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2007年4月30日

インテリジェンスの技法(1)

高野孟の「インテリジェンスの技法」(1)
曼荼羅的な想像力と直感力
/このゼミで何をしようとしているか/全体のイメージと若干のルール

【お断り】------------------------------------------------------

 本「インテリジェンスの技法」シリーズは、本来、写真や図版等が多く含まれているが、インサイダー読者向けのメルマガでは余りに多くの画像を添付することに制約があり、また《ざ・こもんず》ブログ上では写真等の大きさや配置に制約が大きいので、本文ではタイトルのみ記して写真・図版は省略してある。画像付きPDF形式のファイルをご覧になりたい方はインサイダーHP上にアップロードしてあるので、下記URLから閲覧またはダウンロードして頂きたい。

http://www.smn.co.jp/insider/takano/takano-semi01.pdf

 なお、本シリーズを含め、これまでは、インサイダー記事はメルマガ配信と同時に《ざ・こもんず》の「インサイダー&アーカイブ」欄にアップし、他方《ざ・こもんず》記事は同「高野孟の極私的情報曼荼羅」に掲載し、場合によってはインサイダー記事としてもメルマガ配信し「インサイダー&…」欄にもアップするという形を採ってきたが、これは書く方としても読む方としても煩雑なので、すべてを「高野孟の…」ブログに掲載すると同時にメルマガ配信した上で、「インサイダー&…」は「インサイダー・アーカイブ」と改称し、あくまでアーカイブとして分野別・問題別に遅れて収録していく形に順次移行していきたいので、ご了解願いたい。(高野)
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●自己流の心象曼荼羅図

▲大隈塾ゼミ「インテリジェンスの技法」の授業イメージ図(画像略)

 このゼミで私が何をしようとしているか、まずはこのイメージ図を見てほしい。これは、トニー・ブザンが開発した「マインドマップ」の手法に見習いつつそれを私流に変造して「心象曼荼羅図法」と自称している方法によって描いている。この方法は、1つの問題なり課題を、自分の意識下にあることまで引き出しながら1枚の絵図に表現することで自分の頭を整理し、他人に分かりやすく伝達する準備を整えるためのもので、諸君も普段から授業や会議の記録をとる場合のノート術として活用して慣れておくとよい。今日から早速、こんなやり方でノートをとり始めたらどうだろうか。

 難しく考えることはなくて、ノートかA4の紙を横に置くかして(縦でもいいが横の方がやりやすい)、まず真ん中に「テーマ」を書き込んで、0時〜1時の方向から時計回りに枝を伸ばしていきながら「キーワード」を繋げていく。下図は、昨年の大隈塾社会人ゼミにパソナの南部靖之社長に来て頂いた時に、彼の約1時間の講演と田原総一朗さんのコメント、その後の学生との討論をA4の紙1枚にメモしたものだ。中身は読む必要がない。このくらい雑にノートをとればいいんだということを示すだけの見本である。

▲パソナの南部社長の講演と討論のメモ(画像略)

 ノートをとるのに頭から速記者のように講師の語る言葉を文脈ごと写しとろうとするのは最低のやり方で、講師の語りを自分の文脈の取り込んで瞬時に再構成しながらキーワードの連鎖に置き換えていくことに習熟しなければならない。社会に出て例えばジャーナリストとして誰かにインタビュー取材をする場合でも、会社に入って企画会議か経営会議に出席するような身分になった場合でも、市民運動の組織者となって運営会議を主催する立場になった場合でも、他人の文脈に従属して自分の文脈を作れないようでは何の役にも立たない。

 で、マインドマップだが、「さて、他方では……」と話が変わったら、適切なところまで戻って別の枝を描き出せばいい。聞きながら何か関連するイメージが浮かんだら、手早くアイコンのようなものをスケッチして図化しておくと表現が膨らむだろう。よく理解できないところに「?」マークを入れたり、「ここは重要だ!」と閃いたところは大きく描いたり色をつけたりして起伏を付けることもできる。そうすれば、的を射た異論を唱えたり、適切な質問をしたりすることも出来るだろう。そうやって一旦はラフに殴り書きしたものを、後でもう1度整理し修正しながら清書すると、復習にもなるし、マップの技法も向上する。A4かそれ以上の大判のノートかスケッチブックを1冊用意しておいて、そこに必ず清書するようにすれば、自分の成長記録にもなるだろう。

