、(1)はもちろん(2)も否定する。(3)と(4)は理屈の上では防衛構想の対案となりうるけれども、それならそれで普段から覚悟と準備が必要で、それなしには何のリアリティもない。非武装憲法を持つコスタリカでは、隣国ニカラグアの情勢が緊迫した時には市民が鉄砲を持って国境に終結したというが、そういう腹の据わり方は山内にも社民党・共産党にもないだろう。とすると彼は多分(5)で、それならそうと明言してくれれば分かりやすいのだが、つまりは集団的のみならず個別的自衛権さえも放棄することを主張しているのと同じことになる。これでは、自分の言っていることと辻褄が合っていないし、80%が「自衛隊は必要」と考えている国民の意識から余りにかけ離れている。
それを指摘されると山内は、「世論調査で9条を改めることに賛成ですか、反対ですかと問いかけた場合、今の9条を維持したいと考える国民が過半数を占めている」「自衛隊が必要だという人たちの中でも、自衛隊がこれまで何のために役立ってきたかと問いかけると、圧倒的多数は災害派遣のために役立ってきたと言っている」——つまり、国民の過半数は非武装を支持しており、自衛隊が必要だとする人たちの圧倒的多数は国防のためでなく災害派遣のために必要だと考えているにすぎないと主張する。ここまで来ると、滑稽を通り越して悲惨で、イデオロギーの囚われ人がどれほど現実を見失うかの見本と言える。9条を維持したいと思う人たちの中には、(1)自衛隊は違憲だから即事廃止、もしくは縮小・削減すべきだ、(2)自衛隊廃止とは言わないが非武装の理想はあくまで掲げ続けるべきだ、(3)自衛隊が大きくなりすぎるのを防ぐ歯止めとして9条維持が必要だ、(4)9条でも自衛権は認めていて自衛隊は合憲なのだからこのままでいい——など、いろいろな9条観があるはずで、これをすべて(1)に流し込もうとするのは無理がある。また「自衛隊がこれまで何に役立ってきたか」と問えば、今まで一度も戦争がなく、目に見えた組織的活動としては災害派遣しかなかったのだから、そういう答えが返ってきて当たり前である。それを国民の多くが自衛隊は国の安全のために必要だと考えていないことの証拠であるかに言うのは無茶苦茶である。
このような旧式の非武装・絶対平和主義では、「北朝鮮のミサイルが飛んできたらどうするんだ」という素朴な不安に答えることが出来ない。山内は「少しリアルな認識をしてみたときに、突然、北朝鮮が日本にミサイルを撃ってくるなどということは、ちょっと考えられない」と言うが、「ちょっと考えられない」から非武装でいいということにはならない。確かに、本誌もしばしば主張してきたように、第1に、何もない平時に、ある日突然、北朝鮮が日本にミサイルを撃ち込むということは99.9%あり得ない。金正日にはそうする理由も動機も考えられないからで、残り0.1%の可能性は彼が気が狂ってしまった場合だが、通常、戦略ゲームはお互いが最小限の合理的思考を保っているという前提でしか成り立たないことになっている。第2に、しかし、米ブッシュ政権が半ば発狂して北の核施設その他を“先制攻撃”する可能性は50%程度であり、その場合に金正日が100万歩兵をソウルに殺到させると同時に、韓国や日本にミサイルを撃ち込む可能性は50%程度であると仮定すれば、日本・韓国・中国の共同努力がブッシュの先制攻撃衝動を押さえ込むのに失敗した場合に日本が北のミサイル攻撃を受ける可能性は25%であり、それに備えない訳にはいかない。付け加えれば、第3に、その時に北のミサイルに通常爆弾か核爆弾のどちらが装着されるかは、ほとんど問題ではない。通常爆弾搭載のミサイルで韓国や日本の原子力発電所を攻撃すれば立派な核攻撃となりうるからである。