※トニー・ブザン著、神田昌典訳『ザ・マインドマップ』(ダイヤモンド社)
※ウィリアム・リード『記憶力・発想力が驚くほど高まるマインドマップ・ノート術』(フォレスト出版)
※ウィリアム・リード『ダ・ヴィンチ7つの法則』(中経出版)
※同上HP"agili":http://www.agili.jp/
※パソコン用マインドマップ作成ソフト"MindManager":http://mm.nvd.co.jp/
※マンダラビジネス手帳(クローバ経営研究所、http://www.myhou.co.jp

 ウィリアム・リードは在日アメリカ人で72年に早稲田大学に留学、合気道と書道、それにタップダンスの師範級であると同時に、マインドマップやゲリラ・マーケティングを日本に紹介したコンサルタントでもある「文武両道」の人。《ざ・こもんず》のブロガーの1人でもある。昨年に続き今年もこのゼミに特別講師として来て貰うので、その時に直接彼から学んでほしいが、それ以前に最低限、彼の本は読んで研究しておくようにしよう。

▲ウィリアム・リードの自己紹介マインドマップ(画像略)

 曼荼羅とはインドで始まってネパール、チベット、モンゴル、中国、そして中国から空海によって日本にも伝えられた仏教の宇宙観の表象で、中でもチベットの「砂曼荼羅」は有名である。縦横1間ほどの板に設計図を描いて、様々な色の付いた砂を超絶的極精密技巧を駆使して何日もかかって描き込んでいく。が、その祭壇を作る目的である1つの法要が終わると、惜しげもなく掃いて壊して水に流してしまうところが、いかにも万物流転・諸行無常の仏教流である。とはいえ今も砂で描くのはチベットだけで、中国、モンゴル、日本に伝わる中で絵画化され、壁画や壁掛図、さらに日本ではミニチュア化された掛軸として飾られるようになった。

 mandalaはサンスクリット語で「円」を意味する。これに照応するチベット語は「キルコル」で、「キル」は中心、「コル」はその中心をとりまく円周状のものを意味している。円は全体性・完全性の表象で、その宇宙の全体的連環の中で自分自身のエッセンス(本質、真髄、生命の根源)を探究し抽出することで悟りに達していくということだろう(曼荼羅は中国でmandalaの音に漢字を当てただけで字自体に意味はない)。宇宙の全体構造は実は縮図となって人の心身にも凝縮していて、その我と宇宙の繋がりを直感的に媒介するものとして曼荼羅があるのではないか。こういうすばらしい精神的・芸術的技法がアジアと日本の伝統文化の中にあるのだから、何もカタカナで言うことはないし、第1、マインドマップというといかにもプラグマティックで軽い感じがする。

▲チベット僧が息を詰めるようにして描き上げる砂曼荼羅(画像略)

※正木晃ほか『チベット密教 図説マンダラ瞑想法』(ビイング・ネット・プレス)
※音楽CD『マンダラ/宇宙からの肉声/チベット仏教音楽の世界』(ワールド・ミュージック・コレクション、コロンビア)

●ユング心理学の中の曼荼羅

 ところで、カール・グスタフ・ユング(1875-1961)は、・ジークムント・フロイト(1856-1939)、アルフレート・アドラー(1870-1937)と同時代のスイスの精神病理学者・心理療法家で、最初は協働し後に分かれてそれぞれの道を進んだこの3人が、無意識の領域に探りを入れて人間行動の生理と病理を解明しようとする深層心理学の基礎を築いた。

 フロイトは深層心理を探るのに幼少期の抑圧された性衝動に着目して「精神分析」学説を打ち出し、それに対しアドラーは人間を突き動かすのはむしろ「権力への意思」、すなわち相手に対する支配欲であって愛や性もその手段にすぎないという考え方を採って、その学説を「個人心理学」と呼んだ。しかし、その両者に共通する、非合理なものを何とかして合理的に、厳密に理論化しようとする西欧近代科学的な方法に、ユングは不満で、個々人の抱える非合理を非合理のままに包摂しつつ直感的に分析し治癒するこを重視し、それ故に東洋思想の意識・無意識を超えた全体的・統合的な自己知の概念に接近し、それを「分析心理学」として打ち立てた。自分自身がほとんど精神病状態に陥ってあがいている過程で、憑かれたようにいろいろな図形を描いている自分に気が付いたことがきっかけとなって、彼はチベット仏教の砂曼荼羅に出会って心惹かれ、それにヒントを得て「描画療法」や「箱庭療法」を編み出した。