北朝鮮にせよ将来の中国にせよ、その他どこの国にせよ、日本にとって直接の軍事的脅威となることは「ちょっと考えられない」のは事実であり、またそうなることを予め防止する2国間および多国間の系統的な外交努力が何より優先されなければならないことは言うまでもないが、しかし日本への軍事攻撃は100%あり得ないと断言することは誰にもできない以上、万が一それが起きたときには日本国民はいかにして自衛権を発動するのかについて、非武装論者ははっきりとした代案を示さなければならず、それを怠る限り、保守側による脅威の誇大宣伝を利用した集団的自衛権の解禁への世論操作に敗北し続けるほかないだろう。
●軍事的国際貢献のサボタージュ
旧式護憲論が無力なのは、第2に、日本が世界の平和維持・構築のために積極的に国際貢献をなすべきであることは認めながら、しかし、その貢献は非軍事分野に限定すべきであると論証抜きに決め込んで、しかも、その非軍事的貢献について実際には何の具体的な組織・行動プランも示していないからである。これでは、「世界第2の経済大国である日本が平和のために汗も血も流さないのは卑怯者の誹りを受けるのではないか」という素朴な疑問に答えることはできない。
前出『ジュリスト』巻頭座談会で山内は「国際貢献」について、(1)戦後半世紀以上、日本が果たしてきた最大の貢献は、かつてのように他国を侵略せず、従って他国民も自国民も殺すことがなかったことである、(2)国際秩序の一翼を日本が担う必要があると思うが、軍事協力だけが協力でなく、非軍事の協力もいっぱいあり、日本としてなすべきことがいくらでもある、(3)むしろ、現実の国際社会に日本が近づくのでなく、日本に国際社会が少しずつ近づいて、戦争が起きない方向に持っていくべきだ——などと発言している。
(1)については、確かにGHQがこの憲法を作った狙いはそこにあって、日本は2度と侵略国家になる芽を摘まれたのだが、冷戦後の今になってまだそれを以て“貢献”だと言い張るところに、この人の古色蒼然がある。司会の高橋和之=東大教授があきれて「他国を侵略もせず戦争もしなかったということは、当たり前のことをやっているだけのことで、それを“貢献”と呼びますか」と問いかけても、山内は「アジア諸国との関係においては非常に重要な意味があり、それをいまこの時点で私は評価する」と譲らない。日本国民でもアジア諸国民でも、今の時点で日本が近隣を再び侵略する危険があるなどと誰が考えているだろうか。山内の考えは恐らく、日本資本主義は放っておけば再び領土的・資源的野心のために近隣を侵略し植民地支配する衝動を抑えがたく持っていて、憲法第9条があるために辛うじてそれを抑えてきたということなのだろうが、今日の日本資本主義にそのような衝動はない。
(2)については、国際貢献に軍事的と非軍事的の両方があるというのは、基本的には正しい。しかし、日本は軍事的貢献はやらなくてよく、非軍事的貢献だけをやるべきだということの論理的な根拠は、山内は持ち合わせない。高橋は言う。
「国際秩序を守るのに軍事力を必要と考えるか、考えないか、というのがまず第1の分かれ目ではないでしょうか。国内の治安については、警察力は必要だと(山内も)考えているわけですね。では国際の平和と安全については、軍事力は必要でないのか。もし必要だと考えるなら、次の問題として、日本がそれに貢献しなくてよいのか、『私たちは憲法で決めているからやりませんよ』ということが許されるのか、という問題なのだろうと思うのです」
また五十嵐武士=東大教授も要旨次のように言う。
「山内さんのおっしゃるのは、私も10年ぐらい前はそう思っていました。しかし、それにはある種の自己欺瞞があるかもしれない。というのは、日本が軍事行動を起こさないことが国際的に貢献したことは間違いないが、そのことによって、国際的な平和を実現できたのかというと、実現できていないのです。いろいろな貢献の仕方があるし、ODAその他の非軍事的貢献をそれなりにやってきたのは事実だが、今のPKOの状態などを見ていても、日本は軍事力を派遣しないということで済むのか。それは結果的に、不作為によってアフリカなどの戦闘で人々が殺戮されるのを放置しているという問題にもなる」
これらの問いに対して山内はまともに答えず、「非軍事でしなければならないことがいっぱいあったにもかかわらず、国際貢献というと軍事的な協力だけが強調されてきたところに、非常に大きな問題がある」「イラク特措法による国際協力というのは、国際社会全体の要請でも何でもなく、まさに国際協力の名の下にイラクの民衆を大量に殺戮するという行為がなされ、それに日本も荷担することであるわけで、作為によりそのような国際平和に対する侵害行為をするのだったら、日本はむしろ不作為の道を選ぶことが必要ではないか」と語っている。
非軍事の国際協力で他国に文句を言わせないほどのことを積み重ねてきていないから軍事貢献もやれと言われてしまうのであって、だから政府が悪いと批判していても始まらない。非武装論者は誰にも文句を言われないような非軍事国際貢献の論理と行動計画を提示しなければならない。また、米国の対イラク戦争が国際法的に違法であり、日本がそれに荷担することが政策論のレベルで国際法的のみならず憲法的にも問題があることは言うまでもないことであるけれども、だからと言って憲法論のレベルで一般論として一切の軍事貢献をすべきでないことの論拠にはならない。
(3)については、日本国家としての外交理念としては正しいし、国際平和運動の方針としてであればなおさら正しい。憲法論のレベルでも、理念として日本が非武装の理想を掲げ続けることは絶対に必要なことである。しかしそれは、日本が一切の軍事的貢献をしないことの理由にはならない。山内が致命的に理解していないのは、日本が非武装の理想に近付く唯一の道筋は、単にそれをお題目として唱えていることではなくて、国連および(将来の)アジアの地域的な集団安全保障体制の枠組みの下で、日本が誰よりも積極的に軍事貢献を買って出ることだという点である。
●国連憲章と日本国憲法の表裏一体
結局、山内的錯誤の根源は、前回で引用した大沼保昭=東京大学教授「護憲的改憲論」が言う「9条の『武力による威嚇又は武力の行使』を、日本自身の個別国家としての利益追求のための武力行使と、国連の決定・要請・授権の下に行われる国際公共価値実現のための武力行使とに区別する」ことができないところにある。
このことを理解するには、まず、国際法の領域における“戦争の違法化”の人類的努力を振り返らなければならないので、前稿でも引用した93年の本誌「《資料》国連憲章と日本国憲法——戦争の違法化の歴史」に若干の補正を加えたものを別稿として添えておく。
この《資料》のように、戦争の違法化を一貫した流れと捉え、その中に国連憲章と日本国憲法を理念的に表裏一体のものとして位置づけることには、国際法学者や憲法学者の中にも強い異論が存在する。とりわけ、国連憲章が集団安全保障体制の下での軍事制裁と、それが間に合わない間の各国の個別的・集団的自衛権の発動とを認めていることを以て、「国連は究極的に武力による平和をめざす体制」であって、すべての武力行使と戦力保持を禁じた日本国憲法とは相容れない関係にあるとの見解は、旧式護憲論の非武装論者の間では根強いものがある。
第1に、国連が二重の意味で限界を抱えていることは事実である。1つには、それはまさに第2次大戦の「連合国」という日独伊枢軸国に対する軍事同盟体制を母として生まれてものであり、結成時もその直後も、日独伊の軍国主義とファシズムの復活を強く警戒すべき状況にあったため、連合国5カ国からなる安保理常任理事国に強大な権限を与え、軍事的制裁措置に関する規定を盛り込まざるを得なかったという、歴史的な制約がある。2つには、その警戒の必要はたちまち消滅したものの、今度は米ソが冷戦に突入し、NATOとワルシャワ条約機構を正面にお互いに世界的に軍事同盟を張り巡らせて事あるごとに対立する時代が始まり、そのような国際政治の現実によって国連は裏切られ続けなければならなかった。