 心の病を抱える患者の深層心理を引き出す方法として「遊戯療法」があって、それは例えば子供とチャンバラをするとか、自由にお絵かきをさせるとか、いろいろな手法があるけれども、その1つが箱庭療法で、机に乗る程度の大きさのお盆のような木箱に砂を入れて、さらにその上に配置すべき家や木や人形や蛇など動物の模型などのおもちゃを一杯用意して、それを自由に使って好きなものを造形させることを繰り返す。まさに砂曼荼羅である。そのプロセスを観察し、時には介入することで、この患者の意識=無意識を診断し治療する(というか患者の自己治癒力を引き出す)わけである。

▲(左)ユングの患者が描いた自分の曼荼羅、(右)ヒンドゥー教のシヴァ神を呼び出す聖図(画像略)

 曼荼羅は仏教の専売特許ではない。上右図は、ヤントラと呼ばれるヒンドゥー教の曼荼羅で、左のユングの患者の1人が何十年にわたって描き続けた自らの心象曼荼羅の1枚と余りに似ているのに驚く。アメリカ先住民のナヴァホ族のシャーマンは、精霊への祈祷や冠婚葬祭や治療のために砂絵を描いたし、イギリス諸島の古代人はストーンサークルを建てて太陽を崇めた。ケルト人の複雑に編み込まれた組紐細工は宇宙のすべてが繋がり合っていることを表すまさに曼荼羅である。古代から世界のどこででも人間はそれぞれなりのやり方で曼荼羅を描いてきたのであり、それは様式化された巨大宗教が出現する以前の自然信仰の宇宙観・世界観表現にほかならなかった。ユングはそこから人類共通の無意識の普遍性に着目して「集合的無意識」の存在を主張した。そのことの文化人類学的意義はさておくとして、さしあたりの実用的価値としては、曼荼羅的手法は、無意識の領域まで含めて意識化する——もっと言えば、理屈で考えたことを文字で表しているだけでは左脳しか働いていないのに対して、それを図化して1つのアートとして仕上げていくことを通じて右脳の働きを活発にし、理屈を超えた想像力や直感力を思い切って解放するための手段と考えればいい。

※河合隼雄・谷川俊太郎『魂にメスは入らない/ユング心理学講義』(講談社α文庫)
※河合隼雄『ユング心理学入門』(培風館)
※ユング『個性化とマンダラ』(みすず書房)
※スザンヌ・F・フィンチャー『マンダラ塗り絵』(春秋社)
※マドンナ・ゴーディング『世界のマンダラ塗り絵100』(春秋社)
※河合隼雄『箱庭療法入門』(誠信書房)
※箱庭療法インデックス:
 http://www.pureness.co.jp/category/?l=cl0008&m=cm0071

●想像力の拡張

 さて、冒頭に掲げた私の曼荼羅図は右上から時計回りに描かれている。このゼミの目的は皆さんを「インテリ」に仕立て上げることで、まず「インテリジェンス」とは何かをしっかり掴んで貰わなければならないが、それについては後で詳しく述べることにして、まず大急ぎで図を一周することにしよう。インテリジェンスにとって致命的に大事なのは「想像力」であり、特にゼミ前期はほとんど、諸君が受験競争制度の中で限りなく衰弱させてきたであろう想像力の再開発と再拡張のために費やされる。

 まず、想像力は空想力とは違う。空想力(fantasy)は足がないのでどこへでもフワフワと飛んでいけるが、想像力(imagination)は足があってその足が地に着いていて、現実との間の緊張関係を絶えず維持し更新していないと何の役にも立たない。現実とは直接には「今この日本に生きる私」であるけれども、その《今・日本・私》は、雄大な歴史の流れの中の今であり、広大な宇宙と世界の中の日本であるという、歴史的時間軸と地理的空間軸の交点の所に乗っかって常に揺れ動いているのであるから、想像力はその両軸を中心に自由闊達・縦横無尽に伸縮するのでなければならない。私の意見では、歴史と地理こそ「教養」の基礎である(教養についてはまた別に語ることがあるだろう)。それは単に、歴史と地理の知識というよりも、宇宙〜地球〜生命〜人間〜世界〜日本〜地域〜自分までを串刺し的に一気通観しつつ、その中を孫悟空のように自由自在に飛び回る無限大のイメージ空間を自分の中に創出し培養することである。