2つの点とも、国連もしくは地域的な集団安全保障体制を作り上げて、原則として、可能な限り、紛争の平和的手段による解決を目指し、戦争のない社会を実現しようという考え方と、それは理想にすぎなくて、実際には国家間の戦争は簡単にはなくならず、各国の武装と軍事同盟による集団的自衛が安全保障の本筋であるとする考え方との、相克の歴史の一コマ一コマを表している。歴史的・現実的な制約によって国連の理念が実効あるものとはならなかったからと言って、それが始めからこんな程度のものだったと決めてしまうのは間違いで、1つ目の点は、今こそ国連をその歴史的限界から解き放って、安保理のあり方や拒否権の問題を含めて「第3の国連」を創設するくらいの意気込みで改革するという、国連改革の課題として設定し直さなければならない。2番目の点は、冷戦が終わって国連がようやく本来の機能を発揮すべき好機が到来しているというのに、米国がそのことをまったく理解せず、一国覇権主義による米国中心の“武力による平和”秩序に向かって暴走している中で、日本がユーラシア大陸諸国と連携して、いかにしてこの世界最大の“ならず者国家”を押さえ込むかという外交戦略の課題として取り組まなければならないだけのことである。
第2に、そのような偏見を取り除いて国連憲章を見れば、それが武力による威嚇と武力の行使を禁じ、あくまで紛争の平和的解決の仕組みを作り出そうと苦心惨憺したものであることは明かで、それが第6章33~〜8条の数々の手続きの積み重ねと、それらが破綻した後でいよいよ軍事制裁に出なければならないような状況に至った場合でも、なお安保理による要請、勧告、措置決定をはじめ、経済制裁、通信手段の中断、外交断絶、軍による示威・封鎖など(第7章39〜42条)などに表れている。軍事攻撃に至るまでに、ありとあらゆる手段を尽くして平和的解決を図ることに国連の本旨があることは疑いのないところで、それでもダメだった場合には、安保理の下に各国が兵力を提供して「国連軍」を編成するのである。この国連軍が、安保理の直下に形成される軍事参謀委員会の「戦略的指導」の下に置かれることが問題の眼目で、それによって同軍の武力行使または威嚇行動は、個別国家の国益のための、国権の発動としての、従って私的な戦争とは、本質的に峻別される。
第3に、その上で、安保理が必要な措置を採るまでの間、各国が集団的・個別的自衛権を発動することが認められている(51条)わけだが、それは、あくまで平和的解決が破綻した場合の“例外”としての国連軍であり、その国連軍が間に合わない場合の“例外の例外”としての自衛であるという構成となっていることを見誤ってはならない。しかもその場合の自衛措置は、直ちに安保理に報告する義務があるなど、勝手にやってはならないよう制約が課されている。このように、極めて制約的に個別的・集団的自衛権の行使による自衛を認めた51条を以て、「国連憲章でもはっきりと認められている集団的自衛権」なのだから日本もそれを解禁すべきだと主張する保守側の理屈は、都合のいいところだけ引っ張ってきて、国連が本来、その行使を例外中の例外としていた趣旨を歪めるご都合主義にすぎない。
そのように考えれば、国連憲章と日本国憲法の表裏一体関係は明かである。両者は矛盾するのでなく矛盾しないのであり、しかも単に消極的に矛盾しないというにとどまらず、国連による平和的解決とそれが破綻した場合の軍事措置としての国連軍が機能すればするほど、各国は個別の膨大な軍備を削減し最後には廃絶することができるという能動的な一致関係にあるのである。
これは実は簡単な話で、高橋が「国内の治安については、警察力は必要だと考えているわけですね。では国際の平和と安全については、軍事力は必要でないのか」
と問うたのに対して、山内はまともに答えなかったが、まさにそこに核心がある。日本では、米国と違って各戸は武装せず、警察官にだけピストルを持たせることほうが、よりよく治安秩序を保つことができるという考え方に立つ。これは、各戸が武装せず、強盗に入られて110番しても警官が間に合わずに殺されてしまうかもしれないリスクと、各戸が武装することで余計な銃犯罪や誤射が激増するリスクと、どちらを採るかという問題であり、日本はもちろん多くの国々は前者を採る。しかし警官にも武装させないというほど人類はまだ進化(?)していない。国際平和秩序も同じことで、理想的な形では、国連の常設警察軍だけが軍備を持ち、各国は個別の武装を持たないほうがよい。しかしそれはいきなり実現することではないので、1つのプロセスとして考えて、国連の警察機能を充実させ、そのために日本も積極的に関与し参加することを通じて、初めて非武装の理想に近付いていくことができると捉えなければならない。非武装を唱えながら現実の平和維持・構築活動に参加しないということこそ、論理矛盾なのである。
本誌の知る限り、このことを最初に整理した形で提起したのは高野雄一「憲法第9条」(『日本国憲法体系(2)』所収、有斐閣、1965年)で、そこで彼は(1)国際社会の“現実”を日本国憲法の“理想”に近づけるための努力を惜しむべきでない、(2)日米安保条約中心主義を国連中心主義に転換する、(3)国連主義の実践として日本は「国連警察軍」に積極参加する、(4)そのためにのみ再軍備する、(5)そうして初めて第9条は定着し安定する——という趣旨を述べた。
さてそのように国連の平和維持・構築活動に積極的に参加することが非武装の理想に近付くことだと考えるとして、実際の国連の活動としてはPKO、PKF、国連の決議を背景にした多国籍軍(そうでない多国籍軍は論外)、将来できるかもしれない臨時の国連軍、常設の国連軍——といろいろなレベルがある。そのどれにどういう条件で参加するかしないかを区分けする基本的な分水嶺は、大沼教授も言うように、指揮権が日本(個別的自衛権)や米国(集団的自衛権)にあるような国権発動としての私的な対外戦争であるか、国連の指揮下で各国から提供された軍隊は国籍は持つものの臨時か恒常的か国連職員=国際公務員として振る舞うことが求められるような公的な軍事行動であるか、である。日本政府の伝統的な立場は、国連の枠組みであろうと、日本が海外で軍事行動を採ることは違憲であり、武力行使と“一体化”しない限りの“後方支援”なら違憲でないというものだが、これは、私的戦争と公的軍事・警察行動との区別が付いていない点で、旧式護憲論の立場と同曲である。ところで保守側は、現憲法ある限り日本の国際貢献はそれ以上前に進むことができないという判断から改憲を策しているが、その限界を集団的自衛権の解禁で突破しようとするのは、間違いの上に間違いを重ねることでしかない。しかし、海外の武力行使はすべていけないとする旧式護憲論では、出発点において保守側と同じ間違った次元に立っているので、これに抵抗することはできても代案を提起することはできない。これらについてはさらに稿を改めて論じることにしよう。▲
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(3)《資料》戦争の違法化の歴史(i-NS183)
(1)前史
18世紀から20世紀初頭に至るまでは、戦争についてどちらが正義でどちらが不正義であるかを決めることは出来ないというのが国際法学の支配的な考え方であったが、20世紀に入るとそのような考えは否定され、戦争の未然防止や武力行使の制限を国際条約に盛り込もうとする努力が始まった。先駆的なものとしては次の2つがあった。
1)07年に第2回ハーグ平和会議で署名された「契約上の債務回収の為にする兵力使用の制限に関する条約(ポーター条約)」——それまでヨーロッパ諸国が,自国民の債権の取り立てのために中南米諸国などにいとも簡単に武力行使あるいは武力による威嚇を用いていたのに対し、中南米諸国が私人との契約不履行を理由に本国政府が軍隊を動員することをやめさせることを提唱して実現したもの。
2)1913〜14年にアメリカが欧米の30数カ国と2国間で締結したいわゆるブライアン条約——戦争を平和的に解決するため、紛争処理のための常設委員会に付託し、その審査中は武力に訴えることを禁止する「戦争モラトリアム(猶予期間)」を定めた。
(2)国際連盟
1914年に始まった第1次世界大戦は歴史上初めての大掛かりな無差別大量殺敷戦争であり、その反省に立って戦争を違法化しようとする努力が本格的に始まった。1919年に結ばれたヴェルサイユ講和条約・第1編として「国際連盟規約」が作られ、