 想像力には足があるけれども羽も生えていて、そのイメージ空間の中で視点を自由に移動させつつ1つの物事を矯(た)めつ眇(すが)めつ、いろいろな角度から眺めることを可能にする。そうするのは、世間の常識(の嘘)、表面的な理解、いつの間にか自分の中に巣くっている固定観念や偏見などといったものの呪縛から自由になって、自分なりの新鮮でユニークな視角、切り口、語り口を見つけるためで、例えば、目線の高さでは普段から見慣れたその同じ光景を、鳥になったつもりで遙か上空から見下ろしたり、虫になって地面すれすれから見上げたりすると、全く違った風に見えて新しい発見があったりする。あるいは、普通の世界地図を上下逆さまにして眺めるだけで、世界の印象はずいぶん見慣れないものになって、そこから先進国vs途上国の南北格差問題を捉える別の視点が生まれるかもしれない。あるいはまた、交通安全の問題を自動車の運転手の立場から考えるのと、歩行者の側から考えるのとでは、全く様相を異にして、とんでもない見落としがあったことに気付いて愕然とすることがあったりもする。

 次に、想像力には目も付いていなければならない。しかもその目は見えないものまで透視するほどの力を持たなくてはならないが、それにはそれ相当の認識論的な訓練が必要である。1つには武谷三男博士が提唱した「実体論」で、様々な「現象」からいきなり「本質」へと飛翔するのではなくて、その中間の「実体」の領域を重視しなければならない。その上で、もっと大事なのは「動体視力」で(私は「動態視力」と言いたいのだが)、ダイナミックに動いているものを一瞬のうちに構造的に捉えて、その局面では一体何と何がせめぎ合っていて、それが次にどういう局面を生み出そうとしているかを把握する力である。この動態視力を養うに最高の教科書だと私が思っているのは、毛沢東『実践論・矛盾論』のとりわけ「矛盾論」で、毛沢東がどれほどの人物だったかも知らない皆さんにこんなものを読ませるのは気が引けるし、第一、かつては岩波文庫にも新日本文庫にもあって、我々世代には一般教養の一部であったものが、今はすべて絶版で、手に入れることすら難しい。仕方がないので、私が新日本出版社版の『毛沢東選集』から該当個所をOCRで起こしてWebに資料として掲げているので、それをダウンロードして熟読してほしい。

※毛沢東『矛盾論』フルテキスト
 http://www.smn.co.jp/takano2.index/maozedong.html
※中国革命簡単年表
 http://www.smn.co.jp/takano2.index/china-revo.html

 ところが、それを理解するには、ギリシャ哲学からヘーゲル、マルクスへと連なる西洋思想史について、最低限の常識が必要だし、さらにその延長では、相対性理論・量子力学から今日の複雑系理論にまで至る科学方法論の展開も視野に入れる必要が出てくるだろう。最近の「Web2.0」の議論などもそういうことを踏まえないと本当のところは見えてこない。あるいは、上に述べたユング心理学から刺激を受け取ろうとすれば、レオナルド・ダヴィンチからゲーテ、シュタイナーの「人智学」、そのシュタイナーの同時代人としてのユングといった自然思想の流れに目を向けなければならないかもしれない。そういう基礎教養を分厚く蓄えるほどに、想像力が逞しくなり、直感力が鋭くなるのである。

※内田信子『想像力/創造の泉をさぐる』(講談社現代新書)
※羽生善治『図解・羽生善治の頭脳強化ドリル/直感力・集中力・決断力・構想力を鍛える』(PHP研究所)

 ここまでが原理編で、図のここから先は応用編になるので今はこれ以上の説明は省くことにしよう。すでに「変なゼミに入っちゃったなあ」と後悔している人もいるかもしれないが、もはや逃れることは出来ない。そこでいくつかのルールを提起しておく。

(1)出席はとらない。が、事前のメールによる届け出なしの欠席と遅刻は許されない。このゼミに入りたくても入れなかった人たちに申し訳ないと思う、それこそ想像力を持ってほしい。