1)前文で「締約国は戦争に訴えざるの義務を受諾し」と、不戦の義務を明示。
2)第11条で「戦争または戦争の脅威は…総て連盟全体の利害関係事項」であり「連盟国際の平和を擁護するため適当かつ有効と認める措置を執る」と、集団安保体制の考え方を初めて規定。
3)第12、13、15条で、紛争発生時にまず国際裁判もしくは連盟機関による審査に付して平和的に解決する手続きを規定。この中で、紛争に際しては国際裁判もしくは国際連盟機関による審査に報告・付託し、それから3カ月の冷却期間はいかなる場合も戦争に訴えてはならないとしたが、これは上述のブライアン条約の方式を踏襲したものであった。
4)第16条で、その手続きの約束に反して戦争に訴えた国に対して「他のすべての連盟国は一切の通商上または金融上の関係を断絶し、自国民と違約国民との一切の交通を禁止し」などの非軍事的制裁をおこなうこと、また兵力を使用する場合に理事会が陸海空軍の分担を提案する義務を負うことを定めている。さらに、この連盟規約の運用を具体的にするため、1924年に国際紛争平和的処理に関するジュネーブ議定書も作られた。
(3)ロカルノ条約とパリ不戦条約
連盟規約の不戦条項の精神をさらに明確にするため、1925年にスイスのロカルノで欧州諸国が集まって、ライン地方の現状維持に関する相互保障条約(ロカルノ条約)その他を結んだ。同条約は、ライン地方の非武装化を含めてドイツ西部国境の現状維持を保障するため、当事国である仏・独・ベルギーが相互不可侵と紛争の平和的解決を約束し、それを英・伊が保障国として見守るという地域的な集団安全保障体制を成立させた。当時これは「欧州の和解」と賞賛され、英仏独の外相にノーベル平和賞が与えられたが、11年後のヒトラーのライン侵攻で紙切れと化した。
ロカルノ条約を受け継いで、1928年にはパリでより包括的な「戦争放棄に関する条約(パリ不戦条約)」が結ばれた。日本は裕仁天皇の名で署名したこの画期的な条約は、
1)前文で「国家の政策の手段としての戦争の共同放棄に世界の文明諸国を結合せんことを希望し」と、不戦の理念を格調高くうたった上で、
2)第1条で「締約国は、国際紛争解;決のため戦争に訴えることを非とし、かつその相互関係において国家の政策の手段としての戦争を放棄することを宣言する」と、否定されるべき戦争の性格を明確化。
3)第2条で「一切の紛争は、その性質または起因の如何を問わず、平和的手段による以外の解決を求めないことを約す」と、武力行使一般をも否定したが、当時からの解釈で、自衛のための戦争や、連盟規約などによる集団的な制裁のための戦争や、不戦条約に違反して戦争行為に出た国に対する戦争などは許されると見なされた。そのため、せっかくのこの条約も、それぞれが「自衛」のためと称して武力に訴え、世界が再び大第2次大戦へと転がり込んでいくのを防ぐことは出来なかった。
4)大戦前の各国憲法
憲法の条文に戦争放棄を盛り込んだ最初は、
1)1791年のフランス憲法——フランス国民は、征服の目的をもっていかなる戦争を行なうことを放棄し、またいかなる人民の自由に対しても決して武力を行使しない」とし、その趣旨は後の同国憲法にも受け継がれた。
他に第2次大戦前の不戦憲法の例としては、
2)1931年のスペイン憲法——「スペインは国家的政策の手段としての戦争を放棄する」
3)1935年のフィリピン憲法一一「フィリピンは国策遂行の手段としての戦争を放棄」
などがある。この「国家的政策の手段としての戦争」の否定が戦後の日本国憲法にも流れ込んでくることになる。
(5)国際連合憲章
1945年に第2次大戦が終わり国際連合が発足した。その憲章は、
1)前文で「国際の平和及び安全を維持するためにわれらの力を合わせ、共同の利益の場合を除く外は武力を用いないことを原則の受諾と方法の設定によって確保し」と武力不行使の原則を打ち出している。