(2)成績は日常態度と前期・後期のレポートで評価する。毎回とは言わないが、積極的に質問・発言し、その時には必ず名前を名乗って私に対して自分をアピールして貰いたい。時間的に発言が出来なかった場合は後でメールで意見や質問を送ってくれてもいい。

(3)新聞は読まなければならない。出来れば2紙、理想的には英字紙含め3紙。その金がなければ30分早起きして図書館で読んでもいいし、ネットでも読まないよりはいい(但しネットでは本当の「新聞の読み方は鍛えられないので、せめて1紙を読んでプラスアルファのチェックのためにネットを活用するようにしたい)。《ざ・こもんず》のチェックも欠かさないように。ほぼ毎回、授業の冒頭で直近のニュースが話題になるので、何についても自分なりの意見を持って教室に来るように心がける。■

2007年4月23日

小沢民主党は「格差」争点で参院選に勝てるのか?

小沢民主党は「格差」争点で参院選に勝てるのか?
——グローバリゼーション3.0の地平

 統一地方選第2波及びそれと同時に行われた沖縄・福島の参院補選の結果について、民主党の鳩山由紀夫幹事長は22日夜の会見で「福島では『もっと格差是正を前向きにやれ』との厳しいメッセージを出せた」「安部内閣に対し今まで以上に格差の問題を議論すべきだと主張したい」と述べたが、果たしてこの総括は正しいか。

 日本経済新聞23日付第1面の論説で西田睦美編集委員は「民主は補選でも地方選でも争点設定に成功したとは言い難い。景気は回復基調が続き、格差是正の主張はいまひとつ浸透していない」と指摘したが、私自身も、19日に都内のホテルで開かれた小沢一郎後援会に呼ばれて講演した際に、冒頭次のような趣旨を述べた。

●小沢後援会の講演で

▼統一地方選、とりわけ東京はじめいくつかの知事選を通じて明らかになったことは、「格差是正」が必ずしも争点になっていない、もしくは争点にすることに成功していないということだ。

▼なぜなら、21世紀に入って基本的に2%成長が続いている中で、確かに格差が各所に目立つとはいえ、それは相対的格差であり、絶対的格差ではないからだ。相対的格差であるということは、かなりの程度、気分の問題で、格差を重大問題だと考える人と成長持続のメリットに目を向ける人とバラつきが出てくるので、「そうだ!」と有権者の気持ちが1つにはなりにくい。

▼社民党や共産党は、古くさい経済学にしがみついて、あたかもこの日本で絶対的格差、あるいは絶対的貧困化が進んでいるかのようなことを言っているが、少なくとも民主党は、そのような主張とは自らを峻別しなければならないのではないか。

▼民主党がこのまま進めば、22日の選挙も、さらに参院選も、決定的に勝利を収めることは出来ず、自民・公明も民主もどちらも勝ったとは言えないドローに近い結果になる可能性がある。

▼私は、参院選の本当の争点は、改革ビジョンの全体性であると思う。小泉内閣は、あれほど大騒ぎをして「改革だ、改革だ」と叫んだが、結局のところ、手近なドアをいくつか蹴破ってみせただけで、それらのいくつかの課題の行き着く先と全体的な関連性、すなわち「改革とは何か」、「それらをやり遂げることでどういう国を作りたいのか」というトータルなビジョンを示すことは出来なかった。増して後を継いだ安部は、ただ「美しい国」という空疎なことを言うだけで、本当に改革をやるのかどいうかも疑わしい。

▼私が期待するのは、ご本人にも代表就任直後から何度か直接申し上げたが、かつて93年に80万部を売った『日本改造計画』を書いた小沢代表が、今の時点でその新版を世に問うて、それを前面に掲げて、「自民党では改革は出来ない、21世紀の日本は民主党に任せろ!」と訴えることである。今は小沢の顔が見えない。組織戦略だけで参院選に勝つのは難しく、もちろん地を這う組織戦略は大事だけれども、同時に政策・ビジョン面でのイメージ戦略も実行して貰いたい。それで参院選が面白くなる……。