2)第1章第1条〔目的〕で「国際の平和及び安全を維持すること。そのために、平和に対する脅威の防止及び除去と侵略行為その他の平和の破壊の鎮圧とのため有効な集団的措置をとること、並びに平和を破壊するに至る虞のある国際的の紛争又は事態の調整又は解決を平和的手段によって且つ正義及び国際法の原則に従って実現すること」(第1項)、「人民の同権及び自決の原則の尊重に基礎をおく諸国間の友好関係を発展させること、並びに世界平和を強化するために他の適当な措置をとること」(第2項)
3)同第2条〔原則〕で、国際紛争を平和的手段によって解決しなければならないこと、国際関係において武力による威嚇又は武力の行使を慎むこと、加盟国が憲章に沿った国連の行動にあらゆる援助を与えると同時に国連の防止行動・強制行動の対象国に援助を慎むこと、を挙げている(第3〜5項)。
以上の目的と原則は、前の連盟規約と同様、あくまで紛争を平和的に解決することを主眼としながらも、それが破綻した場合に、連盟規約では集団的な強制行動についての規定が不十分で機能しなかったことの反省に立って、その後段の部分を強化する企図を表したものとされる。それについては第7章で細かく規定される。また前段については第6章が具体化している。
4)第6章「紛争の平和的解決」で、第33〜38条にわたって紛争の平和麓解決の義務、安保理による調査と手続きの勧告、加盟国による安保理及び総会への注意喚起、紛争当事国による安保理への付託などの手続きを規定。戦争モラトリアムの定めはなくなった。
5)第7章「平和に対する脅威、平和の破壊及び侵略行為に関する行動」で、安保理による勧告と措置の決定(第39条)、それ以前の当事者に対する暫定措置の要請(第40条)、経済関係及び運輸通信手段の中断並びに外交関係の断絶などの非軍事的措置(第41条)、それで不十分な場合の陸海空軍による示威、封鎖その他の軍事行動(第42条)、加盟国がその兵力を提供〔して国連軍を編成〕する場合の特別協定(第43条)などを規定している。また安保理に任された兵力の戦略的指導には軍事参謀委員会が責任を負い、その指揮については後に解決する、としている(第47条)。
6)同第51条では、加盟国の個別的・集団的自衛権と国連による集団安保体制の関係について、安保理が必要な措置をとるまでの間は自衛権を発動することが認められること、その自衛権行使のために各国がとった措置は直ちに安保理に報告することなど、自衛権の濫用を抑さえる趣旨の規定が盛られた。
(6)日本国憲法
国連憲章の翌年に作られた日本国憲法は、その起草に当たったGHQ民政局の初会合で、「国連憲章に明示的に言及する必要はないが、国連憲章の諸原則はわれわれが憲法を起草するにあたって念頭におかれるべきである」とされたことが示すように、国連憲章が理想として掲げたものとの連動性を十分に考慮してつくられたものである。日本国憲法は、
1)前文で「日本国民は、恒久の平和を祈念し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」と、武力による平和という観念そのものを否定した。
2)第9条で「国権の発動たる戦争と武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」「前項の目的を達するため・陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」とした。
第1項の前段が、政府もしくは議会が正式に戦争と宣言した大掛かりな武力行使はもちろん、その他の形のいかなる武力行使も、また武力による威嚇も否定していることに疑いの余地はないが、後段の「国際紛争を解決する手段としては」という限定が何を意味するかについては……
(A)国連憲章との関係、当時のGHQの意図と日本政府の説明などの背景に照らしても、また条文上、戦争ないし武力行使はいずれも国際紛争解決の手段であってそれ以外のものがあるわけはないので、第1項がすでに自衛戦争、制裁戦争を含むすべての戦争を禁止しており、第2項は念押しのようなものだとする解釈、
(B)その限定は上述のパリ不戦条約の第1条がそう解釈されたように、侵略戦争を否定したのであって、自衛戦争、制裁戦争は否定していないと見て、しかし第2項で交戦権が否定されたことで、結果的に両項を通じて自衛戦争も制裁戦争も放棄されたとする解釈、
(C)第2項は侵略戦争のための戦力保持と交戦権を否定したのであり、両項を通じて自衛戦争や制裁戦争は否定されていないとする解釈、
——に大きく分かれる。(A)は自衛隊は違憲であり、まして国連の広義の平和維持活動への自衛隊の参加は出来ないという立場に、(B)は自衛隊は違憲でないが、多国籍軍や国連軍に加わるには改憲が必要という立場に、(C)は自衛隊が合憲であるのはもちろん、多国籍軍などに参加するにも改憲は必要ないという立場に、それぞれ繋がることになる(大雑把に言ってであり、他にバリエイションはいろいろある)。
(7)その他の条約・各国憲法
国連憲章の規定を補完する宣言などには、
1)1970年国連総会決議付属書「友好関係宣言(国連憲章にしたがった諸国間の友好関係と協力に関する国際法の諸原則についての宣言)」
2)1946年国連総会決議「軍縮大宣言(軍備の全般的な規制及び縮少を律する原則)」
3)1978年の第1回国連軍縮特別総会「最終文書」、1982年の第2回「最終文書」
——などがある。この外、核実験禁止、核兵器不拡散と原子力平和利用、戦略核兵器制限、核戦争防止、化学・生物・環境兵器禁止、通常兵器制限、武器移転制限、地域軍縮と信頼醸成措置などの分野にわたって、数多くの条約や宣言・決議が国連を中心に積み重ねられてきた。その主なものだけでも50件を超える事実が、戦後の国際社会が戦争の違法化と世界の非軍事化のために払ってきた努力の証明である。
また、趣旨はいろいろながら、戦後に出来た不戦の憲法には、ブラジル(46年)、ビルマ(47年)、イタリア(47年)、ドイツ(49年)、コスタリカ(49年)、オーストリア(55年)などがある。コスタリ力は常設の軍隊を禁止した。
(8)CSCE不戦宣言
こうした戦後の流れの中で、ヨーロッパでは1975年、冷戦下でありながらいち早く地域的に集団安全保障体制を確立することを目指した「全欧安保協力会議(CSCE)」が設立され、ヘルシンキ宣言を発した。戦争のない1つの欧州を目指すその活動は、15年後の1990年11月、NATOとワルシャワ条約機構の全加盟国22カ国首脳がパリに集まって冷戦の終結を宣言した「不戦宣言」を生んだ。同宣言は、「武力の威嚇・行使を控え、兵器を自衛および国連憲章に従う場合を除いて使用しない」ことをはじめ、「戦争の防止および効果的防衛に必要な軍事力のみを保持する」「通常・核・化学兵器の軍備管理・軍縮への積極的貢献を決意する」「信頼醸成措置の発展を支持する」などの項目を盛り込み、国連憲章を起点とし日本国憲法の趣旨も含む戦後のこの分野での国際社会の努力の成果を総括した内容となっている。
EC=EUとCSCEは、戦前の国際連盟によって初めて提起され、戦後の国連においても本来理想とされた集団安保体制を地域的に実現することを目指すものだが、一面では、主権国家の集合体としての国連の限界を超えて、各国の内政に相互に干渉しあうことを通じて「不戦共同体」を実現しようとしている点で、21世紀の「第3の国連」の質を一部具現しているとも言える。
CSCEはその後、「全欧安保協力機構(OSCE)」として常設機構化されたが、その精神と枠組みを嫌う米国が、本質的には冷戦時代の遺物である北大西洋条約機構(NATO)にあくまでこだわって、米国の実質的指揮権の下での集団的自衛権の発動でコソボ、イラク、対テロなどの戦争を遂行しようとしてきたために、OSCEの機能は麻痺している。その矛盾を打開するため、仏独を中心に「欧州共同軍」を創設して米国に引き回されるのを回避しようという動きが増していて、状況は複雑だが、理念的にはOSCEの地域的集団安全保障とNATOの集団的自衛権とが対抗関係にあることに変わりはない。▲