●格差問題の捉え方

 実際、率直に言って格差問題の捉え方を間違えると、民主党は袋小路に填り込みかねない。

 第1に、格差問題は、世界経済の7分の1に当たる5兆ドルの経済規模を誇るこの国で、しかも2%程度の持続的成長を実現している中で、その成果の配分が地域的・産業的・階層的に偏りがちであることによって生じている、まさに相対的な格差であり、その受け止め方は人によって相当大きな違いがある。従って、それを問題にするには、格差一般ではなく、分野によってきめ細かく実態と対策を明らかにして具体的に政府・与党に迫らなければ、争点化は難しい。

 第2に、その背景には、冷戦後の世界経済の構造変化があり、日本一国的に解決することは出来ないことを認識しておく必要がある。『週刊エコノミスト』今週号は、過去に例のない世界同時成長の持続を「世界経済“黄金の10年”」と呼んで特集を組み、これを、15世紀末からの大航海時代のグローバリゼーション1.0、産業革命以後、多国籍企業の時代までの同2.0に続いて、世紀末頃からの世界のフラット化による資本主義の大発展=同3.0が訪れていると規定している。

 その通りで、冷戦の終結によって、一方では、旧ソ連・東欧、インド、中国など社会主義国やブラジルなど発展途上国から、一挙に数十億人の、おおむね教育水準が高くしかも豊かになるためにいくらでも働こうという意欲満々の人々が市場経済に参入し、資本主義は世界中どこででも低コストの労働力を調達することが出来るようになった。他方、同じく冷戦の終結によって、米国を筆頭として、軍事目的に開発された高度技術が民用に転用され、とりわけその象徴であるインターネットの普及が世界をますますフラット化させると同時に、資源とそのコストの観念に一大変革をもたらした。情報資源は言わば無限であり、例えば1つのコンピューター・ソフトを開発したとして、それを1本売るのと100万本売るのとでは製造・販売コストはほとんど変わらない。その特質を逆用すると、ソフトを無料で無制限に配布したとしても別の形で利益を得る場合もあるし、あるいは、利益はないが名誉を得て満足する場合もある。そこでは既存の経済学も経営学も通用しない“無償経済”の世界が広がっていく。

 グローバリゼーション3.0によって、旧社会主義圏や途上国の人々は、もちろん世界資本主義の搾取に身を晒しながらではあるが、閉鎖経済の下では叶うはずもなかった豊かになる夢を追うことが出来るようになった。反面、先進国では人々は、ますます世界単一化する労働市場を通じて旧社会主義圏や途上国の人々と直接競合することによる賃金抑制という未体験ゾーンに突入し、労働環境や雇用形態の激変の中で、より質の高く付加価値の大きい労働力としてスキルを高め、自らを鍛え直すことを通じてしか根本的にはこの状況に対処することは出来ない。このグローバリゼーション3.0への適合を巡って、勝ち組と負け組が分かれるのはある意味で当然で、それは小泉政権が市場原理主義に傾いたせいでも何でもない。

●フリーター出現を恐れるな

 第3に、このグローバリゼーション3.0に、明治から100年余りの「発展途上国型経済」をきっぱりと卒業して次の100年の「成熟先進国型経済」へと踏み込まなければならないという「100年目の改革」課題が折り重なったのが、その日本バージョンである。上述の「改革とは何か」の答えも、まさにこの点に求めなければならない。それは一言で言えば、中央官僚主導の政策や所得配分の仕組みを全面的に解体して新たな市民・民間・地方主導の物事の決定の基本システムを作り上げることであり、またそれと裏腹の「お上にお任せ」の奴隷根性から自立自存の「下々に任せろ」の真の国民主権意識への変革である。

 この100年目の大転換にあっては、誰も今までと同じに安穏に生きていくことは出来ない。石原慎太郎都知事までが選挙で「安心」を訴えたのは噴飯もので、世界経済構造の変化と日本独自の100年目の転換がもたらす不安を耐え抜いて新しい生き方を見つけることが時代の課題である。一例を挙げれば、「フリーターがかわいそうだ」などと思うのは、今までの価値観や労働観がこれからも続くという前提に立った時代遅れの発想で、ましてや政府と連合労組が手を組んで「正規社員とフリーターでは生涯賃金が1億円も違ってくるぞ」などと脅迫して、若者たちを“正業”に就けようなどとしているのは滑稽でさえある。

 もちろん、フリーターには単にだらしないだけの奴もいるし、ニートの中には精神的治療が必要な者もいる。しかし、全体としてのフリーターは、自分らの親や先輩たちのようではない新しい生き方をしなければならないと考えていて、それについて親も教師もアドバイスを与えることが出来ないでいるから、自分らで模索するしかないのである。彼らの中には、ホリエモンに憧れて、それこそ付加価値の高いIT産業でベンチャーを興して勝ち組になろうと思っている者もいれば、何年間かはバイトで過ごして小金を貯めて、NPOを創立してアフリカ難民救済に取り組もうとしている者もいる。そのどちらもが、それなりに、自覚・無自覚は別として、グローバリゼーション3.0と100年目の転換への適合のための苦闘なのであり、むしろ彼らの苦闘の中にこそこの国の未来が宿ると言って過言ではない。

 従って格差を後ろ向きに、発展途上国型経済の常識に立脚して是正しようとするのは愚の骨頂である。前に向かって、21世紀日本の新しい生き方とそれをサポートするシステムを提案することであり、それがつまりは「改革」の本旨である。▲

★この記事は、INSIDER No.388としても配信されます。

2007年4月15日

いやあ、引っ越しが大変で……

 更新が遅れていてどうもすいません。安房鴨川の自宅新築が大詰めを迎えていて、住民票・印鑑証明・国民保険等々の移動、免許証の書き換え、電話・ADSLの工事と電話・FAX付きBrotherの複合機の搬入とセッティング、銀行ローンや火災保険の手続き、取り敢えず持って行く本・資料・道具の梱包と、まあ山ほどの雑用があってその度に鴨川との間を慌ただしく往復し、なおかつ肝心の家そのものが、3月15日に完成・引き渡しだったところが4月16日に延び、さらにその直前になって居間の床と風呂場のタイル工事の仕上げがどうしても気に入らず、すべて剥がして張り直しという騒ぎとなり、それでまたスッテンバッタン。結局は4月26日あたりから引っ越しを開始、5月連休にかけて新居の態勢を整えていくことになる。玄関周りやアプローチ、庭(と言っても敷地のほとんどは自然のままで残すので家の周りだけ)の工事はまだそれから先の話である。インサイダーのほうで「田舎暮らしを始めるの記・2」として、建てるべき家の基本コンセプトについて書いたので、お読み下さい。▲

Profile

高野 孟(たかの・はじめ)

-----<経歴>-----

1944年東京生まれ。
1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。
通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。
同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。
80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任し現在に至る。
94年に故・島桂次=元NHK会長と共に(株)ウェブキャスターを設立、日本初のインターネットによる日英両文のオンライン週刊誌『東京万華鏡』を創刊したほか、PC-VAN・NIFTY-Serve・MSN、富士通ブロードキャストその他電子メディアのコンテンツ創造、講談社・小学館・集英社その他出版社のウェブサイト開設、『インサイダー』のメルマガ化、などを次々に手掛け、インターネット・ジャーナリズムの先駆的開拓者と呼ばれた。
現在、それらの経験を活かして、独立系メディアの総合サイト《THE JOURNAL》に取り組んでいる。
2002年に早稲田大学客員教授に就任、「大隈塾」の授業「21世紀日本の構想」、ゼミ「インテリジェンスの技法」、社会人ゼミ「ネクスト・リーダーズ・プログラム」を担当している。

-----<出演>-----

『サンデープロジェクト』
(TV朝日系、日曜10:00~)

『朝まで生テレビ!』
(TV朝日系、最終金曜25時頃~)

『たけしのTVタックル』
(TV朝日系、月曜日21:00~)

『情報ライブ ミヤネ屋』
(読売TV系、月~金曜21時~)

BookMarks

東京万華鏡:TOKYO KALEIDO SCOOP
http://www.smn.co.jp/

INSIDER:インサイダー
http://www.smn.co.jp/insider/

大阪高野塾
http://www.osaka-takano.com/

-----<著書>-----


『滅びゆくアメリカ帝国』
2006年9月、にんげん出版


『ニュースがすぐにわかる世界地図(2006年版)』
2005年、ポスト・サピオムック


『最新・世界地図の読み方』
1999年、講談社現代新書

『情報世界地図 98』
1997年、国際地学協会

『地球市民革命』
1993年、学研

『21世紀への世界時計』
1991年、集英社

『入門世界地図の読み方』
1982年、日本実業出版社

→ブック・こもんず←



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